原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

 私は LINE すら怖い…

2022年05月31日 | 時事論評
  (冒頭写真は、今朝方見たネット情報より転載したもの。)


 この話題に関する写真と記事の一部を、以下に転載引用しよう。


         

         

 友人のツイッターアカウントをみつけ、フォローした女性。

 後日の遊びの予定について話していましたが……

 なんと、学校でそのことを話すと、「ツイッターしてないよ」というA子さん。

 では、いったい誰が……。

 当日に消えたということは、2人の話を聞いていたクラスメートが犯人なのでしょうか?

 いかがでしたか? なりすましなんて、怖いですね……

 (以上、ネット情報の一部を引用したもの。)



 状況が分かりにくいと思われるため、私が補足説明をしておこう。

 高校現場と思われるが、そこの女子高生達の会話のようだが。

 どうやら昨日その高校の女子同士でツイッターでの会話が交わされたようだ。
 Aちゃんは元々ツイッター自体をやっていないにもかかわらず、仲間から前日ツイッターで交わした遊びの約束をいつ実行するかをAちゃんに確認したようだ。
 それに驚き怯えたAちゃん曰く、「私ツイッターしてないよ…」

 要するに、同じ高校の誰かがAちゃんになりすまして、遊びに行く約束に同意していたようだ。

 補足情報によれば、Aちゃんのなりすましアカウントがすぐに消えたということは、どうやら学内のツイッター仲間の誰かがAちゃんになりすました事件のようである。

 

 私事及び私見に入ろう。

 上記事例によれば、高校生仲間の間にもツイッター内での“なりすまし事件”がいとも簡単に発生している様子だ。


 原左都子自身に関して語ると。

 私の現在のネット利用は、当該goo とFacebook(現在は「原左都子エッセイ集」公開の場としてのみしか利用していない)、そしてメール類のみである。

 
 つい先だって、高校時代の同級生から「東京支部同学年同窓会」の案内が届いた。
 それによれば、その同窓会の連絡をLINEでするとのことだ。
 このLINEに関してすら私は疎く、一切利用していない。  
 LINEとは、グループ皆にそのメールが届くシステムかと私は理解しているのだが。 それさえも危険を孕んでいると認識して一切利用していないし、今後もその意思を貫く予定だ。
 その我が意思を同窓会の幹事氏に伝えたところ、私のみ個別対応してくれるとの返答だった。
 結果としては、同窓会は欠席することにしたのだが。

 これ、やはり怖さが否めない。
 高校の東京支部同窓会と言っても、その同窓生の中にはただの一度も同じクラスになったこともなければ、一度足りとてお会いしたことも無い方々が大勢いることだろう。
 そんな人たちとLINEで一緒くたになって繋がる??!?

 私の常識では考えられない事態だ。 
 ところが、幹事氏の指示通りこのLINEに易々と加わる方々は多いらしい。
 
 そもそも、過去に一時相まみえたのみの人間同士が、長年の月日が流れた後に何故会合を持って仲よくせねばならないのか?? 私には理解不能だ。
 いや、特別仲が良かった同級生とはその後も個別に連絡を取り合っているし。 そうこうしながら、年月の経過とともに人との関係とは疎遠になるものでもあるし。

 どうして同窓会という形式で強制的に集合させられねばならないのか?、私には理解不能だ。 (いや、年老いて尚若さと知性を維持している身を誇りたくはあるよ。 単なる冗談です、スミマセン…)😖 

 ましてやその連絡にLINEを利用するとは、何事か!?!
 との怒り感情すら湧き出てきてしまう… 


 LINEを含めて各種SNS等々、危険を孕むネット媒体は現世に数多く存在する。
 高齢域に達しているこの私ですら、その利用を介しての危険性を危惧する身だが。

 特に未成年の皆さんが、それの利用により被害を受けないことを祈るばかりだ。


亭主から、毎日エッセイを綴ってネット公開していることを初めて褒められた!

2022年05月30日 | 自己実現
 私側としては、そんなこと既に15年前からほぼ毎日続行しているのに、何で今さら、との感覚なのだが。😶 



 きっと我々夫婦とは “変” なのではないかと、昔から薄々感じてはいるのだが。
 仲が良くも無ければ、かと言って悪くも無い。

 特に娘が中学生になった頃からは、いわば“独立独歩”だ。

 何処へ行くにも別行動。
 家の中でも、話をするのは昼食時と夕食時のみだ。
 後の時間は、すべて別室で過ごしている。

 なんせ晩婚だし、それまでの独身時代をお互いに勝手気ままに暮らしてきている身だ。
 
 さすがに一人娘が小学生時代までは、人並みに一家で旅行に行ったり行楽地へ出掛けたりしていたし、年賀状も家族版を毎年私が制作していた。

 娘が私立中学生になり電車にて遠距離通学をするようになった頃から、夫婦独立独歩制が自然に採用されたように振り返る。

 

 亭主は、私が2007.09にブログを開設した事実は認識している。

 我が尊敬する美術家のはるこ先生の真似をしてgooにブログを立ち上げる際に、亭主も「それは良い考えだ!」と応援してくれたものだ。

 ところがいざエッセイを書いて公開し始めても、亭主は我がブログには何らの興味も無さそうだ。
 こちらとしてもその方が記載内容の自由度が上がるため、都合が良かった。


 そして、あれよあれよと言う間に「原左都子エッセイ集」が9月に15周年を迎えようとしている今頃になって。

 「〇子って、そのブログを毎日書いているの??」と問うてくる。
 (いまさら何言ってんだよ)😖 と呆れつつ、「そうだよ。大体3,000字のオピニオンブログをほぼ毎日執筆して、公開してるよ。」と返すと。

 「それは凄いことだよ! これからも老化防止のためにも続行するべきだよ!」
 (アンタに言われなくとてねえ、そのつもりだぜ。 私の心配は一切要らないから、アンタも既に70歳過ぎたんだから何かまとまった課題を見つけなよ。)と言うようなおせっかいな私でもないため、あえて言わなかったけどね。


 で、そんな亭主だが、我がエッセイ集には引き続き一切の興味が無い様子だ。
 いや、これぞ好都合!
 下手に興味を持たれて、読んで文句を言われても困るしね… (我がエッセイ集は“恋愛もの”も多いし…


 ところで、世には「夫婦共著」のブログも存在するようだが。
 あれ、私に言わせてもらうに、“絶対的に” あり得ない!!!
 まあ形式的に共著にしているのみで、執筆は個々人が別々にやっていると言うのならば少しは理解可能だが。
 そうだとしても何も1本のブログを共有せずとて、今の時代はたとえ夫婦であれ個々人の意思こそを優先するべき、と私など思うのだが。


 他人様の事は放っておくとして。
 
 おそらく今後も、我がエッセイ集には全く興味が無さそうな亭主をしり目に。
 「原左都子エッセイ集」をできる限り日々綴り、公開し続ける所存です。😊 


ロシアの標的はウクライナのみならず結果としてはヨーロッパ全域らしいが…

2022年05月29日 | 時事論評
 冒頭から、少し前に見たネット情報を以下に引用しよう。



 ウクライナとの戦争は「より大きな戦いに向けたリハーサル」ロシアの安全保障の専門家が国営テレビで語る

   2022/05/24 09:00

  • ロシアはウクライナ侵攻を北大西洋条約機構(NATO)とのより大きな戦争に向けた「リハーサル」だと考えていると、ロシアの政治学者アレクセイ・フェネンコ(Alexei Fenenko)氏は指摘した。
  • 「我々の武器がいかに強いかを戦場で見る」ことが目的だとフェネンコ氏は話している。
  • 「将来の戦いに向けた学習経験になるかもしれない」とも同氏は話している。
 ロシアの政治学者によると、ロシアによるウクライナ侵攻はNATOを構成する国々とのより大きな戦争に向けた「リハーサル」だという。
 これは国際安全保障研究所の研究員アレクセイ・フェネンコ氏が5月19日にロシア国営テレビのトーク番組『60ミニッツ』で語ったものだと、『デイリー・ビースト(Daily Beast)』のジュリア・デービス(Julia Davis)記者は紹介している。
 「我々にとって、ウクライナでの戦争は…… 将来起こり得る、より大きな戦いに向けたリハーサルだ」とフェネンコ氏は語った。
 「だからこそ、我々は試し、NATOの武器に立ち向かい、(NATOの武器に比べて)我々の武器がいかに強いかを戦場で見ようとしている」
 「将来の戦いに向けた学習経験になるかもしれない」
 ウクライナに侵攻を開始して以来、ロシアはハイテク兵器の開発を自慢してきた。5月中旬にはロシアの政府高官が、ロシア軍がウクライナに何マイルも離れた場所のドローンを数秒で撃墜できるレーザー兵器システムを配備したと主張していた。
 ウクライナのゼレンスキー大統領は4月、この戦争は「ゆくゆくは全ての人に打撃を与える」だろうと語った。
 「ロシアの侵略はウクライナのみに限られたものではない」とゼレンスキー大統領は話した。
 「我々の自由や生活を破壊するためだけでもない。ヨーロッパ全域がロシアの標的なのだ」
 また、Insiderでも報じたように、ロシアがサイバー攻撃を利用するのではないかとの懸念もある。
 米中央情報局(CIA)のロシア担当の元分析官マイケル・E・バン・ランディンガム(Michael E. van Landingham)氏は「アメリカやヨーロッパのコンピューターを使用不能にしたり、ウクライナの重要インフラを破壊するサイバー・アルマゲドンに対する認識はある。ただ、プーチンはウクライナで限定的な戦争を戦いたいと考えているので、恐らくそれは起こらないだろう」と指摘している。

 (以上、ネット情報より引用したもの。)



 原左都子の私事及び私見に入ろう。

 我が娘の引越騒動で、しばらくロシアのウクライナ侵攻問題に関するエッセイ公開が途切れていたが。
 
 その間も新聞やテレビ報道にて、これらに関するニュースは注視してきている。
 どうやら、ロシア軍はウクライナ南部と東部地域制圧に向けて攻勢を強めている様子だが。 これに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は西側諸国に武器の要請を強めているとの報道だ。

 あるいは、ロシア軍が既に制圧したと主張するウクライナ国内南東部の地域民に「ロシア籍」を有するように勧めている、とのニュースも見聞したが。
 これに対し、ウクライナ国民側が固く拒否しているとのニュースにも触れた。

 はたまた、ロシアと国境が接するフィンランドとその隣のスウェーデンのNATO加盟申請に、プーチンが大いなる嫌悪感を示しているとの情報もあった。

 ウクライナのゼレンスキー大統領としては、今後もロシア軍と戦い続けるための更なる武器供与を西側諸国に求めているとの報道もある。
 ゼレンスキー大統領の思いの程は痛いほど分かるものの…
 それを続けて、ウクライナの領土と人民の命を如何程に守り切ることが可能なのか。  実に心が痛む課題でもある…

 
 とにもかくにも、このウクライナ侵攻問題の諸悪の根源はプーチンであることには間違いない!
 癌やパーキンソン病を患っているとの噂もあるロシアのプーチン大統領。
 それならば、余生の少しは自身の身の安泰にでも尽力すればよさそうなものを。

 何故、それ程までにウクライナひいてはヨーロッパ全土を制圧せんとの誤った使命感に燃え滾るのか??
 (その一つの理由として、当の昔に家族の皆が離れていってしまって実はずっと寂しい思いをしている、との現状もあるのかもしれないが…)

 ヨーロッパ全域の制覇は叶わぬ儚い夢ではないかと、西側諸国に暮らす私とてある程度の現実味を帯びつつ想像できてしまうのだが。

 いかがですか、プーチンさん??


 P.S.
 冒頭引用文の大文字に関しましては決して原左都子の意図ではなく、引用元の事情によります事をお詫びしておきます。

貴方が学校の先生だったとして、

2022年05月28日 | 教育・学校
 夏休みの宿題の絵日記で、児童生徒が天気欄のすべてを「晴れ」と書いてきたらどうする?

 上記文章は、朝日新聞2022.05.24付「天声人語」の冒頭の文章を引用したものだ。



 この原左都子も高校教師経験がある身だが。
 子どもの教育とは、日々こんな「問い」の繰り返しであると言えよう。


 今思い出すままに、それに似たような具体例をピックアップしてみよう。

 ちょっと不良の高2のAくんは、いつも突っ張っているタイプだ。

 そんなAくんのクラスの「商業経済」定期試験時に、私は自己の意見を述べる設問をよく出題した。


 それらの定期試験問題の一部を我が書棚に保存してあったため、その一例を以下に列挙してみよう。

 〇 日本における1989年からの税制改革において、どのような改革が行われたか?
 〇 今の日本は“経済大国”といわれるまでに経済成長したが、人の暮らしが真に豊かな国だと言えるか? そうでないとすれば、どのような点が豊かでないか、また、それをどのように変えていけばよいのか、あなた自身の考えを自由に述べよ。
 〇 PLCモデルにおける導入期において、商品のコストが非常に高くなるのはなぜか?
 〇 世界の人口が増加すると、なぜ地球環境が破壊されるのか。 その過程を簡単に説明せよ。
 〇 地球環境を守っていくために、あなた自身は何をすればよいと思うか。日頃実行していること、今後実行したいことなどを自由に述べよ。
 〇 「普通取引約款」とは何かについて述べた上で、その問題点について述べなさい。
 

 いや、これは私の主義であり、如何なる授業の定期試験であれ、必ずや「生徒の意見を書かせる設問」を必ず1問は設けることにしていた。

 そして授業中に、我が私論をあくまでも個人的な意見であることを断って必ず述べたものだ。 

 この設問を嫌がる生徒は実に多かった。

 そして通常の設問には高得点を挙げる生徒が、この意見を述べる設問に答えられなかったりしたものだ。


 さて、ちょっと不良のAくん。
 この子はいつも、素晴らしい自己の意見を述べて来た。
 他の問題にはさほど答えられないのに、自己の意見は必ずや解答欄一杯に書いて来るのだ!
 これに感心した私は、後でAくんと会合を持ってAくんのご意見に関して討論したりもした。

 Aくん以外にも、自己の意見をしっかり内在させている生徒は複数存在した。 
 
 その採点だが。
 とにかく自身の意見をきちんと書いてきた子たちには、その内容にかかわらず必ずや「満点」を与えた。
  
 まあ一番多かったのは、私が授業中に語った見解を書いてくる生徒達だ。
 これ、授業をよく聞いてくれて嬉しい反面、教師としての責任問題につながるなあ、と多少の恐ろしさも自覚したものだった。😱 




 話題を、冒頭の「夏休みの宿題の絵日記で、天気欄のすべてを「晴れ」と書いてきた」事例に戻そう。

 発達障害を抱えている我が子の小学生時代に、夏休み課題の絵日記のほぼすべてを私が仕上げたに等しいのだが。
 一番鬱陶しかったのは、まさに日々の「天気」の記入だ。
 後の記載に関しては後にいくらでも自由に片づけられるが、この「天気」のみは当日の天気を記載せねばらなかったものだ。

 その時の経験から私が思うには。

 「絵日記」に「天気」の記載は必要ない!と結論づけたい。

 元より、「絵日記」自体の課題自体どうにかならないものか? とご意見したいほどだ。

 確かに日記をつけることとは子どもの文章力アップにつながるだろうし、また「絵日記」の場合は絵の描写力が育成できるとも言えよう。

 ただ、これを手伝わされる親の身にもなって欲しい!
 我が家のように、家庭によっては子ども一人の力量では到底手に負えない課題が課されている場合もある。
 小学校過程とはそれも視野に入れて、親の参加・援助を期待している部分もあるのだろうが。

 実際今私が思い起す我が子の小学生時代(中高・大学時代にも及んで)の学習・学問フォローは並大抵のものではなかった、と振り返るなあ。

 (それでも、今となっては我が娘は立派に独立してくれました。)😂 
 

「エロコメント」が届かなくなったブログ世界

2022年05月27日 | 時事論評
 つい先程、我が「原左都子エッセイ集」バックナンバー群を見ていて、こんな表題のバックナンバーを見つけた。



 早速、以下に全文を紹介しよう。

  「エロコメントを送って下さる方へ」 2007.10.15 記

 50歳を過ぎて更年期真っ最中の私が綴るこんな“気難しい”ブログにまで、どういう訳かエロコメントをいただく。お送り下さっている方には、いつもいつも即時削除させていただき申し訳ない次第である。
 私は、常々大きな心で皆さんのコメントやトラックバックをお待ち申し上げているのだが、エロコメントとて例外ではない。ところがどうしたことか、お送りいただくエロコメントのすべてが高齢者の私には読解不能なのだ。すべて暗号のような文章なのである。持ち前の洞察力でエロコメントであろうことは何とか察するが、残念ながら主張論点が読み取れない。 何か、その業界や仲間内での申し合わせでもあるのであろうか。
 私のブログをお読み下さればおわかりいただけるように、当ブログはオピニオンの公開を趣旨としている。 上記のごとく“エロ”とてその例外ではなく、我がオピニオン展開の対象とするべくアンテナをはっている。にもかかわらず、こうも読解不能だと分析に苦慮するばかりで削除させていただくしかない。
 どうか、せっかく当ブログにコメントをいただけるのであれば、せめて私のような高齢者にも読解可能なものをお願いしたい。そして願わくば、たとえエロの世界であれ文化の香りのする格調高いコメントをお願いしたいものである。

 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーを再掲載したもの。)




 我が「原左都子エッセイ集」開設は、今から遡る事ほぼ15年前の2007.9 なのだが。

 その当初より、ブログ記事を書いて公開する都度、「エロコメント」がわんさか押し寄せてきていた。

 これ、一体どうなってるの!?? 怒りと不信感に襲われたものだが。

 他人様が書いて公開されているブログにも同じ様にエロコメントが沢山押し寄せていたため、そんなもんなのだろう、と捉えて諦めるしか方策が取れなかったものだ。


 
 この「エロコメント」がブログ界からすっかり消え去ったのはいつの事だろう。
 記憶が無いのだが、気が付いたらそれが完全に撲滅されていた。

 おそらく、ネット世界が秩序を取り戻すべく躍起になったものと思われる。



 もちろん、こんなものが届かないのが良いに決まっているのだが。

 原左都子なりに思う事もある。

 現在のブログ界を渡っている(と言うよりも、今となっては原左都子個人的にはコメント欄完全閉鎖、「いいね!」不参加、等々、なるべくかかわりたい人とのみかかわれるべく手段を採用しつつ、オピニオンブログ等を公開する方式に変更している、とも言えるのだが。)と。


 何というのか、現在公開されているブログとは。
 内容を綺麗にまとめて、自分にとって不要な対象は排除しつつ、仲良しブロガーとのみかかわりながら、その世界を“上手く”渡っていく道具に成り下がっているような感覚すら抱いてしまう。

 それを思うと、何だかあの「エロコメント」が無秩序に氾濫していた頃のブログ界の方が、人間味があった気すらしたりもする。



 我が「原左都子エッセイ集」の場合、“オピニオンブログ”であるが故に、言い方によればそもそも “敵を作りやすいブログ” であるのかもしれない。

 それ故に、過去に「コメント欄」閉鎖措置を採るに至ったとも言えよう。



 「エロコメント」ねえ。

 冒頭の我がバックナンバー内にも書いたように。

 「たとえエロの世界であれ文化の香りのする格調高いコメント」であるならば、我がエッセイ集は歓迎申し上げたく思っている。