昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「社長、ちょっと待って下さい!」(216)アメリカ(7)

2018-01-23 03:55:52 | 小説「カナダ旅行」
 ボクらは案内も乞わず、珍品を眺めるように辺りを見回していた。
 奥のカウンターペースから店主だろうか、中年の眉毛の濃い、わし鼻の男が、笑みを浮かべるべきかどうか決めかねている表情で現れた。
「わたしどもは日本の東京で、工作機械関連機器、工具の販売を行っている者です。こちらが社長の渡辺です・・・」
 ボクは英文の名刺を差し出した。
 ・・・貢物を奉る属国から来た使者みたいに・・・

  
「おお、東京! ずいぶん遠くからきたんだ・・・」
 店主はしげしげと名刺を眺め、ボク達に目を移した。
 今までの疑わし気な鋭い目つきが大きく見開かれて、貢物を眺める君主のような笑顔になった。

「商品がとても魅力的に陳列されていますね。こんなニューヨークの街中でお客さんが買いに見えるんですか?」
 疑問に感じていたことが自然と口をついて出た。
「いや、いや、ここはわが社の顏さ。つまりウチのショーウインドーというわけだ」
 ・・・だよな、この辺には町工場なんてなさそうだし・・・

「商売はほとんど電話とかファックス、郵便で受けているんだ。ウチの販売部を見てみるかね?」
 そう言いながら、大柄な店主はもう歩き出していた。
 店主、社長、ボクは大中小のかたまりで階段を上った。
 2階が事務所になっていて、何人かの男女がいたが、我々珍客にちらっと眼をくれただけで忙しそうに、日本ではまだ一般的でないパソコンを操作したり、電話に取りついて大声でしゃべっていた。
 

「これが、わが社の販売員だ!」
 店主がとつぜんボクの目の前に分厚いカタログを突きつけた。
 
 500頁はあるだろうか?          
 黄色い表紙にブルーの文字で「工作機械・機器・工具カタログ」とある。
 手に取るとズシリと重い。
 繊維が入っているような肌触りの丈夫なものだ。

「ジスイズセールスマン?」
 渡辺社長がわし鼻に直接声をかけた。
「そうさ、これをウチのお客さんに予めお届けしてあるんだ。無料でね・・・」
「・・・」
「これを見てお客さんが注文してくるんだ。どうだ、優秀なセールスマンだろうが・・・」
 わし鼻が膨らんだように見えた。

 ─続く─ 





小説「カナダ旅行」(3)成田国際空港(3)

2016-09-12 05:40:52 | 小説「カナダ旅行」
 もう既にみんな集まっている。
「私たちが最後みたい・・・」額の汗をぬぐいながら妻がつぶやいた。
 
「いいえ、まだ見えていない方がいるんですよ。ビリではありません!」
 案内を始めようとしていたツアーガイドさんが声をかけてくれた。
 ・・・電話の声で想像していた通り、期待にたがわない美人だ・・・
 スラーとした体形。丸顔で大きな目。白いカッターシャツが初々しい。
 かわいい口を目いっぱい開いて白い歯でにっこり笑いかける。
「あっ、最後の方がお見えになりました」
「スイマセン・・・。交通渋滞に巻き込まれちゃって・・・」
 若い女性の二人連れが、頭を揃えて下げた。
「みなさんがお揃いになりました。わたくし、今回みなさまのお供を致しますツアーコンダクターの鈴木幸子と申します。よろしくお願い致します」
 周りにいろいろなツアー団体がいるのでスピーカーを使って語りかける。
「似たようなカナダ行のツアーが同じ飛行機に乗りますので、いくら美人だからといって浮気しないように。いいですね。ハイ」
 ・・・君より美人の添乗員なんていないと思うよ・・・
「カナダでの出入国カードは機内でお配りいたしますが、英語とフランス語で書くようになっています。お得意な方で書いてください。ハイ。フランス語は私に聞かれても分からないので、念のため。ハイ」
 ・・・ハイというのが口癖みたいだ・・・

 予定通り、21時ジャストJL016はスタートした。
  
 ところがいつまでたっても、這いずり回っているだけでなかなか飛び立たない。
 機体がミシミシ音を立てている。
 ・・・中古機かな。大丈夫かい?・・・
 20分経ってようやく飛び上がった。
 すぐ食事が配られたが、チャーシューメンのせいか食欲がわかない。
 ビールを要求する。
 席が狭くて足の置き場がない。靴を脱ぎ靴下も取った。
 オウムが主役のポーリーとかいう映画を見る。
 
 あまり面白くないがなんとか見終えると寝てしまった。
 到着2時間前に目が覚めて、ひとより早くゆっくりと鬚をそり、洗顔してさっぱりする。
 13時15分予定より15分早くバンクーバー国際空港へ到着。
 ・・・さあ、いよいよカナダだ!・・・

 ─続く─ 
 
 <好奇心コーナー>
 
 今日の朝、ウチのリビングにクモがいた。
 
 エアコンの上にも2匹
 
「潰しちゃえ!」とボク。
「かわいそう」と妻。
「外へ追い出せ!」とボク。
「ダメ! クモは家の守り神なんだから」「そうなんだ」

       

小説「カナダ旅行」(2)成田国際空港(2)

2016-09-08 04:05:32 | 小説「カナダ旅行」
「司さま、お得意さま、こちらへどうぞ!」
 ・・・なんで名前まで分かるんだ?・・・
 車から降りると、小太りのおやじが手を取らんばかりにすり寄ってきた。
 ・・・そうか、車のナンバーでチェックしたんだ、何しろ今年、2月のハワイ、3月のイタリアそして今回と3回目の利用だもんな。お得意さまのはすだ。・・・
 小太りの男は間違いなく経営者だ。対応がスゴイ。
 
 ・・・施設の貧弱さとは対照的に客が多いはずだ。次回もここを利用しよう・・・
 受付を済ますと成田空港までの送迎バスに乗り込んだ。
 
 すでにひと家族、乗っている。
「はるみ、おじいちゃんがサーフィンを教えてやるからな」
 カワイイ女の子に話しかけている。
「ねえ、おかあさん! おじいちゃんてサーフィンできるの?」
「そんなの出来るわけないでしょ。言ってるだけよ」
 優しそうなお父さんが三世代の会話にニコニコ笑顔で混じっている。
 
 サイパンにでも行くのだろうか。
 
「まだ、時間があるわね。お腹が空いちゃった。何か食べましょう」
 空港の出発ターミナルに入ると妻が言った。
 ・・・ラ・フェスタ、ここがよさそうだ・・・
 
「チャーシューがおいしそう!」
 ボクもそれを注文した。
 
「うまい!」思わず声に出して言った。
 空港内の食堂なんか、と期待していなかったので予想外だった。
 チャーシューもうまいけど、ネギがしゃきしゃきしていい香りだ。
 のんびりかまえて時間を潰しているつもりだったが、外貨両替所が長蛇の列で思わぬ時間をとってしまった。
 目標のHカウンターに着いたのが集合時間の19時ジャスト。
 しかも並んだ近ツリの列は違う団体だ。
「違うわよ、向こうよ!」
 集合時間になんと10分も遅れてしまった。

 ─続く─ 
  
  
      



小説「カナダ旅行」(1)成田国際空港(1)

2016-09-04 05:52:30 | 小説「カナダ旅行」
 丸く広がる湾岸の遠景に沿って、台風が残していった白い雲が地球の丸さをあらためて認識させるように長く連なっている。その上は天空に向けて真青に晴れ上がっている。
「あの青空がカナダまでずっとつながっているといいわね・・・」
 妻に急かされて早すぎると思ったが3時ごろ三鷹の家を出た。

 ボクが退職した翌年、1998年9月だった。
 夕方羽田空港から小渕首相が訪米する影響か、箱崎あたりまでずっと渋滞が続いていたが、それを抜けるとスイスイと走り出した。
 ・・・このところ首相がころころと変わるな・・・
 そう思いながら運転していた。
 1987年の中曽根首相から、竹下、宇野、海部、宮沢、細川、羽田、村山、橋本そしてこの7月に小渕、と11年で10人の首相が変わった。
 ・・・その都度、親分のご機嫌伺いに訪米だ・・・
 
 安倍首相も同様アメリカ詣でをしているが、ここへきて少し風向きが変わってきた。
 安倍さんはアメリカが敵対視しているロシアのプーチン大統領とこのところ頻繁に会っている。  
 安定政権になって、少しは主体性が出てきたということかな。
「早めに出てよかったわね・・・」
 7時には目指すN駐車場に到着した。
 野っ原を安いフェンスで囲った中、野暮な事務服を着た従業員が入り口をはみ出すほどの車を右往左往しながら整理している。
 お隣の大きなガソリンスタンドのように整備された同業者は、そろいのユニフォームの従業員が手持無沙汰で閑散としている。
 ・・・料金の差か?・・・
「いつもありがとうございます。お得意さまです」
 とつぜん小太りのおっさんが、運転席にいるボクに声をかけてきた。
 ・・・お得意さま?・・・

     ─続く─