昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「派遣社員木村なつみ」④

2019-12-26 04:43:31 | 小説「派遣社員 木村なつみ」
 なつみに、先日の会社主催のゴルフ会の清算処理を依頼した。
 席を外した際に、机の上にメモが置いてあった。
 二つ折りにしてマークで封がしてある。
 開けてみると、
 ミスター司とあって、
 お金は右上の引き出しに入れてあります
 と書いてある。

 後で彼女が現れて「見ました?」というから、
「ハートなんか付いているからびっくりしたよ」と言うと
「ドキドキしました?」だと。
 とんでもない女だ。

 このところ仕事が忙しくなってきたので、英語ができるという彼女を最近派遣で入れたのだが、25歳の未婚の女性だ。
「わたしは季節労務者だから・・・」
 とかなんとか言いながら、上司の心の中まで、ずかずかと平気で入り込んでくる。
 
 ちょっと格好いい若い男にはすべて声をかけ、自分より若い高橋には「ヨージョー(陽三)」と呼び捨てにし、全体会議のときには、土浦営業所の大川を捉まえて、あたかも以前からの知り合いのように話し込んでいる。

 ボクには、最初の内は「司部長・・・」と恐る恐るだったのが、最近では「ミスター・ツカサ。グッドモーニング」だ。
 最近ドラエモンの好きな陶芸専門家のイギリスの年寄りと付き合ったいるらしいが、日本語が上手なので、勉強にならない、と嘆いている。

 ─ 了 ─
             




小説「派遣社員木村なつみ」③

2019-12-25 07:40:34 | 小説「派遣社員 木村なつみ」
 ボクは部長席でパソコンを使っている。
 聞くともなく若者たちの会話を聞いている。

「おごってくれるって話はどうなったの?」
 木村なつみが、事務処理をしながら、そっと隣りの中村に話しかけた。
「そうだっけ・・・」
 中村くんがとぼけている。
「忘れていないからね。絶対よ!」
 なつみの言い方がちょっときつくなる」
「じゃあ、その辺で・・・」
「牛丼とかハンバークじゃだめよ!」

「ちょっと待ってくれよ。もうちょっとでカネがまとまるから。・・・そしたらおごるから」
「何それ・・・」
 なつみが中村の顔を見つめる。
「うん。麻雀で勝っているんだ・・・」
「あなたって、麻雀強いんだってね。矢部くんが言ってたわよ」
「・・・」
「あいつ、どうしようもないって・・・あなたギャンブラーなのね」          

「そういうわけじゃないけど・・・。そしたらオレの味方になってくれないかな?」
 とつぜん中村が、思いついたというように言った。
「味方って?」
「みんな、しっかりして、中村くんなんかに負けないで!ってはっぱをかければいいんだ」
「・・・」
「なつみが言ってくれれば、みんなやる気になるかも・・・」
「あんた周りは敵ばっかりだもんね・・・」

 ボクや所長のような年寄りには寡黙ななつみも、中村のような仲間には心を開いておしゃべりになる。

 ─ 続く ─


小説「派遣社員木村なつみ」②

2019-12-24 05:28:09 | 小説「派遣社員 木村なつみ」
 「いや、ボクはそんなこと何とも思っていないけど・・・」
 口に出してから、あ、まずいこと言ったかな?と思った。
「えっ! ってどういう意味? うわさを信じるってこと?」
「いや、そんなうわさ、ぜんぜん信じていないよ」
 あわてて否定した。
  
「なら、いいけど、専務とは仕事の関係だけで個人的な関係はいっさいないからね!」
 なつみは断言するように言った。
「もちろん、お食事をご馳走になることはあるわよ。でも変な関係はいっさいないからね!」
「・・・」
「この間経理の宮村さんからそんな話されてびっくりしたわよ。油断も隙もないんだから・・・」「・・・」
「行動には注意しないと・・」
 なつみは自分を戒めるようにつぶやいた。

 ・・・永作博美に似ているな・・・
 ボクは改めて、彼女のコケティッシュな顔を眺めた。

「今日はありがとう」
 彼女を下高井戸で下ろし、ブレーキを解いて発進すると彼女の声が追って来た。
 ・・・ボクの車に乗り込んだのは、そんなことが言いたかっただけなのだ・・・
 
 ─ 続く ─
              




小説「派遣社員 木村なつみ」①

2019-12-21 05:13:08 | 小説「派遣社員 木村なつみ」
 
「部長、お忙しそうね」
 気がつくと木村なつみが背後からボクの作業を見ていた。
 彼女も専務の受注した物件の事務処理で残っていたのだ。

「いつまでやっているの? ねえ、もういいかげんにして帰りません?」
 見回すと、いやに照明があかるくムダに隅々まで照らしている。
 ふたりきりだ。
 手が滑って在庫管理機に打ち込む数字を間違えた。
 
「ねえ、この発注書って、S社にファックスするんでしょう? わたし流してあげるわ」
 発注は在庫数、出荷傾向、今後の売れ行きを在庫管理機で確認しながら、毎日ボクが発注している。
 ・・・管理の女子社員に任すこともできるが、ムダを生じないため、日替わりの細かな配慮が必要なのでボク自身が行っている。

「よろしくお願いします。S社のファックス番号はわかりますか?」
「もちろん分かりますよ。いつも横目で見ているから・・・」
 彼女は弾むように立ち上がった。

「部長さんは車で帰っているんでしょう? 終わったら乗っけていただいていい?」
「・・・」
「部長さんって、たしか三鷹でしょう? わたしは高井戸だから途中よね・・・」
 最後の発注書をS社に送り込むと、彼女は言った。

「いいですよ・・・」
 いつもは専務に送ってもらうんだろうな、とふと思った。
「まあ、カワイイ車ね」
 サニーの助手席に乗り込むなり言った。
 ・・・そりゃ、専務の車とくらべりゃ・・・ 専務の車は三菱デボネアだ。

 彼女は本来ボクの補助で入社させた派遣社員だが、今は専務の受注したプラントの物件の処理が忙しいので手伝っている。

 しばらく会話がなかった。
 街のネオンが両脇を流れて行った。

部長、変なうわさがあるの知っている?」
 突然、なつみが口を開いた。
「専務とわたしのことよ。そんなことあるわけがないじゃない。バッカみたい!」
「・・・」
「何? 部長! 信じているの? まさかそんなことないわよね?」

 -続くー