水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十六回)

2010年12月19日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十六回
 煮付(につけ)先輩が云っていた十日後は、案外、早くやってきた。その晩、私は万を持(じ)して先輩からかかってくる電話に待機していた。もちろん、色よい返事が出来る承認は取締役会でなされていた。
 電話の呼び出し音がついになった。
「おう、塩山か…。どうだった、会社の方は」
「はい、なんとか役員会で承認が取れました、お蔭様(かげさま)で…。あのう…これから私は、どうすればいいんでしょう?」
「なにをビクついてるんだ。ドーンと構えてりゃいいのさ。あとのことは、省の連中にやらせるから、お前はその連絡を待ってろ」
「はい! そうします。しかし、上手くいくかどうかが、どうも不安でしてねえ…」
「ははは…そんな心配より、米粉の販売網のチェックを頼むぞ」
「はい! そちらの方は、私も万難(ばんなん)を排して努力させて戴きますので…」
「そうか。まあ、塩山だから、安心はしているが…」
 こうして話は順調に進んていき、社運は大変化を見せようとしていた。電話の最後に煮付先輩は、すべては会社宛に書類を送ったから、それを読んで理解してもらいたいと云った。
 電話が切れたあと、しばらく私は無気力感に苛(さいな)まれた。ふと気づいて思ったのは、いつか途切れたお告げのことを思い出す暇(ひま)がないほど、米粉プロジェクトに没頭していた自分の多忙さだった。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二十一回

2010年12月19日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二十一

「ようございます。この儂(わし)が役に立つことでしたら、何とか致すでごぜえやしょう」
「そうですか。それは誠に有難い!態々(わざわざ)、来た甲斐がありました」
 案に相違して、権十は一も二もなく引き受けてくれた。
「それで、いつ迄に調べをつけりゃいいんで?」
「いつ迄に、ということではないんです。いつ、どこそこへ行けば、必ず樋口さんに会える、という探りを入れて欲しいだけです」
「そうでやすか。それなら容易い御用ですだ。で、調べがつけば、道場へ寄せて貰えばいいんで?」
「はい、そうして戴ければ、助かります」
「分かりやした。そう致すでごぜえやしょう」
「あの…礼金は如何ほど包めば?」
「ははは…、御心ばかりで結構でごぜえやす」
「そうは云われも…」
「いや、本当に…。他からの実入りも頂戴致しておりやすんで…」
「と云うと、他にもご依頼ごとを?」
「へえ…まあ、そのようなことで…」
 権十は濁して語尾を暈し、ゴシゴシと薄汚れた首筋を何度も掻いた。左馬介は一瞬、顔を顰(しか)めたが、直ぐ元に戻すと腰を上げた。


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