冒頭表題は、2025.07.10付朝日新聞「天声人語」の中から引き抜き書きしたもの。
早速、当該「天声人語」の一部を、以下に要約引用しよう。
日本のコメ作りはどうあるべきか。 どの店に行っても空っぽの棚ばかりだという「令和の米騒動」は、大きな課題と向き合う好機だった。 備蓄米の放出は、あくまで一時しのぎに過ぎない。
でも悲しいかな。 のど元過ぎれば熱さを忘れる、は古今変わらう人の性だ。 米価が下がるとともに関心も薄れてしまったように思える。 こんな時、2022年に86歳で亡くなった農民作家の山下惣一さんなら何と言うだろう。
「いざという時に飢えるのはアンタらだって、まだ分からないのかい」と嘆く声が聞こえてきそうだ。 この国が抱えている農業問題は農家の問題ではない、生産手段を持たない消費者の問題であると、一貫して主張していた。(中略)
百姓を貫いた山下氏は、一生それを貫いた。 「土地は先祖からの預かりものじゃない」
多くの農家の思いだろう。 しかし限界はある。 米農家はこの5年で3割も減り、水田の経営主は平均で約70歳に。 先日の声欄に、田んぼを手放した方の投稿があった。 長年任せていたい人から「米作りは割に合わない」と言われたそうだ。 各地で進む光景に違いない。
農業は食べ物を育てて人を生かすと、山下さんは書いている。 「人を生かす仕事をしている人たちが生きられないという時代に、なんともやりきれないものを感じる」。 30年以上前の一文である。
(以上、朝日新聞「天声人語」を要約引用したもの。)
我が家の「米事情」に入ろう。
我が家特有の食生活がもたらす「米事情」かもしれないが。
一昔前に、一人娘が家から学校に通っていた頃の話題だが。
中学から私立に行かせることになり、いよいよこの「料理嫌い」の私も「娘の弁当作りが始まるか…」と、それはそれは何よりも暗い心境に陥ったものだ…😱
ところが!
何とラッキーなことに、我が娘が通った私立中学には「給食制度」があったのだ!!!😃 😁 (決してそれを狙って入学させた訳ではなかったのに、実際こんな幸運は無い! と大喜びした料理嫌いの母の私だったものだ。)😜
ところが、そんなラッキーは長続きしないもので…
娘の高校時代からは、昼飯は持参か学校の食堂にて食べることと相成った。
(集団嫌いの)娘の希望を聞くと、「昼食は学校の食堂よりも、お母さんが作ったお弁当がいい」との回答… 😭
(集団行動を好まない)娘の気持ちはよーく分かった母の私だ…
それでも、娘のもう一つの希望があった。 それは、“手で持って食べられるものにして欲しい”、との希望だった。
これに関する娘の思いも実によく理解できた母の私だ。 とにかく集団嫌いの娘は、昼飯ぐらい一人で食べたいのだと。 (私自身も娘とはその意味は大きく異なるだろうが私もその“集団嫌い派”であるが故に、娘の気持ちは痛い程伝わった。)
そして私は日々、娘の昼食と、(加えて高1から放課後は美大予備校に通わせていたために、それに行く前に食べる)具沢山の大きいおにぎり2個を日々朝持たせたものだ。
(さらにここではどうでもいい話だが、娘は高2の終わりに美大受験を断念して美大予備校を退室し、結果としてより偏差値の高い大学に合格・進学した。 その後の結果に関しては、親の私が思うに大正解だったと大いに評価している!!)
話題を「令和の米騒動」に戻して、まとめよう。
現在の我が一家は上述の如く、娘の大学進学後は「米」がさほど必要ではなくなった、と言うのか。
実際問題、ほとんど(精米された米)を買わない生活習慣が身についている。
で、どうしているのかと言えば。
特に亭主の定年退職後は、要するに出来合いの弁当類や総菜類を買う機会が多い家庭である。 (参考ですが、一人娘は4年程前に家を出て一人で自立生活をしています。)
そんな家庭の主婦(自分で言うのも聞くのも気持ち悪いし、そんな自覚はさらさらない私だが)である身としては、何ともラッキーと申しますか…
そうそう、コロナ前は一家でよく外食もしていたのだが。 コロナのお陰でその後「家飯」が大多数になってしまったものの。
まあ何とか家族皆が健康体で、元気に暮らしています!