原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

米国西海岸へ行ってきます!

2018年08月23日 | 人間関係
 (写真は、明日出発する米国西海岸旅行の拠点地となるホテルのバウチャー。)


 一体どうしたんだ?! と言いたい程に、今回の旅行直前期に際し次々と横槍が入ってくる。

 今度は、郷里の実母だ。
 実母には一切、米西海岸旅行の事は話していない。 何故ならば、今回の旅行に於いて西海岸に住む実姉と会う気がまったくない故だ。

 それを虫が知らせたのか???  何だか恐ろしい程にタイミング悪い本日午前中の実母からの電話だった。
 実母曰く、「私が死んだ後には、どうか米国の姉と仲良くして欲しい。 それを望む米国の姉から自分のところへ再三再四電話が入り、妹である貴方と仲良くしたいと訴えて来る。 とにかく、あの子(姉のことだが)は昔から女友達が作れない子だ。 米国へ行ったとて男関係には事欠かない(大嘘でそれも結果としては捨てられてばかり)ものの、どうしても女友達が出来ず、妹である貴女だけが頼りの様子だ。 ここは何とか貴方が折れて、自分の死後は米国の姉の相手をしてやってくれないだろうか?」

 私応えて、「何度も言っているが、その気は一生涯に於いて毛頭無い。 貴方が産んだ子である姉が母として可愛い思いは理解するが、妹のこの私にだって人生がある。 何度も繰り返すが、兄弟姉妹間での支援の法的義務は一切ない。 ましてや、姉と私は十代半ばより別に暮らしている。 姉の人格異常の程は当の昔から把握しているが、あれから40年の年月が経過している今尚、何故いつまでも日本に暮らす実妹に今後の姉の人生を依存したいのかが理解し兼ねる。 今時の60代前半など、自分の人生を立て直すタイミングとして決して遅くはない。 実母である貴女から米国の姉にそれをアドバイスしてはどうなのか?」
 実母曰く、「そんなことを私が姉に言える訳も無いし、とにかく私の希望としては私の死後は米国の姉の世話を次女の貴女に委ねたい…」
 「貴女(実母のこと)の世話は今後もするが、それ(実姉の世話)はきっぱりとお断りする!」
 と応えた後電話は切れたが…
 自分が産んだ子の責任が一生涯に於いて取れない親がこの世に現存している事実を、今更ながら実母から突き付けられる思いだ。

 もう何で、私はこうも親近者に依存される運命にあるのか!??


 などとは言っていられない状況下にて、更に我が明日の米国出発に追い打ちをかけたのは。

 実母からの電話の後、直ぐに成田行きリムジンバス乗場である都内某ホテルまでのタクシー予約を入れたところ…
 何と! 台風20号接近中のため、タクシー予約満杯との回答だ! 
 いや~~~~。 今回の米国旅行程、出発直前にして実に多難な課題を突き付けられた経験は未だかつて無い。
 結果として、タクシー予約を早い時間帯に変更したところ、某タクシー会社にての予約が成立した!

 私はその後、気を取り戻して出発準備に勤しんだ。
 何分、最愛の娘を引き連れての個人旅行だ。 準備作業に於ける手抜かりは許されない。
 きっと良き旅になることだろう。


 我が流儀と致しましては旅行中はネットから離れ、現地の人々との“一期一会”の出会いを楽しみたく思っております。 

 帰国後、今まで通り日本のネット関係皆様との再会を楽しみにさせて頂きます!

我が子がこの子でよかった、とつくづく思う…

2018年07月31日 | 人間関係
 我が最愛の娘が、ここのところ体調を崩している。

 出産時のトラブルにより多少の不具合を抱えて産まれざるを得なかった我が子は、幼少の頃より“奇病”のデパートだった。

 一番手こずったのが「不明熱」だ。
 幼稚園卒園頃から中学1年まで、定期的に発病した。 特に小学校低学年の頃はその発病頻度が高く、2週間毎に高熱(41℃程度)を繰り返した。 娘の場合、解熱するまで3日間と短く(参考だが当時の小児医学では不明熱は5日以上の発熱と定義されていたようだが)、4日目からはケロリと平熱に戻るのが特徴だったため、学校からは「仮病」を疑われたりもして保護者としては実に難儀させられた。
 
 「抜毛性脱毛症」も小6時に罹患し、現在も一部所にて続行中だ。
 これにも困惑させられた。 脱毛部位が眉と前頭部のため、どうしても外見的に目立ってしまう。 前頭部に関してはヘアスタイルでカバーしたが、眉に関しては皮膚科医の指示により眉墨でカバーした。
 これに関し、私立中学在校中に「指導」を受けるはめとなったのだ。 “化粧は一切禁止!”と容赦ない。
 本人に説明能力が未だ無かったため、保護者の私がそれに代わって学校側へ説明をした。 それを文書にて実行しつつ、本人も保護者もその病に罹患している事自体に苦しめられているのに、その苦しみに上塗りをする学校の指導が実にやるせなかったものだ。 

 「側彎症」の定期受診にも何年間か同行した。 
 ただ、これは本人が持って生まれた奇病というよりも、DNAによるものだ。 私も実母(娘にとっては祖母)も側彎症である故に、そのように判断している。

 そして、「アレルギー体質」。
 まあこれもDNAによるのだが、娘のその体質は私よりもずっと重症だ。
 今回娘が体調を崩しているのは、この「アレルギー体質」によるものと判断している。 小6時と中2(だったか?)に同じ症状を訴えて病院へ連れて行ったものだ。


 ここから、大幅に話題を変えよう。

 昨日の我がエッセイ集 popular entries の上位に、2008.08.29公開バックナンバー 「人間は『明るく』あるべきか?」 がエントリーしていた。
 2008年8月と言えば、当エッセイ集公開後わずか1年に満たない頃に公開したエッセイだ。
 このエッセイに我が娘が抱えている事情の一部を取り上げたのだが、今現在母親の立場で読み返しても実に感慨深いため、手前味噌ながら以下に今一度繰り返させていただこう。

 自宅での昼食時間に、NHKの天気予報とニュースを見る流れで連続テレビ小説を見ているが、このドラマに最近「境野涼子さん」という役名の中1の少女が登場している。
 この「境野さん」の持つ雰囲気が、我が家の中学生の娘に瓜二つなのだ。 とても他人とは思えない私は「境野さん」の母になった心境で、毎日行く末を見守っている。
 「境野さん」は、寡黙で引っ込み思案で自己表現が下手なところがあるため、周囲から“暗い”イメージを持たれている、との設定だ。 この“暗い”「境野さん」を何とか“明るく”しようと(私に言わせてもらうと“余計な”)お節介をブラウン管の中で周囲が焼いている最中だ。
 主人公の「瞳」はヒップホップダンスを習っているのだが、中学校のダンス校友会で「境野さん」ら女子中学生のダンス指導をすることになる。 そのダンス指導を通じて「境野さん」は少しずつ“明るく”なっていくというような、よくある陳腐なパターンのドラマの流れである。
 ここで、どうしても私は「待った!」をかけたい。
 「境野さん」は“明るく”ならなければいけなのか? そもそも「境野さん」は“暗い”のか??  私の目には当初登場した時消え入りそうな小さい声で「(愛読書は)ドストエフスキー…」と答えた時のそのままで、「境野さん」は十分過ぎる位いいお嬢さんであったのだが…。
 「境野さん」風の我が子を持つ親としては、軽はずみなドラマ造りは勘弁願いたいものである。
 学校等の集団内において、個性を尊重するどころか、小さい頃から「境野さん」同様に寡黙さや自己表現の下手さを一方的に指摘され続けている娘を持つ親としては、他者の性格や特質に関する軽はずみでひとりよがりの判断や誤解のなきよう、周囲にもう少し冷静な思考を望みたいところである。
 では、少し分析してみよう。
 まず“明るい”とは一体何であるのか。
 結論を先に言うと、これは他者の価値基準による主観的な虚像である。
 “明るい”とはすなわち、受け手としての自分に対して笑顔を振りまいて欲しい、楽しくさせて欲しい、あるいは気分が高揚するような情報を与えて欲しい。 少し前進して、できれば楽しいひと時を共有したい。 そういう個人的欲求を満たしてくれるような相手の性質を“明るい”と呼ぶのであろう。
 では、“暗い”とは何なのか。
 それは上記の“明るい”の逆なのであろう。 すなわち、あくまで受身である相手方にとって、そのような影響力をもたらさない性質を指すのではなかろうか。
 このように、人間の性質を表現するとされている“明るい”“暗い”という価値基準は、あくまでも複数の人間集団の中での受身の観点からの主観的な表現でしかない。
 そうなると当然ながら好みの問題もかかわってくる。 価値観が多様化している現在、皆が皆“明るさ”を好むとも思われない。
 “暗い”という言葉はいかにもマイナーな表現であり一種の差別感も読み取れるため好まないが、例えば、人間関係において“落ち着き”だとか“静けさ”を好む人種も増えているのではなかろうか。 私など、まさにそうだ。 だから、テレビのバラエティ番組等の低俗でくだらない造られた“明るさ”を毛嫌いしているのだ。 
 大した意味もないのに大声を出して笑ってみたり、わざとらしい作り笑いをしてみたり、“明るく”あることに悲壮感さえ漂っているような場面にすら出くわすことが多い時代である。 なぜそのように、人間集団において“明るく”あることが義務化されてしまったのであろうか。 人間関係の希薄化がもたらしている、心の歪み、ひずみ現象の一端であるのかもしれない。
 人間は自然体が一番よい。 持って生まれた性質や特質等の“自分らしさ”を大切に育んでいきたいものだ。
 「境野さん」も我が娘も、そのままでありのままで十分に素敵な女の子だよ! 
 (以上、長くなったが我がエッセイ集バックナンバーのほとんどを再掲載したもの。)


 話題を、娘の現在の体調不良に戻そう。
 
 娘の相変わらずの寡黙さ故、(と言うより娘が大人に至って後の方が、母親である私に対する寡黙度が増しているとの懸念感すらあるのだが…  これを分析するに、娘も実際大人になり子供時代の無邪気さが自然と消え失せようとしているのだろう。) その事態を心得つつ、口数少ない娘に敢えて「問診」に挑んだ母の私だ!
 その結果、要するに娘が現在訴える症状とは冒頭に記した「アレルギー体質」の一症状が出現したものと私は推測した。 娘小6時点で受診した医師の診断によれば、“軽い喘息症状”との診断結果だったが、これが再発していると判断した。
 そうだとしても、日々真面目に仕事に励む娘に平日は病院受診時間が取れない。 ただ、娘のそのアレルギー症状がここのところ安定している事もあり、週末に医師診断を受ける事を指南し、今現在は娘の病状を見守っている。


 本日昼間にNHK連ドラ再放送を視聴したところ、偶然にも現在の我が意と重なるセリフが主人公の母親から発せられた。

 これを、今回のまとまりのない我がエッセイの結論とさせていただこう。

 「子供を持つこととは、自分よりも大事なものが出来てしまう、という事……」

 それを娘を通していつまでも実感し続ける事が叶っている私は、世にも恵まれた母親なのだろう。
 と、高齢域に達しようとしている我が身の”幸運”を振り返ったりもする…… 

片方から依存性ある人間関係の終焉はさほど辛くない

2018年07月28日 | 人間関係
 分かりにくい表題を提示したが。
 本文をお読み頂ければ、私が言いたい論点をご理解いただけると信じたい。

 逆視点より言い直すならば、「対等に付き合えた相手との別れは実に辛い」ものだ。


 今回はまったく別の時事論評ものを用意していたのだが。

 先程本日2018.07.28付朝日新聞“悩みのるつぼ”を読んで、どうしてもこの表題でエッセイが書きたくなった。

 それでは早速、“悩みのるつぼ” 本日の相談 40代女性による「親との永遠の別れが怖い」の内容を要約して以下に紹介しよう。
 子供がいない40代既婚女性だが。 死に支度を始めた70代の両親とお別れが近づいている事を近頃強く意識するようになり、その事が頭から離れない。 後何年とか今日会うのが最後かもしれないと考えて、仕事中にも涙が出てくることがある。 順番通りなら私が独り残され、老後の孤独を想像して恐れている。 
 今から友人を作ったり地域活動をせねばと思いつつ、生来の人見知りで先延ばしにしている。 今が一番幸せだと思うと感謝の気持ちでいっぱいの半面、なお辛く感じる。
 皆さんはどうやってこの恐怖と闘っているのか。 実際に別れが来た後、心が崩れる事無く、どうやって生き延びてきたのか。
 子に恵まれず大人になり切れない私の贅沢な悩みだと思うが、今の私は5歳の子供に戻ってしまっている。 アドバイスをお願いしたい。
 (以上、朝日新聞“悩みのるつぼ”より、相談内容を要約引用したもの。)


 私見に入ろう。

 何とも“お目出たい”相談と、一読して呆れ果てた。
 冒頭に私が記した、「対等に付き合えた相手との別れは実に辛い」 とはまったく異質・異次元の“辛さ”に独りよがりにがんじがらめになっている相談者の様子だ。

 本エッセイ集内で多発している表現を繰り返すが、とにかくこの相談女性の人生の“経験値” が低いことこの上なさそうだ。
 既婚ならば、子どもが出来ずとて旦那はいるだろう? 仕事に通っているのならば、そこでの人間関係もあるはずだ。 しかも、未だ40代との若さ!
 何故、相談者の孤独のターゲットが両親の死後にばかり向くのかが、どうしても理解しかねる。


 私事に入ろう。
 40代手前で晩婚に至った私だが、もしも当時見合結婚相手に恵まれなかったら私はその後も独身を貫いた事だろう。 そして引き続き“青春”を謳歌し続けたことに間違いない!
 
 えっ? 実親が死ぬのが怖い?? 
 生みの親など20代初頭に捨て去って単身上京した我が身だ。 その段階でこちらとすればもはや親など他人の位置付けでしかなかった。 片やあちら(特に母親)は、我が上京後も特に次女である私に精神的に依存し続けているようだ。(今現在に至っても)

 ただ我が母がそれを私に面と向かって押し付ける事は無かったのが幸いした。
 父亡き後も過疎地にて一人暮らしを頑張った後、一昨年次女の私の「指導」に素直に従い高齢者自立支援施設へ入居し、比較的元気に過ごしている。 日々種々の問題が発生するものの、施設入居の現状を受入れ実行した母を私も評価している。
 後は死期を待つのみだが、近い(遠い??)未来に母の葬儀を滞りなく実行すれば、我が実母に対するノルマ(我が実母に対するお勤め)は終焉する。
 実際、あちら側から一方的に依存される関係の身内高齢者を抱える身としての心境とは、正直なところそんなところだろう。
 我が父は突然死にて60代に他界している。 当時多少事情を抱えて出生した娘の教育指導が大変な時期であり、父が死んだ直後に遠方まで葬儀に駆けつけねばならない事態に実に困惑させられた。 ただまさに現在理想のPPKであり、死後数年経過した暁には母と「父は良き死に方をした」と語り合ってもいる。

 私の場合義母の保証人も担当しているが、これまた難儀な行脚だ。 
 もちろん誠心誠意出来る限り、日々保証人の務めは果たしているつもりだ。 義母も施設入居の身であり直接的に面倒を看ねばならない訳ではなく、この状況下に於いて良き関係を続行したい(するべき)と常に欲している。
 ただ正直なところ、義母がいざ死に至ったら辛いか?と問われると、決してそうではない。 人間の死とは突然訪れる場合が多く、その際にこちら側が別の重要案件を抱えていたりすると、迷惑だろう… と想像したりもする……。

 要するに何が言いたいかといえば、表題に掲げた通り、両者の人間関係が対等ではなく、あちらがこちらに全面的に依存している関係の場合、それが終焉(死も含めて)する際にはさほどの辛さは無いのではなかろうか?、とのことだ。


 “悩みのるつぼ”相談に戻ろう。

 この40代女性相談者も、少しは“死に支度”を始めたご両親の世話でもしてみては如何か!?!と言いたくもなる。

 ただし今時の70代とは、私が知っている範囲では皆さん若いよねえ。
 私もそうありたいと願いつつ、それらの元気な70代の皆さん(ブログ上の知り合いの方々も含め)のご様子を日々伺っているのだが…。

 ご両親が未だお若いからこそ、相談者40代女性は寂しいのであろう。 
 もう少しご両親が老いぼれ認知症状でも出現し、どうしても貴女の世話になりたいと言い始めたならば、きっと相談者の貴方は“孤独”だなどと泣いている場合では無くなるよ。

 だからこそ、今はご亭主や職場仲間との交流を楽しむ事に主眼を置き、その努力に精進しては如何だろうか?

 冒頭に掲げた通り、40代とは「対等に付き合えた相手との別れは実に辛い」事こそを経験するべき世代であり、それが未だ可能な年齢であるはずだ。
 (ところが40代との若い時期に自分が寂しいと嘆く人種程、後に老後に至っても自己中心人生を歩みそうに考察するが…。 要するに将来、自分の親の面倒すら看る能力が無いのかと想像する。)


 そういえば、「対等に付き合えた相手との別れは実に辛い」なる切実な出会いを、私は“今現在”果たして経験出来ているのかどうか???
 今後も可能ならば一生に渡り、「対等な出会いと別れ」に胸躍らせたい思いであるが…… 

昨夜遅くの某男性 “感謝と惜別挨拶” 我が家訪問のサプライズ!

2018年07月10日 | 人間関係
 現在の住居地へ引越して来て間もなく、我が家は某生活協同組合による食料宅配のお世話になる事とした。
 それから既に10年余の年月に渡り、担当者が入れ替わりつつ週1回のペースで真面目に誠実に配達を実施してくれている。


 昨夜我が家を訪れたのは、先週まで配達を担当してくれていた某男性(M氏としよう)だ。

 どうやら生協側の事情により、配送センターの大規模統廃合を実施するようだ。 それに並行して大幅な配達区域の見直しが執り行われるとの事である。
 我が家の近くの配達センターは廃止の運命を辿るそうなのだが、それに伴い現在の配達員が他の担当者と入れ替えとなるとの話は1ヵ月程前より担当者のM氏より伺っていた。

 まったくもって組合側の都合による統廃合の犠牲となるのは、我々顧客よりもまさに配達員氏ご本人達であろう。
 参考だが、M氏は前担当者氏の自己都合退社により急遽我が地区の配達担当となって未だ8カ月しか経過していない。 やっとせっかく仕事に慣れた地域なのに、またもや新たな地域の地理を覚えねばならなければ、新たな顧客関係を築かねばならないストレスの程を想像して余りある。


 一番最初にM氏にお会いした時の我が印象とは、実はあまり良くなかった。
 「雑」と表現すればよいのだろうか、それまでの担当者達と比較すると物腰が荒く、当初は違和感を抱かされる相手だった。

 ところが人間の印象とは、会う都度変化するものだと今更実感させられる。
 このM氏、雑は雑なのだが(例えば我が家の玄関ポーチの門扉を閉め忘れて帰ったりする)、その反面、肝心要の仕事内容が実に真面目でスピーディな事にすぐに気付かない私ではない。 食材を手渡す際に、必ずやビニール袋に記載されている我が氏名を口頭で反復しながら手渡してくれる。 (同マンション内で2件担当しているためだが。)  あるいは記憶力に優れていて、私が前週口頭で伝えた内容を必ずや次週確実に実行してくれる。  
 そんなこんなで、M氏は食料手渡しの合間に少しずつ雑談等を楽しむ関係に発展して行った。
 (またもや参考だが、今年3月のホワイトデーに私に焼酎をプレゼントしてくれた個人商人のS氏は全く別人です。) 


 そんなM氏から、生協側の印刷物と共に配送センターの統廃合の正式な知らせを聞いたのが、上記のごとく1ヶ月前のことだ。
 その後、M氏は我が家を訪れる毎に「せっかくこの地域の皆さんと懇親になれたのに残念だ」との思いを私相手に語っていた。 当然ながら私側も、「こちらこそ残念ですよ!」と返していたのだが。

 先週の配達時にM氏から手渡されたのは、M氏が自らご自身のパソコンにて作成したと思しき「文書」である。  その内容の一部を、以下に紹介しよう。

 201コースの組合員さんへ
 いつもご利用ありがとうございます。 配達担当のMです。 この度、配達担当センターの管轄エリア移行に伴い配達担当も変更する事となりました。
 突然のことで申し訳ありません。 私自身も大変残念ですが、残りの期間よろしくお願い致します。
 昨年11月より担当させてもらい、組合員の皆さんには大変良くしていただいたことに感謝しています。 雨の日、雪の日、最近では暑い日にも皆さんの声に励まされ、配達することができました。
 今後は、〇区の〇地域等々を担当しますので、もし私を見かけた際は、お気軽にお声をおかけ下さい。
 約8カ月間と短い期間でしたが、お世話になりました。 これからも〇〇生協をよろしく願い致します。
 (以上、我が地域の生協担当者氏より頂いた ご本人自主作成の「配達担当者変更のお知らせ」文書より一部を引用したもの。)


 さてさて、そのM氏が、昨夜20時半頃に我が家を訪れたのだ。
 室内インターフォンセキュリティ画面を覗くと、まさにそれがM氏である事には間違いない。
 ただ、既に風呂に入り“寝間着姿”の私が動揺しない訳もない。
 そんな私相手に、M氏がインターフォンを通して告げる。 「今回の管轄エリア変更により来週から別の地域配達となりますが、どうしても現地域にて特にお世話になった一部の組合員さん達に御礼を言いたくて、回っています。」と。

 そのM氏の“誠意”に心打たれた私は、自室玄関へ通した。 そのお礼をM氏は私に誠心誠意告げてくれた。
 その際私が、「申し訳ないことに既にお風呂に入ったのでこんな寝間着姿で失礼しました。 普段はもっと綺麗にしているのよ~~」などと口走ったのだが。
 それに応えて、M氏が…
  「今も十分に綺麗ですよ!」   

と言ってくれた事実を公開したいがために!?!、今回のエッセイを綴った、 とのいとも単純な魂胆なのだが… 

 (実際問題、今現在この言葉を何処の誰が私に面と向かって言ってくれようか??? 現世はこの種の言葉すら“セクハラ”と判断されかねない時代背景だし。)

 その後もM氏が次なる担当地域の詳細を私に伝えて下さるのだ。 それに応えて、「その地域へは週2度程通っている故にまたお会いできるかもしれませんね!」 と話すと、M氏も「是非、見つけますよ!」などと応えてくれつつ、我が家を去って行かれた。


 最後に私論だが。

 今時これ程に自身が今現在携わっている業務に誠実な若者が存在している事実に、感動させられた昨夜の出来事だ。
 M氏は、必ずや当該生協にてある程度長年勤務を続行出来ることであろう。
 

言葉だけの感謝を望む前に介護者はやるべき事がある

2018年07月04日 | 人間関係
 確かに「ありがとう」との言葉には、それを言われた人に新たなエネルギーを与える力があるようにも思う。
 ただ口先だけでこれを繰り返されると、有難味が激減するどころか鬱陶しさすら漂うものではなかろうか?


 私が現在保証人を務めている高齢者介護施設入居中の我が義母は、昔からよくお礼をいう人だ。
 それは、そうした方が自分に新たなプラスの見返りがあることを人生経験として熟知しているために他ならない。

 最近は認知症状及び耳の聞こえの急激な悪化現象により、義母からの電話および直接対面する機会が激減しているのだが。  以前は私が施設へ行くだけで、「〇子さん、また来てくれてありがとう。〇子さんが来てくれると私は本当に嬉しい。これからもよろしくね。」との“決まり文句を何度も何度も繰り返すのだ。

 ただ義母の場合は、この言葉を“口先だけで”発しているのではない事は私も実感している。
 実際高齢域に達し、心底“心細い”のであろう。
 そんな身にして、これを繰り返す事により「貴方だけが頼りだから絶対に私を見捨てないで欲しい」なる切羽詰まった嘆願を、私相手に訴えている事実が歴然だ。
 それ故私の方も、必ずやそんな義母の心細さ故の嘆願に応え“決まり文句”を返すことにしている。 「大丈夫ですよ。 私がお義母さんの後見責任を果たしますから、安心して下さい。 困った事があったらいつでも電話下さい。直ぐに対応しますよ!」
 それに義母が応えて、はたまた「ありがとう。〇子さんだけが頼りなの」を繰り返す…

 と言う訳で私と義母との関係に於いては、義母からの「ありがとう」の言葉は2人を繋ぐ有効な言語として成立している。


 さて、少し古くなるが、朝日新聞2018.06.16 「悩みのるつぼ」の相談は、50代男性による「義母から感謝の言葉がない」だった。

 早速以下に、相談内容を要約して紹介しよう。
 賃貸アパートを経営している50代男性だが、先日義母のテレビが壊れ、直ぐに買って欲しいとの依頼に応えネットにて購入した。 ところが、以前ベッドや洗濯機などを買ってあげた時同様に、義母は自分が買ったような口ぶりだ。 その後私がテレビの様子を尋ねると、「よく映っているよ」と言うものの、お礼の一言も無い。 
 妻の話では、義母に対する金銭的援助は私からだけらしい。 妻の姉夫婦は義母に何らの援助もしていないようだ。 それならば義姉から「母がお世話になっています」等の言葉が欲しいものだが…。
 義母には、毎日洗濯物を畳んでもらったり、子どもの世話や留守番などもしてもらっている。 故に義母には感謝している。 だが、我が感覚としてはしっくりと来ない。
 今後、義母や義姉とも平和に付き合いたいが、この割り切れない気持ちをどのようにおさめたらよいか?
 (以上、朝日新聞「悩みのるつぼ」相談より要約引用したもの。)


 ここから私見に入るが。

 おっとっと。
 この相談をよく読まずしてこのテーマをエッセイの題材としたのだが。
 今、相談内容を熟読してみるに、50代男性相談者の苦悩の程が痛い程理解できる私だ。

 相談者の義母の場合、未だ若い年代でありそうだし、相談者の子供の世話や家事などを補助可能な身体能力も備えている様子だ。
 その身の義母を金銭的に援助せねばならない赤の他人である相談者氏の苦悩の程は、十分に理解可能だ。
 ただ、相談者とその妻との関係が分かりにくい。
 一体全体妻との間で、妻の母である義母の介護に関し如何なる“取り決め”の後に婚姻に至ったのであろうか? ご自身は“賃貸アパート経営業”であることは相談内容より把握可能だが、奥方は何をしているのだろう?? 
 相談者氏はその出発時点から失敗している、としか言いようが無い。 と言うよりも厳しい論述かもしれないが、たかが“賃貸アパート個人経営者”とはこの世に於いて不確実極まりない業種ではなかろうか?
 そんな身にして、何故妻の母(要するに義母)のゆくゆくの面倒までみる事を妻に確約してしまったのだろう??

 こんな場で私事を語っても何だが、我が家など特に老後は夫婦間公的年金独立採算制を貫いている。
 故に介護に関しても、特に経済面では、あちらはあちら、こちらはこちらだ。 ただし、幸運な事には義母も実母も自身の経済力に恵まれているため、自らの経済力で介護施設にて暮らしている。
 ただ上記記載の通り、特に義母に対する実際の介護補助や、義母の不動産業運営及び財産税務管理は嫁である私が全面的に代行している。 その代行報酬は義母の財産より受け取る取り決めが成されているため、私は何らの不服も無い。


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 「介護問題」とは今現在及び今後に至っては、若い世代にこそ重くのしかかって来る課題であろう。

 私など自らの意思で“晩婚”を選択しそれを実行したが故に、晩婚に至るまでの短くない年月に様々な人生経験を積み重ねることが叶った。
 それが功を成し、結婚相手の選択肢に関しても(介護問題も含め)あらゆる条件を吟味する余裕があったのだ。

 現在私が保証人を務めている施設入居の義母だが、上記のごとく今現在いつ会っても私相手に「感謝」を述べてくれる“人材”である。 そういう人を介護する事とは、(もちろん不愉快な事も多発するのは事実だが)基本的に許容範囲というより、我が義母がこの人で良かったと思える瞬間でもあるのだ。

 “悩みのるつぼ” 相談者に話題を戻すならば。
 大変失礼ながら、貴方は婚姻時点で相手(妻)の選択に失敗している気もする。
 あるいは義母に金銭補助をする際、何故妻側と今一度話合いを持たずして、義母の金銭負担を貴方一人で成しているのか!??
 “義母から感謝の言葉がない” と朝日新聞に訴えるより、相談者である未だ50代との若き貴男がやるべき事とは、今後の妻との義母介護に関する経済援助等々を含めた詳細に及ぶ話し合いではなかろうか?!?

「育てやすい子」 議論に於ける 祖母(祖父)の愚かさ

2018年06月19日 | 人間関係
 今朝方ネット上で、「自分の娘の事を祖母(義母)から『育てやすい子』といつも言われ困惑している」、との内容の議論を発見した。

 上記娘を持つ母親からの問題提起(悩み)には数多くのネット反響が押し寄せていて、私は興味深くそれらを読んだ。


 早速、この母親の問題提起(悩み)から引用しよう。

 < 娘の事を「育てやすい」と義母にいつも言われる >  2007年10月5日 15:22 記

 変な悩みで申し訳ありません。
 タイトル通りなのですが、現在2歳の娘に会う度にいつも 義母に「育てやすい子ね~」と言われます。
 褒めてくれているのは分かります。
 でも娘を見る度「育てやすい、育てやすい」と言うので毎度イラッとしてしまいます。
 娘は反抗期。 私はいつもイライラしています。
 内弁慶なので一歩外に出ると静かです。 義母の家に行っても、お利口さんにしています。 義母はその姿しか知りません。
 反抗される度、義母の『育てやすい』という言葉を思い出し、余計イライラします。 確かに、よその子よりは育てやすいかもしれません。 それでも私は毎日必死で子育てしています。「いつもお利口ね」とか「上手に育てているね」なら嬉しいですが、「育てやすい」という言葉に、いつも過剰に反応してしまいます。
 
  (途中でコピーの一部が飛んでしまったが、以上、ユーザーID:7920513440 氏よりのネット投稿の一部を引用したもの。)


 一旦、私見に入ろう。

 結論から書くと、原左都子は絶対的に 実際我が子を現役で育てている母親の味方でしかあり得ない! 

 ところが世を見渡すと、この種の“低能”というのか“配慮心が欠けている”祖父母を、あちこちで見かける気がする。
 特に祖母の場合は自身にも子育ての経験があるならば、日夜直接我が子と向き合いすったもんだ格闘している母親の苦悩が理解できそうなものだが…。 
 “喉元過ぎれば”すべての出来事が他人事であり、現役母親の痛みが分からないその祖父母の単細胞ぶりにムカッ腹が立つ!
 アンタ(相談者の子の祖母)が言うところの「育てやすい子(孫)」から日々間接的にプラスの恩恵をもらってこの世を生き延びているのならば、「孫をお利口さんに育ててくれてありがとう。 母である貴方も身体を大事にしてね。」 こそがアンタが孫の母親に向かって言うべきセリフだろうが!!


 ここで、私事を語ろう。

 我が義母に関しては、同居はしたことがないものの孫である我が娘との距離が近かった事により、誕生時より娘が抱えている事情を熟知している。 そのため、まかり間違っても私に対して「育てやすい子ね~」なる間の抜けた発言は皆無だった。
 認知症状に苛まれてる今現在に至っても私に合う都度、「〇子さん(私の事)の献身のお陰で〇ちゃん(娘の事)がこんなに立派に育ってくれて、私は嬉しいわ。」と言ってくれる事実に、私もどれ程癒されることか。 (言い方を変えると、娘の幼少時代から義母も孫の成長をどれ程祈っていてくれたのかが慮れる発言でもある。)

 片や、郷里の実母だが。
 こちらも決して、私と我が娘を捕まえて「育てやすい子ね~」とホザく事は無い。
 ただ遠方に住んでいる関係で、我が娘に対するサリバンとしての長く厳しい教育指導の詳細をほとんど見た事が無い実母は、今尚“見当はずれ”の物言いをして私を呆れさせ続けている。
 その物言いとは。 
 「やっぱり〇ちゃん(孫のこと)は私の血筋で持って生まれた頭が良かったからこそ、ここまで成長できたんだねえ~。」
 我が実母の愚かさとは、あくまでも自分の“血統”にこだわっている事に根源がある事実に関しては、当エッセイ集バックナンバーにて再三述べている。 これ程までに愚かな実母の元に生まれ出てしまった自分がいつまでも悔やまれ、情けない思いでもある。


 話題を冒頭に戻そう。

 このネット情報の反応欄に、我が視点から興味深い記述があった。
 その一つを紹介するならば。
 
 兼業主婦で今月より職場完全復帰。 保育園の時間が合わなく送り迎えを実母に頼んでいる状況です。
 実母より本日、仕事なんか辞めてしまえ!と言われてしまうほど育てにくい。 0歳児のわが息子・・・。涙
 投稿者さんが、うらやましい。
 (以上、ネット情報の反応欄より一部を掲載したもの。)

 この世には、様々な親子、祖母孫関係が存在するようだ。
 いやはや、最後に紹介した0歳時を持ちながら職場復帰の現役母に寄り添い、自らも育児に励む祖母の日々の苦労の姿が目に見える気がする。
 

 我が実母も、一時でも不具合を抱える孫と壮絶な生活を共にしたならば。
 今更ながら「我が血縁だから〇ちゃんはこれだけ立派に育った」などとの究極勘違い戯言を、サリバンを全うしている私相手にホザく必然性も無かったのだろうし…。
 実母にもう少し客観力があったならば、年老いた今、娘である私にこれ程までに嫌われずに済んだのだろうか、と思ってやったりもするのだが……

 孫を持つ祖母(祖父)の皆様。 
 是非共、この厳しい時代に現役で “可愛い孫” を育てくれている母親(娘)への感謝の思いをお忘れにならぬように。

私から縁を切られた実姉だが、姉は私を羨んでもいた…

2018年06月10日 | 人間関係
 昨日、前回の我が“衝撃的実話告白エッセイ”「私も20年程前に実姉との縁を切った」を記した後、実姉と交流があった頃のエピソート群が堂々巡りに我が脳裏を彷徨い続けている…


 20年程前に妹の私側から実姉との縁をきっぱりと切った事実に関しては、何らの心残りも無い。

 それどころか、あれをせずしてその後の我が“正常な”人生が成り立たなかったであろうと、娘のサリバンの立場を貫いている私はプラスの意味合いで振り返ったりもする。

 要するに極論を語るならば、過去に於いて実姉をあの精神状態のまま私が抱え、たとえ電話や手紙の手段であろうが姉の我がままや愚痴を言いたい放題にさせる事とは、イコール、実姉に対しても私は歪んだ意味合いで“サリバン先生”であらねばならなかったとの事だろう。
 それ程までに、実姉とは到底“対等に係れる”相手ではなかったのだ。 


 そんな実姉と交流していた、特に我が独身時代の記憶が今蘇る。

 とにかく特にどうしても女友達が出来ない姉にとって、妹の私とは、それを補完・代替するかけがえのない存在だったようだ。 
 姉が大阪へ行った後、さすがに実母も“親の責任”範疇で仕事の休暇をとっては定期的に姉の元へ通っていた。 ところが、姉からは妹の私にこそ大阪に来て欲しい、とよく要望して来た。
 大阪へ行ったところで、これまた私が姉の愚痴吐き捨て話の聞き役に徹するしか他に無く、どう考えても私にとっては面白い旅ではないはずだ。
 ところが、実は私にとっても“面白い部分”もあったのだ。 だからこそ私は、独身時代に姉が住む大阪へも米国にも行ったという訳だが。

 姉に会うに関して何が面白かったのかを告白すると。
 何分、外見的要因や表向きのプロフィール等が充実している姉は、男友達と知り合うチャンスには事欠かない。 ところが、(前エッセイに記した通り)いざ付き合ってみると、何とも異様な歪んだ姉の性質に男友達も早期に気が付く。 こうなると、誰しも“逃げ”の姿勢に転ずるのは自明の理だろう。

 そんな“逃げの姿勢”に転じそうになった男友達や彼氏を引き留める方策として、姉は妹の私を昔から利用する手法に出ていたのだ。
 「ほら、私にはこんな可愛い(??)妹がいるのよ! この妹が明日大阪(米国)に来るから是非会って!」との要望を出したら、それに飛びつく男どもが多発したのが事実だ。

 実際問題、私は大阪や米国にて、姉の友達や彼氏等々現地の男性陣に数多く会った。 姉同席の時もあれば、男性と1対1の時もあった。
 さすがに姉のセレクト男性達は種々の条件に於いて優れていて、会って会話するのが楽しかったものだ。 そして彼らのほぼ全員が口々に言うには、「お姉さんは心理面で多少問題を抱えているが、妹の貴方はよく出来た人物だね。 モテるでしょ?」だったものだ。 中には「自分と付き合って欲しい」なる要望も届いた。 姉も私の自由にすればよい、とも言った。 ただし、そう事は簡単ではない。 私にだって彼氏はいたし遠距離だし、そう易々と付き合えるものでもない。 
 そんな中、友達として長く付き合える人物にも恵まれた。 その相手はその後の我が進路相談に乗ったりと影響を与えてくれたりもした。
 究極、我が独身最終期に姉の米国の男友達と国際恋愛も経験した。 たったの8カ月程でその国際恋愛は終焉を迎えたが、私にとっては実に思い出深い出来事だ。


 そんなこんなで、今現在私が思い出す実姉に関する“プラスの記憶”と言えば、「男関係」関連事象に尽きそうだが…。
 どういう訳か、実姉は私の男関係に関してのみはいつも寛大で、私が実姉の男友達と恋愛関係に至った暁にも何ら嫉妬しなかった様子でもあるのが不思議だ。
 というより、実姉が私に紹介した男どもと仲良くする事実を歓迎していたふしすらある。

 それと並行して実姉は、自分が紹介した男どもと私がすぐに懇親になれるそのキャパを羨んでもいたのだ。
 「どうして、貴方は今現在知り合ったばかりの相手とそんな風にフレンドリーに対応出来るの? その能力が羨ましい。」と、我が30代半ばを過ぎた頃に姉が私に直接伝えた記憶が鮮明だ。
 これに関しては、我が長き独身時代を通じての「職業遍歴」に負うところが大きいものと考察しつつ…

 実姉からその話題が出た時点で、我が姉も米国で人格的成長(姉にも他者を羨み褒める能力がやっと備わって来た実態)を遂げているものと実感していたにもかかわらず。

 今振り返れば、その数年後に私から姉に対し「絶縁宣言」を下さねばならなかった事実が、無念でもある…


私も20年程前に実姉との縁を切った

2018年06月09日 | 人間関係
 何本か前に公開したエッセイ「米国の甥がNASAに就職内定、喜ぶべきだが…」 内で少しだけ記載したが。

 私が、国際結婚にて米国に永住した実姉と縁を切って、既に20年程の年月が流れている。
 その後、実母を通して姉(やその息子)に関する間接的な連絡はあるものの、私側からはもちろんのこと、姉本人からの連絡も遮断状態だ。
 これは、現在の通信手段の“着信拒否”革命の凄さの恩恵によるだろう。 私側から縁を切った直後期に姉が電話にて連絡を寄越そうとしたふしはあるものの、“着信拒否”技術発展の成果により、私はその後20年来姉と一切直接かかわらずに済んでいる。


 今日、何故この話題をテーマに掲げたかと言うと、本日2018.06.09付朝日新聞「悩みのつるぼ”の相談が、「妹からの突然の『絶交』宣言」だった故だ。

 早速以下に、70代女性による相談内容を要約して引用しよう。
 私と妹とは共に70代で3歳違い。 元々4人兄弟だったが他の二人が既に亡くなり、私と妹が残った。 それぞれの夫を見送った後、ずっと家族ぐるみで割りと仲良く付き合ってきた。 夫に先立たれてからも、お互いに誕生日プレゼントやお歳暮を贈り合うなど、気持ちのいい付き合いを続けてきたつもりだった。 
 ところが、最近になって突然妹からメールが届き、一方的な「絶交宣言」をされてしまったのだ。 妹曰く、「今まで我慢してきたが、しばらくメール、はがき、手紙は休みます。お元気で。」 本当に晴天の霹靂だった。  妹が頑なである限り、もう以前のような関係には戻る事は望めないと思っている。 ただ、あまりにも突然で想像もしていなかった事態に、自分の気持ちをどう落ち着ければよいのかが全く分からない。 このような状況との向き合い方をお教えいただきたい。
 (以上、朝日新聞「悩みのるつぼ」より相談内容を要約引用したもの。)


 今回の「悩みのるつぼ」回答者は歌手・俳優の美輪明宏氏であり、その回答題目とは「まずは妹さんに謝ることから」なのだが……

 経験者である妹側の私から結論のみ言わせてもらうならば。

 それは絶対に違う!! 

 特に近しい血縁身内間での「絶縁」とは、“命がけ”に近いものがあると我が経験から宣言しよう。 今後一生絶対に関係をぶり返さないとの覚悟の下に成される壮絶な行脚なのだ! 

 今更、我が実姉との「縁切り騒動」を振り返りたくもないため、その理由等々の詳細記述は避けたいのだが…。
 実姉に対する“嫌悪感”は、既に幼少の頃から我が内面に存在していた。 何分、両親が共働き家庭で普段は祖母に育てられていたとの事情もあり、幼少の頃より“お利口さん”の評価が高かった私は、姉に関する苦情を誰にも言えず一人で耐え抜いていた。
 (姉側の名誉も言い分もあろうし、既に絶縁して20年の年月が過ぎ去った今となっては滅多やたらな発言を控えるべきだろうが…)
 片や姉は、幼少期より心理面で大きな問題を抱えていたようだ。 私のように“一人で耐える”との能力に欠け、常に両親は姉に手を焼いていたようだ。 
 そんな両親は、姉が私を“いじめる”との手段で憂さ晴らしをし、自分の歪んだ心の整合性を取っているのを祖母から聞いて知っていながら、妹である私の忍耐力に甘え見て見ぬふりをし続けた。
 そんな姉がちょうど高校生に成る時に、父の実家を一家4人で出る事になった。 その時の姉の希望が、「私は祖父母の家に残る!」だったのだ。 これを陰で一番喜んだのは私だが、実は父母共に手のかかる姉が祖父母の家に残ってくれる決断をした事を両親も内心喜んでいたはずだ。
 その後姉は大阪の大学に進学し、その後しばらく大阪で暮らした後、米国人との国際結婚にて米国へ渡ったとのいきさつだ。

 実際、実姉は我々一家にとって実に“迷惑かつ厄介な存在”だった。
 その姉が米国に渡り「私は大嫌いな日本へは二度と帰らない!」宣言をした時、特に私と実母は手を取り合って「良き結果となった」と喜んだものだ。
 ところが外見容姿が(私以上に!??)整い、頭脳明晰(これは私が姉より数段上かな!?!)かつ自己主張と自己顕示欲が激しい姉は、米国男性にはモテモテなものの、その異様な性質の正体がバレたならばすぐに捨て去られる運命に遭う、また遭うのだ…
 そうなると、すぐさま日本の妹の私と実母に泣きつく習性は米国に渡った後も続いてしまった…
 しかも嫉妬心激しい姉が、私が先に娘を出産した際に、私相手に何と電話を寄越したのかと言うと、「先に産みやがって! 姉の私がどれだけ辛いか分かるか!!」だった事実を一生忘れる事はない。
 ただ、その後姉本人も遅ればせながら43歳で男児を出産し安堵したのだろう。 後は比較的安定していた様子だが、それでもただの一人として女友達が出来ない姉は、日本の私へ愚痴電話を頻繁に寄越し続けた。

 その頃、私は娘のサリバンとして日夜切磋琢磨していた。 遠方に住む何の恩恵も無い姉などに関わっていられる訳も無い。 しかもおそらく私は娘のサリバン母として人格的にも強さを築き上げようとしている段階だった事と、後に考察するのだが。
 娘が4歳頃だっただろうか。 米国の姉からいつものように電話が掛かって来て私には無関係の無理難題(その内容は忘却しているが)を告げた際。 

 我が口から冷静にすんなりと出たのは。 
 「もう、金輪際縁を切りましょうか!? あなた(姉)も米国へ渡りその地で今後生きていくのでしょう?? 私の方は、あなたが大阪へ行った時から正直言ってあなたには何の用もなかったのよ。 それでもあなたがずっと私に電話や手紙を寄越すからそれに義務感で付き合ってきたけど、今後は私は娘の母親として可愛い娘を大事に育てることを最優先したいと思っている。 私の方は友達等人間関係にも恵まれているし、遠く米国に住むあなたに今後共一切依存するべき事も無い。」
 姉が何と応えたかの記憶が薄い。 ただ、我が“絶縁”に対する物凄いまでの覚悟の程は姉に通じたものと実感した。


 そして、あれから20年が経過した今尚、姉からも何らの連絡もない。
 きれいさっぱり絶縁できたと私は信じている。

 本気の絶縁とは、「謝れば許される」などとの生易しいもので絶対ないのだ!
 それを朝日新聞相談者も、今後共肝に銘じるべきではなかろうか。

我が義母・実母両人が本日迎えた「母の日」に関する私観

2018年05月13日 | 人間関係
 本日は「母の日」のようだ。


 上記のごとく敢えて「ようだ」との表現を使用するのは、私自身が我が娘から「母の日」のプレゼントなどただの一度も貰った事も無ければ、欲しいとの発想がある訳も無いからだ。


 一方、特に義母に対して、(義母にとっては孫に当たる)娘から「母の日」のプレゼントを手渡す事を、義母が高齢者施設入居後より“娘”に指導して来ている。
 その方が、私から手渡すよりも義母が喜ぶからに他ならない。

 義母の施設保証人を担当しそれを6年来実行している私であるが。 義母にとって嫁に当たる私に対し義母側に未だ遠慮心があるのを私が嗅ぎ取らない訳も無い。  いや、この義母の私に対する“遠慮心”を、義母の認知症状が進んだ現在尚私側が感じられるからこそ、私と義母との関係が滞ることなく良好に続行していると私側も重々把握している。
 だからこそ、敢えて「母の日」には 娘からプレゼントを手渡させる事が恒例となっているのだ。

 本日午前中、既に娘より手渡していた「母の日」のプレゼント御礼電話が義母よりあった。
 いつもの事だが、実際手渡した娘へではなく、私宛の電話だった。
 義母の耳の遠さ故に電話を通しての私の音声が義母に通じにくい事実に、いつものごとく困惑させれらる。
 それでも、義母が私に伝えたかった「私への日頃の感謝」とのメッセージを重々受け取った旨を電話で表現するのに難儀させられたが、どうやらそれが叶った様子でこちらも安堵して電話を切った。


 義母からの電話に先立って、本日朝電話を寄越したのが郷里の実母だ。
 実母が電話にて、娘の私に「母の日」菓子折(こちらは毎年私の名前でネット利用宅配便で送っているのだが)のお礼を告げた後…。

 実母の話題は先だっての「真夜中の電話」に移った。
 実母の場合、認知症状は見当たらない(我が診断では微少に存在するかもしれないが…)ため、自身が引き起こした当該事件を鮮明に記憶していたのだ。
 そして電話で私に謝罪しつつ、当夜自分が置かれていた状況を私に告げる。 要するに、実母としては確実に夜中に携帯電話が光を発するのを見た!とのことだ。
 それに私が応えて、携帯電話をONにした状況下で確かに「無料ニュース」等の電光着信がある事実も説明した。 残念ながら、それが実母にとって理解不能だったようだ…。  話題を変え、とにかく携帯電話とは自身の「誤作動」が多いために、「この私でも過去に受け取ったメールに返答してしまうとの失敗もある」…  旨を話しても、やはり実母には理解不能だ…。
 ただ私がそこまで話した後に、実母から出た回答とは! 「私は〇子(私の事)のメールしか受け取っていない。 という事は、私があの夜受け取ったと勘違いしたのは、もしかしたら〇子からの過去のメールだったかもしれない。」
 そこまで聞いて、私も納得した。 この実母、私にとって迷惑な存在と邪険に思う今日この頃だったが、我がIQの高さは恐らくこの母譲りだ! と確信した実母からの電話でもあった。
 そして実母が私に詫びて曰く、「今後、断じて夜中に電話をかけて〇子を苦しめないように心する!」

 上記2本の義母・実母よりの電話内容を振る返るに、私にとって本日は実によき「母の日」であった。


 話題を変え、本日昼間NHKのニュース報道を見聞していると。 
 本日「母の日」に際し、幼き女児の映像が流された。

 その女児が「母の日」のプレゼントに添えた文言が……。
 「お母さん、いつも美味しい料理や、洗濯をしてくれてありがとう」 だったのだ……
 いやはや原左都子としては、実に愕然とさせられた。
 一家のお母さんが「家政婦」の働きを強制されていた時代など、遠い昔の事と信じていた私だが…
 (いえいえ、もちろん母親がその働きをすること自体を否定する訳ではない。 ただ、母親たる人物の人間像も多彩である。 その多彩さの中で、自分が育てている子がもしも母親の「家政婦」たる働きのみに注目しているとした場合の大いなる違和感を、私は訴えたいのだ。)

 今尚、その(家政婦たる)働きを果たしている母親が存在する事実を褒め讃えねばならないこの国の側面もあろう。

 ただ現在の母親像は実に多様化を遂げていると、本日「母の日」に際して是非とも信じたいものだ!  
 

人間関係を斬り捨て、また斬り捨てる我が人生…

2018年04月23日 | 人間関係
 昨夜、私は現実世界でつい最近までかかわりがあった“ある人物”との人間関係をメールのやり取りにより斬り捨てた。(柔らかく表現すると、終焉させた。)
 
 この事件、私本人にとっても“ホット”な出来事であり、これを論評するには未だ冷静さに欠ける段階だ。
 そんな状況下で下手に論評をしても公平さの観点から相手の人物に失礼であろうから、今回のエッセイで取り上げるのは慎むべきだろう。

 またの機会に冷静に捉えられる段階に入って以降、エッセイとして綴る事としよう。


 さて、そもそもこの私は、人間関係続行に関し執着があまりない方だと自己分析する。

 その最たるものが、恋愛関係だ。
 バックナンバーでも再三述べているが、恋人との別れの決断は早い人間だ。 「別れの予感」がし始めたら即刻こちらから「別れ話」を持ち出す女だったかもしれない。

 そして、それを推奨するエッセイも公開している。
 以下に、当エッセイ集 2017.01.07 公開バックナンバー「恋人との別れ方が下手な女」より、一部を以下に引用しよう。

 恋愛相手とスマートに別れねば、下手をすると命を失うやもしれぬ物騒な時代である。 そんな危険な環境下に於いて、特に若き世代の男女は如何なる恋愛行動を取り身を守るべきか?
 長き独身時代を謳歌し恋愛三昧を繰り返した私であるが、幸いな事には切羽詰まって身の危険に陥るような出来事には遭遇しなかったと言える。 それもそのはず、そもそも私には結婚願望が希薄だった。 意に沿わぬ恋愛をいつまでも引きずる必然性が無いのだ。
 加えて私には常に「破局の予感」と表現出来そうな感情が背中合わせだった。
 その一例を本エッセイ集 2008.5.25バックナンバー 「傘を返して欲しい…」に於いて綴っているため、以下に一部を要約して再掲載しよう。
 出逢いにはいつも別れが付きまとう。 どうせ別れるのならきれいに後腐れなく別れたいものであるが、なかなかそうはいかないのが別れというものの特質でもある。 (中略)
 ただ私の頭の片隅には、彼との関係は長くは続かないであろうとの不安定感がいつも蔓延っていた。 お互いに自立心旺盛でお互いに自分の夢を描いていて、お互いに自己主張が強過ぎるのだ。  いつかは別れが来る、その別れは意外と早いかもしれないという不安定感が、返って二人の関係を加速させていたのかもしれない。
 そして何ヶ月か経過し、表向きの付き合いの楽しさと脳裏をかすめる不安定感とのギャップはさらに深まっていた。
 ある日、もう潮時かと悟った私の方から別れ話を持ち出す決意をした。 彼の脳裏にも同様の考えはあったはずだ。 だが、唐突に私の方から具体的な別れ話を持ち出された彼は動揺した。 負けん気の強い彼は別れを認める。 それも私は計算済みだった。 そして二人は別れることになり、私は彼の部屋を出ようとした。
 その時、彼が言う。 「傘を返して欲しい…」 と。
 雨の日に彼の部屋から帰る時に借りていた安ビニール傘をまだ返していなかったのだ。「わかった。今度届けに来る。」そう言って私は去った。  後日、私は彼の留守中を狙って彼の部屋を訪れ、鍵のかかった玄関先のドア付近にビニール傘を届けた。傘には再度お別れの手紙を綴って巻き込んでおいた…。
 (原左都子エッセイ集バックナンバー「傘を返して欲しい」より一部を引用したもの。)
 この事例など、明らかに「破局の予感」があった。 しかもその感情がお互いに内在していた事が幸いして、恋愛早期に綺麗に別れられたのかもしれない。
 (以上、本エッセイ集バックナンバーより引用したもの。)

 一旦私論だが、恋愛関係の終焉も「人間関係の斬り捨て劇」に他ならないだろう。 が、どんな別れも後で思い出せばドラマチックで美しくすらある。


 それに対し……

 親族等身内の「斬り捨て」とは難儀なものだ。
 何が言いたいのかと言えば、前エッセイ「郷里実母からの手術入院連絡騒動」の続きになりそうだが。

 そもそも私は、遡る事40年程前に実家も郷里も“捨て去って”単身上京している。 少なくとも私側の感覚はそういう事だ。
 ところが、実家側(要するに両親)としては娘の私に“捨てられた”感覚は一切無い様子だ。 あちらとすればいつまで経っても可愛い娘であり、反面、いつまでも自分達は成長した娘に助けてもらえると信じ切っている様子だ。
 いや、父に関してはその感覚がさほど強くはなかったようだ。 「自分は誰の世話にもならない!」との生前の宣言通り、60代の若さで急性心筋梗塞発作による突然死で忽然とこの世を去っている。 
 片や、母の私への依存度は一体どうしたことかと嘆かわしくなる。 とは言え、結果として母も父亡き後20年間程郷里での一人暮らしを全うし、一昨年高齢者自立支援施設へ入居してくれたのだから、文句を言える筋合いはない。

 ただ前回のエッセイで記述したように、手術入院等何らか有事の際には、必ずや次女の私に泣きついて来る。 それも当然の権利と言いたげに…。
 本音を言えば、「上京後40年間、こちらは一切アンタの世話にはなっていないよ。 なのに何故、アンタ側はそれが私の当然の義務と言わんばかりに私に依存するのよ。 少しは私の立場も考えてよ。」と口先まで出るのを堪えている。
 今回はラッキーにも母の手術入院は回避出来たが、今後母が歳老いる毎に私への依存心が強まる事が目に見える。 斬り捨てたいが斬り捨てられないこの親子関係が、母の死まで続くのだろう。


 冒頭の話題に戻るが。

 昨夜斬り捨てた(終焉した)相手は、決して実母ではない。
 そうではなく、まったく赤の他人だ。

 いやはや赤の他人との人間関係とは、いつでも“斬り捨てられる”という意味で簡単なものだとやけに納得させられる。
 (この話題に関しては、フェアに語れるようになった段階でエッセイにて綴り公開する予定です。

女の私も男性に対し「セクハラ言動」をしているかもしれない…

2018年04月19日 | 人間関係
 某週刊誌に女性記者にセクハラ発言を繰り返したと報じられた財務省事務次官 福田淳一氏は、昨日4月18日、麻生財務相に辞任を申し入れて受理された。

 この事件に関し被害者女性である某テレビ局の女性記者が、セクハラ被害を受けたことを発表した。
 テレビ局側は19日未明に開いた会見で、女性社員が福田淳一氏からセクハラを受けていると上司に伝え、この事実を報道すべきだと相談したが、本人が特定され二次被害が心配されることなどを理由に「報道は難しい」と伝えたことを明らかにした。  このため、社員は「責任の重い立場にある人物による不適切な行為が表に出なければ、今後もセクハラ被害が黙認され続けるのではないか」との思いから、週刊新潮に連絡。 録音の一部も提供したという。
 (以上、ネット情報より一部を引用したもの。)


 話題を大きく変えるが。

 朝日新聞2018.04.17付夕刊 「女子組・大人の保健室」は「女性の声 男性の本音は」と題した “セクハラ”をテーマとした内容だった。

 このページに読者から寄せられた体験談が記載されていた。 その中に、男性による興味深い投稿があったため以下に紹介しよう。
 老人施設でボランティアをしていると、手に触れてくる女性がいる。 性的なふれあいを求める気持ちはいくつになっても衰えないと気付く。 (以下略。)

 この投稿に関連した私事を思い出した。
 義母が入居している高齢者施設の義母担当ケアマネージャー氏と、私はツーカーの関係であることはバックナンバーで幾度が記載している。  施設を訪れ義母に関する面談の際に、いつもケアマネ氏と話がはずむのだが。 
 ある時ケアマネ氏が施設内の「セクハラ実態」に関し、(もちろん登場人物はすべて匿名の上で)赤裸々に語ってくれたことがある。 
 そもそも海千山千の私にとっては十分に想像が付く内容なのだが、実際に現存する施設内の実態を改めて伺い衝撃は隠せなかったものだ。 と共に後学のため大いに勉強になる内容であり、いつかはエッセイにして再現したいと考えていた。
 今回はその詳細を語る事は避けるが、要するに上記朝日新聞の投稿(高齢者施設入居の高齢女性がボランティア男性の手に触れてきた話題)など“序の口”であり、誰も驚きもしない“よくある”場面であろう。


 ただ、ケアマネ氏からその話を伺って以降、高齢域に達しようとしている私自身が現実世界で気を付けている事があるのだ。

 それは特に若い世代の男性と接する場面に於いて、相手男性に“セクハラ”と勘違いされそうな言動は慎むべき、との「鉄則」である。
 何を大袈裟な! と驚かれる方々もいらっしゃるかもしれないが、私としてはかなり真剣だ。
 というのもこの私はそもそもスキンシップ好きな人間であり、相手の性別にかかわらず話が弾むと、ついつい相手の身体に触れてしまう癖が昔からあるのだ。 (例えば、「何言ってんの!?」などと言いつつ相手の腕を軽く叩いたりとか…)
 このお相手がもしも同年代か年配の男性ならばお許し下さるのかもしれない。 ところが一旦相手が若い世代の男性ともなると、「この年寄り女、気持ち悪いなあ」なる感覚を抱かれないとも限らない、と自己反省出来る程の客観力は未だあるつもりだ。
 男女を問わず相手が抱くその感覚こそが、“セクハラ”であることには間違いないだろう。

 昨年の秋頃から、若き男性スタッフが複数存在する某施設へ私は定期的に通っている。
 その施設に於いては、まさかスキンシップが出来そうな距離で男性スタッフとかかわる事はないのだが。 業務内容以外にも話が弾むスタッフが複数存在するのだ。
 その若き男性スタッフ相手にセクハラ失言でもして嫌われたならば、既に高齢域に達しようとしている私がその施設へ行き辛くなることはわきまえている。


 ところで、上に紹介した朝日新聞2018.04.17付夕刊 「女子組・大人の保健室」の趣旨と我が私見は多少食い違うようだ。
 それは、上記特集があくまでも「女子保護」に回っている点に於いてだ。

 今回の特集では男性からのご意見も取り入れているのだが、どうも朝日新聞記事にして「女性は弱者」との観点から解放されていないように私は捉える。

 実際女性の身にして高齢域に達しそうになれば、自分こそが「若き男性に対してセクハラしていないか?」なる加害者視点からの境地に達するということではなかろうか。
 
 今回はそれを自覚し始める年代に達した原左都子からの、違った角度よりのメッセージエッセイなのだが…。

 いえいえ、元財務省事務次官 福田淳一氏による「セクハラ事件」に関しては、福田氏の辞任及び反論後も引き続き国会で議論されるべきだよ!

受け手側の気持ち次第で“ハラスメント”が成立してしまうのか?

2018年03月17日 | 人間関係
 (写真は、本日2018.03.17付朝日新聞別刷「be」の漫画 「部きっ長さん」を転載したもの。)


 今の世の中、何でもかんでも “ハラスメント” “ハラスメント” と実に世知辛い時代と成り果ててしまっている。
 この“ハラスメント”概念こそが、現世の「人間関係の希薄化」現象に大いに拍車をかけている元凶と言っても大袈裟ではなかろう。
 本エッセイ集バックナンバーに於いて、このハラスメント概念がもたらす“弊害”に関して幾度が取り上げてきている。


 冒頭から私事の事例を挙げよう。

 来る4月から社会人3年目に突入せんとしている我が娘が、昨年春頃、職場の上司より“服装”に関する注意を受けたらしい。
 それには、そもそもの事情がある。 娘は現在自分の勤務先より大手企業へ出向している身分だ。 当該大手企業の女子職員は全員制服着用が義務づけられているのに対し、出向者である娘は私服で業務に当たっている。 このちくはぐ状況下に於いて、どうしても少数派の私服女子職員が“目立ってしまう”ようだ。
 
 それはそうとして、何もあえて事を大袈裟にせずとてよかったものを、わざわざ娘の大元の勤務先より女性先輩が出向先へ訪れ、娘に服装指導をしたのだと言う。 
 何故ならば…。  出向先上司・先輩が皆男性であり、若き娘に対して“服装指導”をするとの行為が“セクハラ”に当たる事を恐れた様子だ。
 娘は別室に呼び出されその女性先輩より服装指導を受けた訳だが、当初(一体私が何をしたのか!?)と実際とてつもなく怯えたらしい。
 単に一言、男性上司が「服装が華美にならないように」と指導すれば済んだ話であろうに。
 それ程までに、現在の職場とは男性側が“セクハラ”を筆頭とした“ハラスメント概念”に神経質になっている様子だ。
 
 
 上記写真の、漫画「部きっ長さん」に話題を戻そう。

 どうやら、世に発生した「Me too事件」を受けて、漫画主人公の部きっ長さんがセクハラ委員に任命されたが。
 結論として導かれたのは、「セクハラになるかどうかはすべて受け取る人の気持ち次第!」との結末のようだ。

 ここで、私見だが。

 確かに、そういう事なのだろう。
 受け手が「これはセクハラだ」「これはパワハラだ」「これはマタハラだ」「これはソーハラだ」と受取り、それを主張すれば事案のすべてが“ハラスメント”として成立してしまう現世である感を抱かされる。 
 (参考だが、アルコールを受け付けない相手にそれを強要する種の“アルコールハラスメント”のみは別枠で考察したいのが私論だ。 何故ならばこの種のアルハラの場合、個々人が持って生まれたDNAに由来する資質が絶大故だ。 命をも失いかねないアルハラのみは、絶対的に撲滅するべきだ!

 ただ私が現役社会人だった時代は、今よりもずっと人間関係が潤っていた記憶がある。
 我が職場にも、何だかんだ色々とちょっかいを出してくる男性陣が必ずや存在した。 少なくともこの私は、その男性陣の言動を“ハラスメント”と受け取った事はただの一度も無い。 むしろ、その“ちょっかい”こそがきっかけとなって人間関係を発展させ、ひいては職場関係を充実させていたようにさえ振り返る。
 要するに、元々職場内での人間関係が成り立っていたのだろう。 たとえ職場であれ、多少セクハラっぽい言動であろうと、それが許容されるがごとくの皆が“人間としてのかかわり”を楽しめた時代背景だったという事であろう。


 1ヶ月程前になるが、私は“とある朝日新聞記事”が大いに気にかかり、そのスクラップを保存していた。
 2018.02.17付朝日新聞記事「わたしの紙面批評」ページより、東工大准教授 西田亮介氏による「Me Too運動 型にはまった男性的紙面打ち壊して」と題する記述より、一部を要約して以下に紹介しよう。

 リベラルな風潮で知られるハリウッドにおいてさえ、非対称的な権力関係の前に沈黙を強いられる女性達と苦悩の存在が浮かび上がった。 「Me too」運動だ。 日本にも広がった「Me too」運動は、朝日新聞記事等により、日本社会の随所に非対称的な関係性に依存したハラスメントが現存する事が突き付けられる。 これらの記事を「気分良く読み通した」という男性読者は筆者を含め多いとは思えない。 女性が同席する場所で何の気なしに性的表現を含んだ軽口をたたいたことはなかったか? どんな冗談を発したかさえ思い出せない飲み会はなかったか? もしも背後に、それに対して気分を害したり、我慢している人がいたりする事実はあっと言う間に忘れてしまいがちで、やましさを一切抱えない聖人君子のような男性はそれほど多くはあるまい。
 他者に不愉快な思いをさせたり、他者の権利を侵害したりしないという至極当然の配慮が自明視される時代になった。
 「細かいことを気にせずに済んだ昔は良かった」とはいかない。 二度とそういう時代が戻ってくることもないはずだ。 そのことを認めつつ、ポスト平成生まれ世代が形成した男性的ステレオタイプを打ち崩したり、揺さぶったりする企画と紙面を(朝日新聞には)作り続けて欲しい。
 (以上、朝日新聞2月の記事より要約引用したもの。)


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 東京工業大学准教授の西田亮介さん。
 貴方のような若手大学教官が現世に存在する事実に、私は安堵させて頂ける気がする。
 とりあえずは若き年代にして、「Me too」運動に参加している女性陣にお詫びの言葉を述べておられる事実を評価させて頂くべきだろう。

 ただ貴方が真に指摘したかったのは、歪み切ったまでの“セクハラ概念”に対する反論ではなかろうかと、私は受け取らせていただいたのだが、どうだろうか?…
 中年域に差し掛かりつつある貴方が、酒の場に於いてすら性的発言により女性が不快な思いを抱かざるを得ない事態に関して、男性の立場で何故それ程までに神経をすり減らさねばならないのだろう?? と私は大いに気にかかる。

 私は女性の立場として、今現在に於いて“不必要なまでに”男性陣から受けた行為に対し“セクハラ”概念を過剰に抱く若き世代の女性達の心理こそが理解出来ないでいる身だ。

 それはまさに上記西田准教授が指摘されているがごとく、「昭和生まれ世代が形成した男性的ステレオタイプ」に迎合した一女としてこの世で男女関係を謳歌した我が身に特異的な現象なのだろうか??

 そうだとしても私は断じて“セクハラ”など受けた経験は一切無く、常にこの世を男どもと対等に渡って来ていると、今現在言い切れるのだけど…

「チョコ」を贈ったお返しに「酒」を貰った女

2018年02月27日 | 人間関係
 (写真は、本日午前中知り合いのS氏より頂戴した焼酎。)


 標題の「酒」を貰った女とは、私の事だ。
 
 まったくもって「等価交換」が成り立っていないよねえ。
 ただ日本のバレンタインデーなる“俗風習”とは、所詮そんなものだろう。
 大抵の場合、女性側が “海老で鯛を釣る” 結末と相成るものだ。 


 S氏とは我が家に頻繁にやって来る“御用聞き”であり、玄関口へ訪れる都度数分間の立ち話をして既に数年の年月が流れている事に関しては、バックナンバーにて2度程公開している。

 そのS氏に2月のバレンタインデーにチョコレートを手渡した時、既に「(私の口に合う)美味しい焼酎があるから今度持って来る」との話題は出ていた。
 何故「焼酎」なのかと言えば、玄関先での立ち話の主たるテーマが「酒」である故だろう。
 数年に渡り「酒談義」を交わしている2人故に、S氏が私の酒の好みを熟知して下さっているのだ。
 
 「楽しみにしていま~~す!」と応えつつ、先だっては箱根土産(箱根ラリック美術館もの)をS氏に手渡した。
 これにも感激して下さり、その後旅行談義と相成った。


 ここで一旦私見に入ろう。

 そもそも旅行のお土産を手渡す行為の目的とは、自分が実施した“旅行自慢”を相手に披露することにあろう。 ところが人間関係が希薄化している現在に於いて、これがままならないのが実情ではなかろうか?。
 特に海外旅行の場合など、お土産を下手な相手に下手に手渡すと“嫌な奴”と迷惑がられるのが落ちだろう。

 特異的な事象かもしれないが、「夫婦間公的年金独立採算制」を採用し日頃からお互いに独立独歩行動を主眼としている我が家など、亭主に自分の「旅話」などしても、聞くふりをしてまったく聞いていもしない。
 いや、分かるよ。 こちらとて亭主が“今日何をしてきた”類の話など特段聞きたくもないものだ。(大抵は図書館か病院へ行っているのが落ちだ。) あちらも話そうともしないが。

 しかも私にはその種の雑談が出来る女友達など、現在に至っては一人とていやしない。(たった一人“腹心の友”がいたが、独身を貫いていた彼女は数年前にクモ膜下出血にて忽然とこの世から去った。 人生、そんなものだ……)
 何分、40歳近くまでの長い独身時代を男社会で生き抜いてきた身だ。
 晩婚・高齢出産後も、子育て中の女性からの「私の亭主がどうのこうの…」「子供がナンタラカンタラ…」類の“実り無き雑談”も実に実に苦手で、できるならば避けて通りたかったのが正直なところだ。 
 いや彼女達からの「教育相談」に乗った事はある。 それは実り無き雑談とはまったく異質故だ。 ただ「相談に乗る」とは言えども、相手の話に耳を傾ける事により相手の意思を尊重しただけの話だが。


 そんな経歴の私にとり、S氏の存在は貴重だ。
 S氏との関係とは「商売人vs顧客」関係であることには間違いない。
 それでも玄関先談義に於いては、五分五分の“等価交換”雑談が成り立っている印象がお互いにあるのだ。 だからこそ、その関係が持続している認識もお互いにある。


 さてそれでは、本日S氏より頂戴した「キンミヤ焼酎」に関して述べよう。

 とは言えども、未だ実際に飲ませて頂いていない。 
 ここは、ネット通販「Amazon」内に展開している当該「キンミヤ焼酎」に関する“口コミ”を以下に紹介しよう。
 
Amazonで購入
店にあるけど、販売してるところが少なく探してました。
無難なんです。無味無臭なのでなんでも合います。
お手ごろで、悪酔いしない酒お探しであれば、是非一度お試し下さい。

5つ星のうち5.0
人に教えたくないお得感

ワイン派で焼酎は匂いが苦手で、飲むなら黒糖焼酎と決めていたのですが・・・この金宮焼酎を見つけて試してみたところ、匂いもないし、味も癖がなくて美味しいです。おまけに価格もお得。なんと言ってもダイエットには強い味方。不純物や添加物が入っていないので、悪酔いしないのもいいですね。

最高です。これと、炭酸水と梅エキスで、焼酎4.5 炭酸水5.5の割合で
毎日、やってます!何と言っても、サトウキビ原料の甲類と言うのが、最高‼️しかも安い‼️

ホッピーとの相性が抜群です。紙パックなので、瓶入りに比べて扱いも楽だし、ゴミとして出すのも楽ちんです。

原材料独特の香りがないため、サワー類のベースとするには、最適です。
金宮は瓶もありますが、こちらは紙パックなので捨てるのがらくです。

紙パックなので取り扱いが楽です。自宅ホッピー用に購入しました。これ自体は主張しない味なのでカクテル用に最適です。質も良いので悪酔いしませんよ。

癖がないです!
生茶や烏龍茶で割ってます。
美味しく飲めます。


 いやはや原左都子の焼酎好きも、上記ネット通販Amazonにて「キンミヤ焼酎」を買った方々と鏡写しだ。
 癖がない。 割って美味しい。 (酒自体が)無味無臭。 悪酔いしない。 価格がお得。 ……

 それにしても自営業を営んでおられるS氏が、まさかネットでこれを購入した訳ではないことも重々承知している。
 数年の雑談を通過し私の好みを熟知して下さり、それに合わせてご自身が焼酎をセレクトして下さった事実こそが感激的だ。

 これから、S氏セレクトの「キンミヤ焼酎」をいただきま~~~す!! 


 最後に余談だが…

 人間関係に於けるキーポイントとは、詰まるところ「等価交換」かと私は考察するのだが…
 

“継続”こそ、最高の人間関係では?

2018年02月19日 | 人間関係
 (写真は、朝日新聞2018.02.10 別刷「be」漫画「部きっ長さん」を転載したもの。)


 そう言えば、先週2月14日はバレンタインデーだったなあ。
 この私も、今年は1名にのみチョコを手渡した。 その一人とは、単に御用聞きのS氏だ。
 この御用聞きさんにお世話になって、既に数年が経過している。 とにかく、いつ玄関口にお越し下さっても話が弾む相手だ。 必ず何らかの話題で盛り上がり、笑い転げるツーカーの関係である。

 特に多い話題は、お酒かなあ。
 お互いに“飲兵衛”同士。  やれ、昨日はどこの店へ行った。 何を飲んだ。 昔は梯子酒で朝帰りだった。 私は駆けつけ3杯派だ。 ボクは最近ハイボールがお気に入り。 おつまみはフキ煮が美味しい。 ……
 その「フキ煮」をご自身で手作りされ、我が家まで運んで下さったりもする。 これが絶妙な味付けで何とも美味しい!
 そんなこんなで、たわいない雑談ながらもS氏との会話が途切れる事はない。

 そのS氏に毎年バレンタインデーにチョコレートをプレゼントして数年が経過した。
 いつもは、ウィスキー(あるいはブランデー)ボンボンなのだが、今年はたまたま発見した「日本酒大吟醸ボンボン」を手渡した。 これをお裾分けしてもらい私も食したのだが、本当に大吟醸で美味だったのに我ながらビックリ😲だ。


 さて、冒頭写真の漫画に話題を変えよう。

 私は、以前よりこの漫画「部きっ長さん」のファンである。
 何と言っても、主人公の部きっ長さんが何とも可愛らしいキャラなのだ。 この手の漫画によくある“ぶきっちょで失敗ばかりしているが愛嬌があり憎めないキャラ”、そのままの人物だ。

 今回の主役は、部きっ長さんの部下達のカップルのようだ。
 写真が比較的鮮明に撮れたため再説明はさけるが、要するにバレンタインデーに先立ち、塩川さんが耕平さんにチョコレートを手渡す条件に関して話をしている場面設定である。

 塩川さんが欲しいのは、「結婚して下さい」との耕平さんのプロポーズ返答だが。
 ところが、待てども待てどもそれが出ない。 しまいに耕平さんの口から出たのは「(私達の関係は今後も)継続で!」だった。
 原左都子に言わせてもらうと、最高の返答だよ! これ以上、望むべく言葉はないと思うのだけど。


 真面目な話題に移るが、近年の女性達とは男性からの「結婚して下さい」を待ち望んでいるのだろうか?
 私が若かった時代とは既に大きく時代背景が移ろいでいるような感覚があり、肉食女性が蔓延り草食男性が増殖していると認識しているのだが、実際はそうでもないのだろうか??

 確かに、人間関係の希薄化現象が極度に進んだ現在であることには間違いない。
 「結婚」等の法的拘束力を持って相手を繋ぎ止めておかない限り、人間関係の継続があやふやな時代であるのかもしれない。 
 とは言えども、法的拘束力に依存しようが人間関係が継続する保証もない現代でもあろう。


 私の目線からだと、塩川さんと耕平さんの関係は十分に良好だよ。
 耕平さん、“よき人”じゃないの。 「健気なところが好きです!」だなんて、我が半生に於いて一度足りとて言って貰えたこともないよ。   えっ?毛皮のコート? 貰っときゃいいじゃないの。

 塩川さん、ここは“焦り”は禁物かもよ。
 部きっ長さんのアドバイス通り、「婚期は根気よく待て」ばどうだろう。

 「(今後も二人の関係を)継続で!」との耕平さんの最後のセリフは、バレンタインチョコのお返しとしては最高のプレゼントだよ。
 私ならば、それで必要十分だけどなあ。

ずっと同年代だと思っていたら…

2018年01月20日 | 人間関係
 昨日、私は某所にて某女性に対し大変失礼な“もの言い”をしてしまい、未だに“ばつが悪い”思いで過ごしている。

 当該女性が「原左都子エッセイ集」を読まれていない事を願いつつの本日のエッセイ公開だが…


 某所へ通い始めてから10年足らずの年月が経過している。
 某女性(Aさんとしよう)は私よりも先に某所へ通われていた様子だ。
 当初より、お互いに単独行動タイプの似た者同士との感覚があった。 そして間近で対面すると挨拶をする関係でもあった。

 その関係がより進化したのは、半年程前からだろうか。
 私側が挨拶に加えて二言目を付け加えたことがきっかけでAさんもそれに好意的に反応してくれ、後の会話が弾むようになった。
 その後は某所内で会う都度長めの会話を楽しむようになり、その会話内容がプライベートに及ぶまでに進化した。

 Aさんに対する私の第一印象に関してだが、第一義として「同年代」がキーワードとして背景にあった。 そしてAさん側も同様の感覚がある事と確信していた。
 昨日以前までの会話内容に於いては、まさにお互いに「同年代」が共通項として背景にあるがために話題がブレず、長話が続行できた事に間違いない。

 そして、昨日のことだが。
 年が明けてAさんとお会いしたのは昨日が初めてだったため、お互いに「今年もよろしく」の会話の後、正月を如何に過ごしたかの話題となった。 Aさんはご主人とお二人でご主人のご実家がある九州に旅立たれたとの事だ。 

 その話題で一時会話が弾んだ後、私がAさんに問うた質問がそもそも“墓穴を掘る”きっかけとなった。 
 (参考だが、私の場合今となってはわざわざ混雑時期に旅に出る趣味が一切無い。 その時期に敢えて旅立つ人種とは、おそらくその時期にしか休暇が取れないのだろうとの感覚がある。 と言うことは、Aさん宅は未だ現役世代ではなかろうか??) 
 そのような憶測が脳裏に浮かんだ私は、Aさんに尋ねた。
 「ご主人は、現役世代の方ですか?」
 Aさん応えて、「はい、そうです。」
 その回答にかなり驚いた私は、「もしかしたらAさんも現役世代ですか??」
 Aさん、「はい。私も職業に従事しています。」
 そこまで聞いた責任をとるためにこちらも現状を伝えるべきと考え、「我が家の亭主は定年退職して既に6年近い年月が経過しています。」
 それに少し驚いたAさんが、「年齢が離れたご夫婦なんですか?」と問われる。 「いえ、さほど離れていません。」と私が応えると、「随分お若く見えますね!」と更に驚かれる。


 その後「そんな事はないですよ」等々しどろもどろに返答しつつ、私は反省しきりだ。
 上記の会話内容をすぐさま分析した私だが、そもそもお互いに「同年代」感覚がきっかけで会話を楽しむ関係を続けてきているにもかかわらず…
 心無い私の一言で最悪の場合その関係を“崩壊”に持ち込んでしまったのではないか!? なる悪い予感がするのだが。
 特に、相手は女性だ。 Aさんとしてみれば、ずっと高齢域の私側から同年代だと思われていた事実がとんでもなく痛手だった事だろう。 (私って、そんなに老けてみえるか!??)とAさんが今も嘆いておられる様子が想像可能だ。 


 とにもかくにも現代のこの世の中、庶民レベルに於いてすら「個人情報保護」に邁進せねばならないわ、ハラスメント観念が強靭となり過ぎるわ、の現状だ。
 その状況に配慮せねばないとの暗黙の圧力下に、人間関係の続行が困難な事態となり果ててしまっている、と感じるのが現在の我が私見だが。
 たかが庶民間の会話に於いてまでもそれらに留意せねばならない得体不明の拘束感が強靭で、お互いの氏名や年齢さえ聞けないし語れもない。 (未だに、Aさんのお名前を聞けずにいる私だが。)
 
 このような時代背景下に於いて、Aさんに対する我が問いかけは誤りだったのか?? と今現在尚悩んでいるのだが。
 私としては今後も通い続ける予定の某所にて、“似た者同士”のAさんとの会話を続行したい意向だ。
 もしもAさんが寛大な人材だった場合、それが叶うのかとも期待しているのだが…

 とにもかくにも、人間関係に於いて「窮屈」な時代背景を実感させられる。