「今年1年を振り返り、新年に臨む」
今まで82年の人生で死にかけたことが2回ある。
40年ほど前、首都高速道路の霞が関で外壁に車をぶつけ、意識を失い救急車で慶應義塾付属病院に運ばれた。
この時は脚を骨折しただけで、命はとりとめた。
そして今回、11月13日(火)だ。
前日から脚がふらつき真っすぐ歩けない。
予定していたK夫人のビーズ展に伺う予定だったが断りを入れた。
それからの記憶がぼやけている。
救急隊員に救急車に乗せられ、気づいたときは西東京市の武蔵野徳洲会病院の個室だった。
傍らで、担当医がパソコンを駆使して、ああでもないこうでもないと、ボクの失神した原因を検討されていた。
そして「これだ! これしか考えられない」と叫ばれたのが印象的だった。
・・・マンションの外階段に障害のある脚をぶつけて、いつまでも治らなかったところから細菌が侵入し、肝臓に滞留した「外傷性肝膿瘍」と診断された。
それから2週間、4人部屋に移されいろいろな検査、治療が施された。
「外傷性肝膿瘍」は完治したが、退職して以来20年、ドックはおろか医者も薬も意識的に避けていたボクの体内が洗いざらい検査され、「胃がん」という別な病気が見つかった。
鈴木洋通院長とは、病気に関することばかりでなくいろいろとざっくばらんな相談事までできる間柄となった。
・・・小説の投稿期限が差し迫っている・・・というボクの身勝手な要望も聞き届けて下さり、11月26日(月)早めに退院させていただいた。
「胃がん」の処理の問題で佐々木康綱オンコロジーセンター長から、「がん治療の基本は手術であり、抗がん剤治療では副作用が発生し、しかも完治は望めない」「あなたの顔つきを見れば、手術には十分耐えられる」と手術を勧められた。
しかし、この歳になって手術をしさらなる病院生活はイヤだ。
「現在の医療では精神作用、神経の役割については解明されていないのでは。精神力でがんと共生することも可能なのでは」というボクの生意気な反論に、センター長は「確かに手術をせず、抗がん剤治療も放射線治療も施さず生き延びた例は、私も何例か見聞きしている」と患者の意見を無下に退けることをしない。
院長もそうであるが<患者に寄り添う医療>というのがこの病院の特色であることを実感している。
しかし、院長からも「手術を受けるかどうか決断せよ、その場合は最善を期すため慶應義塾付属病院への紹介状も書く」と言われている。
ボクの学生時代の下宿仲間である友人、現在宇都宮記念病院健診センター名誉センター長(元、済生会宇都宮病院副院長)も心配してくれて「手術を受けない選択肢もある」と言ってくれている。
佐々木オンコロジーセンター長の話も加味して、ボクは手術をしないで<癌と共生する>道を選ぶことにした。
何か別に<生きる糧>があれば、それが精神的な力になるとボクは勝手に思い込んでいる。
ボクはそれなりの<生きる糧>(利益にもならない小説を書いたり、このブログもそうだが)を持っている。
・・・実利を伴わないという点では、これからも家内に負担ばかりを強いることになりそうだが・・・。
・・・申し訳ない・・・
今まで82年の人生で死にかけたことが2回ある。
40年ほど前、首都高速道路の霞が関で外壁に車をぶつけ、意識を失い救急車で慶應義塾付属病院に運ばれた。
この時は脚を骨折しただけで、命はとりとめた。
そして今回、11月13日(火)だ。
前日から脚がふらつき真っすぐ歩けない。
予定していたK夫人のビーズ展に伺う予定だったが断りを入れた。
それからの記憶がぼやけている。
救急隊員に救急車に乗せられ、気づいたときは西東京市の武蔵野徳洲会病院の個室だった。
傍らで、担当医がパソコンを駆使して、ああでもないこうでもないと、ボクの失神した原因を検討されていた。
そして「これだ! これしか考えられない」と叫ばれたのが印象的だった。
・・・マンションの外階段に障害のある脚をぶつけて、いつまでも治らなかったところから細菌が侵入し、肝臓に滞留した「外傷性肝膿瘍」と診断された。
それから2週間、4人部屋に移されいろいろな検査、治療が施された。
「外傷性肝膿瘍」は完治したが、退職して以来20年、ドックはおろか医者も薬も意識的に避けていたボクの体内が洗いざらい検査され、「胃がん」という別な病気が見つかった。
鈴木洋通院長とは、病気に関することばかりでなくいろいろとざっくばらんな相談事までできる間柄となった。
・・・小説の投稿期限が差し迫っている・・・というボクの身勝手な要望も聞き届けて下さり、11月26日(月)早めに退院させていただいた。
「胃がん」の処理の問題で佐々木康綱オンコロジーセンター長から、「がん治療の基本は手術であり、抗がん剤治療では副作用が発生し、しかも完治は望めない」「あなたの顔つきを見れば、手術には十分耐えられる」と手術を勧められた。
しかし、この歳になって手術をしさらなる病院生活はイヤだ。
「現在の医療では精神作用、神経の役割については解明されていないのでは。精神力でがんと共生することも可能なのでは」というボクの生意気な反論に、センター長は「確かに手術をせず、抗がん剤治療も放射線治療も施さず生き延びた例は、私も何例か見聞きしている」と患者の意見を無下に退けることをしない。
院長もそうであるが<患者に寄り添う医療>というのがこの病院の特色であることを実感している。
しかし、院長からも「手術を受けるかどうか決断せよ、その場合は最善を期すため慶應義塾付属病院への紹介状も書く」と言われている。
ボクの学生時代の下宿仲間である友人、現在宇都宮記念病院健診センター名誉センター長(元、済生会宇都宮病院副院長)も心配してくれて「手術を受けない選択肢もある」と言ってくれている。
佐々木オンコロジーセンター長の話も加味して、ボクは手術をしないで<癌と共生する>道を選ぶことにした。
何か別に<生きる糧>があれば、それが精神的な力になるとボクは勝手に思い込んでいる。
ボクはそれなりの<生きる糧>(利益にもならない小説を書いたり、このブログもそうだが)を持っている。
・・・実利を伴わないという点では、これからも家内に負担ばかりを強いることになりそうだが・・・。
・・・申し訳ない・・・