昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「女の回廊」(31)村田秀三の回想「アパート下宿時代」(9)

2018-05-14 05:20:51 | 小説・マロ世界を歩く
 奥さんの柔らかい胸がわき腹を押して、ボクの心臓は飛び出しそうだった。
 
 この時、後ろから怒涛のような圧力がボクを押した。
 押さば押せ、波の間に間に翻弄される魚のように身を任せた。
 小柄な奥さんのからだがすっぽりと懐の中に入った。
 ボクは四方から押し寄せる力に抗して足を踏ん張った。
 彼女の温かい体温がじわっと沁み込んできた。
 彼女を守らなければ・・・。
 しかしそれはボクにとって一時(いっとき)の優越した快楽だった。

 その時突然、一方向の圧力が解放された。
 たたらを踏んで踏みとどまったところで、「いらっしゃい。さあ、お安くしておきます」
 若い威勢のいい女子店員軍団の甲高い、揃った声に迎えられた。
 
「はい、お待ちしておりました!」
 野太い男の声が追い打ちをかけてきて、その男に奥さんの眼が合い、奥さんが取り込まれた。
 そして、かなり高価な大ぶりの熊手を買わされた。
 それをボクが持たされて初めて、ああ、これがボクの役目だったのかという思いが突然腑に落ちた。
 そして、今の今まで身の置き所の無かった気持ちがようやく平静を取り戻した。          

 ─続く─