昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説<手術室から>(42)村上先生(2)

2015-10-08 03:00:35 | 小説・手術室から
「フンメル人形ですね?」
 先生の背後の棚に飾ってある人形に目を止めて秀三は言った。
 ドイツに行ってかわいい少女像を買ってきたことがある。
 「ああ、ドイツの学会に行ったとき気に入って買ってきたの・・・」
 
「ドクターボーイっていうの。可愛いでしょう?」
 先生は少年像を横目でちらっと見て、くつろいだ笑顔を見せた。

「・・・ところで来週の水曜日に抜糸しましょう」
 ひと息置くと先生は言った。
 ・・・水曜日? その日は久しぶりで金沢から出てくる旧友に会うことになっている・・・
「できれば・・・」
 秀三は眉間にしわを寄せて言いかけた。
「そうか・・・」
 先生は席を立つと自分自身で事務室からスケジュール表を持ってきて見ていた。

「じゃあ、その前の火曜日は?」
「・・・なら、だいじょうぶです」
「手術日だけど、終わってから時間をとりましょう。・・・この日は件数は多いけど問題ないのばかりだから4時にしましょう。いや、やはり4時半のほうがいいかな・・・」
 先生は思い切った明るい笑顔で秀三を見つめた。

 部屋を出ると看護師が追ってきた。
 渡された翌週の予約カードに、達筆で看護師あての添え書きがしてあった。

 ─検査が終わったらOPE室に連絡ください

 ─了─
       
 <好奇心コーナー>
 

 21世紀のノーベル賞国別ランキング
 
 3位? 誇らしいですね。

 今年の受賞者、大村 智氏に関して麻雀仲間のS氏からメールを頂いた。
 
 東京理科大学に在籍していたとき大村氏は彼の先輩だったそうだ。
 北里大学を紹介した友人を介しての深いかかわりもあったとのこと。
 ・・・つながりがあることを感じることができるって、うれしいですね・・・
 

小説<手術室から>(41)村上先生(1)

2015-10-07 02:16:42 | 小説・手術室から
 翌日、秀三は術後の診察のため外来へ行った。
 彼のように手術を終えたばかりの人が何人かいた。
「よく見えるわ。青く見えるのね」などと話し合っている。
 そうしているうちにも外来の患者がどんどんやって来る。
 
 また今日も村上先生は大量の患者をがんがん捌いて、そして疲労困憊するのだ。
「先生は引き受けすぎるんだよ・・・」
 いささかうんざりして、顔見知りの看護師に声をかけた。
「そうなのね。村上先生を頼られる患者さんが多いから・・・」

 診察前の検眼で0.1まで見えるようになったことが確認できた。
 中待合で順番を待ち、呼び込まれて村上先生の前に座った。
 
「そうね。手術はうまくいったわ。0.1まで見えるようになったんだ・・・」
 先生は検査データを見ながら感慨深げな声を出した。
「でも、司さんの目には原因不明の問題があるのよね・・・」
 先生は、どうする?という顔で秀三を見た。
 しかし今さら原因を究明して、リスクを負ってまでさらによりよい結果を求める気にはならない。

「いや、とりあえずこれで十分です。ありがとうございました」
 秀三はケリをつけるように言った。
「斜視は気にならないわね・・・」
 先生は初めて県眼鏡を通すことなく彼の目を真っすぐ見てほほ笑んだ。

 ─続く─

 <好奇心コーナー>

 フォルクスワーゲンが排ガス不正処理で大変なことになっている。
 

 フェルディナンド・ピエヒ元会長の結果主義的独善体質に起因しているという説がある。
 
 彼はポルシェ家とホルクスワーゲン社を二分するピエヒ家の当主なのだ。
 
 トヨタを凌駕する世界戦略のため部下を叱咤激励した結果だというのだ。

  



小説<手術室から>(40)目の手術(15)

2015-10-04 03:45:13 | 小説・手術室から
 そのうちに目の前にレンズのようなものがキラキラと翳されるのを感じた。
 ・・・あれっ? レンズをはめ込むのは改めてと言っていたような気がするが・・・
 そういえば、あの再検査はレンズを入れる場合に必要な検査だったのかもしれない。
 改めてなんて先生は言ったいたが、最初からレンズを入れるつもりだったのだ。

「どう見える?」
 
 手術が終わると先生は目の前に何かをかざして聞いた。
「・・・」
 ぼおっとして特に見えるという感覚はなかった。
「そうね。まだ麻酔が効いているから・・・」
 先生はそう言い捨てると手術は終わった。

 妻の咲子はまさか他人の手術分も待たされたとは知る由もなく、ずいぶん心配したようだ。
 出てきた先生に話を聞こうとしたが、「明日の診察の時に説明しますから・・・」と素気無い返事だったようだ。

 翌日の朝、秀三はAさんの真似をしてガーゼをはがしてみた。
 外界は青白く輝いて見えた。
 今まで塊にみえた五本の指がちゃんと別れて見える。
 Cさんの壁のカレンダーが、主のいないベッドの上に淋しく掛かっている。
 手術中なのだろうか。

 窓の外が見え、陽光に甍が照り映えて、スズメだろうか鳥が飛び交っている。
 
 くっきりとは見えないが、薄闇の世界から光の世界へと移ってきたようだ。
 

 ─続く─

 <好奇心コーナー>

 ラグビーW杯のサモア戦を観た。
 日本はスコットランド戦みたいなミスがない。相手のミスが目立つ。
 前半ロスタイム、山田が反転して相手を振り切り隅にトライ!
 
 20-0、これで勝利を確信した。
    





小説<手術室から>目の手術

2015-10-02 04:46:23 | 小説・手術室から
「あなた、この患者さんは吸引法の手術と違って瞳が開いたままなんだから、必要なものは早く渡してくれないと危険が増すことになるのよ!」
 患者の気に障る物騒なことを、次から次へと先生は看護師に厳しい口調で指示している。  
「なかなか出てこないわね。どうしたのかしら・・・」
「・・・」
「あっ、出てきた!」
 白濁した水晶体を取り出したのだろうか。
 
 先生のひと言ひと言に一喜一憂する。

「この方、そう、司秀三さんの目は何が起こっても不思議でないからね・・・」
 このとき、秀三の身体の中心から急に安堵の気持ちがズズーンと湧き上がってきた。
 先生は初めて秀三の名前を口にしたのだ。
 数多い患者を扱う先生は多分いちいち名前など覚えていられないだろう。
 さっきも隣の患者に、あなたとか、こちらとか、この方とか、本名で呼ぶことはなかった。

 ─続く─

 <好奇心コーナー>
 

 大阪梅田スカイビル。173Mの空中庭園。
 
 目が見えてこそ、この夜景、そう、人類文明の誇らしげな成果が楽しめるのだ!
 




小説<手術室から>(38)目の手術(13)

2015-10-01 04:36:51 | 小説・手術室から
 極端なケースだが、Y医大付属病院の肺の患者と心臓の患者を取り違えて手術をしたという医療事故で、手術チームを含め誰も気づかなかったと言われている。
 
 構造的な無責任もあるけれど、この医師や看護師に、一人の患者を治そうという誠意が感じられない、と批判していた新聞があった。

 ・・・全くその通りだ。彼らの頭の中を覗いてみたい。たぶん処理しているのは無機物かせいぜい犬か猫の動物を扱っているのと同じ感覚なんだ・・・
 手術台の上で血圧計をはめられ、目に麻酔注射をされただけで放置された秀三は、そんなあら探しでもしていないと間がもたなかった。

 ようやくお隣の手術が終わって出て行くと、先生が彼の方に戻ってきた。
 
 いよいよ始まると思うと緊張して体が固くなるのを感じた秀三は、右ひじを曲げて先生の体に触れた。
 その温かみを感じて少しは苦痛を先生にゆだねることができるような気がしたのだ。

 そんなこととは無関係に、そして優しい言葉もなく、長い間さらされた右目にキラキラ光るメスが降りてきた。
 ググッ!
 彼はショックを受けて思わず体を硬直させた。
「どうしました? そうねずいぶんお待たせしちゃったものね」
 先生はそう言って何か周囲に指示を出している。
 冷たい液が乾いた目を潤して、状態は安定した。

「このメスはもう取り換えた方がいいわね・・・」
 ・・・冗談じゃないぜ。そんなのでやっているのかい!・・・

 ─続く─

 <好奇心コーナー>
 

 プーチンロシア大統領を今年中に招きたいと、安倍首相はご執心である。
 
 そんなプーチンはアメリカの<新世界秩序>に強く反発している。
 同盟国アメリカに気を使わなくっていいのだろうか。
    



 

小説<手術室から>(37)目の手術(12)

2015-09-30 03:45:02 | 小説・手術室から
 お隣の手術は予想していたものより難儀なものらしかった。
「どうしてあなたはもっと早く来なかったの? 具合が悪くなったのはもっと早くに気づいていたはずよ」
 
 先生は母親が子どもを叱るように話しかけている。

 秀三の方はそのまま放置された。
「少しかかりそうですからもうしばらく待っていてください」
 途中で助手が言ってきたが、血圧計の腕帯が右腕を規則的に絞めつけ、そのデータを記録しに打ち出す音がむなしく響くだけで、長時間放置された。
  
 
 ・・・待たせることになるのならイヤホーンでラジオでも聞かせる用意でもしておいてくれたらいいのに。
 
 どこかの病院では手術中バックグラウンドミュージックで患者の心を癒す工夫をしているって聞いたよ。せめてそのくらいの配慮をしてくれたらいのに。あの営業マンの口舌じゃないけれど、どうもこの病院は旧態依然として進歩がない。もっと患者を大切にしなきゃ治るものも治らないってことが分からないのかな。
 精神的なものが病気の症状を左右する重要な要素であることは医学界では周知の事実だろうが! メンタルケアの重要性に対する認識がかけているね・・・
 いつものように秀三は理屈をこねくり回していた。

 ─続く─

 <好奇心コーナー>
 

 大風台風は与那国島に81メートルという記録的な数字を残して台湾を横断していった。

 


小説<手術室から>(36)目の手術(11)

2015-09-29 05:24:05 | 小説・手術室から
 先生の声が秀三に近づき温かい手術用のカバーが体にかけられた。
 右目だけむき出しにされて顔がぴったりと覆われた。
「あなたの目は奥が深いからちょっとたいへんかもね」
 上からとつぜん先生の声が降ってきた。
     
 言うや否やぐさっと麻酔の注射が目に打ち込まれた。
 胸がズキッとする。

「お隣を先にやりますから待っていてくださいね」
「・・・」
 ・・・なに? 冗談じゃないぜ! そんなせわしいことで大丈夫なのかい!・・・
 思わず口に出かかった。
 村上先生が同時に二人の患者を捌くのだ。

 ─続く─

 <好奇心コーナー>

 スモ女、能町みね子の視点。
 
 あの旭天鵬が大島親方になって初めて場内警護の役をしている。
 勝利した弟子が脇を通ったら、優しい目をしてタッチしてる。
 
 (いけないんじゃないの?)

 負けた弟子が脇を通った。
 
 こんどは(もっと稽古せんかい!)という厳しい目だ。






小説<手術室から>(35)目の手術(10)

2015-09-26 04:37:54 | 小説・手術室から
「おお、めーる、めーる!」
 
 翌朝早く、ひとりでガーゼを外したAさんが喜びの声を上げた。
 同部屋の他の三人はそれを黙って聞いていた。

 予定より30分遅れて、秀三は車椅子に乗せられ手術室に向かった。
 ここでもさらに30分待たされて手術室に入った。
「司さんですか?」
 入る前に名前を確認された。
「はい」
「お名前は何というんですか?」
 ずいぶんな念の入れようだ。

 彼は最近Y医大付属病院で、患者を取り違えて手術したというニュースを思い出した。
 
「秀三です」と答えると同時に彼からも確認した。
「執刀は村上晶先生ですよね?」
 
 特に村上先生に万全の信頼を置いているわけではないが、知らない先生に間違えて手術されるよりましだと思ったのだ。
 
 
 手術室に入ると手術台が二台あるのが目に入った。
 手術台に載せられた時、もう一台の方に別な患者が載せられたことを感じ取った。
 
 医者か看護師かわからないが、おぼろげながら何人もの男女が右往左往している。

 二人の先生が同時に手術するのなら、自分の執刀が村上先生であることをその声で確認しなければと思うが、先生の声が聞こえない。
 疑心暗鬼になりかけた時、人声の中からいつもとは違う優しい声で周囲に指示する村上先生の声が聞こえてきた。
 

 今の今まで糞くらえと思っていたあの村上先生が天使に思えた。
 もうこうなったら彼女に全幅の信頼をおかざるをえないことを、秀三はいつのまにか納得させられていた。

 ─続く─
       




小説<手術室から>目の手術(9)

2015-09-22 04:08:04 | 小説・手術室から
「あなたは忙しいんだから、明日もわざわざ来なくてもいいからね。看護婦さんに頼むから・・・」
 帰るお嫁さんに、優しいBさんは声をかけた。

 翌朝、食事のとき看護婦さんが「お手伝いしましょうか?」と聞くと「いや、うちのものが来ますからいいです」と言っている。 
 昨日、ああ言いながらも心の中ではあの優しいお嫁さんはきっと来てくれると期待していたのだ。
「どうですか、お具合は?」
 やはりお嫁さんは明るい声とともに今朝も現れた。

 昨日、秀三と一緒に入院した窓際のCさんも70歳を過ぎたおじいさんだ。
 両眼を手術するらしい。
 付いてきた奥さんと息子さんが帰ると、いっぺんに静寂が訪れた。
 テレビを見ることはおろか、ラジオも用意してきていないようだ。
 
 修行僧のようにいつまでもじっと正座して、目をつむったままでいる。
 
 ─続く─

 <好奇心コーナー>
 

 戦後わが国の封建的、軍国的残滓の一掃を急いだGHQは、将棋にもケチをつけた。
 
「将棋は野蛮なゲームだ。チェスト違って、女王の駒がないのは男女差別だ。捕獲した相手の駒を自分の駒として好きなように利用できるのは、捕虜の虐待にあたる」と。

 なんとこれに対しGHQに赴き反論したのは、あの将棋界の風雲児、升田幸三だった。
 
「野蛮なゲームとは笑止千万! 女性を危険から護るため戦陣に伴わないのはわが国古来の美徳である。捕獲した駒の使用は決して虐待や酷使ではなく、敵を赦し味方と同列に扱うもので、『教化遷善』にもとづく」と説いて将棋界存亡の危機を救ったのだ。




小説<手術室から>目の手術(8)

2015-09-21 02:25:52 | 小説・手術室から
 入口左手もじいさんなので、右手の大工の棟梁のようなじいさんをAさんとし、こちらをBさんとしよう。
 Bさんは手術後もう何日か入院しているようだった。
 昼間はずっと寝ていたが、夕食の時にはお嫁さんだろうか、若くて明るい女性が介護に来ていた。
 両目の見えない志ん生のような顔をしたおじいさんにかいがいしく世話をやいている。
     
「これはひじきかしら、ご飯にのせてあげましょうか? こちらはハムエッグよ。お汁はつかないのね」
「汁物はつかないねえ。こぼすからかね」 
 
「でもね、目の方は順調だって先生から言われているんだ。手術は成功だったって・・・」
「それはよかったわね」

 答えている声に、あまり感動している感情は含まれていない。
 来るたびに言われているせいかもしれない。
 あるいはそう言われても、「おとうさん、枕はこちらですよ」などと言っているところを見ると、介助者からは全く改善していないように思えるのかもしれない。
「どうもありがとう。もうお帰りになってけっこうですから・・・」
 おじいさんは気を使って言葉づかいが丁寧になる。
 Aさんと違ってBさんは心根の優しいおじいさんのようだ。

「でもおトイレはまだいいんですか?」 
 
 お嫁さんはまだ去りがたい。

 ─続く─

 <好奇心コーナー>
 

 信じられない! やれば負けと決まっていたラグビー日本代表が、なんと、ラグビーW杯で、ランク3位、優勝候補南アフリカに勝った。
 しかも信じられないぐらい粘りに粘って。
 
 世界も、「ラグビー史上最大の奇跡!」と報じている。
 見直したぜ。日本ラグビー!