ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

鰐皮の財布

2022年02月03日 | 随筆
 古くなっても、何時までも捨てられない財布があります。我が家の場合、それは鰐皮の一見古びた大きな財布です。本物のこの鰐皮はデコボコしていて、それまで見た事のないしっかりした財布です。随分使い古したようでもあり、又長い時間守り通されたような気品があります。これは今は亡き娘がドイツへの留学生として行った時に、お世話になったご家庭のおばあさまから頂いて帰った記念品です。

 大学三年生の夏休みに、娘はドイツで(オーペア)と云って、ドイツの家庭でお世話になりながら一ヶ月余りを過ごしたのです。そこのご夫婦はどちらも小学校の教師で、小学生の子供(男の子と女の子)が二人のご家庭でした。ご両親に歓迎していただき、とても可愛がって貰って、子供達とも仲良く素晴らしい経験だったようです。
 心配症の私は娘がドイツに滞在中に、そのご家庭に数回国際電話を掛けました。私は日本語しか話せないので、電話に向かって娘の名前をくりかえしましたが、そのような電話でも留守居の子供に通じたらしく、やがて娘が出て来て、私の心配は何時も杞憂に終わりました。

 その後娘は卒業後に勤めていた職場で、上司に頼まれてドイツの女性のお世話をする機会がありました。ドイツ語は娘が履修していましたので言葉の不自由はなかったようです。 可成り親しい交流が続いて、やがてその女性はドイツへ帰りました。そのお礼として娘はドイツへ招待されて、リュックを背負っての一人旅をしたのです。
 その途中でしたが、奇跡的に「まさにベルリンの壁崩壊の日」に当たったのでした。娘も一目見ようとそのドイツの友人の家から、駅に駆けつけたのです。でも列車はベルリンへと急ぐ人達で超満員で、とうとうどの列車にも乗れなかったのです。
 その後そのご家庭のおばあさまに案内して頂いて(ライン川の畔で風光明媚な処だったようでした)楽しいひとときを持たせて頂いたのでした。とても可愛がって頂いて、おばあ様がご先祖から伝わった財布をお土産に下さったのでした。本当に貴重な想い出の品です。私達にはそこのご主人が手作りされた陶器の「牛乳やスープを入れる大きめの片手持ちの瓶」と「銘々のカップを5個」頂きました。青い素描の絵の入った手作りの温かみのあるそれらは、今も飾り棚にあります。
 ドイツでは、長く使った物でも大切にする文化があり、特に代々その家庭に伝わって来たそのお財布のようなものは、家宝といっても良い品物なのです。なめした鰐皮というよりは、自然の鰐皮と云いたい様な凹凸があり、今もその財布は大切に飾られています。
 宝物というのは、何処のご家庭にもあって、何かしらの歴史があり、大切にされてずっとそこのご家庭で年月を過ごし、人から人へと伝わって来た物語がしみこんで居る、そんな感じがしています。当時のドイツでは、日本人女性は珍しかったようで、行く先ざきで歓迎して頂き、学生でしたし我が家から持って行った新しい浴衣を着たりして、日本文化の紹介も少しは出来たようでした。
 ドイツからの国際電話は時差があって、初めての国際電話に咄嗟に時差を考慮する事が出来ず、「直ぐに声が出ないのは困って泣いているのか?」と思ったりして、後で笑い話になりました。あの時以来の30年を偲んでいます。
 
 砂時計青色の砂こぼし終ゆ反せば悲しき刻また戻る 
 
 逝きし娘の夢見し夜は楽しくてそして悲しき朝となりたり

仏舎利を拾ふが如く玉石を桂浜に拾ふ遍路となりて (あずさ) 
 

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