原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

五番札所地蔵寺に眠る父

2008年07月21日 | 旅行・グルメ
(写真は四国八十八か所第五番札所地蔵寺の五百羅漢)

 私の父は60代の若さで急性心筋梗塞で突然死した。来年10回忌を迎える。
 (参考ではあるが、私の父の男兄弟4人のうち後2人も急性心筋梗塞で40代、50代の若さで突然死している。その中で唯一生き残っている末弟も50代の時急性心筋梗塞で倒れたのだが、倒れた後の措置が良かったようで九死に一生を得たといういきさつがある。世にも稀なバリバリの突然死家系である。 この私も危ないかも……)

 突然死とはその名の通り昨日まで元気にしていた人間に突然不意打ちに死が訪れる出来事であるため、その後の葬儀や後々の始末が一般の死亡以上にあたふたするものである。
 そんな中、普段より気丈な母は、ひとりで思索しひとりで意思決定して父を永代供養にすることに即決した。なぜならば娘二人が遠隔地(姉は米国、私は東京)を永住の地としているため、地元に後々墓を守っていく跡継ぎがいないからである。

 そういう経緯があって、私の父は四国八十八か所第五番札所の地蔵寺に眠っている。(いや、“千の風”になったのかもしれないが…)
 母が八十八か所の札所寺を選択した理由は、たとえ娘2人が滅多に訪ねて来なくとも、お遍路さんが四季を問わず巡礼に訪れるため、あの世で寂しい思いをしなくて済むと判断したためである。そして、母自身も既に同じ地蔵寺に永代供養の申し込み手続きを自主的に済ませ、母が他界した折には私がそこに位牌を持ち込むだけで済むように万全の手はずを整えている。あくまでも最後まで娘達の世話にはならない、娘達の手を煩わせないことを信条としている子孝行な母である。(参考のため、現在田舎で一人暮らしの母は既に“後期高齢者”であるが、まだギアチェンジの車を乗り回す元気者である。)


 明日(7月22日)より1年半ぶりに故郷へ帰省し、この地蔵寺を訪れる予定なのだが、それに先立ちこの第五番札所地蔵寺について本記事で紹介することにしよう。

 四国八十八か所巡礼の旅は今やひとつのブームと化しており、全国から観光客が四季を問わずひっきりなしに訪れているようだ。
 この巡礼の旅の流行現象に便乗し、札所寺の中には観光客目当ての商業主義に流れる寺もあると見聞する昨今である。
 そんな中、五番札所地蔵寺は商業主義には一切流されず、広大な境内にひっそりと佇み、静かに巡礼のお遍路さんを迎えている。

 この寺は弘仁12年に嵯峨天皇の勅願により弘法大師が開創したおよそ1200年の歴史のある真言宗の古刹である。
 そしてこの寺の最大の特徴は、日本一の規模を誇る奥之院の「五百羅漢」を有している事である。(写真参照)
 羅漢とは釈迦の子孫であり、仏教修行して阿羅漢果という人間として最高の位を得た人であるそうだ。その羅漢を五百人集めたのが「五百羅漢」であり、その姿は喜怒哀楽の表情を浮かべた人間味のある仏であるとのことだ。
 地蔵寺の「五百羅漢」の創建は安永4年であるが、大正年間に焼失し、現在あるのはその後に復興したものである。
 
 地蔵寺を訪れるといつもこの「五百羅漢」に立ち寄るのだが、これがなかなかの趣である。写真は明るく撮られているが実際は堂内は昼間でも暗くそして何分巡礼者が少ないお寺であるためか、いつ訪ねても広い堂内が“貸切”状態なのだ。そのためゆったりと観賞できるのであるが、母などは「一人で見るのは昼間でも怖い」と言う。確かに、羅漢一人ひとりの表情やしぐさが特徴的で少しユーモラスなのであるが、そのユーモラスさからむしろ威厳や畏敬の念を感じさせられるような“怖さ”をかもし出しているとも言える。

 拝観料も200円と手頃なので、四国八十八箇所巡礼の際には一度訪ねられてはいかがか。 樹齢800年を超える「たらちね銀杏」をはじめとして、阿讃山脈を背景に木々が生い茂り緑が美しい“癒し系”の寺である。


 それでは、私は明日から郷里へ向けて旅立ちます。  
 数日後、またこのブログ上で皆様にお目にかかれることを楽しみにさせていただきます。
 頂戴しましたコメント等に関しましては帰宅後必ず返答申し上げますので、少しの間お待ち下さいますように。
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