原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

男って基本、結婚相手の女など誰でもいいんじゃないの??

2018年06月30日 | 恋愛・男女関係
 いや、そうは言っていられない男達も、この世には必ずや存在するようだ。


 その最たるものが、政治家ではなかろうか?
 政治家には「政治資金」がつきものだ。
 それを捻出する資金力ある奥方を迎え入れるのが、政界の常であろう。

 かの安倍晋三氏の奥方の昭恵氏とて、その例外ではない。 
 ここで、安倍昭恵氏の家系を紹介するならば。  曾祖父 森永太一郎(実業家・森永製菓創業者・初代社長)、松崎半三郎(実業家・森永製菓第2代社長)、祖父 森永太平(実業家・森永製菓第3代社長)、松崎一雄(森永製菓相談役)、父 松崎昭雄(実業家・森永製菓第5代社長。 (以上、ウィキペディア情報より引用。)
 この昭恵氏家系の資産力や実家の経済界での地位・権力無くして、安倍晋三氏は一国の首相として君臨出来るすべもなかった事だろう。


 あるいは開業医のご夫人も、大抵の場合資産に恵まれたご家庭出身であることだろう。
 特に大病院経営者の子息医師など、その経営を引き継ぐため、資産家の奥方を探し当てるのに躍起になっているようだ。
 本エッセイ集バックナンバーでも既に述べた内容だが。
 私は医学関連の職種に従事していた関係で、過去に於いてその実例を経験している。 
 某知り合いの大病院経営者の息子医師が私に告げるには、「将来、自分か弟かその両者が父の病院を引き継ぐ予定なのだが、現在大学病院にて勤務中の弟医師が職場の看護婦と恋愛関係に陥ってしまい、父も自分も困惑している。 偶然その看護師女性が資産家出身だとラッキーなのだが、そうでない場合、嫁いでくる相手女性の“持参金”が当てに出来ない。 これは病院経営者にとっては大打撃だ。 早めに別れさせない事には大変な事になるが、どうやって分かれさせたらいいと思う? ……」
 いやはや、それは病院経営者としては確かに切実な課題であろうと実感させられる実話だった。 結果、どうなったのかは聞けず終いだが。
 参考だが、相談者である医師ご自身は既に資産家出身の女性医師と結婚済みであり、その条件はクリアしていた。


 本日、何故このテーマでエッセイを記す気になったのかと言えば、それはNHK連ドラ「半分、青い。」のせいに他ならない。

 何でも、主人公すずめの幼馴染みである律(現在ロボット研究者として大阪の大企業製作所に就職仕立てのようだが)が、突然同じ職場の事務職員女性と結婚してしまったようだ。
 この律だが、ドラマ上の女性遍歴は少ない方だろう。 
 幼馴染のすずめにずっと慕われつつも、大学生時代に他の女性と恋愛し3年後に破局したとの設定だ。 その後、郷里にてすずめに再開した際、当時漫画家としてデビュー後一時仕事に恵まれていたすずめに「結婚しよう」とプロポーズしたものの、すずめの本心とは裏腹に「無理」との言葉で一蹴されてしまう。
 そして律は、職場の事務女性との結婚に至ったとの現在のストーリー展開なのだが。

 ここしばらくこのドラマは、主人公すずめ側の心理描写に躍起になっていた。
 まあそれでも、本日の放送ではやっとすずめが漫画家として立ち直りたい方向性を見い出せた様子でもある。


 ここから私事及び私見に入ろう。

 何分、40歳手前まで結婚願望が希薄だった私だが。
 そんな我が視点からは、現在置かれているすずめの不安定ぶりが痛々しくもある。 要するに、漫画家との自由業に独身の立場で従事せんとする場合、その自由な身と収入源との駆け引きが心中渦巻く状態は分かる気がする。 

 肝心要のすずめと律との関係だが。
 これ、私の目線からは両人の間には決して「恋愛関係」は無かったと結論付ける。 いや、女のすずめ側からは男の律に対し、それ(恋愛心理)はあっただろう。
 ところが、律側からは決してそれは無かった。 そんな律が何故すずめにプロポーズしたのかが、そう理解していた私には分かりにくかった。 要するに、律はその時点で寂しかったのだろう、としか結論付けられないシーンだった。 単なる男のわがまま感情をすずめにぶつけ、救いを求めたかっただけなのだろう。
 それ故に、すずめが「無理」と回答した事に私は大いに賛同した。


 ここで我が私事を繰り返すのも何だが、私は結果として「見合い結婚」を選択し晩婚にてそれを叶えている。
 これが大正解だったと、今尚実感する。

 男女関係の有り様など、それはそれは人それぞれ多様な事だろう。
 ところがこと法的責任を伴う結婚ともなれば、両人間での責任論が発生して当然だ。 それを恋愛関係ですったもんだした相手と実行などしたものならば、如何なる結果となるのかが目に見える思いだ。

 話題を律に戻すならば、律は同じ職場の女性事務職員との結婚を実行したとのことのようだ。
 その律の判断は大正解ではなかろうか、と私は感じる。 一応恋愛結婚のようだが、要するに同じ職場での社内結婚とは「見合い結婚」に近い様式なのではなかろうか? 環境が似た者同士の家庭とはまさに条件を釣り合わせての見合いと同等の結論が導かれるようにも考察する。


 表題に戻そう。

 結局、ドラマの律に限らず、男とは結婚相手の女など誰でもいいのではなかろうか?と、私は昔から思っていたような気がする。
 それは、私自身が傍観者の立場で数々の職場結婚(女にとっては“寿退社”との表現が使用されていたが)を“他人事として”見守って来た歴史にもよるかもしれない。
 
 私自身は自らの意思で晩婚を選択し、その後は適齢期に“寿退社”を遂げた女性達との付き合いが希薄なため、現在それら女性達が幸せに暮らしているのかどうかに関する情報に関しても縁が薄い。

 まあ、少なくともドラマの主人公であるすずめにとっては、所詮縁が無かったロボット研究者として成長した律なのであろう。

 律が職場結婚相手の事務職員女性と今後如何なる人生を歩もうが、すずめはすずめなりに恋愛経験を重ねつつ、今後漫画家として精進出来ればそれに越したことは無かろう。

恋愛関係の維持に経済観念の合意は重要課題だ

2017年11月28日 | 恋愛・男女関係
 冒頭から、朝日新聞2017.11.18 “悩みのるつぼ”より 「都合の良い女かしら?」と題する40代女性よりの相談内容を要約して以下に紹介しよう。

 40代後半の女性だが。 4歳下の彼と趣味のゴルフがきっかけでお付き合いをして4年になる。 バツイチ同士、私は子育ても終了し、彼も子どもとは年に数回会う程度だ。
 お互い再婚する気はなく、仕事も順調。 それぞれ愛犬とぜいたくな一人暮らしを楽しんでいる。 
 趣味、セックス等々満足な付き合いだが、ただ彼はお金にケチなのか、私の家で食べる食費、酒代、タクシー代は1円も出してくれない。 ゴルフに行くにも私の車で行き、ガソリン代も高速代も出そうかと言ってもくれない。 月一度くらい外食をする時は彼が出してくれるが、誕生日プレゼントをもらったことがない。 友達からは「それじゃあ都合の良い女だよ」と言われている。
 私は彼を尊敬する一方で、上から目線のモラハラ的な態度に疲れ、何度も自分から別れようとした。 しかし、彼の説得とセックスの良さに負け、復縁してしまう。 彼は私を都合の良い女と思っているのか。 フェアなお付き合いをするにはどうしたらよいのか?
 (以上、朝日新聞“悩みのるつぼ”相談内容を要約して紹介したもの。)


 一旦、原左都子の意見を書かせてもらおう。

 これ、別れるべきだと私は思うのだが。
 相談者の友人達が言う通り、彼氏は「都合のよい女」として貴女を利用しているだけだよ。

 それ以前の問題として。 どうして相談者は彼氏に対し、「割り勘にしましょう」とか「今日は貴方が出しなさいよ」と一言も言えないのだろうか?  これぞ、両人が対等な付き合いが出来ておらず、女性がお安くあしらわれている証拠ではなかろうか?
 
 ここで私事を持ち出すのも何だが、我が長き独身時代に経験した恋愛は数多いが、こと金銭面に於けるトラブルは皆無だったと言い切れそうだ。
 まず、私に対しカネを支払わせて知らん顔をする男性がただの一人として存在しなかった。 男尊女卑との時代背景的な要因がまだまだ大きかっただけの話かもしれないが。 
 それに比し、今の時代は確かに“男尊女卑”観念が解消されるべく方向に進化しているようにも受け取れる。
 そうだとして、もしも私が独身当時に相談者の立場に直面していたならば、必ずや「割り勘にしましょう」「貴方も出しなさい」と直言出来たであろうことに間違いない。 
 とにもかくにも相談女性の場合、今後思い切って「割り勘にしましょう」「今日は貴方が出しなさい」と直言することから行動するべきだ。

 あるいは、別の手段として。
 彼氏が外食時には自腹を切るのならば、デートは必ずや外食にして、セックスも外部のホテルで実施しては如何だろう? そうすれば自ずと彼氏も金銭負担する気になるのではなかろうか?
 料理嫌いで誉れ高い私が分かりにくいのは、何故相談者が自分の家に彼氏を招いて酒盛りをするのかとの点だ。 お互い離婚経験者のようだが、彼氏側は過去の家庭生活のノリで貴方に接している恐れもある。
 要するに、妻が家で食事の準備をして夫を迎え入れる体制に、彼氏がすっかり慣れ切ってしまっている実態も考えられる。 相談内容に彼氏からの“上から目線” “モラハラ” なる文言が存在する事実に、その雰囲気を感じ取るのだが。

 今後共ご両人に結婚願望が皆無ならば、両者の付き合い方を再考することから出直してよい気もする。
 彼氏に(妻ある生活から一転した)自立心を呼び戻すためにも、相談者は思い切った行動転換を要するのではなかろうか。


 今回の“悩みのるつぼ”回答者は、評論家の岡田斗司夫氏であられる。
 
 その岡田氏が、一部興味深い回答をされているので以下にその部分を紹介しよう。
 視点を変えて、お友達の立場になって考えよう。 50代手前の女友達、それもバツイチの女社長に彼氏ができた。 もう4年続いていて、週に何度もゴルフに行ったり自宅に招いてセックスまでしちゃっている。 しかも、本人も結婚なんかもうたくさん、自由がいい、とか好き勝手なこと言ってくれる。  ねっ。 何かイラっときませんか? その友達には悪気はなくても、あら探ししたくなるのが人情ですよ。
 私(岡田氏)が指摘したい「正しくない行動」とは、友達への相談です。 お互い大人の男女の微妙で複雑な関係に、いくら仲が良くても友達の理解や承諾をもらうのはあきらめましょう。
 (岡田氏には申し訳ないが、ご回答のこの部分のみを紹介させていただいた。)
 
 上記岡田斗司夫氏も、回答の最終項で私と同様のご回答をされている。 それを紹介するならば。
 「ストレスがたまったら、彼支払いの外食でゼイタクしましょう。 心のバランスとは自分の心の中で調節すること。」

 
 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 この相談を読んで、未だ40代とのお互いに若き世代の「離婚後の恋愛」の困難さを思い知る気もする。
 
 回答者であられる岡田氏には申し訳ないが、この年代の女性達とは必ずや同年代の友人女性に相談を持ちかけるのが通常であり、特段間違った行為ではないと私は判断する。
 そうしたところ、「彼氏には都合の良い女と思われているよ」なる反応が押し寄せるのも必然であろう。

 さてさて、この相談女性がいつまで現在の彼氏との関係を続行したいのかが不明だが。
 「結婚願望がない」と言い切っている女性故に、今後もご自身の経済力が続く限り、相手男を取っかえひっかえしつつ恋愛を謳歌すれば済む話であるようにも思うのだが。 
 あるいは意地悪観点からだが、もしかしたら相談女性に相談内で豪語している程の経済力が無いが故に、今後一切自身の経済力を頼らない恋愛相手を欲しているのかもしれない。

 先々押し寄せる真正老後生活の実体も思い浮かばない40代との若き段階で、単に自身の恋愛を正当化せんとして相談した内容かとも推測する。

経済格差カップルの行く末とドラマ「ひよっこ」の今後の展開

2017年07月29日 | 恋愛・男女関係
 本日(7月29日)つい先程見たネット情報によれば、本日放映されたNHK連続ドラマ「ひよっこ」のドラマ展開が衝撃的だったとツイッター等で早くも反響が沸き起こっている様子だ。

 それは、主人公みね子が出稼ぎに出たまま行方不明になっている父親と衝撃の再開を果たす場面だが。
 早速、以下に当該ネット情報の一部を要約して紹介しよう。
 29日放送のNHK朝の連続ドラマ小説「ひよっこ」で、有村架純が演じる主人公・谷田部みね子と沢村一樹が演じる父親・谷田部実が再会を果たすシーンが放送された。
 行方不明になり記憶を失っていた実が、みね子の知り合いで菅野美穂が演じる女優・川本世津子の自宅に同居していたという展開。 みね子が実の手を握りながら「ウソだ!なんもかんも嫌になっちゃんたんでしょ。それは私、わかっから。お父ちゃんを忘れたことにするから。覚えてないなんて言わないで」などと茨城弁で絶叫しながら号泣。 そしてみね子はその場を離れ、階段を駆け下りながら雷鳴がとどろく外へ。 そこへ実が後ろから傘を差し出すシーンで今週のドラマは終わった。
 このシーンにはネット上ですぐに反響が沸き起こった。 ツイッターでは「この最後の傘をさしかける優しさが、娘に対するものじゃないのが分かる…残酷すぎる」 
 (以上、ネット情報より一部を引用したもの。)
 
 早速、原左都子の私見に入ろう。

 上記ドラマ「ひよっこ」は4月の放映開始以来視聴率低迷が続いていたようだが、その後あくまでも視聴率上である程度巻き返している様子だ。  上記ネット情報内でも、「このドラマは名作になりそう」なる反応も書かれているらしいのだが…

 正直言うと、4月以降ずっとこのドラマにゲンナリさせられ続けている私だ。
 ドラマの主題としては、主人公みね子が父親蒸発後上京し“逆境”の中頑張っている姿を強調したいようだ。 が、なんのなんの、私に言わせてもらうならば、いつまで経ってもみね子は周囲に甘やかされ、単にラッキーに恵まれ過ぎているとの印象しか抱けないのだ。
 私自身も若き年代にて上京し、就職して単身で頑張ってきた身だ。 その視点から考察しても、みね子のように次々と他力本願的に幸運が訪れる訳はあり得ないのに…。
 みね子が当初就職したトランジスタラジオ工場が経営破綻した後、直ぐに赤坂の洋食屋にウエイトレスとして就職出来る始末。 入居したアパートのオーナーも同居人たちも皆が善人ばかりで、皆がみね子を応援してくれる。 
 そんなミラクルがある訳がないだろ?!? たかが作り話としても、同じ単独上京者としては嘘過ぎて見ていなれやしない!と言いたくもなるよ。
 そういう私は上京後肝心要の仕事で成功し、プライベート等多方面で“よき環境や人間関係”に恵まれたのかもしれないが、それはすべて日々の自助努力と自己の方向性を誤らない判断力や選択力によるものだったと力強く思い起こす! 要するに“自分の力”で幸運をゲットして来たと今尚自負している。
 そんな私が言いたいのは、みね子は一般的な意味合いで “いい子” (ステレオタイプに仕訳して“悪い子”ではないとの分類)なのかもしれないが、私の視点からは、特段自発的努力をしている風にドラマ内で描けていないのだ。


 さて、やっと表題に掲げた本題に入ろう。

 ドラマでは、その“他力本願”みね子を好きになった男性が現れる設定ではないか!
 そのお相手とは、同じアパートに入居していた慶応ボーイだ。
 その設定自体が笑える。 なんで、慶応ボーイが貧乏人が暮らすアパートになど住んでいるの?? 
 それはドラマ設定上許すとして、その慶応ボーイがみね子に恋したと言うではないか!??
 (私の視線では)、これまた不可思議に同じマンションに暮らす(シシド・カフカ氏演じるところの)謎の美女の方が経済力もあろうし、外見的にも人物像もよほど魅力的だ。 
 ところが、慶応ボーイは何故かみね子に恋をしたと告白する。
 どう考察しても嘘過ぎてあり得ない作り話だが、仕方がないからドラマを見続けていると。
 さすがにレストランオーナーから育った環境が違い過ぎる旨のアドバイスがあり、アパートオーナーも同様の感覚を抱いていた様子をシナリオが描いた事実に私は安堵した。

 ここで、原左都子が実際に経験した過去の私事を語ろう。
 医学分野の職業経験がある私故に、自ずと同業者との付き合いも多かった。 その中で、私立医科大学を卒業して医師として活躍している某男性より、相談を受けた事がある。
 彼が言うには、「自分の弟も医師だが、現在職場の看護婦と恋愛関係でその彼女と結婚したいと言い始めたため親共々困惑している。 いずれは親の病院家業を自分か弟かあるいは両者が継ぐ身だが、やはり結婚相手にもある程度の経済力を期待したいと欲している。 その看護婦の彼女の実家に資産力があればよいのだが、そうでないとすれば…‥ 」(以下略。)
 いやはや、病院のみならず何処の企業も経営存続とは厳しいものがあろう、と実感させられた発言だった。 残念ながらその彼とは後に疎遠となった故に、如何なる結末と相成ったのかは私には計り知れない。

 ドラマ「ひよっこ」に話題を戻そう。
 主人公みね子の恋愛相手の慶応ボーイが同様の事を言い始めた事に、私は心底安堵した。 そうなるのがこの世に於いては必然的だとの感覚で。
 「ひよっこ」に出演している慶応ボーイの場合、郷里佐賀の実家が製薬会社を営んでいるのだが経営が厳しい状況との設定だ。 そんな折、父親が上京し「同業他社の娘さんとの縁談を引き受けて欲しい」との依頼だった。

 この結論付けがドラマ内シナリオにて素早かったのを、私は評価したい。
 時代の変遷を問わず、やはり所詮人間関係に於いて “つり合い” という観念が存在するのが世の性(さが)ではなかろうかと、私も今現在実感する日々だ。
 それに敢えて挑戦するとの勇気があってもちろんよいのだろうが、今回の「ひよっこ」主人公みね子の場合、ドラマ設定上その覚悟も何もない程に未だ幼い若年層故に、早期に破局へ持ち込むのが無難とドラマ制作者も判断したのだろう。

 
 さて最後に話題を変えて、冒頭で述べたみね子の父親が蒸発した件だが。

 私としては、父親の実をどういった形でドラマに復活させるのかに関して興味を持ち続けていた。
 その蒸発父が時の売れっ子女優と同居していたなるシナリオは、突拍子もないが私は好むなあ。
 NHKドラマにしては斬新かつ素晴らしい大展開ではかなろうか!

 菅野美穂氏演ずる売れっ子女優がドラマに登場した時から、この女優が今後キーパーソンとなろうことは十分に予測していたが、今後私にとってこのドラマを見続ける“目標心”がやっと芽生えた気すらする。

夢見る “おばさん” じゃいられない

2017年04月10日 | 恋愛・男女関係
 世の中には、48歳子持ちの母親にして、しかも自身に経済力もなさそうなのに、「夫と離婚して恋がしたい」 とぬけぬけと新聞に相談する呆れた女が存在するようだ。

 
 それでは早速、朝日新聞2017.4.8 “悩みのるつぼ” 48歳女性による「離婚して恋がしたい」なる相談内容を要約して紹介しよう。
 48歳女性だが現在離婚に向け夫と別居している。 理由はお互いの浮気とか借金問題ではなく、私が一番困っているのは「恋がしたい」ことだ。 離婚後の経済状況や子供たち(成人している)の事など考えねばならい問題が山積しているが、しかし、私は「恋がしたい」。 とは言え、結婚はこりごりで婚活パーティや相談所を頼って結婚する気などさらさらない。 地域のサークルで知り合うのは後々面倒なためごめんだ。 仕事の休みの日に少しお洒落をして食事をしたり、小旅行に出かけたりするパートナーが欲しいのだ。 かと言って「レンタル恋人」類は自分が惨めだし、お金でその体験をしたくもない。 ただ、都合よくそんな既婚者でもない相手が見つかるとは思えず、残りの人生を恋愛をしないで過ごす事に絶望感を覚える。 話し相手なら女性の友達でもいいのでは、とも思うが、私は異性の友達が欲しい。 どうすればよいか?
 (以上、朝日新聞“悩みのるつぼ”相談内容を要約したもの。)


 一旦原左都子の私論に入ろう。

 要するに、現在別居中のご亭主との復縁が一切考えられないのだろう。 
 子供さん達も無事成人しているようだし、自身が仕事をしているため自分一人で生活できる程度の収入もある。
 そうだ。 今の私に欠落しているのは “男性パートナー” だ! とふと気付いた現状かと推し量る。

 この女性の一番悪しき点は、復縁したくもない現在別居中の夫との婚姻関係を清算しない事ではあるまいか? それ程までに現在の夫が受け入れられないのならば、さっさと自分から婚姻関係を断ち切って、次のパートナー募集に躍起になればいいはずだ。 
 ところが相談女性がその行動を取らない事情を、私は見抜いている。 要するに、相談女性は現在の夫を「保険」として抱えていたいのだろう。(今日の昼間たまたまその類のテレビCMを見たぞ。
 ただ、世の中そう甘くはないなあ。
 その証拠に、相談女性は未だにパートナー候補男性に出会えていないからこそ、こんなくだらない相談を新聞に投稿したのであろう?
 もしも相談女性が本気で次なるパートナー男性に巡り合いたいのであれば、まずは現夫との関係をスッパリと清算して、本気で次なるパートナーを探すに限る!と私ならアドバイスしたいところだ。
 あるいは相談女性である貴方の根底にある “軽薄さ加減” を周囲に見抜かれている恐れもあるぞ。 人間関係とは、いつも「信頼」から始まるものだ。 貴女には何らの「信頼」の資質も無いと感じるのは私だけだろうか…  


 今回、この相談に回答されたのは、社会学者であられる上野千鶴子氏だ。
 未だ独身であられる上野氏が、素晴らしい回答をされているため、その回答を以下に要約して紹介しよう。

 相談者は40代後半にして、私の人生は何だったのだろう?と不全感に悩んでおられる。 そこまでは健全だし、結婚はこりごりも賢明だろう。 で、その不全感をチャラにするのが恋愛ですか? ギャルじゃあるまいし、いい大人の悩みとは思えないが、恋愛をした事がないのだろうか? 恋愛が人生を変えるなんて、小娘のような妄想をまだ持っているのか。
 相談をよく読むと、相談者が欲しいのは「休日にお洒落をして食事や映画・小旅行に行く」程度の相手。 こんなものを恋愛と勘違いしてはいけない。 恋愛とはもっと自我に食い込む闘いだ。 欲望やエゴイズムなどがむき出しの食ったり食われたりの関係を、今になって味わいたいのか?
 何でも経験した事がないものは美しく見えるもの。 やりたい事をやって思い遺しのない人生を送りたいのならば、どうぞお好きに。 ただし愛も恋も自分から動かない限り、待っていては始まらない。
 今まで貴女は本気で男を愛した事があるのか? そんな本気の恋愛をして何もかも人生をリセットしたいという妄想を抱いているのではないのならば、話は簡単だ。 まめに自分から相手を誘えばいいのだ。
 再婚する気がないのなら、未婚の男性に限る必要もないはずだ。 かえって既婚男性の方が付き合い易くて安心だろう。 とにかく貴女は、恋に恋する年齢をとっくに過ぎている。 妄想に浸っている暇があったら行動に移す事だ。 


 最後に、原左都子の私論に入ろう。

 いやはや60代後半に至って尚独身を貫いておられる上野千鶴子先生の生き様が、何とも羨ましくもあるなあ。
 私も40近くまでそれを目指していたはずなのに、方向が違ってしまったようだ…
 ただ40近くまで独身を貫いた身として、上野先生が記されている “本気で恋愛をする凄み” は存分に何度も経験して来ている。
 まったくもって上野氏がおっしゃる通り、「恋愛とは自我に食い込む闘い。欲望やエゴイズムなどがむき出しの食ったり食われたり」の凄まじいまでの関係だ。 この修羅場を(幾度も?)通り越す経験を抱える事が出来たからこそ私は大人になれ、現在の人格を築けていると信じている。

 さてさて、朝日新聞“悩みのるつぼ”相談者女性氏よ。
 貴女の場合、別居中だが離婚に至っていない現夫氏と復縁するのが一番の方策と私は思うのだが…
 ただもしかしたら、実は夫氏の方から離縁を迫られている現状なのかもしれないのが悲しいところだね……

男との別れ方が下手な女

2017年01月07日 | 恋愛・男女関係
 冒頭からお断りしておくが、今回のエッセイは決して「特定の事件」をターゲットにして論評するものではなく、あくまでも一般論として綴る内容であることを強調しておこう。


 恋愛相手とスマートに別れねば、下手をすると命を失うやもしれぬ物騒な時代である。
 そんな危険な環境下に於いて、特に若き世代の男女は如何なる恋愛行動を取り身を守るべきか?


 早速、私事に入らせて頂こう。

 長き独身時代を謳歌し恋愛三昧を繰り返した私であるが、幸いな事には切羽詰まって身の危険に陥るような出来事には遭遇しなかったと言える。  それもそのはず、そもそも私には結婚願望が希薄だった。 意に沿わぬ恋愛をいつまでも引きずる必然性が無いのだ。

 加えて私には常に「破局の予感」と表現出来そうな感情が背中合わせだった。

 その一例を本エッセイ集 2008.5.25バックナンバー 「傘を返して欲しい…」に於いて綴っているため、以下に一部を要約して再掲載しよう。
 出逢いにはいつも別れが付きまとう。 どうせ別れるのならきれいに後腐れなく別れたいものであるが、なかなかそうはいかないのが別れというものの特質でもある。
 こんな雨が降り続く週末の日曜日には、私の脳裏にひとつの風変わりな“別れ”の記憶がよみがえる。  今日は、そんな若気の至りの別れを少し綴ってみよう。
 ディスコで知り合った彼は美容師だった。 フリーのカリスマ美容師を目指し当時原宿の美容院で修行中の身だった。 片や当時の私は医学分野の専門職サラリーマン。 そんな異文化コミュニケーションが若くて無邪気な私には何とも新鮮で刺激的だった。  (中略)
 ただ私の頭の片隅には、彼との関係は長くは続かないであろうとの不安定感がいつも蔓延っていた。 お互いに自立心旺盛でお互いに自分の夢を描いていて、お互いに自己主張が強過ぎるのだ。  いつかは別れが来る、その別れは意外と早いかもしれないという不安定感が、返って二人の関係を加速させていたのかもしれない。
 そして何ヶ月か経過し、表向きの付き合いの楽しさと脳裏をかすめる不安定感とのギャップはさらに深まっていた。
 ある日、もう潮時かと悟った私の方から別れ話を持ち出す決意をした。 彼の脳裏にも同様の考えはあったはずだ。 だが、唐突に私の方から具体的な別れ話を持ち出された彼は動揺した。 負けん気の強い彼は別れを認める。 それも私は計算済みだった。 そして二人は別れることになり、私は彼の部屋を出ようとした。
 その時、彼が言う。 「傘を返して欲しい…」 と。
 雨の日に彼の部屋から帰る時に借りていた安ビニール傘をまだ返していなかったのだ。「わかった。今度届けに来る。」そう言って私は去った。  後日、私は彼の留守中を狙って彼の部屋を訪れ、鍵のかかった玄関先のドア付近にビニール傘を届けた。傘には再度お別れの手紙を綴って巻き込んでおいた…。
 (以上、原左都子エッセイ集バックナンバーより一部を引用したもの。)

 この事例など、明らかに「破局の予感」があった。 しかもその感情がお互いに内在していた事が幸いして、恋愛早期に綺麗に別れられたのかもしれない。
 いやいや、もちろんの事その後しばらくは彼に対する恋愛感情が覚めず苦しんだものだ。 ただお互いに“仕事での成功”という明瞭な目標があったからこそ、うだうだとぶり返す事無く終焉を迎えることが出来たものと振り返る。


 別の事例を紹介しよう。 
 私には過去に国際恋愛経験があるのだが、それに関してもバックナンバーに於いて綴っている。 以下に、ごく一部のみを紹介する。
 J氏はある深刻な身体的事情を抱えていた。それは「睡眠障害」なのであるが、若かりし頃のドラッグ経験の後遺症であるらしい。 今後も一生抱えていく事情であるという。
 補足説明をすると、1960年代後半頃の米国ではベトナム戦争反戦運動をきっかけにヒッピーが流行り、若者の間でドラッグが蔓延していた。 その頃J氏はちょうど大学生でやはりドラッグを経験したらしい。 このドラッグ問題は当時のアメリカでは大きな社会問題だった。 今尚その後遺症で苦しむ人達は多いとの事だ。
 J氏の口からその話を聞いた直後は、私は米国人としては考え得る話程度に捉え軽めに受け流していた。ところが、その後そのJ氏の後遺症が二人の関係に大きな影を落とすことになる。
 (以上、再びバックナンバーよりごく一部を紹介したもの。)

 上記「傘」の事例が未だ20代前半期だったのに対し、下の国際恋愛は長き独身時代終盤頃の話だ。
 いくら結婚願望が乏しいとは言え、そろそろ自分の生き様の責任を我が事として自覚するべき年代だった。 恋愛相手の持つ事情を共有し抱えるには荷が重すぎる場合、やはり「別れ」を決断するべきと結論付けた。

 特に国際恋愛の場合、両者の間に目に見えない様々な障壁が存在して何ら不思議ではない。 若気の至りで無邪気に国際恋愛に走ることは、大きな危険性を孕むであろう。 
 我が国際恋愛時代から既に20数年の年月が経過し、世界情勢は大きく混乱を来している。 今や世界を自由に行き来出来る時代へ変遷したとは言え、国際恋愛に於いて何らかのトラブルに巻き込まれる事態を想定する視野も必要だろう。 (決して「特定の事件」を取り上げたものではなく、あくまでも一般論範囲での忠告です。)


 昨日のメディアニュース報道では、「粘着質」の男には付きまとわれ易いから要注意、とのアドバイスがなされていた。
 何を持って「粘着質」との言葉を持ち出したのかは私の知ったところではないが、国営放送とも言えるNHKですら、この「粘着質」との言葉を何度も繰り返していた。

 相手が「粘着質」であれどうであれ、恋愛相手との「別れ」とはスマートにこなしたいものだ。
 そのための心得として、まず「破局の予感」を恋愛早期に察知し「別れ」行動に移す事を勧めたい。

 私にとって一番不可解なのは、一旦別れた恋愛相手と何故連絡を取り合って再び会うのか??  との点だ。
 本気で一切未練が無いのならば、例え「別れ話」を再度まとめるためとはいえ、絶対に再会するべきでない。 相手のストーカー資質を応援するようなものだ。 特に嫌でしょうがない相手ならば、あらゆる手段を取って逃げて逃げて逃げ切るべきだ。 

 結局、男(女)と別れるのが下手な女(男)とは、これをやってしまい墓穴を掘っているとしか私の目には映らない。

ゲス川谷とやら、この愚男の一体何がいいの!?

2016年10月06日 | 恋愛・男女関係
 “ゲスの極み”とは、まさにコイツのことだ。

 ここのところネット画面を開くと、毎日のようにコイツの写真が見たくなくとも視野に入ってくる。
 私の場合、コイツが所属していたバンド名も知らなければ、最初写真を一見しただけでは、「このパッとしない醜男、誰?」程度の印象しかなかった。 
 それを日々見せられるうちに、「ああ、コイツが例の女性ハーフタレントと不倫したっていうあれね」との事情が分かって来た。

 それにしても、どうでもよい話題だ。
 音楽ファンの一部では人気があるらしいが、さして有名でもない一バンドメンバーがしでかした三の次、四の次で済ませりゃいい出来事を、何故メディアは執拗に取り上げ続けているのか!?? とそのアホ臭さにいつものことながら辟易とさせられていた。 

 そんなある日、女性週刊誌がレポートしたコイツに関する話題をネット報道が取り上げていた。
 その内容によれば、コイツ(川谷ナンタラ)が今度は未成年女子タレントに飲酒させた上、自宅に連れ込んだとの話題だ。
 それも私としては「どーでもえーわ」とホザきたいところだが、コイツの“悪質な魂胆”がその女性週刊誌レポートから見えて来たのだ。
 要するに、コイツは今回の不倫騒動によりメディアで自分がピックアップされたことを好機と読んで、売名行為に走ろうとしているようだ。  何でも週刊誌が事件スクープ現場で、「インタビューに応えてくれますか?」とコイツに依頼したところ、喜んで堂々と応じたのだと言う。
 通常このようなスクープ場面では、サングラスにマスク姿で身を隠すように逃げるものだが、何と!コイツは懇切丁寧に週刊誌の取材に応えた後、自分の名刺まで差し出して「何がありましたらご連絡下さい、ナンタラカンタラ」と自分を売り込んだらしい。


 では、コイツの愚男ぶりを更に掘り下げるべく、ウィキペディア情報よりコイツに関してかいつまんで以下に紹介しておこう。
 川谷 絵音(かわたに えのん、1988年12月3日[2] - )は、日本のボーカリスト、ギタリスト、キーボーディスト、作詞家、作曲家、ミュージシャンである。 長崎県出身。ゲスの極み乙女。やindigo la Endのメンバーであり、ボーカルおよびギターとして活動している。 東京農工大学工学部応用分子化学科卒業。
 1988年、長崎県で生まれる。 父親は高校教師で母親はキリスト教徒。 
 大学に入学後、軽音部に入り、ギターと曲作りを始める。 軽音部の1年生だけで、ACIDMANのコピーバンドを結成。 その後、mixiでベーシスト、ギタリスト、ドラマーを募集して、本格的なバンドを結成したが軽音部の部員達から叱責され退部。 またバンドも自然消滅。 その後お笑い芸人を目標にし、養成所スクール入学金を貯める為にアルバイトを始める一方、新たにバンド結成したが、ほどなくして川谷以外のメンバーが諸事情で辞めていき、バンドは休止状態になった。 そのため、川谷は、mixiでメンバーを募集し活動を再開した。 2014年と2015年には、他アーティストへの楽曲提供も行なっている。
 2016年1月、既婚者であることを隠してベッキーと不倫をしていたことが『週刊文春』にスクープされた。 これにより2015年12月ごろに内定していたアニメ映画『クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』への映画主題歌の提供が取り下げられた。
 2016年5月9日に離婚したことを発表。
 2016年5月13日、ベッキーがテレビ復帰したことを受け、川谷は今回の騒動について不倫関係が事実であったことなどを初めて報告。 また、ベッキーが活動停止に追い込まれているときに、自分が活動していたことに対する批判については「待ってくれているファンがいたからに他なりません。音楽を聴きに来てくれる人がいるのに裏切ることはできない」と説明した。
 2016年9月29日発行の『週刊文春』で、タレント・ほのかりんと新たに交際を始めたことをスクープされるが、このとき未成年だったほのかに飲酒させた疑惑も生じた。 これを受けて、10月3日に行われたライブにおいて、事実関係を認め観客に謝罪するとともに、ゲスの極み乙女。のライブツアーの最終公演が開催される同年12月3日をもって活動を自粛することを発表した。
 (以上、“何で原左都子がコイツの情報を公開して売名行為の片棒を担いでやらにゃいかんの??” なる不快感を抱きつつ、ウィキペディア情報より一部を引用したもの。)


 更には、昨日(10月5日)に放映されたフジテレビの番組内で、コイツが当時未成年だった新恋人と飲酒したことを認めバンド活動を自粛すると発表した事について、議論したようだ。
 坂上忍氏曰く、「公演が終わってからの自粛っていうのは、言葉悪いけど、稼いだ後に自粛ってこと。ミュージシャンですから(自粛期間は)曲作ってればいいんですよね?」と痛烈皮肉。 更に、坂上は「離婚してないのに新しい人を実家に連れて行く間の悪さ。謝ればいいのに誰に謝れば?という人。社会人の常識外の間の悪さを持っている人なんですよ」と、今回の自粛発表も含め、やることなすこと全てタイミングが悪い川谷の“間の悪さ”を糾弾した。
 ゲスト出演した女優の奈美悦子は「公演終えた後は自粛じゃなくて、休み。 全然いい男じゃないし、どこがいいの? 私たちの年代だと、ゲスの極み乙女。の曲は寝言みたいな曲」と容赦なかった。
 (以上、ネット情報より一部を引用。)

 上記テレビ番組の中での奈美悦子氏の「全然いい男じゃないし、どこがいいの。」発言と、我が意が見事にダブる。 


 さてさて、どうしましょうかね、コイツ。
 こういう奴って、世のバッシングに反して案外のらりくらりと生き延びるものだ。 
 本人が過去に音楽活動で行き詰った時に“お笑いタレント”を目指したというが、まさに“間の悪さ”を武器にして、しぶとく芸能界に蔓延りそうな予感もある。

 それにしても、東京農工大出身だと言うが、その専門は一体どうした??
 ちゃんと「応用分子化学」を学問して卒業したのか? 他人事ながら学問好きの私としては気になる。
 未だ28歳との若さのようだが、心機一転、自分の本来の専門に立ち戻ってその分野を極めてはどうだろう?  まあ無理だろうねえ。 学生時代から音楽活動に明け暮れているようだし、今後も芸能界との特殊な世界で音楽を食い扶持とするしか方策は無いであろう。
 不倫騒動に関しても反省の色が一切無いようだし、今後も“ゲスの極み”を自で通しつつ芸能界を彷徨う意向なのだろう。

 繰り返すが、アンタには何の興味もない私にして、こうやってエッセイ題材に取り上げ宣伝してやった事に感謝して欲しいものだよ。

今時の高齢独身女性もやはり結婚願望が強いのか??

2016年08月11日 | 恋愛・男女関係
 先だって、某所にて某女性と 1対1 で会談をする機会があった。

 その時に出た話題によれば、相手の女性も私同様に “晩婚晩産”の人生を歩まれて来たとのことだ。
 私より2歳年下の当該女性の一人娘さんが、現在19歳との事。 それに対し、私の娘は現在22歳。 ほぼ同時期に子供を産み育てる経験を重ね、20年程が経過していることとなる。

 お互いに「奇遇ですねえ。」などと話しつつ、「それにしても我々が高齢出産をした時代から既に20年程の年月が流れ行き、今となっては40歳前後の晩婚晩産がごく普通となっている時代背景ですね。」等々と語り合い同意し合った。

 その会話内容を証明するかのように、世は急激に “晩婚晩産化”(あるいは “非婚非出産化” )が進んでいる。
 今時、40代で結婚するだの40代にての初産と耳にしても、既に誰も驚いたりそれを責めたり揶揄したりしない「平和な時代」へと変遷しているのではなかろうか?


 そんな折に見た朝日新聞2016.8.6付 別刷「be」“悩みのるつぼ” の相談は、36歳女性による 「結婚に煮え切らない彼」 だった。

 早速、以下に要約引用しよう。
 36歳独身女性だが、婚姻歴はない。 現在7つ年上の方と1年数カ月交際しているが、なかなか結婚を決断してもらえない。 好きになって正式にお付き合いしたのは今の彼が初めてだ。
 彼も婚姻歴はなく、いずれ結婚したいし子供も欲しいと言いつつ独身が楽だと言い切る。 交際1年の時点で彼の浮気が発覚し1ヶ月距離を置いたが、その後どちらからともなく関係が戻った。
 出産を考えると早く結婚したいので、現在はお見合い等で次を探しているがまだ良き人にお会いできない。 彼との関係を継続した中途半端な状態では良いご縁に巡り合えないとも思う。 私としては大好きな今の彼と結婚したく、彼が結婚の覚悟を決めた時に彼の隣にいたいと思う。
 彼は恋愛経験豊富だが、今までの恋愛で浮気されたりして女性を信用し切れず意外に自信がないのかも?と最近感じるようになった。 仕事では自信家だが内面はナイーブだから結婚へのプレッシャーが大きいのかとも思う。
 私の気持ちに表面的には理解を示しつつも、行動では歩み寄りを見せない彼と今後如何に向き合っていくべきのが望ましいのか?
 (以上、朝日新聞 “悩みのるつぼ” 相談より、要約引用したもの。)

 今回の朝日新聞 “悩みのるつぼ” 回答者は評論家の岡田斗司夫氏だった。

 申し訳ないが我が過去の経験に基づき、その回答内容を全面的に不採用とさせて頂きたい。
 どうやら、岡田氏は相談者女性の “切羽詰まった” 結婚及び出産への思い”をご理解されていない様子だ。 故に今回は岡田氏のご回答は我がエッセイ集に於いては却下とさせて頂く。


 相談者と同じく25年程前に36歳にして未だ独身を貫いていた原左都子の私事及び私論を、以下に述べさせていただこう。

 その頃の私は、「結婚・出産」に関して具体的な将来像を描いていなかった。
 確かに、“出産適齢期” を過ぎようとしている感覚は無きしも非ずだったものの、「どうしても子どもが欲しい」なる実感に欠落していた私は、仕事を続けつつ恋愛三昧の日々だったと言えよう。
 そんな中、結婚を言い寄る男性がいるにはいた。 ただ、申し訳ないが「Yes!」とこちらから積極的に返答する程に結婚願望を抱けない私の心理状態だったのが、正直なところだ。

 相談者女性のお相手男性の心理状態が、その頃の私とダブるような気がするのだ。 
 相談内容によれば、女性であるご本人側が「結婚・出産」を熱望(悪く言うと“焦って”)いるのに対し、男性側はそれをはぐらかしているとしか、(申し訳ないが同様の経験をしている私としては)思えない。
 それが証拠に、相談女性曰く、自分にとって “初めて正式にお付き合いした相手” との記述だ。 それに対し、相手の男性側は、交際1年にして浮気をし貴女を傷つけている。
 ここは相談女性は、交際相手男性の貴女に対する “無責任さ”“つれなさ” を冷静に見極めるべきではないのか?

 特に、殊(こと)出産に対して主導権を持つのは女性と私は心得ている。
 その意味で、相談女性の相手男性は本気で子どもが欲しいのかどうかも疑わしい。 相談女性が子供が欲しい事を訴えて、(私の計算では)現在43歳の交際相手の男性から返って来た答えが「独身が楽」??? この男性が本気で子どもが欲しいのならば、この解答こそが“墓穴を掘っている”とも言えそうだ。
 相談女性の交際相手である男性への思いを汲みたいところだが、ここは「つまらぬ相手に惚れた私が馬鹿だった…」と思い直し、ご自身が目指す次なる結婚・出産手段へ方向転換しては如何だろう。
 いやいやホントに今時の36歳女性など、(おそらく医学の発展により身体的にも母性を保つべく体が進化しているのかとも推測するし‥ などとの元医学関係者にして無責任な発言をお詫びするが。)まだまだ若い世代と判断可能ではなかろうか?


 最後に、原左都子の結論でまとめよう。
 
 私としては、女性の結婚年齢や出産年齢が高齢化する事実を「女性の社会進出が劇的に発展している証拠」と捉え激励する立場である。
 ただ、一旦女性が子供を産む選択をしたなら如何に女性側が苦難に陥ろうが、(よほど経済的に恵まれている場合を除き)子育て期間の犠牲は女性が背負う事になろう。

 その事実を前提とした場合、朝日新聞相談者のごとく36歳にして “いい加減な思想の男性との恋にうつつをぬかす” 事態になど陥っていられないのは歴然だ。  決して「好きな彼に寄り添いたい」などと、恋に恋する乙女チックな自分に酔っている場合ではない。

 特に高齢出産の場合、産む性である女性側こそが、自分の結婚・出産に対する意思を今一度明確にするべきだろう。
 本気で高齢で子供を産みたいのならば、出産に際し危険度が高まる事実や現役引退後も子育てが続く事を視野に入れる必要があろう。 それらに耐え得るそれ相応の相手を選別し、子供が育つ環境を出産前から保障する体制を整える責任が産む性である女性側にあろうと、私は我が実体験から指南したい。

切なくも美しかった “はつと惣兵衛の恋物語”

2016年03月28日 | 恋愛・男女関係
 私はNHKの新しい「連ドラ」が始まる都度、 「原左都子エッセイ集」バックナンバーに於いて当該ドラマを視聴した感想及び私見を公開して来ている。


 昨年(2015年)秋から放映中の 「あさが来た」 も、もちろんずっと昼の時間帯の再放送を出来得る限り欠かさず見続けている。

 それでも何故、今週最終回を迎える連ドラ「あさが来た」に関する論評エッセイを綴らなかったのかに関して言うと、それはおそらく我が“天邪鬼”気質故と自己分析する。
 聞くところによれば、この朝ドラ、平成に入って以降最高の視聴率を挙げ続けているとの報道だ。
 そんな人気番組にわざわざ原左都子が講評を述べずとて、世にその反応がわんさか押し寄せていることであろう。


 そんな天邪鬼の私も、先週3月25日(金)に放映された 「はつと惣兵衛の最後の別れの場面」の描写に心底“ほだされて”しまったのだ……

 3月25日の「あさが来た」のシーンは、まさに“はつと惣兵衛”夫婦の死別に標的を絞り、二人の生涯に及ぶ夫婦愛の姿を作家氏が全力でシナリオを書き上げたものと理解した。
 その場面は壮絶だった。 
 和歌山のみかん農家の世帯主 惣兵衛のひっそりとした「死」を描いただけの場面であるにもかかわらず、見事なまでに半年続いたドラマ内での“はつと惣兵衛の恋物語”の情感を描き切っていた。

 NHK連ドラ内で出演者の死を描く場面は多々あれど、この場面程、原左都子が泣けた事は今まで一度足りともない。 それ程に秀逸な「恋物語の終焉」だった。

 その後私はスポーツジムへトレーニングに出かけたのだが、バイクマシーンでのトレーニング中にも“はつと惣兵衛の別れの場面”が脳裏から離れず、泣きながらバイクの車輪を回し続けたものだ。


 ここで、NHK連ドラ「あさが来た」を見ておられない方々に、少しだけ “はつと惣兵衛”の場面をウィキペディア情報を元に、テレビで視聴した我が記憶を交え紹介しよう。

 主人公 あさ と はつ は資産力を誇る商家今井家に生まれた姉妹だが、幼き頃よりそれぞれに婚家とお相手が決められていた。 (そのお相手が交錯しつつも)両人共成長した後、祝言を挙げることと相成る。 
 しかし はつ の婚姻相手である眉山惣兵衛は冷淡で、義母となる菊からは威圧され、はつが気丈に振る舞うのとは裏腹に結婚への不安が増していく。
 婚姻後も、相変わらず笑顔がなく表情が乏しい惣兵衛に対し更なる不安を募らせるはつだが、その後、はつが井戸に転落するとの事件が起こり、惣兵衛がそれを助ける。 (この事件をきっかけに、少しだけはつの惣兵衛に対する意識が変化したようだ。)
 はつが嫁いた山王寺家は経営破綻の道程を歩み、一家は夜逃げをやむなくされる。
 その後和歌山の土地を今井の父から受け継いだはつだが、その和歌山を自ら訪れた惣兵衛はその地で“みかん農家”を開業する意向をはつに告げる。
 (時がずっと経過して、先だって3月25日放映場面にて……) 
 和歌山では惣兵衛が体調の急変により病の床に就く。 自身の死期を悟った惣兵衛は、はつと次男養之助、危篤を聞き駆け付けた長男藍之助に、自身の人生は家族に囲まれて幸せだったと言い遺し、家族に見守られながら静かに息を引き取る。 


 史実によれば、あさの姉である はつ は20代半ば頃に和歌山で死を遂げている。

 私の知る限りでは、 はつ は今井家(本名不明)の妾の子であったらしい。
 正妻の子として生まれた妹の あさ が立派な家柄に嫁ぐのは当たり前。 妾の子の はつ は、元々二の次の家へ嫁がされる運命下にあったようだ。
 史実の現実によると、 あさの姉のはつは嫁いだ先が実際経営破綻の道程を歩み和歌山のみかん農家と成り下がり、その和歌山にて20代後半との若さで死に至っている様子だ…

 実に辛く怖い現実であるが、当時は未だ「正妻」と「妾」の子とでは、特に女子の場合その扱いが大きく左右したであろう事実に胸が痛む思いだ…


 さて、そんな現実を番組冒頭頃より把握していた私は、一体全体 NHKのシナリオが如何にそれを扱うのかを興味深く注視いていた。

 そうしたところ、NHKは 長女 はつ の扱いを大幅に変更した模様だ。
 それもそのはず、番組当初より、姉のはつの方がおてんば娘の妹あさよりずっと存在感が大きかったのではあるまいか?
 二人が成長した暁にも、女優 宮崎あおい氏の演技力に助けられこの番組は成り立ったとも表現出来よう。
 更には、はつの夫惣兵衛役の柄本佑氏の名演技の程も実に素晴らしかった!


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 あさ と はつ、 一体どちらが幸せだっただろうか??

 もちろん、番組では主人公あさの幸せを第一義として描こうとしていることは歴然だ。 
 (私事だが、一昨年膵臓癌で急死を遂げた我が義理姉も、あさが立ち上げた当該女子大学家政学部を卒業しているのだが)、確かにあさが打ち立てた日本で始めての女子大学創立との野望の程も素晴らしかった事には間違いないであろう。

 ただ、私は はつの夫 惣兵衛が、ドラマ内で死に際に発した言葉が忘れられない。
 「自分は山王寺家で顧客にヘラヘラする人生を歩まされるよりも、和歌山に移りみかん農家の主となって家族と共に頑張った事の方がずっと自分を誇れる人生を歩めたと思う。 はつ、本当にありがとう…」

 惣兵衛が死に至った時代から世紀の時代が過ぎ去ったにもかかわらず…
 今尚、鬱陶しくも「世襲」に頼る人民が我が国の上層部に蔓延り続けている現実にゲンナリしつつ…

 それでもこの私も はつ の夫氏惣兵衛のごとく、たとえ一代で終焉を迎えようが自分が欲する人生を歩み続けたいものだ。

乙武氏の“女癖”考

2016年03月26日 | 恋愛・男女関係
 今回のエッセイでは、様々なタブー(身障者問題、不倫等々)を内在しているが故に扱いにくい議論対象に敢えて挑んでみる。


 乙武洋匡氏とは、言わずと知れた大ベストセラー自伝 「五体不満足」の著者である。
 
 以下に、ウィキペディア情報から氏の経歴を要約引用しよう。
 乙武 洋匡(おとたけ ひろただ、1976年4月6日 - )は、日本の文筆家、タレント、元NPO法人グリーンバード新宿代表、元東京都教育委員、元教職員、元スポーツライターである。東京都出身。
 先天性四肢切断(生まれつき両腕と両脚がない)という障害があり、移動の際には電動車椅子を使用している。 東京都立戸山高等学校、1浪後、早稲田大学政治経済学部卒業。その後、明星大学通信教育課程人文学部へ学士入学。  2001年3月に結婚。 2008年1月3日に第1子(長男)が誕生。2010年7月9日に第2子(次男)が誕生。第一子誕生の際は小学校勤務だったため育児休暇を取得。 2015年3月には第3子となる長女が誕生した。
 自身のTwitterによると、身長107cm、体重38kgとのことである。
 大学時代に早稲田のまちづくり活動に参加。 このまちづくり活動を取材したNHKの番組出演がきっかけで、障害者としての生活体験をつづった『五体不満足』を執筆し、出版。 屈託のない個性と「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」と言い切る新鮮なメッセージがあいまって大ベストセラーとなった。 この『五体不満足』は一般書籍の部数記録としては2010年現在で日本第3位の記録を持っている(出版科学研究所調べ)。 また学生時代から報道番組にサブキャスターとして出演。 2000年2月に都民文化栄誉章を受賞。
 大学卒業後はスポーツライターとして、2005年、新宿区の非常勤職員として「子どもの生き方パートナー」に就任。 また同年より小学校教諭免許状を取得するために、明星大学通信教育課程人文学部へ学士入学し、教員の道への足がかりとした。 教員免許状取得を思い立ったのは、以前からの教育への関心に加え、 長崎男児誘拐殺人事件などをきっかけに、子どもの人格形成に大人がどのような責任を負っているか問題意識を抱いたためという。小学校での4週間の教育実習を行い、2007年2月に小学校教諭二種免許状を取得。同年4月より2010年3月31日まで杉並区の任期つき講師として杉並区立杉並第四小学校に勤務。合宿の際は児童と共に入浴したりトイレの手助けを受けたとも語った。
 2011年4月よりロックバンド「COWPERKING」のボーカル「ZETTO」としても活動している。
 2013年3月8日、東京都教育委員に就任するも、2015年12月31日で途中辞任
 2014年4月、ボランティア団体・グリーンバード新宿を発足させ代表に就任する。 
 福島県双葉郡広野町に2015年に開校した県立中高一貫校の「福島県立ふたば未来学園高等学校」の「応援団」に就任した。
 2015年4月より、政策研究大学院大学へ進学する。
 (以上、ウィキペディア情報より一部を引用。)


 ここで一旦、原左都子の私見に入ろう。

 私も「五体不満足」を読んだ事がある。
 生まれながらに四肢がない(どれ程ないのか、少しはあるのかの詳細は把握していないが)との重度障害を抱えた息子氏を産んだお母上の育児に対する姿勢が、あっけらかんとする程サバサバと素晴らしい様子であったことを記憶している。
 そんなお母上の指導方針や生育環境の賜物で、乙武氏は類稀な強靭な意思を育て、障害などものともせずに常に上位を目指し、切磋琢磨の人生を歩んで来られているようだ。
 時には意思が強靭過ぎるが故に、周囲との摩擦もあったとの報道も見聞しているが。


 さて、その乙武氏が、何と! “不倫をした” との報道が世に渦巻いた!!
 しかも今回が初めての事ではなく、過去に5人の女性と不倫行為に及んでいる事実を本人が認めるに至っている。
 そこに氏の奥方までが登場し、「自分にも責任があった… 」どうのこうのとメディアに対し謝罪の意向を示したとの報道…

 原左都子の私見だが、ちょっと待って欲しい。
 “浮気(不倫)をするなとは言わないが、隠れてこそこそやれ。 絶対に自分の周囲関係者を傷つけるな!” との持論がある私だ。 (よろしければ、当エッセイ集バックナンバー「隠れてこそこそやる美学」等々をご参照下さい。)
 乙武氏不倫報道によれば、今回の氏の不倫は“公然と”行われたと表現して過言でないようだ。  しかもそれに拍車をかけて、自らが全面的にその行為を認めるに至っている。
 更に許し難いのは、「過去にも5人の女性と関係を持っている」とまで乙武氏はメディアに大々的にアピールしてしまった!

 これ、捉えようによれば、乙武氏にとっての不倫とは、一つの「業績」の位置付けなのか?? と市民に受け止められても致し方無いであろう。
 しかも奥方までが氏の弁護に回り、「自分にも責任があった、ナンタラカンタラ…」
 いや、それはあり得ないよ。 奥方は氏との間に生まれた3人の子どもさんの育児の真っ最中だ。 それはそれは休む間もないてんやわんやの日々を過ごしておられる事だろう。  もしかして氏との間の性的関係が希薄になっていたのかもしれないが、そんな事、乙武家に限らずほぼ何処の子育て中の家庭とて同様だ。 
 今回の“乙武氏不倫事件”の場合、奥方側には何らの責任もなく、全面的に乙武氏自らが責めを負うべきだろう。


 そんな折、本日(3月26日)、当該事件に関する乙武氏の知人と称する人物のメッセージ記事をネット上で発見した。  以下に紹介しよう。

 週刊新潮に不倫を報じられ、過去に5人の女性と不倫関係を持ったと告白して謝罪した作家・乙武洋匡氏の騒動に対し、親交がある社会学者の古市憲寿氏(31)が25日、ツイッターで「庇う気はありません」と記したうえで「今回の現場で起こっていたことは、普通『不倫』と聞いて想像する光景とは、かなり違っていた気もする」と記した。 古市氏は、乙武氏が参院選出馬を表明すると目されていた、4月5日に予定されている誕生パーティーの発起人のひとりとも報じられている。
 この日、古市氏はツイッターで乙武氏の騒動について「忘れている人がいるかも知れないけど、乙武さんには手足がありません。だから自分では服を脱ぐこともできないし、相手の服を脱がせるなんてとてもできない」と切り出した。
 騒動自体については「TVで知ったであろうお子さんのことを思うと胸が痛むし、庇う気はありません」と断ったうえで「ただ…今回の現場で起こっていたことは、普通『不倫』と聞いて想像する光景とは、かなり違っていた気もするんです」と指摘した。
 「『不倫相手』がしていたことは、愛情表現としての実質上の介護に近いものだったろうし、奥さんは3人の子育て中だった。確かに『不倫』には違いないんだけど、当事者しか知らない、何か別の名前で呼んだほうがいい関係がそこにあったんじゃないのか…?そんな風に想像してしまいます」と記した。
 最後に「いま僕が間違いなく言えるのは、乙武さんが奥さんや子どもたちと離れたくないってずっと思っていたし、今もそうなんだろうということ」と綴った。
 (以上、ネット情報より引用。)


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 上記の乙武氏の知人とやらのメッセージを読んで、私は愕然とさせられた。

 そこまで書くか???  
 本人は乙武氏の弁護をしているつもりなのだろう。  が、これ、乙武氏が障害者であるが故に、性行為に関しても介護が必要な事実を世に暴露して、その光景を市民に呼び起こさせ面白おかしく倍増したようなものだ。

 そんな事、乙武氏の知人であられる古市氏から指南されずとも、報道に接した誰しもが(心中)その場の光景を描いていることであろう。
 私とて乙武氏が結婚したとの報道を見聞したその時から、(一体どのように性行為をするのだろう??)などと、不謹慎にもその場を想像した事がある。 今回の不倫報道に接しても、正直なところ不倫相手との“その場”が一番に我が脳裏に巡った。 
 
 ただ、その形態が如何なるものであろうとて、不倫は不倫だ。
 乙武氏が身障者であるからと言えども、その行為は許されるべきものではない。 最低限、奥方に対する礼儀として“こそこそとやるべき”ものだった。

 身障者であるから、不倫が許される???
 そんな思想こそが「逆差別」であり、更なる身障者差別に繋がる根源と私は考える。

 今回の事件の場合、乙武洋匡氏ご自身は深く反省されていると見聞している。
 どうか、その思いを一番に奥方と3人の子供さん達に伝え、日頃の奥方の稀なる努力に今一度感謝して欲しいものだ。

へえ、熟年亭主に関心持って欲しい妻がいるんだ…

2016年01月11日 | 恋愛・男女関係
 (写真は、2年前にプロが撮影した当時20歳だった我が娘の成人祝い振袖縮小写真。 本文とはまったく無関係です。)


 本日1月11日は「成人の日」だ。

 テレビ報道等で成人式の様子を垣間見るに、成人を迎えた男女があまりにも“幼い(と言うか“子供じみている”)風貌であるのに、改めて驚かされる。
 それはおそらく外見的要因のみならず、彼らの態度やしぐさ、言葉遣い等が幼さを醸し出しているとも想像可能だ。

 外見から論評するに、特に女性の場合、皆が皆同じような振袖を着て同じように髪を結っている。 いやいや振袖の色合いや柄、そしてヘアスタイル等は当然個々に異なっているのだが、私の視点からみると、皆に共通するコンセプトがありそうだ。  それは、決して「美しさ」でも「大人」でもなく、(悪い表現を使うと)“低俗”で“ダサい”事であるようだ。 今時の20歳達は敢えてそれを狙っているとも捉えられる。
 そして例年の事だが、振袖姿で常にスマホをいじり、落ち着きなくただただ皆で空騒ぎして戯れている。 (この人達、これで選挙権が与えられるのか? それでいいのか、この国は??)とついつい嘆きたくもなる。

 冒頭で紹介した我が娘は2年前に、「成人式になど出席したって何のメリットもない」と言い切り、同年の若人達が集う成人式に出席する事を最後まで徹底して拒否し続けた。 それも我が子のポリシーと理解して、私もそれを受け入れた事を思い起こす。
 早いもので、あれから2年の年月が流れている。


 話題を表題に戻そう。

 ただおそらく、今年20歳を迎えた若人達は、実生活上はそれぞれの恋愛などを謳歌し楽しんでいる事だろう。
 若気の至りとは実に素晴らしい事実だ。 お互いに信じ合い、裏切られ、そしてまた新しい人生を取り戻し、未来を見つめ直す…  それを繰り返しつつ未来に向かい更なる成長を遂げていく事こそが、若者の特権だ。
 私自身にもそういう時代があった。 (と言うよりも、私の場合は自分の意思でその時代を40歳近くまでの長きに渡り続ける事としたのだが… ) それは若さ故の貴重な時代であったと表現出来よう。


 さてここで、1月9日付朝日新聞“悩みのるつぼ”に話を移すこととしよう。

 早速以下に、50代妻氏よりの「私の心に関心ない夫」 と題する相談内容を要約して紹介する。

 結婚10年目の50代主婦だが、夫との会話が続かず悩んでいる。 夫は単に寡黙とか口下手ではなく、要するに彼は、私の気持ちや行動や人生に対して全然興味を持っていない。 興味がないから質問しない。 私だけでなく、人間関係全般に関して同様で、親友もおらず親兄弟にもそんな感じで接する。 でも、真面目な働き者で人当たりもいいため職場では同僚から信頼され、「いい人」の典型的な存在として通っている。 本人もそんな自分に自信があり、何の不自由も感じていない。 
 でも妻としては「寂しい」の一言だ。彼は家事も育児も手伝ってくれるイクメンだが、イクメンでなくていいから「君はどう思う?」と聞いて欲しいとさえ思う。 私の心に無関心な人と一緒にいてもリラックスできない。 おそらく彼は「いい人」を保つために相手に近づき過ぎず、興味も持たないという道を選んで生きてきたのだろう。 そんな彼を変える事を諦めて、私が変わるしかないと思うのだが、どうしたらよいのか。
 (以上、朝日新聞“悩みのるつぼ”相談内容を要約したもの。)


 今回の回答者は、社会学者 上野千鶴子氏であられるのだが、その回答内容が原左都子の私論とほぼ一致する。
 ここは、上野氏のご回答は新聞紙上にてお読み頂くとして、以下に原左都子の私論でまとめさせていただこう。

 晩婚夫婦とて、様々である事を思い知らされる相談内容である。

 相談者も晩婚にて子どもを設けておられるようだが、どうやら平穏無事に出産され、夫氏の“イクメン力”との助力に頼りつつ無事に子供を育てておられるご様子だ。
 その事実のみを取り上げても、私には羨ましいばかりの話である。 何分、晩婚高齢出産にて誕生した我が娘は、出産当初より若干の事情を抱えていた。 にもかかわらず、我が亭主に関しては結婚前よりイクメンなど望むべくもなく、亭主自体に手がかかる事を承知した上での共同生活だった。 最初から母である私一人のサリバン力にて我が娘を育て上げよう!と志し、それを現在に至って実行している。

 それでも私は、我が亭主が「私の心に関心がないから寂しい」、などとの心境に陥ったことはただの一度も無い。
 むしろ、日々の家庭内での所雑な事象において亭主は手がかかる存在だ。  が、我が娘の教育・指導を筆頭に私に一任して自由にさせてくれる亭主に感謝感激だったものだ。(今も引き続きの話だが)  そうやって、我が子の22年間の教育・指導が一応成就し、我が家全体が上手く機能していると私は確信している。

 私が想像するに、上記の朝日新聞相談者である50代妻氏は、もしかしたら、若気の至りの時代に於ける「恋愛経験」に乏しいのではあるまいか?
 晩婚にてやっとこさ出会えたご亭主に、自分の人生すべてを“おんぶ”するべくして婚姻に至ったとも想像可能だ。

 しかもご亭主側の事情に関しては相談内容から推測不能だが、50代妻である貴方の内心の思いをまったく理解していない現状なのではなかろうか。
 一体全体このご夫婦に普段どれ程の会話があるかは不明だ。 が、私が想像するに、妻側こそがもしかしたら寡黙な人物であり、夫氏に対して自由に会話が出来ないような雰囲気のご家庭とも想像可能だ。
 家族関係とはまさに個々に多様であろうが、ここは思い切って、妻であられる50代女性から今の気持ちを夫氏に打ち明ける勇気を持たれては如何かと、アドバイスしたい。

 我が家の事例を語っても何の参考にもならない事は承知の上だが、日々大喧嘩を繰り広げお互いの人権を侵害する程の激しいバトルを展開しつつも、何とか夫婦関係とは繋がるものだとの暗黙の了解がある。

 相談者氏も、相手が自分に「関心があるかどうか」なる、まるで今年20歳になったばかりのような可愛らしい心境を持ち続けるよりも、ここは思い切ってご亭主氏とバトルを承知で、とことん語り合う機会を持たれては如何だろうか。

複数の男が 「どうしても君が好きだ!♡」 と私に迫る夢

2016年01月04日 | 恋愛・男女関係
 年末年始と立て続けに2本の硬派時事論評カテゴリーエッセイを綴り公開したため、この辺でガラリとテーマを軟弱化して、“おバカ”な話題でお茶を濁させていただこう。

 私って、天然に“おめでたい”人間なのだろうか???
 いや決してそうではなく、持って生まれたDNA資質としては悲観的に物事を考えてしまう部類だと自己分析している。 (ただそれも人生経験を積むにつれ自己の心理コントロールが上手くなり、今となっては物事を楽観的に捉えるしたたかさが身についているとも言えよう。)

 この年末年始も、夜な夜な悪夢また悪夢の連続だった。

 とにもかくにも、現実世界に於いて様々な難題が私の元に容赦なく降りかかってくる。

 例えば義母だが、12月初旬に介護旅行に出かけ、認知症及び耳の聞こえにくさの急激な悪化に直面させられ、今後の介護対応に関して途方に暮れたばかりだ。 年末年始くらいは休ませてもらえるのかと思いきや、義母は年の瀬が押し迫った時期に散歩中に転倒して右肘を骨折した。  12月28日に義母の付添人として病院を訪れたことは、バックナンバーにても公開している。

 その後も、毎日のように義母より電話が入る。 やれ、「口紅を無くしたから今すぐに送ってくれないか?(12月30日にネット通販にて送った)」 さて、「耳鼻科にも行きたいが、骨折中のため外出する場合付き添いがいるからそれにも同行して欲しい。(これは今週実行する予定)」
 等々…  私が何かに集中し始めると義母からの電話が鳴る。 どうやら認知症が進む義母にとっては、年末年始もへったくれも関係ない様子だ。  その電話対応で集中力を遮られつつ、年末年始を過ごさざるを得ない私の頭が休む暇がない。

 そんな私が見るのは決まって悪夢だ。 初夢くらいはいい夢を見たかったものだが、それも叶わなかった。 ただ、どんな悪夢だったかの記憶がない事に多少助けられる。


 ところが、本日(1月4日)の朝方見た夢は様相が違っていた!
 朝起きる直前に見た故に覚えてはいるものの、その記憶は不鮮明だ。 が、とにかくその内容とは(私が好む)恋愛ものの夢だった。

 以下に覚えている範囲で紹介しよう。

 記憶にある最初の場面は、何故か海だ。 その海の中を一人の女性が泳いでいる。 それを空から私が眺めている構図だが、大海原を泳ぐ女性を対岸で男性が待ち受けている。 (ああ、おそらくその女性の恋人か婚約者等の男性だな)と私が思ったところ、その男性が私に「貴方が好きです!」と訴えてくる。 (そう言われても、一人の女性があなたのところに辿り着こうと必死で海を泳いでいるよ… )と思っていると、場面が急に我が独身一人暮らしの部屋に移る。

 ここで参考だが、私は上京後の長き独身時代に4度住む場所を変え転居している。
 夢の中に出て来た我が一人暮らしの部屋が、一体その中の何処なのかと後で思い返してもそれに該当する部屋がないのだ。 おそらく4つの部屋の集合体なのかとも想像する。
  
 何故かその私の部屋に、上記の海で出会った男女がいる。 そして男性曰く、「いい部屋だね。」  女性も何故か懇親的に皆にお茶を出してくれたりする。
 そこに、これまた何故かベランダ側から男性二人が訪れる。 しかもどういう訳か、その一人のイケメン若手男性が私の恋人らしい。 それを皆が認識している様子で、「ここは二人の仲を祝福しよう!」などと言いつつ祝ってくれるのだ。 
 夢の詳細はもっと細部に及んでいるのだが、それを公開すると我が恋愛心理状態を見抜かれそうなため、今回はここまでの記述とさせて頂こう。


 今朝起床した後に、私は何故この種の“恋愛ものの夢”を見たのかのバックグラウンドを探ってみた。

 その一つの要因として挙げられるのは、年賀状にて複数の男性から手書きメッセージを頂いた事によると分析する。
 私の場合、過去に恋愛経験があった男性との年賀状のやり取りは当の昔に終焉している、 それでも、当時の知り合いから頂く年賀状のメッセージが、その感覚を我が脳裏に呼び起こしたのではなかろうか。

 もう一つの要因も、同じく年頭に頂戴した女性達からの年賀状だ。 
 若き頃、私は実際男性にモテた。???   ただ、何故モテたかのその要因は自分なりに十分分析出来ている。 どうして私がモテたのかと言えば、単に身長が高く目立ったが故に、その外見が一見して見栄えしたに他ならないであろう。 
 そんなこと重々把握出来ているのだが、独身当時に交友関係があった女性友達から年賀状を頂いた時に、私の脳裏に浮かぶのは、愚かにも彼女より私の方がモテたなあ… なる戯事だ……


 たとえそれが戯事だとしても、私は包み隠さず “恋愛ものの夢” を見る事が好きだ。
 恋愛が成就した夢を見られた朝には、輝ける1日が待っている気分にさえさせてもらえる。
 何だか我が脳裏に未だ“遊び心”がある事実に、自分なりに安堵させられる思いすら抱く。

 ただしこれはあくまでも我が夢内で済ませますので、関係者の方々、我が失言を何卒お許し下さいますように。

自分が浮気した事実など死んだ後まで隠しておこう

2015年08月31日 | 恋愛・男女関係
 この世の中どうも、自分が浮気をした(している)事実を周囲に口外して自慢したい人間がうようよしている様子だ。

 原左都子の浮気(不倫)に関する私論としては、当エッセイ集 2009.6.3 バックナンバー「隠れてコソコソやる美学」等々にて既述の通りである。
 手短に語ると、浮気(不倫)をするなとは言わないが、どうしてもしたい場合は、自分を取り巻く近親者を決して不幸に陥れてはならないのが鉄則であり、隠れてコソコソやれ。 それを貫くには相当の覚悟と能力が必要、との趣旨だ。


 上記 「隠れてコソコソやる美学」 の結論部分のみを、以下に少しだけ紹介しよう。
 ここで私事を小さい声で話すが、過去の長き独身時代に既婚男性とのお付き合い経験が何度かある。 要するに“不倫”だが、“不倫”とは女性側に「愛人能力」のバックグラウンドが欠かせないであろう。 「愛人」である女性が、精神力、お金、頭脳、これらを完備していてこそ上下関係なく対等に妻子ある男性と渡り合え、たとえ一時であれ(自分自身が“実り”あったと後で振り返ってみて思える)充実した期間を共有できるように感じる。  この能力なくしては、“愛人”との名の下に単に女として“お安く”利用され、“ポイ捨て”されるだけなのではなかろうか。(そういう行動を取る既婚男性側も、もちろん“お安い”のだけどね。)  ただ「愛人能力」があったところで“不倫”とは真面目に取り組むほどに、とにもかくにも“辛く”尚且つ忍耐力を要する事象である。 心中には常に相手の妻子に対する“嫉妬心”が渦巻き、必ずやいつか訪れる“終焉”に日々怯えつつの付き合いである。
 私論は、たとえ“不倫”と言えども、一人格者として周囲に対する礼儀は貫こう、と心得るべきとの事だ。 二人の密室関係である“不倫”に周囲の人々を決して巻き込むべきではないし、ましてや相手の家族等の部外者を不幸にしてはならない、私の場合はそれを肝に銘じての付き合いだった。 それ故に愛人であることを表舞台で決して公開してはならない。 相手への熱い思いを内心に閉じ込め、張り裂けそうな“辛さ”を一人で耐え抜き、普段は何もないふりをしていつも通りの生活を貫き通す。  これが私の“不倫”における「美学」でもあった。  
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用。 参考のため、このエッセイには当時の我がエッセイ集男性ファンより少なからずのバッシングが届いた。 要するに、あなたにガッカリしたし軽蔑する、そんな軽はずみな女性だとは思っていなかった、今後あなたのエッセイ集は読まない。  それに対する私の感想を言えば、そのお気持ちは分かる。 ただ反論もある。 我が美学に基づき、その辛い経験を通し人間味が増し大きく成長出来た自分が今ここに存在していると思えるからこそ、年月が流れた後にエッセイとして綴り公開したのだ。)


 さて大幅に話題を変えよう。

 今回のエッセイを綴るきっかけを得たのは、朝日新聞8月29日付“悩みのるつぼ”である。
 75歳女性による 「夫が死ぬ前に過去の浮気を告白」 と題する相談を、以下に要約して紹介しよう。
 私の夫は亡くなる2ヶ月前に「20年間浮気をしていた」と言った。 私と結婚して12年程経った頃から続いていたそうだ。 仕事関係の同僚であり、その女性とは仕事に行く途中や車の中でも密会を重ねていたと言い、私は驚くばかりだ。 問い詰めたところ、主人は「あまり好きじゃなかった」と答える。 女性側からよく誘われて何となく続いたと言う。 女性との関係をやめたのは主人が病気になったからと言いつつも、本来妻である私を連れて行く場所へも彼女を連れて行ったと聞き、これが一番こたえる。 結婚後54年、主人が病床についてからも長年支えて来ている。 主人は趣味を堪能しつつ好きに生きた人だ。 その一方で、我が夫婦は娘を大学に行かせることも叶っていない。 気持ちの持って行き場に困っている。 

 ここで一旦、私論に入ろう。

 この相談者のご亭主とは死ぬ間際の2ヶ月前の時点で、もしかしたら“単に”痴呆症状に苛まれていただけではあるまいか?
 そんな病床にあって、本能的に一番信頼している相談者である奥方が自分の死に際を看取ろうと介護に励んでいる姿に感動して、何かを語りたくなったと推測出来ないであろうか?

 と言うのもつい最近の春頃、短期間ではあったが、私も我が亭主が入院して手術を受けるとの事態に直面している。 その際亭主が入院している病棟に日々通い、ベッドに寝かされている亭主に「調子はどう?」と気遣う私に対し、普段決して見せる事が無い優しい表情で私の訪問を喜んでくれたものだ。 現在の都心の大病院は「完全看護」が鉄則であり、私としては単に亭主の病棟を短時間訪問しただけなのに、その亭主の喜び様に私側も改めてフィードバックをもらったものだ。

 もしも我が推測が正しいとしても、確かに死ぬ間際に、相談者のご亭主は何も自分の過去の浮気履歴など奥方に語る必要はなかっただろうに…。
 これぞ、私が相談者のご亭主が“痴呆症状”に陥っていたと判断する所以だ。
 ただ、ご亭主がパートナーである相談者に語った内容と、我が亭主が婚姻後初めて手術入院した際、日々まめに病院通いして亭主を支える妻の私に優しく接してくれた事実が、我が脳裏に錯綜するのだ…。


 今回の“悩みのるつぼ”回答者であられる 三輪明宏氏の回答内容結論部分を以下に紹介しよう。

 相談者はご主人の事を悩むよりも、そのケースとは一般的な普通の恋愛や浮気と一緒にしてはならない。 今回の相談ケースの場合、相手との関係に悩む事や、会いたいと恋い焦がれる思いが一切ないように見受ける。 そんな事で相談者が真面目に悩んだり、苦しんだりする必要なない。


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 あのねえ。 いくら老いぼれたと言っても、自分が死ぬ間際に54年間もの長きに渡り一番お世話になった配偶者相手に、「浮気をした事がある」などと決して失言しないような脳内訓練を今からしておくべきだよ。
 どうせ、女関係に疎い男どもがこの種の失言をしでかすのだろうねえ。

 そして、同じく男関係に疎い女性がこれを真に受けて、配偶者亡き後にも苦しむのだろう。

 世の高齢者男性どもよ。 ここは生前にて頭がしっかりしているうちに、自分自身の男女関係の歴史を自分なりに総括しておいては如何なのか?  
 朝日新聞“悩みのるつぼ”相談内容のごとく、自分が一番お世話になった妻に対し、決して死に際に「自分には浮気相手がいた」などとの到底許し難き失言を吐かないよう、今から心して準備しておくがよい。  

恋愛の楽しみ方など人それぞれ千差万別でよい!

2015年07月15日 | 恋愛・男女関係
 今回のエッセイは、40近くまで独身の身にして数多くの恋愛三昧を繰り返した挙句の果てに「お見合い」にて晩婚に至ったとの経歴持ち主である原左都子が、勝手気ままに綴る内容である事を冒頭からお断りしておく。


 朝日新聞 2015.7.11“悩みのるつぼ”の相談内容は、23歳大学4年生女子による 「私には彼氏ができません」 だった。

 ここで私事だが、ちょっと待って欲しい。
 大学4年生“就活戦線真っ盛り”のこの時期に、この種の恋愛相談を新聞投稿する暇がある女子大学生とは、既に「就職内定」をゲット出来ているのだろうか?  
 もしかしたら、「就職先は内定したが、よく考えてみると私には彼氏がいないじゃないか!? どうしてくれる?」と突然焦り始めたのだろうか??

 あのねえ、我が娘も貴女と同じ大学4年生だが、未だ「就活内定」をゲット出来ずこの猛暑の中健気に就活説明会を足繁く回っているよ。
 そんな時期に「彼氏が出来ない」なる相談をするのって、内定を取れていない大学4年女子達に対してちょっと嫌味じゃないかなあ…。
 あるいはもしかしたら、貴女は“就職しない派”なのだろうか? 大学卒業後すぐにでも結婚を考えているにもかかわらず、未だ将来を契れる程の男性恋愛相手とは巡り合えない現状を嘆き、差し迫って新聞相談に投稿したのだろうか??
 もしそうではなく既に「就活内定」をゲット出来ているのならば、4大卒業者の使命として、ここは新卒採用で社会進出する身に立ち戻り、今後如何に社会貢献出来るのかを自身の最優先課題とするべきではあるまいか。

 とりあえず、大学4年生 23歳女性の新聞相談内容を以下に要約して紹介しておこう。
 23歳の大学4年生だが、今までに正式に彼氏がいたことがない。 かと言って恋愛経験が全くないわけでもない。 けれど最近、なぜ自分には彼氏が出来ないのかと悩む。 途中までいい感じだったのに友人が余計なことを言ったためこじれたり、あるいは好きな人から身体を求められて私が同意しなかったから結局仲のいい友達で終わったり…。   一方で、現在大学3年生の妹には1年半付き合っている彼氏がいる。 妹をはじめそういう人を見ると、何故自分の恋愛関係は進まず普通に付き合うことが出来ないのか、自分には恋愛テクニックがないのか、性格がダメだからこれからもずっと一人なのかと心配だ。…


 ここから、原左都子の私論に入ろう。

 冒頭にて記した通り、もしも当該相談者女子が大学4年生にして既に“就職内定ゲット”している立場であるならば、今現在20代前半の若さにしての自身の目標設定とは、今後しばらくは職業人としての使命を果たすことにターゲットを定めるべきではあるまいか? (参考だが、貴女が何処の大学を卒業する身分なのかは露知らないが、大学生を一人育てるために如何程の国庫金や自治体からの血税が投入されているかを、23歳にもなっているならば少しは慮るべきだよ!)

 と言うのも、私自身は就職直後から当然ながらその行動を採ったものだ。 実際問題、若気の至り新卒入社との未熟な立場で就職先での勤務に明け暮れる日々を過ごす日常の中、おそらく私の場合は自分の職責を最優先する日々だった記憶がある。 (その傍らに恋愛もしたが、それはあくまでも二の次の余力にて執り行ったものだ。)
 そんな中、相談大学4年生女子のごとく社内恋愛を経過しての“寿退社”を虎視眈々と狙う女子新卒者が私の周囲にも多数派だったことを思い起こす。
 もしも相談女子が就職先にて“寿退社”を狙っているのであれば、入社後にでも自宅の妹氏に長きに渡り恋愛関係持続可能なノウハウを伝授してもらえば済む話であろう。


 要するに原左都子の私論としては、うら若き女性達も自分なりの確固たる人生設計があってこその将来に及ぶ“恋愛選択肢”と心得るのだ。

 何故、(社内、学内等を含め自分の行動半径内のいとも狭い環境内での)つまらない男との結婚を目指したいのか?
 私にとっては自分の業務内容を充実させ自分自身こそがこの世で輝きたいとの切実な願望を内在させていた事は確かだ。 それ故、社内恋愛など二の次・三の次の課題だったと言える。
 ただ女性間のこの発想の差とは、育った環境によるものである事は十分理解出来ている。 おそらく幸せな環境下の家庭に育った女子達とは、自ずと両親に真似て早期に婚姻し家庭を築きたいのであろう。 

 そうだとして我が経験のごとく、結婚を意識しない恋愛を繰り返しつつ、とりあえずは職業上での成功を自分なりに勝ち取った後で、あえて晩婚を選択するのも乙な人生だよ。
 もちろん、若き頃より一人の男性に尽くす(共に人生を歩む)との選択肢も十分褒め称える価値があるのだろうが…。

 結論としては、老若男女を問わず、皆が個性豊かな恋愛を楽しめば済む話だ。
 特に若き時代には、自分自身の恋愛に対して自己肯定しにくい時期もあろう。 が、時を過ぎて大人に至り、過ぎ去りし時代の自分の恋愛遍歴を認められるならばそれで十分であろう。

 その意味では原左都子など、現在の年齢に至って尚自分が欲する理想的な恋愛人生を歩めているような“勘違い感”を抱けるのだから、我ながら凄い!?? 

恋心を抱く相手とのスキンシップが嫌などあり得ない

2015年02月23日 | 恋愛・男女関係
 表題に関して冒頭から原左都子の私見を述べよう。
 もしも恋愛相手とのスキンシップが本気で嫌ならば、これ、相手に対して「恋心」を抱いて“いない”証拠と結論付ける。


 話を元に戻そう。 事の発端は朝日新聞2月21日付別刷「be」“悩みのるつぼ”を読んだことによる。 今回の相談とは、20代女性による 「男性との触れ合いが苦手」だった。
 早速、以下に相談内容を要約して紹介しよう。
 20代後半の女性だが、付き合って2年の彼氏がいる。 お互いに真剣な付き合いは初めてだ。 ところが男性とのスキンシップが大嫌いで困っている。 男性への嫌な思いなど何もなく、女家族や女友達とのボディタッチは大丈夫だ。 初キスは1年近くたってから。それまでずっと彼のそぶりをかわしてきた。 最近は頻繁に二人で泊まる機会があるが、軽く触れる程度ならともかく、それ以上は気持ち悪いとしか言いようがない。 ストップをかけたらすぐに止めてくれるし、彼が私の気持を尊重している事がはっきり伝わる。 強引な事をして私を失いたくないと思っているのかもしれない。 ずっと一緒にいられる相手だし、結婚の話も出ている。いつかは子供も欲しい。 家族も私が尊敬する女性も乗り越えてきた(スキンシップ)と思っても劣等感が募る。 彼が自制してくれているように、私も短い時間だけ我慢するしかないのか。  もっと前向きになれる心の持ち方、男女関係の解釈の仕方があれば教えて欲しい。
 (以上、朝日新聞“悩みのるつぼ”相談より要約引用。)

 一旦、原左都子の私論に入ろう。

 上記相談事例に関して考察するなら、まず第一に(男性の年齢は不明なものの女性側は20代後半にして)“初めて”の恋愛付合い経験であることが最大のポイントとなろう。
 それ以前の相談女性の一般男性に対する“恋心”の遍歴が不明だが、女性の相談内容から推し量るにこの女性、今までただの一度も男性に対して“恋心”を抱いた経験がないものと想像する。 そんな女性が現在の恋愛男性相手に対して恋心を抱けたのか否かは不明だが、とにもかくにも初めて付き合う事となった相手男性からスキンシップを求められ、“本気で”困惑している様子こそが相談内容で述べられている事実なのだろう。

 片や相手方男性だが、こちらにとっても相談女性が人生初めて付き合う相手であり、何とかしてスキンシップを図りたいとの切実な思いと想像する。 ところが拒否され続ける。
 (私見だが)普通ならこのような事例の場合、男性側が(自分は相手から嫌われている)事を悟り、別れ話を持ち出すのが世の常ではあるまいか?  ところが男性側も何故か女性の意向に従い、相手女性を尊重するしか手立てが打てない…。

 何とも切なく悲しい二人の関係だが、もしかしたら人間関係が希薄化している今の世の中、そんな(空虚な)カップルで溢れているのかとの悲壮感すら漂う。 若き男女の健全な出会いが成就しにくくなっている現世に於いて、せっかく知り合い“一応”2年間もの長き期間付合いを続行出来る相手と何とか結婚成就せねば、今後の人生一人で寂しく生きねばならない運命か… なる、若き世代の若者達が先々の夢が描けない切実な現実社会とも考察する。


 ここで、今回の“悩みのるつぼ”回答者であられる評論家 岡田斗司夫氏の回答の一部を紹介しよう。 (以下、「岡田理論」と名づけさせて頂く。)

 岡田理論によれば、相談女性は潔癖症及び対人恐怖ではないとの診断だ。
 その上で、①男性は嫌い。女性が好き。 ②セックスが怖い。 なる2肢を掲げ、相談女性の場合②に該当すると結論付けている。
 ②に該当する場合も更に細分化されるとのことで  A そういう不潔な行為が嫌  B 実はすごく興味がある自分が嫌  なる更なる2肢のうち、相談女性の場合は両者共に考えられるが、おそらく Bであろうとの結論に至っておられる。
 更に岡田理論とは、もしも相談女性がAであった場合も自分を変える必要はない、とまで結論付ける。 それでも岡田理論は、実は女性の大部分がB とも言ってのけた!  「女性とはちゃんと自分がセックスを出来るかどうか不安だから、とりあえず逃げる場合がほとんどです。」
 一体全体岡田氏は何千何万人の女性とかかわってそんな歪んだ発言が出来るまでの境地に至ったのだろう…  もしも岡田氏が統計的考察をしたいのならば、それなりの統計学的数値が必要なのだが… 


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 評論家の岡田斗司夫先生、朝日新聞記事内でそこまで女性問題に関する“性的デタラメ発言”を公開してしまって貴方の“評論家”としての将来は大丈夫なのか?!?

 実は私はつい昨夜、某別議論の場で過去に於いて世を騒がせた「ホリエモン」に関して議論相手の某氏に激論をぶちまけたばかりだ。
 (ここで岡田斗司夫氏とホリエモンを比較する必然性は何もないことは承知だが)、岡田氏とはホリエモンより以前からこの世を渡っておられると認識している。 (東大中退のホリエモンの未熟な生き様を真似た訳でもなかろうが)岡田氏は何を持って、女性のほとんどが“セックスに対して不安だから逃げる行動をとる”と結論付けられる立場にあるのか不可解極まりない。
 岡田理論によればこの相談女性が実はセックスが怖い??? 
 そうではなくもっと根本的な深層心理部分で、相談女性は男性関係を拒否し続けている事と私は結論付けたい。


 それにしても、相談女性がご自身を尊重してくれる男性に現世に於いて知り合えている事実こそが素晴らしいとも捉えられないだろうか。
 婚姻関係の行く先々とは、長年に続くのが大方だ。 既にセックスなどとっとと飽き飽きしつつ、それでも難なく続く夫婦関係が多い世の現状ではなかろうか??

 そうした場合、極端な話が恋愛相手と出会う理由など何でも良いとも結論付けられよう。 

 若き時代には恋心を抱く男性にとにかく“触れたい”感覚を(私の場合は)思い描いたものだ。(今も尚その思いは健全に続行している。)
 だがもしも現世に於いてそうではないカップルが存在するとして、そんな“触れない”関係を長く持続出来るのならそれに越した事もないような気もする。

自分は「面食い」だと自称する人の心理

2015年02月16日 | 恋愛・男女関係
 原左都子はおそらく「面食い」ではない。
 (参考のため、「面食い」の定義とは“顔立ちのよい人ばかりを好む人”“器量好み”と国語辞典にある。)

 いや、若き時代には恋愛対象男性に対して、私にも一つの偏向があった記憶がある。
 それは「高身長」なのだが、これには40歳近くして晩婚に至るまで相当こだわっていたように振り返る。
 何故そうなのかと思い起こすに、身長165㎝の私が10㎝のハイヒールを履くと自ずとそれなりの高さになる。 その視点から世を眺めた場合、それ以下の人物が視野に入りにくいのだ。 (単なる屁理屈か!??)

 人の恋愛上の好みも当然ながら多様性があろうが、例えば私のように「高身長」好みというのはある程度万人に分かり易いのではなかろうか?  それはその好みが数値化して捉えられる故だ。
 例えば私の場合、ハイヒールを履いた身長以上の男性(175㎝以上)ならOK! のごとく…。(勝手にホザいてろっ! って??)

 一方、どうも私には捉えにくいのが「面食い」との嗜好である。
 「私は(ボクは)面食いだ」と主張する人物は昔から数多いのだが、その人物達が掲げる「面食い対象相手」とは如何なる“顔立ち”なのかが、とりあえずの議論対象となろう。
 これに関してはすぐに結論を導ける思いがする。 結局、人の好みとは千差万別という事だ。 「え~~~、これが面食い(を自称する)人が選んだ相手なの~??」とゲンナリし、勝手にすれば… との結末と相成るのが世の常だ。 


 さて、朝日新聞2月7日付“悩みのるつぼ”の相談は、34歳女性よりの「面食いは損でしょうか」とのテーマだった。
 この表題を一見した私は、相談内容を読まずして仰天した。 え~~!! 今の時代って30代半ばにして「面食い」なる言葉を普通の会話内で出せる程に若返って(馬鹿返って)いるの!? と。 
 (上記の通り、私自身も40歳手前で晩婚に至るまで「高身長」にこだわっていた事は間違いないが、それは“内心自由意思”に他ならずそんなこと一般世間ではおくびにも出さなかったものだが…)

 早速、34歳女性の相談内容を以下に要約して紹介しよう。
 私は大の面食いだ。 私自身が男性に好かれる顔立ちでブスのコンプレックスなど一切無い。 美男子との愛の営みは、大して美味しくない料理でもいい器だと美味しく感じるのと同じだ。 ただ、自分が好む顔立ちの男性と付き合えている分、相手におカネがなく大変だ。 結婚願望はない。 ただイケメンに相手にされる嬉しい気持ちと共に、こんないい思いをするのももうすぐ終わりか!? との不安感もある。 最近白髪も目立つようになり肌つやもなくなりつつあるが、長い目で見ると「面食い」は損なのか?
 (以上、朝日新聞“悩みのるつぼ”相談より一部を引用。)

 ここで一旦、原左都子の私論に入ろう。 
 この相談、本当に朝日新聞読者から届いた相談なの???  胡散臭くはないか??
 もしも真に読者からの相談内容だったとするならば、上記の我が指摘レベルの通り、現在の30代とは精神的に相当若返って(馬鹿返って)いるものと想像する事としよう。

 今回の回答者であられる 三輪明宏氏の回答の一部を以下に紹介する。
 相談者は自分のことを「男性に好かれる顔立ち」と書いているが何を根拠に言っているのだろうか。 しかも、この女性には外見による人間観の差別意識が見て取れるが、それこそが稚拙な精神年齢ということだ。自分がナンボのものかも知らずにイケメンに相応しい女だとうぬぼれている。 そもそも「面食いは損ですか」などと、白髪まで出て来た年齢の人間が口に出す相談ではない。 人間にとって、好きな服と似合う服は違うし、自分に合う色と似合わない色も違う。 「分相応」をわきまえていることが大事。
 (以上、悩みのるつぼに対する三輪氏による回答内容より一部を紹介したもの。)


 最後に、原左都子の私論で締めくくろう。

 表題に戻って、「自分を面食いだと自称する人の心理」 とは…
 年齢によりその人生観は様々であろうが、もしも30代半ば女性にして尚それにこだわる心理とは、極端な話が悲しいことに「面食い」である事にしか自分の生き甲斐が見つけられず、この世を渡ってしまった虚しい現実ではあるまいか。
 
 朝日新聞相談の女性の場合、ご自身が美女であるらしい?? (一回見てみたいものだなあ
 それならば、何故若き時代からそれを武器として世に進出せずして、自分は「面食い」だと自称しつつ経済力無きイケメンのお尻ばかりを追い求める“敗者人生”を歩んでしまったのか!??
 そもそも「イケメン」である事イコール「経済力がない」事が同列であるはずもないのに、何故かこの女性は経済力無き男にしか縁がないらしい。 その実態こそが自己責任と分析出来たならば、今後の未来も明るいだろうに… 
 それこそ貴女が歩んだ人生の最大の失敗と結論付ける。
 ご自身が美女である事を大いに利用してでも、若き頃からもっと多方面で自分磨きをするべきだったよねえ~~。 そうしたならば、貴女の理想であったらしき“イケメンかつ経済力ある男性”がごまんと美女を自称する貴方の下へ押し寄せた事であろうに。

 ただ原左都子から一言忠告しておくが、その後の人生とて大変だよ。
 イケメン(あるいは高身長)かつ経済力ある男性とは、それなりの生育環境及び親族関係を伴っているはずだ。
 その身内親族が高齢域に達した暁に次世代を引き継いで行ける力量が貴女に備わっていてこそ、「イケメン」パートナー一族から一生に渡り厚遇してもらえることと、我が現在の経験から指南しておきたい。

 結論としては、「美女」を自覚する相談女性本人がその焦点に合うべく人生を送りたいならば、恋愛相手男性に対し「面食い」へったくれなどとの外見要因を二の次に回して、自分自身の人生を自らの力で熱く力強く生き抜けば済む話であろう。