原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

中国企業傘下になりては中国に従え!

2011年10月31日 | 時事論評
 日本におけるアパレル業界大手の 株式会社レナウン が創業したのは、今を遡ること109年前の明治35年(1902年)の事だった。
 大阪で創業した㈱レナウンが、一躍日本中にその名を轟かせる事になったのは高度経済成長期の1960年代である。

 ♪レナウン レナウン娘が わんさかわんさか エ~イ エ~イ エイエ~イ♪

 当時まだ子供だった私の脳裏にも、この斬新なテレビCMソングのフレーズは、若い女性モデルが登場したそのポップ調の影像と共に今尚新鮮に刻まれている。

 若い女性向け衣料品メーカーとして上記CMの大ヒットにより大いに活気付いたレナウンは、その後1969年には「アーノルド・パーマー」ブランドを日本に投入するなどの方策を打ち出すことにより、家族向け衣料商品展開を基幹として業績を伸ばしてきた。

 1990年代に入りバブル経済が崩壊した折には、㈱レナウンも大きな痛手を被ったのは当然の成り行きであったことだろう。 レナウンの場合、特に若い女性向けのブランドが開花しなかったことにより大きく業績を下げ苦境に陥ることと相成った。
 2004年には外資系の㈱ダーバンとの連携による持ち株会社㈱レナウンダーバンホールディングスを設立したものの、その後2008年には子会社売却、不採算ブランドの廃止、そして本社ビルの売却を含んだリストラ策を発表するまでに落ちぶれる運命を辿っている。

 (ここで少し私論を交えるが)、そんな㈱レナウンの無惨な衰退ぶりに、今を時めく中国ニューリッチ業界が虎視眈々と狙って唾をつけない訳もないと言うものだろう。

 2010年5月に中国の繊維会社である某有限公司が、㈱レナウンが経営難に陥りその資金繰りにアップアップしている危機状態を見抜きその買収に乗り込んで来た。 その年7月に開催された臨時株主総会で買収が承認された後、上記中国の有限公司に約40億円の第三者割当増資が実施された事により中国有限公司が㈱レナウンの筆頭株主と相成った。
 要するに早い話が、㈱レナウンは中国企業のM&A(買収)によりその企業の傘下となったという訳だ。


 さてさて前置きが長くなったが、1週間程前の日曜日(10月22日)夜9時より放送された「NHK特集」に於いて、上記の中国企業による㈱レナウンの買収劇が取り上げられた。
 中国企業により買収された身である㈱レナウンが、買収された後の400日どう動いたかに関して綿密な取材をした影像が放送されたのだが、これが過去において「経営法学修士」を取得している原左都子にとっては実に興味深く、50分間食い入るようにテレビ画面を見たものだ。

 その「NHK特集」の影像によれば、レナウンの社員は旧態依然とした自社ブランドにこだわり続け、当初中国企業の筆頭株主より注文された課題に沿いたくない意思が固かったようだ。
 ところが中国企業側はあくまでも自社のポリシーを貫き、レナウンの中国展開第1店舗をレナウン側が要求する首都「北京」ではなく地方都市の「大連」と決定した。
 レナウン側の担当者はこれが大いに気に入らない。 しかも店舗の内装に関しても日本側が要求した重厚な造りではなく、中国側は安普請の壁紙を貼って対応した。
 しかもいよいよ第1号店舗がオープンとなった当日、日本側が予期せぬことには買収責任者の娘である若き女性が店舗を牛耳っているではないか。 その若き経営者の娘が中国国内から集めた“どこの馬の骨とも分からぬ”ニューリッチ顧客がその1号店に多数押し寄せ「この商品を我が企業で扱いたい!」との熱い思いを伝えてくる…。

 実は、原左都子はこの影像を見た直後に私が昨年訪ねたソウルに於ける「アジア・アートフェア」を思い起こした。 (よろしければ「原左都子エッセイ集」2010年9月バックナンバー 「ソウル旅行記 -ASIA TOP GALLERY編-」 をご参照下さい。)
 まさにレナウン中国1号店の影像とは、私に上記のソウルにおけるアートフェアの活気を思い起こさせたのだ。

 ソウルにおける上記の「アートフェア」にも、おそらくバイヤーと思しきアジア系の若き年代の実業家が駆けつけ大いに賑わい大混雑状態だった。 日本から芸術作品販促目的でギャラリーを出展していた知人も、「今は日本で商売を展開するより、経済発展が目覚ましいアジア地域のニューリッチ族の購買力に期待する方がよほどプラスの反応がある」との見解だった。


 そんな経験がある私が、今回のレナウンが買収された事実のその後を伝える「NHK特集」を見聞して一番に感じた事がある。
 それは、レナウンとは創業100年を超える歴史にこだわるがあまり、陳腐で色褪せたプライドの下に過去における“japan as No.1"の栄光に未だ依存するべく歪んだ価値観に囚われ行動しているに過ぎないのではないか、という事だ。

 上記のレナウン中国1号店に話を戻すが、何故洋服を売るのにその店舗に本物のレンガを配置せねばならないのか?? 即販売力に直結しそうもないその施策をするがための工事日程や経済的損失に思いを巡らせられないものか?!、とレナウン社員を非難したかったのが第1点。
 そして、せっかく買収元である中国企業が集めたレナウン商品を取り扱いたい意向のバイヤーをないがしろにしてまで、自分らが過去に築いた(売れもしない)ブランドにこだわりたいのか!というのが第2点である。(これには、レナウンの社員達とは単に自分らの形骸化した過去の栄光にすがる“馬鹿ども”の集合体との印象しか持てず、怒りに近い感情を抱いた私だ。)

 片や興味深かったのは、中国に進出した韓国のアパレル企業はあくまでも中国人が今欲しがっているニーズをとことん研究し尽くした上で販売展開しているが故に、大盛況の実績を上げているとの報道だ。

 今頃になってやっと、これを見習う方針が中国企業傘下に落ちぶれて以降400日が経過した現在遅ればせながら㈱レナウンの日本人社員にも芽生えている兆しのようだ。
 もっと早くからそうするべきだったと私は思うよ。


 最後に余談になるが、今回の「NHK特集」に取り上げられていた㈱レナウンのある程度上部に位置すると思しき男性社員達とは、皆さん一見して実に“カッコイイ”。 (そりゃそうだろうね。アパレル業界とは“ファッション”を売り物にしているのだから自分自身もファッショナブルであることも大事だよね)と思いつつも、私は大いなる違和感を感じたのも事実である……
 片や、買収した中国側企業の頭取や娘は至ってダサく見た目が悪いのだ。(失礼!)

 私は、この両者の対照的な影像に一つの結論を見出した。

 これ程までに世界規模で経済危機に見舞われている現在において、ファッションとは買う側の顧客が満足できればそれこそが営業実績に直結する話であろう。
 店舗がお洒落でなくとて、店員さんがおめかしをしていなかろうが、そんなことは今となっては何ら重要な要因ではない。 とにかく顧客が欲するファッションのアドバイスをその商品自体のパワーによって発揮してくれさえすれば、顧客自身が自由な判断で好きなものを購入できる今の時代である。
 ファッション業界もいつまでも過去の形骸化したブランドに依存して顧客の動員力とするのではなく、世界規模で既に洗練された顧客本人が欲する商品を得たいとの時代背景へと移り変わっていることを認識するべきだ。


 ㈱レナウンさん、バブル経済など当の昔に崩壊しているのですよ。
 中国傘下になった現在においては、もうそろそろレナウン社員どもの身に浸透していると思しき旧態依然とした“バブル気質”を改めない事には、今後のファッションにおける「世界標準」に追いつけない事は愚か、自滅の道をひたすら歩むのではないですか~~??? 
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“安請け合い”は人間関係の破綻を招く

2011年10月29日 | 人間関係
 「原左都子エッセイ集」6本前のバックナンバーにおいて、 「人は“プライド”を守るためにクレームを発するのか??」 と題するエッセイを公開した。
 上記エッセイは、朝日新聞夕刊において宗教家であられる小池龍之介氏が現在担当されているコラム「心を保つお稽古」の一記事を取り上げ、その反論私見を展開したものである。

 今回の我がエッセイは再び上記朝日新聞のコラム「心を保つお稽古」を題材に取り上げ論評しようとの意図なのだが、今回は小池氏の見解に賛同私見を述べようとするものである。


 それでは、早速朝日新聞10月27日夕刊小池氏による上記コラムより「“いい人”やめればモヤモヤ解消」と題するエッセイを、以下に要約して紹介しよう。

 「あっ、いいよ、いつでも手伝うよ」「是非あなたの展覧会を観に行きます」… こういった“安請け合い”をうっかりしてしまう時、私たちの心の奥に響いている声は「本当はしたくないんだけどね」である。 そういった場合「行きたいんだけど、忙しくてね…」などと嘘をついたり、あるいは断る事ができずに嫌々ながら引き受けたりする場合もあろう。 共通しているのは「嫌な人と思われたくない」煩悩である。 すなわち無意識に“いい人”を演じようとするからこそ、相手に媚びるために嘘をついてまで引き受けてしまうのだ。 この“いい人”の自己イメージを印象づけることで他者から好意を持たれたいとの煩悩は、多かれ少なかれ誰もが持っている。 ただ「行きたいなんて思ってもないくせに言葉の軽い人だ」と見抜く人に対しては、むしろ負のイメージと苦痛を与える。 “いい人”をやめて、思い切って素直に断るのが互いの心の衛生上良いこともある。


 原左都子の私論に入ろう。 

 最初に断っておくが、私は無宗教のため 「煩悩」 概念のみはあくまでも勘弁願いたい思いだ。
 その上で、今回の小池氏の論評に関しては概ね賛同申し上げる。

 この“安請け合い”は人間関係において日常的に展開される事象であり、おそらく皆さんもよく経験されていることであろう。
 
 早速私事に入ろう。
 私自身の最近の記憶を辿ると、3ヶ月程前まで所属していたスポーツジムで少し親しくなった女性より「一緒にダンスプログラムに参加しましょうよ!」との誘いを再三受けた経験がある。 私もお気に入りの同年代の女性で今後も付き合いたい気持ちはあるのだが、既に団体プログラムには参加しない意思を固めていた私はその誘いに多少迷いつつも「私は団体プログラムへは参加しない意思が強いの。我がままな人間で本当にごめんなさい。」ときっぱり言って断り続けたものだ。 (参考のため、私の思いを理解してくれたこの女性とのお付き合いはその後も“さっぱり、あっさり”とした関係で継続している。)

 人間関係における“安請け合い”と見聞した場合、経済負担も伴う割には何の実りも無い形骸化した付き合いであるが故に一番避けたいのは 「冠婚葬祭」 をおいて他にないのではなかろうかと私は思いつくのだが、如何であろうか??
 現在は「冠婚葬祭」も簡略化する傾向にあって、人間関係においてさほどの苦悩はないのかもしれない。

 未だこの「冠婚葬祭」儀式が濃厚に行われていた時代に私が勤めていた民間企業において、同僚が経験した話をしよう。 
 その同僚は、さほど親しくもない人物の結婚式になど出席したくなかったようだ。 ただ当時は特に“お慶び”の行事である結婚式とは招待されれば出席するのが当然の礼儀であり、到底“お断り”できない時代背景であった。
 それでもその人には果敢にも親しくもない同僚の「結婚式」出席を断る勇気があったのだ!
 職場内において異例の“「結婚式」出席断り”騒動はすぐさま職場全体に広まったものだ。 賛否両論あった中で、私は当然ながらその人物の“断り決断力”に感嘆したものである。

 「葬儀」とてそうであるかのかもしれない。
 私は長年都会に暮らしているからであろうが、人の「葬儀」にほとんど出席する機会の無い人間である。 いや、そうでもないかもしれない。さほど親しくない人物の訃報が突然舞い込む事は何度かあった。 そんな場合、どう対応したらよいのかを心得ない私は、せいぜい後にいくばくかの「香典」を送り届けて済ませたものである。
 それでも今までの我が人生において最大に“いい人”である事を演出せねばならなかったのは、田舎の父の葬儀であったように思う。
 我が父の葬儀であるから出席せねばならないのは当然の事であろうが、正直言って父が“夜中に突然死した直後”に駆けつけろ!との母からの命題とは、遠方に住み子供が小さい我が身にとっては実に大いなる負担であった。 葬儀の場には郷里の親戚や近隣住民が押し寄せているであろう事を鑑みて、まさに父の実子として“いい子”である事を演出しようとその夜は一睡もせずに朝一番の飛行機で、幼い子どもにも黒服を着せて一目散に郷里へ飛び立ったものだ。
 3日程我が田舎に滞在し慌しく葬儀を終えた後東京の自宅に帰った私は心身共に憔悴状態で、直後に帯状疱疹を患いしばらく子育てもままならず苦しんだものである。
 (その後、「今時、葬儀など簡素化しろ! 生きている人間が健全に暮らせてこその世の中だ!」 と我が母を教育し続けている無宗教の私は鬼なのか……

 上記の我が父の葬儀に関しては“安請け合い”の部類ではなく、体を壊してでも出席して当然の事情だったのかもしれない。 (ただ、父の突然死直後に早朝一番に遠方より幼い子どもを連れて駆けつけた身としては、我が命を失いそうな程に過密なスケジュールであった事は事実だ。)


 それはそうとして、世の中には小池氏が書かれているような人間関係における安易な“安請け合い”が横行している感触が私にもある。
 その背景には必ずや“人間関係の希薄化”現象が根底に存在するのであろう。
 親しくもない相手に対して「これ手伝って」「展覧会に出席して」と要望する背景には、対等な関係ではなく要望する側が上位に位置する歪んだ人間関係が存在するのかもしれない。 その種の上下関係が存在する場合においては尚更、下の立場の人間が素直に断ってあげるのが上位に位置する人間にとって今後の身のためともなろう。

 ましてや真に対等な人間関係においては、自分の思いを直言すれば済む事である。  それを直言して成り立たない人間関係など元々大きな歪みを内在している証拠であり、そもそも長続きしない関係でしかないはずだ。 
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人類は古代より“究極の正確さ”を求め彷徨う

2011年10月26日 | 学問・研究
 (写真は楔形文字が押印された紙片を写したものだが、何と読むかお分かりだろうか?  その答えは  「はらさとこ 女」 である。)


 先だって東京池袋サンシャインシティにある 古代オリエント博物館 を訪ねた。
 現在この博物館に於いては、常設展示の「タイムスリップ! 古代オリエントの世界」、及び「バーミヤーン遺跡の保存と修復写真展」(こちらは11月27日にて終了)等の特別展が開催中である。

 常設展に於いては、上記博物館の自主発掘調査によるシリアの家屋の復元模型をはじめとして、500万年前に地球上に人類が出現した当初使用されていた万能石器である「ハンドアックス」の展示、古代メソポタミアにおいて絵文字から発展した“楔形文字”(上記写真参照)が刻まれた土器や装飾品等の展示、及び古代エジプト文明や、シルクロードを経て我が国に伝わり正倉院に納められたササン朝ペルシア時代の工芸品等の数々が一覧できる。

 加えて皆さんも記憶に新しいと思われるが、イスラム教過激派タリバーンにより無惨にも破壊されてしまった歴史的建造物である「バーミヤーン遺跡」の仏像等の保存と修復を目指し、世界各国の考古学者達が精力を傾けている現状を映した写真の数々も展示されている。


 そんな中常設展において、古代使用されたという“世界最大の分銅”も展示物の一つとして公開されていた。
 残念ながら常設展のどのコーナーの展示だったのかの記憶もなければ、それがどれ位の重さと記載されていたのかの記憶もおぼろげであることをお詫びする。 
 確か現在の単位に換算して十何キロ位の重量であったと記憶しているが、その単位は古代であるから当然に「g、kg単位」ではなく別の単位であった。
 それにしても古代において既に測定上ある程度高度に精密さを保てる分銅が存在していた事実を知り、感銘させられたものだ。

 原左都子が今回この“世界最大の分銅”を目の当たりにして感激した理由には、私なりのバックグラウンドがあるのだ。
 元々医学関係者として私が社会に進出したのは、今を遡る事30数年前の学生時代にその分野に関連する学問と実習経験を経た後のことであった。
 特に無機化学分野の実験においては要求される単位が想像を絶するほど細かく、0,000… いくらかの精密な測定を余儀なくされたものだ。 当時既に電子測定器もあるにはあったが、その頃は学生の実習において分銅を使用する「上皿天秤」を用いる事が必修だったものだ。
 これが大変だ。 上皿の片側に乗せる分銅(汚染による劣化を回避するため決して直接手ではいじらずピンセット等を用いて天秤皿に乗せる)が大きい場合は扱い易いのだが、これが0,000… の世界に入るとその分銅とは極小の金属破片でしかなく、これを見失わないよう神経を使ったものである。
 片や、測定対象物である試料を天秤のもう片方の上皿に乗せる場合、(これは電子測定器を使用する場合も同様であるが)それが例えば薬瓶に入っている化学物質である場合など薬瓶から取り出すのにも難儀を極めたものである。 粒子状の試料の場合、たとえ目に見えない程の大きさであろうと一粒の粒子が多き過ぎると容量オーバーと相成るのだ。 試料用スパチュラー(さじ)で砕けるものはそうするのだが、水溶性が高い物質など固まり易いし、わずかな湿度でも水分を含有してしまっては精密な測定が不能となる。
 結局、我が過去の学生実習においてどれ程精密度の高い実験が可能だったのか…? と、上記古代オリエント博物館に展示されていた“分銅”を見聞して懐かしく振り返ったりもしたのである。


 そうしたところ、タイムリーに 「キログラム原器」 の廃止に関するニュースを朝日新聞で発見した。

 早速、朝日新聞10月22日一面記事「キログラム原器廃止へ」と題する記事を要約して紹介しよう。
 質量の単位「キログラム」の定義として120年以上使われてきた「国際キログラム原器」を廃止し、新しい定義へ切り替える方針が21日にパリ近郊で開かれた国際度量衡総会で決議された。 これにより長さや時間が現代的な定義に置き換えられることとなる。
 現在使用されている国際キログラム原器は、1889年に“メートル条約”に基づいて作られた白金イリジウム合金製の分銅であり、パリの国際度量衡局に厳重に保管されている。 
 ところが本来質量とは一定のはずであるのに(この「キログラム原器」が)洗浄により1億分の6程度軽くなったこともあり、高精度の測定が必要な先端科学の世界ではより正確で安定的な定義が求められていた。 ケイ素原子の数を高精度で数える方法等、物理の基礎的な普遍定数に基づく定義が技術に可能になったことを背景に、今後10年程かけて新定義の制度に移行する見通しである。
 長さに関しても、1983年からは高速に基づいて定義されている。 
 時間に関しても地球の自転や公転に基づいて定義されていたが、現在は原子が出す電磁波の周期による定義に変わっている。


 一般人の方々にとっては、例えば質量における“1億分の6程度のくるい”に関して何故それ程騒がねばならないのかが分かりにくいかもしれない。 確かに人間の日常生活の営みにおいては、それ程の正確さや厳密性は不必要と映ることであろう。
 ところが、紀元前の古代より人類は学問・科学に目覚め、その充実・発展と共に世の中は進化を遂げて来ているのだ。 
 この先永遠に存続するであろう宇宙の時空間に於ける恒久性を支えるべく科学が発展を続けるためには、数量単位の一つである質量において“1億分の6のくるい”とて許されるものではないことは自明の理である。

 今回の「キログラム原器廃止」のビッグニュースは、その意味で地球上に於ける何世紀かに一度のトピックスと私は捉えている。
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殿方の皆さん、定年後どう身を持たせましょうか?

2011年10月24日 | 自己実現
 先週の朝日新聞において、定年後の男性の “肩身が狭い” 思いを切実に綴った記事を2本発見した。


 その1本は、10月17日コラム「男のひといき」に投稿されていた62歳の男性による “お休みかと聞かないで” と題する記事である。
 早速、その一部を以下に要約して紹介しよう。
 ある日の午後、2人の見知らぬ女性が自宅に訪ねてきた。 女性の1人が聖書の一節を読み上げ「お聞きになってどう思われましたか?」と聞くので「今聞いたばかりで即答する程の感想はない」旨述べると、2人は「お暇な時に」と言ってパンフレットを置いて帰った。 そう言えば最初に「今日はお休みですか?」と聞かれ一瞬答えに詰まったが、定年後の自分にとっては今日も明日も休みだから「はい」と答えた。 嘘ではないのに面はゆい気持ちになった。 男が玄関から顔を出しても「今日はお休みですか?」と問わないで下さいね。気にする者もおりますので。

 早速原左都子の私論に入ろう。

 何と心優しい男性であろうか。 (おそらくマイナーかついかがわしいと思しき)宗教勧誘の(“押売り”に等しい)自宅訪問などに付き合って女性が読む聖書の一節を聞いてあげる等、真摯に対応するとは…
 主婦歴十数年になる私など、集合住宅1階玄関に訪ねて来た人物像が映し出される室内のモニターを一見するだけで、これは“訪問販売”、あるいはこれは上記のごとく“いかがわしい宗教の勧誘活動”と一瞬にして判断出来るというものだ。 後は「申し訳ありませんが一切興味がございません。」と一言のみ述べて、ガチャ!っとモニターの受話器を切るのみである。
 ただこの男性は62歳との事、おそらく定年退職後未だ2年の月日しか経過していないことであろう。 その種の“押売り”に等しい自宅訪問販売に慣れていないが故の今回の対応だったと推測する。

 それにしても気になるのは、「今日はお休みですか?」 との見知らぬ相手からの何気ない問いかけが、この男性にとって新聞に投稿せねばならない程に“心の痛み”となっている事である。
 例えば今現在の私など、自宅に商売目的で訪問してくる人物は私が「主婦」である事を暗黙の内に了承しているから故に「今日はお休みですか?」とは問わないのであろう。
 上記62歳男性にそう言われてみるに、元々“主婦”なる肩書きを好まない私としては逆バージョンとして 「今日はお休みですか?」 と聞いてくれない事の方こそが癪に障るとも言える。 (参考のため不動産所得がある私としては、「家にはいるけど自分自身の不労所得はあるよ!」 などとせせこましくも答えたくなるというものなのかもしれない…)

 上記のごとく逆バージョンとしてこの投稿者男性の思いが分からなくはないが、それにしても、自宅に“押売り”目的で突然訪ねてきた人物に「今日はお休みですか?」と問われた事実のみで、それ程までに気が滅入る事もないであろうに…


 もう1件の記事は、朝日新聞10月22日「be」“悩みのるつぼ”に寄せられた59歳の男性による 「定年後やることがありません」 である。

 上記相談内容を要約する前に、少し私事を語らせてもらおう。
 “ちょっとちょっと、59歳と言えば私とさほど変わらない年齢じゃないの。 私なんか自由に羽ばたかせてもらえるならば、胸の内にはやりたい事が盛り沢山だよ。  それでも自分が高齢出産で産んだ子供の責任を取って立派に育て上げる事を現在第一義と捉えている私としては、残念ながら今はまだ自分勝手には動けない身であることが現実なのよ……”

 それでは、ここで上記“悩みのるつぼ”への投稿を以下に要約して紹介しよう。
 38年間働いてきた職場を来年の3月に定年退職する。 子供たちは皆家を出て、今は妻と2人で暮らしている。 私の悩みというのは、定年後の人生において「何もすることがない」ということである。 会社の先輩には趣味に勤しんでいる人もいるが、私にはそういう趣味もないし、たとえ趣味を作っても3日経てば飽きそうだ。 書店で定年後の生き方を処方した本を買い求めても参考にならず、このまま定年を迎えても無為徒食の日々のまま死んでいきそうだ。 定年後の生活は預貯金や年金等で何とかやっていけそうなため「贅沢な悩み」と言われそうだが、よきアドバイスをお願いしたい。 

 再び原左都子の私論に入ろう。

 いやはや、日本に於ける大手等安定企業が過去において導入してきた経営方針である“年功序列による従業員が定年まで安泰”制度のマイナス面でのとばっちりを受けたと思しき相談内容であろう。 
 そしてこの相談男性ご夫婦は、おそらく適齢期に結婚してその後順当に産まれてきた子供さん達を立派に自立させて世に送り出しておられる事とも推測する。 原左都子が現在置かれている“遅ればせながらの子育て中”の立場より考察した場合、実に羨ましい限りの家庭を築いて来られたことなのであろう。
 現在定年を迎えようとする男性達と同年代である私は、同じ時代に自分の専門力によって安定企業に就職した。 それにもかかわらず、30歳にしてその企業を去り自分の意思で長い独身を貫く事を選択した私の視線から見ると、今定年を迎えようとしている男性達(女性含めて)とは今後まさに“輝かしき自己実現”の未来がそびえ立っているかに映るのである!

 
 そうでないとするならば、それは過去において“年功序列で定年まで安泰制”を貫いてきた日本の産業労働社会の負の所産と言えるであろう。
 
 今現在現役世代が生き延びている社会とは、産業労働界において凄まじいまでに過酷な現実を突き詰められている現実だ。    これ程までに貧しく厳しい労働経済国家に今後生きざるを得ない若者達の未来を、原左都子は憂慮している。
 現在の過酷な世界で今の若者が少しでも長く生き延びられたとしても、年老いた時には年金も減額かつ繰り下げ支給で“やることがない”などと虚しく嘆く暇などなく、まだまだ仕事を求めて彷徨い老体にムチ打ちつつ暮らすことを強いられるのであろう…

 「定年後やることがない」と嘆くなど、そんな若い現役世代に失礼な話だ。
 今定年を迎えようとしている諸先輩達は、自分の定年後の生き様くらい自己責任においてもっと主体的に捉えようではないか。                                       
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野田政権は挨拶だけして事は済まないぞ。

2011年10月21日 | 時事論評
 民主党が野田政権に移行して以来、やたら政権幹部の“挨拶パフォーマンス”がメディア上で目立つように捉えているのは原左都子のみであろうか。

 野田総理は大震災復興政策着手を後回しにして、就任後早速に米国オバマ大統領との会見に外遊した。 つい先だっては韓国のイ・ミョンバク大統領との会合のため、日本に保存されていた(おそらく懇親の官僚が用意したと思われる)韓国の古書を手土産に訪れたようだ。  いずれも差し迫った外交事案の解決のため自らの力量を発揮せんとの外遊ではなく、単に野田氏が日本の首相に就任した“お披露目挨拶”に出かけたものと私は捉えている。

 昨日、野田総理は都道府県知事連盟との会合にも“挨拶目的”で出席した模様である。 どうやら野田氏とは地方自治体政策をないがしろにしているとのマイナス評価を受けているようだ。 それに野田氏自らが応えて曰く、「どうも私は過去の民主党政権指導者に比して地方とのかかわりにおいて熱意がないとの噂のようだが、決してそんなことはございません。」云々… (あくまでも原左都子の記憶に頼っておりますため、正確でない場合はお詫びします。)

 ここで一旦私論に入ろう。

 残念ながら原左都子は野田氏のやる事なす事すべてにおいて“熱意”が感じられない印象を受ける。 それ故に上記の地方自治体の幹部の指摘は的を射ていると捉え、同感である。

 何と表現すればいいのだろう。
 例えば前総理の菅氏など元々“熱い”人物の印象が強い。 菅政権の下で実に運悪く大震災が発生した。 それ以降世が大混乱の状況下において菅政権末期に至るまであらゆる方面からバッシングを受けつつも菅氏は自らの政治家としてのポリシーを失う事なく、プラスマイナス両面で政治家としての意気込みが感じ取れたように私は捉えている。
 現在検察審査会より起訴処分となり法廷に立っている小沢氏など、私はそもそも好まない人物ではあるが、この人にも政治家としての執着心等内面に渦巻く凄まじいまでのパワーは感じ取れる。
 失礼ながらあの鳩山氏でさえ、現在は小沢氏の僕と成り下がり長老ぶっていてみっともないと表現しつつも、鳩山氏なりの政治家としてのプライドの一端は伝わる気がする。

 それに対して申し訳ないのだが、現首相の野田氏には未だに政治家としての何らの気迫も感じ取れないでいる原左都子である。
 それでも、何故民主党が今回の党首選において野田氏を選出したのかは理解できている。 結局、この人が一番“無難”だったのであろう。 一昨年歴史的政権交代を果した後総理の失態続きで短命政権を余儀なくされている民主党においては、とにかく“無難な”人物を選出しておかない事には、早期に野党や国民から叩かれ解散総選挙と相成ってそのとばっちりが党内議員の我が身に降りかかってくるのである。 それを避けるための苦肉の策として野田氏が党首に選出されたという事であろう。

 今のところ、一見したところでは野田総理はまだボロは出していない。 ところが日々ニュース報道に接しても、この人が打ち立てた業績に触れることも残念ながら何一つないのだ…
 ここでちょっと申し訳ないが(冷静さに欠ける報道であることを承知の上で)週刊誌記事の題目を紹介すると、「国民の血税40億円をドブに捨てちゃう野田」 「野田さん、1000%僕らの方が頭がいい。あの人には中身がありません。と財務省キャリアが言いたい放題!」……
 実は私もこの週刊誌の題目と同様の危機感を、党首選以前より野田氏に感じていたのである。
 人間とは上っ面をそれなりに繕っていようと、観察力が鋭い立場から見ればその内面が見通せるものである。 野田氏には結局総理(政治家)としての中身がないのに、同僚議員や手下の官僚どもより単に“無難”な人物である事を“我が身息災”な観点の下に利用されているのみなのではあるまいか??? 


 それが証拠の、野田総理就任以来の“挨拶パフォーマンス”の有様なのではなかろうか?
 米国のオバマ大統領にとっては、今や自国内の国政・経済危機に対応することが最優先課題であろう。 米国にとって日本とは軍事面では利用価値が大きいが、コロコロと短期間で首相が入れ替わる小国日本の見知らぬ首相となど会合している場合ではなかったはずだ。 そうしたところ、野田総理から「沖縄基地を撤退してくれ」と訴えらる事もなく、そそくさと帰国してくれたことに安堵していることであろう。
 韓国のイ・ミョンバク大統領とて、内心は過去に於ける日本の侵略の歴史でも問い直したい思いだったかもしれない。 今や経済力が対等か勝っている自国韓国の古文書が何故日本などに保管されねばならなかったのか!? 日本政府はもっと早く返還するべく行動を取れるはずだったものだ!、とお怒りのことであろう。
 (以上、オバマ氏とイ・ミョンバク氏の思いを原左都子が代弁しました。)


 野田政権の若き閣僚どもも、野田氏と同様のメディアを通じての“挨拶パフォーマンス”行動に専念しているようだ。
 原子力行政担当大臣の細野氏とはわずか40歳であるらしいが、頭をグリースで塗り固めて福島原発被災地に出向くのはいいのだが、いつも単にその“グリース頭”を下げるばかりで、何らの復興政策を提案するでもない。
 財政大臣の安住氏は、一見煮え切らないような国会答弁に対して“覇気が無い”等の批判が押し寄せていると聞くが、まあそれ程の“体たらく”人物でもなさそうと弁護しておこう。 それにしても、確かにこの人物より能動的な政策論を聞いたこともない。(野田氏の後を継いで“復興増税”と“消費税10%”発言はしてるけどね…)
 野田政権下で外務大臣に任命された玄葉大臣に関しては、最近足繁く沖縄に出向いている様子だ。 米軍基地を「少なくとも県外」と表明して政権交代した過去に関してお詫び行脚の最中のようだが、玄葉氏が今行なっている事は国民の目線から見るとやはり“挨拶パフォーマンス”の範疇に過ぎないよ。 原左都子は米軍基地を本心で沖縄から移設して欲しいと願っている人間であるが、あなたが今行なっている“挨拶パフォーマンス”は沖縄基地反対派の反発を買うだけだよ。
 
 そんな中、野田政権発足後わずか10日で暴言発言により経済産業省退任した鉢路氏の後に同省大臣に任命された枝野氏のみは、野田総理に指導されて馬鹿げた“挨拶パフォーマンス”行脚をするでもなく、しっかりと自らの方策を述べているようだ。 政治家とは本来枝野氏のごとくあるべきだよ。 世の非難を受けようと“自ら考え自ら行動する”、これが基本である。
 
 なのに何故、(原左都子から見れば)優秀な人材が組織から排除されようとしてしまうのか?
 それは政権に限らず「組織」という存在が存続せざるを得ない世の常の所産に他ならないような気もする。
 日本に於いてはせっかく何十年かぶりに政権交代したにもかかわらず、その甲斐もなく歴史的に未だ旧態依然とした過去に安直に戻ろうとする気配が続いているのもその故であろう。

 それにしても、社会とは自己満足の“挨拶パフォーマンス”だけをしたとて上手く機能するはずもない野田(のだ)! 
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