駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

危機迫る師走

2022年11月30日 | 政治経済

               

 

 雨上がりのせいか生暖かい。明日から師走、ほんまかと言いたくなる。

 中国で白紙、言論統制に対する抗議の意味を持つ、を掲げてゼロコロナ政策を批判する異例のデモが起きている。香港を力で抑え込んだ習近平に盾を突くとは凄い。果たして香港民を抑え込んだようにねじ伏せることができるだろうか?。中国の人達も香港ウイグル地区のことは見過ごしても、いざ自分のこととなると黙っていないらしい。ゼロコロナ政策は一定の効果があっても、完全にウイルスや人間の逸脱をゼロにすることは不可能だし、封じ込めには我慢の限界がある。情報も同じ、どんなに統制しても漏れ入ってくる。政治に無関心触らぬ神に祟りなしの人達も、自分の不都合には黙っていられなくなる。

 プーチンと習近平にウクライナ反撃と新型コロナ再流行という思わぬ難題が降りかかって、世界に不穏な空気が漂っている。明らかに今ここに危機があるわけで、冷静沈着で知恵のあるリーダーが必要なのだが、永田町に居るだろうか?、国民に優れたリーダーを選ぶ慧眼があるだろうか?。

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世の中変わった手にスマホ

2022年11月29日 | 小考

               

 

 科学技術は人類を変えてきた。鉄道や飛行機が利用できるようになった以上に?、インターネットとスマホは社会を変えてしまった。というのはスマホは人間の脳内環境を変えるからだ。スマホのために人はじっくり物を考えなくなったのではと感じる。電車に乗ると三分の二の人がスマホを見ている。そういう自分も帰路はスマホでヤフーニュースを見ていることが多い。確かに効率は良く簡単に情報を手に入れることができる。しかし便利過ぎて速すぎて、物事を深く考える妨げになっているような気がする。

 人が本を読まなくなったのには明らかにパソコンやスマホの影響がある。今も直木賞芥川賞本屋大賞があって一定の読書人口はあるようだが、孫たちは鴎外や漱石など読んでいない様子でもっぱらスマホを弄っていた。鴎外や漱石が何の役に立つかと正面から言われても口ごもってしまうが、物事をじっくり考える素養にはなったと思う。子供の頃本を読まずもっぱら漫画とアニメで成人して手にスマホの世代と昭和育ちでは一体何がどう違ってくるかはっきりとは分からないが、良い悪いは別として違いが出てくる出ているんだろうなと思う。

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がっかり森保ジャパン

2022年11月28日 | スポーツ

            

 

 コスタリカが油断できないのは試合前からわかっていたが、負ける相手ではなかった。引き分けは許せても負けてはならない相手だったのに、負けてしまった。森保監督今回は凡策だった。前半戦で一点取らなければ駄目だった。何を言っても取り返しは付かない。金星の後には引き締めたつもりでも油断がでる、兜の緒が弛んでいた。

 スペインに勝つには戦略が必要、森保の評価が決まる。

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絵は描ける

2022年11月27日 | 人生

             

 

 又絵を描き始めたと言っても高々一か月ほどのブランクで、再開というほど大袈裟なものではない。若い人には分からないが年を取るとあれこれ少しづつ変わる。年寄りには時代が変わるから全部とは言わないがいつか来た道、若い人のことはよく分かり若気の至りには優しくなる。いつか行く道、繰り言ではなく読んでいただければ幸い。

 当たり前だのクラッカーと言われそうだが、年を取ってくるとやれることしかできなくなる。嫌なこと面倒なことができなくなるのだ。診察は好きな仕事だったらしくできるが、付随する書類を書くことができなくなった。紹介状は書けるが診療報酬関係、介護関係、役所関係の書類が書けない、申し訳ないが院長に丸投げしている。面白くない本は二ページ以上読めなくなった。我慢して読むことができない。唯、枯れ切ってはおらず、もう一生読まないだろうなという本もまだ本箱に並んでおり、時々表題だけ一瞥している。好きだった魚釣りも年に一回程度に減ってしまった。行けば釣れなくても楽しいのだが、行くまでが億劫になった。

 どういうわけか六十の手習いで始めた絵は続けられている。子供の頃は気が付かなかったが心底絵が好きらしい。ひょっとしたらいくらか才能があるのかもしれない。歌は下手くそだから、その分絵の方に能力が回ったのだろう。有難いことに将棋やサッカー観戦は楽しいので、まだもう少しという気で居れる。

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内科系開業医の仕事

2022年11月26日 | 世の中

            

 

 内科医には外科医のような表に分かりやすい専門的な技術はない。消化器内科の医師の中には観血的な内視鏡手術のできる医師も居るが、大半の内科医にはメスを使う技術はない。問診して診察して鑑別疾患を思い浮かべて検査を選び診断を付けて生活指導薬物治療するのが仕事で技術があるにしても目立たず分かりにくい。

 世間の人は名医という言葉が好きで、週刊誌には名医がよく登場する。唯、医師が名医という言葉を使うことは殆んどない。勿論、きちんと評価はしていて褒める時は**先生はよくできるあるいは信頼できる、後輩などはあいつはよくできるあるいは大丈夫と表現する。そうして難しい疾患や重症の患者さんは頼りになる信頼できる医師に紹介する。頭の中にはこの病気はA先生こうした患者さんはB先生と地図が出来ているが、総合病院の部長クラスの医師はみな優秀で大きな差はないことが多く、紹介先は患者さんの希望に沿うことも多い。

 そうして比較的地味な内科系開業医の仕事なのだが、意外なこと?に患者さんは診断を高く評価してくださる。病気を見付けていただいてと感謝されることが結構あり恐縮している。いつでもうまくゆくとは限らず、あなたは運が良かったというのが本当のところだ。

 内科系開業医の一番の特徴は長い付き合いというか長期診療にあるように思う、三十年通っておられる患者さんも居られるし親子三代通って来られる患者さんも居られる。亡くなった父母や夫や妻を記憶している人間として私に親しみを感じている患者さんも居られるように感じる。

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灰色に映る真実

2022年11月25日 | 小考

              

 あと数日で師走、朝夕寒くなったが日中は日差しがあるとまだ暖かい。今朝の空は青く、歩道には黄色い銀杏の葉が散らばっていた。秋を味わう暇もなく冬がやってくる。

 この頃、夜明けに小便に起きるようになった。ああそれ普通ですよと、患者さんにいう言葉を自分に返さねばならない。有難いことに、小便に起きてもまたすぐ眠れる。

 絵を描くせいでもないだろうが、灰色の大切さというか重要さを感じている。グラデイションの背後には灰色がある。真実は間にあるという恩師の言葉を思い出す。聞いた時はそんなものかなという程度で、あまりよくわからなかったが、年を取ってだんだんその言葉の重みが理解できてきた。

 二十一世紀になり二十年、ますます情報が溢れ、表層の変化も目まぐるしくなった。残念ながら人間の脳味噌は科学技術の進歩についてゆけない。とにかく分かりたい人達はすぐ脈絡なく飛躍した黒白の結論に飛びついてしまう。脳の働きが複雑な事態に対応できず短絡してしまうのだ。絵を描いているとよく分かるのだが、テーブルに置かれた柿一個、林檎一個がいかに陰影に富んでいることか、黒白だけにしたら味わいどころか真実も消えてしまう。

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森保ジャパン勝った

2022年11月24日 | スポーツ

       

 

 圧倒的に不利とされていたドイツに逆転勝ちした。決して奇跡ではない。ドーハの歓喜は周到な準備と戦略の結果だ。権田もよくやった。森保監督も見直した。

 勝って兜の緒をしめ、コスタリカに勝ってグループリーグを抜ければベスト8は現実になる。コスタリカ戦はドイツ戦に出なかったメンバー中心が良い。

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双方向で

2022年11月23日 | 趣味

             

 

 長い間ブログに親しんできてよく目を通すブログがいくつかあるが、中にコメントを受け付けない設定になっているのがある。時々ではあるが、ちょっとコメントを書きたいこともあるのでとても残念に感じる。様々な理由があると思うが、書きっぱなしよりも双方向の方が楽しいし発見も多いと思う。返事がちょっと面倒とか感じの良くないコメントは不愉快というのが理由だろうか、私の経験では嫌みなコメントは減りこの数年は全くなくなっている。

 ワールドカップが始まった。深夜、明け方の放送は見ていないが、番狂わせが出ている。アルゼンチンがサウジに負けたらしい。イギリスは賭け事大好き人間が多く、ブックメーカーというのがあって指標となる掛け率を発表している。サウジが勝つ確率は十分の一以下だったと思うが、どのくらいの指標が出ていたのだろう。日本がドイツに勝つ確率は九分の一くらいらしいが、それは違う三分の一と見ている。日本一点は取れる。問題は守備、森保君キーパーはシュミットにするのだよ。背が高い、フィードが優れている。

 羽生が六連勝で藤井棋王の挑戦者になった。タイトル百期に掛ける鬼気を感じる。羽生には相手の特性を知り尽くした意表を突いた手を指すマジックがある。果たして羽生マジックが藤井に通じるだろうか。終盤では藤井には弱点がないように見える。中盤のマジックなら掛かっても踏みとどまりそうに思う?。他の棋士が持っている藤井に対する恐れは羽生にはなさそうだ。手に汗を握る熱戦必至で又一つ楽しみが増えた。

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不連続の謎

2022年11月22日 | 小験

                

 全く関係なさそうなお二人だが須賀敦子と宮崎駿の話は私にはどうもすっきり理解できないところがある。勿論、私の脳味噌の手に余るという部分もあるが、お二人の話には飛躍が散りばめられているような感じを受ける。須賀さんの場合は飛躍というよりも分かる人には分かる綺麗な跳躍があるようで、宮崎さんの場合には失礼ながら尻すぼみというか根気が続かなかったり気が変わり端折ったような感じがある。冗長で先が読めるような物語は詰まらないので、つながりが分かりにくいと余韻が残って独特な魅力が出てくるかもしれない。

 物語の分かりやすさというのは良いようで凡庸に陥る恐れもあるもので、優れた物語を紡ぎだす人は寸分たがわぬところに僅かな謎を挟み、説明しきれないものを見事に表現しているような気がする。おそらく音楽や絵画にも似たところがあり、聞き飽きない見飽きない作品は謎というか不思議な飛躍があるような気がする。

 尤もこれは単なる理解能力不足を妙にこじつけただけの考えかもしれない。最近は話題に上がらない須賀敦子と三度めの最後の作品を用意しているらしい宮崎駿、なぜこの二人と不思議に思われるかもしれないが最近読んだ津野海太郎の本と最近見た岡田斗司夫のユーチューブから連想した。

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久しぶり?の日曜日

2022年11月21日 | 身辺記

                  

 

  久しぶりに床屋に行った。実際には五週間なのでいつもと同じなのだが、ちょっと入院していたので久しぶりに感じた。いつもと同じですねと、うつらうつらするうちに完成。床屋というのは有難い、本当に良い気分になれた。余計なことを言わないご主人、私が無口なのでそれに合わせてくれる、少し痩せたのに気付いただろうか?。予約制で予約が面倒というせいもあるし、床屋大好きというわけではなく四週間おきにしようと思いながら五週間おきに通ってきた。これを機会に四週おきにしようかと考えた。

 この床屋さんは亡くなったG氏が教えてくれた店だ。天井が高く清潔で閑静な造りで、テレビもラジオも新聞もない。手が空いていれば感じの良い奥様が髪を洗って呉れる。ご主人は微かに神経質なところがあるがきちんと仕事をする人だ。私より二十歳くらい若そうで、ちょっと不愛想な客と微かに神経質な職人が徐々に打ち解けて、今は歩ける間は通いたいという気持ちになっている。G氏のさりげない置き土産だ。

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