ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

E・キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」を体験した人

2021年05月25日 | 随筆
 五月も残り僅かです。コロナワクチンの接種がどうなっているのか、多くの人達がその進捗状況に関心を持ち、様々なニュースから情報を集めているようです。「ひょっとしたら新型コロナ・ウィルスに罹患して私も死ぬかも知れない」とやや不安な日々を送っているのは、私だけではないと思います。
 そんな折りも折り、過日友人のHさんから不思議な話を聞きました。その人は可成り重い持病を持っていますが、とても冷静に穏やかに日々を過ごしておられるようです。容態の良くなかった時に、次の様な経験をしたと聞きました。

 Hさんは、何処か知らない道をとても気分良く歩いていたらしいです。その道には暖かい光が射していて、その光に誘われて歩いて行ったそうです。ところが何となく誰かが自分を呼ぶ様な気がして、振り向いたらしいのです。その時のことです。
 ふと目の前が開けて、自分の周りに夫やきょうだいの顔が見えたと云います。心配そうに覗き込むその人達を見て、咄嗟には何が起きたのか解らなかったと聞きましたが、後に自分が一時 危篤 であった事を知ったのです。 
 その人は「死ぬ瞬間」(エリザベス・キューブラー・ロス 鈴木晶訳 中央公論社2001年)という本の事も知らず、ロス博士の「臨死体験」の事も知りませんでした。でもとても心地良い道を差し来る光に向かって歩いていた自分のことはハッキリ覚えていると云いました。それを聞いて私は、それはまぎれもなく E・キューブラー・ロスというアメリカの精神医学者の云う「臨死体験」だと、友人にそう伝えました。E・キューブラー・ロス博士は、2万人の「臨死体験者」を訪問して、リポートしたのです。
 それにしても不思議な体験として読んで来た事が、身近に実在したと知ってとても驚きました。このような事を現代の脳科学ではどう説明するのだろうと思いを巡らせました。

 次はE・キューブラー・ロス博士の五段階説です。死を前にした重病の患者さんが「自分が死ななければならない事実」を前にしての感情を、五段階にわけています。
  
第一段階  否認と孤立 「いや私のことじやない。そんなことがあるはずがない。」
第二段階  怒り 「怒り・激情・妬み・憤慨など・・・どうして私なのか。」
第三段階  取引 「もし○○なら△△する」「もし延命が叶えばそれ以上望まない」など。
第四段階  抑鬱 「願いが叶わないと悲しみや罪悪感で抑うつ状態になる」
第五段階  受容 自分の身に起きた事の全てを受け入れて聖書に慰めと力を求める。

 先のブログで、私の鹿児島の友人について書きました。その一人が、可成り進んだ癌を患っていました。不治の病であることも、残されている時間がかなり短い事もその人は承知していました。ある時、掛かり付けの医師に「目に見えるもの全てが美しい。生きて居る事はとても素晴らしいと思う。外で遊んでいる子供達が光輝いて見える。」と日頃感じている事を話したそうです。すると医師は、「貴女のような病気の状態で、そう考えられる事は素晴らしい。医師の私の方が恥ずかしい気持ちになるくらいだ。」と云われたそうです。私も感動して聞きました。
 人生の残り時間が幾ばくもなくなって、病気を持ちながら生きる事の素晴らしさをそのようにすらりと話せる人に出会ったら、確かにだれもが心を揺さぶられる事でしょう。
 様々な悩みや苦労を過ごして、たどり着いた思いなのでしょうけれど、その過程を思いやると、辛い思いもあったでしょうし、頭が下がります。苦しんで到達した思いには、それだけの重みも価値もあります
 私は彼女が、「キューブラ・ロス博士の第五段階まで精神が高められたに違いない」と思って、尊敬の念を一層強くしたのでした。人生はどこにどのような運命が待って居るか、誰も先の事は解りません。でもこの様な五段階をたどるものならば、心安らかに歩いていきたいものだと思います。

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特攻隊員とその母の手紙

2021年05月10日 | 随筆
 知覧の五月は、澄み渡った空に緑の植え込みがとても優しく、静かでした。夫と二人で九州一周の旅に出かけて、その目的の一つが「知覧の特攻記念館」と「指宿」へ行くことでした。
 先ず驚いたのは坂の下からの長い登り道の両側に、石灯籠が延々と続いていることでした。○県○市遺族などと刻まれていて、私達はゆっくりとその坂道を登っていきました。私達の県名の灯籠もあって、急に身近に感じられました。
 特攻隊の遺族だった人達は、今何歳くらいになって居られるのかとか、どのような気持ちで過ごして居られるのか・・・と、祈りを込めて建てられた石灯籠を眺めつつ登って行きました。広場に当時の零戦の実物があり、もんぺ姿の母の像もあって、私は一気に数十年昔に引き戻されたのでした。
 終戦間近になって、私の母も矢張りもんぺ姿で小学校のグランドに集まり、竹槍訓練をしていた事を思い出しました。
 入館してから解説のテープを借りて聞きながら、一つ一つ丁寧に観て回りました。
 出撃の朝、子犬を囲んだ兵士の写真が目を引きました。まだあどけなさが残っている顔で犬と遊ぶ兵士の様子には、何の不安も感じられません。屈託のない顔をして「この様な時に、どうしてこんな風に明るく居られるのだろう」と不思議に思えました。それだけに湧き上がる深い悲しみもありました。
 出撃した兵士の写真と名前や遺品、遺書等も沢山ありました。遺書の文面には悲壮感が余り見られませんでした。「お国の為に頑張ります。」「後をよろしく」等と書かれていて、更に親への感謝の言葉「よくここまで育ていただいた」「親孝行出来ずに申し訳ありません」「残していく妻をよろしく」等と綴られていたのです。それらは心を深く揺さぶり、涙が溢れました。
 女々しい事や未練がましい事は書かないとか、当時はその様な申し合わせがあったのかどうか知りませんが、兵士の遺書は、どれも淡々として礼儀正しく、万年筆などで書かれていました。

 やがて私は特攻隊員の母の手紙に吸い寄せられました。たどたどしい文字で書かれていましたが、「死なないで」と訴えるのでもなく「お国の為に行きなさい」と諭すでもなく、「ただひたすらに なむあみだぶつをとなえていきなさい。あみださまのあしもとで またあいましょう。」というものでした。
 これから敵艦めがけて飛び込む息子に言葉を掛けるのに、阿弥陀様にすがる事を教える母に涙が溢れました。死の恐怖をいかに乗り越えるか、遺書には表れずとも、兵士達は皆「出撃の前夜に並んで寝る三角兵舎」で悩んだことでしょう。その兵士を送る立場にある母は、大切な息子を戦争に奪われる事は、何とも辛かったに違いありません。 しかし、自分の辛さには一言も触れず、死にゆく息子の心が安らかであるように、母は祈ったに違いありません。そうして阿弥陀様にすがる気持ちになったに違いないと思いました。 
 終戦時の記憶が今も残る私ですが、戦争の悲惨さを直接経験していませんし、ましてや特攻の兵士の母の心を測るには,この日まで至らなかった私です。子を持つ母として、もし同じ立場であったらどう感じたでしょうか。
 親にとって子供は、かけがえの無い存在です。その子供が死に立ち向かわされた時、子供の心を救う為に「南無阿弥陀仏を唱えて行きなさい」と諭す母の心の、何と切なくそして尊いものか。残された自分もやがては逝く事になるのだから、阿弥陀様の足元での再会を約束して、息子への最後の手紙にした母の偉大さに、心を打たれたのでした。
 このたどたどしい手紙の主は、確か石川県とありました。蓮如以来脈々と続く阿弥陀信仰が、心の底を流れていたに違いありません。
 死後の世界を信じて、全てを阿弥陀如来に委ねて生きて行こうとする親鸞の教えを、きっとそのまま受け入れて実践している母の姿に、私はすっかり感動したのでした。
 
 あれから久しい年月が経ちました。特攻という言葉も聞き慣れない若い人達の多い現代です。私は古い価値観を引きずっているのかも知れませんが、このような多くの若達の苦難の上に、今の私達の幸せが繋がっている事を、ヒシヒシと感じさせられました。
 鹿児島と云えば、学生時代にとても親しかった二人の鹿児島県人がいました。どちらも大変立派な女性でた。学生時代の最後に、歌舞伎座近くの「お好み焼き」のお店で、友達7人が集まってお好み焼きを楽しみました。期末テストの後などに、三々五々良く集まって出かけたものでした。7人全員が揃って行けたのは、卒業前のこの時が最後でした。
 知覧茶や鹿児島名物果物「ぶんたん」の砂糖漬けなど、良く友人から頂きました。遠い鹿児島へ当時はまる一日くらい汽車に乗って行き来していた友人を忍んでいます。
 その後西郷隆盛の「翔ぶが如く」や「天璋院篤姫」のDVDなど、親しく見ました。西郷南州の墓地や終焉の地にも行きましたし、南州語録など手にに入れて来ました。西郷の墓は、なだらかな墓園の中程にあり、それを囲む同志のお墓の全てが海を挟んだ桜島を向いて建ててあり、感無量でした。

 鹿児島は東京から遠いので、友人としてのお付き合いがより一層濃密になる気がします。私は何回か鹿児島を訪れましたし、学生生活を過ごし、その後暫く勤めていた東京の次に親しみの深い県かも知れません。知覧を飛び立った特攻機が「さようなら日本」と飛行機の翼を振って開聞岳にに別れを告げたと聞きます。薩摩富士はなだらかな美しい山です。鹿児島は尊敬する偉人や知人が多く、訪れる回数が増えるに連れて一層親しく思えるのです。

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