水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

暮らしのユーモア短編集-55- 応急処置

2018年07月09日 00時00分00秒 | #小説

 大事に至るまでに、とりあえず食い止める・・この未然防止策を応急処置と人は言う。この策を実行していないと涙・・そして、また涙のお通夜的な結果が予想される。もちろん、応急処置が必要になる以前に気づいて予防策を実行するに越したことはないが、予想外の突発的事態だけは避(さ)けられないから、応急処置は精度と最大効果を必要とする。
 深夜である。祁魂(けたたま)しい唸(うな)りをあげて鳴り響くサイレンと同時に、見てくれっ! と言わんばかりのド派手な赤色回転灯を点滅させ、救急車が再入会(さいにゅうかい)病院へと滑(すべ)り込んだ。ストレッチャーに乗せられ、急患専用エントランスから慌(あわただ)しく急患が運び込まれる。
「ど、どうなんだっ!!」
「み、見てのとおりですっ!!」
 状況説明をベテラン看護師の熊胆(くまのい)に詳(くわ)しく訊(たず)ねようとした新米(しんまい)担当医の笹尾(ささお)だったが、肩透(かたす)かしを食らって土俵にドッペリと転(ころ)がった上位力士のように臍(ほぞ)を噛(か)んだ。
「とっ! ともかく、おっ! 応急処置だっ!!」
 そんなことっ、言われなくても分ってるわよっ! とでも言いたげな顔で笹尾を一瞥(いちべつ)し、熊胆は急患専用室へと患者が横たわるストレッチャーを急がせた。なんといってもインターン上がりの心もとない担当医なだけに、笹尾は看護師達に信用ゼロだったのである。看護師達にとって、唯一(ゆいいつ)の救いは、時折り往診で病院を訪れる元担当医でベテラン医師の南宮(なんぐう)だった。南宮にかかれば、治(なお)らない患者も治るのだから不思議で、再入会病院七不思議の一つと言われていた。その南宮が、深夜だというのにちょうど、顔を見せたのである。
「せ、先生!!」
 喜色満面(きしょくまんめん)の顔で、熊胆は声高(こわだか)に叫(さけ)んだ。
「どうした熊胆君?」
「き、急患なんですっ!」
「ああ、そうか。いつもの応急処置だっ!」
「はいっ!!」
 ベテランと新米の応急処置は、こうも違うのである。^^

                                 


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