原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

イルミネーションだけが地域観光起こしでもなかろうに…

2013年12月30日 | 旅行記・グルメ
 (写真は、神奈川県相模原市に位置する相模湖イルミリオンのイルミネーション。 右上に写っている丸い物体は決して満月ではなく、雨の水滴がレンズに付着したもの。 偶然にしてはこの構図の素晴らしさに自己満足なのだが。)


 話題が季節外れにクリスマス以前の頃に遡るが、私は12月中旬頃、上記相模湖イルミリオンをはじめその他2箇所のイルミネーション施設を訪れるバスツアーに出かけた。
 当日は平日、しかもあいにくの冷たい大雨にもかかわらず、バスは満席状態だ。 クリスマスが近いこともあろうが、今時の市民のイルミネーション熱盛り上がり様を実感させられる。

 昨年11月末頃にも、私は紅葉観賞を主たる目的としたバスツアーに出かけている。
 昨年訪れたのは千葉県の養老渓谷と、(千葉にして何故か)「東京ドイツ村」と名付けられているイルミネーション観光施設だった。
 東京ドイツ村の場合敷地面積が広大なのだが、その会場ゲートに入る前からゲロ混み状態で、バスが駐車場に停車するまでに小一時間を要した記憶がある。 その間も車中の観客が飽きないように車窓よりイルミネーションを観賞可能としている計らいにせめても救われたものだ。  そしてバスから降りてメイン会場入場後も案の定人また人の大混雑状態で、順路に沿ってぞろぞろと歩かされる。 集団嫌いの私に遠い昔の学校遠足や課外活動の光景を思い起こさせ、多少の嫌気がさしたものである。

 ならばもうやめときゃいいのに、またもや今年も性懲りもなくイルミネーションツアーに出かけたとのいきさつだ。

 今回のバスツアーの利点とは、都内各所に出発場所を設けている点である。 我が家から徒歩で行ける場所もその一つの出発場所だったのが一番の理由で、このツアーに大学休暇中の娘と共に参加することと相成った。 
 もう一つの利点は団体で食事をせずに済むことである。 見知らぬツアー客達と食事の場で相席になる事態など、客観的配慮を信念としている私の場合疲れ果てるため何が何でも御免蒙りたいものだ。 その点、このバスツアーの場合バス内座席での弁当形式だったため、これも参加を促された重要条件だった。
 当日になってバスに乗り込んでみると、予想はしていたが観光客の皆さんがご高齢の方々ばかりである。  (そうだよなあ、今時バスツアーを愛好する人種とはこの世代なのだろうなあ)。 などと自分もさほど年齢が変わらぬことをすっかり棚に上げ、客観的論評バージョンに入る私だ。 
 加えて、この高齢者の方々が実に素直なのだ。 まあ、人工的に設えた観光施設を喜べる部類の人種でなければ、元々団体バスツアーなど利用しないであろう。 そんな事は自明の理と感じつつ、私など添乗員氏の話に(一応礼儀の意味で)相槌を打ちつつ内心白けっぱなし状態だ。


 さてさて、そうこうしているうちにバスは第一目的地である神奈川県愛甲郡清川村に位置する「宮ケ瀬イルミネーション」会場へ辿り着いた。
 ところが、未だ時間が午後3時と明るい時間帯で、イルミネーションは点滅していない。(点灯は午後5時とのことだ。) ここで湧き出るのがお年寄り達のブーイングである。「この時間帯にも点灯してくれたらもっと美しいのに…。」 確かに点灯していないイルミネーション現場とは、工事現場に等しいみすぼらしさであるのが事実だ。
 それにしても、展望台から見渡す清川村の自然は実に美しい!  おそらくこの地は今までこの展望を主たる観光資源として来たのであろう。 ところが、これだけではさほど観光客が見込めない。 そこに目を付けたのが大手ツアー会社であろう。 この地にイルミネーション装置を施したならば我々が多くの観光客を引き連れて来ますよ! ……
  そのお声掛けに乗せられてしまった清川村の観光対策が後何年持つのか…との懸念の下、原左都子はこの地を後にする。

 次なる訪問地は、上記写真のさがみ湖イルミリオンである。
 そこに辿り着く道中にこそ、車窓に素晴らしい相模湖の展望が繰り広げられていた。 にもかかわらず、添乗員氏のアナウンスはそんな事には露も触れず、さがみ湖イルミリオンに関する詳細説明と何時頃到着するかばかりである。
 原左都子としては、相模湖の豊かな水量とコラボレーションしたイルミネーションでも観賞したかったのに、現地に到着してみれば、これぞ昨年訪れた「東京ドイツ村」同様のゲロ混み状態だ。  結局は、またもや過去に経験した学校遠足や課外活動のつまらない光景が我が脳裏に過るばかりで、順路に従い大混雑と大雨を耐えたのだ…

 その後バス内弁当飯の後、最後に辿り着いたのは静岡県御殿場市に位置する「時之栖(ときのすみか)イルミネーション」である。
 その頃には冷たい雨が土砂降り状態でバスの外に出る事すら危ぶまれたのだが、それが幸いしたのかここの観光地には観光客が今までよりも少ない。 我々親子は添乗員氏の誘導には従わず、手渡された施設内地図を手元に先にお土産店を巡る決断をした。 これが大正解で、自分らが欲する土産を買い求めることが出来た。 参考のため「時之栖イルミネーション」観光プレイスとは、現地手作りもののフードコートを展開したり、手作り工房で作ったお土産ものを販売することを主眼としている様子だ。 しかもそれらが安価であるのも魅力ではなかろうか。(ネット販売もされているらしい。) 今回は滞在時間が短かったため、この観光地を十分に堪能できなかったが、今後個人的にまた訪れてみたいとの夢を繋げる唯一の観光地だったかもしれない。
 何と表現しようか、単なる地域観光起こしを超越した“時之栖が発するポリシー”を私なりに感じることが出来たような気がする。(本気でいつか近い将来、時之栖に今度は泊まり込みで再度訪れたい原左都子だ!)


 地域観光起こしとして現在全国各地で流行しているイルミネーションは、確かに一見すると美しい。 これを見てお年寄り達が単純に喜ぶ姿も十分理解可能だ。
 ただこれを何度も見せられると、そのうちに高齢者の皆さんとて辟易とし始めることだろう。

 しかも、自分が訪ねた場所が何処なのかが分からない(どこもかしこも似たり寄ったりの)地域起こしの有り方の現状に、何の意味を見い出せるというのか??  単に一時期儲かればそれでいいのか? 観光収入も地域活性化にとって重要条件であることは認めるが、もう少し地元ならではのプライドをもって観光開発してはどうなのか??

 商業主義に流されるのみではなく、地元に生きる人々のネイティブ観点こそが新たな観光起こし実行の源となることを私は信じたい。

安倍政権の暴走をどうにか食い止められないものか?!

2013年12月28日 | 時事論評
 とどまることを知らない自民党安倍政権の理不尽な暴走をこのまま放置しておくと、この国が滅びる日も近い…  と、恐怖におののいているのは原左都子だけなのだろうか??


 今年1年間の安倍政権動向を振り返ってみるに、アベノミクス(“アホノミクス”との異名もあるようだが)経済政策強行による国内貧富の格差拡大、原発推進、現憲法の身勝手な解釈による自衛隊装備拡充、特定秘密保護法案の強行可決、つい先だっての靖国参拝、昨日報道された沖縄辺野古埋め立て決定、そして来春予定されている消費税8%強行決定……

 まったくもって経済的弱者である私のような社会の底辺を這いずっている国民にとっては、一国の首相である安倍氏が現在平然となしている「暴走」とも表現可能な国政の理念の程がどうにもこうにも理解し難い。
 にもかかわらず世間を見渡すと、これに反発する世論が表立って出て来ていないようにも見受けられる。
 野党は何をしているんだ!?  左派圧力団体もこの事態を現在静観中なのか??  一般国民も随分と大人しく静かな様子だが、この国家の危機をこの状態で放置したまま自分本位に新年を迎えて済ませる魂胆なのか???


 夜も眠れないほどに安倍政権の暴走を懸念していた矢先、本日昼のNHKテレビニュースに於いて、米国有力紙ニューヨーク・タイムズが発信した 「靖国参拝は平和主義からの離脱」 なる報道が伝えられた事に少し救われる思いの私だ。
 以下にその内容を要約して紹介しよう。

  安倍総理大臣の靖国神社参拝について、ニューヨーク・タイムズは日本が戦後の平和主義から離脱しようとしているという論説記事を掲載し、 日本と中国や韓国との関係が一層冷え込み、アメリカの対アジア政策にも悪影響を及ぼしかねないと懸念を示している。
 27日付けのニューヨーク・タイムズは、国際面のトップに「神社への参拝によって日本のリーダーは平和主義から離脱する姿勢を鮮明にした」という見出しの論説記事を掲載した。  記事には安倍総理大臣が靖国神社参拝に先立ち、野党やメディアの反対にもかかわらず特定秘密保護法を成立させたほか、 自衛隊の装備を拡充する防衛大綱をまとめるなどして、政治的なリスクを負いながら日本の戦後の平和主義からかじを切ろうとしているとしている。 また、外交的には今回の靖国神社参拝が日本と中国や韓国との関係を一層悪化させ、アメリカにとってももはや日本は、 中国に対抗する上で頼りになる存在ではなく、中国との緊張を高める「アジアの問題」になろうとしていると指摘し、アメリカの対アジア政策にも悪影響を及ぼしかねないと懸念を示している。
 (以上、NHK本日昼のニュースネット情報よりその一部を引用。)


 ここで一旦、私論を記そう。

 安倍首相靖国参拝を受けて早速発表された上記「ニューヨークタイムズ」の“”靖国参拝は平和主義からの離脱”報道に少し安堵させてもらえた私である。
 と言うのも、昨日(12月27日)安倍政権が沖縄県仲井間知事(を如何なる手段で丸め込んだのかは私の知るところではないが、悲しいかな“裏舞台での沖縄へのカネばら撒き政策”によるものであろうか?)との間で合意した「辺野古埋め立て承認」に関して、安倍首相とはあくまでも米国との関係を強化したかった故の行動と推測するからだ。
 
 ところが、米国とて安倍首相に対して早急にやって欲しい政策と、そうではない事が交錯していることなど、上記ニューヨークタイムズ記事を参照せずとて自明の理ではなかろうか。

 安倍氏とはもしかして、米国(他先進諸外国)との国際関係を確固たるものにしたい事より優先して、自身の信条においてどうしても中韓(及びアジア諸国)よりも自国(日本)が優位な存在であることを自身の首相生命を貫いてでも証明したいと推測できないか?!? 
 それこそを自らの政治信条と企て、今現在この国の首相として君臨しているのではないかと私など感じてしまうのだ…。


 何故、それ程までに安倍氏が中韓を敵対視するのかに関しては、私には想像を絶する課題である。
 もしかしたら代々政治家一族に育った安倍晋三氏故に、実は子供時代から既にその感覚を体得していたのかもしれない。
 それが証拠に、安倍氏とは今回の靖国参拝メディア報道を受けて、以前自民党政権首相だった時代に靖国参拝しなかった事が“痛恨の極み”とまで、メディアを通じて報道公開してしまっている。 
 
 今回の安倍首相「靖国参拝」を受け中韓両国が今まで以上に安倍政権に対する嫌悪感を露呈することなど、十分想定可能な事態だ。 (私的参拝とは名のみで)そんな危機的局面に至ることを重々承知の上で公然と執り行われた今回の安倍氏の「靖国参拝」との事実なのだ。


 国際政治方面において、これ程に歪んだ政治思想を持つ人物を一体誰が首相に奉ったのか!??

 今回の安倍首相「靖国参拝」に関するニューヨークタイムズの指摘により、安倍氏ご本人も少しは自粛の念を抱いてくれるといいのだが…
 そうではない場合、国民皆も本気でこの国の行く末を案じないと、安倍首相とは近い将来本気で中韓に戦争を仕掛けるかもしれない不気味さがあるのが、原左都子としては実に空恐ろしいのだが…



 P.S.  (「原左都子エッセイ集」読者の皆様へ)

 この通り、一応新しいパソコンを立ち上げられました次第です。
 ただし現在のところ、当該エッセイ集を綴るのにも難儀しております。
 おそらく時間の経過と共に新しいパソコン入力(テンキーが右側にあるがばかりに、ブラインドタッチ派の私の場合キーボードとディスプレイ画面がズレる現象が究極に辛い…)にも慣れる事と展望しております。 そのうち今までのように思う存分のオピニオンを公開できる日を、原左都子自身が楽しみにしております!

悪声アナに困惑するより、音声切換機能の活用を

2013年12月26日 | 時事論評
 (写真は、昨日12月25日クリスマスの夜、東京都内の遊園地としまえんにて撮影した原左都子。 参考のため今回のエッセイ内容とはまったく無関係です。)


 前回の「原左都子エッセイ集」に於いて、NHK夜7時のニュース土日祝日メインキャスターである、アナウンサー小郷知子氏の悪声に関するエッセイを綴り公開した。
 本日のエッセイは、その続編の形となろうか。


 昨日、私は娘と共に束の間のクリスマスを楽しんだ。
 夕方になり、先月20歳になったばかりの娘と共にイタリアンレストランでワイングラスを傾けた。  ところが、どうやら娘はアルコールに関しては私のDNAを受け継いでいないようだ。 少しだけ口にして「あんまり飲みたくない…」と私に訴える。 飲兵衛人生まっしぐらの母の私としては、大いに安堵させられる。 「お酒など飲まない方が体にいいからね」などとテキトーでいい加減な指導をしながら、これぞラッキー!とワインボトルのほとんどを一人で飲み干した。(レストランを去った後に、娘に写してもらったのが冒頭の写真です。トホホ…

 さてその後、家に帰り着いたのが夜の7時20分頃である。 ちょうどNHK7時のニュース放映時間のため、(安倍首相靖国参拝等の)ニュース情報を得るため急いでテレビのスイッチを入れた。
 ところが、どうしたことだろう。  昨日(23日祝日)は男性の武田アナウンサーがキャスターを担当していたため、“悪声”の小郷知子氏は既に産休に入ったか、あるいは母体保護のためNHKの温情で早めに年末年始休暇に入ったのだろうか?  等々と(個人的には小郷氏の悪声を回避できることに安堵していたのに)、な、な、なんと平日にまでその小郷氏が登場しているではないか!  ははあ、男性アナの武田氏こそが早めの年末年始休暇をとったのかなあ、などと推し量った私だ。
 と同時に、国民皆が茶の間でテレビをみるこの年末年始の時期に、7時のニュースキャスターとしてNHKはあえて「悪声アナ」を採用しようとの趣旨の程が私にはどうしても理解しかねる。

 そのように感じていた矢先、我が「原左都子エッセイ集」昨日(12月25日)の閲覧数(PV)結果に於いて、「小郷知子 声」「小郷知子 悪声」「小郷知子 金属声」等々のネット検索により数多くの検索を頂いた。 そのバックナンバーを記すならば、「アナウンサーは『声』こそ命」、「NHK夜7時のニュースが果すべき使命」、そして一昨日公開したばかりのエッセイに対してである。


 加えて私がいつも驚かされるのは、上記小郷知子氏検索に関して「小郷知子 コネ」なる活字がネット上に多発している事態に関してである。
 それら情報によると、小郷氏とは「コネ」によりNHKアナウンサーとして採用されたとの噂だ。

 ここで「原左都子エッセイ集」2010年12月公開バックナンバー「今日のコネは明日の足かせ」 と題するエッセイの私論結論部分のみを以下に紹介しよう。
 “コネ”とは一時的に活用できる効用はあるのかもしれない。 ただ、その後は自分の実力で精進してこそ真の成功をゲットし得るのが人生というものであろう。 自分自身が努力をせずしていつまでも“コネ”に頼り続けるしか脳の無い人間にとっては、“コネ”とは足かせでしかない、という話である。
 逆の立場、すなわち「コネ」など最初から必要なく拒否している(私のような)人間から言わせていだだくと、他者の(信憑性の低い)支援などをあてにするよりも、自分の力を信じて世をのし上がっていく過程こそが充実ある自己実現と私は心得るのだが…。
 NHKアナウンサーであられる未だ35歳との小郷知子氏が、現在妊娠5ヶ月の身にして局内で抱えておられる苦悩に関しては、既に還暦近い原左子が知るすべもない。
 それでも、もしも小郷氏ご本人がご自身が懐妊された事実等により職場より“下手な”温情を受けていると悟れるならば、それはもしかしたら貴方が“コネ”により採用された故に他ならならないのかもしれない。
 それはそうとして、今後この世に生まれ出る貴方の赤ちゃんが背負うべく運命をも鑑みるのも、母親となる貴方に課せられた役割ではなかろうか?


 NHK小郷氏とやらの得たいしれないアナウンサー氏のことはさておいて、ここで表題に戻ろう。

 もしもご贔屓の番組アナウンサーの声が悪声故に聞き取れない場合、テレビ「音声切替」機能を有効活用することを是非共お勧めしたいのだ。
 原左都子などずっと以前より、土日祝日にNHK夜7時のニュースを聞く場合、小郷知子氏の悪声を回避するため、この機能を利用している。 画面に日本字のテロップも出るし、英語通訳者の声も男女共に低音で聞き易いため、難なくニュース報道内容把握が可能だ。




 < お知らせ >

 文末に原左都子の私事で申し訳ないのですが、現在使用中のパソコンが壊滅状態です。(今回のエッセイ入力作業も大いに難儀しました。) 既に新しいパソコン及びプリンターを購入済みですが、それらへの移行作業のため、しばらく「原左都子エッセイ集」をお休みさせていただくかもしれません。
新しいパソコンが立ち上がり次第エッセイを公開する予定でおりますが、この点読者の皆様にご承知おきいただけましたならば幸甚です。

NHK小郷知子アナ産休明けには是非配属替えを!

2013年12月23日 | 時事論評
 年末のこの時期にNHK一ファンである私の目に、とあるネット「朗報」が飛び込んできた。 
 何でも、現在NHK夜7時のニュース土日祝日メインキャスターを務めているアナウンサーの小郷知子氏が、ご懐妊され産休を取られるとのメディア報道だ。
 これぞ「吉報」である。
 もちろんご本人やお身内の方々にとっておめでたいであろう事は間違いないが、NHK夜7時のニュース視聴者にとっても“まったく別の意味”で「朗報」と表現するべくラッキーな出来事なのだ。


 と言うのも、小郷知子氏の声がアナウンサーにしてどうしても聞き取りにくい。
 これは決して原左都子一人の偏見ではなく、私が知る限り世のNHK7時ニュースファンの多くの皆さんが同様に嘆かれている現実である。

 「原左都子エッセイ集」バックナンバーにおいて私は2度に渡り、アナウンサー小郷知子氏の悪声に関するエッセイを綴り公開している。 その1本目は2011.9.7に公開した「アナウンサーは『声』こそ命!」であり、2本目は2012.9.17に公開した「NHK夜7時のニュースが果すべき使命」である。

 今回は、後者である「NHK夜7時のニュースが果すべき使命」の一部を要約して以下に紹介しよう。 
 このエッセイをお読み下さると、小郷氏の悪声に悩む7時のニュース視聴者皆さんの“苦渋の思いの程”がお分かりいただけるであろう。

 一昨日(2012.9.15)の夜、「原左都子エッセイ集」宛に以下のメッセージを頂戴した。
 <件名>
 小郷知子NHKアナウンサーの声について
 <本文>
 2011.9.7の記事、全く同感です。
 小生は、長年夜7時のNHKニュースを聞いてきました。ところが小郷アナウンサーになってから、聞くのが苦痛でたまらなくなりました。 よくぞ言っていただきました。小郷さんは清楚で聡明な印象を受けますが、声はニュースのアナウンス向きではないと思います。人格攻撃ではありません。一視聴者の深刻なるお願いです。  (以上は、匿名氏より当エッセイ集に頂戴したメッセージを転載させていただいたもの)
 NHKのアナウンサーに 小郷知子氏 との若手女性職員がおられる。 この方を原左都子が一番最初にテレビで見たのは、(当時の時点において)数ヶ月前のNHK夜7時のニュースに於いてだった。 いつもは武田氏というベテラン男性アナウンサーがメインに担当しているニュースだが、その日は小郷氏がメインでニュースを伝えることになったようだ。
 これがどうしたことか声が聞き取れない。 最初は原左都子自身の老化現象で早くも耳が遠くなり始めたのかとも考えた。 娘に確認したところ、私程ではないがやはり聞き取りにくいとのことだ。
 小郷氏の声が小さいという訳ではない。 どう表現すればよいのか、実声部分が少なく息ばかりが漏れているような発声なのだ。 加えて高音であることも聞き取り辛い要素の一つであろう。 テレビの音量を上げてもやはり聞こえにくい。 当時はまだ東日本大震災関連のニュースが主だった頃で特に福島原発事故に関する報道の詳細を網羅したい私にとって、このアナウンサー氏の声の聞こえにくさに実に難儀させられのだ。 やっと武田アナウンサーが7時のニュースに戻って来て以降は、夕飯を食しながらも自然と聞こえてくる報道音声に安堵したものである。
 そうしたところ、ネット上で小郷アナウンサーの「声」に関する原左都子と同趣旨の見解を発見した!  このネット情報によると、NHKの顔ともいうべき看板番組「7時のニュース」のメインキャスターたり得ない小郷氏の金属性の悪声を厳しく非難した上で、ニュースアナとは何よりもまず抵抗なく聞き取れる発声が最優先条件との見解を述べている。
 このネット情報に勇気をもらった私は、今回やっとこの記事において日頃のストレスを公開することにしたといういきさつだ。 いやはや、特に報道番組であるニュースに声が聞き取りにくいアナウンサーを国営放送とも言えるNHKが起用するとはどうしたことか? 視聴者の深刻な不満をNHKには是非共再考して欲しい思いだ。 (以上、バックナンバー「アナウンサーは『声』こそ命!!」より一部を要約引用)

 引き続き、当時「原左都子エッセイ集」に頂戴した数多くの“賛同意見”コメントの一部を以下に端折って紹介しよう。
○ 8月中旬だったでしょうかNHK夜七時のニュースに突如新顔のアナウンサーが出てきてニュースを読み始めた時、家族で「聞きにくい声」について話し合った事を思い出しました。 見た目には整った顔で冷たい印象だったように記憶しています。
○ 小郷さんの声にはげんなりしていましたが、原さんも同じように感じていらしたとは驚きました。はっきり言って小郷さんにはアナウンサーとしての仕事を遠慮してもらいたいです。お気の毒ですが、訓練してもどうにもなりません。 
○ 同感です。7時のニュースのような多くの人が見る番組はいい声のアナウンサーにしてもらいたいと切に願っております。小郷さんはアナウンサー向きの声ではありません。そんなアナウンサーが7時のニュースをやっているのは日本の恥です。外国人観光客は、ホテルに泊まってテレビをつけてNHKのニュースを見るでしょう。そして日本のアナウンサーの声の悪さが日本のイメージになると思います。
○ 小郷さんをアナウンサーとして採用したNHKが悪いのです。私の大学時代の友人はアナウンサー希望でNHKを受けました。とても声がよかったんです。結果は不採用でしたが、もし声が悪かったらやめた方がいいと私が止めています。 採用されてしまった小郷さんが気の毒です。
○ (上記コメンテイター氏より再度頂戴したコメント) 9月11日にNHKへネットで投書いたしました。細かいことは書かずにこちらの記事(「アナウンサーは『声』が命!!」)を紹介しました。無断で紹介したことお許しください。 その後、返信など一切ありません。
 当該バックナンバーを公開してほぼ1年の月日が経過した(2012.9)現在、改めて当時と同趣旨のメッセージを一昨日頂戴したことにより、“NHK夜7時のニュースキャスター悪声”の現実とはまさに「社会問題」の範疇ではなかろうか?、との思いを今一度新たにした私である。
 ニュース報道が果す役割の重要性を鑑みた場合、(特に国営放送に準じる放送局ともあろう立場の)NHKが何故メイン報道番組であろう夜7時のニュースに悪声のメインキャスターを採用し続けるのかに関して、末端視聴者から今一度ご意見申し上げたいのだ。
 どうか、我が拙いエッセイ集に貴重なご意見をお寄せ下さったNHKファンの皆様の切なる思いが、NHK放送局現場に届く事に期待したいものだ。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバー 「NHK7時のニュースが果すべき使命」より一部を引用。)


 ついでに付け加えよう。
 その後も現在に至るまで毎週末になると「原左都子エッセイ集」閲覧(PV)数において、上記小郷知子氏の「悪声」「金属声」等々マイナーな文言による各種検索を通じ、我が上記2本バックナンバーへの閲覧が急増するとの現象が起き続けている。 その総数をざっとトータルするならば、おそらく万単位となろう。 
 それ程NHK夜7時のニュースファンが多いことを実感させられる事実であるし、同時に、土日祝日のメインキャスターに“悪声のアナウンサー”を採用し続け平然としているNHKの対応をもどかしく思う視聴者が数多いとの証拠でもあろう。


 ネット情報によれば、どうやら小郷知子アナは現在妊娠5か月、来年5月末に出産予定とのことだ。 「NHKニュース7」などの仕事は体調を考慮しながら来年3月頃まで続け産休に入るらしい。 ご本人は出産後も仕事を続ける意向との情報でもある。

 ご本人の意向がそうであるとしたならば、国営放送局と表現可能なNHKの対応としては、小郷氏の産休明けにはまた旧態依然としつつ「NHKニュース7」のニュースキャスターとして氏を迎え入れるのだろうか???
 どうか、それだけは勘弁願いたい思いだ。
 他にも優秀なアナウンサー氏など、視聴者からの視点ではNHK内にいくらでも存在するはずだ。 どうしてその才能をNHK内部が見抜けないのか?? 何故、世間で「悪声」との悪評が高いアナウンサーをいつまでも採用し続けるのか?
 NHKへのせめてものお願いだが、今一度「小郷知子悪声」等でネット検索して彼女の声の不評ぶりを認識して欲しい。

 そして小郷氏本人も「産休」に入ったならば少しは時間が取れることを有効利用して、アナウンサーとしての自分に対する世間の評価の程をネット上で検索してみるといいだろう。
 貴方は既に35歳との事だが、自分の悪声がテレビを通じて世にもたらしている“迷惑度”が少しでも推し量れたならば、産休明けには自ら“配属替え”をNHK幹部に訴えるかあるいは“退職”との選択肢とて可能となろう。

 それにしても今夜(12月23日の祝日)もまた、NHK夜7時のニュースで我々庶民はあの小郷氏の悪声を聞かされるのか…
 視聴料を毎月NHKに支払っている身として、本気で勘弁願いたいものだ…

次期都知事選は2020五輪“小規模開催派”に一票を投じたい!

2013年12月21日 | 時事論評
 日本の首都である「東京都」とは、決して2020年にオリンピックとパラリンピックを開催するため“のみ”に今後存在せねばならない自治体ではないはずだ。
 そこは全国各地都道府県の例外ではなく、血の通う市民一人ひとりがしがない収入の中から血税を納めつつ、日々の生命を繋いでいる生活の場なのだ。

 そんな事は誰が考えても自明の理である。
 にもかかわらず、一昨日(12月19日)辞任表明した猪瀬直樹氏はじめ自民党政権阿倍首相は、底辺に生きつつ都政を支える1300万都民の存在をすっかり忘れ去っておられる様子だ。 
 当日の記者会見に於いてお二方は、口を開けば猪瀬氏辞任後も2020東京五輪を無事成功させる事ばかりをメディア報道内で繰り返す始末だ…

 本来自治体の主役であるはずの都民の存在をこれ程までにないがしろにされて、黙っていられる原左都子ではない!


 19日午前、東京都猪瀬直樹知事は医療法人徳洲会グループから5000万円を受け取っていた問題の疑念が払拭できなかったとの理由で、都議会議長宛に辞職願を提出した。 直後に猪瀬氏は記者会見を開き、「これ以上都政を停滞させるわけにはいかない。五輪の開催準備を滞らせるわけにもかない」と述べ、報道を通じて辞職する意向を表明した。

 「原左都子エッセイ集」5本前のバックナンバー、「猪瀬さん、何で徳洲会から5000万円も借受たの?」と題するエッセイにおいて、この事件に関する私論を展開している。
 今回の猪瀬氏辞任劇とは、上記バックナンバー内で私が推測した通りのストーリー展開となった事実が我ながら興味深い。 猪瀬氏と徳洲会との癒着関係など誰しも予想していた通りであろうが、これ程早い時期に猪瀬氏を辞任にまで追い込めた都議会の研ぎ澄まされた調査と質疑には唸るものがあった。 (前知事である石原慎太郎氏との会見こそが、最終的に猪瀬氏辞任を促す決定打だったようだが…)

 片や、猪瀬氏の都議会質疑応答に応える“しどろもどろさ”にも、都民として愕然とさせられるばかりだった。
 政治資金として受け取った事が歴然の徳洲会からの5000万円に関して、猪瀬氏は“うろたえつつ”優柔不断な答弁を繰り返していた。 その姿とは一都民の立場で見ていて辛いものがあるほどの軟弱ぶりだったのだが、1年前に歴史的最高得票を得た猪瀬氏に一票を投じた都民皆さんの思いとは如何ほどだったのだろうか? (参考のため、原左都子は決して猪瀬氏になど投票していませんよ。) 
 えっ?  他に候補者がいなかったから仕方なく猪瀬氏に投票した???  これこそが大方の都民回答と推測できる寂しい選挙結果だったからこそ、たった1年で都知事辞任劇に相成るのだ。
 こんな貧弱な地方自治体知事選挙の実の無い実態こそが、どうにかならないものか!!


 猪瀬氏がたった1年間の都知事職でやり遂げた“自称”快挙とは、2020東京五輪開催決定だけだったとの実績も実にふがいない。 
 そのため辞任表明に於いては7年後の東京五輪開催を主旨とせざるを得なかったのであろう。 が、辞任会見なるマイナーな記者会見の場で実名を挙げられた過去の五輪フェンシング代表の太田氏や、タレントの滝川クリステル氏こそがさぞや大迷惑だったことであろう。
 そもそも五輪開催地など、開催国や開催地が大々的にアピールしたからその地での開催が決まるとの安易なシステムではない事など明白だ。 私論によれば、国際政治と国際五輪委員会との癒着等々の力関係により決定されるものと把握しているのだが。
 そのような事など賢明な国民は誰しも承知の事実と私は捉えているのだが、猪瀬氏が最後の最後まで、2020東京五輪開催決定を“自分の力で成し遂げた”と捉えているところに哀れさと虚しさが漂う辞任会見だった…。

 更なる猪瀬氏の過ちとは、辞任会見に於いて「自分は政治家として素人だった」と表明してしまった点である。
 これには驚かされた。 もちろん、私はその事実を元々承知しているからこそ猪瀬氏には投票しなかったのだが、本人の口からそれを表明して喜ぶ都民が存在するとでも思っているのか!?!  軟弱極まりない発言としか言い様がない。
 一自治体の知事たる者、たとえ当選当初は政治素人であったとしても、政治家としてプロ意識を持てるように日々努力精進するべきだ。  そしてたとえ辞任会見との場であれ、自治体市民の前では口が裂けても「自分は政治家として素人だった」などとホザくべきではないことは歴然だ。
 (この原左都子ですら、20代後半に若くして民間企業係長の立場に就任した時には、その役割認識と態度の下に外部組織や部下に対応せねばならないと志したぞ!)


 それにしても気掛かりなのが、来年2月上旬に予定されている次期都知事選に如何なる人物が立候補するか、である。
 原左都子がメディアを通じて耳に挟んだところによると、どうやらいつもの例外ではなく“訳のわからん”候補者が既に裏舞台で名乗りを挙げているとのことだ。 これこそ底辺都民の一人として嘆かわしいとしか表現しようがない。

 何でも自民党は2020東京五輪のみを視野に入れ橋本聖子氏を擁立しようとの魂胆らしい。  加えて丸川ナンタラ氏との元女性アナウンサー氏をも擁立候補としているらしいが…(これらなど、政治家ド素人の猪瀬氏の二の舞に落ちぶれるのか?)

 片や、民主党は過去の都知事選で票を採った蓮舫氏を擁立しようと動いているらしいが、まったくもって陰り行く政党の“風前の灯感”が漂う悪あがきに過ぎないことが歴然で心に隙間風が吹く思いすら抱かされる…

 先だって維新の会を離党した東国原氏も、一応都知事選を目指しているとの報道もあるが…

 過去に於いて自民党から捨て切られた舛添要一氏を都知事選に擁立しようとの動きもあるようだ。
 まあ、原左都子としては、この人が一番政治家としてのポリシーがあるように見受けるし、まさか辞任に至って「自分は政治家として素人でした…」とは都民の前でホザかないような強さもあるかと分析するのだが…
 
 いずれにしても、原左都子は元々2020東京五輪開催絶対反対派である。
 国際五輪委員会が決定した事実は動かしようがないとしても、7年後の五輪開催よりも、1300万都民の日々の生活こそを優先課題とするべく具体的なマニフェストを掲げられる候補者にこそ、貴重な一票を投じたい思いが強靭だ。 

楽しいお金の使い方

2013年12月18日 | お金
 義母の財産税務管理担当を任されている私は、昨日義母が口座を開設している金融機関へ預金を引出しに出かけた。
 
 皆さんもご存知の通り、現在のATM引き出し最高限度額は1日につき50万円である。 そのため、その額を超過する引出しを実行したい場合は口座開設者本人が印鑑を持って窓口まで出向き、本人確認の上に引き出すしか方策がない。 ところがあいにく義母には現在その体力がない。
 今回予定していた引き出し額はATM最高限度額を超過する額だったため、預金者本人ではない私は幾日もかけてATMへ出向き、ちまちまと目標額を引き出す予定を立てていた。

 ところが、昨日銀行係員氏に確認して初めて判明した事実がある!
 それは、一預金者の1日引き出し限度額とは、“キャッシュカード1枚毎”に50万円と定められているとの事実だ。(早く言ってよ~~)  我が義母の場合当該金融機関に複数の口座を開設していたため、それぞれの複数キャッシュカード使用によりATMにて予定額の引き出しが1日で叶ったのだ。 

 私自身子ども時代から貯蓄の趣味があるため(あくまでもチマチマ貯蓄タイプの貧乏人範疇だが…)、昔から金融機関へ出向く機会は多い。
 金融機関の顧客対応システムも時代と共に変遷せねばならない事は理解可能だが、もう少しあらゆる顧客に分かり易いシステム作りやその広報を実施してもらえないものだろうか?? 
 というのも、上記事例のごとく“キャッシュカード1枚毎”に1日50万円の引き出しが可能とのシステムを昨日初めて知った私だ。 それをもっと早く承知していたならば、目標額を引き出すために幾日にも渡って金融機関を訪れるとの無駄が省けたのに…。
 (もちろん、窓口届出によりATMにてキャッシュカード1枚1回に付き200万円まで引出す事が可能となるのは承知しているが、そのためには体が弱っている義母を一度窓口まで伴わねばならないし…)


 前置きが長過ぎたが、今回のテーマは表題に掲げたごとく「楽しいお金の使い方」である。

 このエッセイを綴るきっかけをもらったのは、本エッセイ集で毎度おなじみの朝日新聞相談コーナー 12月14日版「悩みのるつぼ」 を一見した事による。
 ただし今回の場合、その引用は表題のみに限られそうだ。
 
 と言うのも原左都子の場合、「お金」とは楽しく“貯める”対象物であり、決して楽しく“使う”ものではないとの感覚が、子ども時代より強靭だからである。

 その一例として、私は当エッセイ集 “お金”カテゴリー2008年2月バックナンバーにて、「正しいお金の貯め方」と題する記事を綴っている。
 以下に要約して紹介しよう。
 私は住宅ローンの早返しが得意技のひとつであることは、バックナンバーで既に述べた。(“お金”カテゴリー「住宅ローンの早返し」をご参照下さい。)
 現在までに4件の不動産物件を購入し(そのうち2件は買換え)、すべて短期間でローンを完済してきている。 早期にローン返済するための第一条件は言わずと知れているが、返済できる資金が手元にあることである。 では、資金を手元に保有するためにはどうすればよいか。 その答えは簡単、お金を貯めればよいのだ。
 近頃、主婦向けのマネー関連の雑誌が数多く刊行されているようだ。私はその種の雑誌を購入したことも、しようと思ったこともないのだが、新聞の下の方の広告欄で垣間見るとその内容には涙ぐましいものがある。一日の食費を1000円で抑えるだとか、年収300万円でも月10万円は貯蓄しようだとか…。 そんなに血眼にならないとお金って貯められないものかなあ、私に相談してくれたら普通に生活しながらお金が貯まる方法を伝授するのに…、といつも不思議に思ってしまうのである。 
 私は物心がついた頃からお金を貯めていた。 昔、学校の長期休暇前に「肝油ドロップ」を購入する習慣があったのだが、そのドロップ缶に小遣いの残りの小銭を貯め込んでいた。 そのドロップ缶貯金が増えることがうれしかった感覚の記憶は今でも私の脳裏にある。 中学生になると月額で小遣をもらえるため、ドロップ缶の中身は小銭に加えて札も目立つようになっていた。 そして高校生になると私の貯金は万札に形が変わり、それが何枚にもなった頃、私は自主的に近くの郵便局へ行って郵便貯金通帳を作り、今度はこの通帳が私の貯金箱となった。(参考のため、当時は未成年者でも単独で通帳が作れる時代背景だった。) 高校卒業時点でその残高は私の記憶によると数十万円を超えていた。受験生だったためアルバイトをしていた訳ではない。あくまでも小遣やお年玉や祝金等をちまちま貯めた結果である。
 大人になって一人暮らしを始めてからは、几帳面に家計簿をつけるようになった。もちろん自主的に。 そして金融商品の金利に興味を持ち、郵便貯金一本からだんだん通帳を増やしていった。その残高がどんどん増えるのが快感なのである。 私は外見や行動が派手なため一見ちゃらんぽらんな浪費家人間に見えたようだ。 私がお金を貯め込んでいることは知る人ぞ知る程だった。周囲のほとんどの人達はまさか私が預金通帳の残高を見ながらほくそ笑んでいるとは想像だにしなかったであろう。 当時は高金利時代だった。預貯金の年利が8%という時期もあり、郵便局の定額預金など10年間で元利合計が元金の2倍以上になる美味しい時代もあった。 私は新聞の経済面の金融商品欄はいつも欠かさず注視していた。お金を貯める事に関して石橋をたたいて渡るタイプの私は、ハイリスクハイリターン商品には決して手出ししなかった。 20歳代後半で預金が1000万円を超えたとき、その大部分を信託銀行のビッグ(貸付信託複利5年もの。現在この商品は廃止されている。)に入れ替えた。当時お金をビッグに入れるために信託銀行に行った時の係員の無礼な対応は今でも忘れない。一見ちゃらちゃらした小娘が信託銀行に何の用かと係員が疑うのは無理もない話だ。
 結婚後はずっと低金利状態が続いているため、お金を貯めることよりも住宅ローン返済に集中してきた訳である。
 という訳で結論として、私のような庶民にとっての正しいお金の貯め方とは何か。 “正しい”かどうかについては確信はないが、その秘訣はお金が貯まることがうれしいと思う気持ち、そしてお金を貯めることに対する興味ではなかろうか。 まさに“好きこそ物の上手なれ”である。 私の周りを見渡しても、浪費家というのはそもそもお金を貯めようという発想自体がさらさらないように見受けられる。
 そして、何よりもライフスタイルである。 私は派手好みではあるけれど、ブランド物で身を固めたいなどという欲望がほとんどないし、人と同じ持ち物が欲しいなどとの気持ちは昔から一切なく、マイペースで自分の人生を貫いてきている人間である。
 加えて、お金を貯めるために要求されるのは情報収集力であり、計画力であり管理力である。 これらは最低限の必須条件であろう。
 このように考えてくると、やはりお金とは付け焼刃では貯まらないものなのかもしれない。 持って生まれた適性や能力もお金を貯めるひとつの重要な要素となろう。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバー 「正しいお金の貯め方」より要約引用。)


 最後に私論でまとめよう。

 「お金」とは、“貯めてうれしい派” と “使ってうれしい派” とに大きく二分されるのではあるまいか?? 
 (これに関しては、上記我がエッセイ集バックナンバーをお読み下さるとご理解いただけることであろう。)

 私など、“貯めてうれしい派”に分類される事が歴然!なる人生を歩んできていると自己分析できそうだ。  それ故に、今回テーマに掲げた 「楽しいお金の使い方」に関しては何の論評力もない事を認めざるを得ない…。

 少しだけ今回の表題に対して論評させてもらえるなら、自分自身で目標を掲げ自分の力で貯めた蓄財を自らの価値観と判断で有効活用できた時にこそ、その金額の大小に係わらずお金を使うことが“楽しい”! と実感できるのかもしれない。

 そんな微細な“楽しさ”を時折感じたいがために、私は今尚チマチマ預金に励むとの“しがない人生”を選択し続けているとも分析可能だ…… 

祝♪ カーリング日本女子代表五輪出場決定!!

2013年12月16日 | 時事論評
 これをスポーツと表現していいのかどうかと我が頭を悩ませたのは、過去のオリンピックにて当該競技を観戦した時に遡る。


 私が「カーリング」なるスポーツを知るきっかけを得たのは、1998年長野冬季オリンピックをテレビで観戦したことによる。
 当時男子チームの若手(未だ十代だったような記憶があるが)スキップであられたイケメン敦賀信人氏が、テレビ中継によりその名を国内に轟かせた頃、初めて「カーリング」とのスポーツが五輪の一競技であることを認識した。 
 その後、時を経て2006年開催のトリノオリンピックに出場した女子チーム(チーム青森)が、国内テレビ放映に於いて全試合中継される中で7位入賞という快挙を披露したことにより、日本におけるカーリングの認知度が一挙に高まったとも言える。
 (以上、ウィキペディア情報を参照しながら記載。)

 ここで私事を語ると、何分“寒い”のが超苦手な私だ。  それ故に、氷が張られたリンクの上で繰り広げられる選手の“動きが少ない”カーリングとの競技に当初違和感を抱いた。
 実際動くのは、(私の目には)氷の床を掃く選手だけである。 その他の選手達が試合中に行っている動作とは、大声こそ出すものの始終静止状態だ。 頭脳面や精神面で熱く燃えることは理解可能だが、このスポーツとは「体力」が試されて勝敗がつく性質のものではないと当初原左都子が勘違いした事に関して、読者の皆さんより同感いただけるであろうか??


 ここで、「カーリング」との競技に関する歴史やルール等に関して、以下にウィキペディアより参照して紹介しよう。

 カーリングは氷上で行われるウィンタースポーツである。 4人ずつ2チームで行われ、目標とする円を目がけ各チームが交互に8回ずつ石を氷上に滑らせる。石を円の中心により近づけたチームが得点を得る。これを10回繰り返し総得点で勝敗を競う。 高度な戦略が必要とされ、その理詰めの試合展開から「氷上のチェス」とも呼ばれる。
 15世紀にスコットランドで発祥したとされ、16世紀から19世紀にかけて戸外でのカーリングが盛んに行われていたそうだ。 現在のルールは主にカナダで確立したもので、1807年には王立カーリングクラブが設立されている。 その後アメリカ合衆国にカーリングクラブが誕生し、19世紀の終わりまでにはスイスとスウェーデンへと広まった。  98年長野オリンピック以降冬季オリンピックの正式種目として採用されている。 現在ではヨーロッパ全域をはじめ、日本、オーストラリア、ニュージーランド、中国、韓国などで行われている競技である。
 我が国においては、(上記記載の通り)1998年長野五輪での男子チームスキップ敦賀信人の健闘、及び2006年に開催されたトリノ五輪に出場した女子チーム青森が7位入賞との活躍を見せたことで、日本におけるカーリングの認知度が一挙に高まった。
 カーリング自体は非常に歴史のあるものであり、カナダではボウリング感覚でカーリングを楽しむなど生活に密着した光景も見られる。 ところが、日本では他競技のアスリートなどから「カーリングはスポーツではない」などと解釈されることがある。 これは、日本においては「スポーツ=体育」という認識が定着してしまい、身体を激しく動かしていなければスポーツではないという価値観が根強く存在し、例えば将棋や囲碁、チェスなどマインドスポーツがスポーツとして理解されていない点に見て取れる。
 それこそが日本国内の一部でカーリングがスポーツと認識されない大きな要因であると考えられるが、実際にはストーンを正確にコントロールする技術力、チーム内プレーの連携、そしてスコアを競い合う先読みを繰り返す戦略性や戦術といったゲーム性など、スポーツの要素を備えている。  さらにあえて身体面に触れれば、投擲の正確なコントロールや、的確にスウィーピングを行うための強靭な体力も要求される。 実際、カーリングの選手が筋肉トレーニングやスウィーピングの練習をしている様子がテレビのドキュメント番組で放送されたこともある。
 (以上、ウィキペディア情報より一部を要約引用。)


 上記ウィキペディア情報を読み、「大変失礼申し上げました。」と、まずは原左都子のカーリングに対する偏見をお詫びせねばなるまい。 
 上記のごとくカーリング競技とは強靭な体力をも要求され、選手達は筋トレ等体力づくりに日々勤しんでいるとのことだ。

 さらにもう一点、我が「カーリング」(特に一女子選手)に対する“意地悪”偏見をあえて述べさせていただこう。
 2006年トリノ五輪に女子カーリング代表として出場した本橋ナンタラ氏(先程ウィキペディアで調べたら 本橋麻里氏 との選手だったようだが)が、何を血迷ったか、その後タレントとしてぬけぬけとメディアに出てきたのには愕然とさせられた。 しかも彼女はまだカーリング現役選手も続行するとのことでタレント活動によりCM収入を得た後、自分のチームまで立ち上げて国内大会に選手として姿を現した。 その後の彼女の動向は知らないが、現在はポシャったのか本橋氏の姿をタレントしては元より、カーリング選手として競技会場で見ることはない…
 本橋氏が本気でカーリング人生を貫きたかったのならば、(私の評価では本橋選手以上に“美人”の)小笠原選手や船山選手のごとく、子ども出産後も「カーリング」一筋に精進するべきではなかっただろうか!?
 いやはや、若くして自分は“美人”と勘違いして血迷い、メディアにしゃしゃり出る事が得策なのか否なのか、現世の若き女性達も本橋氏の事例を参考にして自分自身で今後の人生のあり方を天秤にかけてみるといいかもねえ。


 とにもかくにも、カーリングソチ五輪世界最終予選最終日は15日、ドイツ・フュッセンで1次リーグ上位3カ国による五輪出場決定戦があり、日本女子の北海道銀行はノルウェーを10―4で破り、日本女子として1998年長野大会から5大会連続となる五輪出場を決めた。
 日本は第7エンドを終えて3―4とリードを許す展開。だが、第8エンドに好機をつくると、最後はスキップ小笠原歩選手(35歳!)が円内に残っていた相手のストーンをはじき飛ばすショットをみせ、一気に6点を奪って逆転した。


 日本女子カーリング代表の北海道銀行女子チームの活躍の程を、ここ1週間程ずっとNHKBSテレビを通じて見守ってきた私だ。
 最終決戦の中国戦にて1点差で敗退した後、原左都子もスキップ小笠原歩選手が泣きながらインタビューに応える影像と、共に泣き崩れた……

 その何時間か後に開催された最終代表決定戦である対ノルウェー試合に至るまでの短時間内に、よくぞまあ気持ちを入れ替えられものだ。 そんな北海道銀行女子チームのチームワークの素晴らしさの程を賞賛しつつ、五輪本番の女子カーリング日本代表の活躍を祈り応援したいものだ!

どう努力しても嫌いな相手とは、確かに存在する

2013年12月14日 | 人間関係
 「どうしてもあなたが嫌いだ。」

 9月末の放送開始以降ずっと高視聴率を維持しているNHK連続テレビドラマ 「ごちそうさん」 主人公 め以子が、昨日(及び本日)のドラマ内で義理姉 和枝から無情にもぶつけられた言葉である。

 現実社会に於いては、いくら誰かに対して嫌悪感を抱いていようが、いい大人がこの言葉を直接相手に投げつけるとの行動にはよほどの事でもない限り出られないものであろう。
 ドラマの和枝の場合それがドラマ内であるからこそ叶った発言ではあろうが、原左都子には和枝の切羽詰った思いが理解可能だ。


 (このドラマをご覧になっていない方には分かりにくい今回のエッセイ内容で申し訳ないのだが)、おそらく原左都子の性格や人格とは、和枝と似ていると想像する。
 真面目で几帳面でやるべき事はすべて完璧にこなさないと気が済まない。 そのための努力を日々惜しまない反面、いつも神経が張り詰めている状態のため、周囲の人間としては気が休まる暇がない。  しかも和枝の場合、過去の過酷な人生経験によりトラウマを抱えている。(いえいえ、私の場合は大したトラウマはありませんよ。)

 そんな和枝が主人公め以子の存在が気に入らない訳が私には十分伝わる。 め以子とて努力家であることは認めるが、どうやら生まれ持っての“天然気質”を嫁ぎ先の西門家にまで持参してしまっている。 それが証拠に、本日放映内で和枝が「どうしてもあなたが嫌いだ!」と言い放つ場面にして、め以子とは義理姉和枝に歯向かう事が出来るキャラの持ち主である。 これはたくましいと思う反面、決定的別れが訪れる必然性があると私も直感した。
 そもそも私も和枝同様に“天然気質”タイプは受け入れ難い。 そんな奴に接すると、神経張り巡らせて周囲に配慮しろ!と説教したくなる。


 ここで参考意見だが、原左都子にとってはめ以子の義理姉である和枝よりも、むしろ後妻として西門家に嫁いで散財するばかりで何の役にも立たず、“のらりくらり”と居候している 静 の存在こそが鬱陶しい感覚だ。 もしも私がその時代に西門家に嫁いだならば、まずは継母である 静 こそを外に追い出す策略を講じたかもしれない。
 明治の時代とは亭主亡き後の後妻の位置付けがこれ程保証されていたのであろうか?? 現在の核家族現状に於いては想像も出来ない話である。 後妻の静と出戻り和枝との確執もドラマ内で展開されたようだが、後妻の静こそが西門家を出る必然性があると現代人感覚で私は考察するのだが… 

 余談だが、それにしても宮崎美子氏演ずる静は、“出戻り”和枝に対する“意地悪感”が自然体で表出していると感じる。 
 実は原左都子は、タレント宮崎美子氏に対して氏がデビューした時代より好印象を抱いていない。 この人の経歴を辿るならば、とある週刊誌表紙に著名写真家氏撮影による笑顔ビキニ姿で世に出た割には、その後トーク番組等でその横顔を見ると、作り笑顔の陰で元々“意地悪”そうな風貌を晒す事実を私は見抜いている。   そんな宮崎美子氏はその後特定のバラエティ番組にしか取り上げられない貧弱なタレント生命を貫きつつ、何故「漢検1級取得」にこだわり続けたのだろう?  あくまでもバラエティクイズ番組出場を一生狙い、その分野でタレント生命を繋ぎたいのならばそれで事が済んだのかもしれないが… 
 今回の「ごちそうさん」のごとく女優としてこの世を渡る希望が少しでもあるならば、漢検1級取得よりもその世界の技と芸を磨くべく精進するべきはずなのに…。 (今回のドラマでは宮崎氏は元芸者の役柄にして、三味線も歌も下手くそで聞いてられないよねえ…。)
 要するに、和枝役の俳優キムラ緑子氏の芸達者さと比較すると、番組出演者テロップで最後に出る準主役級の静役タレント宮崎美子氏の存在がお粗末過ぎる事に、違和感を感じている私なのだが…


 ここで一旦私論に移ろう。
 
 一例を挙げるならば、要するに原左都子にとってタレント宮崎美子氏とは「どう努力しても嫌いな対象」なのかもしれない。
 その根拠もある程度自己分析可能だ。 宮崎氏とは元々過疎地国立大学出身であられる。 私も同様だ。 その時代に宮崎美子氏はシンデレラガールのごとく週刊誌表紙に取り上げられたことで芸能界デビューした。 そんな経歴とは通常“一発屋”でポシャるものだが、宮崎氏はその後芸能界で何故か生き延びている。 (漢検1級など今それを取得せよと言われれば、私も多少の努力を重ねれば取れそうな思いだが…)
 とにかく宮崎美子氏は現在NHK連続テレビドラマの準主役として抜擢されている。 今後の氏のタレント生命を私が予知できるはずもないが、元々低身長のずんぐりむっくり体型、かつ現在50代半ばの若さにして顔面皺だらけの宮崎氏のその風貌に、何だか安堵させられる一庶民の原左都子との情け無い有様だ…
 それにしても、メディアに登場するタレントどもなど嫌なら見なきゃ済む話の範疇だから、何らの障害もない。

 上記事例にかかわらず一般世間に於いても、確かに「どう努力しようが嫌いな奴」とは万人に存在すると私は推測する。

 この相手が現在付き合わねばならない環境下では、実に辛いものだ。(例えば、学校クラス内とか職場内とか。)  その経験は私にもある。 それでも学校クラス内の付き合いなど1、2年の短期間で過ぎ去るものと私は覚悟を決めていた。 その覚悟の通り、嫌なクラス連中や担任などすぐさま我が人生を通り過ぎたものだ。 
 一方、職場関係は多少鬱陶しい。 こいつが嫌いだと思っても、自分がその職場で頑張る程にそこの同僚や上司との関係が長引く事は私も経験している。 どうしてもその関係が耐え切れない場合、「異動」を申し出てもよいであろう。 極端な場合、退職を選択せねばならないかもしれない。 ただその場合に関しても、自分が羽ばたける次なる舞台を選定してからにしても遅くはないだろう。

 一番辛いのが、冒頭の「ごちそうさん」め以子の事例ごとく、嫁ぎ先の人間関係ではなかろうか。
 ただ現在の世に置いては核家族化が急激に進んでいる事もあり、たとえ嫁ぎ先に嫌いな相手がいようと、それと直接対峙する場面すらないとの話なのかもしれない。
 婚姻関係に於いて婚姻先の人間関係を断ち切る事が可能な場合(例えば子どもがいない場合や、実家が裕福でいくらでも“子連れ出戻り”が可能等々)、それを実行した方が幸せな場面が今時いくらでも存在するであろう。


 冒頭で掲げたNHKドラマ「ごちそうさん」の場合、本日のドラマ場面に於いて決別した主人公め以子と義理姉和枝の事例が、今後如何にドラマ展開するのかは原左都子には未知数である。

 ただ一言言えるのは、還暦近い私にも「どうしても嫌いな奴」が現在に至って尚存在するとの事だ。 そんな相手と不安材料を抱えたまま再会するよりも、今後一生に渡り“無縁”を貫けた方がお互いに幸せに決まっている!と私は確信している。 

 そんな現代の一市民の切実な選択肢を尊重してくれるべく、「ごちそうさん」が今後ドラマ展開することを一ファンとして期待申し上げている。

 人間関係において、妙に歪んだ「絆」など何ら必要ない。 

クリスマス慣習が急激に薄れゆく国内の風情

2013年12月12日 | 時事論評
 昨日(12月11日)我が行きつけの個室美容室を訪れた際、4歳男児の母親でもあられる担当女性美容師氏がいきなり“嘆き話”を始める。
 「この時期は本当に嫌なんです…。」

 一体何が嫌なのか?との私の問いかけに美容師氏応えて曰く、「息子のためにクリスマスプレゼントを用意せねばならないが、毎年何を枕元に置いてやっていいやら頭を悩ませる」との談話だ。

 原左都子としては美容師氏の発言に、(あっ、そうか、もうそろそろクリスマスなんだ!) と初めて気付かされた始末だ。
 そう言われてみれば、ターミナル駅を降りた後も大都会の街並みにして大規模なクリスマスイルミネーションを一切見かけなかった。 店舗毎にクリスマス商戦を意識した装飾が“こぢんまり”となされていたものの、さほど目に留まる程のインパクトを受けないまま美容室へ辿り着いた。


 上記美容師氏の発言で思い起こしたのが、原左都子の子ども時代のクリスマス慣習である。
 数十年前にド田舎過疎地に生を受けた私だが、そんな時代の過疎地に於いても幼少の頃より各家庭でそれぞれのクリスマスイベントが実行されていたようだ。  例えば、美容師氏がおっしゃるごとくの “親がサンタクロースの代わりに子どもの枕元にプレゼントを置く” なる慣習とは、幼き子ども皆が大喜びするであろうイベントに間違いない。 親側としても今年は何を枕元に置いてやったら子どもが嬉しいのだろうかと頭を悩ませる事こそが、家庭内の幸せな光景を創り出す源である事は想像して余りある。

 ところが残念ながら、私の場合幼少の頃に親からクリスマスプレゼント自体はもらったものの“枕元に置いてもらう”との習慣を一切経験していない。 その理由の詳細に関しては記憶にないのだが、もしかしたら元々“合理思考”が強靭だった我が親どもに「サンタクロースなどいる訳ない」と幼き頃より感化されていたのかもしれない。 そんな風に情緒が欠落した親の下に育った私であるため、幼心にサンタクロースなどこの世に存在しないと信じさせられていたとも考察可能だ。
 小学校に入った頃だろうか。 周囲の児童達の「クリスマスイブにはサンタが枕元にプレゼントを置いていくと言うけど、本当は親が置いているんだよ!」なる会話を耳にした。 その話を聞いた私はクリスマスイブが迫った頃初めて我が親どもに言い寄った。 「よその親はイブの晩にサンタに替わって子どもの枕元にプレゼントを置くとの話だが、何でうちはそうしなかったの?」  次女である私からの初めての訴えに、我が親どもは相当困惑した様子だった。 それでもその年のクリスマスイブの夜には生まれて最初で最後に我が親がプレゼントを枕元に置いていたことを、何だか“虚しい出来事”として私は記憶している。

 ここで一旦、原左都子の私論を記そう。
 いくら幼き我が子が親の合理的思想を遺伝的・経験的に継続していようが、クリスマスイブの夜ぐらいは世間一般で執り行われている慣習に従い、わざとらしい演技であれ子どもを喜ばせても罪はなかっただろうに…。 それこそが子どもの情操教育であり、子どもに夢や希望を抱かせ羽ばたかせるきっかけをもたらす好機だったはずだ。 


 上記のごとくクリスマスに関して幼少の頃に切ない記憶がある私は、高齢出産で産んだ我が娘のクリスマスは、誕生以降大々的に執り行ってきている。
 まずは室内のクリスマスイルミネーションだ。 一時は本物のツリーもどき大きな観葉植物を室内に買い求め、それをクリスマスツリー土台とした時期もある。 そして必ずや私はその飾り付けに娘も誘った。 そんな親の演出を幼き頃からはしゃぎ喜んでくれた我が娘でもある。
 そんな娘の成長と共に、母である我が手抜きが勃発する。
 娘の私立中学受験の時期には、“お抱え家庭教師”でもある私として2月初頭の受験に備えるためクリスマスイルミネーションになど到底尽力できない。 それを理由に室内装飾をサボろうとしたのだが、娘から「○ちゃんの家では素晴らしい飾り付けをしている!」と訴えられたなら、それを実行しない訳にはいかない。 それはよしとしても後が大変だ。 装飾はいつでも可能だが、片付けは12月25日中に済ませるべきだ。 まさかクリスマス装飾のまま新年を迎える訳にもいかない… 
 そんなこんなで娘が大学生になった暁には、我が意思で少しばかりのクリスマス装飾を室内に試みようかなと思う段階に入っている。 それに同意してくれる娘のお陰で、現在の我が家のクリスマスイルミネーションは至ってシンプルである。

 我が家の事情をさて置き、大都会東京の繁華街に出てもさほどのクリスマスイルミネーションを堪能できない時代背景だ。
 その分、首都圏郊外あちこちの地に光イルミネーションを施した観光地が設けられ、その地に小旅行目的で観光客を誘う趣旨の旅行会社によるバスツアー企画等を各所で数多く発見する。 これぞまさにLED開発力による節電イルミネーション企画なのであろう。


 阿倍政権によるアベノミクス経済政策が掲げた成果はごく一部の恵まれた国民を潤すばかりで、今年も多くの国民は細々と年末を迎えることになりそうだ。

 そう言えば昨日電車にて帰路の途中、電車広告に誰かが違法に貼り付けたと思しき「貼紙」を発見した。 それによれば、阿倍政権は今後「戦争が出来る」ようこの国を仕立て上げるべき尽力しているとの事だ。
 もちろん、この貼紙をした輩の行為は違法であることなど私も承知であるとして、その内容に等しい危機感と恐怖心を私自身も抱かされざるを得ない現状である……
 我が国の政権が今後如何なる方向を目指そうとしているのかに関しては、(特定秘密保護法案強行採決がらみの政権内外の激動もあって)今は未知数であろう。

 だが、少なくともクリスマスイブの夜には各家庭でサンタ(親)が枕元にプレゼントを置いてくれる事を信じる幼き子ども達の夢や希望を、(国民が信じる政治思想にはかかわりなく)叶え続けるべく国であって欲しいものだ…。

「階級差」コンプレックスの乗越え方

2013年12月09日 | 人間関係
 昨日(12月8日)の日曜日、私は娘を伴って東京有楽町で開催された某東証一部上場きもの会社主催の「きもの博覧会」へ出かけた。

 決して和服を着る趣味がある訳ではない原左都子だが、今年はたち(20歳)を迎えた娘のために、当該きもの会社で振袖一式を仕立てた縁で“友の会”登録をした。 それにより“きもの博覧会”関連イベントへの招待状が我が手元に随時届き、幾度か参加させていただいているとのいきさつだ。


 昨日開催されたイベントは、今まで私が参加したきもの博覧会の中で最大規模だった。
 我が担当係員氏案内により大勢の友の会会員でごった返す会場内を巡りつつ、私の脳内には“ある種の階級差コンプレックス”が巡り始める…
 (そもそも和服など“超高価”であることを重々承知の上で、何故私は娘を引きつれこんな会場へ足を運んでしまっただのだろう?? 今時の民衆とは着ている服や外見でその階級のレベルを察知しにくい事など重々承知の上だ。 そうだとしてもおそらく会場内の周囲の皆さんは、ウン十万あるいはウン百万円もの値が張る和服類を是非買い求めたい意向に加えその経済力を伴って来場しているのだろうなあ……。)

 いやはや勘弁願いたいものだ。 そんな金持ち連中がこぞって出資したいとの趣味用途に使うカネなど、原左都子には一銭もないよ~~~。

 などと思いつつ、我が担当係員氏が誘ってくれた「江戸紅型(びんがた)」コーナーの細かいピンク系模様が隅々まで施された反物に唸ってしまった。 早速別の女性係員氏に帯をはじめ小物類のコーディネート着付けを鏡の前でしていただくと、私も娘も予想以上によく似合っているではないか!?!
 その後も引き続き会場内その他コーナーを係員氏の誘導により巡りつつ、私の脳裏から「江戸紅型」のピンク系の反物が離れない。  あちこちを右往左往した挙句、係員氏に今一度そのコーナーへ舞い戻ってもらい、「江戸紅型」一式を母娘で共用することを目的に買い求める決断と相成った!
 (今回発注した「江戸紅型」訪問着一式が仕立て上がった時点で、本エッセイ集に於いてその写真影像を公開する予定でおります。)
 それにしても“ちまちま貯金力”はあるものの、今に至っては大した経済力もない原左都子にして、きもの博覧会会場にて大枚をはたいてしまった事態に現在反省しきりである…
 高価な和服などを衝動買いした暁には、今後更なる“チマチマ生活”を営むしか方策がない……


 さてさて、そんな原左都子も過去に於いて「階級差」付き合いなるものを幾度か経験している。

 その中の、とある一女性とのお付き合いに関して以下に記そう。
 我が30代後半の公立高校教員時代に知り合った同僚である某女性教員氏の経歴を、ここで簡単に紹介するならば…。
 元々関西地域の名門百貨店を経営する家庭の一女として出生し後に名門女子大学卒業後、新宿超高層ビルを保有している某一部上場企業役員男性と婚姻に至っている。 その後若き時代に夫氏の海外転勤に妻子が伴い何年かの後帰国した後、その女性は自分の専門力を活かしたい!との意思で公立高校一教員を志したとのいきさつだ。(超お嬢様が何を血迷ったか、よくぞまあ公立の教員などをやる気になったものだ…) 
 その後私は当該公立高校に教員として就任し、上記女性教員氏と知り合った。 新任して来たばかりの既に30代半ばで未だ独身の私に、この女性は何の違和感も無く快く接してくれた。(後で思えば、当該女性が海外生活等をこなし視野が広かったのがその最大の要因かとも考察する。)  その女性は類稀なお嬢様経歴やそれにより培ったキャラ故に、一部の生徒や教員から敬遠されていた印象はあるものの、私にとっては公私共々素晴らしい先輩であられた。 何度かご自宅にも訪問し、手作りの料理等をご馳走になる仲だった。
 そんな両者関係のお陰で、私側が「階級差」なる言葉を一度も意識せずに済んだ事が印象深い。  お互いに教員退職後もずっと連絡を取り続けていたのに、突然の癌による死去により今はもうお会いできないことが残念だ…。 


 今回このテーマのエッセイを綴るきっかけを得たのは、本エッセイ集で毎度おなじみの朝日新聞別刷「be」“悩みのるつぼ”である。
 11月16日版「友人との会話の『階級』困惑」との題目の相談を寄せたのは50代女性であるようだ。
 何でも、この女性はセレブ開業医同年代女性との付き合いに悩んでいるとの事だ。

 この相談に応えたのは、経済学者の金子勝氏である。
 その題目だけ紹介するならば、 「2人はかけ離れていないのでは」 
 その結論部分のみをここで紹介すると、「ありのままを出して付き合えばよいのではないでしょうか。 恥ずかしいことなど何もありません。」


 最後に原左都子の私論で締めくくろう。

 あらゆる人間関係において、上記金子勝氏がおっしゃる通り片方が「恥ずかしい」思いを抱く関係など存在してはならない。 如何なる交友関係にあっても、ありのままの自を出し合ってお互いに付き合えばよいに決まっている。
 そうであるにもかかわらず、付き合っている相手に対して「恥ずかしい…」などと卑下する場面が少しでもあるとするならば、そんな関係は自然と早期に崩れ去る運命にあろう。

 だからこそ人間関係など「自然体」でよいのではあるまいか? これこそが原左都子が以前より訴え続けている私論結論である。
 無理や歪みがある人間関係か否かを自分では判断しかねようが、それでも何故か相手との関係が長年続くとしたならば、その根底に信頼関係が紡がれている証拠と判断してもよいのかもしれない。

 要するに「階級差」どうのこうのよりも、もっと根底部分にある人間関係を繋ぎ止める人格面での共通項が両者間に存在し得るならば、その関係は長く続くということであろう。


 おっとっと。  それはそうとして、明日は早速昨日きもの博覧会会場で衝動買いした「江戸紅型」訪問着一式代金を、札束を持参して 全額現金一括払いにて納めに行かねばならない…。
 この価格が乗用車1台分である事実が、ちと辛いが… 

猪瀬さん、何で徳洲会から5000万円も借受けたの?

2013年12月07日 | 時事論評
 先程ネット情報を検索してみると、東京都知事の年収とは約2600万円、そして退職金が4年ごとに4300万円手渡されるとの事である。

 しかも猪瀬直樹東京都知事とは石原前都政の下、2007年より副知事も務めている。 その以前から国政の諮問委員会委員に任命される等々の経歴により、それ相応の収入を長年に渡り得て来ている人物であろう。 
 加えて、元々作家として活動していた頃の著作料印税収入の程も現在に於いては相当の額に達しているのではなかろうか?

 庶民には到底手が届きそうもない額の収入を得ながら、(私の目で見ても)猪瀬氏は信憑性の低い手書きの“借用書”とやらをメディアを通じて呈示しつつ、「徳洲会からの5000万円はあくまでも個人的に借入した」と、はかなくも繰り返している始末だ。


 この猪瀬氏の苦し紛れのメディア対応に、都民をはじめ都議会が噛み付かない訳がない。

 現在猪瀬氏は都議会最大会派である自民等との関係が悪化しているらしい。 2020年五輪開催以外には目立った政策を打ち出せていないのがその理由のようだ。
 「民意だけが頼りの知事。それが揺らぐと都政全体の停滞も避けられない。」 あるいは当該借入金が選挙運動報告書に記載が無い事に関して、「やましい事があったのかもしれない。知事が対応を誤ると取り返しがつかない事になる。」、「表に出せない金だったということだろうか。」等々…  との都議会議員発言に加え、現副知事の一人も困惑しながら以下の発言をしているようだ。 「猪瀬知事の政治活動の範囲であり、都議会への対応、都民への説明などは知事と政治団体で対応してもらうしかない」…
 (以上、朝日新聞11月22日夕刊記事より一部を引用。)


 ここで一旦原左都子の私論を述べよう。

 猪瀬氏が徳洲会より借入れた5000万円との大金の使途とは、上記朝日新聞記事内にコメントしている副知事はじめ都議会議員氏達が述べている通りであろう。 それは猪瀬氏の“政治活動範囲内”で借入れた事に間違いなく、徳洲会側から都幹部の立場の猪瀬氏に今後政治的利便を図ってもらうために手渡された資金に他ならないと私も結論付ける。
 おそらく政治経験が希薄な猪瀬氏には徳洲会からの強引な政治裏献金を断り切れなかった実態、というのが現実ではあるまいか?

 実は、原左都子には1970年後半時代頃より医学関係の民間企業に籍を置いた経験があるため、医療法人徳洲会に関してその当時よりある程度の認識がある。

 徳洲会とは医療法人徳洲会を中心とし、現在66の病院をはじめとして総数280以上の医療施設を経営する日本最大の医療グループである。 その創設者は医師で衆議院議員も務めた徳田虎雄氏であり、その後は西日本を中心に全国に次々に病院や各種医療施設を設立し、日本最大規模の医療事業グループとなっている。 その後は規模の経済を活かし、株式会社徳洲会などを通じた一括大量購入などによる合理化でコスト減を行い離島などの僻地医療、夜間、救急医療などに力を入れる一方、医学教育分野にも進出し看護士教育にも力を投入している。
 傍ら、徳洲会は当時より政治とのつながりを重視する方策を採る。
 その結果として、先だっての11月12日に、東京地検特捜部と警視庁刑事部捜査第二課の捜査により、徳田虎雄代表の子で株式会社徳洲会社長を務める医師及び関連会社GPホールディングス社長を務める眼科医のほか、株式会社徳洲会経営企画室室長、東京西徳洲会病院事務局長、静岡徳洲会病院事務局長、南部徳洲会病院事務局長、株式会社徳洲会経営企画室長の計6名が公職選挙法違反の容疑で逮捕された。 そして虎雄氏次男の徳田毅衆議院議員も、これを受け自由民主党に離党届を出す結果と相成った。
 (以上、ウィキペディア情報より一部を引用。)

 上記のごとく、政治との繋がりが1970年代後半頃より既に40年来に渡り濃い「医療法人徳洲会」の実態を東京都知事たる者が知らない訳がないであろう。

 一時、猪瀬氏よりメディアニュースを通じて「この5000万円は徳田氏側から手渡された」と表明した事実を私は記憶している。
 ところがその後すぐさま釈明を一転させ、「このお金は私が個人的に徳田氏より借入れたものに間違いない」との表明と共に、“訳の分からん”「借用書」なるものを呈示するに至っている。


 昨日12月6日のニュース報道によれば、都議会本会議で自民・公明両党が猪瀬知事側の一方的な答弁を求めない異例の対応を採る姿勢を示した。
 片や共産党・民主党等野党は、猪瀬氏個人の借入金とする見解をただしたようだ。
 都総務局長答弁によれば、都は許認可や補助金を出す業者からの借金を「職員服務紀律」で禁じているそうだ。
 さらには、猪瀬氏は副知事時代に徳洲会より現金を受け取った頃より、都の周産期医療体制整備プロジェクトチーム座長などを務めているとの事実もあるとのことだ。
 (以上、朝日新聞記事より要約引用。)


 最後に、原左都子の私論で締めくくろう。

 この問題、どう考察しても東京都知事猪瀬氏の公職の立場での潔白が証明されるはずもないようだ。

 それにしてもどうしたのだろう?
 何故に徳洲会よりの“政治資金5000万円”は私的資金の援助だったなどとの、バレバレの見え透いた嘘を猪瀬氏はつかざるを得なかったのだろうか。

 ここで個人的志向を語ると、私の場合断固として“2020年東京五輪開催反対派”であるため、この際東京都知事が入れ替わり、2020東京五輪を可能な限り縮小規模開催することに是非共期待したい思いだ!

 ただ4期もの長きに渡って君臨した石原都政から、自分こそが先頭立って都政を引き継がざるを得なかった猪瀬新知事の現在政界に置かれている至って“弱者たる立場”を思いやった場合、多少辛くもなる。
 政界との癒着を梃子にこの世に生き延びている医療法人徳洲会から、5000万円渡すから便宜を図れ!とつつかれればそれに従わざるを得ない立場の猪瀬氏が、何だか哀れで虚しい思いすら抱かされる一都民の私でもある……

容姿コンプレックスの根底に潜む深層心理

2013年12月04日 | 自己実現
 人間も還暦が近づくまでの年齢になると、自分の外見が他人にどう映るのかの関心が多少薄れていくものかもしれない。

 かく言う原左都子の場合、近年やたら他人から指摘されるのが 「お若いですね!」 である。
 いや、決してこれを“自慢話”として冒頭から披露している訳ではない。
 それが証拠に、「『お若いですね』は今や褒め言葉ではない。」 と題するエッセイを2011年1月に公開している。 当該バックナンバーに於いては、例えば職場等で年齢よりも若く見られる“弊害”等々に関して我が実体験を交え論評している。


 それはそうとして、現在還暦近い年齢まで歳を重ねた原左都子にして「外見」に関する“ある特定部分”に大いなるこだわりがあることは揺ぎない事実だ。
 それは 私自身の「体型及び全体的なバランス」 である。 20代後半頃から維持してきている 165cm、47㎏ のスリム体型を死ぬまで守り抜きたい意思が、我が嗜好に基づき強靭だ。
 ところがこの夏辺りからそのバランスが少し崩れ始めているのだ。 その原因も既に考察済みである。 おそらく5年来の我が一趣味のランニング練習で体が少しばかり筋肉質に移行している事と、今夏の酷暑に耐えるべく水分補給が多過ぎた後に、その状態に適応せんとして我が体内がホメオスタシスを維持したためであろう。
 そうと仮定したところで、体重が49㎏まで上昇しそれが定着している現実を意思強靭な私が許せる訳がない! 何とか47㎏まで体重減量しようと現在目論んでいるのだが、幸いな事に冬季に差し掛かった現在48㎏まで下げている現状だ。

 原左都子自身が上記のごとくある意味で我が“「容姿」の一部”に執着する人生を歩んでいるが故に、若年層の皆さんが自らの外見にこだわる心理が大いに理解できるとも言える。


 11月30日の朝日新聞別刷「be」“悩みのるつぼ”は、20代女性による 「自分の容姿に自信がありません」 だった。
 早速、上記相談内容を以下に要約して紹介しよう。
 現在大学4年生の女性だが、私は自分の容姿がずっとコンプレックスだ。 中高と男性が苦手で、彼氏ができた事がない。男友達すらほとんどいない状態だ。その現実がまた自分の容姿を責める原因の一つとなっている。 フェイスブック等ネットを検索すると、そこにアップされている中高時代の元々美人の友達がますます美人になった写真を目にしない訳にいかない。 それに対するコメント欄で「美人になったね」なる男女からの反応を見るにつけ不快感を煽られる。 あんなものは自分が美人との自覚があるからこそ投稿できるのだ。 もちろん私もほぼ毎日化粧をして髪形やファッションなどにも気を遣っている。 それでもやはりちょっとした事でコンプレックスがぶり返してしまい、フェイスブック等のネットはやめた後、物凄く惨めになった。 自分に自信を持つにはどうすればよいのか?
 (以上、朝日新聞“悩みのるつぼ”相談より要約引用。)


 上記“悩みのるつぼ”に対する今回の回答者は、歌手・俳優の三輪明宏氏であられた。
 三輪氏が提案する回答とは、「いつもニコニコしていればいい」との題目だ。

 ここは三輪氏には申し訳ないのだが、当該相談20代大学生女性には現在「ニコニコ」できる余裕すら欠如していると原左都子は推測する。
 人間、種々雑多な相手に対して「ニコニコ」できるよう成長するまでには、ある程度の人生経験を要するのではなかろうか?
 いや実は現在の原左都子は、三輪先生がおっしゃるところの「ニコニコ笑顔」が超得意である。 現在の私が微笑めば誰しもの心を揺るがす自信さえあるぞ!??
 だからこそ、私は現在多くの対人場面で「あなたは若い!」と言ってもらえていると自負している。 それはたとえ体重が2㎏ばかり増加しようが何ら関係がない事も承知の上だ。 元々若く見える(らしい?)私が対面相手の前で微笑み、相手の意図に沿った会話をにこやかに展開しさえすれば好評価が来ることぐらい計算済みだし、お手のものだ。


 最後に原左都子の私論に移ろう。

 人間誰しもある分野での容姿コンプレックスを抱え、この世に生を受けているのが世の常ではなかろうか?(低身長とか、短足とか、デカ顔とか、……)
 そんな中自分の容姿を再確認して、「これぞ、我が売り物になる容姿!」たる部分を人生早めに発見してはいかがか? 誰しも必ずや売りになる容姿部分を抱えて、この世に生まれ出ていると私は信じる。(原左都子の場合、それが体型だったごとく…)
 そもそも他者の「容姿」の好みなど“蓼食う虫も好き好き”、それこそ千差万別なのが世の常だしね。

 世の中の人間皆が皆俳優になる訳でもなければ、アナウンサーのごとくメディアに登場するべき職種を選択する必要もないことには間違いない。
 (ここで意地悪私論だが、その種外見が売り物の職業選択をしてメディアを通じ世に自らの容姿を曝け出しているにもかかわらず、ちっとも美人でもなければ体型も悪く、しかも専門能力にも欠けている奴らとは、実にみっともない存在でしかなくせせら笑いたくもなるよねえ~~)
 そうだとすれば将来の職業選択肢として、容姿を売り物にせねばならない種の職業など最初から回避すれば済む話だ。 後は自分の外見的長所を早めに発見し、今後自分が歩む人生の道程に於いて係わっていく相手にこそ自分の容姿を売りに出せたならば、必ずや幸せが訪れるであろうと私は考察するのだ。
 万人に受ける容姿など元々存在し得ないし、何ら必要もないであろう。

 三輪明宏氏がおっしゃる通り、行き着くところ人間関係のあらゆる場面に於いて「笑顔」こそが基本中の基本であることには間違いないと、私も同感する。

 ただしまだ成長過程の相談大学生女性にとっては、その前段階として、自分の容姿コンプレックスの根底に潜む深層心理を探究する事から始めても遅くはないであろう。

 もしかして自分の容姿よりも、その実は現在の自分の「人格」そのものが受入れ難い深層心理なのかもしれないし…。

道路計画に翻弄される立退き対象市民の嘆きの声

2013年12月01日 | 時事論評
 東京JR山手線沿線に位置する義母所有の不動産物件が、東京都道路計画地に該当している事に関しては、当エッセイ集バックナンバーに於いて既に述べている。

 当該都道路計画は、平成24年1月に策定された「木密地域不燃化10年プロジェクト」と称する計画により実行に移されるようだ。
 先月末より既に現況測量が開始されており、早ければ来年3月には測量が終了するとの段階に入っている。 このまま道路計画事業が順調に進めば、2年後には都との立退き補償交渉に入る段取りとなる。
 

 ここで私事を語ろう。
 我が家の場合、既に義母が有料高齢者介護施設に入居している。 そのため住民登録こそ当該道路計画地に保留状態であるものの、現在アパート物件を残し主たる家屋は空き家現状のため、道路計画により都からこの地の立退きを迫られてもさほどの被害はないと言える。

 ところが恐らく我が家の事例の場合“例外中の例外”であろう。 ほぼ99%の住民の皆さんはその地で日々生を営んでいる訳で、この度の道路計画に大いなる迷惑を被り混乱を来たしておられる事態を察して余りある。


 現在までに個別面談及び全体会と、2度に渡り東京都による道路計画に関する説明会が実施された。

 その1回目の個別面談において、我が家は都の担当者相手に「この度の道路計画は“決定”であるのか否か?」に関して念入りに確認した。 それに対する都からの回答とは、「決定事項です。 必ずや計画通り道路建設を実施します。 立退き交渉が成立した住民から順に用地取得及び補償を実行します。」との事だった。

 にもかかわらず2度目の全体説明会に足を運んだ我が家は、会場における都の対応に驚かされるはめとなった。
 2度目の全体会とは都からの説明会と言うよりも、要するに道路計画反対派市民の“嘆き”と“苦情”を受付ける質疑応答で多くの時間が費やされたのだ。
 道路計画「容認派」である我々一家にとっては、(都が呈示した“決定”の言葉は何だったのだろう? 今更反対派の意見を聞き入れる都の態度とは、反対派が多ければ道路計画を断念するとも解釈可能だ。)  それが証拠に、当該道路計画反対派市民の間では、“どうせ都はいつものように腰折れでこんな道路計画を実施するはずはない。” との憶測が大方の見方となっている様子だ。 
 一旦事業として“決定”したなら都はその方針を貫き通すべきであるし、もしも住民感情重視で計画の変更が今後あるのならば、“決定”の言葉は見送るべきだったはずだ。


 それにしても、2度目の都道路計画全体会に出席した“道路計画容認派”の私としても、“反対派”市民の皆さんの嘆きの声また声の切実さが、我が身にずしりと響いてきた。

 以下にそれら“反対派”市民の皆さんの切実な声を要約して紹介しよう。 
 (あくまでも原左都子の説明会現地でのメモに頼る内容ですので、聞き違いや誤りがある場合はお詫び申し上げます。)
 (市民の皆様よりの質問をQ、それに対する都からの回答をAと表現します。)

 Q1. この道路計画とはそもそも昭和21年に立ち上げられたものだ。 平成25年に至っている現在に於ける都の道路計画は、その間都が勝手に目標置換しつつ計画のみをそのまま残している現状ではないのか?
 A. 都としては昭和21年以降ずっと道路必要性の検証はしてきている。 決してそのままの状態で放置してきたわけではない。

 Q2. 今回の道路計画により児童遊園等の公的施設も潰されるが、これを如何に捉えているか?
 A. 児童遊園に関しては代替場所を確保する。

 Q3. 木密不燃化の道路計画と言うが、都は震災害を本気で捉えているのか? 都としては他にも課題が盛り沢山のはずなのに、何故この地の道路整備のみを急ぐのか?
 A. 津波・地殻変動による被害対応も、街作りの一角と考えている。

 Q4. 今ある人やものを活かした対応が都は出来ないものなのか? 人間関係、地域のつながり、静かな環境、すべてが破壊されている現状に於いて、それでも都は防災観点のみを優先した道路を造るのか? 街全体を見直す視野で他の政策と同時進行で一体改善を目指すべきではないのか?
 A. 都としては計画通り道路整備を進める。 

 Q5. 市民不在の街づくりなどあり得ない。 一体どれ程の市民同意により得られた道路計画実施なのか? 今後どうしても道路計画に同意しない市民の対応をどうするつもりか?
 A. 粘り強い交渉を進める。 最終的には法的措置を適用する場面もあり得る。

 Q6. 原点に戻って、税金の使い方の視野から議論がなされていいはずだ。 都計画道路の場合、車道がコンクリート案だが、ここをグリーンベルトにしてはどうか? 当該道路計画の目的が「燃え広がらない街」にするプロジェクトとの事であれば、車を通さず緑化地域に出来たならば市民の賛同も得られるかもしれない。
 A. ネットワーク機能を発揮してこその都道路と考えているため、コンクリート道路を造る。

 全体会会場より提案された“反対派”市民の皆さんよりの質疑はまだまだ数多く存在するのだが、以下は割愛させていただこう。


 上記都道路計画反対派市民の皆さんのご意見の程をご覧になって、如何なる感想を持たれるであろうか?
 
 私など今回の都道路計画“容認派”であるにもかかわらず、反対派市民の皆さんが理路整然と都に質疑応答を投げ掛ける姿に大いなる感動をいただいたものだ。

 原左都子の勝手な感想を述べるならば、今回の全体説明会場での質疑応答の「勝負」勝者の軍配は明らかに“反対派”市民に上がるであろう!


 いやはや東京都側のアンサー内容は、何ら理論武装できていないよねえ~。
 
 東京都たる者が説明会会場でそんな軟弱な実態を晒したところで、過去の個別説明会において“容認派”相手に「絶対に“決定”です!」と言い切った確約が今取れるのだろうか?!?
 真実決定ならば、是が非でも決定との対応を反対派に対しても断固として欲しかったものだ!
 
 実際問題、道路建設“容認派”とて困惑させられている現実である。

 都の対応の優柔不断さ故に、今後の身の振り方が不安定極まりない有様を“容認”“反対”にかかわらず立退き対象市民皆が突きつけられている厳しい現状だ…。