トシの読書日記

読書備忘録

アンチ・ヒューマニズムと「愛」

2011-05-31 15:53:21 | は行の作家
深沢七郎「楢山節考」読了



ずっと探していた本書を、名古屋・栄の「ブ」でついに発見しました。まぁ、ネットを利用すればすぐ手に入るんですが、本好きとしては、本屋でたくさんの本の中から見つけたいという心理があるわけです。


しかしこれはすごい小説です。あの車谷長吉をして、自分の生涯読んだ本の中で三本の指に入ると言わしめただけある、かなり衝撃的な内容です。



姥捨(うばすて)――信州の奥深い山村に伝わる厳しい掟。これに材を取った本書はテーマは、やはり「愛」ということになるんでしょうか。齢70になろうとするおりんは、早く山へ行かねばと、いつもその時のことを考えるのだが、息子の辰平は、なかなか母を背負って山へ行く踏ん切りがつかない。しかし、暮も押し詰まった寒い夜、ついにそれは決行されるわけです。


母を背板に乗せて楢山へ登っていく様は、鬼気迫るものがあります。頂上近くに母を降ろし、辰平が山を下っていくとき、雪が降ってきます。山への行き帰りには決して一言も口をきいてはならない、帰るときは絶対後ろを振り向いてはならない。辰平は、そういった山の掟を破って母の元へと走っていきます。


「おっかぁ、雪が降ってきたよう」母が以前、自分が山へ行くときはきっと雪が降る、そう言っていたのを思い出したのです。辰平は、母にそのことを言いたくてたまらず、山の頂上へ走って行ったのです。「おっかぁ、ふんとに雪が降ったなァ」このあたりのシーン、本当に感動的です。



母を背負って山へ捨てに行くという、この情容赦ない行動と、それと全く反対の親と子の愛情が微妙に入り混じったこの小説は、まことに不思議な世界を作り出しています。読了後、しばし呆然としてしまいました。



この文庫は、他に「月のアペニン山」「東京のプリンスたち」「白鳥の死」の三篇が収められています。「月のアペニン山」というのも、これまた風変わりな小説で、不条理というか、シュールというか、カフカの「変身」を思い出させるような短篇でした。




「楢山節考」。今年の(まだ早いけど)ベスト5に入ることは間違いないと思われます。

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