貴女の趣味は?と聞かれたら、私は、書くこと、そしてお料理、とでも言うでしょうか。多くの人達が様々な趣味を持って、心豊かに暮らしておいでの様子を見聞きすると、何となく頼りない私の趣味です。下手な短歌を詠んでは、NHK等の各種大会や日経新聞や地方紙に投稿しています。滅多に採って貰えないのですが、たまたま運良く掲載されれば嬉しくて・・・、いつの間にか毎日のように短歌を詠むようになりました。感性が鈍いので、少しも上達しません。
一方二年まえの三月から始めたこのブログを書くことも楽しみの一つです。何を書くかは行き当たりバッタリで、ノートパソコンの蓋を開けてから考える、書き始めれば自然に指が動いて何とか結論まで行ってしまう、といったふうで、読んで下さっておられる方達には、申し訳ない気持と感謝の気持ちで一杯です。
生きている兄弟姉妹の中で、特に姉妹の中では私が一番不器用で、和裁も洋裁も手芸も下手。お琴も茶道・華道も中途半端で終わってしまいました。手に優れた技術の無い私が、何とか父のお陰で一番長く勤めることが出来ました。不器用な人間でも、過ぎてみればそれなりに生き甲斐は見つかるもののようです。
退職して親の介護も終わり、暫くは旅行に出かけることが多かったのですが、年のせいもあって、最近はとみに外出が少なくなりました。することと言えば、趣味となるわけですが、お料理作りだけは、きょうだいの中で、私が一番好きなようです。朝刊に載っていた料理が気に入ると、早速お昼か、夕食の献立に滑り込んで来たりして、楽しく作っています。お料理を作ることはストレス解消になるので、食事作りの時間が来ると、俄然張り切るのです。
食材やスパイスなどは大らかに使いますので、国籍は、何々風となることも多いです。以前にも書きましたが、家族は、美味しければ「美味しい」と言ってくれますが、「まあ美味しいけれど、今回限りで終わりにしよう」と言われると、「落第」の烙印を押された訳ですから、そのレシピはファイルから消えます。こうして瞬く間に消えた料理は数知れず、残ったものが一ヶ月に1~2回献立として入って来ます。その一方で、もう家族の誰も食べたいと言わなくとも、季節だから、とか行事だから、とか言いながら頑なに一年に一回だけは作るというものもあります。
デザートやお菓子も手作りが多く、太る太ると文句を言われるので、遠慮しながら、作っています。希にご近所の独り暮らしの方や、ごく気の置けない知人に、御菓子や、沢山作ったおはぎや、お赤飯などのおすそ分けをします。「美味しかった」と喜んでくださることが何より嬉しいです。時折その方達から、山菜や、手に入らない太いアスパラガス、これが本当の瓜だと思う香りの良い太い瓜のおすそ分けや、そして時には季節の絵手紙など、温かいお心遣いを頂いて、遠い親戚より、近くの他人とばかりに親しく交わり、暮らしています。
従ってインスタントラーメンというものは、もう何年も食べていなくて、どんなものが人気なのかも知りません。出来上がったお料理を買って食べることも滅多にありません。「気の毒なのは、家族かも知れない、献立にのらないと食べさせて貰えないのだから」と秘かに思ったりして、時折は希望を聞いています。
一週間の献立は木曜日に立て、それに従って一日一枚の貼りメモに買い物をメモして綴り、毎日の買い物はそのメモに依ってします。そうしないと無駄な買い物をしたり、買い忘れが出て来る恐れがあります。勿論献立はあくまで計画ですから、店頭で美味しい食材が手に入ると、そこで夫と協議して変更することもしばしばです。
夫は自分が嫌いなものは、「嫌いだ」と明確に言いますので、買おうとした物も手を引っ込めます。その代わり自分が食べたい良い食材は目ざとく見つけるのです。新婚の頃は、2週間位お刺身を食卓に載せないと、もう半年も食べていないような物言いをしますので、とても困りました。「一体私には何が作れるのか」と献立に悩んだりしたのも、懐かしい想い出です。
食事を作るのは、言わば主婦の勤めであり、(権利でもあり)これは趣味の内に入らないのかも知れませんが、新しく美味しい料理を開発して作ることは、とても楽しいことですから、矢張り義務ではなく、趣味としたいと思います。
この夏、私は少し体調を崩して、あらゆる仕事を家族の提案で、ノーンビリとすることにしました。そうそう新メニューの開発もしないように言われて、いまは少し謹んでいます。
「これが私の趣味です」と明確に言えるものは有るようで無く、どれもこれも中途半端で、優れているものは何もないのですが、楽しくやる事があるということは、日常生活を生き生きと楽しめますから、それだけで十分幸せなことだと感謝しています。
一方二年まえの三月から始めたこのブログを書くことも楽しみの一つです。何を書くかは行き当たりバッタリで、ノートパソコンの蓋を開けてから考える、書き始めれば自然に指が動いて何とか結論まで行ってしまう、といったふうで、読んで下さっておられる方達には、申し訳ない気持と感謝の気持ちで一杯です。
生きている兄弟姉妹の中で、特に姉妹の中では私が一番不器用で、和裁も洋裁も手芸も下手。お琴も茶道・華道も中途半端で終わってしまいました。手に優れた技術の無い私が、何とか父のお陰で一番長く勤めることが出来ました。不器用な人間でも、過ぎてみればそれなりに生き甲斐は見つかるもののようです。
退職して親の介護も終わり、暫くは旅行に出かけることが多かったのですが、年のせいもあって、最近はとみに外出が少なくなりました。することと言えば、趣味となるわけですが、お料理作りだけは、きょうだいの中で、私が一番好きなようです。朝刊に載っていた料理が気に入ると、早速お昼か、夕食の献立に滑り込んで来たりして、楽しく作っています。お料理を作ることはストレス解消になるので、食事作りの時間が来ると、俄然張り切るのです。
食材やスパイスなどは大らかに使いますので、国籍は、何々風となることも多いです。以前にも書きましたが、家族は、美味しければ「美味しい」と言ってくれますが、「まあ美味しいけれど、今回限りで終わりにしよう」と言われると、「落第」の烙印を押された訳ですから、そのレシピはファイルから消えます。こうして瞬く間に消えた料理は数知れず、残ったものが一ヶ月に1~2回献立として入って来ます。その一方で、もう家族の誰も食べたいと言わなくとも、季節だから、とか行事だから、とか言いながら頑なに一年に一回だけは作るというものもあります。
デザートやお菓子も手作りが多く、太る太ると文句を言われるので、遠慮しながら、作っています。希にご近所の独り暮らしの方や、ごく気の置けない知人に、御菓子や、沢山作ったおはぎや、お赤飯などのおすそ分けをします。「美味しかった」と喜んでくださることが何より嬉しいです。時折その方達から、山菜や、手に入らない太いアスパラガス、これが本当の瓜だと思う香りの良い太い瓜のおすそ分けや、そして時には季節の絵手紙など、温かいお心遣いを頂いて、遠い親戚より、近くの他人とばかりに親しく交わり、暮らしています。
従ってインスタントラーメンというものは、もう何年も食べていなくて、どんなものが人気なのかも知りません。出来上がったお料理を買って食べることも滅多にありません。「気の毒なのは、家族かも知れない、献立にのらないと食べさせて貰えないのだから」と秘かに思ったりして、時折は希望を聞いています。
一週間の献立は木曜日に立て、それに従って一日一枚の貼りメモに買い物をメモして綴り、毎日の買い物はそのメモに依ってします。そうしないと無駄な買い物をしたり、買い忘れが出て来る恐れがあります。勿論献立はあくまで計画ですから、店頭で美味しい食材が手に入ると、そこで夫と協議して変更することもしばしばです。
夫は自分が嫌いなものは、「嫌いだ」と明確に言いますので、買おうとした物も手を引っ込めます。その代わり自分が食べたい良い食材は目ざとく見つけるのです。新婚の頃は、2週間位お刺身を食卓に載せないと、もう半年も食べていないような物言いをしますので、とても困りました。「一体私には何が作れるのか」と献立に悩んだりしたのも、懐かしい想い出です。
食事を作るのは、言わば主婦の勤めであり、(権利でもあり)これは趣味の内に入らないのかも知れませんが、新しく美味しい料理を開発して作ることは、とても楽しいことですから、矢張り義務ではなく、趣味としたいと思います。
この夏、私は少し体調を崩して、あらゆる仕事を家族の提案で、ノーンビリとすることにしました。そうそう新メニューの開発もしないように言われて、いまは少し謹んでいます。
「これが私の趣味です」と明確に言えるものは有るようで無く、どれもこれも中途半端で、優れているものは何もないのですが、楽しくやる事があるということは、日常生活を生き生きと楽しめますから、それだけで十分幸せなことだと感謝しています。