昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

悪いことから全てが始まった(57)貿易会社(15)

2013-12-05 03:23:18 | 小説、運が悪いことから全てが始まった
 思わず壁にかかっている柱時計を見た。
 すでに長針が1時を30分も廻っている。
 ・・・ヤバイ! 新人の分際が咎められているのだ・・・
 あわてて腰を浮かした。
「課長がお呼びよ! すぐ戻って!」
 
 永野の眉が吊り上っている。

「支払いはいいから、すぐ行きなさい!」
 大崎がオヤジのような言い方でボクの肘を肘で押した。
「よろしくお願いいたします」
 誰にともなく頭を下げ永野に従った。
 外へ出るとき振り向くと、怖いマトリョーシカ人形のように、みんなの目が揃えたように光っていた。

「急用らしいわよ・・・」
 エレベーターに乗り込むと永野が言った。
 以外にも優しい言い方だった。
 少なくとも、昼食に時間をかけ過ぎたことを咎められているわけではないことを知ってホッとした。

「キミ、これを持って、タダチニニイハマに飛んでくれ!」
 山川課長の前に立つと、課長はボクを一瞥して大きな封筒を差し出した。
「ニイハマ?」
「四国の新居浜だよ! ハネダからイタミ経由でニイハマまでヒコウキで!」
「飛行機で? 伊丹から新居浜まで飛行機が飛んでいるんですか?」
「スイジョウヒコウキが飛んでいるんだよ」
「水上飛行機?」
 
 今まで普通の飛行機にも乗ったことがないのに・・・。

「イズレニシテモ、この通関書類を今日の税関のシツム時間中に持ち込まないと、S機械のソ連向けガントリークレーンが間に合わないんだ! ヒコウキの時間はチェックしてあるから、今から急げば間に合うはずだ。ニイハマでオツナカが待っているから。これは旅費だ」
 日系二世課長は大したことじゃないよという顔つきで一気に説明して、懐から財布を引き出すと、何枚かの一万円札を出した。
「オツナカ?」
「乙仲って、通関業者のことよ」
 永野がだいじょうぶ? って顔をしている。

 ─続く─

 昨年ベネチア国際映画祭で評価インターフィルム賞を受賞した、サウジアラビア映画、ハイファ・アル・マンスール女性監督の「ワジダ」が岩波ホールでこの14日公開される。
 
 母親とふたりで暮らすワジダという12歳の女の子。父親は息子を生んでくれる第二夫人を探すために出て行った。少女の夢は自転車を買うこと。少女は夢を実現するためにコーラン暗唱コンクールへの参加を決意する。優勝すれば賞金で自転車が買える。

 映画館の設置も許されない保守的なサウジ、女性が外出する時はベールで身を覆わなければならないという現実がある。それでも徐々に変化が現れている。
 ベールの下には、笑い、喜びを愛する感情を持った人生がある。
 監督は語る。
「自転車には加速、自由、推進力という意味がある。その一方で、ぶつかっても大きな衝撃を与えない穏やかなものです。・・・私が求めているのは、衝突ではなく対話なのです」
 古い因習の影に潜む新しい女性の息吹を、衝撃を与えないように注意しながら優しく表現する。  
 サウジ初の女性監督のチャレンジングな映画だ。観てみたい。