水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

暮らしのユーモア短編集-72- やるか、やらないか…

2018年07月26日 00時00分00秒 | #小説

 やるか、やらないか…という分岐路に立たされたとする。さて、どちらを選ぶか…というとき、人には二つのタイプがある。安全と思える道を多くの人は選ぶのが通例だが、そのとき、危険な方を進むのには決断力がいる。果たして出来るのか? と自分自身に問えば、いや、やめた方が無難(ぶなん)だ。また、別の機会にやろう! …と安全策を取る方が間違いがないからだ。だが、それではコトが一歩も前進しないのも確かである。ええぃっ! なろうとままよっ! と開き直り、やると決めた人は強い。無理かも知れないと分かっている分(ぶん)、普通では考えられない力(ちから)が出るのだ。火事場(かじば)の馬鹿力(ばかぢから)・・と言われるやつだ。自分自身でも知らないうちに徹底的にやってしまうのである。その意味では、やるか、やらないか…の分かれ道に立ったときは、やった方がいいのかも知れない。やっていれば…と、のちのち後悔(こうかい)するよりは、ずっとよい。
 登山途中の二人が峠の分かれ道で迷っている。
「無理ですよ、どう考えても…。今からですと、このまま下った方が無難(ぶなん)だと思うんですがね…」
「いやっ! 大丈夫ですっ! 日暮れまでには山小屋へ着けるはずですっ!」
「…本当に大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫、大丈夫っ!  やるか、やらないか…ですよ、はっはっはっ…」
「そうですか? …でしたら、そうしましょう」
 渋々(しぶしぶ)ながら、慎重派の男は積極派の男に押し切られ、山小屋へ向う道を進むことにした。
 一時間後、二人は、かろうじて山小屋へ辿(たど)り着くことが出来た。暗闇(くらやみ)のベールがあたり一面を覆(おお)い尽(つ)くす直前だった。
「なんとかなったでしょ!」
 山小屋の前で積極派の男はそう言った。面目躍如(めんもくやくじょ)といったところだ。
「確かに…」
 消極派の男は頷(うなず)くしかなかった。そして二人は山小屋へと入った。
「お客さんっ! 悪いんですが、満員なんですよっ! 入口でも構いませんかっ?!」
 山小屋の受付係員が間髪(かんぱつ)おかず、ひと声、かけた。
「…はいっ、分かりました。それで結構ですっ!」
 本当のところ、結構もなにもあったものではない。幕営(ばくえい)装備を持たない二人だったから、外なら凍死も覚悟せねばならなかったのだ。
「半額にしときますよっ、ははは…。まあ、夜露は防げまさぁ~」
 受付係員は気楽に笑い、黒々と伸びた顎鬚(あごひげ)を自慢たらしく撫(な)でつけながら山男らしく言った。消極派の男は、俺の方がフカフカの布団だったぞ…と思った。
 ところが、この話には余談がある。この日、下界は天候が大荒れに荒れていたのである。もし、二人が下りていれば、麓(ふもと)まで辿(たど)り着けたかどうか? という命の危険があったのだ。やはり、積極派の男が正解だった・・ということになる。
 やるか、やらないか…? 男なら、やってみなっ! というところだが、女性の場合にも言えることは確かである…。^^

                                 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする