水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

暮らしのユーモア短編集-50- 無い生活

2018年07月04日 00時00分00秒 | #小説

 暮らしの中で欲しいモノが手に入らないと、人はそこにある別のモノで代用する。さらに、そうした事態が続けば、違うモノでその欲しいモノに近いモノを作ったりする。これは人類に備わった特殊な能力で、無い生活に順応しよう・・とする力だ。歴史に残る発明、発見は、そうした類(たぐい)だ。逆に、有る生活が続く現代社会では、人類に備わったこの能力が鈍化(どんか)したり退化(たいか)する現象が生じる。この事象を、そんなことはないっ! と否定する学者連中も当然いるのだろうが、長い時の間隔[スパン]で捉(とら)えれば、否定しようがない事実なのである。
 薹(とう)が立ち過ぎた熟年夫婦の会話である。
「おかしいなぁ~? ここに入れておいた小物入れ、お前、知らないかっ!?」
「知らないわよっ、そんなのっ! どこかに紛(まぎ)れ込んでんじゃないのっ!!」 
 妻に逆襲された夫は、ティラノザウルスに追い立てられる小物の草食恐竜のように撤収(てっしゅう)を余儀(よぎ)なくされた。
「…そうか、仕方がない。アレを小物入れの代わりにしてみるか…」
 そう呟(つぶや)いた夫は、スゴスゴと自室の書斎へと消え去った。
 ここは、書斎である。夫は見当をつけた代わりの品を手にしてみた。ところがそれは小物入れにしては大きく、どう見ても中物入れに見えた。
「まあ、無くても支障(ししょう)はないが…」
 夫は負けず嫌いのように無理矢理、納得し、一端(いったん)は諦(あきら)めた。がしかし、やはり諦めきれず、五分ばかりするとふたたび腕組みをした。
「… これを少し小さくすれば、小物入れになる訳だ。…まあ、出来なくもない。やってみるか…」
 そうして、中物入れの小物入れ化への作業が始まったのである。
 やがて小一時間が経過したとき、どうやら小物入れ化の作業は完成を見た。
「ははは…出来たぞっ!! 無い生活は新しいモノを作る訳だなっ!」
 夫は満足した快心(かいしん)の笑みを浮かべ、出来上がった小物入れを広げてみた。ところがそのモノは底が抜け、残念ながら小物入れ化していなかった。
 無い生活は、工夫するという種々(しゅじゅ)の可能性を与えるが、必ずしも成功するとは限らないようだ。^^

                                 


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