水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十七回

2010年12月25日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十七回

「いやあ、なに…。お茶でも差し上げねば…と、思いましたもので…」
「ははは…。どうぞ、お気遣いなく」
 そうとだけ遠慮を吐く左馬介へ、敷居を早足で上がった与五郎が座布団を勧めた。権十、の破けた座布団とは偉い違いだな…と左馬介は思いながら、腰の刀を手に持つと、座布団へ身を委ねた。
 申の下刻、樋口がやってきた。今日の場合は八十文の口だな…と、左馬介は一瞬、思った。
「なんだ、左馬介ではないか…。よく、ここが分かったな」
 店奥への暖簾を潜るや、樋口から飛び出した言葉は、まずこのひと言である。
「ええ…、さる筋から訊ねまして、漸くここが…」
「さる筋か…。左馬介も隅には置けぬな。なかなかの人脈とみえる」
 そう探って、樋口は笑みを浮かべた。
「なにを…。運よく辿り着けただけの話で」
「まあいい。それで、どういう用件だ? 確か、お前との約束は、先生に異変があらば…とのことだった筈だが…」
「それは、そうなのですが、一方的にこちらが待っている、というのも如何なものか…と思えまして。それに、暫く音沙汰がありませんでしたから、先生のご様子も気がかりで…」


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百八十一回)

2010年12月24日 00時00分00秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百八十一

みかんの酒棚に置かれた玉から発せられていることは分かるが、ただその得体の知れない霊力によって私は動かされている…と考えるのは、やはり怖かった。だが私としては、この現実を直(ストレート)に受けるしかない…と諦(あきら)めにも似た気持だった。三時半過ぎをベッドの時計は指していたが、どういう訳か余り腹は空いていなかった。私は一応、会社へ連絡しておくか…と思った。
「おお、児島君か。私だ…。別に変ったことはなかったか」
「はい、これといって…」
「そうか…。なら、いいんだ。ご苦労さん」
 トイレへ行ったついでに玄関近くの電話を握った。そして、苦労性が会社へダイヤルさせていた。変わったことは恐らくないだろう…とは分かっていた。異変があれば、なんらかのお告げを玉が霊力で送ってくるはずだからだ。そうとは分かっていたが電話する自分がいた。私自身が、まだまだ小心者に思え、妙な嫌悪感が残った。
 次の日からまた慌(あわただ)しい日々が始まった。だが、すでに私は玉からフラッシュ映像を見せられているから、その場面へ向けて今の自分がどのように流れようとしているのか、が神秘的で興味深く、疲れなどは一切、感じなかった。その原動力となったフラッシュ映像の一枚は、私が世界の食糧事情を解決する一助をしたような映像だった。


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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十六回

2010年12月24日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十六回

「そうでございましたか。合点が参りました。それで権十さんが来られたのですか」
「ええ、まあそのようなところでしょう…」
「未だ陽が高うございますが、夕ともなれば、お見えになりましょう。私ごとで何なのでございますが、若い恋女房を貰ったのが運の尽き、夕には戻っておらぬと叱られましてな…」
「叱られるとは?」
「身が細ることを頑張らねばならぬのでございますよ。ははは…、これは若いお武家様の前で話すことではございませなんだ。…まあ、夕には樋口様が替わって下さるということで…」
「ご主人は、ご帰宅なさるということですね?」
「へえ、さようで…」
 罰が悪いのか、与五郎は後ろ手で首筋を撫でつけた。左馬介は、それ以上は訊かず、口を噤んだ。
「暫く待たせて貰いましょう。奥へ通って宜しいでしょうか?」
「へえ、それはもう…」
「では、遠慮のう…」
 左馬介が暖簾を潜って奥の土間へ進むと、後方から与五郎が付いてきた。左馬介は、振り向くと、「何でしょう?」と、訊ねた。
「いやあ、なに…。お茶でも差し上げねば…と、思いましたもので…」
「ははは…。どうぞ、お気遣いなく」
 そうとだけ遠慮を吐く左馬介へ、敷居を早足で上がった与五郎が座布団を勧めた。権十、の破けた座布団とは偉い違いだな…と左馬介は思いながら、腰の刀を手に持つと、座布団へ身を委ねた。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百八十回)

2010年12月23日 00時00分00秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百八十
「正直云って、少し怖いです…」
 私は気持ちのまま、そう云った。
『心配されずとも、こうした映像の頃の塩山さんは、気持の上でも超人になられていることでしょう。ですから、ご安心を…』
「私は別に今のままでもいいんです。部長になれたことだけで充分なんですから…」
「いや、あなたには生まれ持っての霊に対する感応力がお有りなのです。それは取りも直さず、あなたが世界、いいえ、この地球の指導者として様々な分野で崇(あが)められる存在になられる証拠なのです」
「はあ…」
 私は玉のお告げに、いつの間にか説得され、その気になっていった。
『長く話してしまいました。では…』
「あのう…、今度はいつ?」
『それは決まりで云えないのです』
「決まり、とは?」
『決まりです。霊界の決まりごとです』
「霊界? そのようなところがあるんですか?」
『そのことも決まりで、今は云えません。云えるのは、一年以内にお亡くなりになられる方だけなのですよ。悪(あ)しからず…』
「そうなんですか…
でも、霊界があると分かっただけでも随分、お力を頂戴いたしました」
『そうですか、それはよかった』
 そこでお告げはピタッと途切れた。


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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十五回

2010年12月23日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十五回

 それに、代官の次男坊が、まさかそこまで金銭に困っているとも思えなかった。
蓑屋の主(あるじ)、与五郎は気立てのいい男と見え、左馬介が訪うと、快く奥へと通し、茶と菓子をふるまってくれた。それに、左馬介が訊ねることにも気持よく答えた。
「いやあ、そこ迄は流石に分からないんでございますけれども…。恐らく、何かお考えあってのことでございましょう。何かを、この辺りで、お探しの故か、或いは訪ね人をお待ちになられているのか…、そこら辺りのところは、ちと量りかねますが…」
回り諄く云う与五郎なのだが、要は分からんのだ…と、左馬介は察した。
「一時(いっとき)、如何ほどお支払いなのですか?」
「一度(ひとたび)、七、八十文でお願いを致しております…」
「その時々で違う、ということですか?」
「いいええ、樋口様の御都合で、お越しが遅れます日と、上手い具合に丸一時、お越し願える日との違いで…」
ああ、そういうことか…と、左馬介は得心した。
「それで、今日も酉の刻にはお見えになるでしょうか? なにぶん、
こちらからは連絡出来ず、漸く権十さんから得た話でして


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十九回)

2010年12月22日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十九回
『ははは…。まあ、そう云わず頑張ってください。そのうち、大きな幸運があなたに訪れるはずですから…』
 前にも云ったと思うが、お告げは私だけに聞こえているのだ。その声は想念としてやや低く響く私の声である。玉から発せられた霊力が私の身を借りて私自身へ問いかけるのだった。
「これから私は、どうなっていくんでしょうか? この前はお答えを戴けませんでしたが…」
『お知りになりたいですか?』
「ええ、是非(ぜひ)…」
『それじゃ、ほんの少しだけですが、フラッシュでその映像をお見せしましょう。ただし、画像は動画ではありませんよ』
「はい、お願いします…」
 それから数秒後、私の脳裡に今まで経験したこともないような場面が断片的に浮かんだ。そのフラッシュ映像はカラーで、当然、その中には私が映っていた。余りのシュールさに、私は有り得ない…と思えていた。
『どうです? お信じになられたでしょうか?』
「…い、いえ! 有り得ないことばかりですから、とても信じられません」
『そうでしょうとも…。しかし、これらのことは今後、あなたの身に確実に起こることなのですよ』
 お告げは荘厳さを帯びて響いた。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十四回

2010年12月22日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十四

 二人の玄関での遣り取りを遠目に窺っていた長谷川と鴨下は、首尾よくいったようだな…と、左馬介が銭を渡したのを見届け、互いに囁き合った。
 権十が帰っていった後、長谷川と鴨下は、左馬介へ躙(にじ)り寄った。
「上手く、いったようだな、左馬介」
「お蔭様で…。これで樋口さんとは、こちらからも連絡をつけられそうですね」
「そいつは、よかったですね」
長谷川に鴨下も続いた。こうして、幻妙斎の真新しい現況を唯一、知る樋口との出会いが可能となり、左馬介は、ひとまず、ほっとした。
 次の日の昼過ぎ、左馬介は道場を出て、葛西宿へと向かった。権十の話からすれば酉の刻限には随分と余裕がある。そんな早く出る必要はなかったのだが、左馬介には少し、存念があった。いうのは、骨董の蓑屋の主(あるじ)に、樋口が小銭を稼ぐ目的を訊きたかったのだ。恐らく、主も詳細は知らないであろう。だが、どういった訳があるのか…という究極のところを知りたいと思ったのだ。僅かに一時(いっとき)ほどのこととはいえ、影番を務める多忙な樋口に、とても余裕の時などなかろうに…と、左馬介には思えたのである。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十八回)

2010年12月21日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十八回
その後、銀座で美酒に酔い、ホテルに一泊して始発で帰った。児島君は数日、泊ってこられればよろしいのに…と出がけに云ったが、部長という肩書の手前、そういう訳にもいかなかった。なぜかふと、禿山(はげやま)さんの丸禿頭を照からせた柔和な笑顔が浮かんだ。
━ クタクタにお疲れの割には、幸運ってのが、余りに小ぶりに思えるんですがなあ… ━
 浮かんだのは、確かこれが二度目だった。私は米粉プロジェクトの成功と業績の向上、いや、米翔(こめしょう)の発展のすべてを賭ける思いで頑張っていた。だから心身ともにクタクタでボロボロだった。玉の霊力によって実現した会社発展、それはある意味、私の仕事の成功なのだが、その幸運は禿山さんの言葉どおり余りに小ぶりに思えた。そう思えたのには、この時、限界に近い疲れを私が感じていたこともある。さすがに倒れそうな身の危険を察知した私は、東京から帰った次の日、休むと児島君に電話連絡だけしてベッドで爆睡した。気づけば、もう昼の三時過ぎだった。こんなに眠ったことは学生時代より久しくなかった。ベッドを抜け出たとき、あのお告げが久しぶりにあった。
『お久しぶりです。お仕事が順調なようで何よりです。どうです? 大舞台の第一歩を歩まれたご感想は?』
「えっ? …そうですねえ。疲れるだけで成果が、といいますか、幸運そのものが今一、小さく思えるんですがね…」
 私は初めて玉へ小さな愚痴を云った。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十三回

2010年12月21日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十三

 左馬介は、ただ感心するばかりである。
「なあに…。それで、その一軒の主(あるじ)が云うには、何でも骨董の蓑屋さんの店番をしておいでで…ってことでごぜえやしてな…」
「ほう…骨董の蓑屋さんですか?」
「へい、さようで。その蓑屋で訊きやすと、ほんの一時(いっとき)ばかりのことらしいんでごぜえやすが、頼まれなすったとみえやす」
「幾らか、稼ぐ為なのでしょうか?」
「まあ、小遣銭ぐらいのもんでやしょうが…」
「して、その刻限は?」
「それなんでやすがね。決まって、くれ前(めえ)の酉の刻なんでごぜえやすよ…」
「へい、余程の用向きがねえ以外(いげえ)は…」
「分かりました。いろいろ有難うございました。これは、ほんの些少ですが…」
 そう云って、左馬介は権十に二朱銀の小粒を一枚、そっと手渡した。

「こんなに貰っちゃ…。そうでごぜえやすか? すまねえこって。また、遣って下せえやし…」

初めから懐へ納める積もりだったのだろうが、形ばかり断った後、権十は直ぐ巾着を胸元から取り出すと、ぞんざいに放り込んだ。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十七回)

2010年12月20日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十七回
 その後の一ヶ月は、今から考えればわずか一日だったような気がする。それだけ多くの出来事があり、私は諸事に忙殺されるほどの状態であった。そして、お告げそのものも私の多忙さに遠慮してか、まったく影を潜(ひそ)め、当然、私も沼澤氏、みかん、禿山(はげやま)さんのことなどを一切思い描かず、というより思い描く暇(ひま)もなく、ただ慌(あわただ)しく米粉プロジェクトの総指揮を執(と)っていた…というような日々だった。
 一件がようやく軌道に乗り、販売網に加わる新たな得意先企業も獲得でき、私としては、ほぼ満足のいく感触を掴(つか)むに至った。一ヶ月の間に東京への出張は数度に及び、煮付(につけ)先輩とは何回か話し合える機会を得た。
 その日も私は煮付先輩に招待された赤坂の某高級料亭にいた。
「どうやら軌道に乗ったようだな、塩山。ごくろうさん…。まあ、一献(いっこん)」
「はい! 先輩のお蔭(かげ)で…」
 先輩が注いでくれる銚子の酒を猪口(ちょこ)に受けながら、私はやや緊張ぎみにそう云った。
「これで道筋は、ついた訳だ。お前の会社も急成長することは疑いなしだな」
「はい…。というより、日本の食糧事情の明るい展望が開けたことが何よりです」
「おお…そういうことだ。まだ始まったばかりだな」
 モグモグと豪快に料理を食べながら、先輩は猪口を干した。その豪快さは学生時代と少しも変わっていなかった。

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