原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

自転車のスピード感が人の心理を歪めるのか?

2013年05月30日 | 時事論評
 昨夜、集合住宅上階に自宅が位置する住居前道路の四つ角で交通事故が発生した。

 原左都子が現在の住居地に転居して既に10年余の年月が流れているが、上階の我が家からの視界にある四つ角で交通事故を目撃するのはこれがなんと!3度目だ。

 現場の道路状況を説明すると、我が住戸の南側に片側一車線の道路がある。町内のメインストリートとも言える道路ではあるが、そもそも住宅地域の道路であり普段車の通行量は少ない。 我が家の東側にその“町内メインストリート”を横切る小路があるが、この道路に関しては車も人もほとんど通行していないと表現しても差し支えない。 このように普段より通行量が少ない交差点であるため信号機が設置されておらず、おそらく今後も設置されることはないであろう。

 私が数年前に初めて目撃したのは、車とバイクが衝突した事故だった。
 幸いバイク運行者側の負傷の程が軽度だった様子で、事故直後に双方が話し合って解決したようだ。 当時は朝早い時間帯で、偶然住宅上階の窓から我が子の登校の様子を見守っていてこの事故を目撃した私は、警察なり救急車なりを手配するべきか!?と一瞬考えた。 この小規模事故を目撃したのはおそらく私のみであろう。 私の判断で公的機関に一報を入れれば、必ずや大音量を立てつつパトカーなり救急車なりが到着する事が想像可能だ。 そうした場合、事が大袈裟になるのは目に見えている。 バイク運行者側の負傷は一見軽いようだし、車運転手との話し合いも双方で決着した様子でもあるのに、ここで部外者の私が事を荒立てても……  なる思いが我が脳裏に過ぎり、公的機関への一報は避ける判断を下した。 
 ただその後、バイクに乗っていた女性の“後遺症”ばかりが我が脳裏に過ぎるのだ。あの若き女性はもしかして後々“鞭打ち症”で人生を台無しにするのかも…  私が目撃した限りでは当該事故は車側の過失である事は絶対間違いなかった。  であるのに何故私は事故の第一目撃者として緊急一報を入れなかったのだろう?? 等々と、後々まで後悔心を引きずっている。 


 2度目の事故に関しては「原左都子エッセイ集」バックナンバーにて既に公開済みだが、ここで再度記述しよう。
 休日昼間の午後1時前頃、上記の交差点から“バ~~ン!!”とでも表現しようか、物凄い騒音が高層に位置する我が家にまで響いてきた!  咄嗟に何かが爆発したのか、あるいはガス事故か等と怯えつつベランダに出たら、自転車と共に小学生の少女が道路脇に横たわっていた! どうやら道路に飛び出た自転車少女がメインストリート通行中の車と接触したようだ。 休日だった事が幸いし、歩行通行人が現場に数多く集まり誰かが既に救急車を手配した様子だ。 幸い女子児童の意識は明瞭だった様子でその後救急車で病院に運ばれるに至った。


 さてさて、いよいよ昨夜の交通事故に話を進めよう。

 昨夜家族と夕食中に、当該交差点付近からまたもや異常な大音量が上階の我が家まで響いてきたのだ。
 ただ私が過去に経験した上記女子児童交通事故の際よりも音量が小さかったため、(交通事故とは違うかなあ?)なる感覚を抱いた。  ところが、この異常大音量を初めて経験する身内と娘が急いでベランダに出て、幼き男児が車にはねられた様子だ!と切羽詰って私に伝えるではないか! それにつられ上層階のベランダから音源を探ると、男児と共に自転車が横に倒れている。 やはり男児が自転車でメインストリートに出ようとして、車にはねられた様子が一目瞭然の交通事故現場である。  幸い男児の怪我は大した事は無かったようで、その後相当時間が経過した後に救急車で病院に運ばれて行った。


 ここで、車にも自転車にも依存しない人生を歩んでいる原左都子の私論を展開しよう。

 現在、私がひたすら徒歩と公的交通機関のみに頼って世の中を移動する生き方を全うしている事に関しては、「原左都子エッセイ集」バックナンバーにおいて再三公開してきている。

 まず何故車に乗るのをやめたのかと言うと、環境保護に配慮して、…などとの優等生的表現は嫌みったらしくて天邪鬼の私は好まないが、確かにそれも理由のひとつである。 正直なところ、私が車に乗らない理由の第一は運転が嫌いなためである。 加えて交通弱者である歩行者への配慮の観点からも、車の利用は控えるべきと常々考えている。 
 私は現在自転車にも乗らないが、こちらは確固としたポリシーがあってのことである。
 自転車を安全に乗るためには服装や履物が限定される。 若かりし頃から、ファッションを移動の一手段である自転車に合わせるというような、そういう馬鹿げた“制約”が受け入れ難い性分でもある。 更には、日頃より放置自転車には辟易としているのも自転車に乗らない一つの大きな理由だ。
 自転車は走行上のマナー面での問題も大きい。 現在は自転車事故多発の現状を受け、警視庁は全国規模で自転車専用道を整備したり、自転車走行者のマナー改善に向けて指導を実施している様子ではある。
 このように自転車走行に関する規制が充実しつつある現在だ。 ところが残念ながら、まだまだ人間の性として“スピードが速い方が偉いんだぞ!”とでも無意識に思ってしまうその“勘違い心理”を自転車走行者から見透かせてしまえるが故に、その歪んだ心理状態こそが自転車事故を引き起こしているような感覚も持つ。 

 
 最後に原左都子の私論でまとめよう。

 “自転車には一生乗らない派”の私の感覚では、昨年警視庁が呈示した「自転車講習会」義務化に関しても、その講習会とやらをクリアさえすれば(例えば“悪徳自転車走行者”とて)、これまで同様に自転車に自由に乗れることを前提とした提案でしかないとの感覚を抱かされる。
 私が自転車に乗らなくなって既に10年以上の年月が経過し、今となっては自転車無し生活の魅力を堪能しているのだが、一般市民の皆さんにとってはそれ程に自転車とは魅力的なのか??

 それにしても、可愛い我が子に一般道を単独で自転車走行を許可する年齢に関する親の判断が甘過ぎるのではないかと、私は常々懸念している。
 少し前に、母子共に自転車にて青信号道路を横断中に、母の後ろを走っていた幼き女児がトレーラーの下敷きになって死亡した事故に関する報道があった。 (子どもを失ったお母様には大変申し訳ないのだが)原左都子の感想としては、何故母が一緒にいながら、幼き娘を見守るべく母こそが娘の後ろを走ってやれなかったのかとの無念の思いしか抱けない…… 

 ましてや、幼き我が子に単独で一般道を自転車走行させる場合、相当の道路教育を家庭内で施して後にするべきである。
 我が自宅から何度も同じような事故を目撃して、原左都子が感じるのはその歪みに尽きる思いだ。

前半自重し過ぎた3度目のランニング大会

2013年05月27日 | 自己実現
 (写真は、一昨日5月25日実施の 「皇居Mayランニング大会」に出場した原左都子。 大会のスタート・ゴール地点である皇居桜田門広場時計塔付近にて撮影。)


 原左都子には数年前よりランニング趣味がある事を、本エッセイ集バックナンバーで幾度が公開している。
 昨年9月に初めて陸上競技大会3000m、そして11月にロードレース5kmに出場した後は、厳寒の冬の時期のレースは避け春の大会出場を虎視眈々と狙ってコンスタントにランニング練習に励んで来た。

 昨年11月の5kmロードレース出場よりちょうど半年が経過する5月の大会をネット上で検索したところ、上記の「皇居Mayランニング大会」を発見した。 スタート・ゴール共に皇居桜田門広場とのこと、東京メトロ沿線に住む我々親子(今回は娘と共にエントリーしたのだが)にとってメトロ「桜田門」下車すぐの集合場所は好都合だ。
 その後徒歩による下見の後、実際に皇居内堀歩道一周コースの試走も終えて、一昨日桜田門のスタートラインに立った。


 ところでランニング(ロードレース)大会出場も3度目ともなると、ド素人ランナーとは言えどもさすがに多少の“レース作戦”などを下手なりにあれこれと練ったりするものだ。
 昨年9月の陸上競技会はレース出場初体験だったこともあり、右も左も訳が分からずしてただやみくもに走った。 その“やみくもさ”が功を奏したのか、我が3kmの新記録を打ち立てることが叶った。 それにしても後で思えば、体力限界ギリギリのとんでもない“メチャクチャ”なレース運びだったと振り返る。
 更には11月の5kmロードレースも似たようなもので、これも“身滅ぼしレース”だった。 それでも捨て身の我武者羅な頑張り故に、我が5kmの新記録を打ち立てられた。
 
 それにしても、そもそもたかが3kmや5km距離の素人大会に於いて、全身全霊注ぎ込んでゴールで倒れ込む参加者など負けず嫌いの原左都子のみであろう。 いやいやそれが上位入賞者ならばにもなろうが、下位のランナーがそれをやったところで単に“滑稽な風景”であろう事にも重々想像はついている。
 加えて私は昨年11月の5kmロードレースで大いなる失敗をしでかした、と自己分析する。 それはゴール手前のトラック勝負において、数人のランナーに抜き去られた事態に関してだ。 あの光景は実に悔しい思い出として我が脳裏に刻み付けられた…
 とにかく自分のランニング能力もわきまえず我武者羅なレース展開をして最終トラック勝負に入った私には、抜き去る人を追い越す事などおろか、それに並走する余力すらまったく残っていなかった。
 競技場内トラックという大いに目立つ最終場面で数人に抜き去られた事が、素人ランナーの我が脳裏に一種の“トラウマ”として刻まれてしまったのだ。

 その後の我がランニング練習は、ゴール手前の最終場面で絶対に抜かれない、出来れば抜き返してゴールする事が最大のテーマとなった。 実に昨年秋よりの半年間、このテーマを主軸に我がランニング練習に励んだとも言える。
 
 要するに「ラストスパート力」の強化である。
 これを実行するためには自ずとそれまでのレース全体のスピードを抑え、「ラストスパート」が可能な体力を温存しておく必要がある。 我がここ半年のランニング練習はそれを主眼として実行してきたのだが、元々スピードなど無い私が「ラストスパート」にこだわる事とはタイム記録面での大いなる犠牲を伴っている事は認識済みだった。


 さてさて、話を「皇居Mayランニング大会」本番に戻そう。

 5月終盤にして、最高気温が“夏日”に届かない清々しい天候に恵まれた。
 今回の大会の場合、ちょうど桜田門大改修工事中につきそこを通過できず、狭い歩道を遠回りしてのゴールとの少し距離が長い条件だった。
 そもそも「皇居ランニング大会」とは一切の交通規制が行われず、元々歩道が狭いのに加えて一般通行人や市民ランナーをかき分けて走るのが使命でもある。 そのため、例えば皇居観光客が団体で信号待ちをしているような場合、一旦停止してその通過を待たねばならないとの制限等々もある。 
 しかも高低差が30m! 皇居のお堀を吹き抜ける風にも耐えねばならない。

 上記のごとく、今回のレースではゴール手前の「ラストスパート」を狙う事を一番の目標としつつ、スタート段階ではスピードを抑える戦法に出た私だ。
 遅いスピードで走って周囲を見渡すと様々なものが目に入ってくる。 皇居お堀の白鳥も美しいし、通行人の表情も多様で面白い。
 などと周囲を観察できるペースで走っていたころ、一人の通行人がランナーの私を一見して「足が細~~い!」なる感想を述べるではないか?!  う~~ん。この感想、嬉しいようでそうでもない複雑な心境である。 一応市民ランナーの一人としては日頃の鍛錬と共に、ある程度の筋肉が足にもついていて欲しいものなのだ。 それなのに単純に「足が細い」と表現された場合、(この人、あの細足でよくランニング大会になど出ているよね~)と、半分馬鹿にされているのかとも受け止める“天邪鬼”性分の私だ…  
 
 そんな邪心が我が脳裏に過ぎる程に低スピード展開の今回のレース運びである。
 それでもコースが下り坂になって、国会議事堂が右手に見え始めた4km地点から加速を始めた私だ! 「後1km!」のスタッフの掛け声と共に、加速したままゴールを目指す。 ただし、既にレース敗者のポジションか、抜き去る走者が前にいないままとにかく加速を続ける。
 ゴール間近地点の狭い歩道の曲がり角に差し掛かった時、ちょうど団体歩道通行者と出くわすアクシデントだ。 せっかく加速したのにここで歩道を塞がれ減速せざるを得ない…。
 それでも、私はゴール手前20m程で前を行く女性ランナーを視野に入れた!  絶対にこのランナーを抜いてゴールするぞ!との死力を最後に振り絞り、ゴール1m手前で抜き去った!!! (ありがとう女性ランナーさん。私の前を走ってくれていて。)


 結局、またもや精根尽き果ててゴールで倒れ込む醜態を見せた私である。
 それにしても、今回の5kmのタイムは自己新より大幅に遅い記録に留まっている。(もしランニング大会にご興味がございましたら、上記「皇居ランニング」に関してはネット上でエントリーの仕方やその結果が公開されていますので、ご覧下さい。)

 我がランニング趣味は今後の人生に於いても続くのだが、さて次回のランニング大会では如何なるリザルトを目指そうかを検討しつつ、引き続き日々のランニング練習に勤しもう! 

イージー・マネーで世を撹乱した“イージー・アベノミクス”

2013年05月24日 | 時事論評
 つい先だって知人と談話した際に、日銀新総裁黒田氏に関する話題が出た。

 黒田氏ご本人には大変失礼であることは承知の上だが、知人曰く「黒田総裁って、単に馬鹿じゃなかろうか?」 
 そこまで言うか?とは思いつつ、内心(よくぞ言ってくれた!)である。

 日銀新総裁黒田氏に関して「原左都子エッセイ集」にて取り上げるのは今回が2度目である。
 比較的最近の3月28日バックナンバー 「日銀新総裁黒田氏就任で庶民は微笑めるか?」 に於いて、前日銀総裁白川氏と比較する形で私論を展開している。 その中で、原左都子自身もアベノミクスに操られるままに「デフレ脱却政策」を唱える黒田氏を懐疑的に捉えた私論を展開しているため、以下にその一部を振り返らせていただこう。

 新聞報道によると、3月21日に日銀新総裁に就任した黒田東彦氏とはどうやら“話し好き”であるらしい。 黒田氏就任に先立ち退任に追い込まれた前日銀総裁の白川方明氏など、対照的な人物のようだった記憶がある。 日銀総裁たるもの口数多く喋ってりゃ一国の金融政策が何とかなるのか? あるいは何も言わずに黙ってりゃ済むものなのか??
 朝日新聞3月22日「ひと」欄の記事によると、新日銀総裁の黒田氏は「話し出すととまらない」と周囲から言われる程の話し好きであるらしい。 3月21日、2人の副総裁と共に臨んだ就任会見に於いても金融政策への自らの考えをとうとうと語り、1時間45分に及んだ。 物価も給料も上がらない「デフレ」退治の請負人として、第31代日銀総裁に就任した黒田氏は「やれることは何でもやる」と意気込む。 氏は日銀への不信感と共に金融政策に関心を持ち、02年には財務官としては異例の「デフレ脱却目標」を日銀に提案した。
 原左都子の私論だが、そんな黒田氏を“アベノミクス”を掲げる安倍政権が、白川氏を退任に追い込んででも政権下の日銀総裁に指名しないはずもなかった。 金融引き締め主導の白川氏など、安倍政権にとっては“およびではない”存在だった。 これをとっとと切り捨てるその強引な手法には呆れるばかりである。 これが長い目で見て吉と出るのか凶と出るのか、未だ国民から票を集めたばかりとも言える現時点に於いて、“アベノミクス”の将来性は多くの危険性を孕んでいると捉えるべきであろう。
 安倍政権は、この春労働界に“ボーナス満額回答”をももたらすに至った。 ところがこの“ボーナス満額回答”とは自動車・重工等の一部の大企業に限られている。 すなわちこの恩恵を賜れるのは庶民のごく一部である。 電機業界の中には経営難により夏のボーナスゼロ回答をしている企業もある。 円安や株高傾向が今後如何ほどの期間持続可能かに関しても、不確実性が高いと考えるべきではなかろうか。 
 安倍内閣はせっかく民主党から政権を脱却し与党として返り咲いたにもかかわらず、どうも金融の元締めである中央銀行改革や、経済主体である大企業にばかり視野を向けるとの姿勢において、昔の自民党体質から何らの変貌も遂げていない感覚を一庶民として抱かされる。
 創業以来130年の歴史を誇る我が国の中央銀行の長たる者が、時代の政権政策に操られるがままに「金融緩和」にばかり視野を狭める事態とは如何なものか? ここは自分の主張を公に話すことばかりに突進せず少し寡黙な時間も持ち、庶民の立場もわきまえた「脱・デフレ論」を展開することに期待申し上げたいものだ。
 (以上、「原左都子エッセイ集」3月バックナンバーより一部を引用。)


 冒頭の知人との会話に戻るが、知人の感想としては前白川総裁の方がよほど日銀総裁としての力量があったとのご意見だ。
 対照的な両人であるが、原左都子の私論としてはどっちもどっちと判断した上で、黒田氏にはアベノミクス迎合視点しかない事は“火を見るよりも明らか”である。
 特に最近メディアで見聞する“長期金利急騰抑制策”に関しての黒田氏の記者会見対応振りには辟易とさせられていた。 苦し紛れに(気持ち悪くも)自分のほっぺを押さえたりしつつ(そんな影像に黒田氏の自信の無さを垣間見たりもする意地悪な私だが)相変わらずメディアを通して多言を吐く黒田氏を見るにつけ、もっと日銀総裁たる理念の下に論理的な解答ができないものか!?と苛々させられていた。
 そうしたところ原左都子の予想よりずっと早く、昨日(5月23日)東証株式市場が久々に大暴落した。 
 1143円安とは、何と13年ぶりの下げ幅であるらしい。

 昨日の東証株式市場暴落を受けて、本日(5月24日)朝日新聞朝刊一面に編集委員 原真人氏の署名にて「アベノミクス 危うさ露呈」との論評記事が載せられている。
 この原氏の論評がまさに原左都子の私論と一致するため、以下に要約して紹介させていただく事としよう。
 「アベノミクス」の本質は、人々をその気にさせようとの「心理学」だ。 金融と財政を通じて思い切りカネをばら撒く。その勢いで多くの人が「景気がよくなる」と信じ込む。こうなれば本当に景気がよくなる…  そんなシナリオである。  だから崩れる時はもろい。最初からその恐れはあった。 ひずみは早くも表面化した。日銀が押さえ込むはずだった長期金利が急騰。 頼みの綱の株価も13年ぶりの暴落となった。 
 アベノミクス政策以来の株価上昇を景気好転と勘違いするべきではなかった。これは日銀による人為的な市場操作で上がるべくして上がったものだ。 日銀は国民に「その気を育てるタネ」として年間50兆円超のカネを国債や市場に流し込もうとして、投資家達がそれに誘われたが故に短期的に株価が上がるのは当然だった…。
 (以下省略するが、以上は朝日新聞5月24日一面記事より一部を引用。)


 最後に、原左都子の私論で締めくくろう。

 表題に戻るが、「イージー・マネー」とは日本語にすると「楽に儲かるカネ」の意味合いがある。  あるいは、「不正に儲けたカネ」「悪銭」「あぶく銭」「泡銭」等々…の意味合いもあるようだ……。

 日銀黒田総裁は少し前にメディア上の記者会見に応答して、「今回の金融緩和政策は決して“バブル経済”の再来ではない!」と言い切っていた事を私はメディア画面を通して記憶している。
 「イージー・マネー」を最前線に呼び込む経済政策など“バブル”でしかあり得えない事を、日本の中央銀行の長たる者が認識していないなどあり得ないはずだ。 にもかかわらず、何故国民相手に「イージー・マネー」の投入を煽ったのか??

 これこそが、今後の「アベノミクス」経済政策の限界を示す指標と私は捉える。 
 「アベノミクス」は、日本国内に於けるほんの一部の富裕層(これとて所詮庶民の範疇であり大してリッチでない層と私は捉えるが)を煽る事による“階級制度”を末端世界で築きたいのか??
 今後益々多くの国民を更に貧困層に落とし入れ不幸にしないためにも、「イージー・マネー政策」は即刻辞めにするべきだ。 
 そんな貧乏国民のバブル銭にしか頼れない財務・経済政策など、原左都子に言わせてもらうと「イージー・アベノミクス」としか表現できないよ。

正しい“地域観光起こし”のあり方

2013年05月22日 | 旅行記・グルメ
 (冒頭からクイズですが、この写真の被写体は一体何でしょう?  正解者には原左都子から粗品を贈呈しま~す!、と言うのはほんの冗談ですよ~~。


 上記クイズの解答は後回しにして、本日(5月22日)NHKドラマ「あまちゃん」で放送された内容の一場面を取り上げる事にしよう。

 どうやらこのドラマは、“地域観光起こし”も一つの大きなテーマであるようだ。
 観光資源が「海」のみに限定されている北三陸の過疎地に於いて、何とか観光客を招き入れるべく「北鉄」なる地元の鉄道や観光協会があの手この手と“下手な”(失礼!)方策をドラマ内で打ち立て続けている。

 本日の放送では、市長の決断によりついに「北鉄」が廃線化されバス運行に取って代わろうとの運命を突きつけられた中、またもや登場人物内という狭い空間での“下手な観光起こし案”が持ち上がった。
 それは「お座敷列車」なのであるが、現在現実的に地元の列車利用“観光起こし”を実施している地方自治体観光現場が多々あると私は認識している。 (飲兵衛の私など、一度そういう列車に乗って酒盛りでもしながら風景を眺めつつの旅を楽しみたいものだ。
 ところがNHK「あまちゃん」ドラマ内では、北三陸の美少女として既にネット上でブレイクしている主人公のアキとその友人ユイを「お座敷列車」に乗せて、観光客のお相手をさせると言うのだ。

 ちょっと待ってよ! である。
 ドラマのストーリー展開上はそのシナリオで仕方がないとも思いつつ、ド素人の高校生ギャルに「お座敷列車」に乗り込まれる事など観光客側としては迷惑以外の何ものでもない。  しかも、主人公アキのとんでもなくド下手な歌も聞かされると言うではないか?!?  そんな「お座敷列車」に誰も乗る訳ないじゃんねえ……
 などとアッと呆れていられるのは、ドラマと言う「架空世界」だけにして欲しいものだ。


 ところがどっこい、実際上日本全国各地の何処の地方へ旅に出ても、上記ドラマの域を抜け出ていない“地域観光起こし”現場に遭遇するものである。
 結局国内の何処も観光開発現場人材の発想が陳腐過ぎる故か、全国津々浦々で同じような稚拙な“観光起こし”が実施されている寂しい現状であろう。 
 特に悲惨と感じるのは、全国各地で(例えば海なら海グッズ、山なら山グッズ等々)のお土産物が“公然”と販売されている事実である。 大手メーカーが大量生産で作成し全国の観光地にばら撒き、薄利多売方式で販売して結果として暴利をむさぼっている現状が浮き彫りにされるというものだ。
 NHK「あまちゃん」が取り上げた「ご当地美女コンテスト」なども今時全国何処の観光地でも実施されているが、(我がバックナンバーで既に記述した通り)その手の女性が美女であったためしがない。  この種の陳腐な企画を喜ぶのは“美女”として立候補する女性本人と一部の特殊“おたく男性”のみであり、何ともお粗末な“地域起こし”としか言いようがない。

 手厳しい私論が続いたが、そんな稚拙かつ陳腐な企画であろうと、それでも満足する観光客も存在するのかもしれないのか???


 ここで、私が今年3月に郷里へ帰省した際に訪ねた地に於いて経験した我が記憶に残る「旅物語」を、2013年3月バックナンバー「うみがめと共生するのどかな海の町」と題して公開しているため、その一部を振り返りつつ紹介しよう。

 郷里帰省2日目の朝、JR阿南駅より鈍行便を利用して、NHK連続テレビ小説「ウエルかめ」の舞台となった徳島県美波町のJR日和佐駅へ向かった。 徳島生まれの私にとっても、県南地方へ旅をするのは今回が人生3度目位である。 目指す日和佐駅には40分程の短時間であっと言う間に着いた感覚だ。
 JR日和佐駅にはコインロッカーはなく、駅内にある観光案内所に旅行鞄を預けた。 そして有難い事に、おそらく美波町が制作したと思しき地図ももらって、娘と共に美波町の徒歩旅に出た。 JR日和佐駅前からまっすぐ日和佐図書資料館を左側に見つつ海方面へ向かうと、その岸壁に漁船と思しき船が多数停留している。
 その道を海に向かって横断しようとした時、娘が海風に吹かれてくるくる回る“珍しいお土産もの”を発見した。
 これ、何と表現しようか?  私にとっても初めて目にするお土産品である。 原左都子名付けて「ビール缶風車(かざぐるま)提燈」!  今時お土産品も全国区になり日本の何処に旅しても同じ物を目にする機会が多い中、この「ビール缶風車提燈」に関しては徳島県南のこの地で初めて目にした。  娘と共に“手作り風”のそのカラフルな提燈を眺めていると、店内よりお爺さんと叔父さん風の二人の男性が出てきて我々にそのお土産の説明をして下さる。  「これは美波町より指示されて“地域観光起こし”のために我々が提案して創作した土産品です。 廃品のビール缶から苦労して作ったのですよ!」  応えて原左都子曰く「素晴らしい出来栄えですが、どなたかが芸術家でいらっしゃるのですか!?」  叔父さんが応えて曰く「そんなことはないですが、造るのに結構苦労しました」……
 (そうだろうな~~)と重々納得しつつそのお土産を買い求めた後、叔父さん風の男性の「海が美しい!」とのアドバイスにより、我々はその後大浜海岸へと向かった。  さすがに地元の人のアドバイスは正しい! 大浜海岸の3月の海の色は「青」だった。 私が過去に訪れた沖縄の海も「真っ青」だったが、それに次ぐ程の青色の海を見るのは都会に住む我々親子にとっては久々の感激であった。
 (以上、原左都子エッセイ集2013年3月「旅行」カテゴリーより一部を引用)

 しかも徳島県美波町の叔父さん達は、我々がその後NHK「ウエルかめ」で取り上げられた“海がめ博物館”へ行きたい意向を伝えると、その道程をご丁寧に説明して下さったのに加えて、上記「お土産」が荷物になるだろうから帰り道まで預かって置くとも言って下さるのだ。  この心温まる対応に感激させて頂きつつ「いえ、軽いですので持参します」と応えた私である… 

 
 “地域観光起こし”という全国各地の地方自治体がその財源確保故に切羽詰っている課題に関して、申し訳ないが何が正解なのかを原左都子が結論付ける立場には一切ない。

 そんな無力の私ではあるが、徳島県美波町「日和佐駅」に程近い海に面した小さな街で買い求めた(冒頭写真の)手作り品を、現在我が家の南側の窓に吊り下げている。
 新緑5月のそよ風に揺られて、都心の我が家の上層階住居でからからと美しい音色を刻みつつくるくる回る手作り品を見るにつけ、美波町において親切に対応して下さった叔父さん達と共に「青い」大浜海岸を思い起こすのだ。
 旅の価値とは、それこそが神髄なのではなかろうか……

 本エッセイの最後に、冒頭写真の被写体が何であるかに関する解答を発表しよう。

 その正解とは 「名無し」 である。

「役割意識」を超越した人付き合いのススメ

2013年05月20日 | 人間関係
 ここのところ「原左都子エッセイ集」へのアクセス数が急増している。
 昨日は久々に“訪問者数”が 500IP を超過し、本日は若干減少したものの 350IP を記録している。 普段これ程のアクセス数がない我がサイトとしては珍しい現象だ。
 
 アクセス数にはこだわらず、あくまでも我がオピニオンを自由に発信することを主眼としてる原左都子の場合、ネット上の人付き合いを自らの意思と好みで最小限に選別すると同時に、何らの営業活動も実施していない。 
 そんな我がエッセイ集に一体全体何処のどなたが数多くご訪問下さっているのか不思議に思っていたところ、一つのキーワードらしきものを発見した。

 先だってのエッセイ内でも少し記したが、どうやら我がバックナンバーにおいて幾度かピックアップした 「ママ友」 関連エッセイが何処かのネット情報上でブレイクして、そのキーワードを通して「原左都子エッセイ集」へお越し下さっているように推測する。

 つい最近の5月6日に公開したバックナンバー「“ママ友嗜好派” v.s “ママ友敬遠派”」にての既述通り、私はバリバリの後者すなわち“ママ友敬遠派”に分類される母親である。 と言うよりも、私の場合下手をすると“ママ友毛嫌い派”と言えそうな程の“アウトサイダー的母親人生”を主体的に志向して母なる道程を歩んで来た人種とすら表現できそうだ。
 おそらく「原左都子エッセイ集」を訪れて下さる女性の方々とは、もしかしたら私と同類の“アウトサイダー的母親人生”を歩まれているのかと、失礼ながら考察したりもする。
 
 私の場合、決して「母親業」をサボりたいから“ママ友”なる人物達との接触を避けて来た訳ではない。  むしろ逆で、最近のエッセイにおいても再三記述している通り、我が子誕生以来「お抱え家庭教師」として母親業に精力を尽くし続けているがために、(正直言って)その種“無駄な時間”(度重なる失言ではあるが)を回避したかったとも言える。


 そもそも私は自分が「母親」になった事に関しても、我が人生のあくまでも“一場面”に過ぎないと把握しているところがある。
 要するに、人間が一生において様々な社会的「役割分担」を担当する中の一分野として「母親業」もこなしていると自覚している。 我が子が持って生まれた事情故にそれが日々壮絶な闘いであろうと、我が人生の全体像内の位置付けとしては“一分野”である事に間違いない。 もちろん私は生涯我が娘の母親であり、今後もずっと愛娘との最良の関係を続けていく事は当然だが、それはあくまでも私の「役割分担」の一部に過ぎないのだ。

 人は皆、社会生活上の様々な場面で現在の「肩書」を問われる機会がままあることであろう。 そういった場合に、特に女性の皆さんは如何なる「肩書」記述をしておられるのだろう??
 現在(不動産賃貸収入はあるものの)税法上の職業に就いていない原左都子の場合、「主婦」なる選択肢を採るべきなのであろうが、私はあえて「無職」を選択している。 何故ならば「母親」の自覚はあれども「主婦」の自覚はこの私には皆無だからである。
 言葉の定義などどうでもよい話であろうが、もしかしたら“ママ友嗜好派”の女性達とは「主婦」である事にも誇りを持っておられるのかな?、などと少し思ったりもする。(ご亭主やご実家の実績を「ママ友カースト」の上部に位置づけたいとの現役ママ達の他力本願的思考に触れると、そのような発想が自ずと浮かぶのだが……)  私ももちろん家庭内での各種作業を日々こなしてはいるものの、それらの作業にさほどの興味がない(分野にもより「子どもの指導教育」「家計管理」「外部交渉」などは得意である反面、「料理」嫌いは甚だしい…)が故に「主婦」なる肩書を回避する選択をしている。 (至って顰蹙ながら、今後法的に転がり込んでくる先代の遺産に関しては相続税を支払った上で享受する身となるかもしれないが……


 加えて私は、「主婦」だの「ママ」だの「おばちゃん」だの、とタイトルに銘打つ書物やブログには、一切興味がない。 と言うよりも、その文字を見ただけで“虫唾が走る”思いだ。
 その種の“狭い世界”で生きている人達も、おそらく“ママ友嗜好派”なのであろう。

 それが証拠に、5月1日朝日新聞「声」欄にて「女子会の食事で感心した店」なる56歳主婦による投書を発見した時にも、虫唾が走った。
 この投書内容の一部を以下に要約して紹介しよう。
 「おばちゃま女子会」という女性同士で食事と会話を楽しむ会を主宰しているが、50代が中心故に勘違いや物忘れで食事会を忘れる会員もいる。 そんな折、先日予約して行った店はそんな我々に嫌な顔をせず対応の上、心配りをしてくれた。 こんな店は数%しかない。この店を今後もまた利用したいと思う。

 原左都子の私論に入るが、「ゲゲゲ!!」(NHK「あまちゃん」の言葉を借りると“じぇじぇじぇ!!!”)である。

 ちょっと、待ってよ!?!  あなた達、まだ50代でしょ?!?
 その若さで“勘違いや物忘れ”故に世間の若き世代に迷惑をかけている場合でなく、今後まだまだ現実社会を背負って立たねばならない年代である事をどれ程“自己責任”とわきまえられているのかなあ。 今後さらに激化する高齢化社会を、我々の世代こそが主体的に支えていかねばならない自覚がもう少し持てないものだろうか。
 言っちゃ悪いが、この種の単純“老け込み”「おばちゃま」連中とはそもそも“ママ友嗜好派”であり、その種の狭い仲間内世界での人間関係だけを築いてこの世にのさばって来たのかとも考察する。


 最後に表題に戻って私論を展開しよう。

 確かに原左都子が産まれ出た時代(「もはや戦後ではない」との戦後復興期)に生きた女性達とは、専業主婦を目指す女性が大多数だったのかもしれない。
 そんな時代背景に於いて珍しい人生を自ら選択して歩んだ私とも言えるのだが、それにしても、この期に及び“ママ友嗜好派”が未だ存在する現実とはどうしたことか?(いえいえ、もちろん仲間内で仲良しをするのは人それぞれに勝手だが)  それはおそらくバブル崩壊後の経済不況が長引いたため、若き女性に就職難を煽った結果の一因もあるのかもしれない。
 それにしても年配者としては、ここは少し世間の若者世代の就職難にも目を向けよう。
  
 自分は「主婦」「ママ」との観点のみではなく、もっと幅広い視野を持って、この世に自己が生を営んでいる世界に総合的に目を向け、今一度自分自身の「役割分担」を再確認してはどうなのか? 
 少なくとも50代の若さにして既に現役をリタイアしたがごとく老け込み、「おばちゃま」視点から若者が経営している食事処をマイナス評価するなど、あり得ない醜態と私は考察するのだが……

「就職活動」なるものの存在自体の是非を問う

2013年05月18日 | 時事論評
 原左都子自身が今までの人生に於いて「就職活動」なる活動を行ったためしがない事に関しては、当エッセイ集「仕事・就職」カテゴリーバックナンバー等に於いて幾度か記述している。

 決して職業経験がない訳ではなく、特に長き独身時代は日々働きまくる人生を堪能してきている。
 我が主たる職業として医学関連民間企業に於ける専門職社員、及び高校教員をはじめ、独身時代を中心に様々な分野の仕事に携わって来ている。

 にもかかわらず、私は「就職活動」などという活動を行った記憶がない。 履歴書送付の上に直接就職現場へ出向き、入社試験を通過して就職が決定し、その後就業と相成っている。
 (我が若き時代には「内定」なる用語も存在せず、あくまでも「就職決定」扱いだった。)


 そうそう、一つ思い出した。
 今から10年程前の原左都子50歳近い頃の話だが、我が医学経験を活かそうと考え某大手民間人材派遣会社への登録を試みた事がある。  時は既に世が不況期に突入しているのに加えて、高年齢故に人材派遣の対象外として“はじき飛ばされる”のを覚悟の上で履歴書を送付したところ、試験及び面接の電話がかかってきた。
 登録担当者氏曰く、「○月○日に登録試験及び面談を実施します。当日は黒か紺系のスーツでお越し下さい。」  これに驚いた私が返して曰く、「えっ!? スーツを着て登録試験に伺わねばならないのですか? 私の志望医学職種はスーツで行う業務ではないと心得ていますが、何故スーツ着用で試験に臨まねばならないのか、その理由をお答え下さい。」 (私としては、この電話で登録拒否されてもそれで結構!との覚悟の上での発言だ。 何分現在の世の“理不尽な規律の規制化”と闘いつつ生きている私とも言えるしね。)  電話の相手は若き男性だったと記憶しているが、冷静に対応されたような記憶がある。「当日は数人の登録試験を実施しますが、おそらく他の皆さんはリクルートスーツでお越しになると思います。 スーツでなくても構いませんが、周囲に浮かない服装の方が登録試験に臨み易いのではないかと思います。」  この担当者の冷静対応に配慮して、当日私はスーツではないものの色合いを抑えた恰好で出かけた。  
 案の定、私より“ずずずーーっ”と若い世代のリクルートスーツを着用した人達の登録希望者に交じっての試験及び面談だった。  一般教養、英文読解、ビジネス漢字、ワープロ能力等々各種試験の最後に、電話の若き男性が私の個人面談を担当して下さった。 「この度、履歴情報を拝見して登録試験にお越しいただきました。 結果として“合格”ですので我が社の派遣社員としてご登録申し上げます。 ただ、我が社の場合“人材派遣業務”故に派遣先企業の意向に沿う必要性があります。 ご年齢に関して、もしかしたらオファーがない場合もあります。」 
 それも結構。 そもそもこの人材派遣会社は大手ではあるが「医学分野」に関して至って“疎い”ことも実際に試験に臨んで理解できた。 若い人達と一緒に登録試験を受けさせてもらえただけでも、我が今後の社会批判に活かせる貴重な人生経験であったと言える。
 

 話を「就職活動」に戻すが、昔から「就職活動」なる言語が存在しただろうか??

 少なくとも原左都子の場合、冒頭で述べた通りそれを一切経験していないと言い切れる。
 我が度重なる大学及び大学院修了後の就職に際しては、国家専門資格及びそれに準ずる資格取得を全面に出してその専門力に基づく社会的優位性を誇ってきたが故に、「就職活動」なる言語に触れることすらなかった時代背景だったと考察する…。

 現在我が娘が「国家資格」取得を条件として社会への就業を目指す事を主たる学業としている単科大学へ進学している。 そのため大学から随時届く各種資料により、我が過去の「医学経験」が蘇る思いでもある。
 おそらく娘が在学している大学生の多数は「就職活動」をしないままに、「国家資格」取得を条件の下、直接就職先職場の入社(入職)試験を受験して就職をゲットするのであろう。 そうであるからこそ、娘の所属大学とは現在関東私立女子大学の中でナンバー1の就職率実績を積み上げられているとも考察する。

 ところが、この種の「国家資格」を取得して社会へ羽ばたける世界とは、今の時代の一般的若者から敬遠される分野でもあることを私も理解できている。
 自分自身の将来を自分自身で描き直して、実行する事もあるのは当然だろう。
 そうだとすると、“人も羨む”国家専門資格を取得したとは言え、自分自身で積極的に「就職活動」を展開して自己の就職先を決定したい、との若者の生き様も肯定できるというものだ。
 私自身が30歳以降は試行錯誤の繰り返しで生きてきているし、現在も揺れ動きつつの人生の歩みである。


 ところで、今後大学生の「就職活動」の時期が変わるとのマスメディア報道である。
 
 制度が変わったところで、そもそも「就職活動」なるものの経験すらない私の場合はどうだっていい話題でもあるのだが…。

 「就職活動」って、そもそも一体何なの?
 要するに「経団連」等の経済界が少しでも(自分達年寄りの観点から)優秀な学生を確保したいがために、大学生早期から企業に「御挨拶参り」をさせたいだけなのだろう??
 そうではなく、就職に先立ち専門力さえも身に付けずにフラついている学生の心理状態を逆手にとって、早期段階で企業に「願掛けに来い」と?? そうした従順な奴らには「内定」出すぜ!、との仕組みだったのか??


 原左都子の私論で締めくくろう。

 とにかく、大学生とは学問に励むべきだ。 学問こそが人生の道筋を導いてくれる最大の武器であると私は確信している。
 確固たる自我を育成し実力を身に付けた後に「就職」を考慮すればいいのではなかろうか。 その将来において同じ輩(企業組織団体あるいは個人)が必ずや存在すると私は信じたい。 その種の輩と業を共にする人生こそが醍醐味ではなかろうか。

産んで(生まれて)困る命などない!

2013年05月16日 | 時事論評
 最近、NHKテレビが番組の合間に不定期に流しているスポットCMの中に、大いに違和感を抱かされる内容のものがある。

 それは今現在巷で大流行中の「風疹」の予防接種を国民に奨励するCMなのだが、以下にそのスポットCMを原左都子の記憶のみに頼り、理解している範囲内で紹介しよう。
 現実に存在すると思しき(それとも役者が演技しているのか? に関しては不明)若夫婦とその子ども二人が登場する。 母親である女性が妊娠中に風疹に感染した事により、産まれてきた第二子である赤ちゃんが耳が聞こえない等の先天的障害を余儀なくされているとのことだ。 テレビ影像によると何とも可愛い女の赤ちゃんであり、まだ幼いお兄ちゃんも含めて家族全員で赤ちゃんを可愛がっている風景が映され、一見すると至って幸せそうな一家だ。  ところが産んだ母親氏曰く「私が妊娠中に不注意だったばかりに子どもに障害を負わせてしまっている。風疹感染を避けるべくワクチン接種をしていればこんな事にはならなかった…」何たらかんたら…
 そこで、「国民の皆さん(特に20代から40代に感染者が多いらしいが)風疹ワクチンを接種しましょう!」 とのNHKの風疹ワクチン接種奨励スポットCMである。
 う~~~ん、ちょっと待ってよ、NHKさん。
 このCM影像を見せられて、大いなる違和感を抱かされる国民が存在する事実に配慮できているのかなあ?

 ここで私事に入ろう。

 「原左都子エッセイ集」バックナンバーで幾度となく公開してきているが、我が娘は出産時のトラブルにより仮死状態にて出生し、若干(あくまでも“若干”の範疇であるが)の不都合を抱えてこの世に誕生している。
 我が娘は染色体異常児でもなく、上記NHKスポットCMのごとく妊娠中に私が「風疹」に罹患したせいでもない。 そうではなく、“出産時のトラブルによる仮死状態がもたらした瑕疵”以上の医学的根拠は不明のまま現在に至っている。  
 原因は分からず終いであるにせよ、健常な状態で子どもを産んでいない私であるからこそ、上記スポットCMに出演している母親氏の発言内容である、妊娠中に風疹に罹患した事に対する後悔の念やそれにより障害児を産んでしまったという“やり切れない思い”の程は理解できる。

 
 それを記述した上で、私論に移ろう。
 このスポットCMに関して、私は幾つかの視点・観点より違和感及び不快感を抱かされるのだが、それを順を追って以下に列挙しよう。

 第一点は、(この一家が実在の家族であるとして)何故NHKの取材を受け保護者である両親がそれに易々と応じて当該障害児と共にテレビCM出演などをしたのかという点である。
 我が意地悪視点から歪曲した見方をすると、出演ご夫婦は第二子が障害を抱えて生まれ出た事に対して、自分達は一種の“医学的犠牲者”であると世間に吹聴したいのかとも受け取れるのだ。
 と言うのも、私自身が我が子誕生直後に“医学的犠牲者”思考に走り、出産担当病院や医師の過失責任を問う等の原因追究をしようと魔が差した時期があるからだ。 ただ私の場合、思考の転換は早かった。 そんな事に時間とカネを割いたところで我が子生まれ持っての事情はどうしても消し去れない。 親である私が全身全霊を注ぐべきは、今後この子を立派に育てていく事以外にあり得ないと早期に気付き、それを日夜実行し続けてきている。
 このNHKのCMを見て、「そうなんだ。それならば私も風疹ワクチンを接種しよう」と考えた国民もいるであろうか?!? 
 ところが、申し訳ないが私の感想は違った。 障害児を授かった親とは(見返りが望めない)一般世間相手に“お涙頂戴”している場合ではないし、そんな暇など一切ないはずだ。 今親としてやるべき事とは、子どもが赤ちゃんである早期段階から生まれ持った障害に関する詳細な知識を得てそれに出来る限りの対応を施す事でしかあり得ないのだ。

 原左都子がNHKスポットCMを見て抱いた違和感の第二点目を、次に呈示しよう。
 上記第一点とも重複するが、CMのご両親は何故NHKの取材に応じて、この世に生まれ出た第二子が「障害」を抱えている事実をマスメディアを通じて日本全国に大々的に公開してしまったのだろう?  その種の行動を取ると、政府や自治体をはじめ日本国民皆が真心を持って障害を抱えた我が子の将来を見守ってくれるとでも思ったのであろうか?
 厳しいが、今の時代の現実はそうではない。 “他人には無関心”が常識化している現代の社会の現状だ。
 私自身がこの点に早期に着眼した。 我が子小学校入学時に持って生まれた事情を学校に公開したのを最後に、小学2年時以降は“あえて事情を伏せる”手段に切り替えた。 
 何故私が、我が子が抱えている事情に関して学校等“小社会”への公開を伏せる手段に踏み切ったのかと言うと、現状の社会とは私の想像を遥かに超えて「障害児」に関する理解が進んでいないと判断した故である。 むしろ公開することによる世間からの“誤解”等の弊害こそを回避するべきと決断した。 その後は親である私の「お抱え家庭教師」力一本で、国や自治体による“障害児特別枠”になど一切頼らず我が子の実力をとことん鍛え上げ、現在大学まで進学し学業に励んでいる我が娘である。
 NHKのスポットCMに出演したご家族の「風疹障害児」の赤ちゃんが今後社会の理解を得られるとよいのだが、実際問題として、悲しいかな今の時代それ程市民の良心が満ち溢れてはいない寂しい現状を身を持ってお伝えしたい思いである。 結局は我が子を(障害児の場合は特に)愛してその命を守り抜く最終責任は親でしかない現実と言い切れよう。
 要するに我が子の障害に関して世間に公表する事は、今の時代背景の下では危険性ばかりが伴うとの事だ。 


 上記NHK風疹CMに対する原左都子視点・観点の違和感第三点は、バックナンバーにおいても再三指摘し続けている通り、公的放送局が国民に対して「ワクチン接種」を大々的に煽ること自体に関する是非である。
 NHKは自社の「かぶんブログ」なるネット情報に於いても、庶民相手に風疹ワクチン接種を煽っている。 以下にその冒頭部分のみを紹介しよう。
 妊娠中の女性が感染すると赤ちゃんに障害が出るおそれのある風疹は感染の拡大に歯止めがかからず、患者数はこの4か月で5000人を超え去年の同じ時期の34倍に上っていることが分かりました。  熱や発疹などの出る風疹は患者のせきやくしゃみを通じて広がり、妊娠中の女性が感染すると赤ちゃんの目や耳、それに心臓などに障害が出るおそれがあります。
 
 これを全面否定する訳ではないが、元医学関係者の原左都子としてはワクチン接種による副作用被害に関しても同時に(せめて片隅に)公開して欲しい思いだ。

 
 最後に表題に戻るが、この世に産んで(生まれて)困る命などないはずである。
 たとえそれが母体「風疹感染」故に障害を持って生まれた子どもであっても、尊い命であることに間違いない。
 医学確率的には「風疹感染児」とは極少の障害であろう生命体の誕生を、何故それ程に国家は(NHKとのマスメディアを通してまで)拒否したいのか?  これこそが国家の「命の選別」であり、我が身息災の“医療との癒着故のワクチン接種奨励”経済政策でしかあり得ないと私は考察する。

「会話はごえんりょ下さい」カフェで一息つきたいな

2013年05月13日 | 人間関係
 当「原左都子エッセイ集」において勝手なオピニオンを“言いたい放題”発信し続けている私であるが、ネットを離れた現実社会においては、以外や以外“聞き上手”であると自己分析している事に関しては、2009年11月バックナンバー 「“聞き上手”の言い分」 に於いて既に公開している。


 最近とみに、我が持ち前の“聞き上手”キャラを発揮する機会が多い。

 それは、年老いた実母と義母(特に義母の場合保証人代行を任されている)の相手を一手に引き受けているのが一番の理由である。
 お年寄り対応とは特に相手が女性である場合、何を優先してもまず話を聞いてあげる事が一番の奉仕とわきまえている。 実母や義母が何を言い出そうが、とにかくそれに耳を傾けて喋りたいだけ喋らせてあげるべきと心得つつ、相槌を打つのが現在の私の業とも言える。

 実母の場合は血縁であるが故に多少事情が異なるものの、やはり基本は上記のごとくである。
 最近の実母の最大の関心事とは、母にとって孫に当たる米国に住む姉のハーフの息子(現在15歳の成長盛り)に関してなのだ。 何分異国に住む孫であるため滅多に会えない故に母の思いが募っている事は理解できるが、これが相当しつこい。 米国の甥は(ハーフ故に?)容姿端麗、高身長(現在183cmでまだまだ伸び盛り!)しかも頭脳明晰かつスポーツ万能、等々… 最近の母からの電話はそればかりを何度も繰り返し私に伝えるのだ。  娘を仮死状態で産まざるを得ず、日々「お抱え家庭教師」として力の及ぶ限り頑張って来ている私に対する配慮心のひとかけらもない。(参考のため、米国の姉は44歳初産にして至って健康な男児を普通分娩で出産した。)
 それでも私は実母にこう返答してやっている。 「あなたが今後米国に渡るのは身体的事情面で既に不可能だろうが、米国の○○くん(実母の孫)が大学生になった暁に日本のお婆ちゃんのあなたに会いに向こうから来日してもらうといいよ。 その時には私が通訳係を担当してもいいよ。」 (参考のため、数十年前より米国在住の我が姉は自分のポリシーに基づき息子には日本語を一切教育していないのに加えて、二度と日本の地を踏まないとの信念が強靭な徹底した“日本嫌い”である。)  実母はこの我が発言に大いに活気付き、近い将来米国の孫が来日する希望を繋いで、今からその気になり長生きを志した様子だ。

 相手が義母の場合、当然ながら私の“聞き上手”の対応は大幅に異なる。
 何はともあれ全面的に我が心情を押さえ、義母の話を一身に聞いてあげるのが一番の心得である。 この私の徹底した“聞き上手”対応が功を奏しているのか、義母が住むケアマンションをいつ何時訪れようと私の顔をみるなりニコニコしてくれる事が、現在の私にとって大いなる救いでもある。  最近はよく自宅にも電話をかけて来る義母であるが、それに際しても、とにかく義母が言いたい事をとことん聞く事に専念している。  実母ほどに口数が多くない義母の話を聞く業は私にとってさほどの労力でもない。  しかも義母の場合、その“ご褒美”が凄いのだ。(不謹慎な話だが「お世話になります」などと言いつつ、あくまでも孫の教育費の名目だが“札束”をポンと手渡してくれたりもするしね…


 そもそも私が如何なる人生のバックグラウンドを経て“聞き上手”として成長を遂げたのかに関して、冒頭の我が2009年バックナンバー「“聞き上手”の言い分」から一部を紹介しよう。 
 例えば職場において上司の立場となったり外部交渉の業務を経験することは、まだ若かりし私にとって“聞き上手”のノウハウを習得するにはまたとはない修行の場だったものだ。
 あるいは学校の教員経験など、生徒の話の“聞き上手”であることが生徒指導の第一歩であるとも言える。
 子を持つ母となって以降は、これぞ“聞き上手”の力量発揮の舞台である。 子どもがまだ物心付かない頃に、人間特有に備わっている“話す”という能力を徐々に発揮し始める子どもが発するたどたどしい言語に耳を傾け反応することは、日々その子をじかに育てる母でしか享受できない至福の時間であろう。 既に高校生に成長している我が子の「日課報告」を毎日聞きつつ、親子で笑い転げたり、ある時は子の苦悩に耳を傾け親子で対策を練る貴重な時間も、出来ればずっと末長く子どもと共有し続けたい一時である。
 (以上、「原左都子エッセイ集」2009年バックナンバーより一部を引用)
 

 片や、私が“聞き上手”であらねばならぬ場面でないにもかかわらず、くだらない話をくっちゃべり続ける“単細胞人間”が、今の時代老若男女にかかわらず何とまあ多い実態なのであろうか。 
 場をわきまえられずに、どなたも自分の事を話す事には熱心であられるようだ。 この現象とは早い話が、自分とそれに利害関係のある周辺にしか興味がなく狭い視野しか持てず、自己中心の閉鎖空間で生きる国民が増殖している現状と表現できるのであろう。

 つい先だって当エッセイ集で紹介した、某バレエ団公演の座席で開演直前まで自分勝手に盛り上がっていた「ママ友グループ」の会話内容も、“自己中心の閉鎖空間”で生きている証の負の所産なのであろうと考察する。
 このバレエ公演座席のごとく、公共の場であるにもかかわらず自分勝手な話で盛り上がっている連中達の“くっちゃべり現象”の「客観性の無さ」とは、もはや立派な「公害」と位置付けたい思いでもある。


 このように“自分勝手な会話”が世に氾濫している事態を嘆かわしく思っていたところ、朝日新聞5月8日「東京版」ページにおいて興味深い記事を発見した。
 題して、「会話はごえんりょ下さい」

 当該記事内容の一部を以下に要約して紹介しよう。
 おしゃべりのない、おひとり様専用の喫茶店が文京区千駄木にある。 注文や会計時の小声以外は話し声も笑い声もない。 経営者氏の心理に「一人で過ごすお客さんを大切にしたい」との思いが募った。 特に友達同士らしい団体客には「別々の席になるので、会話は不向きです」と伝えるようにしている。

 「おこもり系」の居酒屋に出かける機会がある私だが、いくら「おこもり系」とて完全個室でない限り周囲の顧客集団の会話を聞かされざるを得ないのが現状である。
 つい先だっても居酒屋を訪れた際に一応「おこもり系」座席を指定したものの、結局隣席が入って以降は自分達の会話を続行する事を遠慮する目的で、さっさと居酒屋から退散する結果となった。

 その点、上記朝日新聞で紹介されている「会話はごえんりょ下さい」喫茶店は、とことん“おひとり様”に配慮出来ているカフェであると評価申し上げたいのだ。
 この種のカフェや居酒屋が増える傾向にあるのならば、既に還暦近い私もそこを拠点として一息つきたい思いである。

 もちろん今後共私なりの人間関係を大事にしたいのは当然である。
 それはそうとして、よき人間関係を築きそれを続行する基本として 「ひとりの充実した時間」 を過ごせる事こそがそのエネルギーの根源であり、貴重なひと時である事には絶対間違いない。

 今後私は更に年齢を重ね老齢に入る運命にあるが、年老いた自分が如何に有意義に“ひとりの時間”を過ごすのかとの命題こそを再認識できた思いでもある。
 そんな思いを巡らせてもらえた今回の朝日新聞「会話はごえんりょ下さい」喫茶店の記事でもあった。

人の倫理観と判断能力より先走った「出生前診断」技術を憂う…

2013年05月11日 | 時事論評
 原左都子は過去において、医学関係国家資格取得者として医療基礎研究分野の業務に携わった経験が幾度かある。

 そのため、臨床現場より離れた場でその種の試験研究を実施する場合、ややもすると生身の人間の生命尊厳との観点が抜け落ちてしまい、身勝手にも研究そのものの成果を上げる事に目標置換されがちであることにも思いが及ぶ…。

 例えば私の場合、20代の頃は「免疫学」分野の試験研究業務に携わっていた。
 (「原左都子エッセイ集」開設当初の2007年10月 学問・研究カテゴリー 「sef or not self」と題するエッセイに於いて当時の我が熱き研究魂を公開しておりますので、よろしければご参照下さい。)

 今から遡る事数十年前に、若かりし私が具体的に如何なる試験研究を行っていたかに関して、現在記憶している範囲内で少し述べさせていただこう。
 免疫を司っている“リンパ球”等免疫細胞の膜表面特性をミクロの視野で探る事により“リンパ球”を更なるサブクラスへ細分化した上で、ヒトの各種免疫疾患において如何なるサブクラスの“リンパ球”が増減しているのかを追跡するのがとりあえずの目的であった。 それをさらに臨床段階における“新検査”として確立する事により、実際に各種免疫疾患に罹患している患者さん達の診断や治療に臨床現場で役立てもらう事が最終目的の試験研究だった。

 私の場合は臨床現場である病院に就職した訳ではなく、民間企業に於ける試験研究実施に過ぎなかったため、「臨床」に直結していないとの大いなる“弱点”を常に抱えつつの業務だった事は揺ぎない事実である。
 しかも民間企業の場合常に「利潤」追究意識が社員に課せられる。 当時若気の至りの私はとにかく真面目に業務に取り組んだものの、 (この試験研究が実際上病に苦しむ患者さん達に何らかのプラスに成り得るのだろうか? そうとは考察できず、ただただ何も知らずに医師の検査指示に応じている患者さん達の犠牲の下、我が企業に利益をもたらしている部分こそが多大なのではなかろうか??) などとの疑問符を抱きつつの試験研究業務遂行だった事を、今更ながら当時の一社員の立場としてお詫びしたい思いでもある…… 


 話題を今回のエッセイ表題の「出生前診断」に移そう。

 まずは「出生前診断」とは何かに関するジュニア向けの簡単な説明を、朝日新聞4月27日記事より一部を引用して説明しよう。
 妊娠中の母体の血液を採って胎児に染色体異常があるか否かを調べる新しい出生前診断が今月から始まった。  
 我々の体は60兆個もの細胞で出来ていて一つひとつの細胞の中に23対46本の染色体が入っている。 この染色体に異常がないかを胎児の段階で調べるのが出生前診断だ。 これまでの検査では異常の可能性の高低しか分からなかったのに加えて、母体の羊水を採取して調べる必要があったため胎児流産の危険性も伴っていた。 新しい出生前診断は、母体の血液を少量採取するのみで済むため流産の心配がない。  この新検査では3種類の染色体の異常が判明するが、その中でもっとも多いのがダウン症だ。 「異常なし」との結果の場合、ダウン症でないことが99%の確率で確認できる。
 ところが、新検査は母親はじめ家族に「赤ちゃんを産むか産まないか」の重い決断を迫る。 そこで日本産科婦人科学会は、新しい出生前診断のルールを決定した。 妊婦が高齢者の場合や他の出生前診断で染色体異常の可能性が分かった場合に限定した。 加えて専門家がいる病院のみでその診断を行う事にした。 高齢出産が増大し、女性が一人目の赤ちゃんを産む平均年齢が30歳を超えている。 年齢が上がるほど胎児の染色体異常の確率が高まるため、今後検査の希望者が増えると予想されている。 
 赤ちゃんの100人に3~5人は何らかの病気を持って生まれるが、新しい検査で分かるのはその2割に満たない。 障害は多様な個性の一つとも考えられる。 こうした人た達を社会から除外しかねない技術にどう向き合うか?
 (以上、朝日新聞4月27日記事より要約引用。)


 再び原左都子の私事を述べるが、私も上記朝日新聞記事の例外ではなく「高齢出産」により子どもを産んだ部類である。
 我が子の場合は決して「染色体異常児」ではなく、“出産時のトラブル”により仮死状態で出生せざるを得ず多少の不都合を余儀なくされているに過ぎない。 それでも確かに「高齢出産」とは何らかの危険性を伴う事を身をもって実感している我が身であるのかもしれないとも考察する。

 「新型出生前診断」の場合は上記朝日新聞記事記載内容のごとく、日本産科婦人科学会がその診断に当たり一定のルールを設けている事に一応安堵する私である。
 それでも、そのルール内に位置する立場にある母親及び家族の皆さんの“揺れる思い”は如何ほどであろうか?
 そんな検査診断がこの世に開発されていなければ、普通に出産して誕生した生命であろう。


 最後に原左都子の私論でまとめよう。

 新たな「出生前診断」とは、あくまでも「染色体異常検査」範疇の域を出ていない。 
 しかもたとえダウン症児とて昔からその個性を存分に発揮されつつ多種多様な人生を歩まれ、この世に有意義な生命を刻まれているのが世の常だ。

 「染色体異常」でないにしろ、各種「障害児」がこの世に有意義に生を営んでいる実態は皆さんもご存知の通りである。
 仮死状態で生まれ出た我が子のその後の成長の程に関しては 当「原左都子エッセイ集」で幾度となく公開しているごとく、母である私の“お抱え家庭教師”実績等により“目覚ましい”までの歩みを遂げ続けている。
 新たに生まれ出るご自身の子の育成に親たる愛情とエネルギーを惜しみなく注ぎ続ける自信があるのならば、是非共「出生前診断」結果などに左右されることなく、その生命をこの世に誕生させて欲しいものだ。

 冒頭で紹介したごとく医学の発展など特にその内容が一般人に分かりにくい分野である程、個々の研究者の自我に過ぎない部分も大きいと、悲しいかな表現可能ではなかろうか?
 そんな一部の勘違い人種の“じゃれ事”研究成果よりも、一つの生命体の誕生の方こそが、この世に数段重く美しく燦然と輝く存在であるのだから…

真心が相手に伝わってこその贈り物の極意

2013年05月09日 | 人間関係
 (写真は、本日5月9日午後のつい先程 長野県伊那市の大規模農場主より我が家に宅配便にてお届け頂いたウド)


 伊那市大農場よりのウドの到着を「原左都子エッセイ集」で取り上げるのは、今回が2度目となる。
 
 本日早朝にウドの送り主であられる(ブロッコリーを主たる出荷品とされている)農場主K氏よりメールを頂戴した。 その内容の一部を以下に紹介しよう。
 今年はおかしな天気で、順応するのが大変ですね。
 先日群馬の友人が『遅霜』の被害がTV等で報じられた事を受け(K氏の)農場が心配・・・と電話して来ました。  幸い「ブロッコリー」は寒さに強く、定植前によく外気に慣らして置く事が肝心で、もし「凍霜害」にあっても茎の芯が害にならねば時間が少し掛りますが復活できます。 (K氏の場合)更に「不織布(パオパオ90と言う資材名)」で被覆していますので全然安心です。この分手が余計に掛りますので大変ですが、風、霜には予防になります。 と言う事ですからご安心下さい。
 今年は「わらび」「ふきのとう」を送らない替わりに「うど」を送りました。
 「さとちゃん」(原左都子のこと)の ≪アルコールの友≫に打って付けかと思います。
 (以上、K氏から原左都子宛に頂戴したメールより一部を引用)


 もう既に6年の年月にも及び、年に3,4度のペースで欠かさず採れ立て野菜を我が家に届けて下さる長野県のK氏との出会いのきっかけとは、実は当該「原左都子エッセイ集」が媒体である。
 そんな長き期間に及びK氏より頂戴する新鮮な「贈り物」の歴史に関しては、2010年5月公開の本エッセイ集バックナンバー 「初夏の味覚の宅配便」 に於いても記述しているため、その一部を以下に要約して紹介しよう。

 日本の中央アルプスや南アルプスが展望できる信州の実り豊かな大地に大規模農場を営んでいらっしゃる“とある方”(ここでは K氏 と呼ばせていただく)から、年に何度か欠かさず採れ立ての農作物を宅配便にて我が家に直送いただいている。
 K氏の大農場に於ける主生産農作物はブロッコリー(K氏名付けて “ブロッ娘” 『ブロッコ』 とよみます。 K氏が可愛い娘のごとく愛を込めて育成され毎年春秋に市場に届けていらっしゃいます。)であられる。 そのため、春秋の“ブロッ娘”を中心に、早春のフキノトウ、そして今頃の季節はワラビやウドといったごとく、都会で暮らす原左都子が普段滅多に目にすることがない“土”がついたままの旬の農作物を、何ともありがたいことに我が家まで取れ立てのまま直送いただけるのである。
 ここで長野県の農場主K氏と私が知り合った経緯を述べさせていただくと、そのきっかけとはこの「原左都子エッセイ集」が源なのだ。 K氏はご自身の農場経営でご多忙な中、当時まだ開設後数ヶ月しか経過していなかった本エッセイ集をご訪問下さって、私が綴る拙ブログの一記事一記事にコメントを書き入れて下さる等の手段で心温まる応援を頂いた方である。
 その後、“ブロッ娘”の生産拡大による更なるご多忙等と相俟って、K氏はネット世界から遠ざかざるを得なかったご様子だ。 それでも今尚、過去において(たかが)ブログ上で知り合った原左都子宛に採れ立て農作物を直送して下さるという恩恵に与り続けているのだ。  
 分子遺伝子生物学の発展が農業における品種改良にもたらす恩恵や、工業分野での技術革新の農業分野への進出による発展は凄まじいものがあることであろう。 とは言えども、農業とは“生き物”を扱う世界であるからこそ今尚自然との共存がその主眼であり、天候や気温による打撃を直に受ける産業であることを実感させられる思いだ。
 特に今年の春の寒さ及び連休以降の酷暑や強風等との闘いの連日を慮った場合、農業に携わるK氏のお便りから日々のご苦労を重々実感させていただける思いである。
 (以上、「原左都子エッセイ集」2010年5月バックナンバーより一部を引用)


 ここで、上記農場主であられるK氏から原左都子宛の「贈り物」関係が何故6年も続くのかに関して考察しよう。

 もちろん、原左都子の方からもお礼の意味合いでの贈り物を定期的に発送させて頂いている。 ただ、その「贈り物交換儀式」に義務的、義理的ニュアンスが少しでも漂っているのならば、早期に消滅する人間関係と言えるであろう。
 ところが私とK氏とを取り持つ「メール関係」が充実しているからこそ、それに付随して贈り物関係も成り立つと私は捉えている。
 例えば今朝頂いたメール内で、K氏は私の趣味の一つである“ランニング”に関する記述をして下さっているのだ。 これにランニングに対する更なる刺激を抱かされた思いである。 
 農業世界に関しては全く未知の私の方からはK氏に対してさほどインパクトある返答も申し上げられないのに、K氏は私の趣味や好みにまで及んだお便りを今尚メールの形で送信下さっている。
 そんな次なる意欲を掻き立てられるメッセージとは、自然と更なる人間関係続行意欲をそそられるものである。

 この世の中、義務感のみで実施されている「贈り物」交換儀式こそが今だ多大に蔓延っている現状ではなかろうか? 
 その種の行動も確かに経済活性化に繋がり自民党政権が掲げる「アベノミクス」を増長する一手段ではあろが、ここはやはり人が人として贈り物をし合う場合には「真心」を込めるべき、との原左都子の私論だ。

 人が息づく世において経済効果を永遠に長引かせる要因の一つとして、デフレ脱却以前に「人の真心」要素も捨て難い。
 心を込めて「贈り物」をすると必ずや相手にその思いが通じるはずだ。 そんな人と人の繋がりこそが結果的に経済発展をも支えるのではないかと、我が経験から考察するのだが…

ママ友嗜好派 v.s ママ友敬遠派

2013年05月06日 | 人間関係
 今年の5月の連休は本日(5月6日)最終日を迎えたようだが、連休後半中「原左都子エッセイ集」の執筆をしばらくお休みさせて頂いた。

 その間、レジャーに励んでいた訳ではなく、現在介護付有料老人施設に入居中の義母の元を訪れご機嫌伺いをしたり、我が郷里で一人暮らしの実母に贈り物をしたりと、主に年老いた親達の孝行に勤しみつつ過ごした今年の連休と言える。

 私自身の息抜きと言えば、日頃より励行しているランニング練習やジムでの筋トレ等以外は、昨日5月5日に松山バレエ団主宰「コッペリア全幕」を鑑賞するため娘と共に渋谷文化村まで出かけたのみである。

 本日久々に公開する「原左都子エッセイ集」に於いて、当初は連休最終日に相応しく上記バレエ公演に関するエッセイを綴る予定でいた。
 ところが昨日公演会場座席で偶然隣り合った「ママ友グループ」の会話内容の方が、バレエ舞台の素晴らしさよりも(マイナスの意味合いで)強烈に我が印象に残ってしまったのだ。
 そのため予定を変更して、後者に関する私論を展開させていただく事とする。

 「ママ友」に関する議題については、つい最近4月11日に綴り公開した我がエッセイ集バックナンバー 「庶民ママ達は“ママ友序列化”がお好き?」 に於いても論評している。
 このバックナンバーが4月公開以来、「原左都子エッセイ集」内で読まれている記事のトップを独走中なのだ。  その理由や何処よりのアクセスか等々に関しては私自身がまったく把握できておらず、摩訶不思議な感覚であるが…。
 
 上記表題に掲げた通り、「ママ友」に関しては「ママ友嗜好派」と「ママ友敬遠派」に大きく分類出来よう。
 原左都子などバリバリの後者、すなわち「ママ友敬遠派」に分類される母親である。 と言うよりも私の場合、下手をすると「ママ友毛嫌い派」に分類されそうな程の“アウトサイダー的母親人生”を主体的に志向して母なる道程を歩んで来た人種と表現できそうだ。

 その辺の事情を上記4月のバックナンバーにおいても綴っているため、以下に少し反復させていただこう。
 原左都子の場合、数十年前に上京し職業人として独り立ちして以降の長き独身時代は自己実現意欲に駆られるままに突き進み、「結婚」や「子育て」にはさほどの興味を抱かずに過ごした後、晩婚・高齢出産に至っている。
 私自身が現在大学生の娘を持つ“現役ママ”である事には間違いないが、子どもが既に大学生にまで成長すると、もはや“ママ友”との付き合いは皆無となるのが自然の成り行きであろう。 それ以前の問題として私の場合、高齢出産したその直後より“ママ友”なる女性達との付き合いをなるべく回避するべく意図して行動してきた母親である。 それでも、「ママ友付き合い」を回避できない場面が子を持つ私にも多々あったものだ。
 私にとって思い出深い「ママ友」どもとの確執の場は、我が娘を「クラシックバレエ教室」に入れた時の事である。 どうやら「クラシックバレエ教室」へ娘を通わせる事とは、「ママカースト」の頂点にありたい庶民ママ達がそれを実践する場だったようだ。 “夫の職業や収入”“実家の資産”…… 世間知らずの若きママ達が身の程知らずに恥ずかしげもなくこれらを平気で暴露し合う姿に、私はただただ驚かされるばかりだった。 これに辟易としつつ我が娘が私立中学校へ合格を決めた後は、プロのバレエ団が併設する“母親出入無用”の教室へすぐさまレッスンの場を移したものだ。 
 子を持つママ達は、狭い意識でせせこましくも「ママ友カースト制度」などにこだわる事無くもっと自由に子育てをしつつ、亭主や実家の力ではなくママ自身の努力と能力で“腕一本の実力”を育みながら、子どもと共に大きな心でいろんな人との付き合いを育もうではありませんか!
 (以上、本エッセイ集4月バックナンバー「庶民ママ達は“ママ友序列化がお好き?」より一部を要約引用。)


 昨日のバレエ公演「コッペリア全幕」会場で、偶然お隣座席に居合わせた「ママ友グループ」の話に移行しよう。
 4名程のママ達の集団だっただろうか。 我々親子が座席に到着したのは開演10分前程だったのだが、とにかく賑やかにお喋りをされているグループだった。
 聞きたくもないのだが我が耳に入って来る会話とは、まさに上記「ママ友序列化」の範疇を抜け出ていない内容である。  どうやら母親であられる女性皆さんの子どもさん達が過去にバレエ教室に通っていた関係で今尚「ママ友」付き合いが続行して、年に数回プロのバレエ公演を“ママ友集団”で鑑賞する事を楽しんでおられるらしい。
 この「ママ友」グループの皆さんは、既に高校卒業段階の大きな子どもさんをお持ちの様子だ。(我が家の娘も既に大学2年故におそらく子どもの年齢は近いのであろう。)  一人のママ氏曰く「子どもが高校を卒業すると通常“ママ友”付き合いがなくなって寂しいけど、我々は子どもがバレエを習っていたお陰でこのようなバレエ鑑賞が出来るから恵まれてるよね~」 それに応じて別のママ曰く「私の場合専業主婦だから人と出会える機会が少ないのに、子どものバレエを通じて皆さんと知り合えてホントによかった……」


 昨日5月5日の松山バレエ団公演「コッペリア全幕」の場合、「子どもの日」特番である。 
 中学2年終盤に既にクラシックバレエから遠ざかっている我が娘であるが、このような本格的バレエ公演を安価!で楽しめる機会を庶民に提供している松山バレエ団の粋な計らいに感謝しつつ、娘がバレエから離れて以降も素晴らしいバレエ鑑賞の機会を利用させて頂いている。
 
 我が家もそうであるため、「ママ友グループ」が同様の思いでバレエ鑑賞を遂行しておられても何ら問題はない…。
 それでも何故、昨日バレエ公演会場で出合った「ママ友グループ」の開演前や休憩時間中の会話がマイナスイメージで我が脳裏に刻まれてしまうのかに関して考察すると、その会話内容に(低レベルな)「ママ序列化」意識が漂っていたからに他ならない故であろう。
 
 バレエ鑑賞の座席とは大いなる“公共の場”である。
 芸術鑑賞の場の僅かな待ち時間内でも、一小集団である「ママ友グループ」内での会話内容を吟味した方がよりスマートではなかろうか? と私はアドバイスしたいのだ。  確かに女性が4人集まると誰かが失言しても不思議はないが、グループの誰かが公共の場である事を鑑みて軌道修正できないものかとも感じるのだ。 
 それに思いが及ばず自分達のみで思いのまま喋り散らしている「ママ友連中」とは、いい年をして客観的視野が育めていないにもかかわらず、“周囲の皆は我々よりも下階級意識”が強靭な羞恥心無き世間知らずの集団としか評価し得ないのだ。

 「ママ友」に関する大いなる意識や立場の違いがあれども、昨日バレエ公演会場で出遭った「ママ友集団」とは子どもにバレエを習わせた歴史において原左都子と共通項があろう。  通常のバレエ公演とはその種の観客が多いものだ。
 今後は如何なるバレエ公演に際しても、仲間内レベルの域を出ていない“知ったかぶり会話”で開幕直前まで好き放題盛り上がって周囲の観客を白けさせ迷惑をかける事を避け、客観的視野を持って静かに厳かに舞台の開演を待ちませんか?

美しい涙を流したい…

2013年05月01日 | 自己実現
 昨日深夜、「原左都子エッセイ集」を以前よりお読み下さっている “とある方”(以下、H氏と記述しよう)から1本のメールを頂戴した。 (参考のため、H氏は原左都子が元医学関係者であることをご存知であられる。)
  
 私が個人的にメール返答申し上げれば済むのかもしれないが、H氏よりのメール内容が文学的かつ社会性を帯びていて、これは公開に値する!と判断させていただいたため、身勝手ながら今回我がエッセイ集の題材として取り上げさせて頂く事にした。

 早速、以下にH氏よりのメールの一部を要約しつつ紹介しよう。

 4月29日の記事 (我がエッセイ集「世にテレビがなかったら人はもっと進化できたか?」) を読み、最近の脳内不良を相談させていただきます。 
 NHKの大河ドラマは、新撰組以来ちょっとどうかと思う時代考証やキャスティングについて行けなかったり、女性を主人公にしたなよなよジメジメの作品が多くて、ずっと遠ざかっていました。 ところが「八重の桜」を観て、草食系侍に何だいつもと同じか、と思っていたら、段々彼らの役者の目に虜に成り、何でもないシーンに涙をこぼすことが多くなってきたのです。 そのシーンは決まって“義”とか“信”に尽くす真っ直ぐな心の射影のシーンです。 己の半生を顧みてそれが最も欠けていることは気が付いていても、その番組の出だしのテーマ音楽を聴いただけで、もはやこみ上げて来てしまいます。 まるで、ワンちゃんがおやつを見せなくてもその仕草をしただけでよだれを出すのと同じ様です。
 この二年間というもの、我が親類の為にボランティアでの仙台との往復で疲れ切ってしまい、テレビで震災のことがちょっとでも出て来るとすぐチャンネルを切り替えたりSWを切ったり、逃げ回っていました。 その場面が出ると涙が溢れてしまうからです。
 歳をとると涙もろくなると言われてますが、サッカー中継で打ち振られる日の丸を見たり君が代を聴いたりすると、身震いこそすれ涙を流すことなど全くなかったのが、最近の私は香川が蹴り込んだシーンに歓声を上げずに涙をこぼすのです。 何やら感動が全て涙に化けている様です。
 家族と一緒にテレビの映画やドラマを観ていた時は、家父長たる威厳の誇示よろしく絶対に涙を流さなかったのが、後期高齢者となって独りでテレビを観ていると、見栄も恥もなく平気でボロボロ泣いてしまいます。
 これって、ごく普通の加齢癖なんでしょうか、それとも鬱の前兆なんでしょうか?
 (以上、「原左都子エッセイ集」をお読みになられたH氏からのメールより一部を引用させて頂きました。)


 上記H氏よりのメールを読ませていただき、真っ先に我が脳裏にカムバックしたのは「原左都子エッセイ集」2007年9月開設当初にネット上に公開した 「涙もろさと感性の相関関係」 なるエッセイである。

 ここでその一部を振り返らせていただく事としよう。

 私は涙もろい。 新聞を読んでは目頭を熱くし、テレビのドラマを見るときにはティッシュ箱を抱えることなく見られない。 外を歩けばこの間まで赤ちゃんだったような小学生が自分と同じくらいの大きさのランドセルを背負っている姿がいたいけで涙を誘われ、電車の中では思い出し泣きで目を充血させる。 劇場や映画館や、はたまた子どもの卒業式ではいつも先陣を切って泣き始め、周囲のもらい泣きを誘っている私だ。
 ところでこの我が涙もろさはプレ更年期の頃から激しさを増しているようだ。 恐らくホルモンバランスの悪さが精神的不安定感を増長しているためであろう。 いい年をして人前でボロボロ泣くのはみっともないし、化粧も剥げて悲惨な顔となってしまう事は重々承知しているのに、どうしても感情のコントロールが若い頃よりもうまくいかず醜態をさらすこととなる。
 数年前の話であるが、この涙もろさのために大失敗をしでかした事がある。 ある教育関係の学会ワークショップの閉会時のスピーチにおいて、参加者全員の前で感情が高揚して涙が止められなくなったのだ。 科学分野の会合でのスピーチで涙などとはまったく無縁の場であるのに、とんだ場違い醜態を晒し穴があったら入りたい心境であった。 私の頭の中に無意識のうちにこの研究発表の内容に関する強い思い入れがあったのだが、今思い起こしても何ともみっともない限りである。
 ここで、“涙もろさ”と感性の相関関係について考察してみることにしよう。 通常、涙もろい人は感受性が強く感性が豊かであることには間違いない事と思われる。 ところが私の場合プレ更年期以降は、例えば過去の経験が機械的に頭にフラッシュバックして、その時の自分の感情とは無関係に涙が出ているのではないかと涙を流しながら感じることが時々ある。  例えば先日映画を観に行った時にもボロボロ泣いたのではあるが、泣いている自分とは別にさめた自分がいて「ストーリーもありきたりだし、傑作とはいえないな。」などと落ち着いて冷ややかに批評しているのである。 どうも“涙もろさ”も過去の経験に支配されている部分がありそうで、その時の自分の感情とは無関係に涙が出ることもあるのではなかろうか。  別の観点から考察すると、諸現象が人の感性に訴え反射的に涙を誘うのであろうが、特に年配者は年の功で多面的に物事を把握する習慣が身についているため、とりあえず反射的に涙を流した後で、冷静な判断が行われているとも言えるのではなかろうか。
 (以上、「原左都子エッセイ集」2007年バックナンバーよりその一部を要約引用。)

 
 本エッセイの最後に、昨日我がエッセイ集をご覧になられメールを頂いたH氏宛にご返答を申し上げよう。

 一家の長としてご家族と一緒にテレビの映画やドラマを観ていた時は絶対に涙を流さなかったとのH氏のご記述が、原左都子が年少の頃郷里で家族と歩んだ道筋と交錯するのだ。
 私も同じ思いだった。 幼き頃、親がいる場で私が涙をこらえるべきと判断した理由とは、私が涙を流せば親が心配するだろうと幼心に慮った故である。

 その後成人した後上京し独身生活が長かった私は、元々生まれ持った「泣き上戸」気質故に自宅で思う存分一人で泣き崩れる事を堪能してきている。 
 後に晩婚の後子どもを設けた後も、私は自分の内面からの欲求と共に「涙もろさ」を現在の家族の前でもみっともなくも披露し続けている…  そんな私を許容してくれている現在の我が家族に感謝の思いであるのは当然だが。

 それにしても「涙もろさ」とは人の感情表現の貴重な一場面であり、素晴らしい自己表出であると私は捉えている。
 人間いくつになろうと、怒りを爆発しようが、笑い転げようが、涙にむせようが、それこそが人生の醍醐味ではなかろうか!! 

 そんな素晴らしい諸感情を人間が先天的に持って生まれ出た事実自体を、出来うる限り許容できる社会でありたいものだ。