昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「ある倉庫係の死」(6)

2018-12-30 04:41:00 | ある倉庫係
         
 小説「ある倉庫係の死」(6)

 葬儀後、社長名、社員一同、そして自分名のお香典を持参して、帰京されたお姉さんにお目にかかった。
 
 石山からの印象とまったく異なり、しっかりした落ち着いた方だ。

 お姉さんは少ない口数の中から、ぽつりぽつりと彼のことを語ってくれた。
 会社に入る前は、夜中でもやって来て、酒やパチンコなどににからむ金銭面の無心が絶えず、お姉さんにいろいろと迷惑をかけていたようだ。

 葬儀にも参列しなかったことで、社内では石山に対する会社の対応が冷たいと噂している者がいるというので、ボクは社内レターを書いた。
 
 ・・・この度、業務課の石山さんが不慮の事故で亡くなられました。
 入社されてわずか三か月、ようやく皆さんとも気心を通じ合い、これからという時でした。
 残念というほかありません。

 たまたま不運なことに土日が重なり、連絡を頂いたのは仙台で12時に葬儀が行われる当日の10時でした。
 葬儀に参列できませんでしたが、弔電を打ち、帰京されたお姉さんのところへ、社長と社員一同の香典を預かり弔問いたしました。

「ふしだらな生活をしていた弟が、いい会社に入れていただき、皆さんからよくしていただいたのに、かえってご迷惑をおかけすることになって、真にに申し訳ありません。このところわずか3か月でしたが、弟の人生にとって、かけがえのない期間だったと思います。皆さんに心から感謝の気持ちをお伝えください」とのお言葉をお姉さんから託されました。
 わずかな期間ではありましたが、石山さんとの出会いを偲びたいと思います。

 社員の中にこのレターを見て涙が出ましたと言ってくれる者がいて、これまで揺れていた気持ちがやっと落ち着いた。
 
 ─了─

 このところ、日本海側ではたいへんな大雪に悩まされているという。
 ボクの故郷、金沢のことを思い出した。
 小学校のころ、雪が多かった。狭い商店街など二階から出入りしていたほどだった。
 昨日の東京は雪に悩まされる日本海側の方々には申し訳ないほどの快晴だった。

 
 
 


 

小説「ある倉庫係の死」(5)

2018-12-29 01:27:30 | ある倉庫係
 小説「ある倉庫係の死」(5)
 
 そして、初出勤の1月8日月曜日、9時を過ぎても石山からまだ連絡がない。
 ・・・どうしたんだ、新年早々飲んだくれているのだろうか?・・・       

 10時ごろ、彼のお姉さんという人から電話が入った。
「1月6日土曜日の未明。午前1時半ごろ、家の近くの路上で車に轢かれました」
 
「2時に病院に運ばれ息を引き取りました。仙台市の叔父のところへ直ちに移送され火葬にふされ、今日の12時から葬儀を執り行います」という内容だった。

 ・・・彼が死んだ?・・・
 ボクは一瞬声を失った。
 しかし、立場上悲しんでいる暇はない。
 やることがある。

 とは言っても、今から出かけても葬儀には間に合わない。
 折り返しお姉さんに電話をし、ご冥福をお祈りし、葬儀場と喪主を確認、弔電を社長名と社員一同で打ち、その後の手続きについてはお姉さんを窓口とし、帰京されてから処理することにする。

 社長に報告した。
「年末に一緒に飲んだとき、酒をやめろとは言わないがほどほどにしろよ。散髪はした方がいいなと言ったら、翌日にはさっぱりして来たのに・・・」
「・・・」
「死んでしまったのか。あっけないものだね。時間から推測すると、おそらく酔っぱらっていたのが原因だろうが、いかにも彼らしいね・・・」
 社長の言葉が、彼を採用した是非の結果責任を問われているようで、心がまた乱れる。

 ─続く─

 評論家として著名な西部邁が自殺したという。
 
 なぜ、彼が自殺を?
 最愛の奥さんを亡くしたことが原因らしい。
 
 遺書があり、
 ・・・その悲惨な死にざまを見て、同じ悲しみを愛する娘にさせたくない・・・というのが原因のようだ。
 孤高の哲学者であり毒舌の評論家でもあった彼も、家族愛に生きた人だったのだ・・・。


  



小説「ある倉庫係の死」(4)

2018-12-28 00:39:41 | ある倉庫係
 小説「ある倉庫係の死」(4)

 石山は続けた。
「倉庫に自動車便を頼んでくるとき、他の人はみんな送り状に宛先とかちゃんと書いてきてくれるのに、若井くんだけはやっといてくれ!ってメモを放り投げてくるんだよね」
「・・・」
「・・・」
 みんな石山を注目している。
「どうせメモに書くんなら、その手間で送り状に書いてくれればいいじゃん」
 
「そうすれば転記のミスも防げるし・・・」
 彼はいつもと違う口調ではっきり言った。

「確かに石山くんの言う通りだ」
 即座に飯島課長が反応した。
 ・・・意外だ、いつもと違う・・・というように目を見開いて石山を見ながら。
「だよな・・・」
「たしかに・・・」
 他の営業マンも、あの小生意気な若井の鼻をよくぞへし折ってくれたというように同調した。

「言うじゃん! 石山さん。悪かった。これからちゃんと送り状書くから・・・」
 さすがの若井も石山に謝罪した。
「やるね、石山さん!」
「言うときは言うんだ!」
 石山はみんなから喝采を浴びた。

 酒の席での発言から、仕事の面でも営業の連中と話ができるようになり、本人自身も結構楽しそうに、滞りなく仕事をこなすようになった。
 彼を採用して3か月。
 人は見かけで判断しちゃいけない。
 対応の仕方で変わり得るんだ。
 ボク自身成長したかなと思い出したところだった。

 ─続く─

 昨日ボクは外科医から今年最後の診察を受けた。「手術ではなく抗がん剤で」と言い張るボクは、別の医師に面接するように言われた。
 面接するように言われたのは、穏やかな顔のSオンコロジーセンター長だった。
 
 センター長は、言葉では通じないと見たか、・・・基本は手術、抗がん剤では完治は期待できない。副作用が必発!・・・ と力強い文字にして、ボクに突きつけた。

 さあ、ボクの決断が迫られることになった。
 


         




小説「ある倉庫係の死」(3)

2018-12-27 02:00:33 | ある倉庫係
 「小説「ある倉庫係の死」(3)
 
 机の端っこでビールを飲みながら、石山は欠けた歯を見せながらニコニコと皆の話を聞いている。
 飯島課長から日本酒を勧められて、うれしそうにぐいとコップ酒を飲み干すと、いつもの死んでいる目に光が灯った。

「若井くんって、けっこう身勝手なんだよね」
 とつぜん彼が口を開いた。
 ざわついていた空気が一瞬しーんとなって、みんなの目が彼に集中した
「理屈っぽいわりにやることに筋が通っていないんだよね」 
 みんなの目が石山から若井に移った。

 
 若井は入社してすぐさま頭角を現したわが社のホープと看做されている男だ。
 ただ、理屈っぽいのが鼻持ちならなくて、仲間だけでなく上司にも煙たがられている。
 この間も、くわえ煙草でデスクワークしているところを上司の権田第一営業課長に咎められたら、即反論していた。

「姿勢が悪くなるとか、身体に悪いとおっしゃいますが、それは僕自身の問題ですから放っておいてください」
「・・・」
「ただ、タバコが他の人に悪い影響を与えるというのなら、禁煙にしたらどうですか? 別に喫煙室を設けて・・・」
 上司だろうと正論を展開する。
 仕事ができると評価されて、少し図に乗っているんじゃないかと、最近同僚からも評判が良くない。

 ─続く─

  先日,NHKが作詞界の巨匠<阿久悠>を取り上げていた。
 
 ナビゲートしていた<いきものがかり>の水野良樹が言った。
 「時代の飢餓感に熱量の高さで対応した作詞家だ」と。
           
 ボクもまったく同感である。



小説「ある倉庫係の死」(2)

2018-12-26 02:35:49 | ある倉庫係
 小説「ある倉庫係の死」(2)

 案の定というか、指示されたことはちゃんとやるが、それ以上の融通は利かず、受け答えもはっきりせず、だいたい人づき合いが苦手のようだ。
 
 おまけに時々遅刻をする。
 息が臭い。
 酒が好きで、毎日朝から飲んでいるようだ。
 採用した責任者として後悔の念が度々胸に浮上した。

 しかし、皮肉なことに、彼が見直されることになったのはその酒の席でのことだ。
 たまに、営業の仕事がうまくいって、いわゆる<夕焼けパーティ>なるものを東京営業所所長主催でやることがある。
 
 最初は営業部員を慰労する趣旨から始まったのだが、現在では業務部や経理部も含めて東京本社全体の懇親の場となっている。
 部長以下幹部連中が金一封を出し合って、ビールにおつまみの気楽なものだ。
 たまには社長も顔を出す。

「石山も呼んでやるか?」
 今回開かれるというので、ボクは飯島課長に言ってみた。
「いいんですか? 酒癖悪そうですよ?」
「彼だけ外すというわけにはいかんだろう」
 というわけで彼を参加させた。

 ─続く─

 先日妻に連れられて、隠れ家的な<そば玄庵>なるそば屋に行った。
 東八道路を西の方へ行ってトヨタのレクサスの先を曲がったところにあった。
 
 茨城産のそば粉を使った、そばが命という年寄りのオヤジがひとりで切り盛りしている。
 細い、しこしこした堅めのそばだ。
 ぼくらは鴨南蛮そばを食べたが、隣の客のおろし盛りそばもおいしそうだった。       



小説「ある倉庫係の死」(1)

2018-12-25 05:30:50 | ある倉庫係
 ・・・この辺りもこれからは急速に変わるな・・・
 
 国道の向こう側の地上げされた更地には、重機が何台も入っている。
 この辺りを仕切っているS不動産が高層ビルを建てるらしい。

 突然背後から、ボーっとしてんじゃないよ、というように電話が鳴り響いた。
 ・・・こんな時間に何事だ・・・
 受話器を取りながら腕時計を眺めた。
 9時を十分過ぎている。

 1月8日月曜日、新年早々の初出勤の日だ。         
「部長! 石山がまだ来てないんですが。連絡もないんです!」
 裏通りの倉庫ビルに常駐している飯島業務課長からだ。

 先任の倉庫係が高齢を理由に退職したので、人手不足の折から、もう誰でもいいやという感じで面接した石山は、髪の毛は伸びほうだいだが縮れ毛のために丸まっていて、痩せた身体つきから枯れたネギ坊主に見える30歳の独身男だった。
 
 優しそうな顔つきだが、言い換えれば生気のない、体力的にも機械工具・機器販売会社の倉庫係としては頼りない。
 採用責任者としては不採用にすべき第一印象だった。
 しかし、尻に火がついていた飯島業務課長の「おとなしそうで、真面目そうじゃないですか・・・」というひと言で敢えて採用することにした。

 ─続く─

 フィギュアスケート男子のレジェンドとして復帰した高橋大輔は、日本選手権で宇野昌磨に続いて見事2位となった。
 
 ところがこれからもフィギュアは続けていくつもりだが、世界選手権出場は辞退するという。
 身をわきまえた冷静で立派な決断だと思った。