「がんばりませう」に励まされて
「がんばりませう」と講師の先生が書かれたリポートを折々受け取ることがあります。その文字は私が提出したリポートに、旧仮名で書かれています。何と柔らかく温かな言葉でしょう。
これを書いて下さるのは私が受けている短歌講座の講師の先生で、日本歌壇のリーダ的存在の有名歌人の方でいらっしゃいます。わずか七文字の一行ですが、この言葉を拝見する度に、何時も何とも言えない温かさと心からの励ましが伝わって来て「私も老いに負けずに頑張ろう」という元気が湧いて来ます。
時折「今回は佳い歌が揃いました」などと褒めて頂くこともあります。添削教室ではないのですが、ほんの少し言葉を直したり、前後入れ替えたりして下さる場合もあり、それが私の目から鱗を落とし、死に体となっていた私の歌が、俄然生き返って心に響くこともあるのです。もう長くご指導をお願いしていて、とてもよい勉強をさせて頂いています。
私が職を退いたのは、50歳の時でした。もう20年以上が経ちました。退職の理由は、何時やって来るか解らない、同居の義両親の終末のお世話をするためでした。夫に是非に、と頼まれましたし、勿論私も長い間の勤務の為に、義両親には様々なお世話になりましたから、最後を安心して過ごして頂く為には当然のことだと思っていました。
自由を手にした私は、早速介護の仕事をどうしたら良いか、その勉強からしようと思い、市の福祉センターで開かれていた、「認知症老人の介護」の講座を受けました。当時は未だ義両親は認知症ではありませんでしたが、老いた人達の気持ちを理解し、どう接したらよいか、介護はどのようにするのか、と言ったことでした。これは後々とても役にたちました。医師や経験者のお話は、大変な価値ある勉強でした。一番心に残ったのは、現在介護のご苦労をしている人にたいして、「今が一番いい時なのです。時を過ごす程に今より悪くなる一方です。今日一日を感謝して過ごすことが幸せへの道です」というものでした。
確かに老化は進む一方ですから、今日が心安らかに過ごせたら幸せですね。具体的には、「何が起ころうとも、決して叱ってはいけないこと。ものを無くしたと言ったら一緒に探しなさい」ということでした。この二つはしっかり心に届きました。
叱られる事により人間関係が悪くなり、益々苦労が増えるし、多いのは、お金を無くしたとか、盗られた、というトラブルだそうです。勘違いや物忘れから起きるこの様な事の対処法が悪いと、壁に糞便を塗ったりするようになると聞いて驚きました。そう言われれば、そのような事で、家を建て直した人がいたことを思い出して、双方が気の毒に思えました。
加えて空いた時間を今迄受けた事のない趣味の勉強に当てることにしました。目についたのが、NHKの生涯学習講座でした。これなら、家を留守にしないでも、義父母の老化が進まず、また軽い病気である間は、合間を見て勉強が出来ます。そうして出会ったのが、この短歌講座であり、日本史、漢詩、仏典、古文書、古典、数学、経済、仏像や焼き物等、実に様々でした。夫が「将来一人になった時の為に囲碁を学んでおくとよい」と言いますので、囲碁も学習し、上級まで合格して止めました。退職してから二十数年になりますが、未だに学生気分のところが残っているようで、今は学習が生き甲斐でもあります。
この講座は、何れもリポートの提出が数回求められ、写経講座にしても、般若心経の写経だけでなく、心経の解釈を勉強して、感動した心経の部分を取り出して自分の考えを纏めよ、とか、日本史では、尊敬する人のお墓を訪ねてリポートせよ、とか、なかなか厳しい内容のものもありました。苦労したリポートほど、書き上げた後の充実感は大きいものでした。
良寛のお墓を訪ねてリポートした時は、講師の先生も未だご覧になったことが無いらしく、戻って来たリポートには、講師が記入される部分をはみだして、リポートの回りの余白の部分全てを使って、赤ペンで書き加えてくださってあり、「私も良寛が大好きです」と書いて下さいました。先生の熱い思いが胸に伝わって来て、何とも言えない喜びでした。
何処にあるか解らないお墓を図書館で探し出した時の嬉しさ、行き方を列車時刻表で調べて日程を決め、実際にお参り出来た時の喜び、写真を添えてリポートが完成した時の充実感、苦労はしましたがとても満ち足りた学習でした。
数学は60歳を過ぎてから受講しました。いくら好きだったと言っても、60歳になった頭で理解出来るのか、不安でした。何しろ得意の筈の数学を間違った為に、第一志望の大学を落ちてしまったのですから。
でも「くらしの数」の講座は、いざ受けてみるととてもとても楽しく、一次二次の関数、因数分解、数列、微積分、幾何など、みな何とかついて行けて楽しかったです。講師の田舎一先生がとても褒めて下さって、更に計算機の仕組みに関する私の間違い一つを、長い長い数式によって、まちがっていることを教えて下さったのには、感動しました。大切な時間を惜しまず、私如き間違いに気づかぬ見知らぬ受講者に、このようにご丁寧に何枚にも渡って解説して下さって本当に感激しました。
これ迄に幾度講師の先生にお礼状を書きたいと思ったか解らないのですが、受講中の先生に対してのお礼状は、時間の浪費を強いることになるのではないかと思われるて、リポートの度毎に短い感謝の言葉を添えて来ました。受講後に是非お礼状を書きたいと思ったのですが、義母が亡くなり、義父が亡くなり、娘が亡くなったりで、悲しみにくれて心に余裕がなく、ついにお礼状は書けずに終わっていました。これにはいつまで経っても本当に心残りでした。
ずっと数学の講師の先生からのお手紙が入った封筒は、私のリポートの感想文がのった機関誌と共に、本棚に残してあり、折々後悔しつつ眺めて過ごしていました。
こんなに遅くなっても、「私が生きている内にお伝えしたいお礼は、お伝えするべきだ」と切実に思うようになり、とうとう過日NHK学園に問い合わせをしました。とうに数学の講座はなくなっていますが、NHK学園気付けで、お礼状をお送りしたら届くかと、お聞きしたのです。学園でも時間をかけて探してくださったのですが、矢張り「連絡先不明です」ということでした。私の熱意の不足の結果ですから申し訳無く思いつつ、心の中で「有り難うございました」とお礼を述べて、やっと気が済みました。
仏典を学習したのは、何の理由もなく、「何故私が今、仏典を学習するの?」と家族に笑って言いながら、とても難しい仏典を多分2年以上かけて学びました。学ぶ程に身が入り、坐禅を組んだりしつつ、リポートを書いていました。何しろ暗記が苦手なので、本を何度も繰り返し読み直し、やっとリポートを書き上げるあり様でした。添削の講師によるリポートには、専任講師の黒川先生が、わざわざ別紙に一筆を書き添えて下さって、返信のリポートと共に届きました。これもとても貴重なご縁でした。仏典は一度くらい学んでもとても学びきれるものではなく、従って修了証書も無いのですが、私はテキストを大切に保存しておいて、何年か後に再学習する予定にしていました。その時が来たと思った頃は、以前よりもテキストも少なく、学習期間は短かかったのですが、その時の仏典の全ての講座を再学習しました。その後に娘が突然亡くなりましたので、私は、これこそ仏様のお心遣いだと確信したのです。この様な悲しみの中で、私が仏教にしっかり支えられ、般若心経を毎日上げて、泣きながらもこうして穏やかに過ごせるようになったのは、全てが仏縁だと感じました。わざわざ一筆書いてリポートに添え、励まして下さった専任講師の黒川先生にどれ程励まされたか解りません。今以て感謝しています。
学ぶ者と教える立場の人とが、リポートという仲立ちを通して、課題を解くよりももっと大切な、心の温かさや優しさに感動し、人間のあるべき姿を教えて頂いたことが、何よりの収穫でした。
数知れぬ通信講座の講師の先生方、これを運営して居られる事務の方々に、心からの感謝を申し述べたいと思います。
この経験を通して、これからの日常生活の中で、私も心のこもった声をかけたり、手紙を書いたりしたいと思いました。皆さんがなさっておられる様々な日々の学びを、共に「がんばりませう」
悠久の時の流れに出会いたるやさしき人に心委ねり(あずさ)
あの入試得意でありし数学を解けざりて有る今の幸せ(某誌に掲載)
「がんばりませう」と講師の先生が書かれたリポートを折々受け取ることがあります。その文字は私が提出したリポートに、旧仮名で書かれています。何と柔らかく温かな言葉でしょう。
これを書いて下さるのは私が受けている短歌講座の講師の先生で、日本歌壇のリーダ的存在の有名歌人の方でいらっしゃいます。わずか七文字の一行ですが、この言葉を拝見する度に、何時も何とも言えない温かさと心からの励ましが伝わって来て「私も老いに負けずに頑張ろう」という元気が湧いて来ます。
時折「今回は佳い歌が揃いました」などと褒めて頂くこともあります。添削教室ではないのですが、ほんの少し言葉を直したり、前後入れ替えたりして下さる場合もあり、それが私の目から鱗を落とし、死に体となっていた私の歌が、俄然生き返って心に響くこともあるのです。もう長くご指導をお願いしていて、とてもよい勉強をさせて頂いています。
私が職を退いたのは、50歳の時でした。もう20年以上が経ちました。退職の理由は、何時やって来るか解らない、同居の義両親の終末のお世話をするためでした。夫に是非に、と頼まれましたし、勿論私も長い間の勤務の為に、義両親には様々なお世話になりましたから、最後を安心して過ごして頂く為には当然のことだと思っていました。
自由を手にした私は、早速介護の仕事をどうしたら良いか、その勉強からしようと思い、市の福祉センターで開かれていた、「認知症老人の介護」の講座を受けました。当時は未だ義両親は認知症ではありませんでしたが、老いた人達の気持ちを理解し、どう接したらよいか、介護はどのようにするのか、と言ったことでした。これは後々とても役にたちました。医師や経験者のお話は、大変な価値ある勉強でした。一番心に残ったのは、現在介護のご苦労をしている人にたいして、「今が一番いい時なのです。時を過ごす程に今より悪くなる一方です。今日一日を感謝して過ごすことが幸せへの道です」というものでした。
確かに老化は進む一方ですから、今日が心安らかに過ごせたら幸せですね。具体的には、「何が起ころうとも、決して叱ってはいけないこと。ものを無くしたと言ったら一緒に探しなさい」ということでした。この二つはしっかり心に届きました。
叱られる事により人間関係が悪くなり、益々苦労が増えるし、多いのは、お金を無くしたとか、盗られた、というトラブルだそうです。勘違いや物忘れから起きるこの様な事の対処法が悪いと、壁に糞便を塗ったりするようになると聞いて驚きました。そう言われれば、そのような事で、家を建て直した人がいたことを思い出して、双方が気の毒に思えました。
加えて空いた時間を今迄受けた事のない趣味の勉強に当てることにしました。目についたのが、NHKの生涯学習講座でした。これなら、家を留守にしないでも、義父母の老化が進まず、また軽い病気である間は、合間を見て勉強が出来ます。そうして出会ったのが、この短歌講座であり、日本史、漢詩、仏典、古文書、古典、数学、経済、仏像や焼き物等、実に様々でした。夫が「将来一人になった時の為に囲碁を学んでおくとよい」と言いますので、囲碁も学習し、上級まで合格して止めました。退職してから二十数年になりますが、未だに学生気分のところが残っているようで、今は学習が生き甲斐でもあります。
この講座は、何れもリポートの提出が数回求められ、写経講座にしても、般若心経の写経だけでなく、心経の解釈を勉強して、感動した心経の部分を取り出して自分の考えを纏めよ、とか、日本史では、尊敬する人のお墓を訪ねてリポートせよ、とか、なかなか厳しい内容のものもありました。苦労したリポートほど、書き上げた後の充実感は大きいものでした。
良寛のお墓を訪ねてリポートした時は、講師の先生も未だご覧になったことが無いらしく、戻って来たリポートには、講師が記入される部分をはみだして、リポートの回りの余白の部分全てを使って、赤ペンで書き加えてくださってあり、「私も良寛が大好きです」と書いて下さいました。先生の熱い思いが胸に伝わって来て、何とも言えない喜びでした。
何処にあるか解らないお墓を図書館で探し出した時の嬉しさ、行き方を列車時刻表で調べて日程を決め、実際にお参り出来た時の喜び、写真を添えてリポートが完成した時の充実感、苦労はしましたがとても満ち足りた学習でした。
数学は60歳を過ぎてから受講しました。いくら好きだったと言っても、60歳になった頭で理解出来るのか、不安でした。何しろ得意の筈の数学を間違った為に、第一志望の大学を落ちてしまったのですから。
でも「くらしの数」の講座は、いざ受けてみるととてもとても楽しく、一次二次の関数、因数分解、数列、微積分、幾何など、みな何とかついて行けて楽しかったです。講師の田舎一先生がとても褒めて下さって、更に計算機の仕組みに関する私の間違い一つを、長い長い数式によって、まちがっていることを教えて下さったのには、感動しました。大切な時間を惜しまず、私如き間違いに気づかぬ見知らぬ受講者に、このようにご丁寧に何枚にも渡って解説して下さって本当に感激しました。
これ迄に幾度講師の先生にお礼状を書きたいと思ったか解らないのですが、受講中の先生に対してのお礼状は、時間の浪費を強いることになるのではないかと思われるて、リポートの度毎に短い感謝の言葉を添えて来ました。受講後に是非お礼状を書きたいと思ったのですが、義母が亡くなり、義父が亡くなり、娘が亡くなったりで、悲しみにくれて心に余裕がなく、ついにお礼状は書けずに終わっていました。これにはいつまで経っても本当に心残りでした。
ずっと数学の講師の先生からのお手紙が入った封筒は、私のリポートの感想文がのった機関誌と共に、本棚に残してあり、折々後悔しつつ眺めて過ごしていました。
こんなに遅くなっても、「私が生きている内にお伝えしたいお礼は、お伝えするべきだ」と切実に思うようになり、とうとう過日NHK学園に問い合わせをしました。とうに数学の講座はなくなっていますが、NHK学園気付けで、お礼状をお送りしたら届くかと、お聞きしたのです。学園でも時間をかけて探してくださったのですが、矢張り「連絡先不明です」ということでした。私の熱意の不足の結果ですから申し訳無く思いつつ、心の中で「有り難うございました」とお礼を述べて、やっと気が済みました。
仏典を学習したのは、何の理由もなく、「何故私が今、仏典を学習するの?」と家族に笑って言いながら、とても難しい仏典を多分2年以上かけて学びました。学ぶ程に身が入り、坐禅を組んだりしつつ、リポートを書いていました。何しろ暗記が苦手なので、本を何度も繰り返し読み直し、やっとリポートを書き上げるあり様でした。添削の講師によるリポートには、専任講師の黒川先生が、わざわざ別紙に一筆を書き添えて下さって、返信のリポートと共に届きました。これもとても貴重なご縁でした。仏典は一度くらい学んでもとても学びきれるものではなく、従って修了証書も無いのですが、私はテキストを大切に保存しておいて、何年か後に再学習する予定にしていました。その時が来たと思った頃は、以前よりもテキストも少なく、学習期間は短かかったのですが、その時の仏典の全ての講座を再学習しました。その後に娘が突然亡くなりましたので、私は、これこそ仏様のお心遣いだと確信したのです。この様な悲しみの中で、私が仏教にしっかり支えられ、般若心経を毎日上げて、泣きながらもこうして穏やかに過ごせるようになったのは、全てが仏縁だと感じました。わざわざ一筆書いてリポートに添え、励まして下さった専任講師の黒川先生にどれ程励まされたか解りません。今以て感謝しています。
学ぶ者と教える立場の人とが、リポートという仲立ちを通して、課題を解くよりももっと大切な、心の温かさや優しさに感動し、人間のあるべき姿を教えて頂いたことが、何よりの収穫でした。
数知れぬ通信講座の講師の先生方、これを運営して居られる事務の方々に、心からの感謝を申し述べたいと思います。
この経験を通して、これからの日常生活の中で、私も心のこもった声をかけたり、手紙を書いたりしたいと思いました。皆さんがなさっておられる様々な日々の学びを、共に「がんばりませう」
悠久の時の流れに出会いたるやさしき人に心委ねり(あずさ)
あの入試得意でありし数学を解けざりて有る今の幸せ(某誌に掲載)