スニーカー履いて

‘猫’も歩けば・・・今日はどんな出会いが?

横須賀・大楠(おおぐす)山

2009-02-28 | ハイキング・山歩き

「大楠山」は標高241.3m、三浦半島の最高峰です。

今回は JR衣笠駅→衣笠山公園→衣笠城址→大楠山→阿部倉→
塚山公園→京急・逸見駅 をのんびりと春を探して歩きました。

「衣笠山公園」
1907(明治40)年、日露戦争戦死者の慰霊塔を建立し周囲を
公園化したのに始まり、現在は2000本の桜で「日本桜名所100選」に
選定され、市内随一のお花見スポットとして親しまれています。

中世の頃は、三浦一族の拠点衣笠城とその支城との
情報交換のための狼煙台が設けられていたそうです。
(画像の桜は、一族の‘ドン’三浦大介(おおすけ)義明ゆかりの「大介桜」)



「衣笠城址」

つはものどもが夢のあと・・
1063(康平6)年 三浦一族の始祖 三浦平太夫為通が築いた
山城が「衣笠城」で、源頼朝の源氏再興を助けた三浦一族の
拠点でした。金峰山蔵王権現や不動明王の碑が残っています。

「物見岩」



春を探しながら の~んびり行きましょう♪

今年の初スミレ!


タンポポも沢山                あ、見ーっけ!
     
オオイヌノフグリ
    
ホトケノザ                 早咲きの桜
    

「大楠山」山頂に着きました~

団体さんでしょうか、結構人がいますね。

曇っていますが、一応展望塔に上ってみましょう。快晴なら
富士山や丹沢山塊、相模湾に東京湾、房総半島など
一望でき、360度の眺望を楽しめるのですが・・・


横須賀市街(浮かんでいるのは猿島)


片瀬・江ノ島方面


大楠平にある国土交通省レーダー雨量観測所
(広がる緑は3万本の菜の花畑。一面黄色に染まるのは3月半ば)

まぁ こんなものでしょう・・

昼食後、大楠山を下りR27の大楠山登山口交差点を経て
更にもう1つの桜の名所 塚山公園まで足を伸ばします。


「塚山公園」
標高133mの県立公園で「かながわ景勝50選」に挙げられています。

徳川家康の信任を得てここ逸見村に
250石の領地を与えられた
英国人 三浦按針(あんじん)とその奥方の供養塔があります。

市内屈指の桜の名所でもあり、毎年桜の季節に「さくら祭」や
三浦按針を偲ぶ「按針祭」が行われます。

国指定史跡 「 三浦按針夫妻供養塔」
 
墓所は長崎平戸にあるそうです。
奥方は江戸日本橋大伝馬町名主馬込勘解由の子女だとか。


今日も1日よく歩きました。
18,639歩

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椿いろいろⅡ

2009-02-27 | 花散歩

「花の国公園」にはいろいろな種類の椿が咲いています。
今回も、そのうちのいくつかをご紹介しますね。
(花の説明は、説明板にあったものです)

「さかさ富士」
面白い名前が目に留まりました。

白い花びらがユリのように長いのが特徴です。

「玉霞」

全開でもこのように玉形に咲きます。花期は11月~3月。

「ジャイガンティア」

華やかな紅色の大輪に白斑入りの半八重咲き。

「沖の浪」

命名の由来を知りたくなりますね。上向きに咲く性質だそうです。

「式部」

中心部にちいさな花びらが密集する唐子咲き。

「義司(よしつかさ)」

濃い紅色に大きな白斑入りの目立つ花です。

「白玉」

名前のように清楚で凛とした美しさがあります。

「八重侘助」

サザンカの園芸種で、花びらが散るところから別名「散姫」。

「草子洗(そしあらい)」

大輪の八重咲きであでやかです。

「風折(かざおれ)」

盃形に咲くのが特徴で、樹は大きくなりにくいそうです。

「福鼓(ふくつづみ)」
    
白色地に紫紅色の縦絞り模様。枝により紅色花、白色の縁取りの花が
咲くこともあるとか。中輪の一重咲きでオシベは梅の花に似ています。

長い間「?」でしたが、「黒猫屋」さんがご親切に教えてくださいました。
「福鼓(ふくつづみ)」という種類だと分かり、スッキリしました~
嬉しいです! ありがとうございます!!
(2010.4.5)


最後に、変わった椿をご紹介しましょう。
「五色八重散椿」



1本の樹に紅・白・絞りの花が咲き分けになっている、
1本で3度おいしい椿! 
(本当は、1枝で咲き分けているのを撮りたかったけれど・・)
花首が落ちるのではなく、花びらが散るのでこの名があります。


今回は斑入りの花が多いですね。
見るほどに段々と違いが分からなくなってきました(笑)
よく見ると葉や蕾の形、花の大きさ・付き方など
微妙に違いがあるようですが、・・

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横須賀・花の国の花たち

2009-02-26 | 花散歩

「花の国」では、この時期どんな花が見られるかな?
雨が降りだす前に出かけてみましょう。

入口の円形花壇は、色とりどりで華やかです。

ラナンキュラス
キンポウゲ科ラナンキュラス属
花言葉は「晴れやかな魅力」

ぴったりの花言葉ですね。原産は中近東とか。

え、もう咲いてるの? 少しだけですが・・
アイスランド・ポピー
ケシ科ケシ属
花言葉は「慰め」
    
可憐な花ですね。春の連休ごろにはここ一面満開になります。


フラワートレインが走るスロープに沿って上って行くと、行き交うのは
ご常連のウォーカーさんたち。「おはようございまーす」が飛び交います。
      

カンヒザクラ(寒緋桜)
バラ科
花言葉は「善行」←心がけまセウ!

華麗な濃いピンクの花色も、今日はちょっと寒そう・・

プルモナリア
ムラサキ科プルモナリア属
花言葉は「孤独な魂」

原産はヨーロッパ。忘れな草の仲間だそうです。

ノースポール
キク科
花言葉は「誠実」←らしい、らしい!

原産は北アフリカだそうですが、寒さには強いのでしょうか。
いちばん元気に咲いています。

ヒイラギナンテン
メギ科ヒイラギナンテン属
花言葉は「希望」
    
名前の由来は、葉がヒイラギに、実がナンテンに似ているから。
ヒマラヤ原産ですが、日本では江戸時代からあったとも(?)


あらら、やっぱり降ってきちゃいましたね~
午前中は大丈夫だと思っていたけれど・・・

今日の散歩は早々とここまで
11,348歩

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横須賀・観音崎へⅢ

2009-02-25 | 横須賀・三浦

トンネルを抜けると海沿いに、眺めの良い
木製の遊歩道が岬を囲むように続いています。

左側は断層のある山肌、右側は崖下に海、
いろいろな船が往来するのが良く見えます。






灯台へは、石段をジグザグと上がって行きます。


「観音崎灯台」

日本最初の洋式灯台として1868(明治元)年に起工、
翌年1月1日に点灯されました。起工日の11月1日が
灯台記念日となっています。現在のは三代目。 見学料¥200



まずは展示室を見学。
建設を指導したヴェルニー技師         初代灯台の模型です
    

灯台内の狭い螺旋階段を上がって、
階段の上にある照明部分を覗いてみました。
内側から                   外側から
    

眼下に広がる浦賀水道。 横浜が見えますね。

青々と広がる海とたくさんの船の往来は
いつまで見ていても見飽きません。


帰り道、ちょうど来たバスに浦賀駅まで乗り、
浦賀駅からまた久里浜までてくてく歩いて
計31,366歩

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横須賀・観音崎へⅡ

2009-02-23 | 横須賀・三浦

浦賀の街に入ってきました。

建ち並ぶ白亜のリゾートマンションと、道を挟んで歴史を
感じさせる昔ながらの浦賀の家並みとの対照をおもしろく
感じながら行くと、やがて右手に浦賀港が見えてきます。

(この辺りは以前ご紹介したことがあるので割愛しますね)

渡し場から舟で港の対岸に渡ることにしましょう。
呼び鈴を押すと、すぐに来てくれます。片道¥150
    
乗客は私1人なのに申し訳ないですね・・

少し先に「東叶神社」(ここもご紹介しましたね)

狛犬さんも、の~んびり日向ぼっこ?


大きな県営団地を過ぎて、再び海沿いの道を歩きます。

海を眺めながら、強い潮の香に包まれ気持ちよく
歩いて行くと、鴨居港ではワカメ漁が最盛期のようです。

ハマダイコンが咲いていました




観音崎大橋では潮のしぶきを浴びて・・・
舗道際のポールは 可愛い灯台の形


そして、あのゴジラが最初に現われた?という
伝説の「たたら浜」

足跡がちゃんと2つあります。 
ビルを蹴散らすには ちょっと可愛すぎる?(笑)
    

この辺りから県立観音崎公園に入ります。
「自然博物館」では、東京湾に生息する動植物を
生きている状態で展示しています。入館料¥400

博物館隣のレストランでちょっと休憩  
海を見ながらエネルギーチャージを・・




元気が出たら
すぐ先の小さな素彫りのトンネルを抜けて
    
灯台の方へ行ってみましょう!

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横須賀・観音崎へⅠ

2009-02-21 | 横須賀・三浦

今日は、久里浜から観音崎を目指してみます。
少し遠いけれど、歩き通せるかな?


久里浜駅から平作川沿いに海へ向かって行くと、
夫婦橋の袂に古い笠塔婆型の石塔があります。

内川新田開発記念碑(市指定史跡)

江戸・寛文年間に砂村新左衛門という人が
大変な苦労の末に海岸の砂地を農地に
開発したことを記念した碑です。


少し歩いて開国橋を渡り、その先の隧道を抜けたら
右手の道を海岸に向かって進んで行きます。

燈明堂跡(市指定史跡)

燈明堂は今日の灯台にあたる施設で、1648(慶安元)年~
1872(明治
5)年の約220年間 海の安全を見守り続けました。

一階は番小屋、二階の照明部分で銅製の大きな燈明皿の
菜種油を燃やし、その灯は
4海里四方で目印となったそうです。
残った石垣を利用し、1989(平成元)年に外観が復元されました。

荒海を前に必死に燈明を守る人の姿が想像されます。


それにひきかえ、これは・・・
燈明堂近くにある自動販売機の無残な姿
    

何たる所業か・・・と暗然としながら
元の道へ戻り、
気を取り直して再び観音崎を目指します。

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三浦の「桜まつり」

2009-02-19 | 花散歩

三浦の春を告げるイベント「桜まつり」が開催中です。
    
1999(平成11)年から植栽を始めたという河津桜が
大きく育ち、最初の頃は若木で少し寂しかったけれど
8回目の開催となる今年は結構見応えがあります。


電車で見に訪れる人も大勢いて、平日にもかかわらず
行き交う人の肩が触れ合うほど賑わっていました。
    

沿道では、今年も地元食品などが売られています。
もちろん三浦大根も


桜も菜の花も今が満開! 春だなぁ~
    

桜並木に沿って行った先にある
小松が池では
観光客をよそ目に、カモたちがの~んびり


ゾロゾロ歩きはここらが限界・・もっと広い所を歩きたーい!
大根畑は今日も静かで広々~

ソラマメに蕾がたくさんついていました


26,936歩
ちょっと頑張り過ぎました~はぁ・・

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花散歩

2009-02-17 | 花散歩

散歩の途中、花との出会いが多くなりました。
あちらこちらと、うれしくも忙しい?()季節到来。

きょう出会った花たちは:

ミモザ(Mimosa)

マメ科アカシア属  
花言葉は「感じやすい心」←私のことかな?

     


遠くからでもすぐ目に入る鮮やかな黄色と
ふわふわしたポンポン状の花が可愛い!
フサアカシアともいうらしいです。

花を見て、ミモザサラダを思い浮かべ・・
「ガラスの靴でェ~」とゴスペラーズを口ずさみ♪・・って
やっぱりフツーのおばさんだ~


エリカ(Erica)
ツツジ科エリカ属
花言葉は「孤独」←私?違うな


   
エリカの種類は多いそうですが、日本でよく見かける
ジャノメエリカは中央の黒い部分(花粉袋)が‘蛇の目’の
ように見えるからだとか。アップにするとちょっとコワイ?

エミリー・ブロンテの「嵐が丘」に出てくるヒースが
このエリカだと知ったのは、わりと最近のことです。


クロッカス(Crocus)
アヤメ科サフラン属
花言葉は「青春の喜び」←ウン、ウン!

ご存知ヨーロッパでは春を告げる花。羊飼いの娘に恋した
ギリシャ神話の美青年クロッカスが変身した花ですよね。

きょうは少なめ3,231歩

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大倉山梅林

2009-02-15 | 横浜

大倉記念館の裏手に1931(昭和6)年開園の梅林があります。


小さな池やあずまやを配置し、起伏のある遊歩道に沿って
八重野梅・寒紅梅など約150本の梅の木があります


白野梅               寒紅梅
   
私の好きな緑萼梅も咲き始めました

紅野梅                    花香実
    



梅の香りっていいですね! 
は~るよ来い♪


梅の木の下の芝生でお弁当を広げるもよし、
撮影やスケッチを楽しむもよし、また
周辺の丘陵をゆっくり散策するもよし、
いろんな楽しみ方ができる所です。

19,776歩

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横浜・大倉記念館

2009-02-14 | 横浜

所用で出掛けた先で、ちょっと途中下車の寄り道をしました。

東急東横線・大倉山駅を出ると、おしゃれなエルム通り。
友好都市のパリをイメージしているそうです。


線路沿いに坂道を上っていくと


高台の住宅地の先に約3万3000㎡の大倉山公園があります。
公園内にある古代ギリシャ神殿風の「大倉記念館」



1932(昭和7)年実業家で東洋大学学長も務められた大倉邦彦氏が
東西精神文化研究の場として、長野宇平治氏の設計で建てられました。

建物入口の左右にある、たいそう立派な
(カヤ)          と         ヒマラヤ杉
      

中に入ると、高い吹き抜けの天井に獅子や鷲の装飾


      

正面の石の階段を上がるとホールの入口

入口の装飾にも重厚感があります
      

      
市有形文化財の重厚な建物は、改修を経て現在民間法人が管理し、
各種会議や勉強会、音楽会、展示会などに活用されています。

私も以前、ここで語学勉強会に参加したことがありましたが、
濃い緑に包まれたこの素敵な建物がすっかり気に入ったのでした。

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大田区・昭和のくらし博物館

2009-02-12 | 東京・川崎

だいぶ前から、機会があれば一度訪ねてみたいと
思って
いたので、梅園の帰りに寄ってみました。

池上線・久が原駅から商店街→住宅街を10分程歩き
路地の奥のそのまた奥にある木造民家がそうです。
案内ののぼり旗が出てなかったら通り過ぎてしまったかも・・

館長の小泉和子さんが、昭和の暮らしを残し時代を見つめ
直す‘よすが’に
と 今は無人となった昭和26年築のご自宅を
博物館にし、さまざまな企画展や生活講座を開いておられます。
(個人のお宅だったので、分かりにくい場所にあるのですね)

      
受付で¥500を支払い、ガラガラと玄関の引き戸を開けて
入ると、「ただいま」と言いたくなるような昭和の世界がありました。

内部は撮影禁止なので、少し見難いですが絵葉書の写真で。

<
まずは2階から>
階段を上がると、日当たりのよい和室は子供部屋。

赤い「ダルマ火鉢」を見つけました。懐かしい~!

奥の和室は下宿人用でしたが、今は企画展示室になっていて
この日は医療と出産に関する興味深い展示がされていました。

「吸入器」がありました。我が家でも、冬は毎日使っていました。
大きく口を開けて蒸気を咽喉に当てると、とても気持ちいいんです。
(写真がなくてスゴク残念!)

<1階>
茶の間
ご飯の支度ができています

縁側に足踏みミシン

台所の流し

床板を上げると収納スペースになっています。

<外>は撮影OK
長い板は張り板              こんなものも!
      
こういう風景、どこの家にもありましたね


懐かしい物との再会で、普段はふり返ってみる
こともない昔の日々に心が一気にタイムトリップ!

私の知らない昭和初期の物からは、私の両親と
同じ世代のつつましく真剣に生きていた人達の
日々を想像して襟を正したい思いがしました。

「昭和のくらし博物館」 http://www.showanokurashi.com

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大田区・池上本門寺と梅園

2009-02-11 | 東京・川崎

東急池上線の池上駅から歩き始めます。
まずは駅前葛餅屋さんで‘元気のモト’を入れて()


本門寺通り商店街を10分程歩くとお寺が見えてきます。

総門をくぐり、加藤清正公が寄進した
96段の石段を登ります。
             
経蔵

日蓮宗の大本山「池上本門寺」は、1282年日蓮上人が病気治療に
向かう途中この地で入滅
後、7万坪の土地寄進を受けて造られたとか。

1945(昭和20)年の空襲で総門・五重塔・経蔵・宝塔以外を焼失し
戦後再建されました。建物といい
規模といい堂々として大変立派です。

お寺の西側にある大田区立「池上梅園」
9,880㎡の敷地に約370本の梅が植えられています。
 

      
敷地内には故藤山愛一郎氏所有だった茶室「聴雨庵」、
数奇屋建築設計家川尻善治氏所有だった「清月庵」、
水琴窟などが点在しています。
   
規模は大きくはありませんが斜面をうまく活かした
梅の宴を見に
、たくさんの人達が訪れていました。

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カモメが飛んだ~♪

2009-02-09 | 散策

いつもの海岸を散歩していると・・・

わぁ、いっぱいいるな~!


白いのや           黒いのや
   

水浴びしたり
 

一休みしたり


だぁれが生徒か、先生か~?


誰かが飛びたつと・・


つられて・・


我も我もと 飛んで


行っちゃった~


反射神経に問題のあるカメラマンには
難しい被写体ですねぇ 鳥って・・・

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台東区・根岸の里辺りⅡ

2009-02-07 | 東京・川崎

交差点角に小洒落た和菓子店がありました。
「竹隆庵岡埜」


目移りするほど綺麗で美味しそうな和菓子の数々


「本日あわ大福ございます」ですって? ではっ!

表の看板に書かれていた「こごめ大福」をお土産に

すぐ傍の「西蔵院不動堂」はちょうど補修中でした。
境内にある「御行の松」は一説には、寛永寺の輪王寺宮が
上野山の寺社巡拝の折に此処で行を行われたことが
その名の由来だということです。現在の松は三代目。

初代は推定樹齢350年の巨木だったそうで、枯死した
幹から彫られた不動明王像が堂内に祀られているとか。
初代松の一部       境内にある狸塚
   
鶯も鳴いた江戸・明治の頃には狸も出たのでしょう。
「薄緑 お行の松は 霞みけり 子規」
「雀より 鶯多き 根岸かな 子規」

境内は町内のラジオ体操会場になっているようでした。
地元のコミュニケーション・スポットなのでしょうね。

1874(明治7)年創立という歴史のある「根岸小学校」
入口のステンドグラスも壁の装飾もおしゃれですね!
   

傍らの庚申塚はきれいに清掃されていました。


ここから
鶯谷駅はすぐそこです。


*************************

帰宅後

もち米とうるち米を合わせて七分搗きにして
甘さ控えめの小豆餡を入れた評判の大福餅は
つぶ餡とこし餡の2種類を買いましたが、
ずっしり重くて1個で充分満たされました~

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台東区・根岸の里辺りⅠ

2009-02-06 | 東京・川崎

山手線の日暮里駅から1つ先の鶯谷駅に
向かって
歩いてみました。

江戸の昔 上野のお山近く水の豊かなここ根岸は、火災を
避けて大名・旗本の下屋敷や大店の寮、隠居所など別宅が
多くあったそうで 謂わば江戸時代の閑静な別荘地。幸い
戦災も
免れて今も大正・昭和の雰囲気が感じられます。

並木通り沿いにあるのは、日蓮宗「善性寺」

1664(寛文4)年に徳川家宣の生母長昌院が葬られて以来、
徳川家
ゆかりのお寺です。本堂前にみごとな枝垂れ桜の木。



向かいは、江戸・文政期から続く「羽二重団子」

泉鏡花や正岡子規の作品にも登場するお店。
「芋坂も団子も月のゆかりかな 子規」  

少し先の小路を入っていくと「ねぎし三平堂」



故林家三平師匠に関する資料、遺品が展示されています。

更に細小路を辿っていくと、木造平屋建ての「子規庵」

建物は旧前田家御家人の二軒長屋の1つだそうで、
パンフレットによると、子規は1894(明治27)年から
34歳で没するまでの8年間をこの家で過ごしたとか。

病間のガラス戸の先の庭にはヘチマ棚があります。
庵内外は撮影禁止なので、パンフレットの写真を。


愛用の机は、伸ばせなくなった左膝のために
特別に注文して刳り抜いてあります。

〔絶筆三句〕
糸瓜咲て 痰のつまりし 仏かな
痰一斗 糸瓜の水も 間にあはず
をととひの へちまの水も 取らざりき


ほぼ真向かいにある近代的なビルは「書道博物館」

洋画家・書家の故中村不折氏による中国・日本の
書道関連コレクションを保存・展示しているそうです。

其処此処に昭和の面影をとどめた住宅が残っています。
もう少し先まで行ってみましょう

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