ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

「ぬれおかき」の想い出

2016年10月05日 | 随筆
 思いがけなく、今まで味わった事の無い美味しいものを頂いた想い出は、不思議に長く心に留まっているもののようです。
 もう50年以上昔のことです。結婚して約一年の間、別居で共働きの生活だった私達夫婦が、やっと同居出来るようになった春のことです。街に出たついでに、当時夫の上司だった方のご自宅に伺い、二人でご挨拶することにしました。あいにく上司の方はお留守でしたが、とても美しくて上品な奥様が出ていらして、「それは宜しゅうございましたね。こちらこそよろしくお願い致します」と笑顔でご挨拶頂き、心に温かい春の風が吹き込むような気持ちになって帰って来ました。
 そんなことがあって、更に長い年月が経ち、私も夫も無事に退職しました。退職後に以前おつき合いのあった人達の消息を知る機会と言えば、年賀状です。ある年の11月末のことです。あのときの美しい奥様の、流れるような筆致の添え書きのある、欠礼の葉書が届きました。
 神奈川県に住む子供さんと同居されていたのですが、ご主人が亡くなられたということでした。夫は早速お悔やみに手紙を添えて送りました。ご主人のお力で、当時難しかった転勤が出来て、採用して頂いた事、ご指導により何とか一人前になり、やがて別の職場になりましたが、無事に退職までを過ごせた事、ご主人は正しいことは決して曲げずに、仕事に取り組まれた方であった事、などを書き、心を込めてお礼をしたためて送りました。
 すると間もなく奥様から、秋田の「ぬれおかき」が一箱届き、「夫は厳しい人でしたから、他人に褒められた記憶も無く、日々寂しい思いで過ごして来ましたが、この様に思って下さっている方が居られた事が嬉しくて、早速仏前にお手紙を供えました。」と丁重なお礼状が同封されていました。
 「夫の好物だった秋田のぬれおかきを是非召し上がって下さい」とあり、その時初めて秋田名物の「ぬれおかき」を口にする機会に恵まれたのです。(今は残念ですが製造していないようです)おせんべいと言えば、固いものしか知らなかったので、その柔らかな口当たりと醤油の香りの味の美味しかったこと。奥様のお心遣いの優しさと合わせて、とても心に残りました。
 奥様の生まれたお宅は、大きな造船会社を経営して居られたと聞いていましたので、お会いした時の様子やお手紙の内容などから「育ちの良さは自ずと表れて隠せないものですね」としみじみ感じながら、二人でひとしきり当時を想い起こして話しあいました。
今ぬれせんべいの類いは、いくつかのメーカーから様々な形で売り出されている様ですが、あの時のおいしさには、まだ出会ったことは無いように思います。私達が送って頂いた方の思いが込められていて、忘れられない贈り物に、とらやの羊羹・鹿児島の知覧茶・鎌倉の鳩サブレー等々があります。みな歴史の古さもさることながら、現在に至る迄の企業努力があっての、現在の品質・名声でしょう。
 しかし、私にはそれ以上に下さった人のお心が嬉しくて、忘れられないのです。みなさんも屹度このような想い出はいくつかお持ちのことと思います。実に人の心のゆかしさ、温かさ、有り難さ、目には見えずとも心に感じるそういうものが、私達の人生を彩ってくれる幸せをしみじみと感じます。
 子供の頃のふる里は、栗や柿やイチジク、ナツメ、ぐみ、アケビ、野イチゴ、ぎんなん、すもも、等々、それらは直ぐに手の届くところに実っていました。そういった懐かしい食べ物も、全てが遠い過去の友達・家族などと共に、沢山の想い出を残してくれています。
 今日はこの感謝の心と共に「誰か故郷を思わざる」という古いけれども懐かしい歌と共に締めくくりたいと思います。 

誰か故郷を想わざる    作詞 西條八十 作曲 古賀政男

花摘む野辺に 日は落ちて
みんなで肩を くみながら
唄をうたった 帰り道
幼馴染の あの友この友
ああ 誰か故郷を想わざる

 誰しも故郷を想う気持ちは同じでしょう。
今や秋です。時には秋の味覚を深く味わったり、温かい想い出の糸をたぐり寄せて、心を満たしましょう。
  
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