ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

温かかった検事の言葉

2023年04月17日 | 随筆
 思いがけず青年の運転する自家用車にはねられて、しばらく療養をしていました。あまり広くない道路の右側を歩いて居た私は、少し先を行く夫の後ろを追いかけるように歩いていたのですが、突然ドンという音とともに左後方から来た車にはねられて、気がつくと自力では立ち上がれなくなっていたのです。
 車を運転していた相手は、今春大学を卒業しようとしていた青年でした。私は左脚の膝下を四カ所骨折していたそうで、入院して手術をして貰い暫くは療養生活を余儀なくさせられました。
 当初治療に当たった医師の話しでは「上手くいって歩行器、もしくは車椅子、さもなければ寝たきり」と言う事でしたが、何とか杖をつきながら自力歩行が出来るまで回復して、ホッとしています。
 加害者の青年は、私が療養中にお母様と、或いは一人で、幾たびかお詫びに我が家に来てくれました。私は家の中でも歩行時は杖が必要でしたし、立ち上がるのに痛みに耐えなければならないので、外来者に会う事は出来ず、未だ一度も彼には会えていません。
 ところが先日検察庁の検事から、電話がありました。「加害者の相手に刑罰を与えるに際して、被害者である貴女の心情を教えて欲しい」と言うものでした。とっさの事でしたが、私は前途のある青年の将来を傷つけるような事は望まなかったので、その旨を正直に伝えました。すると女性の検事は「そう言って頂ければ私も嬉しいです」と言われました。私はその検事の思いがけない優しさに、すっかり感動してしまいました。

 私は検事という職業の人は、ドラマの中でしか知りませんでした。被告人に対して容易に許さない厳しい人のような印象を持っていました。ところがその女性検事は、ごく自然な会話の中で、温かく優しい人となりを私に伝えて来たのです。
 当然な事ですが、加害者としての青年の罪も未だ分かりません。人間とは不思議なもので、心から心へ通じる表現しがたい気持ちも、いとも簡単に伝わるらしいです。この春の慶事の一つになりました。
 この度の事故に遭ったのは不運ではありましたが、人に刑罰を与えると言う重い責務を背負った立場の人が、こんなに温かい人間性を持った人であった事に感謝の念を禁じ得なかったのです。こうして原稿を書いている今も、左脚は時々痛みます。でも四月になりましたし、温かい気候と共に人々の心にも春の訪れを願っているところです。

  

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