原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

なぜ、入試会場へのネット通信機器持込を認める?

2011年02月28日 | 時事論評
 この手の犯罪が起こるべくして起こったとも言えるネット機器氾濫時代において、入試会場内への携帯電話等の持込が平然と認められている現状に唖然とする原左都子である。


 事が明るみになった発端は、京都大学で去る25、26日に行われた大学入試2次試験に於いてであった。

 数学と英語の試験問題の一部が“試験中”にインターネット上の「ヤフー掲示板」と称する掲示板に投稿されたそうなのだ。 京都大学は受験生が携帯電話等から投稿した可能性があると見て調査を開始すると同時に、本日(28日)午後、警察に被害届を出した模様である。
 京都大学副学長は昨夜の記者会見に於いて「厳正かつ公正に行われるべき入学試験の根幹を揺るがす重大な問題で、大学の業務として行われた入学試験を妨害する犯罪行為だ」と述べ、各学部長を集め緊急の入学試験委員会を開いたようだ。 来月10日の合格発表は予定通りに行うそうであり、不正を働いた受験生が特定され、この受験生が仮に合格していれば合格を取り消すことを確認したとのことである。

 報道によると、最も早い掲示板への書き込みは数学の試験の開始時刻である午後1時30分の直後とも言える1時37分に、入試問題と共に「解答だけではなく途中計算もよろしくお願いします」とのコメントが掲載されていたとのことだ。

 原左都子の憶測になるが、この事実から推測して今回の掲示板への書き込みは受験生(あるいはその他)が咄嗟の出来心でネット投稿に及んだのではなく、事前の準備を含めた綿密な計画性が伺えることは明らかだ。
 しかもそれは単に一受験生の思いつきと言うよりも、“組織ぐるみ”の犯行の可能性が強い気配もあるのではなかろうか? それも小さな組織ではなく、背後には受験生を合格させることにより利潤や恩恵を得ることができる、ある程度大きな組織のたくらみが存在するのでは?? と推し量る原左都子は、単なる推理好きであろうか?

 ところがそうも言っていられないのは、同様の犯罪が既に私立大学の入試会場に於いても少なからず行われていたとの報道である。 
 例えば、同じく京都市に位置する同志社大学では2月8日の文・経済学部の英語の入試中に同じIDから問題の一部が掲示板に投稿されたとのことであり、はたまた2月11日にも東京都の立教大学において同様に英語の問題の掲示板への投稿があったそうなのだ。
 その他、早稲田大学入試に於いても同様のネット上の書き込みがあったとのことである。
 今後捜査が進むにつれ、入試中にネット書き込みがあった大学は拡大していくことであろう。


 それにしても、原左都子は合点がいかない。

 例えば私立大学の入試会場に於いてもその種の不正があったのならば、何故私学はそれを直ぐに公表しなかったのか!? 
 世間への不正行為の公表はおろか、入試における不正行為発生を大学が認識出来ているにもかかわらず学内においてすらその捜査を実施するでもなく、既に合格者を発表しているとは、これまたどういう事なのだろう?? 
 今回京都大学が不正行為発生直後に公表に踏み切ったことを受けて、既に入試日から20日以上が経過した今頃になって私学が慌てふためいて 「我が大学でも同様の不正行為があった」 などと遅ればせながら公表し、「我が大学では既に合格者を発表しているが、今後の捜査結果によっては合格を取り消す…」 と言ったってねえ…

 だからこそ、原左都子は“胡散臭さ”を感じてしまうのだ。
 “その公表の遅さ イコール 不正行為の容認” と市民に受け取られてもやむを得ないのではなかろうか?
 時は“少子化時代”である。 どんな手段に頼ってでも一人でも多くの合格者を確保したい私学の裏事情が今回の不正行為の公表の遅さにつながり、最悪の場合、それが“組織ぐるみの入学者囲い込み”と意地悪く推測する私のような人間がいても不思議ではない時代背景ではないのだろうか??


 「原左都子エッセイ集」バックナンバーにおいて再三私論を述べているが、大学とはあくまでも学問を伝授、追究する学府であるべきなのだ。  そのような神聖であるはずの学問探究の場に、不正行為をなす学生などに決して門戸をくぐらせてはならない。
 とは言えども、国公立私立を問わず大学生とは名ばかりで大学在学中に学問に触れることもなく卒業単位のみを何とかクリアした学生が、今尚数多く社会に排出されていることは否めないであろう。
 その現実をもどうにかしたい思いが山々の原左都子ではあるが今はそれを差し置いて、今回の入試における不正行為は事が悪質である。 (京大はよくぞ警察に被害届を出してくれたものだ!


 差し当たっての解決策として、入試会場への携帯電話をはじめとするネット通信機器の持込を禁止してはどうなのか?

 原左都子自身も4、5年前に税理士試験受験経験があるのだが、その時にも試験会場内への携帯電話の持ち込みは電源を切る事を条件に「可」であった。 試験会場である大学によっては、300人規模の大教室に於いて試験監督者はわずか3人。  そのうちの一人は前方の席に座って試験の注意事項等の指示をした後全体を見渡す役割のようで、そしてもう一人は受験者全員の受験票写真のチェックに回り、後の一人は後方に位置しているものの、これでは監督業務が手薄であろうことを、私は元教員として入試にかかわった経験がある立場での感覚を抱いたものである。 (参考のため高校入試の場合は一教室の受験者数が40人程度であり、そこに監督者が2名張り付いたものである。 携帯電話など当時は存在しなかったし、現在でも当然ながら持込禁止だろうしね。)

 同じく、来年度大学入試を控えている我が娘も同様の事を口にするのだ。
 各種予備校の模擬試験を幾度か経験している娘が言うには、「机に座って寝ている監督者もいれば大して監督業務をしていない係員もいるから、カンニングを志す受験者がいるなら十分出来る環境だよ。」

 実際の大学入試では、厳格な監督がなされていることに期待したいものだ。
 ただ大学入試に於ける“大教室”の利用や監督者数の手薄さを考慮した場合、ここは思い切って携帯電話等のネット通信機器を試験会場に持ち込むことを禁止してはどうなのか。
 通信機器を持参した受験生に預り証を発行して事前に回収保管し、試験終了後に返却すれば済む問題であろう。
 まさか人件費が多大に発生する試験会場監督者を増強できるはずもない大学の実情に照らして、それこそが一番の解決策だと私は思うのだが…
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学校は、地域住民の苦悩にも配慮するべき

2011年02月26日 | 教育・学校
 2月16日の朝日新聞「声」欄に、学校の現役教員の立場から以下のごとくの投書があった。

 早速、 「匿名の苦情電話、合点いかず」 と題する投書の内容を要約して紹介しよう。
 「歩道での歩き方をもっとしっかり指導して欲しい」 電話口から怒りの声が聞こえてくる。 確かに道いっぱいに広がって登校する生徒もおり、学校では一列で登校しようと呼びかけている。 しかしなかなか指導が徹底せず、1年に4、5回はこんな電話が鳴り響く。 決まって匿名で、名前を尋ねても「結構です」の一言が返ってくる。 そんな匿名の電話に私は合点がいかない。 子どもを大切にして皆で育てる社会が今、求められている。「子どもが悪いのは学校だけの責任ですか。あなたには責任がないのですか」と問いたい。「子どもの姿はあなたの姿ですよ」とも言いたい。 もし、地域、保護者、学校が一丸となって子どもを育てていこうとの気持ちになれば、電話の仕方も変わってくるはずだ。 その場で直接注意し、子どもを諭すことが大切ではないか。


 早速、原左都子の私論に入ろう。

 この投書を一読して、ある種の不快感を抱いた私である。
 投書者である教員には何かが欠落している。 あるいは自らの教員としての責務を棚に上げて地域住民に子どもの教育の責任転嫁をする思想の背景に、何らかの特権意識が見え隠れしているような後味の悪さすら残るのだ。

 地域住民からこのような電話がかかってくる事を、今の時代はむしろ学校は歓迎するべきではないのだろうか?  電話の主は一地域住民として子どもと係わっていこうとの感覚が少しでもあるからこそ、子どもの登校時の様子を学校に知らせてくれているのだと、善意に解釈できないのであろうか?
 “地域”などという言葉が形骸化している今の時代に、誰が学校になど好き好んで電話すると思っているのだろう??  通常は“一切無視”で済まされてもやむを得ない所属生徒の登校時の情報を、地域住民がわざわざ電話で知らせてくれることに学校は感謝こそするべきだ。
 であるにもかかわらず、この教員は地域住民からの苦情電話を悲しいかな“否定的”に捉えている様子が投書の節々から伺えてしまう。
 投書者は、「子どもが悪いのはあなたには責任がないのですか」と電話の主である地域住民に迫ったり、 加えて、地域、保護者が学校と一丸となって子どもを育てていこうとの気持ちになれば電話の仕方も変わってくるはず、とまで(身勝手に)議論を発展させているのは、教員として一体如何なる思想に基づいているのであろうか??? 

 今回の電話が匿名であったことをあくまでも責める投書内容であるところも、大いに気掛かりな原左都子である。  私論としては、この事例の場合「匿名」であろうと名を名乗ろうと、さほどの不都合はないとの感覚を抱くのだが……
 (「原左都子エッセイ集」バックナンバーに於いて“タイガーマスク現象”を取り上げているが、例えばの話、寄付行為においては実名を名乗って自らの寄付金の使い道を明示するべきであろう。)  一方、地域住民が学校へ電話する場合、懸案に関して今後学校が話し合いを持つ程に積極的に対応してくれる期待感があるならば住民も自ずと名を名乗るであろうが、それが叶わない諦め感が強いからこそ匿名で済ませている実態なのではなかろうか? 


 ここで、原左都子の私事に移ることにしよう。

 「原左都子エッセイ集」のバックナンバーでも既述しているが、我が家は娘が通った公立小学校からわずか徒歩2分の距離に位置している。 しかも、一戸建て住居が一面に広がる低層住宅地域に於いて数少ない高層集合マンションの上階部の一部屋に暮らしているため、小学校からの騒音が直接大音量で響いてくるのだ。 日々、学校のチャイムをはじめ各種放送や生徒が発する喧騒を聞きつつ生活していると言っても過言ではない。
 我が子が転校後一時お世話になった小学校でもあることだし、まさかその苦情を今後も学校に提言することもないのだが、その騒音たるや決して生易しいものではないのが実情の日々である。

 加えて、小学校に程近い場に我が集合住宅が位置しているせいか、学校の放課後には周辺住民の子ども達が我がマンションの共用施設に集結して遊び放題なのである!(都会は子どもが遊べる公園も少ないことだしね…)
 人間関係が希薄なこの都会に於いて、多少の“悪さ”をはたらく子ども達を叱り飛ばせるのは教員経験がある私しかいないと腹をくくり、原左都子は果敢にも近隣小学校の児童達を注意した事が何度かある。
 例えば、我が集合マンションのエレベーターを恰好の遊び場所としていた少年達に向かって 「エレベーターとは子どもの遊び道具ではなく、住人にとっては大切な移動手段である!」 事を説諭したことがある。 はたまた、集合郵便受けの下のわずかなスペースに陣取ってゲームマシンに励む少年達を発見した時には 「あなた達がここでゲームをしていたのでは、このマンションの住人は郵便物を取り出せないよね!」 と厳しく迫ったこともある。
 それ程果敢な原左都子にして、後々2、3日は少年達の親どもが 「他人が我が子に勝手な指導をしないで下さい!」 と我が家に攻撃してくるのではないかと本気で怯えたものだ。
 それ程に、今の時代は一般住民が他者に係わることとは危険を伴っていることも私は理解できているのだ。 だからこそ、学校(特に公教育現場)にはその種の“受け皿的役割”を果たして欲しい思いも強い原左都子なのである。


 現在我が娘が通う私立女子中高からも、保護者会において再三再四同様の通学時の生徒の態度の乱れに関する報告を校長をはじめとする先生方から聞く。 やはり、少なからず地域住民から苦情の電話があるそうなのだ。
 女子校に通う生徒など元々“かしましい”ことこの上ないであろうことは想像がついて余りあるし、加えて我が娘が通う通学路が なんと! 閑静な住宅街に位置しているのである。 我が子は静かな部類であるが、大勢の生徒達が及ぼす近隣住民の皆様への日々の迷惑度を想像しては、一保護者として心より申し訳ない思いである。


 今回朝日新聞へ投書を寄せた学校の教員の方に一言申し上げたい。
 そのような排他的発想でせっかく電話を掛けてきてくれた地域住民を攻めていたのでは、ますます “地域、保護者、学校が一丸となって子どもを育てる” とのあなたの理想が遠のくばかりではあるまいか?
 そのような窮屈な感覚で日々子どもに接している教員がいることに、私はむしろ危機感を抱いてしまうのだ。
 ここはもう少し寛大な心で、せっかくの地域住民の訴えに耳を傾けるキャパシティを学校の教員として持つべきなのではなかろうか?
                         
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ワクチン接種は保護者の判断に任せて欲しい。

2011年02月23日 | 健康・医療・介護
 一人娘がフランス修学旅行から帰国し、我が束の間の“独身三昧”も終止符を打っている。

 エジプト、リビアのごとくの政変動乱に巻き込まれることも、現在ニュージーランドで発生中の大地震のような天災にも見舞われず、大きな病気も怪我もなく無事帰って来てくれたのが親としては何よりである。


 ところで、今回の我が娘の修学旅行の出発前に一保護者として大いに頭を悩まされる事象があった。
 それは、高校からのインフルエンザワクチン接種“半”強制だったのであるが、事の始まりは昨年10月頃、フランス修学旅行に際して参加者生徒全員に配布された“インフルエンザワクチン集団接種のお知らせ”であった。

 
 元医学関係者でもある原左都子のインフルエンザワクチン接種に対する見解については、昨年度新型インフルエンザが世界規模で流行した時期に、「原左都子エッセイ集」バックナンバーにおいて私論を再三述べているのでそれを参照していただきたい。
 厚労省が年齢層等により接種順位を決め、そして接種は2回だ、いや1回、と医学的根拠もなく二転三転して醜態を晒しつつ全国民にワクチン接種を“半ば”強制した事は、皆さんも記憶に新しいであろう。 国を挙げてすったもんだの大騒ぎで国民を混乱に巻き込んだものの大した流行規模にはならず、輸入ワクチン大量余剰による巨額の損失を積み上げただけの新型インフルエンザ騒動であった。(あの巨額損失に関しては国会においても追及されないのだが、如何に処理されたのだろうか???)

 「原左都子エッセイ集」の長期読者の方々は既にご存知であろうが、原左都子は医療行為に関して一貫して慎重な立場を貫いている。
 現代社会において、科学の一分野である医療の目覚ましい進化は生命体の存続発展にとって今後共無くてはならないものであり、我々はその恩恵があってこそ命を育むことが可能であることに関しては、原左都子も当然ながら認めるところである。 
 一方で、医学・医療とは生命に直結する科学分野であるが故に専門性が高く、一般市民に分かりにくいのも事実であろう。 「この薬を飲めば治ります」「このワクチンを打ったら病気にはかかりません」…  医師をはじめとする医療関係者、ましてや国家からそのように指導されたら、それを鵜呑みにしてしまうのが悲しいかな一般市民の実情でもあろう。

 ところが、ワクチン一つとってもそう簡単にはいかないのだ。 
 「みんながワクチン打ってるから、私も早くワクチン打って助かろう!」
 昨年の新型インフルワクチン騒動など、国民皆にその種の吹聴をしてワクチン接種のために我が身息災観点から“我先に!”と病院へ走らせた厚労省であったと言えるのだが、その罪は大きいものがあると今尚私は捉えている。

 まずワクチンの「安全性」面から説明すると、薬に副作用があるがごとくワクチンにも当然ながら副作用がある。(これが発症するのは全接種者中ごくわずかな確率ではあるが。) それ故にワクチン接種時に手渡される説明書にも副作用に関する記載があり、医師もワクチン接種直前に接種者毎に体調や副作用が発症し易い体質か否かのチェックはしている。 ただ医療機関に於けるこのチェック体制が万全とは言い難く、いずれのワクチン接種においても必ずや大なり小なり(重篤な場合死に至るほど)の副作用が僅かな確率ではあるが発生しているのが現状である。

 そして次に検証するべきはワクチンの「有効性」であるが、インフルエンザワクチンに限って言うと、その有効性は“低い”と結論付けるのが現実ではあるまいか? ワクチンを打ってもインフルエンザに罹患する患者が少なからず発生してしまうのがこのワクチンの特徴でもある。 これに関しては、ワクチンを打っておけばインフルエンザに罹患しても症状が軽くて済むと医療機関から説明されているようだが、私に言わせてもらうと、その種の接種者とはたとえワクチンを打たずにインフルエンザに罹患したとしても、そもそも重篤な症状には至らない健常人の範囲内の話ではなかろうか??


 話を我が娘のフランス修学旅行前のインフルエンザワクチン接種に戻そう。
 学校の気持ちは重々分かる。 二百数十名という大集団を引き連れて厳寒の時期にフランスを訪れようとする場合、とりあえずインフルエンザワクチン接種を生徒全員に半強制しておくことで引率側の学校の“責任”は大いに軽減されることであろう。
 修学旅行前の保護者会でも、再三再四ワクチン接種について大人の保護者相手に強要されたものである。

 学校の気持ちは分かろうと、一方で保護者には我が子の生命を“本気”で守り抜く責任があるのだ! 
 我が娘の場合、産まれ持っての若干の事情があるためか身体面においても万全とは言い難い側面を抱えている。(生命にはさほど係わらないのだが、幼い頃より原因不明の“奇病”を発症して医師さえその診断が下せなかったことを幾度も経験している。 医学経験のある母の私は、私なりのある程度の診断を下して来ているのだが…)  その一つとして娘は“不明熱”を発症し易い体質であり、以前エジプト・ギリシャ方面へ家族旅行した時にも39度を超える発熱をして、ホテルで2日間寝て過ごした経験がある。 
 今回のフランス修学旅行に当たっては、アレルギー体質も兼ね備えている我が子のインフルエンザワクチン接種後の副作用を考慮して、親としてはワクチン接種は避け通したかったのが本音である。 ただ、厳寒のフランスで運悪く不明高熱を出した場合、それがインフルエンザと現地医師に誤診されてしまう場合も想定して、“苦渋の選択”としてワクチン接種に踏み切った私だったのだ。

 幸いなことに、ワクチン接種後副作用が出現せずに娘がフランスに旅立てたのは実にラッキーだった。
 一方で、上記のごとくインフルエンザワクチンの「有効性」に関しては元々信用していない原左都子であるため、娘にワクチンの副作用さえ出現しなければそれだけで万々歳であったと言えるのだ。 (本音を言うと、“医療と政府との癒着”か?とも言えるワクチン接種に、個人負担金5000円を投資したくはなかったのだけどね…。)


 インフルエンザワクチン接種など私自身は一回足りとて受けたこともなければ、今後一生受けることもないだろうけれど、もう数年来インフルエンザに罹患していない原左都子である。
 人為的医療に出来るだけ頼らず自然体で生きている私は、恐らくあらゆる病原体に対して“不顕性感染”(感染しても発症はせずに免疫を獲得している状態)で自然に強靭な免疫力を得ていることであろうと信じている。 “アジュバント”(病原体の免疫増強剤であり、人体内において予期せぬアレルギー反応の原因となる物質)等の不純物が混ざるワクチンを体内に入れることこそを、私は何が何でも避けたい思いだね!


 それにしても、もうそろそろ日本の学校も大集団で修学旅行に行くことを終焉してはどうなのか??
 集団とはその規模にかかわらず“存在自体が”周囲に迷惑を及ぼすことが明白である。
 はたまた今回のインフルエンザワクチン全員半強制のごとくの、個体差の激しい子供達一人ひとりの個性を尊重し得ない無責任な一律指導などしなくて済むのだ。

 そしてそして、今回のニュージーランドのごとくの予期せぬ大地震等に際しては、一度に多くの命を失わずに済むと言うものでもあろう。
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酒の適量と周囲への迷惑度との相関関係

2011年02月19日 | 
 先だって我が一人娘が高校の修学旅行でフランスに旅立ち、束の間の“独身”を謳歌する原左都子である。
 昨日も昼間、とあるコンサート(また機会があれば「原左都子エッセイ集」で紹介しましょう。)に出かけた帰りに、夜一人でイタリアンレストランに立ち寄った。

 (余談になるが、こういうシチュエーションの場合何十年も連れ添っているご夫婦は滅多にない2人だけの時間を大事に共有するのだろうか??  一方見合いで晩婚に至った我が夫婦の場合は、当初よりお互いのライフスタイルを尊重し合っていることに関しては「原左都子エッセイ集」バックナンバーでも再三既述している。)
 今回の一人娘“外遊”の間のお互いの行動に関しても、 私曰く「夜多少帰りが遅くなってもいいよね?」 亭主応えて「どうそ。どうぞ。」 との快諾を得ている原左都子なのだ。
 (それ程に普段より原左都子に対する亭主からの信頼が厚いという訳なのよ!?! いや、ほんと!!)

 という訳で、私は昨夜コンサート帰りに“お一人様”の身分で某イタリアンレストランへ夕餉を楽しみに行ったのである。
 原左都子程の年齢になると、外部の食事処で“お一人様ランチ”を食する程度に関してはもう“お手の物”である。  それでも、ことディナーとなると(飲兵衛であるから当然ながらお酒を嗜みたい私であるため)、女一人であるが故の多少の躊躇感は否めないのが実情である。 今回はその種の躊躇感を抱かなくて済むとの知人から得た情報を元に、このレストランを訪ねたのだ。
 ところが、お酒を注文するに当たってやはり“躊躇”した私である。
 お酒は「シャルドネ種スパークリングワイン」と自分の好みで即決!したのだが、これをフルボトルで頼むかあるいはハーフボトルにするか大いに迷ったのだ。 (飲兵衛の原左都子にとってはフルボトル1本でも足りないアルコール量なのだが、女一人であることが周囲に見え見えの立場でフルボトルを注文したら、きっと目立つよな~~。 かと言ってハーフボトルを何本もお替りするのももっと目立つし……) 
 と言うのも、持ち前の客観力で周囲を見渡すと、同年代の女性客達が“しらふ”で料理のみを注文して“喋り力”のみで長時間居座っているようなのだ。
 その様相を観察して、結局ハーフボトルわずか一本のみでそそくさとその場を退散した私である。

 
 要するに、酒の適量とはTPOに応じてわきまるべき事を“我が意に反して”再確認させられたという訳だ。
 そうしたところ本日(2月19日)付朝日新聞「悩みのるつぼ」においてタイムリーに、「酒の適量が分かりません」と嘆く30代既婚女性の相談を発見した。

 その相談によると、会社員である30代既婚女性はご亭主の理解も得つつ普段友人等と酒の会合を楽しんでいる様子である。 そんな恵まれた身分であるようだが、時折記憶を失う程に飲み過ぎるらしいのだ。 現在のところ、それで今の生活を失う事はないようなのだが、いつか取り返しのつかない大失態を演じそうで怖いから故に、「酒の適量」を知りたいとの相談内容である。

 
 ここで私事に入って恐縮だが、生まれ持っての飲兵衛体質の原左都子など長い独身時代には余りある酒の醜態を周囲に晒して来ている。 
 それらのすべてが自己責任の範囲内だという事を私は当時から十分自覚出来ている故に、その醜態をきっかけとして友や恋人を失う事になろうとて、あくまでも自分自身で解決してきたものである。(そんな私に対して皆さん好意的に対応してくれ、結果として真に大事な友は失わずに済んだものだ。)
 今回、車谷長吉氏が回答欄で述べておられるような、警察官等の第三者にお世話になったアクシデント(新宿歌舞伎町で朝方補導されかかったことがある)に関しても原左都子はバックナンバーで述べている。 既に成年に達している私にとってはまさに“自己責任の範疇”であり、自分で対処すれば片付く程度の失態だったと振り返る。

 とにかく酒に酔っ払った挙句の“過ち”を酒から覚めた後に自分で善処できてこそ、末永く「飲兵衛」として生き延びられることであろう。
 (もちろん、飲酒の沙汰が飲酒運転等人命を奪うごとくの法に激しく反する罪深い事象を避けられないならば、当然直に飲酒人生を更生するべきであるが。)


 ただ、今回の“悩みのるつぼ”相談者と同じく底なし飲兵衛である原左都子も、酒による大きな“過ち”をしでかす前に、自分自身の酒の適量を把握しておきたいとの気持ちは分かる。
 自分らしく酒を楽しめて周囲に迷惑をかけない酒の量ぐらいは、飲兵衛個々人が把握できているべきなのである。 おそらく真正飲兵衛の方々とは家庭においては愛飲するお酒が決まっていることであろう。その純アルコール量を正確に計算して、その量を超過しない酒量を測りつつアルコールを楽しめばよいのだ。
 
 ところが、外部の飲み処でこれを実行するのは多少の困難が伴うのが事実である。
 一緒に飲む相手やその目的、飲む酒の種類、そして場の雰囲気により大いに飲む量が左右されるのが飲兵衛の宿命である。 それでも、私の場合は自分が摂取する純アルコール量をある程度計算しつつ、周囲に流されず自主的にお酒を注文するのだけどね。 そしてアルコール純量が計算できなくなった時点で既に飲み過ぎだからもう止めようね。

 「原左都子エッセイ集」において、「嫌な飲み会は行かぬが一番!」なるバックナンバーも披露しているが、職業人の立場としては仕事上の飲み会を回避できない等々、好まない飲み会に出席せねばならない時もあることは心得ている。
 事実上記のごとく、私の年齢にして外部の飲み処で一人で飲む場合にすら周囲をはばからねばならぬ場合もあるし…。


 それでも、飲兵衛にして自分が気持ちよく飲める量をある程度把握出来ていて尚、周囲にはばかれる客観性を持ち合わせているのであれば、きっと何処の飲み会においても「酒の適量が分からない」と嘆く事もなければ、記憶を失うまでに深酒してしまうこともないと思うのだけど……

 それにしてもこの朝日新聞「悩みのるつぼ」の相談女性は、今現在は酒に理解のある亭主に恵まれている身であるからむしろ、30代にして自らの“飲兵衛気質”に苦悩しているのかとも捉えられる相談と推測する。 
 やはり酒とは人間関係において災いをもたらし易い厄介物であり、30代相談女性がこのまま“記憶を失う”程の大酒を浴び続けた場合、果たしてご亭主と長続きするのだろうかと、(自分を棚に上げて)要らぬお節介をする原左都子である…        
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50代にして早くも“孫”が心の支えなのか?

2011年02月16日 | 自己実現
 50代にして、長男夫婦が既に不妊治療適齢期であり体外受精に6回挑戦したが赤ちゃんが授からない???

 これは2月12日付朝日新聞別刷「be」“悩みのるつぼ”の相談内容なのだが、(相談者である50代主婦は一体幾つで長男を産んだのだろう?) と咄嗟に計算を始めた私である。
 不妊治療適齢期と言えばおそらく長男夫婦は40歳前後位と仮定して、相談主婦が仮に59歳であるならば19歳頃に長男を産んだことになるから、そうおかしな話でもないのか…
 などと、高齢出産の我が身としては50代同世代にしていろんな人生があることを再認識させられる相談なのである。


 それでは早速“悩みのるつぼ”の 「子のいない長男夫婦がふびんで」 と題する相談内容を以下に要約して紹介しよう。
 50代の主婦であるが、夫婦共に保育士をしている長男夫妻にまだ赤ちゃんが授からない。年齢的なこともあり不妊治療を受け体外受精に6回挑戦したが結果が出ない。本当にかわいそうでならない。 嫁は気立てのいい芯のしっかりした子で(不妊治療が)ダメだった時に「折れた心を修復してまた頑張ります」とメールを打ってきた。私はこれを読んで涙が止まらない。 世の中は順番通りにはいかないもので後で結婚した下の子に先に初孫が授かった。それはうれしいのだが、世の不条理を思い本当につらい日々だ。 こんな立場の時はどんな気持ちで乗り切ればよいのか。


 早速、私論に入ろう。

 嫁、 孫、 順番通りにいかない? それが世の不条理? それで涙がとまらない…??  
 いや~~、立場の違いとは言えども、40近くまで独身を謳歌した後にやっと一人だけ子どもを産んだ原左都子にとっては、一生縁がなさそうな言葉ばかりが羅列されていることにたまげてしまう相談である。

 まあそれにしても、上で計算したように50代と言えば確かに“普通に”孫がいる年代である。 私の知人にも早くも30代で“おばあちゃん”になった女性もいれば、60歳少しで既に“ひ孫”がいる人もいる。 これらは極端な例かもしれないが、原左都子世代の世間一般の常識からすれば、40近くで子どもを産む事の方がごく少数派で例外的であったことであろう。
 以前、女性の出産年齢に関する当時の統計資料を目にしたことがあるが、私が出産した時代の40近くの「初産」は1%以下の統計確率だったように記憶している。

 そんな私であるためか、今回の相談に関してはどの角度から考察しても相談主婦の心境にはなれない。
 「原左都子エッセイ集」のバックナンバー「年老いては子に従わず、見返りも求めず」においても既述しているが、私の場合娘に若干の事情があるせいもあるのだが、親として我が子の将来を展望に入れて今後どれだけの事をしてやれるか、との発想しかない。 この先我が子が順調に成長し自立してくれるだけで、親として十分過ぎる感覚なのだ。

 別の側面から考察すると、そもそも私の場合子どもを設けることに関してすらどちらでもよかった程であるから、ましてや孫をこの手に抱こうなどという発想もまったくない。 (いえいえ、もしも我が子が孫を産んで「育児を手伝って!」などと嘆願されたものなら俄然張り切る性格ではあろうが、今のところはその種の希望は一切ない。)
 今はただただ我が子の自立を望む私の将来の夢は、我が子自立後の自らの“自己実現”なのである。
                                
 そんな50代原左都子の存在もかなり極端であろうことは認めるものの、それにしても同じく50代相談主婦の、未だこの世に産まれ出ない長男夫婦の孫にかける“歪んだ思い”もどうにかならないものであろうか。
 こんな “孫一筋!” とも言える義母を抱えている“嫁”こそが最大の犠牲者であることは明白だ。
 長男夫婦が子どもを欲しがり体外受精に及んでいる事に関してはある程度は本人たちの自由であるとしても、特に産む性である“嫁”の苦しみに義母の立場からの言動が追い討ちをかけていることに、この50代主婦は気付かないのであろうか?
 この相談、誰が読んでも一番落ち度があるのは相談者であるあなたなのだ!
 赤ちゃんが出来ずに切羽詰っている長男夫婦(とくに“嫁”)の真相心理の程を気遣うことも出来ず、嫁に「また頑張ります!」メールまでさせているあなたの存在こそどうにかならないのか??


 今回の“悩みのるつぼ”回答者であられる 社会学者の上野千鶴子氏 も、私と同様の回答をされている。 以下にその一部を紹介しよう。
 こういうご質問、困りますね。 これはどなたのお悩み? お困りなのはあなたご自身なのですね? 長男に子どもがいないことを気に病んでいるのはあなたご自身ではありませんか? そんなあなたに「がんばります」とメールで報告してくるお嫁さんは何てけなげなのでしょう。せめてその負担を減らしてあげられませんか。 自分の子どもを産むか産まないかは本人達自身の問題であって、たとえ親であっても容喙すべきではない。 あなたの役割はむしろ、子どもを産まなければというプレッシャーをお嫁さんから解放してあげることだ。お世継ぎを期待している訳じゃあるまいし。 子どもがいない女はかわいそうと思っているあなたがお嫁さんのストレス源であることを自覚して下さい。 ひとの生き死にに人為がはたらかないことに、もう少し世の中が謙虚であってくれたらと思う。
 (以上、上野千鶴子氏の回答内容の一部を要約引用。)   


 再び、私論に戻ろう。 

 それでは、今後この相談主婦はどのように気持ちを切り替えていけばよいのであろうか。 
 この解決策が困難であることを、今に至ってひしひしと感じる私である。
 今回の相談に対する私と社会学者の上野千鶴子氏との見解がほぼ一致しているのは、おそらく独身が長かった私と今尚独身を貫いていらっしゃる上野氏が、その背景において一部共通であるためと考察する。
 ところが一般的には、団塊の世代前後の年代とはいわゆる“適齢期”で婚姻に至り子どもを複数(通常は2人)設けることが当時の世の“決まり”でもあったのだ!  それを素直に実行しつつ人生を送った多くの単純“善良な市民”達は、現在孫を可愛がっているのが実態なのであろう。 一方でその種の人種が適齢期に産んだ子ども達が現代の経済危機社会を最たる背景に晩婚とならざるを得ないが故に、団塊の世代にして今尚孫がいない人種が増殖しているのも実態であろう。
 長い独身を謳歌したいがために主体的に晩婚を選択した私は、昔からその人種とは根本的な部分において思想が異なっていたと言える。  我々の世代において“世間一般に迎合して適齢期に婚姻に至った連中”達の心中とは、時代の変遷を捉えきれず今に至って尚老後の楽しみを“孫”に見出したいのではないかとの危惧感を感じる場面によく出くわすからである。


 この相談主婦には身近な“孫”や“長男夫婦”から大きく気持ちを切り替えて、まだまだ今後の人生長いのだから、自分自身の“内面”から湧き出る「自己実現」意欲に燃えることに期待したい気持ちである。
 
 そういう意味では時代の先端を先取りしてきているとも言える上野氏や私(一緒くたにする失礼を何卒お許し下さい。)は、今現在の若き世代の苦悩を真に受け止めることが出来るような気もするのだ。

 身内の じーさん ばーさん の身勝手な“孫”に期待する思いなど テキトー に振り切って、今後も 自分達の生活を大事に育もうね!
          
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男性の皆さん、チョコもらえましたか?

2011年02月14日 | 人間関係
 我が家は COOP(生協)の宅配便を利用しているのだが、 毎週月曜がその配達日である。
 先程その宅配が届いたのであるが、我が家担当の“生協のおにいさん”(我が家ではこう呼ばせていただいています)の帰り際の表情やしぐさに、“そこはかとない名残惜しさ” のような空気が漂っている気配を私は感じた。
 (何か伝え忘れただろうか? あるいは…) と考えて、私ははたと気付いたのである!
 今日は“バレンタインデー”ではないか!  と!

 何年か前の「原左都子エッセイ集」において、バレンタインデー関連の記事を綴った事がある。 (今となってはいつ公開したのか、またその記事の題名すら忘却していて自分でもバックナンバーが探し出せないのだが…)
 その記事においてもおそらく記述したと思うのだが、原左都子は中高生頃の未熟な時期を除いて、日本の商業主義に操られて世間が騒ぐ“バレンタインデー”の軽薄かつ歪んだ慣習を肯定的に捉えていない。
 ただそんな私も、これにかこつけて日頃お世話になっている男性達に“ちょこ”っとチョコなど手渡してもいいのか、程度の範囲内でこの歪んだ慣習を利用しようと狙っているのだ。
 そういう意味では、もう3年来毎週お世話になっている 真面目で実直な“生協のおにいさん”にチョコのひとつでも手渡すべきだったと反省しきりの今現在なのである。

 昔組織に所属していた時期には、当然ながら周囲の女性達も水面下で誰にチョコを配るかと大騒ぎしていることであるし、私もそれに便乗して“義理チョコ”を配った事もある。
 その最たるものが「原左都子エッセイ集」上記のバックナンバーで綴った、今尚忘れもしない職場の男性から“強制された”30個を超える義理チョコであったのだ! 職場の男性陣が30人以上であるのに対して女性はたったの2人…。 この義理チョコを購入するための費用がアルバイトの身分にして莫大だったのに辟易としつつも義理チョコを配ったら これがな・な・なんと 「海老で鯛を釣った!」 結果となったことをバックナンバーで披露している。 (1ヶ月後の3月14日のホワイトデーに届いた“お返し”たるや、“交際申し込み”も含めて絢爛豪華だったことに関しては「原左都子エッセイ集」のバレンタインデー関連のバックナンバーを探されてご参照下さいますように。)


 原左都子が、日本においては単に商業主義論理で根付いている2月14日の“バレンタインデー”を肯定的には捉えていないとは言えども、年頃の娘を抱える母の身として毎年これに係わらざるを得ないのである。
 我が娘も母である私の影響を受けつつ育っていることもあり、商業主義に流されてチョコを配ることに関して抵抗感があるようだ。 それ故に毎年私に相談に来るのである。 「学校の先生達に配るべきか?」どうかと……

 娘の説明によると、娘が中学から通っている中高私立女子校ではバレンタインデーに生徒が教員にチョコを配ることを容認しているとのことである。 それ故に大抵の女子生徒は担任はもちろんのこと、校長、教頭も含めた男性教員にチョコを配る風景が毎年職員室内で華やかに展開されるとのことである。  特に校長のホワイトデーの生徒へのお返しが、なんと! ブランド品だと言うではないか!!?  
 この一私学の教育現場で繰り広げられているバレンタインデーの実態を一保護者として如何に捉えるべきかと、  う~~ん  と首を傾げつつも、娘には「自分の好きにすればいい」との指導しか出来ない原左都子である。 (冗談で「校長にチョコを渡して、あなたもブランド品のお返しを貰ったら??」とアドバイスした私であるが、一瞬にして娘に蔑まれてしまった…)
 結局、今年もどなたの先生にもチョコを配らない選択決断をした我が娘は、校長をはじめとする男性教員から邪険に扱われ学校で居心地が悪い思いを強いられるのであろうか??  と、余計な心配を余儀なくされる原左都子であるのが実情だ…
 (だって、人間っていくら理想論を掲げたところで所詮単純な生き物であることが否めないでしょ!?!)


 このバレンタインデーという日本特有の“歪んだ”習慣に、毎年胃を痛めている男性陣も日本国内に多いことであろう。
 たかが取るに足りない慣習とは思ってみても、学校で、職場で、あるいは家庭で一個のチョコも届かない男性の“寂しさ”や“疎外感”を察して余りある原左都子なのである。

 日本におけるバレンタインデーは、戦後の高度経済成長期に日本のお菓子業界が売り上げ増を目指して始めたことには間違いないのであろうが、これは今となっては 「いじめ」 のニュアンスも感じられる程に男性達にとって過酷な試練と私は受け止めるのだ。 “ホワイトデー”という男性からのお返し慣習も後にお菓子業界は根付かせたようだが、これは女性陣が先行して男性にチョコを配るバレンタインデーとはその質をまったく異にする“お返し儀礼”でしかない。
 バレンタインデーと同様の慣習がたとえ商業主義とはいえ女性対象として根付かないのは、これはある意味では“男尊女卑思想”に基づいているのではないかと考察する私である。 女だって特定日に男から届く贈り物の数によって、その“人気度合い”を測られてもいいはずである。

 結局、商業主義とは言えどもその種の記念日を女性対象に設けようとしない日本商業界の趣旨とは、まだ女性が“競争”という過酷な世界に慣れていないことへの配慮であると、好意的に解釈しておくことにしよう。


 それにしても、男性の皆さん、どうでしょう?
 もしかして、一つもチョコが届かなかった男性は世間から見放された感覚ですか?
 あるいは本日女性からチョコをもらった男性にとって、そのチョコは本当に美味しいのでしょうか?

 如何なる方面から考察しても日本の商業主義に基づく“バレンタインデー”とは、(貰う側においては他人事と言える)女性である原左都子にとっても、至って後味が悪いだけの悪習の感覚しかないのだが…… 
          
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子が親を捨てる決断をする時

2011年02月12日 | 人間関係
 「原左都子エッセイ集」バックナンバーにおいて、私は「家を出て、親を捨てよう」と題するエッセイを綴り公開している。(2010年3月のバックナンバーをご参照下さい。)

 この記事は、まだ未成年者である女子高校生が大学の学科学部選択に際し親から自分勝手な希望を押付けられた新聞相談を読み、私自身も親から同様の身勝手な希望を強要された過去を振り返って、私なりの結論として「家を出て、親を捨てよう」とのテーマで私論を展開したものである。

 少しその内容を振り返ることにしよう。(以下、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより要約引用。) 
 さて、当時の我が親の思いが現在の私の生き様に如何なる影響力を及ぼしているのかについて、少し考察してみよう。
 結局、その後大人になった私は親の希望通り専門性の高い職業分野の国家資格を取得した後に上京して自立し、その分野で活躍することとなる。 ある程度の経済力も身に付け(親の希望通り一人で生き抜く覚悟と共に)長~~い独身貴族を堪能してきたとも言える。
 今は親となっている私であるが、上記のごとく我が親の勝手な思い込みに高校生時代を翻弄された我が身の反省から、我が子には自分の夢を叶える事を最優先するべく進路指導をしている。
 相談女子高生の場合大学進学まで後1年間の猶予がある間に、親と十分に話し合う機会を持ってはどうか。 それにより、既に具体的な進路を見定めている女子高生の未来に関する親子での合意が整うことを私は期待したい。 それでも尚この期に及んで娘の描く夢よりも保証のない「安定性」を愚かな親が優先しようとするならば、そんな時代錯誤の親はとっとと切り捨てて思い切って家を出よう。
 親とは実に勝手な生き物で、その分野で近い将来頭角を現し始めるあなたを見たならば、遅ればせながらあなたの背中を押し始めるかもしれないよ。 それが証拠に我が愚かな親など、自分自身が定年まで歩んだ公務員という道のひと昔前の時代の「安定性」にどっぷりと浸ったが故に、娘にまで無責任にその道を強要して結局は娘に愛想を尽かされる結果となったのだ。 そのくせ、そんな親に反発して郷里を出て上京以来大人に成長して自分が信じる道を自らの専門力により培い、経済力というバックグラウンドも伴って歩み続けている娘である私に、何十年来精神面でぞっこんおんぶし続けているのだから、親とは何とも身勝手なものよ…
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより要約引用)


 実はつい先だって、原左都子は郷里の母親に電話で大喧嘩を売って出たばかりである。 
 そのきっかけとは(母にとっては孫にあたる)我が娘の教育及び進路に関する感覚の行き違いであった。
 上記のごとく私の進路決定に関して身勝手な希望を押付けた親になど、一切我が娘の教育に関して口出しして欲しくない思いが強靭な私である。 (我が娘の場合、若干の事情を持って生まれてきているため、指導する側にある程度の専門性と力量がないことには太刀打ちできない要素もあるのだが。)
 それ故に娘幼少の頃より、たとえ祖母と言えども孫娘に対して“上から目線”は元より無責任な指導的発言を一切しないよう、我が母をも“指導”してきている私である。 これが功を奏して、母は孫である我が子に対しては直接無責任な発言はしないのであるが、私に対しては相変わらず好き放題自分の希望を押付けてくるのだ。

 我が母は高齢にして田舎で一人暮らしであるし、原左都子とて普段貴重な時間を割き大抵は我慢して電話での“年寄りの独りよがりのくだらない話”に耳を傾けている。
 ところが、こと娘の教育方針に関する話になると、我が高校生時代に身勝手な希望を押し付けられたことが脳裏によみがえってしまうのだ。 (あんたは高校生だった私に対して勝手な思い込みで本人が希望してもいない進路を強要したくせに!)との恨みつらみの思いが頭に渦巻いて怒り心頭なのである! この種の感情とは一生消え失せないものであることを今さらながら実感させられる思いだが…。 
 そして、ついに母に対して「しばらく電話を掛けてくるな!」との捨てゼリフを残して電話を切った私である。

 しかも我が母は定年まで公務員としてのフルタイムの仕事を全うすることを優先する人生を歩み、私(及び姉)の育児教育を祖母に任せ切りだったため、母親として日々我が子と接するという貴重な実態の重みが我が事として理解できていないのが事実である。 そんな母が年老いた今、娘である私に幾度も言う口癖がある。 
 「あんたは現在専業主婦でいい身分だね」
 この言葉の馬鹿さ加減にもうんざりの私なのだ。 (あなたが専業主婦をやりたかったならば、そうすりゃよかったんじゃないの? 結局それが嫌だったから子供をおばあちゃんに任せ切ってフルタイムの仕事に逃げてただけだろうが!) と母を捕まえて言いたい私であるが、それはもはや高齢であることを配慮して今さらやめておくのがせめてもの親孝行というものであろう… 


 ここで今回の「原左都子エッセイ集」の表題である「子が親を捨てる決断をする時」の議論に戻ろう。

 実は今回のテーマも朝日新聞「be」3週間程前の“悩みのるつぼ”を参照させていただいた。 その相談内容の詳細を記述していると今回の記事の文字数が容量オーバーになってしまいそうなので、ごく簡単に説明することにしよう。

 40代の女性相談者は幼き頃より家庭内における父親の暴力やそれをかばわなかった母親の態度に傷つきつつ成長し、今では夫と娘2人と共に仲良く暮らしている。 過去において自分に暴力を振るった父親に癌が見つかり現在闘病中だが、その父親に暴力を振るわれた自分は自ずと家族に対する愛情は薄い。 今後は親よりも自分が築き上げた今の家族や友人関係を大事にしたいが、私が今すべき事は一体何なのだろうか?

 この相談の回答者であられる経済学者の金子勝氏の回答の末尾に、原左都子も思いを同じくするのだ。 
 相談者はとりあえず親と向き合い本音を話してはどうか、と示唆する金子氏の相談回答の結論は以下の通りだ。「ふるわれた暴力の程度にもよるが、それが児童虐待に近いものだったら親子の縁を切ることも社会的に許容されるはずです。」  このご意見に大いに賛同する原左都子なのである。
 そしてさらに金子氏は付け加えている。
 「今後相談者が後悔しないためには、自分の親に感じた理不尽さの分まで自分の娘達の人格を大切にしてやればよいのです。」

 まさに子供を虐待した親が、その虐待した子に自らの病弱後や老後の介護を期待するなど、もっての他!! と憤慨する原左都子である。 
 そんな親どもが、老後の面倒を子供に見てもらえる道理など一切ないのだ!


 原左都子の個人的事情に照らした場合、過去においてこの相談者程の虐待を受けているとは判断し得ないのであるが、それでも子が親を必要とする時期の子育てを“おばあちゃん”に一任した親の責任を問うて当然とも考察可能であろう。
 しかも自分が普段放ったらかしている娘の思春期に、自分の身勝手な進路希望を娘に突きつけた責任は今さらながら多大なものがあると判断するのだ。

 さてそうすると、我が家もそろそろ「親の捨て時」か??
 などと言っている間に親とは急に他界してしまい、残された子としては後悔するばかり…とも、既に両親を失っている友から見聞しているのだが……  
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“メイドカフェ” に依存するアキバオタク族の病理

2011年02月10日 | 時事論評
 NHKも何を血迷ったのか、昨日(2月9日)の昼間の番組で秋葉原の“メイドカフェ”を取り上げていた。

 事の詳細を説明すると、NHKテレビの昼のニュースの後に 「ふるさと一番」 という 至って“地味”で視聴率が低そうな番組がある。 この番組では毎回アナウンサーがゲストを従えて全国各地を巡り、その土地固有の名所名物や特産品等々を毎回テーマを決めて生放送で紹介しているのだ。
 何故にこの“地味”で視聴率が低い番組を原左都子が見ているのかというと、それは暇だからである。  いえいえそうではなくて、 番組が取り上げる対象によっては結構面白く興味深い内容であり、生放送にして時間内によくまとまっているからだ。

 昨日の「ふるさと一番」においては、東京秋葉原を舞台に店頭でバレンタインのチョコレートの紹介等の後“メイド”として働く女性が数人登場し、そして“メイドカフェ”の店内の様子が紹介されたのである。  アナウンサーは「ふるさと一番」でおなじみのカンズイ氏(漢字が不明で申し訳ないのだが、このNHK男性アナはなかなかの度量の持ち主で原左都子の好みでもあるよ。)、そしてゲストは女優でタレントの川島なお美氏であった。 今回の番組テーマのイメージにピッタリともいえる人選のゲストである川島氏なのだが、くだらない内容であるにもかかわらず自を抑えて弱輩者の“メイド達”に誠心誠意対応しつつ、番組を盛り立てていたのがプラス面で印象的であった。


 さて、何故に“国営放送”とも言える天下のNHKが昼間のテレビ番組の中で東京秋葉原の“メイドカフェ”をピックアップして正当化したのかに関しては、原左都子とてある程度その趣旨を推し量ることが可能である。

 その一つの理由はおそらく、秋葉原に拠点をおく“AKB48”という女子アイドルグループが今や国民的人気であり、年末の「NHK紅白歌合戦」にも2年連続で出演している故であろう。
 “AKB48”グループの一員が、少し前に同じくNHK昼の番組である「スタジオパーク」にも登場し生トークを披露していた。 原左都子は荒廃しつつある今の時代の片鱗を捉える目的で一応それも見聞したのであるが、その感想とは、まあ無難線を貫いていたというだけのイメージであった。 既に24歳になるというメンバーも抱えるグループの指導者及びスタッフたる連中が、大いなる経済効果をもたらすという営利目的のみで、妙齢の娘達に稚拙な事をやらせた挙句使い捨てして許されるのかと嘆かわしい気分にさせられるばかりである。

 そしてNHKが今回の番組で秋葉原を取り上げたもう一つの理由とは、数年前の集団殺傷事件の後、重苦しい空気を背負っていた秋葉原の街に先だって歩行者天国がやっと再開したことを受けているものとも察するのだ。
 若者や外国人でまた賑わい始めた秋葉原を“国営放送”として応援しようとの趣旨もあったのであろう。
 それは認めるとしても、NHKが何故にテレビ番組で“メイドカフェ”を正当化して取り上げるまで踏み込んだのであろうか??


 原左都子の私論に移ろう。

 私は普段、秋葉原に行く用もなければ、ましてや“メイドカフェ”なるカフェでおそらく今後一生お世話になることもないであろう。

 ただ過去において一時バンケット会社派遣による“パーコン”や“ラウンジコンパニオン”の経験がある私は、庶民の女の子が“メイド”になりたい思いが少し理解できなくもない。  ところが、私が30代にして学業の合間に単なるアルバイト目的で上記のコンパニオンを志した動機と、まだ少女である彼女達が秋葉原で“メイド”をしている現状とはその趣旨が大いに異なることを実感させられるのだ。
 そもそも大変失礼ながらこれはどうしたことかと感じるのは、“メイド”である少女達が“メイド”の衣裳を身に付けているにもかかわらず、特に可愛いとか美しいとかの要素が一切なくごく普通の少女を抜け出ていないことである。
 私がバンケット会社からコンパニオンとして派遣された時代には、外見的にも内面的にもそれはそれは厳しい条件を突きつけられたものだ。 顧客の前で失礼のない身なりをするための化粧法やヘアスタイルや衣裳アクセサリー、そして礼儀やマナーはもちろんのこと、姿勢や立ち振る舞い等々に関する詳細の注文を余儀なくされたものだ。 たとえアルバイトと言えども、それらをすべてクリアして初めて顧客の前に立つことができたのである。

 それに比して秋葉原の“メイド”とは、衣裳関連の条件はあるようなものの、むしろ“素人の女の子”であることが採用条件とも考察できるところが怖いのである。 
 (これは一見して種々雑多な女の子達の集合体である“AKB48”もそのコンセプトとしては共通の条件なのであろうが…)


 それでは、今の時代は何故に“素人の女の子”が好まれるのかに関して引き続き検証する事にしよう。 
 そう言えば先だって訪れた ディズニーシー でも、どういう訳かアルバイトスタッフの女の子達がいかにも“素人”もどきで化粧もしていなければスマートな対応も心得ていなかったことに関しては、「原左都子エッセイ集」バックナンバーに於いて既述した。
 私の年代など、たとえアルバイトと言えどもプロの職業人としての厳しい条件を突きつけられたことに照らして、仕事をする人間とは職種に限らずやはり“プロ意識”を明確に持っているべき思いが強い。

 ところが、今の時代は顧客側が要求するアルバイト女性である“メイド”への意識が大幅に変遷している実態のようだ。
 昨日放映されたNHK「ふるさと一番」に話を戻すが、“メイドカフェ”に訪れている顧客とは、“メイド”と触れ合える束の間の時間を人生の真なる糧としている様子なのだ。 この“現実”を受けてゲストの川島なお美氏も「ネット上の見知らぬ人との関係よりも、現実世界で生身の人間と相対した方がいいですものね」などと苦し紛れのコメントを述べておられた。
 生放送故の川島なお美氏の咄嗟のフォローに苦笑いしつつ、“メイドカフェ”とは人間関係における実に切実な現象であることを思い知らされる。
“人間関係の希薄化現象”もここまで来てしまうと、もやはこれは一種の娯楽として済まされないのではなかろうか?

 NHKが「無縁社会」という用語を一つの番組制作において創り出し、その用語が国会答弁においても用いられるようになった現状は評価する。
 ただ、秋葉原の“メイドカフェ”がそれを救う一助になるとは原左都子は到底思えないのだ。 むしろ、あの“空虚さ”こそが今後人間関係の希薄化現象にさらに拍車をかけてしまう程の危機を内在している元凶と捉えた私は、背筋が寒い思いである。

 人間関係とは、営利関係で発展し得る訳がない。
 アキバオタク族が“素人もどき”のアルバイト女性による“メイド”に一瞬癒されることで一時のコミュニケーションを持てたと勘違いする裏側に、必ずやプロ意識なくその仕事に励んでいる“メイド役”の女の子達のストレスが鬱積しているというものだ。 そうではない関係も時には発生するのだろうが、その行き先がストーカー等の刑事事件に発展しようが原左都子は一切責任が持てないよ、NHKさん。


 とは言ってみても素人の女の子が“メイド”を志すのも自由だろうし、アキバオタク族が“メイドカフェ”に通うのも勝手という、妙な時代に成り下がっているのは事実なのだけどね…
        
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左都子 も昔は 左利き♪

2011年02月07日 | その他オピニオン
 私のペンネーム 「原左都子」 (はら さとこ) の“左”の字は決して“左利き”から取った訳ではないのだが、私は幼い頃どうやら“左利き”だったようだ。
 (参考のため、原左都子の“左”の漢字は「右に倣え」「右向け右」などと他者から指示された場合、“左”を向きたくなる我が“天邪鬼”気質等々を表現したものであります。)


 幼き頃の私は、親が私の自由にさせると何をするにも必ずや左手を使っていたらしい。

 “箸”に関しては、親がそれを最初から右手に持つよう矯正したとのことだ。 (その矯正によほどの無理があったのか、未だに“箸”を上手に持てず人前で恥を晒している私である。)

 クレヨンに関しては、苦い思い出がある。
 私自身にはその思い出に関して一部分を覗き明瞭な記憶がなく、後に母より伝達されたエピソードの範囲内なのだが、以下に我が幼き日の失敗談を紹介しよう。
 未だ幼稚園へも入園していない幼児(おそらく3歳頃)であった私は、親の知り合いの新築家屋落成記念会合に一家で招待された。 1階で飲み食いしつつ盛り上がる大人達が子供は2階で遊ぶように指示し、私もその子供の一人として2階で遊んでいたようだ。 会合も終焉に近づいた頃、子供達の様子を見ようと2階に上がった新築家屋の奥方が真っ青になって1階に戻り我が母に訴えたそうなのだ!
 「お宅の○○ちゃん(私のこと)が、クレヨンで部屋一杯に落書きした!!」と。

 それを聞いた母は「うちの○○はおとなしいいい子で、そんな事をするはずはないのだけど…」と弁解しつつ2階に上がって仰天したのだと言う。
 なぜならば、新築2階の部屋の壁や床一面に私の氏名がひらがなで多数書き込まれ、左手にクレヨンを持った私がそこに存在したからである。 
 当時の我が母としては用意した紙に“お絵かき”でもさせるつもりだったのが、幼き私は2階の部屋全体を“キャンバス”と履き違えたようだ。 新しい畳そして白くてまっさらで綺麗な壁に私が書きたかったのは絵ではなく文字であったということである。(当時まっさらな新築家屋の“キャンバス”に感激した記憶は、私にも僅かながら残っている。)
 その落書きを見て別の意味で一番驚いたのは我が母であったようだ。 新築家屋の主に平謝りしながら床や壁を拭きつつ、親が知らない間に我が子が既に自分の氏名をひらがなで書けるまでに成長していて、しかもわずが3歳にして左手で書いたその字は実に正確で美しかったのだと言う。
 その“事件”をきっかけに今後私が幼稚園へ入園するに先立って、クレヨンを右手に持たせる矯正に乗り出した我が母であるようだ。
 (今尚、右手で字が綺麗に書けない私なのだが、やはり当時の無理な矯正がたたっているのであろうか??  その分両手を使うキーボード入力は俄然得意な原左都子であるよ。♪)

 それから、今に至って尚顕著なのが“雑巾しぼり”である。 
 さすがにそこまで矯正の面倒が見切れなかった母であろうが、私の雑巾しぼりは“逆回転”で特異的であるぞ。 へっへっ 

 その他の事例として私の記憶にあるのは、小学生低学年の頃“かぎ針編み”という編み物に挑戦したことに関してである。
 自然体で取り組んだ私は、やはり左手にかぎ針を持っていたのである。 そして器用に私が編む姿を見た母から「よくまあ左手でそんなに上手に編めるね!」と指摘されて初めて、私は左手で編んでいたことに気付いたものだ。(これもその後右手に直したのだけどね…)


 それにしても、私は今となっては左手はまったく利き手ではない。 握力も高校生の頃から右手が勝っていて左手の握力など実に乏しいのだ… 
 「左利き」の人の中には両手が器用に使えるという話も耳にすると、どうして我が親は両手共に器用な人間に育ててくれなかったのかと不満をぶつけたくもなると言うものだ。
 (ついでに言うと、原左都子が「右に倣え」とか「右向け右」と指示されて「左」に向きたいのは持って生まれた“左利き”気質とも考察できないだろうか?? それとも社会のシステムに迎合するために“左利き”を無理やり矯正された事の怨念によるものか???  などと推測してみても、それは単なる冗談の範囲内なのだけどね…… )


 今回、原左都子が“左利き”関連の記事を綴ったのは、朝日新聞2月5日付別刷「be」のサザエさん漫画関連の記事によるのだ。
 その記事においても、今の時代「左利き」とは矯正するべきなのかを主たるテーマとして話を展開していた。 この記事の結論とも言える最後の箇所で大学教授が以下のような論評をしている。
 「無理に変えない方がいいが、幼児期に子供が強い嫌悪を示す場合を除いて右利きへの変更を試行してもいいのでは」
 この論評は、今の時代の右利き社会に適合するべく子供を育てる観点からはごもっともな指摘であろう。

 ただ、原左都子はやはり子供個々が持って生まれた特質に任せて欲しい思いが強い。
 なぜならば幼き子供とは言えども千差万別であるからだ。 周囲の指導により“子供が右手への強い嫌悪感を示す”かどうかに関してさえ、大いに子供の個性によるのだ。  私など、幼き頃から周囲への客観性の配慮にばかり焦点を置いていた記憶があるのだが、この種の子供とは我が意に反して親や教育者の指導に従順とならざるを得ないのだ。 すなわち、親や指導者が「右手を使え」と指示したならば、自分の不快感を押し殺してでもそれに素直に従う道を自ずと選択して、後々内面にストレスを溜め込んでしまうのである。


 朝日新聞の上記記事によると、何を基準として“左利き”を判断するかも困難であるとのことである。 これに関しては、医学経験のある原左都子にも十分理解可能である。
 そしてそれを踏まえた上での単純な判断によると、世の“左利き”とは1割の確率であるそうだ。

 そんなことを言えば、血液型におけるAB型だって日本人の1割にしか過ぎないよなあ~~。  原左都子はそのAB型でもあるのだが、まさかそれで差別されることもないなら、各人の器用な手が右であっても左であってもいいのは当然であるし、本来ならば両者が共存し得る社会が築かれるべきだけど… 
 (とは言え、どうしても近代社会のシステムや論理とは多数派が尊重されてしまうのが辛いところだよね。) 
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「人生の幅」も「人間性の幅」も広げたい。

2011年02月05日 | 自己実現
 「人生の幅」 と 「人間性の幅」。

 似ているようで異質な概念である二者の違いについて述べた文章を発見したのは、朝日新聞1月31日付夕刊“こころ”のページの「悩みのレッスン」の相談においてである。 今回の相談の回答者であられる 哲学者の森岡正博氏 が、回答の中で二者の違いについて言及しておられるのだ。


 それでは早速、18歳大学生女性による「悩みのレッスン」の相談内容から要約して紹介する事にしよう。
 私には生涯の友と思える大切な友人がいるのだが、金銭感覚が合わないことに気付き始めた。彼女は親からの小遣いで高額なパーマをかけたりスポーツ観戦をしたりする一方、私の家庭は余裕がなく自分でアルバイトをし始めてお金の価値が分かってきた。 彼女のお金の使い方に疑問を持ち、また彼女が新しいブランド品を持っているのかと思うと怒りに近い感情が湧き、最近では会う事も避けている。 今後彼女とどのように付き合えば楽しい時間が過ごせるのか?


 森岡氏の回答を紹介するのに先立って、原左都子の私論から述べよう。

 この相談を読んで真っ先に原左都子が感じたのは、今の時代とは未成年者ですら“貧富の格差”を身に滲みねばならぬ程過酷な社会なのか?、という事である。

 確かに私が小中学生(特に地方の公立学校)においては、“貧富の格差”は存在した。 特に過疎地の自治体の場合私学など元より存在しないため、地域住民の子供達の皆が通学圏内の公立小中へ進学するのである。 そこにおいては必ずや“貧富の格差”が存在したものである。 ただし子供達がまだ成長過程であり幼いことが幸いして、“貧富の格差”現象が子供の心理面でさほど表面化しないままに卒業と相成ったものである。(当時より明らかな“貧困層”の子供達が存在した記憶があるが、それはごく少数派であったと記憶している。)

 高校進学に関しては子供達の学習習熟度に応じて、どうしても進学先の“序列化”がなされる運命にある。 そうした場合、子供の進学先とは子供の学習習熟度と平行して、家庭の経済面においても自ずと似たり寄ったりの子供達が同じ高校に集結することとなる。 多少の“貧富の格差”はあれど、さほど“騒ぐ程の格差”ではない範疇と言えたであろう。
 そして、それは大学においても同様だったと考察する。

 ところが原左都子が上記に考察した現象は、ウン十年前の時代の話に過ぎないのだ。
 今となっては、政権が票取り目的で“子ども手当て”をバラ撒くことが安易にマニフェストの主要項目に掲げられる程に、この国は親が子供を育てる資金すらない程の貧困にあえぐ国民が増殖したという実情なのであろう。
 要するに、今やこの国には真なる経済難の時代が到来していると言うことに他ならない。

 そうなると、この相談女子大学生の相談内容も切実であるということになる。
 それでも大学に進学できてアルバイトをしながらも“一見リッチ族”の友人も得られ、相談者本人がその友を“生涯の友”として捉えられるのであれば、学生の間だけでもその友との“異文化コミュニケーション”を楽しんで、その経験を自身の将来の成長に繋げるという手もあろう。

 ただ、この相談者はそうではないようだ。 
 18歳と言えば我が娘と一つ違いでしかないのだが、(私から言わせてもらうと)そんな子供が早くも友を通じて家庭間の“経済格差”に苦しんでいるという事自体が、この相談者が置かれている現実なのであろう。


 それではここで、哲学者 森岡正博氏による回答内容を要約して紹介しよう。

 金銭感覚の違いというのは昔から多くの人々が抱えてきた永遠の問題である。金銭感覚の違いを埋めることが出来ずに破綻する人間関係の話もたくさんある。 友人がブランド品を買い換える度に怒りの感情が湧くあなたの気持ちも分かる。 その上で、お金に余裕のある人は、いろんな経験を金で買えるので「人生の幅」を広げることができる。 これに対して、お金で苦労をした人とは自己実現出来ずに辛い思いをしている人に心から共感することができるため「人間性の幅」を広げることができる。これは人生の中盤から後半にかけてその人の大きな財産になっていくため決してマイナスではない。 今は少し友から距離をとることにより、その友の美点も見えてくるはずだ。 そしてあなたの怒りの原点である格差社会の問題についても、これからじっくりと勉強してみてはどうか。


 再び原左都子の私論になるが、この相談女子学生(及びその家庭)が真に貧困にあえいでいるのか否かに関してはこの相談内容からは不明である。 もしかしたらこの相談者の親は未だ18歳の娘に対して、厳しい今の時代を将来に渡って生き抜くべく心を鬼にして、自身がアルバイトをしてでもある程度自力で大学を卒業させることを一つの教育方針としているのやもしれないのだ。
  
 哲学者であられる森岡正博氏による「人間の幅」と「人間性の幅」の理論はもちろん興味深い。
 確かに今現在の我が国は、両者をステレオタイプに分類できる時代が到来したと言える程に国全体が経済力を失ってしまっているのであろう。

 ただ、原左都子は若かりし頃よりその両者をクリアすることこそが人生の醍醐味と捉えつつ我が人生を歩んでいるのだ。
 私は若かりし頃から“お金で人生の経験を買える人”との付き合いも多くこなしていれば、はたまた“不運な境遇の中で辛い思いをしている人”にも思いを馳せつつ人生を歩んでいる自負がある。
 それ故に森岡氏の上記の持論も尊重しながら、おそらくこの18歳大学生相談者女性も両者をゲットする底力があることを信じつつ今後の更なる発展を応援したい思いでもある。
 
 ほんと、市場に出回っている“ブランドもん”なんか一切要らないよ! 
 (いえいえ、本当にその商品の価値を自分なりに見出せたならば、自分の経済力の範囲内で大枚はたいて購入してもいいんだけどね。 この原左都子だってそうしてるよ。) そうではなく、今流行っていて皆が喜ぶブランド物に飛びついてチャラチャラと持ち歩いたところで、今後の自身の未来にとって何の成長力にもなりゃしないと言う訳だよね!
 

 自分で自分の人生を演出できる人生を歩めることこそが自分自身の“ブランド”の創出であるからこそ、若者には今後共に「人間の幅」と「人間性の幅」の両者を心に描きつつ精進を続けて欲しいものである。
         
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ディズニーリゾートに見る若者の“似非”同調志向

2011年02月03日 | 時事論評
 (写真は、原左都子が昨日訪れた 東京ディズニーシー にて撮影したコロンビア号)


 昨日(2月2日)、私は“千葉県”にある 東京ディズニーシー を訪れた。
 いい年をした大人がこんな寒い時期に、一体全体何が目的で“子供が喜ぶ”リゾート施設なんぞへ行ったのだろうかと不思議に思われる読者の方も多いことであろう。

 一昨日の2月1日から東京都内の私立中学の受験が一斉に実施されている。 その煽りで、毎年この時期は我が娘が通う私立中高も全校2連休とならざるを得ないのだ。
 我が娘は決して“ディズニー分野”に興味がある部類ではないのだが “ものは試し” ということで、一度ディズニーリゾートをこの空いている時期に視察しておこうかと言う話になったのである。


 参考のため、ここで原左都子の 東京ディズニー歴 を少し振り返ってみることにしよう。

 東京ディズニーランドが“千葉県”にオープンしたのは1983年の事である。 その頃の私は既に30代手前で、世間から“売れ残り”と後ろ指を指される年代であった。
 オープン当初は、特に首都圏近辺の国民の間ではまるで歴史的出来事かのような大騒ぎだったものだ。
 当時まだ独身だった私も(彼氏を取っかえひっかえしつつ)、カップルで何度かディズニーランドを訪れている。 その頃の印象では顧客層は千差万別であり、特に顧客の年齢層やグループ構成に偏りはなかったような記憶がある。 そしてまだまだ若かりし原左都子は、テーマアトラクションにもよるがそれなりに感激し楽しめたものである。

 その後私が東京ディズニーランドを訪れるのは、我が子を産んだ1990年代半ば頃からの事となる。 その後娘が小学校高学年頃まで親として現地に何度か同行したものだ。 この時代は母である私はあくまで引率者の立場であり、自分が楽しむと言うよりも我が子が好みのアトラクションやショップに付き合ったという感覚である。
 この頃からディズニーリゾートでは、アジア系の観光客が急増しつつあったであろうか?

 そして昨日、何年ぶりかに“ディズニーシー”へは 初めて 母娘で訪れたといういきさつである。


 昨日は東京都内の私立中学受験の煽りか、“ディズニーシー”の顧客層に明らかに偏りがあったと考察できる。
 それが顕著化するのが各アトラクションの待ち時間なのであるが、あの“順番待ち”の列の場とは原左都子にとっては得意の「人間観察」のまたとはないチャンスである。 ところが昨日の場合、周囲の顧客層が上記のごとく(おそらく)私立中高生徒グループばかりなのだ。 「観察」などせずとて“かしましい”年頃の言動が狭い列の間で煩いばかりである…。

 皆が皆、ディズニーキャラのカチューシャやリボン、帽子を頭に被り、手にはその種のぬいぐるみ等を抱いている。 これが女の子の場合はまだしも許される思いの原左都子であるのだが、男子までもが(皆さん、中高生の年齢の男子ですよ!)同じようにディズニーキャラの帽子を被ったりしてはしゃいでいるのだ…  
 (これぞ、男子草食化のはしりか!) などと嘆いている場合ではない。

 さらに、この若年層グループがくっちゃべる会話のその内容とは呆れるばかりにアホらしくて聞いてられないのだ。  何と表現すればいいのだろう、要するに世間の主婦連中の井戸端会議の範疇を抜け出ていないのである。 もちろん、ここはリゾートの場である。こんな所で自分達が抱えている現実課題について語る訳もないであろうし、「今皆で楽しんでいるんだ!」という“場を読む”感覚は重要であろう。
 ただ、原左都子は聞き逃していない。 一見してこの中高生グループは皆仲が良さそうに見えるのだが、会話の中に「えーと? ○○さんは何処に住んでいるんだっけ?」等の会話も交錯するのである。 と言う事は、おそらくこれら若年者グループは“にわか仕立て”のグループであるとも推測できるのだ。(あるいは、この若年層が個人情報に配慮しているのか??
 そうだとすると、この若年層グループがこの場で会話の内容にある程度以上踏み込めない事も理解できるというものだ。 (ただし、順番待ちの狭い列という場をわきまえず集合写真を撮ったり大声ではしゃいで列を乱している様子も合わせて考察すると、彼らが決して周囲の顧客に配慮して会話内容を深くまで踏み込まないよう調整しているというのではなく、ただ単にグループが“にわか仕立て”であるが故なのであろう。)

 加えて興味深いのは、そんな若年層がリゾートの係員の指示には従順だと言う事である。
 例えばあるアトラクションで集団で船に乗った時、係員が「はい、皆さん、チャオと言いましょう!」と声高々に指示すれば、若年層の皆がそれに従うのである。 (いえいえ、もちろん客観力のある原左都子も“場を乱さない”ために一緒にそう叫びましたよ!) そして、やたらと「楽しいね!」「面白いね!」を皆が連発してノリノリであることを集団内で合意し合っているようにも見受けられるのだ。
 だた、これに関しても私は表題に掲げた通り若者のその言動が「“似非”同調志向」の範疇を出ていないと考察して後味が悪いのである。 年齢を重ねた私がリゾートの地で客観力を持って周囲に同調する分には何ら不思議はないのだが、もしもうら若き中高生が自分の居場所を失わないために、ここはリゾート地だと割り切って演技で同調しているのだとすれば、それは若者のストレスを倍増させるのみである。


 私事になるが、私は高校教員経験がある。 20年程前に私が高校教員をしていた頃の子供達(あくまでも生徒の中の一部に過ぎないであろうが)は、大人の私に向かって心の葛藤の本音を大いにぶつけてくれた感覚がある。
 今の中高生はどうなのだろう? 
 少なくとも我が子は(持って生まれた事情も多少はあろうが)学校の教職員相手に自分の本音をぶつけるようなことは決してない様子だ。
 もしも子供達が日々通う学校が、教員にとって一見都合のよい子供のみを“いい子”として歓迎しているとするならば、その他多くの子供達のストレスの発散先は何処に行き着くのか??

 それはもちろん家庭であるべきだが、その家庭にさえ居場所がない“いい子”とはストレスの発散先を“にわか仕立て仲間”との「“似非”同調性」に求めているのかとも捉えられるのだ。
 
 そんな子供たちの“心の逃げ場所”を提供している一つの場が子供たちが集結し易い民間のリゾート地であるとするならば、国内一の集客力を誇る「東京ディズニーリゾート」が今後子供の教育分野において果す役割も甚大であるとも考察できるのである。
   
 
 この長引く不況の時代にもかかわらず「東京ディズニーリゾート」は不況知らずの盛況ぶりだ。
 既に年老いている原左都子にとっては、昨日訪ねた“ディズニーシー”は子供達が同調し合うほど楽しくも面白くもなく、それ程の魅力を感じるコストパフォーマンスを見出せなかったと言うのが、残念ではあるが今回の率直な感想である。
 (あの子達も家に帰り着いて一人になった途端、カチューシャをゴミ箱に放り捨てて 「あ~~、今日もつまんなかった…」 とつぶやいている姿を連想するのは私だけであろうか??)

 それでも今に至って尚活況を続ける「東京ディズニーリゾート」が、将来に夢を抱く子供達に何らかの影響力を及ぼす場であるとするならば、その“社会的責任”を背負うリゾート団体としての使命を重々自覚しつつ今後発展して欲しい思いでもある。
        
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菅さん、四国の住民には人権がないとでもお考えですか?

2011年02月01日 | 時事論評
 今現在(2月1日)NHKテレビにて放映されている通常国会中継を、集中しつつ見聞している原左都子である。
 
 午後からは自民党議員であられる野田毅氏、塩崎氏、そして今現在は甘利明氏が短い持ち時間の中で、その専門性に基づいた内容の濃い質疑を展開している最中である。

 この質疑答弁を見聞していて、経済財政面においては自民党議員の三者に軍配を挙げたい思いである。
 後日「原左都子エッセイ集」においてその詳細を述べたいと思っている。


 本日は時間がとれないため、今回表題に掲げたテーマについてにのみ手短に語ることにしよう。

 菅総理は野田毅氏が掲げた建設国債に関する答弁において、本日午後2時前に「四国に架けた3ルートの橋は無駄だった」と明確に言い切った。
 原左都子とて、もちろん同様に考察している。 本四架橋は経済効果をもたらさなかったという意味では確かに無駄であったということは、その地の出身者としても菅総理に今さらながら指摘されなくとも重々認識している。


 そして、さらに菅総理は自民党甘利氏の質疑に応えて再び以下の発言をしたのだ。
 前総理である鳩山氏が“内需”こそが成長戦略としたことを取り上げて、内需拡大よりも外需こそが経済成長戦略として有効ではないかと迫った甘利氏に対し、菅総理は以下のように答弁したのだ。

 介護分野の労働力需要にお金をつぎ込むことは、四国から本土へ橋を3本繋げたことよりも有意義である、と。
 それも分かるよ、菅さん。 その通りかもしれないと原左都子も思うよ。


 だが、菅さん、国会中継とは全国の国民がテレビ放映により視聴していることも一国の総理として視野に入れてはどうなのかと原左都子は言いたくもなるのだ。
 まさに“言葉のあや”の問題の範囲内ではあろう。

 その上で、四国とて日本の一部なのである。


 そんな日本における“過疎地”の四国に生まれた私は、高校生の時に母の仕事の関係で「鳴門大橋架けよう連」という阿波踊りの連で、本四架橋の実現を祈ろうとの“阿波踊り”に参加したのだ。
 当時まだ十代だった私は、島国である地元の住民が切望する連絡橋の建設により本州と“陸続き”になる感激や、今後の地元の経済発展に思いを巡らせたものである。

 その思いが浅はかだったことには、もちろん原左都子とてその後直ぐに気付いたものでもある。
 国政の失策により“無駄”な橋を過疎地の四国に架けた“過ち”など、その当時から当然ながら理解できているのだ。


 それでも、菅総理に言いたいことがある。
 何故に国会答弁において、幾度も幾度も“無駄”な「本四架橋」建設という国の過ちを口に出すのか??。
 その総理の発言によって、傷付く地元住民に思いが馳せられないのであろうか?
 過疎地の島国を結ぶ3ルートの橋が架かったことにより、やっと本土と繋がったことを喜ぶ四国の住民の純粋かつ単純な思いが少しでも理解できているならば、過去における“建設国債”の失策に答弁が及ぶ時にも、もう少し四国住民の心情を察して言葉を選んでもらえたならば、原左都子も受容できるというものであるのに…。


 後日、本日(2月1日)の通常国会答弁に関する私論の続報を「原左都子エッセイ集」にて綴る予定でおります。
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