駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

政治色を眇める

2020年10月31日 | 政治経済

            

 

 大阪都構想という紛らわしい名前の構想の是非が争われているが、これは大阪都構想というより維新構想と呼ぶべきもので、二重行政がほぼ解消された今、維新が大阪市廃止を大阪都構想というプロパガンダに祭り上げた過剰な争いのように見える。維新支持の方の怒りを買う表現かもしれないが、名前と実態が乖離し行政改革にしては政治色が強すぎる。大阪市民でもないのに余計なことを言うなと言われそうだが、成立すれば維新は勝ったと喧伝しそうで、政党の勝ち負けの問題ではないと申し上げたい。

 日本学術界会議の六名任命拒否問題を小さなことで騒ぎすぎるという主張が一部報道機関から報道されているが、それも論点ずらしの一つと指摘したい。狡い方法は結果を毀損するというのは歴史が教えることで、政治が間違いを犯す始まりになる。高々六名でも気に入らない人物を官邸の恣意で外すやり方は看過できない。根幹の問題で決して小さい問題でないと申し上げたい。

 まず最初に携帯料金値下げという内野安打を放ち試合展開を有利にして菅的自助を押し出す作戦は、六名の任命拒否問題で躓いてしまった。おまけに西村大臣の十七連休案で党内に不協和音が生じ、二階氏幹事長は顔をしかめている。立て板に水の喃語でまやかす才能のない菅首相は予算委員会で立ち往生しそうで前途多難だ。相当なストレスがかかると思われるが健康問題は大丈夫だろうか、経験豊富で優秀な医師団をご用意下さいとアドバイスさせて頂きたい。

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声を聴き分ける

2020年10月30日 | 世の中

         

 

 インターネットで飛び交う情報は玉石混交と言われるが、石以下の塵もかなり混じっている。玉石塵混交と言うべきかもしれない。

 どういうものか騒がしい塵が数多くあり、大声で論陣を張っているから聞いていると何が何だか分からなくなる人も多いと思う。画像は区別がつきやすいが音は混在しやすい。特に自己主張の塊のような人は声が大きく騒がしいので、おとなしくまともな人の声はかき消されやすい。

 しかしそれでも、人間の耳は多くの話声の中から澄んだ声や落ち着いた声を聞き分けることができる。騒がしいデパ地下の売り場でも母や妻の声は小さくても聞き取ることができる。オーケストラの指揮者などは数多い楽器の音の中から例えば第二バイオリンの音を聞き取り、間違いや不備を指摘することができるらしい。トスカニーニなどは正確な演奏を求めリハーサルが厳しく、しばしば間違いを指摘したので有名なのだが、ある時誰だ鼻歌を歌っているのはと怒り出した。まさか鼻歌を歌う演奏者が居るわけはない。興に乗って自分が声を出していたのだ。

 人間には重なる声の中から親しい人の声を聴き分ける能力がある。声には顔とまた違ったその人らしさがあり、思い出の人の声は懐かしい。だから謦咳に接するという表現があるのだと思う。

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菅首相の所信表明演説を読んだ

2020年10月29日 | 政治経済

              

 

 興味は湧かないが国民として知っておかねばならないので菅首相の所信表明演説を読んだ。平板で最後まで読むのは正直退屈だった。なるほど当然の今日明日取り組まなければならないことが列記されているが、五年後十年後二十年後の展望が乏しく夢がない。三十年後の温室効果ガスゼロは先のことだが指針は列挙に過ぎず新鮮味も迫力もない。これは実務裏方の作文でリーダーの演説らしくないと多くの評論家と同じ感想を持った。

 方法は結果を毀損する。どのように実現するのかが重要な問題で、国会軽視で順法精神が欠如していては、例えば携帯電話料金が下がっても総合的俯瞰的には国民生活は豊かにならない。みっちりと国会論戦を展開し納得のゆく説明をして必要な修正をして実行に移していただきたい。

 研究業績のある学者を尊重しない国は衰退する。マスク代に比べたら十億円は安いものだ。十分な旅費も出ていないと聞く、三十億円に増やしてあげたらどうだろう。学者が研究しやすい環境を考えるのが政治家の仕事で、気に入らない学説はそういう考えもあるかと聞き置けばよいのでは、押さえつけようとするのは独裁者の兆候と申し上げたい。

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栃木茨城の印象

2020年10月28日 | 世界

           

 

 日本人はランキングが好きなようで(外国のことはよく知らない)、魅力ある都道府県や住んでみたい街ランキングを目にする。目にすれば上位と下位は一瞥し参考にしている。私には私の住んでみたい場所がいくつかあるからだ。

 北海道は比較的上位に来ることが多いが、皆さんは冬の長さ厳しさをご存じなのだろうかと思う。冬の良さというのはあるのかもしれないが、北国の人は雪と寒さは大変とおっしゃる方が多い。中には従姉妹のご主人のように雪の冬はこんこんと本が読めて北海道は宜しいという学者もいるが。

 勿論、好みは色々だが、転勤の多い製薬会社の人と話していると実際住んでみての感想が聞ける。福岡が良いという人が何人も居た。北海道は住むところじゃないですと言う人が居たので、そうなんだという強い記憶がある。尤も札幌には恋の街と歌われたせいかあこがれを持つ人が多いようだ。

 実際に住んでみての感想と旅行やテレビ雑誌からの印象では多少のずれがあるだろう。おそらくこうしたランキングは住んでみてのものではないと思う。

 一塊で呼ばれることに抵抗のある人もおられるだろうが北関東はこうしたランキングでは上位には来ない。茨城栃木群馬それと埼玉もどちらかというと下位グループに属しているようだ。私もこの四県にあんまり住んでみたいとは思わない。反発はあっても、これは多くの日本人の感覚のようで、茨城栃木群馬に住んでよかったというMRは居なかった。そこへ行くと埼玉はださいたまと呼ばれるほどの強い個性はないようで東京圏の感覚があるようだ。

 実際に住んでいる人は上位ならともかく下位には不快感をもたれるようで最下位の座を茨城から譲られた栃木の知事がご不満という記事を目にした。好き嫌いよりも申し訳ないが栃木は印象が薄くよく知らないと申し上げねばならない。宇都宮の餃子も首位を奪われたようだし。

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トランプの謎と真実

2020年10月27日 | 小考

              

 

 トランプ大統領の言動を見ているともう四年になろうとするのに、本当にこれが現実だろうかと頬を抓りたくなる。まず端的にアメリカはこんな国だったのかとびっくりしている。今までの知識が不十分でアメリカの表層しか知らなかったところもあると思うが、それでも自分さえよければという人物が非科学的な主張を繰り返しても、四割近いアメリカ市民が支持するのを見せつけられると、知らない国の話のような気がする。そして選挙で負けそうになっても郵便投票では不正が行われると主張し、開票結果の集計に手間取れば自分の負けを認めず勝手に勝利宣言をしてホワイトハウスに居座るのではないかと言われている。そうするとトランプ支持の武力集団と反対派の市民との内戦が起きるのではないかとさえ言われている。

 トランプ支持派の人の中には自分達に都合の悪いことは何でも民主党系あるいは富裕層の陰謀だという説明解釈が出回っていて、それを信じる人が多いと報じられている。相手の発言を遮り自分の主張を声高に主張し、都合の悪いことは陰謀だと言い募るのは目的のためには手段を択ばず自分の主張を通そうとする人たちに共通した手法のように見える。民主的なことは憎いというのだから、民主的な解決法は通じないのかもしれない。科学を信じない、確かに複雑で理解できないことは信じないという気持ちは少し分かるけれども、と言っても分かることとまだ分からないことを冷静論理的に扱うのが科学で、信じる信じないの対象ではないはずなので、無体な主張だ。

 しかしトランプ支持者が四割近く居て勝利の可能性があるというのが現実でトランプ魂は三分の一の真実なのかもしれない。万一勝てば気に食わない人物や国には無理難題を突き付けてくるだろう。憎まれっ子世に憚る。 

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深まる秋

2020年10月26日 | 身辺記

              

 

 室生犀星は故郷は遠きにありて思うものと詠った。秋になると思い出す。一体どれくらいの人が故郷を遠く離れて高齢者になっているのだろう。まあ同じ県内なら遠く離れてとは言わないだろう。しかし隣県でも百キロ以上離れて言葉のなまりや県民性が違えば故郷は離れている感じがする。そうした定義で、一体どれくらいの人が故郷を離れて老境を迎えているだろう。 

 半数まではいかない気がするがどんなもんだろう。三人に一人くらいだろうか?。都道府県によってかなり差がありそうだが、そうした統計は目にしたことはない。

 私もそうした一人で故郷を離れたので小中学校の友人は数人を除いて、音信不通になってしまっている。そのために四十過ぎてからの当地での友人は貴重で大切にしている。大人になってからの友人作りは難しいと言うが幸い馬が合う友人ができて有難いと思っている。中でも同年配は世の中の出来事の記憶がほぼ同じで、価値観が理解しやすいので秋の夜長にちょっとアルコールを入れて話すのが本当に楽しい。このくらいの年になるとお互いいつお迎えにあるかもしれないという気持ちがあるせいか忌憚のない話ができる。

 Y君は何だか私が有名な作家に似ている(本人は似ているとは思わない)とその作家の名前で呼ぶ、**はどう思うなどと聞かれ年甲斐もなく青臭い返事をしている。まあしかし作家はお茶を濁すようなことは言わないので、相応しい呼び名をつけてくれたのかもしれない。深まる秋に同い年三賢人??の宴席を設定したので、今から楽しみにしている。

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武士道はどこに

2020年10月25日 | 小考

           

 

 武士道とはどんなものか、昔は少し分かっていたような気がするが、今はよくわからなくなった。侍が町で浪人と刃を交え、まげを切り落とされ面目ないと切腹する話を読むと、なぜそんなことで腹を切るのだろうかという疑問がわいてくる。子供の時は素直に武士とはそういうもので大変で厳しいと受け取っていたように記憶する。

 今の世の中、エリートの矜持などというものは霧散してしまい、身から出た錆の責任を取ろうとする人は絶滅危惧種になっている。日本的なものの考え方身過ぎ世過ぎは千数百年の昔から連綿と続いている感じがあるのだが、武士道となると今や時代遅れで廃れたように感じる。一体どういうことなのだろう、武士道は日本史の異端児だったのだろうか。武士道の変遷の研究でそうした指摘はあるのだろうか。

 士農工商と中学校で習った記憶があるが、どうも年を取り世の中の仕組みを多少知ってくるとこうした身分制度に為政者の知恵というか戦略を感じる。武士は遅れてきた人達で、古来日本的なものを担ってきたのは農であり商のような印象を持っている。歴史学者や社会学者がいろいろこうしたことに関して研究をしていると思うが人文系の学術書は読まないのでよく知らない。果たして武士道はなぜ生まれ、どのような意味合いを持っていたのか、今は薄れると言うか廃れてしまったがその理由原因と結果はどんなものか、読みやすい研究書があれば読んでみたい。ひょっとして武士道は塩のようなもので、社会が腐るのを防いでいた気もしている。

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飛ばないMRJの病根はどこに

2020年10月24日 | 政治経済

                

 

 新型コロナで海外旅行に行く人が激減し、航空業界は苦境に陥っている。その大波をまともに受けてスペースジェット(旧MRJ)開発製造がついに凍結された。MRJ、名前を変えて分かりにくいので旧名で呼ぶ、の頓挫の原因を国を挙げて究明しなければならないと思う。ここに日本の科学技術と対外戦略の問題点が凝縮していると思うからだ。一体何度延期をしただろう。順調に行けばコロナの影も形もない六年前の2014年には世界の空を飛んでいたはずだ。

 おそらくここにも今や日本病と言っていい誤魔化しが混入しているのではないかと懸念する。方法と結果は不可分で、方法に誤魔化しがあると良さそうに見える結果は毀損され、結局うまくゆかない。これは最近の日本の政治手法に顕著で、MRJ開発経緯にこうしたことがあったかどうかは定かではないが、政治ほどではなくとも類似した問題があったのではないかと推測する。この病根にメスを入れないと、再起不能になる恐れがある。

 ジャーナリストは様々な圧力に抗してこうした問題を取材し国民に明らかにしてほしい。情報が公開されないと、知恵を集められない。日本の技術立国は看板倒れになり始めている。日本の科学技術を遅らせている病変は手遅れになりそうなくらい進行しているのではないかと心配する。

 小平先生が警告しておられた。計算機は便利だなどと頭を使って計算するのを忘れテンキ-を叩いてうつつを抜かしていると計算機を作れる人が居なくなってしまうと。

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考える考える

2020年10月23日 | 身辺記

              

 

 K氏と将棋を指している。週一回で三回目、お互いに久しぶりだったのだが、ようやく少し感覚が戻ってきた。どれくらい棋力の差があるかはっきりしないが、多分K氏は四五級ではないかと思う。誰でもそうだが駒落ちは嬉しくなさそうだが、飛車落ちで始めた。多分飛車香から二枚落ちでいい勝負ではないかと思うが、駒落ち将棋は指したことがないのでよくわからない。今のところ六勝一敗。負けた言い訳をすれば、あんまり考えるのでイライラしてぱっと指したら角筋でただで銀を取られてしまった。粘ったが負かされてしまった。

 普通へぼ将棋は三時間で五六局は指すと思うのだが、K氏は考える考える。一日二局しか指せない。待たされる私は新聞を読んだりしているのだが、どうも修行が足りずイライラしてしまう。毎回考えるのは本当は読めていないわけで、実は考えているよりは迷っているのだ。いやあ迷っちゃうんだよと言われるからわかっておられるようだが、たとえ半分は迷っているにしても一手に五分十分考えられるのは凄いというか伸びしろがあるんではないかと思う。そして五連敗しても楽しいと言われる。これも棋力が伸びる徴候のような気がする。七十になって棋力がどれくらい伸びるものかあるいは戻ってくるものか分からないが、しばらく週に一回でお手合わせをしたいと思う。多分、私も少しは棋力が戻るだろうから差が縮まるかどうかは分からない。

 麻雀と将棋がどれくらい関係あるか知らないが、K氏は四十くらいまで毎週麻雀をやって小遣いは全部それで賄ったという強豪だったらしい。どうしてそんなに強かったのと聞くと相手が何を考えているか分かるからというご返事だった。残念ながら将棋のせいか、私の考えていることはよくわからないようだ。

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本当に有難いこと

2020年10月22日 | 診療

        

 

 高血圧症や高コレステロールの治療は血管が詰まったり破れたりして重大な病気が起きる(時には命を落とす)のを防ぐために行っている。そして統計的には間違いなく有効な治療法で多くの人が脳梗塞や心筋梗塞になるのを防いでいる。しかし多くはないけれども中には運悪く治療をしていても脳梗塞や心筋梗塞になってしまわれる患者さんがおられる。有難いことにそうした患者さんの多くは多少の後遺症が残っても医院に戻ってこられる。何も恨みがましいことは言われない。折角通院していただいたのに申し訳ないという気持ちがあるのを見越しておられるのか、ここまで元気になりましたなどとにっこりされる。勿論、中には音沙汰なく戻ってこられない患者さんもいらっしゃるが、なんとなく気まずい気持ちあるいは力不足の医者と思われるのは当然というかやむを得ないと思うので諒としている。

 最悪の場合亡くなられる患者さんもおられる。そうした患者さんのご家族の中には長く父あるいは母がお世話になりましたと葬儀が終わった後、菓子折りを持って丁寧にお礼に来られる方もおられる。お悔やみの言葉もうまく言えずただ頭を下げるばかりだが、本当に有難いと思う。

 ご夫婦で通っておられ一方(多くはご主人)が先に亡くなられて残されたご主人や奥様が引き続き通って来られる症例も多い。連れ合いを診てくれていた医者そして家族ではないが連れ合いをよく知っている人物と思っておられるのが感じられることがあり、市井の医者の冥利を感じる。

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