水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十二回

2010年12月20日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十二

「では、これにて…。長居を致しました」
 ひとまずは用件も済み、左馬介は安堵して道場への帰路を急いだ。権十がどのようにして樋口の行方を探ったかを、左馬介は知らない。ただ、三日後には道場に現れ、樋口の居場所と必ず会えるという日時を伝えに来たのだから、長谷川を含む全員が、大した男だ…と、一目置いたのも無理からぬ話であった。
 話は少し以前に遡ることになる。権十は左馬介が訪(おと)なった後、直ぐに動いていた。葛西宿の腰掛け茶屋、水無月と権十は、茶っ葉を権十が届けていたことから懇意であった。要は、賑やかな宿場伝いに動いて情報を得ようと、権十は動いていたのである。左馬介が以前、少し想いを寄せていた娘がいる水無月と権十に少なからぬ関わりがあることなど、まるで知らない左馬介であった。
「思ったより早かったですねえ」
「へい! 首尾よういきやしたもんで…」
 権十が云うのは、こうである。
「葛西宿に懇意な店が数軒ありやすもんで、そこで訊ねた、という訳でごぜえやすだ…」
「なるほど…。権十殿は、いろいろと伝(つて)が、おありなのですね。畏れ入りました」


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十六回)

2010年12月19日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十六回
 煮付(につけ)先輩が云っていた十日後は、案外、早くやってきた。その晩、私は万を持(じ)して先輩からかかってくる電話に待機していた。もちろん、色よい返事が出来る承認は取締役会でなされていた。
 電話の呼び出し音がついになった。
「おう、塩山か…。どうだった、会社の方は」
「はい、なんとか役員会で承認が取れました、お蔭様(かげさま)で…。あのう…これから私は、どうすればいいんでしょう?」
「なにをビクついてるんだ。ドーンと構えてりゃいいのさ。あとのことは、省の連中にやらせるから、お前はその連絡を待ってろ」
「はい! そうします。しかし、上手くいくかどうかが、どうも不安でしてねえ…」
「ははは…そんな心配より、米粉の販売網のチェックを頼むぞ」
「はい! そちらの方は、私も万難(ばんなん)を排して努力させて戴きますので…」
「そうか。まあ、塩山だから、安心はしているが…」
 こうして話は順調に進んていき、社運は大変化を見せようとしていた。電話の最後に煮付先輩は、すべては会社宛に書類を送ったから、それを読んで理解してもらいたいと云った。
 電話が切れたあと、しばらく私は無気力感に苛(さいな)まれた。ふと気づいて思ったのは、いつか途切れたお告げのことを思い出す暇(ひま)がないほど、米粉プロジェクトに没頭していた自分の多忙さだった。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十一回

2010年12月19日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十一

「ようございます。この儂(わし)が役に立つことでしたら、何とか致すでごぜえやしょう」
「そうですか。それは誠に有難い!態々(わざわざ)、来た甲斐がありました」
 案に相違して、権十は一も二もなく引き受けてくれた。
「それで、いつ迄に調べをつけりゃいいんで?」
「いつ迄に、ということではないんです。いつ、どこそこへ行けば、必ず樋口さんに会える、という探りを入れて欲しいだけです」
「そうでやすか。それなら容易い御用ですだ。で、調べがつけば、道場へ寄せて貰えばいいんで?」
「はい、そうして戴ければ、助かります」
「分かりやした。そう致すでごぜえやしょう」
「あの…礼金は如何ほど包めば?」
「ははは…、御心ばかりで結構でごぜえやす」
「そうは云われも…」
「いや、本当に…。他からの実入りも頂戴致しておりやすんで…」
「と云うと、他にもご依頼ごとを?」
「へえ…まあ、そのようなことで…」
 権十は濁して語尾を暈し、ゴシゴシと薄汚れた首筋を何度も掻いた。左馬介は一瞬、顔を顰(しか)めたが、直ぐ元に戻すと腰を上げた。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十五回)

2010年12月18日 00時00分02秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十五回
「なにぃ~!? 湿っぽいわねえ~。唄お!」
 その嫌な感じを絶ち切ったのは早希ちゃんだった。彼女は突如、椅子(チェアー)から立つと、ボックス席へ近づき、カラオケ電源をオンした。そして何やら選曲してスイッチを入れた。その曲の前奏曲が流れ、モニターに
映像が映し出される。私の世代では唄わないヤング層の歌だとすぐ分かった。曲調が派手で今風の曲だ。早希ちゃんはその曲を上手く唄い熟(こな)していった。私と沼澤氏は、また話し始めた。
「今の子の曲ですなあ…」
「ええ、時代も変わりました…」
「確かに…」
 早希ちゃんの唄を聴くでなく聞いていると、ふと、煮付(につけ)先輩のことが頭を過(よぎ)った。先輩は十日後にまた電話すると云っていたのだ。鍋下(なべした)専務が取締役会を社長に進言してからの話だが、プロジェクトに我が社が参入することが本決まりになれば、私の仕事内容は大きな変更を余儀なくされるだろう。それは目に見えていた。ある意味、魅力的な話だったが、逆の意味での不安という一面もあった。今までの仕事の内容やリズムが極端に変われば、それだけ仕事への負担が増すのだ。会社もそれは分かるだろう。ただ、それより企業収益や我が社の将来にプラスだと判断されれば、承認されることは、ほぼ間違いなかった。


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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十回

2010年12月18日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十

「さ湯のようなもんで、申し訳ねえだども…」
「あっ! もう、お構いなく」
 そうは返したが二の句が継げず、次の言葉が出ない。仕方なく、左馬介は間合いを詰めようと、出された湯呑みを手にした。その湯呑みも、座布団と同じく、陶器とは、とても呼べぬ粗悪なもので、所々が欠けて罅割れていた。左馬介はこの時、百姓の日常の暮らしとはこのようなものか…と、改めて知らされる思いがした。そして、ひと口、啜った。
「それで、どのような用向きでごぜえやしょう?」
 左馬介は権十にそう云われ、 ━ そうだ、そのことよ… ━と気づき、盆へ湯呑みを置いた。
「ええ…、実は樋口さんの居場所を内々に探って欲しいのです。無論、礼金はお出し致します」
「樋口さん? …とは、代官所の樋口半太夫様の御子息であらせられる?」
「はい、その通りです。今は先生の影番を勤められ、とんと行方が知れぬのです」
「そうでごぜえやしたか。樋口様の所在をお知りになりたいと?」
「はい…」


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十四回)

2010年12月17日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十四回
「えっ? お店ですか? 鳴かず飛ばずってとこですけど、…お客様の入りがコンスタントに順調、ってとこですか。ねえ、早希ちゃん?」
「えっ? ああ、そうですよね。確かにお客様は来て下さいます」
 その時、ふと、私の頭にひとつの疑問が湧いた。その疑問は、一分後には急激に大きな炎となり、爆発した。
「…そういや、沼澤さんと私がこうして話す時は、他に客がいませんよね?」
「ああ、そのことですか。それは、玉が霊力でバリアを張っておるのです。他に私とあなた以外の者を寄せつけないように…」
「しかし、私が来ない日はどうなんです?」
「もちろん、玉が霊力バリアを張るのは、塩山さん、あなたと私がいる場合だけですよ」
「玉が、そう告げた、ということですか?」
「はい、そのとおりです。最高の霊力をお持ちのあなたと別の客では、まったく玉の霊力の出しようが異なります」
「そうなんですか…」
 どういう訳か、そのあとの会話は途絶え、二人の周りをお通夜な雰囲気が覆(おお)い始めた。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第十九回

2010年12月17日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第十九

 左馬介は過去、何度か権十に会っているから、よく見知っている。恐らく権十の方も、顔さえ見れば堀川の一門衆だと分かるに違いない…と、左馬介は考えていた。
 鴨居と敷居が歪み、入口の引き戸は、なかなか開きそうになかったが、それでも漸く開いたので左馬介は中へと入った。権十は左馬介の顔を見るなり、ペコリと一つお辞儀をして頭を下げた。権十の他には家族らしき者は誰もいず、どうも権十は一人者のようだ…と、左馬介は推し量った。
「お座布でも、お敷き下さいやし…」
 そう云われて奨められた座布団を見れば、外布が破れ、入れ込んだ綿の塊が半ば食み出している。云われるままに座ろう…とは、とても思えぬ代物(しろもの)であった。また、その食み出した綿の塊というのが何とも面妖で、黒みがかった薄墨色の暗雲を彷彿とさせ、云わば塵埃とも思わす外観を醸し出しているのであった。流石の左馬介も、奨められはしたものの、暫し戸惑った。だが、訪(おとな)っておきながら、そんな不作法に我を通すこともなかろう…と、素直に座ることにした。頼みごとを抱えている、ということもある。
 左馬介が腰を下ろすのと同時に、一端、奥へと消えた権十が、盆上に湯呑みを乗せて左馬介の前へ進み出た。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十三回)

2010年12月16日 00時00分02秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十三回
「上手いこと云うなあ、早希ちゃんは」
 やんわりと私は返した。
「あまり気にされない方がいいですよ。こんなのは、ほんのプロローグに過ぎないのですから…」
「…と、いいますと?」
「ええ、そのことなんですがね。今後、もっと大きなことが起こるでしょう。このことは以前にも云いましたが、私が予想して云ってる訳じゃなく、玉のお告げなんですよ」
「そんなことを云われれば余計、気になりますよ、沼澤さん」
「おお、これは迂闊(うかつ)でした、私としたことが…。しかし、起こることはほとんどがよい話ですから、ご安心を」
「まあね、そう云って戴けると、私も…」
 事実、この時の私は、沼澤氏に慰められ、気にするという心は失せていた。
 ママがシェーカーからワイングラスへ注(そそ)ぎ入れたマティ-ニを、沼澤氏は美味そうにひと口やった。私の方も早希ちゃんが作ったダブルの水割りをチビリとひと口、喉に流し入れた。
「なんか、面白くなってきたわ…」
 ママがポツリと口を挟んだ。興味本位で云われちゃ困るな…と、私は思った。
「それより、お店の方は変わったこととか、ありませんか?」
 沼澤氏が唐突にママへ問いかけた。


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残月剣 -秘抄- 《惜別》第十八回

2010年12月16日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第十八

 左馬介は権十の住処(すみか)を知らない。だが、葛西ではその名の知れた権十のことである。地の孰(いず)れかの百姓に訊けば、労せず辿れるだろうと左馬介は踏んでいた。その通り、左馬介が葛西村のとある百姓の家で訊ねると、一も二もなく権十の家は知れた。左馬介は教えられた道順を進んで、漸くその百姓が云った円広寺近くの家屋へ行き着いた。家屋といっても、それは名ばかりで、今にも崩れ落ちそうな茅葺(かやぶ)き屋根の、あばら屋であった。
「頼もう!」
 粗末な戸口の前で、ひと言、左馬介は声を張り上げた。
「はい、どちらさまで…」
 口調より、武家と分かったのであろう。内から、目上の者に返す声がした。
「堀川の秋月です。少しお話ししたき儀があり、罷り越した次第!」
「へえ、この儂(わし)風情に、何の話でございましょう。よくは分かりませねど、まあ、入って下さいやし。むせえ所で申し訳ありませんがの…」
「さようか。…では、御免!」
 左馬介は幾分、話し言葉を整えて対していたが、権十の了解が出たので中へ入ることにした。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十ニ回)

2010年12月15日 00時00分02秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十ニ回
慣れたものだ…。それに力の入れ具合が絶妙で、振りも男バーテンダーに引けをとらないように思えた。まあ、男だし…と云えばそれまでで、シェークしている間は、少し女っ気(け)が陰(かげ)るのは仕方なかった。その程度は我慢の範囲なのである。
「部長さんって、大変なんでしょ?」
 早希ちゃんが珍しく猫声で私に訊(たず)ねた。この少し色気のある猫声で語られた日にゃ~、注意が必要となる。そんな脅威ではないものの、まあ一応は警戒警報を発令しなければならないだろう。
「えっ? …ああ、まあな。慣れりゃ、フツーに誰だってできるさ」
「そんなこと、ないでしょ?」
 ママがシェーカーを開けながら、云わなくてもいいのに加えた。
「そうよ、フツーじゃないから部長さんなんでしょ?」
「んっ? そっかぁ~…」
 私はおとなしく撤収した。こうなれば、敵も攻撃はできない。早希ちゃんは、いつもの声で、「そうよぉ~」とストレートに返してきた。ひとまずは安心で、私は言葉を続けた。
「ただなあ~、さっき云ったように、農水省のプロジェクトにうちの米翔が加わるからさあ~」
「格好いいじゃん! プロジェクト・ホニャララね」
 早希ちゃんはこれでどうして、古い番組をアーカイブで観る知性派だった。


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