水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユ-モア短編集 [第20話] 財布

2015年12月17日 00時00分00秒 | #小説

 串柿(くしがき)久司は働けど働けど、いっこう金が溜(た)まらない金運のない男だった。これだけ働いたんだから、かなり入ってくるに違いない…と思えば思うほど、身入りは少なかった。
 仕事の帰り道、人けのない舗道の隅で立ち止まり、串柿は怨(うら)めしげに背広の内ポケットに入れた財布を取り出した。そして、ジィ~~っと中身を眺(なが)めた。中には出がけに入れた食事代と万一を考えての数千円の札、それと硬貨の数枚しか入っていなかった。通勤はスイカで事足りていた。これじゃな…と、串柿は思った。いや、思えた。そのとき、空から天の声がした。
━ アンタの財布は底が破れてるよ、ははは… ━
 笑い声が消えた空を串柿は見回したが、誰の気配もなかった。当然だ、たぶん空耳(そらみみ)だろう…と串柿は思ったが、一応、財布の横や底の破れを確認した。やはり、どこにも破れは見つからなかった。そのとき、また空から同じ天の声がした。
━ アンタの目には見えないが、破れてるよ、ははは… ━
 ふたたび笑い声がして静かになった空を、串柿は必死に追った。だがやはり、誰の気配もしなかった。しばらくして、串柿が歩き始めたそのとき、舗道の下に財布が落ちていた。
━ ははは…その財布、よく働くアンタにやるよ。破れてないから、アンタ、金、溜まるよ、たぶん。ははは… ━
 串柿は財布を手にすると、ポケットの財布と中身を入れ替え、空(から)にした自分の財布を拾った財布が落ちていた場所へ置いて立ち去った。その後、串柿は不思議なことに金運に恵まれ、億万長者になった。

                    THE END


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