ばあさまの独り言

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五十年目の鯛

2011年04月29日 | 随筆・短歌
 私達夫婦は、今年結婚して50年目になりました。記念日には、家族だけでささやかに金婚を祝いました。何かに付けて、ご馳走が食べたい私ですから、今はもう目にすることがなくなった、あの30㎝位の鯛の生菓子を食べたいと思い、比較的近くの大手のお菓子屋さんに、「今も鯛の生菓子がありますか」とお聞きしました。すると「注文して頂ければ作ります」とのことで早速注文しました。
 私達が結婚した頃は、私達の地方では結婚式と言えば、どの家庭でも必ず30㎝位ある鯛の生菓子を引き物に付ける習慣がありました。ですから鯛の生菓子を食べる機会は結構あったのです。勿論私達の結婚式は、引き物のお菓子は鯛でした。最近は結婚式も洋菓子が多くなり、せいぜいで真ん中にお目出度い生菓子が何個か入り、両側がブランデーケーキのようになって、鯛 一匹というのは目にしたことがありません。
 もう20年以上前の親戚の結婚式にも付きませんでした。無いと思っていた鯛があるとお聞きして、とても嬉しく思いました。受け取りに行った時、お店の人が箱を開けて見せて下さいましたが、矢張り30㎝位の大きな鯛でした。昔と違ったのは、鯛の背中の赤く染めたところに金粉が付いていたことです。
 家に持ち帰って、早速頂ました。甘さが控えられていて、賞味期間が三日とありましたが、三日目になっても柔らかく、味が全く落ちませんでした。家族だけでは食べ切れまいと思ったのですが、みんな甘い物には目のない方なので、家族で3日間かかって一匹全部食べてしまいました。昔は、砂糖の少ない時代だった筈なのに、だから尚更なのかもしれませんが、とても甘くて、その上翌日にはもう固かったと思います。技術の進歩はこんなところにも及んでいるのだと思ったことです。
 さて、当日の夕食は車で20分程の所にある懐石料理のお店で、膝が痛くて座れない私の為に椅子席の部屋を予約して、美味しい料理を頂きました。「是非自分に祝わせて欲しい」との息子の言葉に甘え、夫婦して花束を貰ったり写真を撮ったり、自慢になって恐縮ですが、温かく和やかで楽しい祝賀会をしてもらいました。こんなに幸せな気分になったのも最近では珍しいことでした。
 娘と息子から銀婚式の年には、25本の赤い薔薇を貰った話が出て、あの時は東京にいた娘から息子に電話があり、近くの大学生だった息子が、姉に命令されて準備して手渡したのだと言いました。そう言えば、私は職場の同僚と、ある温泉ホテルで一泊していたのですが、夫から電話が入って、とても嬉しく思ったことを思い出しました。今は亡き娘を偲んだり、幾多の悲しみや苦しみを越えてこんな日が来るなんて、と感激ひとしおでした。
 織田信長は、炎上する本能寺で「人間五十年、下天のうちにくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度(ひとたび)生を受けて滅すせぬ者のあるべしや」、と平家物語の幸若舞「篤盛」を歌いながら舞ったと言われていますが、「下天」とは、天界の最下位である「四天王天」のことで、その一日は人間界の五十年とされるそそうですから(倶舎論・・・インドの仏教論書)人間の五十年は下天の一昼夜という訳で、人間界の五十年は全く夢幻のような一瞬に過ぎないほど儚いものだと歌っているのです。
 すると私達はその一瞬を共に暮らしただけであり、過ぎてみれば本当に短い年月でした。けれどもこうして、DNAをバトンタッチして逝けるのですから、苦しみの多かった分、それに見合った幸せを手にしてきたと言えるでしょう。
 この下書きを書いている日は、奇しくも亡くなった娘の46回目の誕生日に当たります。33歳で亡くなりましたのに、今以て一度も欠かさずに誕生日を家族で祝っています。何だか何時も近くにいて、私達を不幸から守ってくれているように思われてなりません。時には娘の体温の様な温もりを身近に感じることがあります。亡くなったとはいえ、毎年誕生日を祝うのもそんな感覚を持っているからなのです。
 この度の震災で身元の分からない人の衣類を、手掛かりにするために洗って乾かしているというニュースを読みました。まだ1万名以上の人が行方不明で、身元の分からない遺体も多いと聞きます。探しておられる方達はどれ程辛いことでしょう。少しでも手掛かりになって、身元が分かりますように祈っています。
 様々な理由で永遠に金婚式の来ない人や、来たのに祝えずにおられる方達を思うと辛いのですが、誰でも与えられた今の一瞬を大切に生きるしかないと、そう考えているところです。
 年々離婚率が高まる現代にあって、50年添い遂げる夫婦は珍しいと言われる時代がやがて来るのでしょうか。おめでとうの一言でも良い、温かい言葉を掛けて貰ったり掛けて上げられる、そんな家族が増えて欲しいと願っています。
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