原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

日本国憲法の基本原理に関する一考察

2018年05月03日 | 左都子の市民講座
 本日憲法記念日にして随分と出遅れたが、表題に提示した「日本国憲法の基本原理」に関して、我が1987年頃に学んだ学生時代の講義ノートより一部を引用しよう。

 
 日本国憲法の基本原理
 
 1、平和主義  (憲法9条)
 2、国民主義   天皇制
 3、基本的人権の尊重  
  (これらすべてに関する事項が、憲法前文に記載されている。)


 これらは、明治憲法(大日本帝国憲法)には一切無かった原理である。
 

 それでは、現在の日本国憲法は、良いのか、悪いのか?? 
 一論として、現日本国憲法は、世界的に妥当し得る 一般的、常識的憲法であるとの評価も定着している。


 上記のうち、平和主義を取り上げよう。

  平和憲法(憲法第9条)とは。
  戦力放棄に関する条文だが。

 これに関しても、学説内での解釈議論が存在する。
 
 〇 自衛隊を合憲とする政府見解
    A.  第9条は自衛のための戦力保持をも認めない、とする見解。
       自衛と戦略との区別が困難。 軍隊=弱者国民(弱者)
       正義との後ろ盾をもって戦争を肯定し得る?
       自衛権の行使は戦略行為につながる

       自衛隊はその「戦力」にはあたらない。
       そもそも「戦力」とは、近代戦争遂行に達したもの。
       自衛隊は、そこまでは達していない。
       従って、自衛隊は憲法第9条に違反していない。
                (以上は、昭和30年頃までの解釈。)

    B. 昭和60年頃の政府解釈
       第9条は、国の自衛権を否定するものではない。


 法解釈としては。
 自衛隊は憲法に違反するか?  2通りの解釈が存在する。

 しかし、実際は。
 解釈者の政治的意図 及び 主観的判断 をして、解釈に至らしめている。
 その点で、解釈するものの責任論が問われる。
 この現象は、憲法第9条に於いて、典型的に表れる。


 
 以上、ほんの少しだが、原左都子が過去(1980年代後半期)に学んだ大学に於ける「憲法」授業よりその講義ノートの一部を紹介した。

 この「憲法」授業を担当されていた教官氏に関しては、今尚鮮明に記憶している。
 関西地方の他大学から任命され、我が大学の助教授として「憲法」を受け持っておられたが、その授業内容が濃厚だった事実が印象深い。 当時既に30代だった私とさほど年齢が変わらない世代の教官であられたが、いつも関西弁で熱弁されていた事を懐かしく思い起こす。


 上記に紹介した「憲法第9条」に関しても、授業の最終章では。
 上記のごとく、解釈者の政治的意図 及び 主観的判断 をして、解釈に至らしめている。 その点で解釈するものの責任論が問われる。 この現象は、憲法第9条に於いて、典型的に表れる。
 と結ばれている事実に、現在尚同感申し上げる。

「普通取引約款」 に関する学説研究

2017年06月02日 | 左都子の市民講座
 久しぶりの「左都子の市民講座」カテゴリーエッセイの執筆だが、今回は先だって公開した「左都子コレクション —大学(大学院)講義ノート編― 」より引用しよう。


 以下に紹介するのは、「商法総則」の講義内容より「普通取引約款」に関して、定期試験対策用に原左都子がまとめた内容である。
 何分、20数年前の大学講義よりの引用であり、また、あくまでも当時一学生であった私が自ら記述したノート内容であるため、学問的誤りや不十分な点がある場合お詫びします。


 普通取引約款とは、企業がその顧客と取引するに際し契約諸条件をあらかじめ定型化し、不動文字にて書面に印刷したものであり、これにより多数の顧客との個々の取引を一律になそうとする場合の定型的契約諸条件をいう。 
 約款が拘束力を持つのは何故か、約款は如何に解釈されるべきか、更には約款に対する国家規制が問題となる。

 まず、約款が「法規制」であるか否かに関して。

 「約款が自治法であるとする代表的学説」は“社会あるところに法あり”に法諺を援用して、団体の自主制定法規に法源制を認め約款もその一例とみる、とする。 これが我が国に於ける通説である。

 これに対し、「契約型理論」は約款それ自体としては直ちに拘束力は持たず、拘束力を持つためには企業と顧客の意思を何らかの形で媒介する必要がある、とする。
 そのうち、「意思の推定説」はその根拠として契約者が署名した事実を挙げる。 我が国の判例の立場でもあるが、契約者が意思の不存在を証明した場合には拘束力が認められなくなり、取引の安全を害するとの批判が多い。 
 あるいは「白地慣習説」は、契約が約款によること自体が商慣習化している点に拘束力の根拠を求める。 我が国の多数説であるが、この説に関しては新種企業に於ける新約款採用の場合の説明が出来ないとの批判がある。
 また、約款とは企業の理念実現のために企業に装備されている制度的所産であるとする「制度説」もある。
 これらの説は約款の拘束力を当然視するものであり、消費者保護意識が希薄と言えよう。

 これらに対し全く違った観点から、約款の拘束力根拠を契約両当事者の“意思の合致”に求める事により、約款の内容的限界付けをなそうとするのが「客観的合意説」である。 この説によると、客観的合意の範囲に於いてのみ、すなわち、企業の意思と契約者の対価性確保の期待へ向けられた意思が合致してのみ、約款は拘束力を持つこととなる。

 さらに「法律行為的合意説」とは、約款の使用者が約款を使用する旨を相手方に明確に指示し、相手方である企業がこれに異議を唱える事無くして契約締結することを要するとの説である。 要するに、あくまでも消費者保護観点よりの学説だ。

 (以下は、20数年前当時の原左都子の私論のようだが…)

 約款の拘束力を相対視する学説では、両当事者により合意されたところの約款の範囲、内容的限界付けが解釈に於ける基本的問題となるが、対価性を基準として約款条項の相当性・不当性が判断されてこそ当該学説が活きよう。
 最後に掲げた「法律行為的合意説」に於いては、立論の基礎に“個々の当事者の意思”が置かれているため、契約締結時の個々の事情を含め契約内容の限界付けが成されねばならない事態となろう。
 私論としては、「普通取引約款」問題に於いても、企業側及び消費者、両当事者同士の地位互換性が失われている現代社会に於いて真の意味での“消費者保護”がなされると共に、企業の計算可能性維持も図られるべきとの結論に至る。

 (以上、20数年前に記した「原左都子コレクション -大学(大学院)講義ノート編」より、商法総則「普通取引約款」ページより引用したもの。)


 「左都子の市民講座」カテゴリーに於いては珍しい事だが、最後に今現在(2017.6.2)の原左都子の私論を述べさせていただこう。

 どうやら私は20数年前の当時から、「普通取引約款」に関し“企業側の利便性”を優先するべく解釈をしている「通説」ではなく、“消費者保護”も吟味している学説群を支持していたようだ。
 人間の思想とは、時代の変遷や社会の変動によってもさほど揺らぎが無い事に自分ながら安堵する。

 ただ、悲しい事に現状の「普通取引約款」が置かれている状況を自ら体験するに、どうしても「通説」である“企業側の利便性”優先で成り立っている事実に落胆させられる。
 それはもしかしたら、アベノミクス経済政策後に更に急速化した感もあるのが恐怖でもある。 
 今となっては、国民誰も「普通取引約款」など一読すらしないのではあるまいか??

 どうか国民の皆様、法律学者達の中には上記のような「学説論争」に消費者保護の観点から取り組んでいる人物も存在する事実に鑑みて、企業との諸契約締結時には何卒「普通取引約款」をご一読し、異議があれば契約締結前に相手方企業と議論される事をお勧めします。


 (ついでだが、当時の文章の“論調”が現在の「原左都子エッセイ集」同様である事に自分で驚かされる。 20数年前に大学(大学院)にてノートを聞き取り書きした当時以前より我が論調が育まれて来たことを物語るものであり、我ながら感慨深い。)

「公証役場」 とは如何なる役場か?

2013年07月11日 | 左都子の市民講座
 昨日、私は生まれて初めて 「公証役場」 なる場所に出向いた。

 都心の電車の車窓から見渡せるビル内に、「公証役場」との看板を掲げる事務所が存在する事は昔から心得ていたものの、一体何をする“役場”なのかに関しては「経営法学修士」を取得している原左都子にして、恥ずかしながら最近まで知らずに過ごして来た。
 加えて、そもそも「役場」との名称を使用している割には中小規模の事務所らしき外観が、何を目的とした場なのかとの不可思議さを漂わせていた印象がある。


 ここでウィキペディア情報により、「公証役場」の定義を紹介しよう。

 公証役場(こうしょうやくば。公証人役場ともいう)とは、公正証書の作成、私文書の認証、確定日付の付与等を行う官公庁である。 各法務局が所管し、公証人が執務する。官公庁ではあるが、公証人独立採算制がとられている点が一般の官公庁と異なる特徴である。 公証役場は全国に約300カ所存在する。
 
 原左都子の私論(と言うより「感想」)だが、 へえ~~。 そうだったんだ。
 今更ながらではあるが、公証役場が「役場」と名乗るべく必然的根拠をウィキペディア情報により理解できた。 官公庁法務局が所管している事務所であるが故に「役場」には間違いない。
 ただし、“公証人独立採算制”がとられているとの文言が興味深くもある。


 そこで次なるテーマとして「公正証書」及び「公証人」とは何ぞや? に関して調べてみた。

 まずは「公正証書」に関する総論的解説をウィキペディアより参照しよう。
 「公正証書」とは公務所又は公務員がその職務上作成した文書の事であり、そのうち公務員がその権限に基づき作成した証書が広義の公正証書である。
 狭義の公正証書とは、広義の公正証書のうち、公証人法等に基づき公証人が私法上の契約や遺言などの権利義務に関する事実について作成した証書をいう。
 一般に「公正証書」という場合、狭義の公正証書を指す。

 次に「公証人」に関して同じくウィキペディアより引用する。

 公証人(こうしょうにん)とは、ある事実の存在、もしくは契約等の法律行為の適法性等について、公権力を根拠に証明・認証する者のことである。
 日本においては公証人法に基づき、法務大臣が任命する公務員であり、全国各地の公証役場で公正証書の作成や定款や私署証書(私文書)の認証、事実実験、確定日付の付与などを行う。 2000年9月1日現在、日本全国で公証人は543名存在する。
 公証人の起源についてはローマ法に由来するとされ、中世の神聖ローマ帝国(ドイツ・イタリア)が始まりと言われている。 当初は商業上の契約や帳簿など広範の私的文書作成を担当してきたが、14世紀以後商人達の識字率向上や複式簿記の発達などに伴って専ら法的文書の作成に従事するようになる。
 現在多くの国では、公証人は法曹あるいはそれに準ずる資格の保持者であることが多い。 一方アメリカではわずかな講習で容易にその資格が取得でき、学校や郵便局などあらゆる場所に総計400万人もの公証人がいて、その権限もおおむね署名の認証に限られているなど、国々によってその権限はかなり異なる。
 日本の公証人沿革に関しては、1886年にフランスの制度を参考にして「公証人規則」が制定され、その後1908年にはドイツ式に改められた「公証人法」が制定された。
 公証人は法務大臣が任命する実質的意義の公務員であり、公証役場で執務している。国家公務員法における公務員には当たらないが、実質的意義においては公務員に当たると解されている。 現在の職務に関しては守秘義務を負い(公証人法4条)、法務省の監督に服する(公証人法74条)。また公証人には職務専従義務があり兼職は禁止されているため、弁護士や司法書士などの登録は抹消しなければならない。
 公証人法の原則では、公証人は公証人試験に合格した後に法務大臣が任命することとなる。(公証人法12条)。 しかし公証人法に定める試験は実施されたことがないのに加えて、公証人法には他の資格試験のように「1年に何回以上試験を行わなければならない」という規定がない。 そのため、公証人とは司法試験合格後司法修習生を経て、30年以上の実務経験を有する裁判官(簡易裁判所判事は除く)、検察官(副検事は除く)、弁護士、および法務局長経験者から任命されるのが実態である。 
 公証人は70歳まで勤務することができるため裁判官、検察官、および法務省を退職した後に就くことが多い他、特例として 学識経験者からの任命(特任公証人、公証人法13条の2)、多年法務に携わりこれに準ずる学識経験者で「公証人審査会の選考」を経た者も任命できる。 これらの者の場合は試験と実地修習は免除されるが、公募に定員の倍数を超える応募があった場合は短答式試験・口述式試験を実施して選考する。
 報酬に関しては、公証人はあくまで公務員だが、指定された地域に自分で公証役場(公証人役場)を開き、書記らを雇って職務を遂行する。 国家から俸給を得るのではなく、依頼人から受け取る手数料が収入源の独立採算制であるため、当然扱い件数の多い東京や大阪などの大都市では、年収3,000万円を超える公証人も多数存在する。
 (以上、ウィキペディア情報より「公正証書」「公証人」を要約引用。)

 なるほど、重々納得である。


 ここで原左都子の私事に入るが、冒頭に記した通り私は昨日殺人的猛暑が続く最悪の気候条件の下、都内の“とある”場所に位置する「公証役場」へ向かった。

 何分、義理姉が6月末に不覚の死を遂げてしまった。 
 それに伴い、今後の相続人の一員となるべく身内の立場としては、義母が以前公証役場にて作成した「遺言状」の書き直し作業を再び「公証役場」に依存せねばならない。

 我々が出向いた「公証役場」は都内“とある”場所の駅近くのビル内に位置していた。 そして我々一族担当の「公証人」氏は十分な専門力を培っておられる事は元より、終始親切な対応力で臨んで下さった事が印象的である。
 しかも「遺言状」作成とは「公証役場」にて実行した場合、私の想像以上に“安価”しかも“確実”であることも昨日実体験できた思いだ。

 「遺言状」作成に当たり、下手に一族でもめた挙句に、例えばの話が大阪の“角田美代子家連続殺人事件”等の悲惨な殺戮を身内で繰り返したくないのが人情であろう。
 ここは現行法律に遵守している点で信頼できる「公証役場」に、遺言書作成を依存しておいた方が一族の得策かとも言えそうだ。

法の適用と解釈(その2)

2008年01月06日 | 左都子の市民講座
今回は“左都子の市民講座”「法の適用と解釈」の後半、「法の解釈」について解説しよう。



Ⅱ 法の解釈


 ①法の解釈とは?

   法文の意味や内容を明らかにすること。
   具体的事実に対し、法を適用するときにその解釈が必要となる。

 ②法の解釈の意義

  ○抽象的表現の具体化、明確化
    例:民法1条の3「私権ノ享有ハ出生ニ始マル」
       では、「出生」とはいつなのか? 学説は分かれる。
        ・陣痛開始説
        ・一部露出説 ← 刑法の通説
        ・全部露出説 ← 民法の通説
        ・独立呼吸説 
     ※ 刑法においては人名尊重の観点から「出生」を早期に解釈するのが
       通説の立場
       胎児であるか、人であるかにより適用される条文が異なり、刑罰の
       重さが異なってくる。 → 人を殺した場合は殺人罪
                      胎児を人工的に流産させた場合は堕胎罪

  ○法律の非流動性と社会現象の流動性とのズレを埋める
    法 … もともと最高に強力な社会規範
         この最高に強力な社会規範が流動的であったならば、人々は
         何を基準に生きてよいのかその方向性を見失ってしまう。
         そこで法とはそもそも非流動的な存在である。
        解釈により非流動的な法と流動的な社会現象とのズレを埋める。


 ③解釈の方法

  ★有権解釈
    国家の各機関により与えられる解釈

  ★学理解釈
    学理に基づいて法文の意味を明らかにする解釈

   A.文理解釈
     法文の文字や語句の意味、及び法文を文法に基づいて明らかにする解釈
     文字通りに解釈すること
      欠点:融通が利かない。
         杓子定規な解釈となり、法の目的が損なわれることもある。
          例:“車馬通るべからず”
             本来の意味は“乗り物は通ってはいけない”
             これを車と馬は通ってはいけない、と解釈するのが
             文理解釈。

   B.論理解釈
     法文の文字や語句にこだわらず、論理体系的に解釈すること。
     すなわち、法の制定の目的、他の法令との関係、法典全体の組織、
     社会現象の変化、その他を考慮して解釈すること。
     法的安定性、法的妥当性、論理一貫性、具体的妥当性を追求しながら
     解釈すること。

    a.拡張解釈
      文字や語句の意義を、それが本来もつ意義よりも拡げて解釈すること
       例:刑法第129条1項にガソリンカーも含めた例
          刑法第129条は汽車、電車、艦船について定めた条文であ
          るが、これにガソリンカーも該当すると拡張解釈した。
                 ↓
       ただし、刑法における拡張解釈は人権侵害に結びつく危険性あり
                 ↓
       なるべく避けるべきというのが通説。
       学説によっては刑法における拡張解釈を禁止する説もある。

    b.縮小解釈
      文字や語句の意義を、それが本来もつ意義よりも縮めて解釈すること
       例:民法第86条と刑法第235条の財物との関係
          民法第86条においては物を不動産と動産と定義しているが
          刑法第235条の財物には不動産は含まないと解釈する。

    c.反対解釈
      法文が規定している事項の反面から、法文に規定されていない事項を
      理解して解釈すること

    d.勿論解釈
      法文にはっきり定められていない事項でも、法文の趣旨からしてその
      法文中に含まれるのはもちろんであると解釈すること

    e.類推解釈
      よく似た事項A、Bにつき、Aに規定がありBに規定がない場合に
      Aの規定をBに適用して解釈すること
       例:“車馬通るべからず”
           牛も通ってはいけないと解釈する。
      
      刑法における類推適用の禁止
       = “罪刑法定主義” の原則に反する
            司法権の立法権への侵害となる。 

   C.目的論的解釈
     法は一定の目的をもって制定されているから、その目的に合うように
     解釈すること
      例:民法第739条と内縁関係について
         婚姻は戸籍法の定めることろによりこれを届け出ることによる           
          と定めているが、判例は内縁関係を婚姻に準ずる関係と認めた。

  ★利益衡量論 (新しい解釈法、帰納的方法)
    結論が先にあり、それに基づき法律構成をする、という考え方
    論理的解釈よりも、実務家の勘による。
     (実務家はその実務経験により、極端に言うと、どちらが善でどちらが
       悪かが直感で判断できることもあるらしい。その判断力でとりあえず
      結論を先に導いておいて、後から法律構成をするという方法。)
      
     欠点:制定法規範を無視する恐れがある。
             ↓
        法の秩序が危険にさらされる恐れがある。
    法適用の際のひとつの手段としてこの方法を用いるならば妥当性はある。
    
   

法の適用と解釈(その1)

2008年01月04日 | 左都子の市民講座
法律は解釈論が面白い。
元々理論派の私は法解釈の“理屈っぽさ”にはまってしまい、学業の中途から経営法学へ方向転換したといういきさつがある。

さて、今回の“左都子の市民講座”では、「法の適用と解釈」を取り上げる。
まずはその前半、「法の適用」から解説しよう。


 Ⅰ 法の適用

  ①法の適用とは
    具体的事実、例えば殺人事件などに 法 をあてはめて、合法的な判断を
    下すこと。

    法的三段論法 
                         具体例:殺人
     大前提 … 具体的事実  : AがBを殺したという事実
     小前提 … あてはめる法 : 刑法第199条 殺人
     結論  … 合法的判断  : Aが死刑または無期懲役もしくは3年
                        以上の懲役に処せられる。
       ※参考 法律用語における「または」「もしくは」の位置づけ
              甲 または (乙 もしくは 丙)

  ②法の適用の方法

   A.事実の確定とは
      法を適用するために、その適用の対象である具体的事実の存否、内容
      を正確に認定すること

     事実の確定の重要性
      例:殺人事件
         事実の内容により適用される刑法規定、刑罰の種類、重さが
         異なってくる。
          殺意をもって殺した場合→刑法第199条(普通殺人罪)
          頼まれて殺した場合  →同第202条(嘱託殺人罪)
           ※過失により死に致した場合 →同第210条(過失致死罪)

   B.事実の確定の種類

    a.立証
      事実の確定は原則として証拠に基づいてなされる。
           = 証拠主義
              刑事訴訟法第317条、民事訴訟法第257条
     ○刑事訴訟:実体的真実発見主義
       被告人の自白がある場合も、事実の認定は証拠によることを要する。
     ○民事訴訟:口頭弁論主義
       当事者が口頭弁論で相手方に主張した事実を争わないときは、
       自白したものとみなされる。
    
     立証責任(挙証責任)
      証拠は原則として事実を主張するものがあげなければならない。
       民事訴訟 →当時者
       刑事訴訟 →検察官

    b.推定 「…ト推定ス」「…と推定する」
      周囲の事情や事物の道理から考えて、一応の事実の存在、または、
      不存在を認めること。
      反証可能。反証がない以上、法が一定の事実の成立を認める。
       例:民法第762条2項(夫婦間の財産の共有の推定)
         民法第772条(嫡出の推定)

    c.擬制 「…ト看做ス」「…とみなす」
      法が事実の存在、または不存在を確定すること。
      反証不可。

       例:民法第1条の3(権利能力の始期)と、
         民法第886条1項(胎児の相続能力)との関係
          私権の共有は出生に始まるのが原則であるが、胎児は相続に
          ついては既に生まれたものとみなす。

       例:民法第85条(物の定義)と、
         刑法第245条(電気)との関係
          民法において物とは有体物をいうが、刑法における窃盗及び
          強盗の罪において電気は財物と看做す。

       例:民法第3条(成年期)と、
         民法第753条(成年者としての能力の取得)の関係
          満20年をもって成年とするのが原則であるが、未成年者が
          婚姻をしたときは、これによって成年に達したものとみなす。
         その根拠
          婚姻とは社会の基本的な一単位をつくる行為であるため、
          人格の成熟が前提である。そのため精神的、社会的成熟、
          経済的能力が必要とされる。ゆえに、未成年者が婚姻を
          すると成年者とみなされる。
          では、離婚した未成年者は成年者とみなされるか?
          民法上学説は分かれているが、成年者とみなすのが有力説

        ※参考 学説とは法律学者の打ちたてた理論
              通説 …おおよそ8割以上の支持を得ている説
              多数説…おおよそ6割以上の支持を得ている説
               有力説…(いい加減で根拠はあまりないらしい…)

         
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近代市民法の基本原理とその修正(その3)

2007年12月20日 | 左都子の市民講座
 “左都子の市民講座”の今回のテーマ「近代市民法の基本原理とその修正」はいよいよ最終回です。本記事においては基本原理の残りのひとつ「過失責任の原則とその修正」について解説します。


○過失責任の原則とその修正

   まず、法律用語の意味から説明しよう。

    ①故意…自己の行為が違法な結果を生ずるであろうことを認識しながら
          あえてその行為にでる場合の心理状態。
    ②過失…不注意のため、違法な結果が生ずるであろうことを認識しない
          場合の心理状態
    ③無過失…故意も過失もないこと

   さらに、現在注目されている法律用語に“未必の故意”という概念がある。
     未必の故意…自分の行為からある結果が「発生するかもしれない」と
              知りながら、「発生してもしかたがない」と認めていた
              場合の心理状態
      例: 子どもが病気で寝ている。このまま放置しておくと死ぬかも
         しれないと認識しながら、死んでもしかたがないと思って何の
         手立てもせず放置しておいた結果死んでしまったような場合

         近年では、飲酒運転による事故がこの“未必の故意”に準ずる
         とされる場合もある。

  近代市民法は、個人の“自由な意思”を法律関係の前提とする。
              ↓
  故意、過失により他人に損害を与えた場合のみ、加害者に損害賠償責任を
  負わせる。    →    民法第709条(不法行為)
  
   ※参考※ 刑事においては… 
      例:刑法第38条(故意・過失)
         故意犯を原則とし、過失犯は例外としている

  「過失なければ責任なし」   =  “過失責任の原則”
    すなわち、非難されるべき者に対してのみ責任を負わせるという原則

  これに対し、アンシャンレジウムの時代は 
      「結果責任主義」  無過失でも責任を負わせた

  過失責任の原則により人々は自由に行動できるようになり、これにより
  資本主義経済が今日のように発展した。

  しかし、例えば、
   公害をもたらしている企業が、公害を出すことにより地域住民に損害を
   与えているにもかかわらず、企業の経営者には故意も過失もないという
   理由で責任が問われなくて済むのか。

       ↓  正義と公平の観念に反し、それで済むはずはない

  「無過失責任論」の登場
     特定の加害者と被害者間の法律関係においては、過失がなくても
     加害者に責任を負わせるべき、とする考え方

   経済高度成長期には、企業の公害により多くの人々の尊い命や健康が犠牲に
   なった。

    例:「イタイイタイ病事件」(富山)1971年
        企業から流れ出た鉱毒によるカドミウム中毒により123名が
        死亡
      「新潟水俣病事件」1971年
        企業が排出した有機水銀による中毒により55名が死亡

        両者共、原告(患者、遺族)側の勝訴が確定した。

     1972年に、大気汚染防止法
             水質汚濁防止法 が改正され、
              事業所の無過失責任が認められるようになった。

       
        

近代市民法の基本原理とその修正(その2)

2007年12月18日 | 左都子の市民講座
 前回「近代市民法の基本原理とその修正(その1)」において、近代市民法とは何か? 及び その基本原理のひとつである“所有権絶対の原則とその修正”について既述しました。
 今回(その2)においては基本原理の二つ目“契約自由の原則とその修正”について解説しましょう。

 ○契約自由の原則とその修正

   契約とは何か?
    売買契約を例に説明してみよう。

         商品を売りたい
     売主     →     買主
             ←
         商品を買いたい

    通常、両者は利害対立関係にある。(あなたの得は私の損)

    このような、方向の異なる複数の意思が“合致”することにより成立する
    法律行為のことを “契約” という。

    法律上の契約には上記の“売買契約”の他、“賃貸借契約”“婚姻契約”
    (判例上、“婚姻予約”という用語が使用されている。) “雇用契約”
     等がある。

   「身分から契約へ」
     アンシャンレジウムの時代
      人の権利、義務は人の“身分”から発生していた。
       (※アンシャンレジウムとは
          1789年のフランス革命前の絶対王政を中心とする
          封建的な旧体制のこと)
     市民社会
      人の権利、義務は個々人の“自由な意思”により発生する。

    近代市民法の根本理念  = “自由と平等” であるならば
               ↓
    個人の経済活動は自由に行われるべき
         = “自由放任主義”  “自由競争”
               ↓
        契約自由の原則
          ①契約締結の自由
          ②契約相手方選択の自由
          ③契約内容の自由
          ④契約方式の自由

    しかし…
     経済的強者は経済的弱者に対し、その権力を利用して自分にとって
     有利な契約を結ぶようになった。
      例: 企業 対 労働者 の雇用契約
          労働者は、低賃金、長時間労働等、不利な条件で雇用契約を
          締結しなければならない場合が多い。(今なお…)
               ↓
     契約自由の原則も、“経済的弱者の保護”“公共の福祉”の観点から
     一定の制限を受ける。
      例: 労働基準法第13条
          この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約
          は、その部分については無効とする。…

   ★契約締結の自由の制限

     例: 電気、ガス、水道等、公共性の高い事業
         会社側に一定限度、契約締結の拒否権はない。
         一方で、利用者側は契約内容が気に入らなくても、(例えば
         東京に住むと㈱東京電力と)契約するしかない。
     例: 医師
         医師法第19条1項
          正当な事由がない場合、診察の拒否権はない。
          (人命にかかわるため)
     例外: NHKの受診料契約
          放送法第32条1項により、
           受信者は、NHKを見たくなくても契約を締結しなければ
           いけない。  → (情報選択の自由に反する……。)

   ★契約内容の自由の制限

    「附合契約」とは
      当事者の一方が決めた契約内容に、相手方が事実上従わなければ
      ならない契約
       例: JRやその他私鉄との運送契約
           料金につき利用者は議論の余地がない。
      一応、一般利用者が不利にならないよう国家が介入し、
      公益事業法等の法律により、契約内容をチェックしている。

    「普通取引約款(普通契約約款)」とは
      ある特定種類の取引を画一的に処理するためのあらかじめ定められた
      型の一定した契約条項のこと(各種契約書の裏面に細かい字で書かれ
      ている契約条項のこと)
        
       利点:同時に多数の人と契約することが可能 → コスト低減
                                     不公平解消
       問題点:拘束力はあるのか?
           契約した以上、約款の内容を知らなくても拘束されるのか
           (商法上、学説は分かれる。)
      ( 皆さん、面倒でも約款はよく読んで、もしも不服があるならば
        クーリングオフ期間内に対処した方が無難だと私は思います。)

  



 さて、いよいよ次回は「近代市民法の基本原理とその修正(その3)」において残りの“過失責任の原則”を取り上げ解説します。引き続きお楽しみに!

近代市民法の基本原理とその修正(その1)

2007年12月16日 | 左都子の市民講座
 近代市民法とは何か?
  近代市民社会において施行されている法のこと

   近代っていつ?  → 市民革命以降の時代
   市民社会って何? → 資本主義社会が市民社会
              (社会主義社会は市民社会とは言わない。
               生産手段の社会的所有により横並び社会では
               あるが、反面、自由が制約されているため。)


 我が国における近代市民法とは?
   私権を確立するために制定された私法の基本法である「民法」のこと
     これに対し、「憲法」とは、国家統治のあり方を定めた根本規範
            政治指針であり、具体的な権利義務は表れない

  近代市民法の根本理念 = “自由と平等”
    ここから、次の3つの基本原理が導き出される。
            ↓

        近代市民法の基本原理
          ○所有権絶対の原則
          ○契約自由の原則
          ○過失責任の原則



 ○所有権絶対の原則とその修正

   所有権絶対の原則とは
    近代市民法の根本理念 = “自由と平等” であるならば、
    個人が自由な意思で、平等な地位において手に入れた財産権、特に
    その代表的な所有権は何人によっても侵害されない、という原則
                ↓
    この財産権をどのように行使しようが、これまた自由
               = “権利行使自由の原則”
    権利を行使する過程において他人に損害を与えようと、法に触れない
    範囲内でならば責任は問われない。

    資本主義経済の高度発展は、この原則に負うところが大きい。

   しかし…
    資本主義の発展 → 貧富の格差の拡大
     一握りの独占企業がみずからの財産権を行使することにより
     他人に損害を与えてもよいのか?多くの人が不幸になってもよいのか?
       例: 公害問題、現在多発中の賞味期限偽造問題、etc…

    20世紀に入ってから、この基本原理に歯止めがかかった。
     「公共の福祉」 = 社会全体の共同の幸福  の思想の導入
       この枠を超える権利の行使は 「権利の濫用」となる。

        ワイマール憲法153条3項「所有権は義務を伴う」
         (「公共の福祉」を世界に先駆けて明文化した。)

    このように、「所有権絶対の原則」に制限を設けた。
     
      ところが、この「公共の福祉」概念は抽象的かつ曖昧であり、
      “諸刃の剣”の側面もあるという弱点を抱えている。
        個人の自由が制限される。
        権力者がこのような尺度を利用して、私権を恣意的に侵害する
        危険性もある。

      両者の整合性を取ることは、今なお困難な課題である…


 


 次回の“左都子の市民講座”において、「近代市民法の基本原理とその修正(その2)」と題して「契約自由の原則」を、次々回「同(その3)」と題して「過失責任の原則」について解説します。お楽しみに! 



P.S.

  本エッセイ集の著者である原左都子が 2007年公開 「原左都子エッセイ集」内に綴った当該文書が、数年後の年月日の日付にて 見知らぬ人物により yahooに於いて丸ごと無断転載され、 “yahoo 知恵袋”内某質問事項の“ベストアンサー”として公開され続けております。 
 この案件に対し、私どもより yahoo相手に善処を要求したものの、なしのつぶての有様です。
 yahoo には、一なる大手企業として「著作権」侵害に対する更なる認識をお持ち頂きたい思いですが、それが叶わない現状に即し、読者の皆様にお願いがございます。
 我がエッセイ集より、ネット上の別サイトへ転載・引用する場合には、必ず 「原左都子エッセイ集より転載・引用」 の一言を末尾に記載して頂けますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
                 「原左都子エッセイ集」  著者  原左都子
     
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権利とは何か?

2007年12月05日 | 左都子の市民講座
今回の「左都子の市民講座」では、“権利”について考えてみましょう。


 ○権利と利益との違い

   権利とは、人が単に自分の利益を主張することであろうか?
   例えば、誘拐犯が人質と引き換えにお金を要求することが権利であろうか?
   そんな訳はない。
      ↓
   相手方がその要求の“社会的妥当性”を承認し、その要求に応じる義務を
   認めた場合に初めてその利益は権利となる。

   要するに、権利とは
   “私的利益”や“生活要求”を基礎とするが、それにとどまらず
   “社会的正義”としての“公的性質”をおびたものとして
   “普遍的”に承認された利益内容のことをいう。


 ○権利成立の条件

   権利が成立するための基礎的条件、前提は何か?

    ①平等性
      個人対個人の関係が平等な社会であること
       例:戦前の日本は身分制社会であったため権利が成立する
         社会的基盤は存在しなかった。
             ↓
         戦後、日本国憲法が“法の下の平等”をうたい身分制社会は
         解体された。
             ↓
         しかし、例えば、男女差別、外国人差別等深刻な差別問題は
         社会の中に根強く残っている。
             ↓
         真の権利社会を成立させるためには、まず差別をなくし、
         平等についての基礎観念を確立する必要がある。

     ②対立性

       権利は、個人対個人、あるいは個人対国家の関係が対立関係に
       あることを前提とする。
       法的な対立関係がない場合、もともと権利を問題にする必要がない
        例 : 夫婦間で財産の所有権の帰属が問題となるのは
            離婚など、夫婦に利害の対立が生じた場合である。

     ③社会的正当性についての合意
       
       当事者の一方の利益の正当性が相手方によって承認され
       両者の間に合意が成立することが前提となる。
             ↓
       権利を主張する人は、その正当性を相手にわかってもらうように
       説得する必要がある。
             ↓
       その結果、対立している両者の“平和的共存”のルールとしての
       権利が確立する。
        例 : 嫌煙権問題
             喫煙者には煙草を吸う権利がある。
             しかし、他人に害を与えることは許されない。
                   ↓
             他人に害を与えないように喫煙者を義務付けること
             により、嫌煙権は成立する。
           (ただこの問題は、実際上解決策が困難な問題である。)

     ④利益の範囲の確定

       誰が誰に対し、どのような利益を、なぜ、どの範囲まで主張する
       ことが正当であるのかが、論理的に確定されることが前提となる。
        日本の社会はもともと義理人情の世界だった。
            ↓
        近年、急激に日本の社会は移り変わり、
        人と人とのかかわりが希薄化していく中・・・
            ↓
        日本経済や政治をめぐる資本と権力との癒着、汚職は
        相変わらずはびこり…
       
 残念ではあるが、日本の社会はいまだ“権利社会”と言えるには程遠い… 
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そもそも「悪い事」って何なの?

2007年11月22日 | 左都子の市民講座
 前回の「なぜ悪い事をすると罰せられるの?」の続きのお話をしましょう。


 ○そもそも「悪い事」って何なの?

   逆から言うと 「善とは何か?」
   これは、哲学、倫理学における永遠の命題です。
   「善とは何か?」その答えはとっても難しいのです。
   紀元前4世紀に古代ギリシャの哲学者プラトンは
         「善とは“善のイデア”である」 と言いました。
   この他にもいろいろな哲学者が、いろいろな“善”を提唱しています。

   今回は法律の話なので、哲学の話はまたの機会にじっくりとしましょう。

   結論から言うと、この場合の「悪い事」とは
        “社会規範(特に“法”)からの逸脱行為”です。

   人間は社会の中で生きています。
   その社会の秩序を維持するためには“ルール”が必要です。
   この “ルール” =  社会規範 です。  要するに社会規範とは、
   我々が社会生活を営む上において守らなければならないルールのことです。

   社会規範には ①自然発生的にできてくるもの
             ②権力者が意識的に作るもの   があります。
   
   決して“Might is right.”(力は権利なり。)であってはなりません。
   社会秩序が維持されていてこそ、強者(権力者)も存在できるのです。


 <社会規範の種類>

  A. 法
     国家権力により強制される社会規範であり、最高に強力な社会規範。
     破ると制裁を受けます。すなわち、罰せられます。

  B. その他の社会規範
   a. 慣習
     社会の中で自然に生まれ、くりかえし行われている規範。
     社会生活上のしきたり、ならわし。
     
   b. 宗教
     個人的な規範ではあるが、ときには強力な社会規範。
      例: イスラム教、ヒンズー教 など
     我が国では一部の人々を除き、国民の日常生活と宗教はさほど
     密着していません。

   c. 道徳
     人の倫理観に訴える規範。
     人の心理的な側面を問題としています。

   法や一部の宗教とその他の社会規範の違いは、強制力を伴うか伴わないかに
   あります。
   法の強制力は、国家権力による物理的強制力です。
   これに対し、慣習、道徳などの強制力は心理的強制力です。
   時には、心理的強制力の方が強力な場合もあります。
   法的には責任を問われなくても、社会的制裁を受ける例は数多いです。

   社会規範は時代と共に移り行きます。
    例えば昔、刑法に「姦通罪」という規定がありました。が、
    有夫の婦のみが姦通罪を問われるのは「法の下の平等」に反すること、
    文化的発展により姦通罪を抑止する必要はなくなり、個人の倫理観に
    委ねられるようになったこと、
    により、法から道徳へ変化しました。


 以上で、「なぜ悪い事をすると罰せられるのか」の講座は終了です。 
 
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なぜ悪い事をすると罰せられるの?

2007年11月20日 | 左都子の市民講座
 「なぜ悪い事をすると罰せられるの?」

 この答えはとりあえず簡単!
 「法律で決まっているから」です。

 しかし、本当はこの問題はとても難しい。
  ○「罰する」ってどういうことなの?
  ○罰を与える人は何の権利があってそういう事をするの?
  ○そもそも「悪い事」って何なの?
       など、いろいろな問題を含んでいる。

 そこで、とりあえず法律は正しいものであるとして、それに従うことを前提に考える。
 そうすると、法律で決まっているから悪い事をすると処罰されることになる。

 逆に言うと、法律で決まっていないものは処罰しない。
           これを、 罪刑法定主義 という。

 しかしそうすると、“悪法も法なり”という問題も生じる。


 さて、各論に入ろう。

 ○「罰する」ってどういうことなの?

   1.悪い事をしたことに対する応報という考え方
      犯罪者に責任を取らせ、償いをさせるために罰するという考え方
      悪い事をした人はそれに見合う不利益を受けるのが当然だとする考え方
      この考えに従うと、 自分の犯した罪の重さ = 処罰の重さ
      の数式が成り立ち、
      例えば、殺人犯は死刑になるのが当然ということになる。

      しかし、そもそも「償い」とは個人の心の問題である。
      刑罰として国家が科するのは出すぎた態度ではないの?
             という問題も生じる。

   2.犯罪の防止という考え方
      悪い事をしないように罰するという考え方
      要するに、悪い事をした人を教育する意味で罰するという考え方
            = 教育刑論
      そして、他の人々に対しては、ああいう悪い事をすると罰せられるの
      だと威嚇することにより、法律を遵守させる目的もあるという考え方

      しかし、懲らしめや見せしめにより人間を犯罪から遠ざけるなんて、
      人をバカにしてない?
      そもそも、国家に個人の人格にまで介入する権利があるの?

 問題を抱えてはいるが、刑罰とは「応報」「防止」の両面から説明するしかない。
 すなわち、刑罰とは“過去の行為の清算”であり、“将来に向けた防犯”である。


 ○罰を与える人は何の権利があってそういう事をするの? 

   刑罰とは国家による個人への介入である。
   国家が個人を罰することができる根拠
    ①犯罪者の他人の利益の侵害を防止するため
    ②倫理秩序維持のため
    ③犯罪者自身の利益のため

   しかし、国家が個人の真の利益を判断できるのか?
   我々はなぜ、個人を処罰するというような大きな力を国家に与えて
   いるのか?        という問題は残る。
    例: 死刑存廃問題
     死刑を存続するか廃止するかは大いに議論の余地のある問題である。


 ○そもそも「悪い事」って何なの?
       につきましては、別講座にて解説します。お楽しみに!