夏の怪奇小説特集 水本爽涼
第二話 空蝉[うつせみ](4)
私は当然、天狗になっておりましたから、自慢げに語ったように記憶しております。詳しく申し上げますと、少し誇張したような物言いをしておったようでして、相手としては益々、好奇心を募らせていったということでございます。
語り終わった後の結果でございますが、同僚の友人である教授は、「それじゃ次の日曜にでも、君のご自宅へ失敬させて貰うよ」と返した訳でして、内心、『しまった!』と思いましたが、後の祭りでございます。不承不承、その教授を家へ招く破目になった、というようなことでございました。
さて、話はここから本筋へ入るのでございますが、その前に、少し私の家の有り様について語らせて戴きたく思う次第でございます。
私の住家と申しますのは、祖父の代からの古家でございます。とは、云いましても、祖父は財閥の総帥として一代を築いた創始者でございまして、当時と致しましては、かなりの金額が注がれ、私が申すのもなんでございますが、それ相応の重厚な構えの豪邸でございます。私の口から斯(か)く申しますと、少し口幅ったい感が否めないのではありますが、父に訊いたところによりますと、そのようであったということでございました。私にとりまして、この家は住み慣れておるということもございましょうが、これでなかなか心地よい気分に浸(ひた)れるのでございます。
さて、お話の続きでございますが、知己の教授である友人が、私の家を訪(おとな)ったと、お思い下さいませ。
「随分と風流な暮らしをしているじゃないか…」
開口一番、我が宅を訪れるやいなや、彼はそう口走ったのでございます。
「いやぁ…、それほどのこともないさ」と、お茶を濁した訳でございますけれども、内心は、満更(まんざら)でもない気分でございました。
家内に丁重なもてなしをするよう命じておきましたので、豪華とまではいきませんが、それでも一応は来客用の食事などで寛(くつろ)いで貰ったというようなことでして、友人も満足しておったようでございます。
「で、君が云っていた例のヤツなんだが、拝見させて戴けるかな、そろそろ…」
恭(うやうや)しく笑みを浮かべて、友人はそう云ったのでございます。こちらとしては、その言葉がいつ飛び出すかと冷や冷やしておりましたから、返って問題が解決したような安堵感を得たのでございます。
私は友人を書斎へと導きました。そして、大切に金庫へ保管しておりました木箱を開けますと、なんと! 中は空虚な箱があるばかりでございました。
「なんだ、何もないじゃないか」
「… …」
返答できぬ恥じらいが、私を襲ったのでございます。私ですら予期せぬ事態でございましたもので、それは当然といえば当然であったと考えられるのでございます。
「いや、君を騙した訳じゃあないんだ。確かに、この木箱の中へ…」
私は弁解に努めた訳ではありますが、友人は一笑に付して帰っていったのでございます。後味の悪さも残り、私は暫(しばら)くの間、書斎に茫然と佇んでおったように記憶を致しております。
それからというもの、あの幸運はどこへ行ってしまったのか…と思えるほど、何一つとして、いいことは訪れませんで、しかし、そうかといって悪い不祥事が起こるということもなく、まあ普通の暮らし、所謂(いわゆる)、あの奇怪(きっかい)な空蝉に遭遇する以前の生活に戻ったという、ただそれだけのことでございました。
私が貴方様に語ることも、あと僅(わず)かになって参りましたが、最後に一つ云えますこと、これは人間の欲についてでございます。それは、人間の愚かさ、或いはどうしようもない本能の虚(むな)しさとでも申せましょうか…。
人間が自らの希望や夢を追い求める過程で生み出す慢心、優越心、欲心でございます。これを食い止める手立てはなく、あるとすれば理性のみでございます。それで、私が何故、白光の空蝉を無にしてしまったのかと申しますと、欲心のひとつ、顕示欲とでも申せしましょうか…、そうとしか考えられぬのでございます。それも、恐らくは邪心が少しあったが為と思えております。
貴方様も、もしこのような奇怪(きっかい)な出来事に遭遇されましたなら、是非、こうした点に注意を注がれ、よき人生を邁進(まいしん)されますよう、心よりお祈り申し上げます。
今年の夏も、また暑い日々が続くようでございます。
第二話 了