私が教わっているベトナム料理のNORI先生に起きたことです。
先生は伊東の駅前のレストランのオーナーシェフ(男性)。
ご自身がベトナム料理に関心を持たれて、横浜に勉強に行かれながら私たちに教えてくださっています。
「先日、記憶がなくなって・・・。映像が映らないんですよ。とにかく、まっしろ!」といかにもびっくりした様子でお話ししてくださいました。
もちろん、この辺りの中核病院である順天堂大学病院での診察も済まされていて、「脳は器質的になんともありません。心配しなくてもいいです」と言われたということで、「格別心配はしていない」とおっしゃりながらも、怪訝な顔はうかがえました。
以下は先生のお話です。
・土曜日のこと。夜、お友達からの誘いがあって出かけて、お店をハシゴさせられて(先生はお酒は飲まれません)帰宅はけっこう遅くなった。
・翌日曜日。起床したときなんだか変。
・その状態が「何も映らない。とにかくまっしろ。考えるっていうことは脳にイメージが見えることだとわかった。それが見えないんだから!」
同席なさっていた妹さんが言葉を足してくださいました。
「まったくもうどうなってるんだか。びっくりしましたよ」
「でも、お料理はできたでしょ?」という私の質問に
「それがめちゃくちゃ。あっ、そうか料理はできたんです。
ただお客さんの注文の順番がグチャグチャになってたらしく、一番の人の料理が最後になったり、この料理のソースはマスタード、それはトマトソースとか言ってあげないとわからなくなってしまったり。でも確かに料理はちゃんとできましたねえ」
オキザリス
先生。
「その日はパーティが入っていたんだけど、ちょうどレシピを調理台に用意していたので、それを見ながらどうにかこなしたんだなあ。レシピがなかったらもっとパニックだっただろう。何度も何度もレシピを見たらしい」
いつもなら、スイスイと手際よくお料理をこなされる先生なのに・・・
どんなお気もちだったのか。いま一つ聞き取れませんでしたが、実はこのときの気持ちを伝えることができる人はいないのです。(この項、最後に訂正してあります)
オキザリス
Transient Global Amnesia
(一過性全健忘)というのは、前触れもなく突然起きます。
私は、お葬式の後帰宅してという方が二人。パーティの最中に突然、それから洗い髪で電話していて冷たい風が吹いてきたときに突然という方しか知りません。
発作中は、記憶はまったくできませんから、何度も同じことを聞きます。「ここはどこ?」とか「なぜここにいるのか?」「あなたは誰?」
何度教えても「覚えられない」のが症状ですから、何度も聞くことになります。
記憶以外の高次機能には問題がないので、話し方がへんとか、こちらの言っていることが分からないとかはありません。もちろん麻痺などもありません。
ご家族から「お葬式から帰って、行動がいつものようでなかった」と言われたケースも、よく聞くと「いつものように行儀良くなかった」だけでした。
靴をそろえて脱がない。洋服を脱ぎ散らかす。着替えずに寝てしまう。
靴が脱げないわけでも、服が着られないわけでもありません。だから、NORI先生は料理ができて当たり前なのです。
イソギク
一晩寝たら翌日は治っているのです。本人も家族も「キツネにつままれたみたい」ということになります。
それから、発作の前のことを忘れる逆行性健忘があります。
これはだんだんに回復してきます。
先生の場合も
「土曜日のことははっきりわかるところとあいまいなところがあった。火曜日に友人と話していたら、突然土曜日の絵が見えてきた」と逆行性健忘からの回復をお話ししてくださいました。
キャットテール
もうひとつのエピソード。
・土曜日、ハムを頼まれて仕入れ、冷蔵庫に保管した。
・日曜日、そのお客さんが来店したので渡した。
・月曜日、ハムを仕入れたことは覚えていたが、冷蔵庫にしまったことは思い出せなかった。(逆行性健忘)
・月曜日、お客さんに渡したことを全く覚えてなかった。
・月曜日、冷蔵庫を見るとハムがない!どこにしまったか(ということは仕入れたことは覚えている)わからずに、そこらじゅうを探しまわった。
・今も、ハムを渡したこと自体は思い出せない。
患者さんの言葉に耳を傾けることで、病気の理解は深まります。
医学書の解説はあくまでも左脳の理解を促すものであって、それを実際のケースに適用しようと思えば、より具体的なイメージがなければ躊躇します。
体験することが最上ですが、病気はなかなかそうもいきませんので、患者さんの言葉に耳を傾けて、どのような状態を伝えたがっているのかをわかろうと努力しなくてはいけません。
CT・MRIがない時代は、いかに症状を的確に理解できるかが脳の病変の個所に到達する方法だったそうですよ。
もうすぐ88歳の先生のお母さま。ビーズづくりはプロ級
TGAは後遺症を残しません。
発作中だけ、ちょうど記憶のざるの底が抜けてしまった状態と言えばいいかもわかりません。
NORI先生は「それはわかりやすい!そんな感じ!」と言われました。
繰り返すことはゼロではないそうですが、そのたびに記憶力が衰えていくものでもありません。
つまり、過ぎれば終わり。
もし、まんいちTGAの方に出会ったらそのことを良く伝えてあげないといけませんね。
ここからはブログを読まれた先生からのコメントです。
「発作の最中は、大変なことが起きている。これからどうしよう。という気持ちでいっぱいだった」
(この感情の記憶ははっきりと刻み込まれているということになりますね!)
「発作中にバイクに乗って肉をとりに行ったのに、途中で落としてしまった。何をしに行ったんだろうかと一生懸命考えるのだけど、朦朧としてなかなか考えがまとまらない。そのうちにあっ肉屋だったとわかったけど、そんな時も何が起きているのだろうと不安感が押し寄せた」
「本当に、普段は考えるときには映像が浮かぶのにその映像が消えてつかみどころがなくなってしまって、考えようと思ってもそのすべがない感じ・・・」
発作中の出来事はあいまいでも、その時々の感情は十分に刻み込まれていることを教えてくださいました。
NORI先生ありがとうございました。勉強になりました。