ここ最近の情報の洪水の中では最早小ネタ扱いになるのかもしれないが、椎名林檎の新譜「放生会」(“ほうじょうや”と読むそうな…覚えれる気がしない…)に「浪漫と算盤 TYO album ver.」が収録されるそうな。
2019年にリリースされたゆみちんのベスト盤「ニュートンの林檎」の一曲目に収録された「浪漫と算盤 LDN Ver.」のアザーバージョンとして後日配信リリースされた「浪漫と算盤 TYO ver.」の、これはアルバムバージョンになる、のか。ややこしいな。という訳で、別ミックスではあるものの既発曲のリリースなので、そこまでビッグニュースではない…と言えちゃうのは、私の感覚が麻痺してんだろうなきっと。
で。それに寄せたゆみちんのセルフライナーノーツがこちらになる。
「ベスト盤(『ニュートンの林檎』)の時は、どうして『浪漫と算盤』のような曲を(宇多田)ヒカルちゃんに書いたのかご理解いただきづらかったんじゃないかと気になっていました。彼女の透明さ、無欲さ、お若い頃から達観していらした、あの空気や水のような存在感がないと説得力が生まれないものを書いてみたくて。つまり、派手なフックがないものを残したかった。今回『放生会』の真ん中の曲としてなら意義を感じ取っていただけるのかも」
https://sp.universal-music.co.jp/ringo/houjoya/linernotes/
興味深い。ミュージシャンとして宇多田ヒカルに接していると、どうしたってあの圧倒的な歌唱力・作詞力・作曲力に目と耳と心を奪われるかと思うんだけど、こうやってしっかりと人としての宇多田ヒカルの魅力の核となる「あの空気や水のような存在感」に辿り着いてくれてるのは、シンプルにゆみちんが天才だからなのか、それともうちらみたいに音楽を離れてもただただヒカルちんが好きなのか。…嗚呼、両方か。
しかし、そうなのね。5年前にこの曲を聴いた時にはとてもそんな意図を読み取る事はできなかったわ。「考え過ぎやなぁ」というのが素直な感想でしたよ。歌詞もメロディも滅茶苦茶凝ってて面白いのに、何が言いたかったのかよくわからない曲だなと。なるほどね、「あの空気や水のような存在感」を必須ピースにするような形状の音楽を書きたかったのか。うむ、その点に関しては、後日アルバムの中の一曲として聴いてみて確認してみるわね。
しかし、これは中々に荒野に踏み出しているというか、宛て処ない旅に出たなというのがこれまた率直な感想で。聴く前の心境としては、難しいだろうねと言わざるを得ず。
ヒカルのあの「あの空気や水のような存在感」を音楽に結びつける時に最も効果があるのは「無音」なのだ。何の音を鳴らさないか、今鳴らしていないのか。そこで鳴っていない音(もしかしたら永遠に奏でられない音)を伝えられなければ多分表現としては成立しない。
その試みが最も核心に迫ったのが『Sanctuary』/『Passion』だ。音楽にするならああいう風にするのがひとつの理想だ。こいつらを“掴む”のが如何に難しいかは、ジャム&ルイスfeaturing ピーボ・ブライソンというどっからどうみても一流の布陣がまるで間違ったアプローチでカバーしたことからもわかる。また少々間違ってもそこそこ聴けてしまうから始末が悪い。そこで開き直ったオーケストラバージョンは素晴らしかったけれども。シングルバージョンにちょっと近いアプローチだったね。それはさておき。
こいつらは、歌いながら歌い手が無にならないといけない。まるで何もそこにないかのような歌を聴かせないといけない。なので、宇多田ヒカルのようなフック満載の歌声はそもそも合わないのだ。それでも当時のヒカルはよくアプローチしたと思うが、もしかしたら今の発声の方がよりよく表現できるかもしれないね。シングル・バージョンを歌うとなったら結局ヒカル以上の適任は最初から居ないのだけども。
…という知見に基づいた見地に立つと、ゆみちんによる「浪漫と算盤」は「悪戦苦闘の痕」という以上の感想は今の所はないのだけど(なのでアルバムの中の一曲として聴くのが楽しみね)、これに懲りずに今後更にヒカルの為の曲を作っていってくれたら、ある地点でゆみちんはヒカルちんを超えるというか、ヒカルちんでも表現できなかったレベルで「あの空気や水のような存在感」を音楽に託し尽くしてくれる可能性が出てくるので、非常に、非常に期待したくなったというのが、本日の私のメインの「伝えたいこと」だったのでした。意志の力は何より強い。ゆみちんに能力がない訳では断じて無い。椎名林檎ですら悪戦苦闘するほどこのテーマが難しいというだけだ。でもまさか、こんな近くにそう思ってくれてる人が居ただなんてね。全然気づかなくてすみませんでしたm(_ _)m
最近はA.G.Cookももしかししたらヒカルの「あの空気や水のような存在感」に気づきつつあるのかもしれない気がし始めていたのだが、もっと旧知の仲からこのアプローチがやってくるとは思ってもみなかった。人生本当にわからない。椎名林檎のオリジナル・アルバムに歌手・宇多田ヒカルが登場するのはこれが初めてになるのかな、だとしたら是非これを「1回目」と呼ばれるようにして欲しい。そしていつか、宇多田ヒカルのオリジナル・アルバムに楽曲を提供してくれたら。「お歌:宇多田ヒカル/作詞作曲:椎名林檎」というクレジットを、いつの日にか見られたら嬉しいぜ。
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