水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十七回)

2010年12月20日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十七回
 その後の一ヶ月は、今から考えればわずか一日だったような気がする。それだけ多くの出来事があり、私は諸事に忙殺されるほどの状態であった。そして、お告げそのものも私の多忙さに遠慮してか、まったく影を潜(ひそ)め、当然、私も沼澤氏、みかん、禿山(はげやま)さんのことなどを一切思い描かず、というより思い描く暇(ひま)もなく、ただ慌(あわただ)しく米粉プロジェクトの総指揮を執(と)っていた…というような日々だった。
 一件がようやく軌道に乗り、販売網に加わる新たな得意先企業も獲得でき、私としては、ほぼ満足のいく感触を掴(つか)むに至った。一ヶ月の間に東京への出張は数度に及び、煮付(につけ)先輩とは何回か話し合える機会を得た。
 その日も私は煮付先輩に招待された赤坂の某高級料亭にいた。
「どうやら軌道に乗ったようだな、塩山。ごくろうさん…。まあ、一献(いっこん)」
「はい! 先輩のお蔭(かげ)で…」
 先輩が注いでくれる銚子の酒を猪口(ちょこ)に受けながら、私はやや緊張ぎみにそう云った。
「これで道筋は、ついた訳だ。お前の会社も急成長することは疑いなしだな」
「はい…。というより、日本の食糧事情の明るい展望が開けたことが何よりです」
「おお…そういうことだ。まだ始まったばかりだな」
 モグモグと豪快に料理を食べながら、先輩は猪口を干した。その豪快さは学生時代と少しも変わっていなかった。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十二回

2010年12月20日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十二

「では、これにて…。長居を致しました」
 ひとまずは用件も済み、左馬介は安堵して道場への帰路を急いだ。権十がどのようにして樋口の行方を探ったかを、左馬介は知らない。ただ、三日後には道場に現れ、樋口の居場所と必ず会えるという日時を伝えに来たのだから、長谷川を含む全員が、大した男だ…と、一目置いたのも無理からぬ話であった。
 話は少し以前に遡ることになる。権十は左馬介が訪(おと)なった後、直ぐに動いていた。葛西宿の腰掛け茶屋、水無月と権十は、茶っ葉を権十が届けていたことから懇意であった。要は、賑やかな宿場伝いに動いて情報を得ようと、権十は動いていたのである。左馬介が以前、少し想いを寄せていた娘がいる水無月と権十に少なからぬ関わりがあることなど、まるで知らない左馬介であった。
「思ったより早かったですねえ」
「へい! 首尾よういきやしたもんで…」
 権十が云うのは、こうである。
「葛西宿に懇意な店が数軒ありやすもんで、そこで訊ねた、という訳でごぜえやすだ…」
「なるほど…。権十殿は、いろいろと伝(つて)が、おありなのですね。畏れ入りました」


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