
A4の用紙にぎっしりと蟻んこのような小さな文字が埋まっている。
真ん中に<中欧5カ国満喫8日間(参加者38名様)>とある。
8日間の旅日記が日ごとに囲われ、ちょっとしたイラストや花文字入りだ。
「へえ、すごい・・・」
「やるわね。よく書けてる・・・」
あちこちから声が上がった。

仏ちゃんはまず例の件に触れた。
「今日ですべての観光は終わり、明日は帰国するだけです。8日間で5カ国を周るという強行軍でお疲れでしょう。今晩と明日でゆっくりとお休みください」
彼女は感傷を込めることなくさらっと言った。

みんなからえっ?うそ!ヨーロッパ初めて?と言われる。
道を案内して先導する様子は自信満々で、とても彼女にとって始めての場所とは思えなかった。
よほど事前の勉強あるいはチェックが出来ていたのだろう。
みかけはさっぱりしてあっけらかんとしているようで、裏ではけっこう努力家なんだ。
それは配布された旅日記を見ても分かる。

仏ちゃん、おめでとう。

彼は現役時代、お得意さま招待ツアーの案内役を仰せつかってツアー・ディレクターの大変さを身をもって体験したという。
それに現在の彼女らの待遇面のことを知っているのでああいう提案をさせていただきましたとしみじみとした口調で語ってくれた。
最後に余談をひとつ。
最終日、ウイーン空港内でかなり時間があるので喫茶コーナーへ入った時のことだ。

ユーロの残金と壁の料金表とにらめっこする。
一番安いエスプレッソを二つ頼んだ。
ところが、請求された料金は予定の倍。もちろん足りない。
「だってダブルと言ったでしょ?」
受け付けた女の子の眉間にしわが寄っている。
量をダブルにして二人分入れちゃったのだ。

でも相手は両手を広げて処置なしという顔だ。
「日本円でもいいかしら」妻の機転で千円でOKになったが。
・・・たしかに、エスプレッソ・シングルでは何ほどもないよな・・・
ぼくはコーヒーを前にしてつぶやいた。
今回のいきあたりばったり、最後の最後までまで<赤ゲットの旅>だったことをを象徴するエピソードだった。
─了─