桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

原発

2012-03-27 | Weblog
東京電力にある17基の原発が、総て停止したことで、この夏の電力不足を懸念するニュースが新聞やテレビで流れているけども、どれも正確なものではない。いたずらに電力不足に不安を煽るような内容になっているのは、なぜだろう。
読売などは、もっとも露骨に「原発危機」と題した連載を書いていて、「電力不足だ!、値上げだ!!」と騒ぎ立てている。
人類の危機、日本の危機ではなくて、原発の危機だと言うのだから価値観が逆転してる。 科学技術を生かすのは大事だが、一度事故になれば人類が生きて行ける環境を失ってしまうのが原発なのだ。それに頼って繁栄しようと考えるのは間違っている。自然の力の前には、絶対の安全はないと判った、今度の大震災と津波を体験してみれば、科学技術として研究し、医療などの分野で利用するのは良いだろうが、大規模発電に利用するのは、どう考えても誤りと学ぶべきだ。
それなのに、こんな記事を書く新聞社は、よほどに原発マネーが廻っているのだろうね。

2012-03-26 | Weblog
今日は弁護団会議と国賠弁護団会議だった。
大洗から東京に来て、日比谷公園を歩いて行ったらば、公園の木々に春の彩りを見た。
俺は無知。草花の名前も知らないが、桃だけは判った。
春、春だねえ。

関東ブロック会議

2012-03-25 | Weblog
救援会に、そう言う名称の会議があっ、今日は大洗で開かれた。
俺も要請されて参加した。久しぶりの大洗かんぽの宿、布川事件の新年会で来て以来、2年振り。
宿から見える写真だが、昨年の大地震での津波では、下の道路はもちろん、黄色く見える港の魚市場は、1階が全滅だつたそうだ。

この程度

2012-03-25 | Weblog
先日、大阪でCDを作ったと書いた。自分で思っていたのとは違い、下手だったとも書いたが、その吹き込みを取材に来た読売テレビが、ニュース番組の中で23日に放映した。
昨夜、俺も観たが、う~ん、微妙。この程度で歌手デビューなんて言っていたことが恥ずかしい!
読売テレビのホームページ。ニュース欄の23日を検索すると見られます。興味がありましたらば、どうぞ。

テレビおじさん

2012-03-25 | Weblog
朝起きると、必ずテレビをつける。連れ合いも「好きですねえ」と、呆れて言うが、好きなんだから仕方がない。でも、新しい住まいになって、少し変わり始めた。
まず、新聞を読む。
朝日、毎日、読売、それに赤旗。順次読んでいくのだが、そうとは感じていたが、新聞によって視点も論調も違うね。もちろん、社会のカナリヤ的存在の赤旗が書く鋭さは、他の商業紙には求めようはないが、それでも、こうも各紙で違うものかと感じる。
今朝は毎日の「視点」野沢記者に言いたい。こう無批判に「村木さんのまいた種」を書いて、何も感じないのだろうか。
いや、村木さんの行動を言うのではない。「共生社会を創る愛の基金」も、村木さんらしい素晴らしい行動だ。でも、この記事の中身は、村木さんの行動を汚しはしまいか。
長くなるけども引用するが「あたかも常に有罪そのものを目的とし、より重い処分の実現自体を成果とみなすかのごとき姿勢となってはならない。我々が目指すのは、事案の真相に見合った、国民の良識にかなう処分・相応の科刑の実現である」と、その設立記念シンポジュウムで語った人がいて、それは林真琴最高検検事だと言うのだ。
しかも、今までの悪しき検察を創り上げて来た張本人の但木敬一元検事総長が、この「基金」の理事として名を連ねていると言うのだから呆れ返った。
これはブラックジョークの世界としか、俺には思えない。なのに、無批判に検察の「空念仏」を紹介する「視点」を読むと、昨年9月に笠間雄治検事総長が公表した「検察の理念」が、あたかも検察の実務として行われているごとき錯覚をさせることになると感じたね。
検察のやっていることを見れば、笠間さんの公表した「理念」は、社会の検察批判を逃れるための手段でしかない。「福井女子中学生殺し事件」「東住吉事件」「東電OL殺人事件」「名張事件」など、冤罪裁判で行っている見苦しい抵抗は、何も検察は変わっていないことを示している。
村木さんを犯人にしようとした連中が、したり顔で「村木さんの善意」に顔を出して、平然と社会を欺く虚言を振り撒き、それを無批判に新聞が書く。
この連鎖が冤罪において、「真実と正義」を社会に隠す力になっていることを認識して欲しいものだ。

憲法の集い

2012-03-24 | Weblog
今日は、渋谷共同法律事務所主催の集会。布川事件の44年と題して、サブタイトルは、冤罪を生まない社会を実現するために、ということで開かれた。
冷たい雨の中、 70名を越える人が来てくれたろうか。会場は満員に近く、盛り上がった集会だった。
俺は、20分の話す時間があったが、全く詳細は聞いていなくて、会場で流れを聞いた。まあ、何時も通り、話して訴えられたと思う。最後に期待された歌も唄った。
今日は、元裁判官の木谷明先生も来られて、裁判官職経験者としての興味ある話も聞かせてくださった。
変わる、変えられるの確信を深める集会だった。

アンコール

2012-03-24 | Weblog
ショウジとタカオが、渋谷の映画館でアンコール上映されることになった。
まだしぶとく公開を続ける訳だが、まだご覧になっていない方は、来月27日には文京シビックホールでも上映されますので、ぜひご覧ください。

腐れ組織

2012-03-23 | Weblog
俺は、何時でも検察庁批判をしているが、余り警察批判はしないかも知れない。これは検察が悪くて警察がマシだと思っているわけではない。逆だ。
泥棒に泥棒の批判をしたって意味はない。暴力団に遵法を説いても無意味なのと同じ気持ちなのだ。
心底から腐れ切った組織の警察に、まともな批判を書いても仕方がないと思っているだけだ。
習志野警察の怠慢、許されないと書いたとて、絶対に全国の警察組織が正されるはずはない。
なぜならば、警察官にとって警察と言う組織は、自分たちの生業の糧だからだ。警察が市民の命を守り、安全を守るために存在すると、口先では語るが、彼らの本音は違う。自分たちの生きる手段でしかない。
もちろん、至極真面目に警察官であろうと務める人はいる。多くいるが、頭脳成績だけで警察官になり、出世して警察組織を牛耳る数多の官僚連中が存在して、その連中が作り上げた裏金などの甘い汁に警察官としての正義の異などを唱えようならば、群馬県警の大河原さんのように解雇されてしまうか、愛媛県警の仙波さんのように冷飯の晒し者にされてしまう。何時しか警察官としての純白な精神は正義の旗印で行われる悪事の朱に染まつてしまうのだ。
警察官は、常に人を疑う。疑う心は、心自身を歪め、モノの見方を歪める。警察官職にあることにより、必ず培われてしまう心の歪みは、白を黒と感じてもしまう。だからこそ、その捜査には可視化が必要なのだが、歪んでしまった心は、組織をも歪めてしまい、「正義のためならば許される」として証拠の捏造までもおこなってしまう。
実に哀しい職業だ。本来ならば純であるべき人たちの歪みを、あからさまに見せたのが、今回な習志野警察の問題だろう。
きっと、今度の問題を起こした慰安旅行に行った人たちも、最初は社会を守る警察官になろうとして警察学校に入り、純白な思いで警察官になったのだろうに。

読売新聞

2012-03-23 | Weblog
ナベツネの発言を知るたび、この男がいなくなったらば読売新聞を取ろうと思って来た。だから、先日、新しい居住先に勧誘が来たときも、悪いけど、と断った。
昨日の巨人激励会でも、また言ったねえ、清武を批判して。もう黙っていれば良い老人なのだが、こいつは死ぬまで、こうなんだろうね。
でも、今回の発言で納得した部分もあるな。「変な人が1人いなくなると一体感が強くなる」、そうだよな、ナベツネがいなくなれば、きっと巨人は、もっと一体感が生まれるだろう。
このナベツネ、まだ長生きしそうだから、もう諦めて毎日新聞に続いて、今日から読売新聞も購読し始めた。
ナベツネに負けた気分で不快だけども。

新しいテレビ

2012-03-23 | Weblog
転居を機に、古いテレビは寝室にして、リビングのテレビを新しくした。
今のテレビは凄いねえ。何チャンネルの同時に映るし、何日も前の番組が見られたりする。テレビおじさんの俺は、喜んで見ているが、この前「テレビタックルで共産党の議員が、民主党と自民党に”東電の組合や会社から献金を貰っていては駄目。返却してはどうか!”と迫ったらば、すぐにコマーシャルになって尻切れトンボだった」と言う話を聞いて、何日も前の番組だが、今朝見た。本当に、その通りだった。
共産党の穀田議員「1億4千万と4億、貰っているでしょう!」と迫ったとき、自民党に議員の顔が微妙で面白かったが、それっきり。金を貢がれていては、東電問題を真から追及は出来ない。
この部分を追求すれば、残念だがテレビ局も同罪。コマーシャルで切られるのは、今のテレビ局では仕方ないんだろうねえ。