小太郎のまんぷく日記

今日も元気だ!ごはんがうまいっ。

ポンポン

2020年08月06日 | ※初めての方へ※
父のはじめての月命日にはオットと2人で実家に泊まり
母と3人で食卓を囲みました。
今はまだ母も頑張れているので、しばらくは様子を見守りたいと思っています。

母のリクエストにより、五七日の祭壇のお団子は少しだけ大きめに作りました。
ほんのちょっと大きなだけで、キレイに丸めるのが難しかった。
六七日にはもうちょっとコツをつかんで、
四十九日には父にもほめてもらえるようなツルぴかの団子を供えたいと思います。
                                        (記7月29日)



父が回復期リハビリ病院の退院当日に危篤になり、再び退院を目指しながら過ごした一週間のこと。
母は自身の体調のこともあるので最初の二日、
小太郎は退院までの一週間を父の隣で寝起きしていました。

父は皮膚のかゆみが強く、出血するほどのかきむしり防ぐという理由でミトンを装着していました。
そのミトンを着けた手で何度か小太郎の頭を軽くポンポン。
最初は体が苦しくて、たまたま伸ばした手が小太郎の頭に着地したのか?と思ってたのですが
ポンポンをする時には必ずこちらをじっと見つめている・・・
「あぁ、これはよしよし! ありがとうのポンポンなんだ」と気付きました。
この動作は看護師さんにも介護の方にも全くなかったそうです。

母も父と二人だけのときに頭をポンポンと撫でられたそうで、嬉しくて泣いてましたねぇ。


この一年ほどは思い返すと実に色んなことが起こって父はもちろん、家族も大変でした。
大変になるにつれ
父からかけられる「ありがとう」という言葉がどんどん増えていきました。

退院前の一週間ほどは、もう食事も水分も自力では摂れない状態でしたので
「ありがとう」という言葉に代えての頭ポンポンだったのだと思います。
してあげられることがあるだけ、あのときの私たちは十分に幸せでした。

リビングにかけてある父の写真を見て、どうしても淋しくなった時には、
自分の手で自分の頭をポンポンとたたいてみます。
悲しいですが、これも父との最後の思い出としてずっとずっと小太郎の胸に残るのでしょう。



みなさんからのあたたかい言葉と気持ち、心から感謝しています。
思いついたときだけの書きっぱなしで申し訳ありません。

もうすぐ四十九日です。
東京に戻った妹は今回の初盆と四十九日の法要の帰省を母の為に断念しました。
ひとつの大切な区切りを、家族で静かに過ごしたいと思います。
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