五十年の昔はほとんどの開業医は往診をしていたと思う。ところが二十一年前に開業した時には往診をする開業医はほとんどいなくなっており、往診した私は往診をしてくれる先生と重宝がられた。今は往時ほどではないが、再び往診する開業医がいくらか増えてきており、往診の依頼は減って横ばいになっている。
なぜ往診する医師が減ったか、それは大変だからだと思う。時間外の電話に対して、通院の患者であれば対応を指示したり、救急当番医受診を指示すればよいが、往診の場合はわざわざ出かけなければならないことが多い。尤も、この頻度は訪問看護制度が導入されてから激減し、二か月に一、二度度程度でさほどの負担ではなくなっている。それに町医者の仕事はそういうものだと覚悟して仕事を始めれば、自然に身体が動くものだ。
若い医師が3Kを嫌う(少しく快善の兆候があると聞く)のは好ましいことではないが、社会の風潮を反映しているわけで、医師だけを責めるのは当たらない。
私は往診は臨床医に必須の診療行為だと思っている。というのは往診すると決して診察室ではわからないことを知るからだ。どんな家にどんな家族とどんな風に療養しているかは行ってみなければわからない。
Eさんは80歳のお婆さん、木造の旧い1DKの借家に暮らしている。くの字に腰が曲がり、室内でも伝い歩きをしなければならない。近所に住む息子や嫁さん達が買い物などの面倒を見てくれるので、なんとか一人暮らしができている。ご飯は自分で炊くのだが、おかずは簡素なものだ。往診に行くとテーブルの上にしばしば食べ残しが置いてあるのでわかる。Eさんは目が大きく髪の毛が天然パーマで、宮崎駿のアニメにでてくるお婆さんに似ている。一度髪の毛のことに触れたことがあった。破顔一笑「子供の時はテンプルちゃんと言われたのよ」。「あー」。と肯定とも否定とも、驚きの声を呑みこんだものだ。
一昨日、往診に行くとEさんが部屋の中に居ない。看護婦がトイレのドアと叩くと、「待って」。の声。二三分待っただろうか。トイレのドアが開くと、Eさんが出てきた。なんと、半白の下のテンプルも露わに、よっこらせと下着を上げられた。
シャーリーテンプルさんはそういうことはなさらないと思います。