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25年目の弦楽四重奏

2013年07月26日 | 洋画(13年)
 『25年目の弦楽四重奏』を有楽町の角川シネマで見ました。

(1)『ザ・マスター』での演技が素晴らしかったフィリップ・シーモア・ホフマンが出演する映画だというので見に行ってきました。

 結成25周年目を迎えた弦楽四重奏団の「フーガ」は、それを記念する演奏会の曲目として、ベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第14番」を取り上げることにします。
 ですが、同四重奏団には色々な難題が降りかかってきます。
 まず、チェロのピータークリストファー・ウォーケン)がパーキンソン病の初期であることが判明します。
 彼は今季限りで引退すると言い、代わりのチェリストを見つけようとします。



 すると、ビオラのジュリエットキャサリン・キーナー)は、ピーターが引退するなら自分も辞めたいと言います。

 さらには、ジュリエットの夫でもある第2ヴァイオリンのロバートフィリップ・シーモア・ホフマン)は、チェリストが代わるのなら四重奏団は新しく出発することになるのだから、演奏形態も変わるべきであり、その場合には、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンとを交代でやりたいと主張し出します。



 すると、それを聞いた第1ヴァイオリンのダニエルマーク・イヴァニール)は、ロバートは第2ヴァイオリンとしては非常に優れているものの、第1ヴァイオリンとしての素質を持っていないと反対します。



 一気に弦楽四重奏団「フーガ」は解散の淵に立たされますが、さらにはプライベートな面でも考えられないことが明るみに出て、さあどうなることやら、……?

 原題の「A Late Quartet」の“late”には、第14番がベートーヴェンの“後期の”弦楽四重奏曲であることとか、この話が「フーガ」という弦楽四重奏団の“後期の”活動についてのもの、あるいはチェロのピーターの“晩年の”引き際に関するもの、というように様々な意味合いが込められているように思われます。
 さらには取りようによっては、ベートーヴェンの第14番の音楽の展開そのものが、この物語の進行とタイアップしているようにも思えてきて(注1)、全体としてとても充実した素晴らしい作品に仕上がっているなと思いました(注2)。

(2)弦楽四重奏団の団員間の軋轢については、丸谷才一著『持ち重りする薔薇の花』(新潮社)が巧みに描き出しているところ、以前、映画『カルテット!人生のオペラハウス』に関するエントリの(2)で取り上げましたので、ここでわざわざ繰り返すには及ばないでしょう。

 それにしても、本作の場合、各団員間の関係は複雑です(注3)。
 それが、ラストに至って25周年記念の演奏をすると、わだかまりが嘘のように融けてしまうというのは、ベートーヴェンの第14番が持つ摩訶不思議な魔力によるものなのでしょう!

 そのベートーヴェンの第14番に関しては、本作の中でも様々なことが言われます。
 まず、チェロのピーターが、この曲について学生に講義をする中で、「詩人のエリオットが最も愛した曲だ」と述べ、さらに、「全ての楽章が途切れることなく演奏されるために、長い間弾くと調弦が狂ってくるが、どうするか分からない」と語ります。
 また、第二ヴァイオリンのロバートは、シューベルトが死の床についたときに仲間がこの曲を演奏したというエピソードとともに(注4)、「この曲を弾く前に、いつも、シューベルトの死の床の周りにいると想像するんだ」と、自分の娘アレクサンドライモージェン・プーツ)に話したりします。

 でも、第14番にとってそんなエピソードめいた事柄などどうでもよく、吉田秀和著『私の好きな曲』(ちくま文庫)がいうように、この曲は、「ひときわよく書けた、そうして深い内容をそなえた音楽」であり、「ことに、第3楽章の変奏は完璧なもので」、「フガートで入ってくる第1楽章もバッハの最高のフーガに劣らない出来栄えであり」、「終楽章のアレグロは、……自然で無理に力瘤を入れたようなところがまったくなく、微妙というずばぬけていて、しかも、ユーモアを失っていない。気品もあ」って、「要するに、名作である」という評で尽きているのではないかと思います(P.15~P.18)。

 なお、『鍵泥棒のメッソド』において香川照之が扮した殺し屋・コンドウが一番愛好する音楽もこのベートーヴェンの第14番でした!

 また、本作では、次の二つの詩が引用されています。
 オグデン・ナッシュ(注5)の『OLD MEN』という詩(注6)が地下鉄の広告に書かれているのを女の子が読み上げます。
 あるいは、ピーターの心境をその詩が表現しているということなのでしょうか(注7)?
 
 さらに、T.S.エリオットの『四つの四重奏』の第1部「バーント・ノートン」の最初の方が、映画の冒頭に引用されます(注8)。
 劇場用パンフレットに掲載されている「Q&A」で、ヤーロン・ジルバーマン監督は、この詩に関し、本作では、「今を生きること、時間と共に訪れる変化を理解すること、どんなにあがいても時間には抗えないという事実などを描いた」と述べています(注9)。

 本作は、こうした詩の引用とか、あるいはニューヨークのフリック・コレクションにあるレンブラントの『自画像』の前でピーターとジュリエットが語るシーンとかが織り交ぜられて、その芸術的な雰囲気を一層盛り上げているように思います。

(3)渡まち子氏は、「クラシックファンにはたまらないカメオ出演もあり、音楽映画としても見所は多いが、何よりも、仲間、夫婦、親子、恋人と、さまざまな形で調和を模索する大人の人間ドラマとして味わいたい」として65点をつけています。
 また、東大の藤原帰一教授は、毎日新聞で、「見終わったら音楽を聴きたくなり、音楽を聴いたら生きる喜びと悲しみが胸に沁(し)みる。音楽によって表現し、音楽によって救われる映画」だと述べています。




(注1)例えば、本作の最初の方で4人が第14番を練習するのですが、最初に、第2ヴァイオリンのロバートが、「全部、暗譜でやろう」と言い出すと、第1ヴァイオリンのダニエルが、「そんなことは無意味だ。楽譜への書き込みは思想だよ」と反論します。暫くすると、ビオラのジュリエットが、「気分が乗らない」と話し、チェロのピーターが「自分がダメだ、次回にしよう」と言って練習を打ち切ります。
 こんなシーンは、第14番の第1楽章が四声のフーガの形式で書かれ、同じ旋律が次々に楽器を移っていくのに対応しているようにも思われます。

 また、第14番で一番長い楽章の第4楽章は主題と6つの変奏で構成されているところ、本作でいえば、愛情という主題を巡っての4人のいろいろな人間関係がそれに対応すると考えてみてはどうでしょうか〔ロバートとジュリエット、ロバートとピラール(下記の「注3」を参照)などと数え上げていくと6つになるかもしれません(補注)!〕?

(注2)俳優陣は、フィリップ・シーモア・ホフマンを除いて、あまり馴染みがありません。ただ、キャサリン・キーナーは、『トラブル・イン・ハリウッド』や『脳内ニューヨーク』で見ています(マーク・イヴァニールは『トラブル・イン・ハリウッド』に出演していたようです、印象に残っておりません)。
 なお、ロバートとジュリエットの娘・アレクサンドラに扮したイモージェン・プーツが、なかなか魅力的でした。




(注3)例えば、ロバートには第1ヴァイオリンとしての素質がないとダニエルが言っていると妻から聞き、さらには妻ジュリエットがそのことに反論しなかったことから、ロバートは酷く傷つき、ジョギング中に知り合った女・ピラールと一夜をともにしてしまいますが、それがジュリエットにすぐに気付かれてしまい、家から出て行くように宣告される破目になります。

(注4)このエピソードについては、このサイトの記事にも書き込まれています。
 なお、Wikipediaの第14番に関する項には、「シューベルトはこの作品を聴いて、「この後でわれわれに何が書けるというのだ?」と述べたと伝えられている」との記述が見られます。

(注5)Ogden Nashについては、このサイトの記事を参照してください。

(注6)詩は、このサイトに掲載されています(なお、同詩は、1931年の『Hard Lines』の中に収録されているようです)。

(注7)その次のシーンでは、ピーターがカフェで、まず薬を飲んでからコーヒーを飲んでいるものですから。

(注8)詩の初めの部分は、このサイトの記事の後半に、訳とともに掲載されています。
 ただ、訳としては、こちらの城戸朱理氏の方がより分かり易いと思われます。

(注9)例えば、こんなシーンが該当するのかもしれません。ピーターは、ジュリエットの母親が亡くなった時に、そのとき彼女とともに結成していた弦楽四重奏団を解散してしまいますが、そのことを今酷く悔みます。しかし、もう取り返しはつきません(「All time is unredeemable」)。彼は、新しいチェリスト(ニナ・リー:実際のブレンターノ弦楽四重奏団のチェリスト)を見つけ出して、最後の演奏会の時に他の3人の中に突然投げ入れ、四重奏団を次の段階に進ませてしまうのです。


〔補注〕その他には、ダニエルとジュリエット、ダニエルとアレクサンドラ、ピーターと妻のミリアム(実際のメゾソプラノ歌手のアンネ=ゾフィー・フォン・オッターが演じています)、それにジュリエットとアレクサンドラの関係が挙げられるのではないでしょうか。



★★★★☆



象のロケット:25年目の弦楽四重奏


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5 コメント

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25年は銀婚式 (milou)
2013-07-27 00:47:34
映画が始まって『コレクター』から見ているテレンス・スタンプの顔を見たとたん、どうしてもイメージがクラシックの演奏家には見えず違和感。
それはいいとして、映画自体は悪くないのだが個人的に嫌だったことは…
以前も書いたが、まず僕は一般映画(?)における不必要な性的表現や暴力模写を好まない。この映画の場合、ロバートとピラール、ダニエルとアレックスの2回のベッドシーンがある。もちろん“必然性”はあり表現も過激ではなく、それはまあいい。

ただ25年という長い年月には恐らく性格や主義主張、音楽の解釈の違いなどから当然衝突は何度もあったはず。それを乗り越え25年も続いた“カルテット”がピーターの病気という今までに無い決定的なトラブルがきっかけとはいえ、2つの“SEX”つまりカルテット(?)が原因で崩壊する、という下世話な“現実”に嫌な気分になった。

ラストも途中から(ロバートが主張する)全員が暗譜で演奏という映画的ハッピー・エンディングになっている、ということは恐らく“第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを交互に交代”も実現するのだろう。
しかしロバートは本当に25年の第2ヴァイオリンの位置に不満を持っていたのだろうか?
フィリップ・シーモア・ホフマンという、うさんくさい俳優のせいもあるが、寝た若い女にそそのかされ(?)エエカッコしたかっただけではないのか、つまり本当にそう思っていたなら25年も過ぎる前に決定的な衝突があったに違いないと思える。

それにしても妻であるジュリエットにとっては夫は浮気をし娘は信頼していた仲間に取られるし音楽なんて関係なく散々。
まあ、これもハッピー・エンディングというのかダニエルは捨てられ“家族の絆”が回復するが…

ところでダニエルが落札されたヴァイオリンを買い戻すには2倍以上の金が必要だと思うが、そんな金持ちとも思えない。
すべて“わだかまりが嘘のように融けてしまう”ラストにはちょっと…

クラシックに詳しくはないのでニナ・リーという名前も初めて知ったが、登場する前から何となくプロの演奏家だろうと想像し、エンド・クレジットで確認した。当たり前のことだが“演奏”の演技が全然違いますね。カルテットの演奏も比較的うまく撮っていて特に違和感はなかったが、さすがにアップじゃないときは左手がほとんど動いていない。

そうそう、ソリストはやっぱりソロイストと言ってましたね。
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失礼 (milou)
2013-07-27 00:57:29
もちろん、クリストファー・ウォーケンの間違いです。
『アンコール!!』で映画はともかくテレンス・スタンプはよかったので印象が強すぎて。ウォーケンは『グリニッチ・ビレッジの青春』から見ているが、よく2人の名前を間違う。

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Unknown (クマネズミ)
2013-07-28 18:34:42
「milou」さん、コメントをありがとうございます。
色々興味深いお話をありがとうございます。
なお、ロバートの不満については、ピラールに指摘されたからという面もあるかもしれませんが、長年内心でそう思い続けてきたものの、ピーターの大きな存在の前に言い出せなかったところ、彼が辞めると聞いてかねてより思っていたことが口をついて出てきたのでは、というように思いました。
また、ヴァイオリンの落札に関しては、よくは分かりませんでしたが、2,300万円くらいで落札していたとしたら、ダニエルもこれまでの蓄えで買い戻すことは出来るのではないでしょうか?
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Gagliano (milou)
2013-07-28 22:19:16
どうでもいい話だが、落札価格はメモしなかったので調べてみると$25,000 らしいので、まさに“2、300万”ですね。
ところが、このヴァイオリンは18世紀の名器の1つGagliano のものらしく、本当なら10倍はするとか。
しかし、さらに調べてみると当然Gagliano (一族)でもピンキリで安いものなら現在100万以下で売りに出ている。
たかが(?)娘の練習用なら何千万もするものは買わないでしょうが…

The bidding begins, and it ends with a guy in a business suit bidding $25,000 for it, and Robert and Juliette storming out after they were outbid. $25,000 for a Gagliano? Regardless of which Gagliano the instrument was made by, only in a fantasy world would it sell at auction for that little. $250,000 would be more like it!

And, yes, the Gagliano price-tag was hysterical - I wanted to jump in on the bidding myself!
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Unknown (クマネズミ)
2013-07-29 06:19:39
「milou」さん、とても貴重な情報をありがとうございます。
ネットでみたら、音大生あたりで300万円くらい、オーケストラだと1,000万円のヴァイオリンを持っている人もいるとか。
ちなみに、クラシック・ギターの世界では、300万円だせば凄い名器を手にすることができますが。
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