さて3人目のWilhelmとしてフルヴェン、バックハウスと同時期の偉大なピアニストWilhelm Kempffの登場です。巷の評論本ではドイツ正統派の継承者としてバックハウスと「双璧」と言われてます。(まあ評論家は色々と冠詞をつけたりカテゴライズするのが仕事ですからね。)私の感動したケンプの演奏はベートーヴェンなら「田園」と「テレーゼ」ですね。ケンプの人情を感じさせる優しいタッチがよく曲奏にマッチしていたと思います。ケンプは非常に長生きしたのですが(1895-1991)、彼が亡くなった時「追悼限定版」と銘打って彼のベートーヴェン全集をグラモフォンが発売したのですが、当時貧乏高校生だった私はその特別版が欲しいというよりは、ここで手に入れないと一生ケンプのベートーヴェンは手に入らないと勘違いしまして(アホ)、親に頭を下げてその「限定版」を手に入れたのですが、その後すぐに少しだけデザインを買えた普及版(写真)が廉価で出てきまして、アコギな大人の世界の洗礼をうけたわけです。よくケンプはテクが無いとか揶揄されますが、それほど気になったことはないですねえ。でもバックハウスに比べるとやはりその点は確実に劣るか。私がケンプの録音で一番感動したものは、ロンドンにいれたバッハの「半音階幻想曲とフーガ」でした。この曲なんかかなりヴィルトオーゾさを感じさせてくれたんだけどなあ。あのアルバムに入っていた他のバッハやベートーヴェンの小品も絶品でしたね。私にはケンプは温かいという印象が強いです。なんか書いているとケンプの演奏を聴きたくなってきますね。帰国したら室内楽とかを新たに聴いてみよう。このケンプ、フルヴェンとも共演を何度もして録音もあるらしいです。確かにバックハウスよりケンプのほうがフルヴェン向けですよね。でもバックハウスも温かいんだけどなあ。ちょっと質が違うんだけど。ベートーヴェンの27番の2楽章とかもう涙ものなのだけど。
今晩も軽く晩酌。BGMはバレンボイムのシューマン全集から3番ライン。ピアニストとしてのバレンボイムは好きなのだが、指揮者としての彼はそれほどでない。未だ鳥肌ものの演奏に出会ってないから。指揮者としての実力は有ると思う、オケさばきも明確でいつも快演だ。だがなあぁぁ。いつもただの「快演」「善戦マン」なんだよなあ。誰でも知ってると思うが、バレンボイムはフルヴェンを痛く尊敬しており(幼少の頃、ピアノを褒められたそうだ)、自称「後継者」らしい。しかし、出てくる音楽は正反対なんだよなあ。テンポ取りとかは似てるんだけど、フルヴェンの凄さってそうじゃないんだよ。「人間力」なんだよ。フルヴェンの有名な逸話に、他の指揮者のもとで練習しているベルリンフィルが、たまたま覗きにたフルヴェンの姿を見ただけで音ががらっと変わったというのがある。尊敬度とか畏怖とかは、弾き手の筋肉=音まで影響を与えるんだよ。バレンボイムにはそれを感じないんだよなあ。カラヤンもクーベリックもショルティもアバドも方向性はそれぞれ違うけどそれぞれの「音」があったんだよなあ。この最新のシューマンCD。昨日書いたアバドショックがあったものだから、バレンボイムもそろそろそういう円熟味を出してくれるかと思ったけど、やっぱ「快演」だけだった(涙)。といっても全敗ってわけでなく、自分としては3番だけはちょっとグッときたかな(最終楽章)。実際、巧いんだよね。オケはシュターツカペレだし(ベルリン)。アンサンブルもばっちりだし、加速も推進力ありまくりだし、バレンボイムも気合い入りまくりで鼻息聞こえるし。生で聴いたら絶対会場は総立ちでブラボーの嵐だと思う。でもなあ、なにか大事なものが足りないんだよなあ。ビールで言えば「バドワイザー」なんだよ。損した気にはならないけど、やはりバレンボイムのピアノを評価している自分としては、物足りない。
ちなみに、私はシューマンの交響曲はどれも好きで、特に2番がお気に入りだ。この曲は縁があって3回も演奏した。また、好きな録音はクーベリックがベルリンフィルと入れた全集。特に2番が’いい。4番は勿論フルヴェンのスタジオ録音が絶品。あれが一発取りだったなんて。
ちなみに、私はシューマンの交響曲はどれも好きで、特に2番がお気に入りだ。この曲は縁があって3回も演奏した。また、好きな録音はクーベリックがベルリンフィルと入れた全集。特に2番が’いい。4番は勿論フルヴェンのスタジオ録音が絶品。あれが一発取りだったなんて。