スニーカー履いて

‘猫’も歩けば・・・今日はどんな出会いが?

鎌倉秋色・建長寺へ

2009-11-29 | 鎌倉・逗子・葉山

天園ハイキングコースから建長寺へは、急な階段を下りて行きます。

 
今日は下から上がってくる人も多いので、お互いに
道を譲り合いながら建長寺の鎮守「半僧坊」に到着。


半僧坊大権現


半僧半俗姿の大権現は、明治時代に建長寺住持の霊夢に
より 静岡の方広寺(奥山半僧坊)から勧請したそうです。
火防・厄除けのご利益を求める多くの人々の信仰を集め、
嘗ては参道に茶屋が軒を並べ賑わっていたとか。



災難除けを願って、烏天狗のお守りを頂きました。


お社の傍らの富士見台からは・・あ、富士山が!

というのは、ウソぴょ~ん 貼られていた写真でした~
実際はこんな眺めです。



石段を下りていくと、
途中に2体の大天狗と たくさんの烏天狗の像。
    




さらに石段を下りていくと・・紅葉が見えてきました







半僧坊から下り切った所に
龍峰院

建長寺の塔頭のひとつで、非公開。
現在こうした塔頭が10院。 最盛期には49院もあったとか。

    




建長寺に到着しました。


巨福山 建長寺

鎌倉五山第一位の臨済宗建長寺派大本山です。
1253(建長5)年 北条時頼公が蘭渓道隆師を開山として
創建した、我が国初の禅の専門道場だそうです。

「三門」

1775(安永4)年に再建された重層門で、国指定重要文化財。
三門は三解脱門の略で、この門をくぐることによって
あらゆる執着から解放されるそうです。

鐘楼                      梵鐘
    
重さ2.7tの梵鐘は、時頼公の発願により1255(建長7)年に
鋳造されたもので、国宝に指定されています。

さすがに五山第一位の大寺院、冒し難い風格というものがあります。
いいな~!


というわけで、思いがけずハイキングをしてしまいました。
歩数もばっちり21,758歩

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鎌倉秋色・天園

2009-11-28 | 鎌倉・逗子・葉山

獅子舞の紅葉の下を さらに上っていくと


見晴らしのよい大きな岩があります。
天候に恵まれれば、富士山がよく見えるのですが・・

今日は、お弁当を広げている人達でこの賑わい!


間をちょっと失礼して・・・・1枚


天園
この辺りは武蔵・相模・上総・下総・伊豆・駿河の6国が見渡せた
ところから「六国見山(ろっこくけんざん)」と称されてきました。


大岩の近くにあるのが、天園の「峠の茶屋」。

眺望と、おでん・甘酒などを味わいながら一休みできます。

茶屋の傍に、こんなプレートが立てられていました。
へ~、この辺りが横浜と鎌倉の境目なんですね。

横浜市内最高地点
栄区上郷町
海面からの高度:159.4m
横浜市内最高地点は、鎌倉市境にある大平山(山頂は鎌倉市域)の
尾根沿い(栄区上郷町)で、この付近となります。背後の鎌倉市
方面には、鎌倉市街や、相模湾を望むことができます。
このサインは、横浜開港150周年を記念して設置しました。
協賛:横浜栄ライオンズクラブ  設置:栄区役所



説明にある「大平山」に向かう尾根道も人がいっぱい!




「大平山」に到着しました。 標高159.4m
ここの眺望も、やはりこんなものですね・・
鎌倉市街と海が見えています。


広い草地でランチタイムを過ごす人達の横を通って
少し高い岩場を上り、天園ハイキングコースは続きます。


この道は昔 修験者の修行の道だったそうで、
今も どことなくそんな雰囲気が感じられます。
    





「十王岩」
ちょうど鶴岡八幡宮の真裏に当たる高みにある
苔むした岩に、石像が祀られています。


なんでも、閻魔大王だとか聞きましたが・・・
よく分かりません。




さらに、落ち葉の絨毯の道や


木の根と岩と苔の道が続きます。
    

天園では 紅葉はほとんど見られませんでしたが、大平山にいた
人達が「建長寺の紅葉がきれいだよ」と教えてくれました。
では、建長寺の方へ下りて行ってみることにしましょう。

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鎌倉秋色・獅子舞へ

2009-11-27 | 鎌倉・逗子・葉山

あちらこちらから紅葉の便りが届く季節ですね

毎年この時分になると、今年の獅子舞の紅葉はどうだろう?

気になるのです。 さて、偵察に行ってみるとしましょうか☆


鎌倉駅を出て、まずは鶴岡八幡宮。
平日にもかかわらず 相変わらずの人、人・・

大イチョウの黄葉、ピークにはあと少しでしょうかね。


でも、所々に赤く染まった木々もあります。




法華堂のイチョウの方が少し早いかな。


白旗神社法華堂

頼朝公の持仏堂跡で、頼朝公の死後 此処に祀られ法華堂と
呼ばれていましたが、明治になって白旗神社に改められました。

頼朝公墓所




荏柄天神の大イチョウも、まだこれからのようです。
荏柄(えがら)天神社

1104年創建 ご祭神はもちろん菅原道真公。
これから受験生の合格祈願でにぎわうことでしょう。
私は先月 「まんが燈籠」を見に来て以来です。


今日は‘秋色探し’が目的なので、どんどん先へ行きます。



瑞泉寺の紅葉も気になったのですが、団体の人が大勢歩いて
いたので、今回は寄らずにそのまま二階堂川に沿って左の道へ。




ススキの原の永福寺跡を過ぎ、亀が淵の二叉路を右に。
農園の横を通過する辺りから 渓流沿いの山道に入ります。
独りはちょっと心細いけれど、私の好きな道です♪
    

地面がかなりぬかるんでいて、滑ったような靴跡があちこちに・・
トレッキングシューズを履いてきて正解だったかな☆



行き会った下りのハイカーさんに「ドロドロ道で渋滞してるよ」と
脅かされ(?)て、でも「頑張りまーす」と返しつつ上って行くと、
やがて目的地の獅子舞に到着です。

獅子舞ヶ谷(ししまいがやつ)」

所々にある岩がちょうど獅子が蹲っているように
見えるところから、こう呼ばれている紅葉の名所です。
幹回り3m余のイチョウが10数本に モミジが100本以上とか。

イチョウの黄色とモミジの赤のコントラストの美しさが特徴ですが、
紅葉の方はまだ少し早かったかな。 いえいえ充分に綺麗です!


どの木も背高ノッポなので、美しい天井画を見ているようです。
誰も皆、カメラや携帯を上に向けて・・


人の渋滞のピークは過ぎていたようで、そこそこの人でした。 ホッ!
岩陰に腰を下ろして、天然の天井画を鑑賞しながらタイム。
いや~、ゼ・イ・タ・クだな~


またあの泥道を下りるのも 芸が無い気がしてきました。
予定を変更して、もう少しハイキングを楽しむことにしましょう。

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今夜はごちそう?

2009-11-26 | 散策


夕方
 
街なかを流れる川べりを歩いていると、
電線にいくつも並んだ黒い影。


鵜のようですね。 カワウかな?
それとも、近くの海から出張してきたウミウ?



おや、アオサギも来ていますよ。
ジッと動かずに 川面を見つめている様子・・





お目当ては? 
あ、いるいる! ちょっと見えにくいけど・・・


魚影はボラの群れ? 大群ですね~


今夜は豪華なごちそうかもしれません☆

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追浜散策②

2009-11-24 | 横須賀・三浦


観音寺のある高台から街の中に下ってきました。

楽浦山 長立院 能永寺

市内では珍しい時宗のお寺です。 
1276(建治2)年に一遍上人が開基したと伝えられています。
ご本尊は阿弥陀如来。三浦地蔵尊第26番札所となっています。


1843(天保14)年築のご本堂前には 枝垂れ梅の古木と上人像。

中国の画工 陸信忠の作と伝わる「地蔵十王図」と
裏山の貝塚で出土した骨角器が市指定重要文化財とか。



少し先にあるだらだら坂を上って行きます。

医王山 正観(しょうかん)
    
「榎戸薬師」として知られる浄土宗のお寺です。
よく手入れされた境内にいろいろな植物が植えられている花の寺。

満開のノボタン(?)            おや、葵の御紋が
    

境内にある薬師堂には、智証大師(円珍)の作と伝わる薬師如来像と
江戸時代に逗子の神武寺から寄進された十二神将像が祀られています。

境内からは眼下に深浦湾が見渡せます。後北条氏の頃には、
出入りする船の見張り所がこの地にあったと伝えられています。




正観寺を出て、近くの浦郷公園の中を抜け
深浦湾に沿った遊歩道を歩いてみました。



嘗ては、先ほど訪ねた能永寺の門前辺りまで海が入り込み
「榎戸湊(えのきどみなと)」と呼ばれる海上交通の要衝だったとか。

鎌倉時代には 浦賀などと並び鎌倉の外港に数えられ、また
江戸時代になると 周辺や相模湾で捕れた魚介類を江戸の
魚河岸へ出荷する漁港として繁栄したそうですが
現在は、埋め立てられて昔日の面影はありません。





係留されているたくさんの船を眺めながら暫くのんびり歩いたあと
夏島方面へ続く車の往来の激しい道路へ出ると、追浜隧道手前の
左側に「西南役殉国者 官修墳墓 四十八基」とある石の道標。


階段を上がって行くと 山道のような道になり
右手のちょっと開けた場所に、ひっそりと
官修墓地



1877(明治13)年の西南の役で、有栖川宮熾仁親王を
総督とする政府軍に徴兵されて参戦した兵士のお墓です。

戦が終わって東京へ戻る船中でコレラが発生し、多くの
病死者が出ました。そのうち遺族不明の48名は火葬の後
黒崎海岸に埋葬されましたが、1913(大正2)年に其処が
海軍用地になったために 現在地に移されたそうです。
毎年5月 地元有志によって墓前祭が行われているとか。



更にその先の階段を上って行くと、急に視界が開けました☆

八景島シーパラダイスの三角屋根や左の方に横浜ランドマーク。
気持ちの良い尾根道からの眺望を楽しみながら やがて下界へ。


前半は寺社巡りでしたが 後半は海あり山あり、

18,065歩の追浜散歩でした

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横須賀・追浜散策①

2009-11-23 | 横須賀・三浦


今回は、駅で貰った地図を見ながら歩いてみようと思います。
     

「追浜(おっぱま)」という駅名は、昔 村外れにあった「おいはま」と
いう浜の名前に由来するそうですが、その浜に1926(大正5)年に
海軍航空隊が置かれ、駅名に採用されて「おっぱま」となったとか。



駅前のR16を左(横浜方面)に300m ほど行くと

(いかずち)神社

創建は、931(承平元)年と伝わっています。
ご祭神は、火雷命(ほのいかずちのみこと)。
古くは「雷電社」「雷電大明神」と呼ばれ
雨乞いの神事が起源と考えられています。

ご神木の公孫樹は、樹齢400年以上とか。


1581(天正9)年 当時の領主朝倉能登守が再興した際の勧進の縁起によると;
「鷹取山の峰から突然もの凄い稲妻と雷鳴が轟き、12人の乙女達が
お籠りを続ける築島に落雷した。雷は傍らの柏槇の木に落ち、木は
黒焦げになったが乙女達はかすり傷1つなかった。」と。


1948(昭和23)年に茅葺だった社殿が火災で焼失、現社殿は
1960(昭和35)年に横浜国立大学大岡博士の設計で再建されました。



さらに少し先の路傍にある祠は

傍示(ほうじ)

五輪塔・地蔵尊・庚申塔が祀られています。

江戸時代まではこの辺りが武蔵国と相模国の国境で 険しい
山道が続いていたので、道中安全と村に悪疫・災厄が入って
来ないようにと願って造立されたものでしょうか。

江戸から浦賀へ通じる「浦賀道」の、相模国の起点が
この辺りとされています。



R16 と並行する裏道を駅方向へ戻り、駅前商店街を横断して
ほどなく右の小路へ入っていくと

正一位豊海稲荷大明神


ご祭神は倉稲魂神で、五穀豊穣・商売繁盛の神さま。
昔 この付近は海のそばだったので、豊漁を祈願して祀られたかと。

鳥居の傍に、「天保六年」と刻まれた手水鉢。
雷神社の別当寺だった「慶蔵院」の銘があります。




稲荷神社から 更に奥へ入って行くと、崖面の
高さ3mほどの所に掘られたやぐらの中に

磨崖五輪塔

金網で囲われていて見えにくいですが、五輪塔が3基。
調査によると、南北朝~室町時代に造られたものだそうです。



元の道に戻り、15分くらい歩いたでしょうか。
「水子地蔵尊入口」の立札を左に入って急坂を上りきった所に

坂中山 観音寺
    
緑に覆われてひっそりとお堂がありました。
水子地蔵尊をお祀りする浄土宗のお寺です。

ここには領主朝倉氏の居城があったといわれ、ここからの風景は
江戸時代に「浦郷八景」として歌に詠まれるほどの美しさだった
そうです。今は鬱蒼と木々に覆われて眺望はききませんが、
枝葉を揺する風のお蔭で チラリと海が見下ろせました。
    

(続)

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花散歩25

2009-11-21 | 花散歩

と思えば 翌日には

猫の目のような日替わり天気に、体もビックリ気味のようです。
皆様は如何でしょうか? 体調に充分お気をつけくださいね。


さて
秋が終わらないうちに、残りの画像も整理しておかなくては!


サキシマフヨウ(先島芙蓉)
アオイ科フヨウ属
我が国固有種で、九州・沖縄諸島などに分布しています。
高さが2~4mくらい。9~12月頃に薄桃色の花が咲きます。
早朝に開花し、夕方に凋んでしまう1日花。
    




マーガレットコスモス
キク科
南アフリカ原産
別名:ガモレピス
7~11月頃 マーガレットに似た黄色い花を咲かせます。
暑さ寒さに強く、花も長く咲き続けます。
    


ノコンギク(野紺菊)
キク科シオン属
野菊の1種。 野に咲く紺色の(?)菊というので、この名。
    
足元に 日の落ちかかる 野菊かな  一茶
その人を 恋ひつつゆけば 野菊濃し 子規


ミゾソバ(溝蕎麦)
タデ科タデ属
花期は7~11月頃。 茎には棘があります。

別名:ウシノヒタイ(牛の額)は、画像では分かりにくいのですが
葉が牛の顔のような形(と言うか、アサガオの葉のような形)だから。
    
溝蕎麦の 溝の深さに 咲きくぼみ  立子


ネリネ
ユリ科ネリネ属
南アフリカ原産
別名:ダイアモンドリリー
草丈50cmほどで、10~11月頃花茎の先に放射状に
複数の花をつけます。花色はピンク~濃赤色



ビワ(枇杷)
バラ科ビワ属
中国原産
我が国では、既に奈良時代からあったようです。
花期は10~11月。花はかすかに香りがあります。
6月頃に生る橙色の実の形が琵琶に似ているので、この名。
    


サフラン
アヤメ科クロッカス属
原産は地中海沿岸
クレタ島では紀元前から栽培、香料や染料に使われていたとか。
春咲きは観賞用の「クロッカス」、秋咲きはハーブとして乾燥させた
雌蕊を湯でもどし、料理の色付け・香り付けに用います。
別名:バンコウカ(番紅花)
    
つつましき朝の食事に香をおくる 小雨に濡れしサフランの花  白秋


 センダン(栴檀)
センダン科センダン属
春に淡紫色の小さなが咲き、10~12月頃に実が黄色く熟します。



 トウガラシ(唐辛子)
ナス科トウガラシ属
熱帯アメリカ原産
英名: Red pepper
コロンブスによってヨーロッパに伝えられたそうです。
今や、世界でも日本でも多くの品種が栽培されています。
オイルに漬けて辛味油に、また クリスマスリースにも使われます。
   


 クコ(枸杞)
ナス科クコ属
以前 淡紫色のをご紹介しましたが、今回は花と実の両方が
見られました。乾燥させた実(枸杞子)は甘みがありますね。
試しに生の実を口に入れてみましたが、ちょっと・・

枸杞子(くこし)は強壮薬として全身の疲労、頭痛、眼精疲労に有効。
また、肝臓の働きを高める効果もあるともいわれています。


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気分は、シテ?

2009-11-20 | 東京・川崎

きのうは終日雨が降りました。弱い雨でしたが、寒かったですね!
そんななか「能を体験しよう」という珍しい集まりに参加してきました。


場所は、東京・青山にある「銕仙会能楽研修所」という所。

銕仙会(てっせんかい)という観世流の団体で、公演などのほか
能の普及活動として こうした公開講座などを催しているのです。


現代的なビルの中に、三間四方の屋根付きの能舞台が
あって そこだけ違った空気が流れている感じがします。


初めに、能楽師の柴田 稔氏から能に関するいろいろな
お話を、また面打ち師の石塚しげみ氏からも いろいろな
能面を見せて頂きながらのお話を聞きました。


そのあと楽屋を見学したり、実際に面をつけて頂いたり
白足袋で舞台の上を歩いてみたり・・いろいろな初体験!
(撮影はできなかったのがとてもザンネン・・)

檜材の面は思ったより軽く、打ち紐をぎゅっと結んでつけますが
顔に密着するわけではないので息苦しさは全くありません。

 くり抜いた目の部分の小さな穴からの視界は限られていますが
橋掛かり(歌舞伎の花道のような所)に立ち 幕が揚がった瞬間
客席を見ると、一種の高揚感があってとてもいい気分になりました。
気分は、シテ!



「小面(こおもて)」という初々しい少女の面から、「若女」→「増女」
→「深井」→「姥」と 女性の顔が年齢とともに少しずつ変化して
いく様子が、並べられた面を手にとって観察すると大変よくわかり
とても興味深いものがありました。(私の顔は今、どの面あたり?)


もちろん実演もありましたよ。
「海士 玉之段」という母と子の思慕の情をテーマとした能でした。


謡のお稽古もしたんですよ。

女性が多かったので 女性コーラスのようでもありましたけど(笑)
丹田から声を出すことなど日常あまり無いので なかなか爽快☆

「般若」の面をつけて「似合うヮ~!」と言い合ったり
和気藹々のうちにあっという間のとても楽しい2時間でした。

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二人(?)の皇帝

2009-11-18 | 花散歩

散歩の途中で「皇帝ダリア」が咲いているのを見かけました。
今年も もうそんな季節になったのですね~



皇帝ダリア
キク科
別名:帝王ダリア ・木立ダリア
原産地:メキシコ
メキシコからコロンビアにかけて分布していた植物だそうで
昔 アステカ族の人々は、真ん中が空洞になっている
この花の茎を配水のためのパイプに使っていたとか。
たしかに、木化したガッシリと丈夫そうな茎です。

    
花期は今頃から霜がおりる前頃までで、あとは枯れてしまいますが
挿し芽で殖やすことができるようです。草丈3~6mほど。


時期を同じくして、ジャンボなヒマワリも咲いています。

皇帝ヒマワリ
キク科
別名: ガリバーヒマワリ ・ニトベヒマワリ
この花も やはり中南米原産だそうです。
花期も皇帝ダリアと同じ頃で、日が短くなると花をつける
という性質があると聞いています。草丈3~5mほど。
明治時代にあの新渡戸稲造氏が我が国に持ち込んだ
といわれ、別名のひとつは彼に因んで付けられました。
    
水と日光が好きで、日本では1年草ですが熱帯地方では越冬するとか。


どちらの花もすばらしく強い生命力で、さすが「皇帝」の名に恥じませんね。

ただ、この巨大な姿は我が家の猫の額のような庭にはとても向かない・・
もっぱら他所さまのお庭のお花で楽しませて貰うことにしましょう。

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お気に入りの散歩道

2009-11-16 | 散策

最近 気に入ってよく歩くのがこの里山道です。


いろいろな草木が見られて 季節の移り変わりが
身近に感じられ、何よりも車の走行がほとんど無くて
いつも静かで温かみのあるところが気に入ってます。



この時期は、もう稲の刈入れも終わって


一面のキャベツ畑が広がっています。




その先には・・あ、ミカン畑も!


道端や土手で野の花を見つけるのも楽しみ♪
    





センニンソウの髭に初めて出会ったのも此処でした。



緩やかな傾斜を上がって行くと、公園があります。

池を巡ってウォーキングする人達によく出会います。

仲良し兄弟の可愛い会話
「ちょっと手繋いでくれる?」「いいよ」


仲良しカメの日向ぼっこ


ここにも、
コサギとマガモの仲良し(?) 
    

のんびりほっこり 9,087歩

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晴れたね♪

2009-11-15 | 散策

太陽が戻ってきました~♪


こんな上天気に、猫が家の中にいる筈がない? ご明察
今日は海を見たい気分です。さぁ、出かけましょう!




定番の、海が見える坂道コース


こんにちは~ お揃いでお散歩ですか?




所々で色づいた木も見られるようになりました




海の色は もうすっかり冬色です


港が見えま~す 




海岸通りに出てきました


今日は風が強いので、帽子が飛ばされそう・・


ざっぶ~~ん





帽子を押さえながら、15,419歩でした

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花散歩24

2009-11-14 | 花散歩

明け方の激しい雨音で目が覚めました。ひどい吹き降り・・
今日も家の中で、画像の整理でもして過ごすことにしましょう。


キダチアロエ
ユリ科アロエ属
南アフリカ原産
寒くなると、大きな株から花茎を伸ばして咲きます。 通称「医者いらず」。
棘のある剣状の肉厚の葉の皮を剥いて、民間薬として利用されます。
私も台所で火傷をしたとき、ちょくちょくお世話になっています(笑)
花言葉も「健康・万能」
    


コキア
アカザ科ホウキギ属
別名:ホウキギ(箒木) ・ホウキソウ(箒草)はその姿から。
目立たない小さな花が咲いたあと、株全体が紅色に染まります。
‘畑のキャビア’の「とんぶり」は、この種子を加工したものだとか。
    


 ドウダンツツジ(灯台躑躅)
ツツジ科ドウダンツツジ属
春に丸く小さな白い花を咲かせます。
秋の紅葉も美しいですね!


    


 ナンテン(南天)
メギ科ナンテン属
古くから「難を転ずる」縁起物とされています。また、
不浄を清めるとも言われているそうです。
お赤飯によく、一枝添えられていますよね。



 サルスベリ
ミソハギ科サルスベリ属
 夏空に元気に咲く白い花をご紹介しましたね。
小ぶりの花の「シマサルスベリ」も教えて頂きました。
    


 センリョウ(千両)
センリョウ科センリョウ属
日本・台湾・インドなどに分布しています。
愛らしい赤い実とおめでたい名前で、お正月には欠かせません。
花言葉は「可憐・富貴」
    


 バラ(薔薇)
バラ科バラ属
花のあとの赤い実も、なかなか華やかです。



 ハゼノキ
ウルシ科ウルシ属
内果皮から採れる蝋が、和蝋燭の原料になるそうです。
そろそろ紅葉してきました。
    


 シロダモ
クスノキ科シロダモ属
クスノキ科の木は、葉の付け根からは葉先へ向けて3本の
太い葉脈が目立っているのが特徴だそうです。 雌雄異株。
    


 カラスウリ(烏瓜)
ウリ科カラスウリ属
もじゃもじゃ髭の白い花のあとの緑色の実が、こんなに赤くなっていました。
    


 ムラサキシキブ(紫式部)
クマツヅラ科ムラサキシキブ属
も実も何度か登場し、私にはとても身近な植物になりました。
この木は元気がよく、実が大きめで色もひときわ鮮やかでした。



 クサギ(臭木)
クマツヅラ科クサギ属
夏に良い香りの白い花が咲きました。あとの実も一見花のようです。 
    


 ハナショウブ(花菖蒲)
アヤメ科アヤメ属
あの艶やかで繊細からは、ちょっと想像できない実ですね。
    


 マユミ(檀)
ニシキギ科ニシキギ属
春に黄緑色の小さな花が咲いていました。
実は完熟すると全開し、遠くからでも真っ赤に見えます。
    


 モチノキ?

モチノキ科の木だと思うのですが、正確な名前が分かりません。


赤い実が、やはりいちばん多いですね。
区別しにくくて苦労してますゥ・・




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花散歩23

2009-11-11 | 花散歩

九日ぶりに本格的な雨が降り、寒さを感じる1日でした。
カレンダーが薄っぺらになってちょっと淋しい今日この頃です。

久しぶりにお花や実の画像をお届けしますね。
 

ツワブキ(石蕗)
キク科ツワブキ属
葉に艶々とした光沢があるので、「ツヤブキ」が転じて
この名。
晩秋から初冬を鮮やかな黄色で彩る花ですね。
若い茎は食べられます。
        


ウィンターコスモス
キク科センダングサ属
白色と淡い黄色のグラデーションが清楚な「イエローキューピッド」。
寂しくなってきた我が家の庭で、がんばって咲いてくれています。
黄花もあるようですね。
    


カエンキセワタ(火焔着せ綿)
シソ科カエンキセワタ属
南アフリカ原産
英名:Lion's ear
2m位の背高ノッポ。青空に映える鮮やかなオレンジ色の花が、
花茎を取り巻くように段々になって咲いています。 花期は10~11月
英名は、花がふさふさしていてライオンの耳に似ているからとか(?)
    

    


フジバカマ(藤袴)
キク科ヒヨドリバナ属
ご存知「秋の七草」のひとつ。 白花もあります。
奈良時代に中国から薬草として伝わったのだそうです。
花言葉は「あの日を思い出す」
    


ヤクシソウ(薬師草)
キク科オニタビラコ属
以前は山道によく咲いていましたが、久しぶりにお目にかかりました。
太陽が好きな花で、日が当たると咲きます。
花期は9~11月
    


ヤツデ(八つ手)
ウコギ科ヤツデ属
掌状の大きな葉から、この名。 まだ蕾ですね。
    
咲くと




シャリンバイ(車輪梅)
バラ科シャリンバイ属
春に、甘い香りの白い花やピンクの花を咲かせます。
    


ハナミズキ(花水木)
ミズキ科ヤマボウシ属
春のも素敵ですが、この季節 真っ赤に熟した実も可愛いですね。
    


トベラ(海桐)
トベラ科トベラ属
果実が黄色く熟したあと3つに裂け、赤い種が出ます。
春に白い花が咲きます。
    


ニシキギ(錦木)
ニシキギ科ニシキギ属
赤く色づいた葉も綺麗ですが、葉陰からのぞく赤い実も愛らしい。
この木は枝の形が変わっていて特徴がありますよね。
    


レモン(檸檬)
ミカン科ミカン属
ヒマラヤ原産
料理に飲料に香料に馴染み深いフルーツですね。
ご近所の塀からのぞいているのを撮りました。
    


アメ玉みたいなこれは何の実でしょう?
散歩の途中、よそのお宅のフェンスに絡まっていました。
ご存知の方、教えてくださ~い!
    

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旧東海道・川崎宿④

2009-11-10 | 旧東海道

昔 JR川崎駅の辺りは沼で、その水を六郷川へ流す
「古川堀」がありましたが、川の増水時に川水の逆流を
防ぐため直接海へ排水できる「新川堀」が造られました。

東海道がその新川堀を横断する際に渡ったのが「小土呂橋」。
現「新川通り」の横断歩道を渡った所にその名残があります。

旧小土呂(こどろ)橋親柱

1931~1933年に川は埋め立てられたため、
此処に保存されているものです。


旧東海道の道筋に戻って歩いて行くと、右へ入った所に

教安寺
(山号がわかりませんでした)

浄土宗のお寺です。ご本尊は阿弥陀如来。


門脇の燈籠は、富士山に弥勒浄土を求める庶民信仰「富士講」の
人達によって1840(天文22)年に建立されたものだそうです。


境内にある「六字名号碑」

「南無阿弥陀仏」の六文字を唱えた回数により
名号(褒賞)が授けられたそうです。


「教安寺」を過ぎた辺りから徐々に繁華街から離れ、
落ち着いた生活道路といった雰囲気になってきました。



道が京急線の線路と交わる所に京急「八丁畷(なわて)」駅があります。

川崎宿から隣の市場村(現・横浜市鶴見区)までは田畑の中を
あぜ道()が八丁(約870m)に亘り真直ぐに続いていたそうです。

踏切の近くに「芭蕉の句碑

「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」  芭蕉

1694(元禄7)年5月 芭蕉翁が深川の芭蕉庵を出て郷里の
伊賀へ帰るとき、江戸から送って来た門人達とこの辺りの
掛茶屋で団子を食べながら休息しました。別れを惜しんで
弟子達が詠んだ句に返した留別の一句だそうです。

頼みとした養子に死別し傷心の翁は、その年の秋に
大阪で死去。これが関東での最後の別れとなりました。

碑は、1830(文政13)年に俳人一種(いっしゅ)が俳聖の足跡を偲び
天保三大俳人の一人 桜井梅室の筆により建立したものだそうです。



無縁塚

この付近では、工事などで地面を掘り返すと江戸時代のものと
みられる人骨が発見されたりするそうです。記録によると川崎宿は
震災・大火・洪水・飢饉・疫病など災害に幾度も見舞われ、多数の
死者が出たとのこと。この辺りの人骨は、そうした災害で亡くなった
身元不明者をまとめて埋葬したのではないかと考えられています。

供養塔はそうした人達の供養のため、1934(昭和9)年に
地元の人々が市と図って建立したものだということです。



道は真直ぐにまだまだ続いています。
あれ? 街路樹の枝に金色に光っているのは・・
    
カリンの実でした。 夕陽に輝いてとても綺麗!
江戸時代にはきっと松や欅の並木が続いていたのでしょうが、
現代のカリンの並木道もなかなかオシャレで素敵じゃありませんか


「六郷土手」駅から「八丁畷」駅まで3駅分を、寄り道しながら
17,821歩の街道散歩でした

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旧東海道・川崎宿③

2009-11-09 | 旧東海道

再び第一京浜の広い通りへ出ると、緑陰に大鳥居が見えます。

稲毛神社
    
昔「河崎荘」という、この辺りを開発した在地武士の館があり
その鎮守として勧請されたものかとみられています。江戸時代には
「山王社」と呼ばれ、幕府から20石の朱印を安堵されたそうです。
明治維新後に「稲毛神社」と改称され、郷社となりました。

すっくと顔を上げて威厳のある狛犬さん
    

立派な「手洗石」

川崎宿本陣職にあった土地の名士 田中休愚という方が
1729(享保14)年に勘定支配格に就任した際奉納したものとか。

ご神木の「大公孫樹」

樹齢約1,000年といわれ、江戸時代には東海道を旅する人々に
「山王様の大イチョウ」と親しまれ安藤広重の「武相名所旅絵日記」にも
描かれているとか。戦火で損傷しましたが見事に甦ったのだそうです。


広い境内には、天満社・白山神社など16もの社が祀られ
また、いろいろな石碑もありました。

子規の句碑                芭蕉の句碑
    
「六郷の 橋まで来たり 春の風」    子規
「秋十とせ 却って江戸を さす古郷」  芭蕉


隣接する「稲毛公園」の片隅に
旧六郷橋親柱

1925(大正14)年に架けられた本格的な鉄骨コンクリート製の
旧六郷橋の親柱です。1984(昭和59)年にその役目を終えましたが
近代化遺産として、2002(平成14)年此処に再現整備されたものです。

(続)

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