水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百六十一回)

2010年12月04日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百六十一回
『嘘をおっしゃい。あなたは内心で、会社の中では聞かれるから困る、と云ってましたよ』
 お告げの声は穏やかに私の内心へ語りかけていた。
「参ったなぁ~、すべてお見通しとは…」
『私に見えないものなど何もありません。人の内面や外面、その他、万物の事象、あなた方が科学と云っておられるありとあらゆるものを含むのです…』
「なら、私の未来は?」
 そこまで云ったとき、ふと、長風呂になっている自分に気づいた。もう、かれこれ一時間近くは浸かっている計算になる。むろん、バスルームの防水時計を見た上の判断だった。
『そうです。もう随分と浸かっておられますから、話は上がられたあとで…』
 そこでお告げは途絶えた。以前にも云ったと思うが、お告げの声は他の者には聞こえない。私の脳に直接、響く声だったが、私の声をやや太くしたような、それでいて低くもなく響くのだった。私はお告げに促されるように浴槽から勢いよく上がった。いつもなら上がったあとの残り湯で洗濯をしてしまうのだが、この日はお告げのこともあり、気も漫(そぞ)ろに浴室から出た。お告げによれば、この段階以降は、いつお告げが霊流してきたとしても不思議ではないのだ。缶ビールを片手に、私はいつになく家の中を、うろついていた。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第六回

2010年12月04日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第六回

この迅速な太刀捌きは、やはり以前よりは鋭い冴えを放ち、もはや、なに人をも近づけぬ凄味を見せていた。当然、そうした左馬介の一挙手一投足を、つぶさに見て取る幻妙斎が、そう思っていない筈もなかった。「見事じゃ…」
 ひと言、そう告げた幻妙斎の声は、やはり幾らか弱めに思えた。左馬介も幻妙斎に今、見事と云わせたほどの者である。師の微かな弱りを見逃す訳がない。瞬間、変化を、つぶさに感じ取っていた。しかし、幻妙斎は未だ崩れ落ちるほど衰弱している訳ではない。万が一、そうだとしても、達人であり神の如き存在の幻妙斎が、左馬介の前に倒れる自らの姿を晒す訳がなかった。左馬介もそのようなことは必然として、よく分かっている。また、気遣ったならば、ふたたび窘(たしな)められるのが目に見えていた。それ故、左馬介は跪(ひざまず)き、師の言葉に対して深く頭(こうべ)を垂れるに留めた。
「…近う参れ」と、幻妙斎は傍らへ左馬介を手招きした。左馬介は云われるまま、ふたたび床へと上がった。
 話は少し戻るが、『見事じゃ…』と幻妙斎が告げた折りには、既に左馬介が握る村雨丸は居合いの如く鞘(さや)へと納められていたから、幻妙斎に対して頭(こうべ)を垂れた時点では、事前と変わらぬ左馬介の外観なのだった。


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