原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

生徒に夏休み中に旅行したかと聞くな!って???

2024年08月14日 | 教育・学校
 つい先程、中学校教員による「(生徒に)夏休みに旅行したかと聞かないで」と題する、原左都子の感覚では大いに偏りがある内容の新聞投稿を、発見した。


 早速、2024.08.10付朝日新聞「声」欄への 58歳女性中学校教員による投稿を、以下に要約引用しよう。

 公立中学に勤務している58歳の教員だが。 
 コロナ禍前のこと。 2学期初めての授業である先生が、夏休みに旅行した人に挙手させていた。 私は、挙手しない生徒の中で涙ぐんでいた男子に気が付いた。 休み時間、私は彼と話をした。 私自身、十数年以上旅行をしていない。 旅行をしなくても日常を過ごす話を共有し合い、彼は笑顔になった。
 この夏休み、旅行をする教師はとても多い。 旅行好きな人にも、事情があり旅行しない人がいることを知って欲しい。様々な理由で旅行に行かない生徒に思いを馳せて欲しい。
 英語教師の私は、課題で「想像海外旅行」などを書かせてきた。 妄想なら世界を無料で旅行できる。
 夏休み真っただ中。暑い暑い夏を、様々な気持ちで過ごしている人がいることに思いを巡らせてほしい。
 私は20年前は乳がんで闘病していた。 それを思えば、今は何をしても幸せだ。

 (以上、朝日新聞「声」らんより一投稿を引用したもの。)



 原左都子の私見に入ろう。

 なんともまあ、心が閉鎖的な女性教員であろう。

 ご自身が20年前に「乳がん」を患い闘病した事実は、投稿内容から把握した。
 それでも、女性教員さん? その「乳がん」は既に完治しているからこそ、今尚中学校にて教員を続行できているのでしょう?!?
 それならばもうそろそろ、乳がんを患った事実からご自身こそを開放してあげてはいかがだろう??


 ここで、原左都子の私事を語らせて頂こう。

 この私も、40歳時(今から既に30年近く前の話になるが)に「頭部皮膚癌」を発症している。
 これ、医学関係者の私自身の推測だが。
 医学現場に於いて無菌操作を要する期間が何年かあり、その際に一般人よりも桁違いの大量の紫外線を頭部に日々浴びる運命にあった。
 その時の紫外線の蓄積が年月を経過した我が頭頂部に「皮膚癌」をもたらしたものと、私は推測・断定している。
 ただ、とにかくその摘出手術を受けた私は、この通り現在に至って尚無事に生命をつなげている。
 とは言えども、一度手術にて摘出した我が頭頂部の癌部位を含めた皮膚が、蘇る訳もなく…  (癌部位を摘出した後は、我が左脚から自分の皮膚を移植している。)
 一生を通して、私は頭部手術跡を抱えて生きる運命にある。

 ところが、現在はウィッグなるものが世に目覚ましく発展進化している時代であり。  この私もそのウィッグのお陰で、なんら不自由無き人生を歩めている! 
 (と言いつつ、ここでウィッグの弱点を上げると。 夏場は被ると暑い! 温泉地などでは、ウィッグを被ったまま入浴とならざるを得ず寛げないし、ホテルの自室に帰ってバスルームにての洗髪となり、二度手間だ! 等々の弱点はもちろんある!! それでも、この私も温泉地でやむを得ずその手術頭を披露したことがある。 認知症義母を引き連れての温泉旅行地で、義母の世話が厳しく自身の頭の傷跡などに構っていられず… そんな時、温泉客からの「頭どうされましたか?」との質問に応えて「過去に頭部皮膚癌を患った残骸です」等々と応えたものだ。 旅行客さんのご回答は「お義母さんの付き添いご苦労様です」と優しかったものだ…)

 それでも、全般的な感想としては。
 このウィッグの存在のお陰で、私は旅行もランニングも頭部皮膚癌手術直後から、何不自由なく皆と一緒に楽しんできている身であり。

 上に紹介した乳がんを経験しているとの中学女性教員氏のような、「(生徒に)旅行をしたかと聞かないで」なる、歪み切った心情は全く無い!!😵 😭 


 
 ここはどうか、中学女性教員さん。
 乳がん闘病から既に20年の年月が経過して、今はお幸せであられるのならば。
 ご自身の過去の「不幸」を、現在指導されている生徒に転嫁するとの勘違いは、もう卒業するべきではないだろうか??
 
 そんなことで、可愛い生徒の皆さんの夏休みの最大の楽しみでだったであろう「旅行」等の話を封印する権利など教員には無いはずだし。

 とにかく 今後は心を開かれて、旅行を始めとする生徒達の夏休中の旅行等々の体験話に快く耳を傾けてあげては如何でしょうか??!! 


再掲載 「『秋入学』が本当にグローバルなのか??」

2024年08月12日 | 教育・学校
 パリオリンピックもあっという間に閉会式を終えて。 
 世の中は、世界規模で既に「オリンピック」など忘れ去っているかのような印象がある…


 そんな折に本日の我がエッセイに於いては、またもや“再掲載”ものを披露させていただこう。
 
 それでは早速、以下に2012.01.25公開の冒頭表題のエッセイを以下に引用する。

 学校の「9月新年度制」への移行に関しては、何もこんな時に突然東大が言い出さずとて、ずっと以前より教育界に存在していた議論である。
 以前より展開されていたこの議論の趣旨とは、欧米諸国の学校と足並みを揃えようとの意図であったと原左都子は認識している。

 早ければ5年後にすべての学部を「秋入学」制へ移行したい東大の趣旨とは、海外からの東大への留学生、及び東大生の海外への留学に対応するのが第一義との報道である。
 ただし、東大だけが5年後に「秋入学」制へ移行したところで社会全体の整合性が成り立つ訳がない事はさすがに東大も認識している様子で、政界や産業界、他大学をも含めて社会全体を巻き込んだ議論に発展させるべく魂胆で現在東大は動いているようだ。 
 (そして落ちぶれつつある民主党政権幹部も、東大の「秋入学」への意向に賛同しているとの報道も耳にする…)

 ここで一旦、原左都子の私論を述べさせていただこう。

 東大さんよ、あんたはこの期に及んで相変わらず“日本国家のオピニオンリーダー気質”が抜けないようだなあ。 その根拠不明の“自信”は一体何に基づいているの??? と言いたくもなるというものだ。

 世を見渡すと世界規模で政治経済危機状態、そして昨年国内に勃発した大震災も発生後もうすぐ1年を迎えようとしている今尚その復興がままならない状況下にある。 
 野田政権は背後の官僚に指示されるがままに、その根拠の詳細を国民に提示することもなく“消費税を是非共上げねばならない!!”と虚しく息巻く始末だし… 
 そんな政権がこれ程混乱状況の最中に東大の「秋入学」に賛同したところで、今国民がそれになびくとでも思っているのだろうか……
 (消費税増税議論の行く末に関しては、今後の国会に於ける野党からの合理的反論に期待したいものであるぞ。)

 このように世界も国内も大混乱状態の時期に、何故東大は 「秋入学」 などという(原左都子に言わせてもらうと)“二の次”でよい議論を持ち出して世間を騒がせたかったのだろうか??

 東大の言い分を以下に紹介しよう。
 日本の大学生の海外への留学は近年減る傾向にあるが、東大が卒業生に取ったアンケートでは3人に1人が海外留学を希望していたと答えたにもかかわらず、実際に留学した学生は1割未満である。 それは就活や留年の心配が大きかった故であるため、「秋入学」によりこれを解消して留学を増やし国際感覚を育みたい、との事である。 
 (原左都子の私論としては以下は東大の“言い訳的補足”でしかないと判断するのだが)、海外からの留学生も減少の一途である。 これは中韓などの主要大学に遅れを取るものだ。 世界大学ランキングで東大の格付けは高くない。 東大が世界に選ばれる大学になりたいとの狙いもある。

 再び、原左都子の私論に戻ろう。

 そんなくだらない見栄、体裁の理由で日本の“一大学”に過ぎない東大が突然提唱した「9月新年度制」を、倒壊寸前の民主党政権が賛同しているからと言って、大幅な社会システムの移行をこの世界的政治経済危機の時期に強制され更に混乱させられる事態など避けたいものであるよねえ、国民の皆さん。

 東大さん、現在東京大学の世界ランキングが低いのは貴方達の“自己責任範疇の問題”に過ぎないでしょ? 
 現在国立大学も独立法人として機能していると私は認識しているのだが、その範囲内で国民に迷惑をかけることなく、今後もう少し自助努力してみてはどうなのよ??

 ここで少し私事を語ることにしよう。
 
 原左都子は1990年前後の頃、30代にして再び日本の首都圏に位置する公立大学及び大学院に通学した経験がある。
 1970年代に我が郷里の過疎地の大学では経験し得なかった事象を、バブル期である90年前後の上記の大学に於いて経験できたのだ。

 それは如何なる事象であるかと言うと、海外からの少なからずの留学生の存在である。 (ただし、当時のその留学生とはアジア方面からに限定されていたが…)  おそらく政府の国際交流の目的意図が強いのであろうと当時解釈していた私だが、とにかく日本人の学生数が少ない我が大学院に於いて、それよりも多いと思しきアジア諸国の留学生がキャンパスに多数存在していたものだ。 そのお陰で、日本語が流暢なアジア諸外国の留学生との交流も楽しめた私である。 
 ところが当時より一部の日本人学生達の水面下で囁かれていた事実がある。 「彼らは日本語は流暢だが学問レベルの程はどうなのだろう?  我々と同質程度に修士を取得できる専門学力があって留学してきているのだろうか? そうではなくて単に国際親善目的で政府及び大学が留学生として特待しているだけの存在なのではなかろうか?  そうだとすれば大学研究室現場でそれに付き合わされる教官も大変だろうし、我々の学問にも影響を及ぼすよね……」

 いえいえ、“天下”の東大の留学生とは今後世界で活躍するべく人材を集結させている事であろう!?? 
 そうではなくて原左都子の過去の経験通り、やはり政府が国際交流の目的で単に日本語力のみがある留学生を日本国内の国公立大学に配置する事により、学問界に於ける日本の威厳を形のみ保とうとしているだけの話なのではなかろうか??

 東大から諸外国へ留学したい意思ある学生の中には、もちろん本気で世界最高レベルの科学や学問を志し今後世界の最先端を目指している学生も存在することであろう。
 それには送り出す側も迎える側も是非学問力を持って答えるべきだ。  それが東大に限った話ではないのは当然の事でもある。

 ただ今回の東大からの提案である「秋入学」は、やはりその真価を世間に問う時期を誤ったものと原左都子は判断せざるを得ない。

 「秋入学」を実行する事とは、現在の東大が認識しているがごとく政界、経済界、教育界等の日本国中のシステムすべてを巻き込まねば成り立つすべもなく、現在の国内情勢はその状況に程遠いところにあろう。

 そして東大が学生を送り込みたい諸外国(米欧州アジアその他の地域)の大学とて、今現在は混乱状態なのではあるまいか?
 そんな所にちょっとばかし英語が出来る学生を送り込んだとて、何の能力の育成が可能と言うのだろう?

 ここはもう少し大学等の教育組織としては、世界が落ち着く事を見定めるべきではなかろうか?
 何も日本の教育界が今現在無理やり「9月新年度制」になど移行せずとも、自身に確固たる実力がある若者は自らのパワーで諸外国に羽ばたいている現状と私は捉えているのだが。
 諸外国からも、そんな実力派の若者が我が国で新天地を開いている場面にも出くわすしねえ。

 学校の新年度など、申し訳ないがいつ始まろうが原左都子にとってさほどの困惑もないのが事実と言うものよ。
 本エッセイの最後に紹介すると、諸外国の企業はいつ何時でも有能な職員を採用しているようで、日本のような「4月新卒者一斉採用」という“一種特異的慣習”など無いという話でもあるぞ。
 
 この本来の“実力主義”が日本で模倣できてこそ、東大も含めた日本の学校もやっと 「9月新年度制」 に真に移行できるということじゃないのかなあ。 

 (以上、「原左都子エッセイ集」2012.01公開のバックナンバーを再掲載したもの。)




 2024.08現在に話題を戻そう。

 大学に於ける「秋入学」問題に関して。
 国内では、今となっては何らの話題にも上っていない感覚がある。

 それは何故であろうか??

 この課題に関しては、ネット上にて多数の見解が存在する。
 その中から、つい先ほどネット上で発見したあくまでも「一見解」を以下に紹介しよう。

 大学の秋季入学には、インフルエンザの流行や積雪などを回避できるというメリットがある一方、高校卒業からのギャップや就職活動など既存の社会システムとの折衷が難しいというデメリットもある。 秋入学に必要な手続きの変更やコストの増加、移行期間中の不公平感や格差の生じる可能性、年間の学校行事や大会等の時期変更が必要になることなどが挙げられる 。

 (以上、ネット上よりあくまでも“一見解”を引用したもの。)


 そうだとして。

 我が国日本においては、一時の「秋入学騒動」が既に消え去っている事実であることには間違いないであろう。

 最後に原左都子の見解を少しだけ述べると。

 まさに我が国日本に於いては、既に「4月入学制度」が板についているし。
 個人的見解として、あの桜咲く時期に新入生たちが学校の門をくぐる風景は、何にも増して捨てがたい趣がある。

 それよりも何よりも。
 国民が世界競争力を維持可能な学力・能力を培うに当たり、何が肝心要かと言えば。
 子供たちの学習能力を大人が主体となって十分に理解・把握しつつ、それを上げることに教育者を始めとする大人どもが邁進するべきに決まっている。

 その努力を大人どもが何らせずして。 
 単に学校の入学時期を変更するとの思惑のみすぼらしさに、辟易とさせられるばかりだ…


この手の情報を見ると、我が娘も中学受験からスタートして大正解だったと振り返る!!

2024年08月07日 | 教育・学校
 (冒頭写真は、朝日新聞折り込み広告より転載したもの。)


 我が家の場合、亭主と私共々 結果としては両人共々高校・大学・大学院受験に合格したことが効を奏して。
 お互いに高学歴の道程を歩んだ末に、見合晩婚に至っている。

 そうは言えども、亭主側は高校から「私立一辺倒」!!
 私め原左都子は、幼稚園から大学院まで「国公立一辺倒」!!との大幅な経歴の違いがあるのだが…

 それでも、「見合い結婚」とは摩訶不思議なもので。 別の観点からは、まるで180℃異なる学業遍歴を積み重ねた両人を、巡り会わせるものであると結論づけられよう。


 とにもかくにも 亭主も私も学歴・職歴に於いては、お互いに長き独身時代を通して決して恥ずかしくない経歴を積み重ねた上での晩婚だった。

 そして、高齢出産にて生まれた我が娘だが。
 これが何と、「仮死産」…
 世に生れ出た時点で、不運を背負っていたとも言えよう…
 ただ早期に専門家筋を頼ったことにより、娘の人生の「回復糸口」が掴めたようにも振り返る。


 そんな娘は、学齢年齢が増すほどに立派な成長を遂げてくれたと結論付けられるであろう。

 娘小6時に、私の考えで「私立中学受験」をしたい旨を亭主に相談した。
 我が亭主とは、本人は自身の私立高校・大学・大学院進学に関して実家の親たちの経済力の多大な世話になっているにもかかわらず。 それが「あたりまえ」との恵まれた状況下でそれを成している人物だ。

 片や、原左都子はまるで違ったぞ!!
 我が親どもは、そもそも「大学など行かんでいい、とっとと就職して働き稼いで家の経済を支えろ!」主義だった…

 そんな逆境下で、私はとにかく地元国立大学医学部のパラメディカル分野にて医学専門職者として立派に育ててもらった挙句。  
 郷里も親も捨てて、単身上京した後。
 更なる大学・大学院進学等々も成し遂げ、私なりのサクセスストーリーを積み上げて来てる事実に関しては幾度となくバックナンバーにて公開している!



 そんな私が、11歳時の我が娘に課したのが「私立中学受験」だった!

 どう考察しても、我が娘は亭主に似て温和な性格だ。
 この娘が、今後の学歴を「国公立」一本で成し遂げられる訳も無い!!
 そうなると、だ。
 中学受験時点から、私立へ入学させるべきだろう。
 そして、(私自身は国公立しか経験の無い身にして)自力で、娘が今後進学するべく私立中高一貫校の下調べに入った!

 加えて、その種の学習進路指導をしてくれそうな塾も私が見つけて、娘小6より夕刻にはその塾に通わせた。

 とにかく、真面目でよく精進する娘の頑張り力が功を奏して。
 とりあえず、(私がこの私立中高ならば大丈夫だろう)と結論付けた私立中高の受験から、我が娘宛に「合格通知」が届けられた!!



 何度も書きますが。

 この原左都子は我が人生に於いて2度大学(大学院)受験・合格・入学・しかも優秀な成績で卒業・修了しています。 (そのすべてが国公立です!! 何らのコネもありません!) 

 その勢いの下に 我が一人娘の進学中高・大学に関しても、この原左都子一本の教育力で卒業ゲットさせて来ている事実を。

 今更ながらエッセイとして綴り公開したい思いになり、それを本日実行させていただきました。
 

再掲載「『教え子』なる言葉、もう死語にしませんか?」

2024年07月17日 | 教育・学校
 本日は、またもや「原左都子エッセイ集」バックナンバーより再掲載ものでお茶を濁させていただくこととしよう。



 早速、2012.09.05付公開の「『教え子』なる言葉、もう死語にしませんか?」を、以下に再掲載しよう。

 原左都子が嫌悪感を抱く表現の一つに 「教え子」 なる言葉がある。
 過ぎ去りし時代にほんの一時学校という一集団の場でかかわった教員側から、いつまでも我々一般人の事を「教え子」呼ばわりされたって、今となってはどっちが偉いのか何なのか判断が難しい現実なのにねえ……
 との感覚に、庶民の皆さん襲われた経験はないだろうか?
 いえいえ学校の諸先生方は確かに我々より“年齢のみ”は上であられる故に、人生の先輩でいらっしゃる事は私も認める。 (いやいや、社会人入学生が少なくない定時制高校や大学・大学院などにおいては逆転現象もままある時代だ。)
 だがそもそも人間関係とは、過去に於いて先生の立場であったから“偉い”だの、自分がこの生徒を“教えた”どうのこうので序列が決定するはずもない。
 お互いに対等な大人となった段階では、もうそんなものどうでも良さそうなものなのに…… 
 何故、教員経験者とは生徒卒業後に及んで尚「教え子」なる表現を持ち出してまでも、過去に一時たまたま指導した生徒達に対し自己の“教育者”としての立場こそがランクが上と位置付けたがるのであろうか??

 いや、それが許される場合もある。
 もう既に老齢年代にあられる諸先生方に関しては、この私も久々にお会いすると「先生、お体の具合はいかがですか?」なるお声を一言かけて労わって差し上げたい思いになるものだ。 

 だが何と言っても“学校嫌い”の私は、それに付随して「同窓会」なるものを基本的には敬遠している。
 私の場合そもそも「同窓会」にさほど出席していない事もあるが、過去に於ける同窓会会場で出席者に向かって「教え子」なる“上から目線言葉”を吐いた教員も一人として存在しないのはラッキーと言える。(同窓会にお見えになる先生のレベルの程を私が熟考した上で出席返答をしているからであろうが。)
 今後もしも年老いられて尚「教え子」なる言葉を一切吐かず、我々と対等に会話して下さる先生が存命されていらっしゃるのならば、そんな同窓会には出席してみたい気もする私だ。 

 私自身に話を戻すと、過去において短期間ではあるが“高校教員”経験がある。
 教員退職後しばらくの期間、電話や便りをもらった生徒は何人か存在する。既に教職を離れている私は、それら元生徒に対しあくまでも“個人的人間関係”の位置付けで対応して来た。 
 一方、元教員の立場で「同窓会」になど一度も出席したことはないし、正直言って出席したいとの発想もない。 (何と言ってもそもそも「集団嫌い」な私であり、種々雑多な人が多く集まる場は出来る限り避けて通りたい故だ。)
 そんな私が、彼ら(彼女ら)に対し「教え子」なる“上から目線”の表現など使う訳もない。 彼らと何らかの共通項があれば自ずとその分野において今後も一対一の人間同士の対等な付き合いが続くだろうとの感覚はあったが、私の方から“どうか皆さんいつまでも私の「教え子」でいて下さい”などとのみっともない嘆願目的で旧生徒を集結させる「同窓会」開催を煽った事など一度としてあるはずもない。

 今回このエッセイを綴るきっかけを得たのは、8月終わり頃の朝日新聞「声」欄の投書による。
 50歳現役小学校校長による 「成長した教え子の姿に喜び」 と題する投書を以下に要約して紹介しよう。
 毎年お盆の時期になると中学で教えた子たちから同窓会の案内が届く。 今年も2つの会に出席した。 一つは33歳、もう一つはそれより10歳若い子たちの会合である。 仕事や家庭の様子をしっかり話す様子を見て彼らの人生の一部にかかわることができうれしい気持ちでいっぱいになる。 いずれの会でも何人かから「最近先生に叱られた意味が分かった」と言う生徒もいるが、それが教師冥利に尽きる。教師がぶれずに毅然と対応すれば、子ども達の成長の糧になる。 当たり前の事を認識させてくれた会だった。
 (以上、朝日新聞「声」欄投書より引用)

 原左都子の私論に入ろう。
 う~~ん、辛いなあ……
 この種の“単純馬鹿”校長を自治体教育委員会が公立学校の現場長として君臨させているからこそ、この世に「いじめ」及びそれに伴う「自殺」問題が後を絶たないと私は結論付けたい思いだ。
 現在50歳という若き年齢の公立小学校校長さん。 貴方が今やるべき事を原左都子が伝授申し上げるならば、同窓会に“出席しなかった卒業生”にこそ思いを馳せることだ。 同窓会に出席できない(あるいは出席したくない)それら元生徒が於かれている現状やその心理に少しでも配慮心が及んだならば、貴方も今後イッパシの校長として君臨できるのかもしれない。
 えっ? 現役小学校校長たる者が「教え子」である卒業生が主宰する同窓会に出席して楽しかったのだって? 
 そんなの当たり前だよ。 そもそも同窓会とは学校生活が楽しかった(私に言わせてもらうと)“単細胞連中”が出席する場だもの。(言い過ぎの場合お詫び申し上げます)  そんな単純「教え子」連中に自分の存在意義を一時認めてもらったから嬉しいですって?? それにしても今現在、学校長の立場で自分の未熟さ加減を新聞に投稿している場合ではない事に、何故この小学校校長は気付かないのだろう???

 大津市内公立中学に過去に於いて発生した「いじめ・自殺」問題は、現在訴訟事件と発展し警察による事情聴取を在校生徒が受けている現実だ。
 たかが学校に於ける「いじめ」事件とて、学校現場や教育委員会及び管轄自治体にこれ程までに対応力がない現実において、訴訟事件として警察からの強制捜査及び事情聴取を学校や生徒が受ける時代と相成った事に関して原左都子は賛同の立場である。
 朝日新聞「声」欄投稿者である山口県下関市の50歳の小学校校長さん、貴方がこの夏元生徒が出席する同窓会に出席して、よき「教え子」にまみえたと単純に喜んでいることを決して全面否定する訳ではない。
 ただ原左都子としては、生徒達が抱えているその裏側事情を同時に思慮深く洞察する力があってこそ、今後の校長職を全うできるのではないかとの老婆心を抱くのだ。
 今回の貴方の朝日新聞「声」欄への投書とは、わずか50歳の若輩校長にして「教え子」なる現在の自らを正当化するべく言葉を持ち出した事で、墓穴を掘ったと捉えさせていただいた次第だ。

 (以上、「原左都子エッセイ集」よりバックナンバーを再掲載したもの。)



 上記バックナンバー内でも記載している通り。

 私自身は、特に大学・大学院進学(2大学を経験しているが、その2大学共々)後は、自分でも不思議な程に恩師に恵まれてきている。

 大学(及び大学院)で知り合う恩師とは、まさに自身の今後の就職等々の将来性に直接結び付くべく存在であられる。

 それを外すとなると。
 (繰り返すが私自身は恵まれていたが)、何のために大学・大学院へ進学したかのすべてをぶち壊される結論となるであろうと推測する。

 だからこそ、特に大学・大学院にての恩師の選択は、学生自身の力量に委ねられていると結論づけられると断言しよう。


 上記本文中でも記したが。
 小中校時代の「恩師」など、特段誰でもよかったとも言って過言でないと言えよう。 (いえいえ、高卒にて その恩師のお陰で良き就職先に恵まれた等々の過去歴をお持ちの方もおられるだろうが…)


 とにかく、恩師の人格や力量よりも。

 貴方の人生を決定するのは、「あなた自身の実力」である事は明瞭な事実であろう!!


学校のお勉強が本気で面白くなる時

2024年07月15日 | 教育・学校
 (冒頭写真は、2024.07.12付朝日新聞・漫画「ののちゃん」より転載したもの。 いつものことながら、写真が横向きになっていることをお詫びします…)


 冒頭の漫画「ののちゃん」 内で ののちゃんは未だ小学生の立場にして、勉強の「伸びしろ」について語っている。
 そんな言葉を小学生にして既に知っているとは、凄いことなのだが。

 
 この原左都子ですら(という表現も図々しい、と言うより勘違いであることを認めるが)😝 😖 、自身のお勉強に対する「伸びしろ」なるものに学習に励んでいる子ども自身が気付いたり、それに左右されることはまず無いと言い切れるであろう。

 しかも、だ。 
 未だ小学生の ののちゃんとAさんの「お勉強」の“伸びしろ”なるものを漫画内で図示して比較しているが。 
 そんな比較が叶うのは、子ども本人が大人になって如何なる学習能力を身に付けているかが判明した後でも困難極めることでもあろう。


 そう言いつつ、この原左都子は自分自身の学習に於ける「伸びしろ」を大いに育ててもらった事件があったと結論付けられる、類まれな存在であろう。

 既に当該「原左都子エッセイ集」内で幾度となく公開している事実であるため、「もう、聞き飽きたぞ!」とゲンナリする読者の方々も多々いらっしゃるだろうが。😵 



 今一度、その事件を繰り返らせて頂こう。
 
 それは、中2の「数学」の授業中の出来事であった。
 未だ若き男性数学教師が、授業中に突如と言い始める。
 「みんながノートに“点”や“線”を書いているけど。 “点”や“線”とはあくまでも“概念”であるが故に質量や重量が無い存在のものであり、本来ノートに形作って書ける性質のものでは無い。 それなのに何故、ノートに点や線を書いているのかと言えば、それは数学学習上の必要に迫られて便宜上そうしているだけのことだ。」

 ここで、絶対的に出る生徒側の反応とは、「先生、何言ってるの? ちゃんとノートに書けるよ!!」 
 この反応も 私には理解できるのだが。 
 それ以上に、数学教師が発した「概念」との用語に強い関心を抱いた!!


 その時初めて聞いた言語だった事には間違いないのだが、その「概念」の世界に強烈に誘われる気すらした。
 (へえ、点や線は「概念」なんだなあ。 質量や重量が無い「概念」の存在なんだなあ。)

 この私が 本気で学校の勉強に興味を持てたのは、この時が初めてだったと言い切れる!! 
 それまでもとにかく真面目派の私は、学校のお勉強に特段の興味も無いにもかかわらず励んでは来たものの。 まさに何らの目標意識も持てないままに、単に周囲からの「〇ちゃんは良くお勉強ができるね!!」等々のプラス評価のみに依存して、無機質・無意味に勉強を頑張ってきたと言える…😱 😫 



 今尚、我が中学生時代に一時お世話になった 当時若き男性であられた数学の先生に感謝申し上げたい思いだ!

 私がその後、数学を原点として理系の「医学部」に進学出来たのも。

 その後更に、2度目の大学にて「科学哲学」等々の授業にて更なる概念の世界に触れることが叶い、我が人生の更なる充実を図れているのは。

 たかが、子どもの学校のお勉強の一つの位置付けでしかなかった「中学数学」にて。
 「点や線は概念の世界の産物である」と教えて下さった、あの若き男性教師の御指導であることに間違いない!!