水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百六十六回)

2010年12月09日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百六十六回
「塩山君、こりゃ我が社にとって大事(おおごと)じゃないか。返事はどうするつもりなんだね?」
「はい、先方は十日後にもう一度、電話すると云ってられたのですが…」
「十日後か…。そうなると、社長に取締役会を早急に開いてもらうよう進言せんといかんな。…これは忙しくなる!」
「はいっ! よろしくお願いいたします」
「それにしても、煮付(につけ)代議士と昵懇(じっこん)とはなっ! こりゃ、君の覚えもめでたくなるぞ」
 専務は私の社内における役員の評価が高まると、暗に云った。
 その日は煮付先輩のことで頭が一杯で、決裁も滞(とどこお)りがちだったが、ようやく退社の時間が近づき、ホッとしていた頃、みかんのママから電話が入った。上手くしたもので、第二課とは違い、すでに部長室を与えられている私だったから、辺りの目を気にするという心配はまったくなかった。
「ママでしたか…。ちょっと最近、寄れてなかったですよね」
「そうよ! ほほほ…。お見限りは嫌だからねぇ~。それよりさあ、今日、沼澤さんが店へ寄るって。つい今し方、電話があったの。もし都合よかったら、来ない?」
「沼澤さんかぁ~。ご無沙汰してるなあ。…はい、都合がつけば、行きます」

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第十一回

2010年12月09日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第十一回

恐らくは堂所で鴨下が焼いている…と、左馬介の脳裡に鴨下が焼いている姿が浮かんだ。左馬介は立ち上がって欠伸を一度、大きくして、小部屋を後にした。腰の差し領は脇差しのみで、部屋を出た。道場内で脇差しを身に身に着けていたり、二本差しで現れた場合は、暗に稽古をしない旨を他の者に知らせる手段として、以前から無言の意思表示の意味で、よく使われている手段であった。
 左馬介が想い描いていた通り、堂所へ入ると、厨房から香ばしいいい匂いが漂ってきた。鴨下が握り飯を金網に乗せて焼いている匂いに違いなかった。左馬介は堂所を素通りして厨房を覗いた。すると案の定、鴨下がいた。
「いい匂いがしたんで、顔を出しました」
 炭の熾(おこ)り具合を見ていた鴨下は、左馬介の不意の言葉に驚き、どぎまぎして振り返った。
「あっ! 左馬介さんでしたか。朝から見かけず、長谷川さんが出かけたのかも知れん、と云っておられましたよ」
「三人になってから、出入届の廃止、月当初と十五日の閉門日の廃止と、決めが大きく緩み、随分と出易くなりましたからね」
「ってことは、やはり外出でしたか」
「はい、千鳥屋まで出かけたことは出かけたのですが、先生はお帰りだと云われたもんで…。戻ってはいたのです」」


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