たかはしけいのにっき

理系研究者の日記。

「頭」基盤に「心」を付け足す

2008-06-09 02:04:09 | Weblog
 「頭と心」というのが、最近、このページのテーマみたいになってきたが、現実界でも、かなり難しい問題として存在しつづけている。
 
 アナウンサーをリスペクトしている事は、前にも言った。その理由は、どんなに感情的になっている最中でも、そんな表情一切見せずに、状況によってニコニコ喋ることや厳格に喋ることができるからだと言った。なるほど、顔作りマシーンじゃなきゃダメってことね。
 ところが、今日、妹が、某現役アナウンサー、某テレビ局のアナウンス室長に原稿読み上げの指導を受けてきたのだが、そこで指導された主な事は、「もっと感情的に読め」だったそうだ。これまで先輩や先生に、感情を消せっと言われてきたのに、いきなり感情的に心をこめろってのは、困惑するだろう~っと思ったが(実際、彼女は困惑してきたみたいだが)、よくよく考えてみると「流石だなー」っと思った。
 
 つまり、いつまでも、マシーン、ロボット的にやっているようではダメで、その基盤ができた先の事を言ってるんだろうと思った。確かに、テレビを見ていて、同じアナウンサーという役職についていても、その人なりの個性が感じ取れる。そんな部分をだしていかないと、この職業ってのはダメなんだろうなーっと思った。

 そーいえば、アカペラのコーラスでも、同じようなことが言える。個性的な歌い方で歌うと、声質が合わなくて、リードボーカルでは良いかもしれないけど、コーラスとしてはダメ。だから、最初は、いかに機械的に、いかにカチカチっと音を変化できるかを練習する。業界用語で、コーラス声を作るっと言う。
 でも、ある程度、それができるようになったら、いつまでもカチカチと音を上下してるだけではダメで、その中で感情をこめていかなくてはいけないのだ。なぜなら、誰でもできるようなアカペラやコーラスなんていうのは、音楽的に価値がない。その人の個性を、そのアカペラバンドのなかで、出していかないと、意味がない。どのパートでも同じである。
 それは、アカペラに限らず、バンドでも言える。例えば、ラルクのyukihiroは、その辺り、とても上手いと思う。ドラム音として目立たしてるわけでもないが、ちょいちょい個性をだし、上手いっと俺に伝えてくる。

 そんなわけで、まず「頭」を基盤に考えて、その基盤ができてから徐々に「心」を取りいれていく、というのが、この難しい問題に対しては、クールなのだ。
 しかし、こーゆー難しい問題を抱えた事象ってのは、みんな、ものすごい感情を持ってやってくるから困ってしまう(少なくとも初めは)。感情的になるなっというほうが無理な話で、そのまましばらく経って、自分自身で気がついてもらうしかなかったりする(俺もそうだったが)。

 っま、このくらい、難しい事だからこそ、楽しいんだけどね。
コメント
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