好きな事 嫌いな事

普通の生活の中での、思いついたこと、考えたこと。何かを表現したい、書いておきたいと思った時に、ココで発散しています。

突然!ディズニーランド

2006-05-29 23:37:23 | ひとりごと。
今日は、職場の消防点検&避難訓練だとかで、仕事が3時で終了と相成った。

4時過ぎにお迎えに行けたし、久々のいいお天気で、このまま帰りたくない!
どこかへ、でかけたい気分!だんなも遅いっていうし!

と、いうわけで、家へ帰ってカバンや荷物を置き、ちょっと一休み、それから、
ディズニーランドに行っちゃった。突然の「おでかけ」で娘たちも大コーフン。

平日の午後遅いというのに、人人人人人人人人人人・・・
なんだかこう書くと、人がいかにもたくさん歩いている感じだけど、ほんとにそのとおり。
すっごい混みようにびっくり。久しぶりだったけど、行くたび人が増えてるような気がする。。

シンデレラ城が工事中で防護壁みたいなので囲まれてた。
あるべき「シンボル」がそこにない、となんだか淋しい。

エレクトリカルパレードだけ見ればいいや、と思って、場所の確保のために、人波かきわけうろうろ歩いていたら、
なにやら人がたかっている。何かと思えば
「王子様」がいたので、写真でもとってやろうと思い近づいたところ、うしろに白雪姫もいた。なんだ、夫婦もんか・・・
まあ、せっかくだからと「ハーイ!」と手を振りつつ、娘たちを写真をとっているお友達の列に並ばせ、
王子&白雪ペアとの写真を撮った。王子&白雪にはさまれ、ちょっと笑顔固まる娘たち^^;
これも記念である。

時間があったので、なんとか号という蒸気船に乗って、
クリスタルパレスとやらで食事をして、パレードを見て、光る魔法の杖、みたいなのを買わされて、帰ってきた。
・・・これも記念である。

風が強いので花火は中止。高速すいてて助かった。

アーツ枯れた(あーつかれた でこの変換て?誤変換コンテストに出せるかも)
お風呂入ったり、いろいろで「ニュースキャスター」見損ねてしまった。

でもまあ、いいでしょう。

私は、案外、「唐突にどこかへ行く」のって、結構好きです。

また、行こう。


・・・今回は、「不思議な出来事」はお休み。また次回書きます。

(^^)/~~~
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不思議な出来事 その9:「桜田さんが二人いた話」

2006-05-28 16:47:34 | 不思議な出来事
まだ、にこちゃんが産まれる前の話。

私は、会社のテニス・サークルに入っていたのだけど、
隔週土曜日の午後、みんなでコートを借りて練習をしていたの。

それはそれで楽しかったのだけど、
新しく、「フラメンコ」を始めることにしました。

当時、バルセロナ・オリンピックが近く、「バルセロナ」→「スペイン」となれば、これは「フラメンコ」がくるな、と。
たぶん、はやるだろうから、みんなが「フラメンコ始めたの~~」と言っているときにはもう「タララン!」と踊っていたい、
などと思いまして、会社の近所の産経学園に申し込みに行って、
「フラメンコ初級・土曜日午前クラス」に入りました。

マイ・シューズ&マイ・カスタネットを申し込み、練習用の長いフレアスカートをひるがえし!
そもそも土曜の午前10時からのレッスンが苦にならずに通えてたって、
「若さ」だわ・・・今思えば。
で、隔週の午後には、テニスにも行ってたのよ。信じられない!

え?今?土曜の10時?ホットケーキか何か食べてる。ジャージで。^^;

それはおいといて、

そのうち、フラメンコ教室でもお友達ができました。そのうちのSさん。たしか、桜田さん、といったかな。
小柄で、可愛らしく、特に仲良くなって一緒にお昼を食べたりするようになりました。

初級がワンクール終わって、次は中級レベル。これは、土曜の午後か、金曜の夜でした。
土曜の午後はムリなので、金曜の夜、会社が終わってから急いで行っていました。

桜田さんも、同じクラスです。
だんだん、曲にあわせて踊れるようになり、楽しくレッスンを受けていました。


そして、テニスの練習があった、とある土曜日。

その日のコートは、品川プリンスのテニスコートでした。
男性が多かったので、ちょっと疲れた練習会でした・・・

ふうっくたびれた、とロッカールームへ戻ったところ、
なんと、桜田さんがいたの。

テニスウエアで、ラケットを持って、数人のお友達と一緒でした。
「あれ?偶然」「どのコートだったの?全然わからなかった!」「私も!」などと、
おしゃべりをし、「また、金曜日おけいこ行く?」「うん、またその時にね。」と、その時はそれで別れて、
私は会社のみんなと「つばめグリル」でビール&ハンバーグ定食を堪能したのですが・・・・


翌週の金曜日、フラメンコのお教室にて。桜田さんが先に来ていたので、
「この前は偶然だったね!」と、声をかけたら、きょとん、として、「え、なんのこと?」と、言うのです。
「会ったじゃない、土曜日、品プリで。」と言うと、「え、私品プリなんて行ってないよ。いつのこと?」と、全然わからない様子。
逆にびっくりして、「あのさ、テニスやってたじゃない。ロッカーで会ったでしょ」と言うと、
またまた「・・・・行ってないって。土曜日でしょ?私じゃないよ、それ。」・・・・

ほんとに、わからない様子の桜田さん。土曜日に品プリに行ったことがわかるとまずい、という状況でもないし、
うそをつく理由もない。


じゃあ、いったい、誰だったの?

私は、確かに土曜日の午後、品プリのロッカールームで桜田さんに会って、
彼女と会話をしたのです。桜田さんも、また金曜日にね、と言ってくれたのです。

たった1週間前のことなのに、私と会ったこと、まるっきり忘れてしまったのかしら。
でも、ほんとに行ってないし、私とも会ってないよと言うばかり。
彼女は彼女で、私がおかしなことを言っているな、という感じなのです。

「だいいち、私、テニス、しないよ。」・・・・


じゃあ、じゃあ、あれはいったい、誰だったのぉ~~~~!!!!

今もって、解せない。本当に、不思議な出来事です。

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不思議な出来事 その8:「井の頭公園のボートの話」

2006-05-27 23:29:34 | 不思議な出来事

吉祥寺の会社で働いていた時、経理課のAさんから聞いた話です。


Aさんが、吉祥寺で飲み歩いて帰りが遅くなり、近道なので井の頭公園を通って帰ることにした。
その時、午前2時である。

池に沿って歩いていると、女の人が一人でボートに乗っていた。

漕ぐでもなく、進むでもなく、ただじっと浮かんでいた。


ただじっと浮かんでいるだけだから、余計に怖かった、そうです。


夜中の2時にボートに乗るなんて物好きな人もいるものだと思ったそうだけど
ボートは夕方になるとボート乗り場が締まってしまうし、
やっぱりそんな時間に女の人が乗っているっていうのも・・・

と、そこまで話した時に、一緒に聞いていたYさんが、「どうして女の人だってわかったんですか」と、聞いた。

そうしたら、Aさんが「だって・・・・そのボートの回りだけ、なんとなくぼうっと白かったからさ・・あ、ボートだからぼーっと、なんてね。」
それを聞いた周りの人たちが「・・・それ、笑えないっすよ・・・まじ、こわいっす・・・」「・・・きゃあああっ!!!」と、女子数名は悲鳴。
「もう、公園通れない!」「昼間でも、行けない!」「ボート、乗れない!」
「どうしてくれるんですか」

「いや、どうしてくれるんですかって言われてもなあ・・・」と困り顔のAさんでした。


吉祥寺方面にお住まいの、勇気のある方・・・

  午前2時に、井の頭公園の池。レッツ・ゴーです・・・


あっなんだか書いてて怖くなってきちゃった
雨はしとしと降っているし。いや~~~ん!!

 ではまた(^^)/~~~



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不思議な出来事 その7:「痣(アザ)の話」

2006-05-25 20:42:11 | 不思議な出来事
小学校低学年の頃、祖母の部屋にあった仏壇に、朝と夜、ご飯をお供えするのは、私の役目だった。
湯気の立つ、炊き立ての白いご飯を、小さな器によそって、
そうっとお仏壇においてから、「ちーん」と鐘をたたいて、
手を合わせて「どうぞ、ごはんをたべてください。」と、言う。

まず、仏様にご飯をあげてから、家族の食事だった。

祖母がまだ健在だったし、ほとけさまやお仏壇のことについては、家中とても気を遣っていた。

私も、小さいながらに「お仏壇は大切で、特別なもの」と思っていた。
(それが故に・・・ヘン、な夢をみたりしたのだ。参照:その4)


ある晩、とんでもないことをしてしまった。

お仏壇に、ごはんを、倒してしまったのだ。

はっとした時にはもう遅い。真っ白なごはんが、湯気をたてながら、
黒光りするお仏壇の供物台にこぼれて、供物台までご飯の熱でこぼれた部分が白くなっている。

どうしようどうしよう、と泣きそうになっていると、祖母と母が来て、
たぶん、叱られたはずだ。
そして・・・・「気をつけないと、仏様のばちが当たるよ」と、言われたのだ。祖母に。
その言葉が、胸にささったようになって、お仏壇についた白い湯気の跡を見つめながら、立ちすくんでいた私である。


翌朝、私の顔を見た母が「あんた、どうしたの」と、驚いた。
驚いた母の顔を覚えている。祖母も驚いて私の顔を覗き込んでいる。父は、いない。たぶん早くに仕事へ出たのだ。

母の鏡台を見て、私も驚いた。

左の目の横・・・こめかみのところに、赤いような、茶色いような、「あざ」がくっきりと浮かんでいたのである。

そして、そのアザの形は、昨日お仏壇にこぼしたご飯をふきとったあとの、白く残った湯気のあとと、ほとんど同じだったのだ。


私は、東京の病院につれていかれた。

たぶん、「原因不明」だったはずだ。診察しながら、首をかしげているお医者さんの顔を覚えている。
どんな治療をしたのかは、覚えていない。
塗り薬や飲み薬でも、もらったのだろう。


そのアザは、しばらくするうち、跡形もなく、すうっと消えてしまった。


祖母は私が小3の時に病気で亡くなったし、弟は小さかったし、両親もこの出来事はすっかり忘れている。
覚えているのは、私だけだ。


考えるに、心因性のものだと思う。

お仏壇についた、白い湯気のあと。「ばちが当たるよ」という、祖母の言葉。
6、7歳という年齢。この前みた怖い夢。
「見えないもの」への、畏怖心。それらが、一晩で「アザ」を作ってしまったのだ。

私は少し、感じやすいというか、反応しやすい子供だったのだろう。


お仏壇がらみの話は、これでおしまい。
今では実家に帰るたびに手を合わせるが、子供時代のいろいろなことを思い出し、
懐かしさにひたるひとときではある。

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不思議な出来事 その6:「障子が揺れた話」

2006-05-20 19:46:53 | 不思議な出来事
小学校4年ごろ、一人で留守番をしていた。

自分の部屋からでたところで、仏壇の横の障子が、「ガタガタガタ!」と、突然、揺れたのを見た。すごい、大きな音だった。

地震ではない。

そこのところの障子だけを、誰かがつかんで、激しく揺らしているような感じだった。

ちょっと、驚いた。というより、びっくりしたし、怖かった・・・・
何か、が私を驚かそうとしたようにも思えた。

でも、昼間だったので、そのままにしておいて、誰かに話すということもなかった。


この前の「その5」のこと、があったのも、あの家だったし
そういえば何となく暗くて、古くて、あまり明るい感じのする家ではなかった。


その後、その家は私が高校生の時に新しく建て直して、「家にまつわること」は、何事もなくなった。


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不思議な出来事 その5:「バカ!」と言われた話

2006-05-19 10:23:40 | 不思議な出来事
小学3年生か、4年生の時の話です。

私と、5歳下の弟と、母とで、お昼ご飯を食べていた。
平屋の、木造家屋・真ん中に位置する4畳半である。
たんす・鏡台・仏壇などがある部屋で、ちゃぶ台で食べている。
塩鮭やきゅうりのおつけものなど。

ごはんを食べていると、突然、私の耳元:右側 から、「バカ!」と言われた。

驚いて、「え?誰か『バカ』って言った?」と私が言うと、
母と弟は不思議そうな顔をして、「言ってないよ、誰も。」と言う。

私の右には当然誰もいないし、母も弟も普通にごはんを食べているだけである。

「今、誰か『バカ』って言ったよ。」とまた聞くと、
「気のせいだろう」と、言われて、それで私も黙ってしまったのだが、

でも、確かに言われたのだ。誰かに、はっきりとした大きな声で、「バカ!」と。
知っている人の声ではなかった。でも、大人の人の声だ。男か女かはわからない。


それで、声が聞こえた私の右側はお仏壇だった・・・ということではないが、

・・・その日は祖母の命日だったのである。


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不思議な出来事 その4:「子供の頃に見たものの話 2」

2006-05-17 10:23:49 | 不思議な出来事
今回は、小さい頃に見た「夢」の話。

祖母と、母と私の3人で、映画館へ「東海道四谷怪談」を観に行った。
私はたぶん、1年生ぐらい。

7歳の子に見せるべき映画とも思えないが、ともかく
夏休み・・か何かで、夏といえば怪談。行こう行こう、ということになり、行ったのだ。

覚えているのは、「戸板返し」のシーン・・・・あまりに怖くて、動けなくなってしまった。そこだけ、はっきりと覚えている。


そして、後日。

私は大きな仏壇のある祖母の部屋で、祖母と隣合わせて布団をひいて寝ていた。
ある晩、寝るときになって、祖母から「お仏壇に足を向けて寝てはいけないよ」と言われた。
その日に限って、どういうわけだか、「仏壇に足を向けて」寝ようとしていたらしい。
祖母に注意されたけれど、たぶんそのまま寝てしまったのだ。


夜中、目が覚めた。

白い着物を着た男の人が私の足をひっぱっている。

どうして男の人かと思ったかというと、足にすね毛が生えていたからだ。

それから、体も大きく、足も大きく、間違いなく男の人だった。顔もやたらと大きく、青白い。

髪の毛は長く、肩ぐらいまであり、びっしょりと濡れている。頭に三角の布をつけている。

このへんのビジュアル感は、たぶん先に観た映画の影響と思われる。

しかし、男の人だったのだ。
そして、その人がヨイショ、ヨイショ、という感じで、私の足首をつかみ、体の方向を替えようとしている。

足はしっかりあった。畳を踏みしめる足。


私は声がでない。そして、気がつくと、真っ暗な部屋で布団の上に座っていた。
そこへ、「どうしたんだい。」という声。これは、祖母の声なのであるが、
夢うつつの私は突然、「キャーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」と、大声で悲鳴を上げた。
驚いて、2階で寝ていた両親も駆け下りてきた。電気がつく。そのあとは覚えていない。


翌朝、となりの家のおばさんが、「ゆうべ何かあったんでしょうか」と来てくれた。
私の悲鳴が聞こえたらしい。
「ねぼけたんですよ」と母が答え、「それならよかったです」と、おばさんは帰っていった。


・・・私は、ねぼけたのだろうか。

やっぱり、夢を見たのだろうか。
・・・それにしても、すごくリアル・・・な夢だった。

怖い映画を観て、怖いシーンが頭に残り、その上で祖母に言われたことが深層心理に働き、あのような夢をみたのだと思う。


「仏壇に足を向けて寝てはいけない」 それ以来、ずっと守っています・・・
&小さい子どもにコワイ映画を見せてはいけない。何もいいこと、アリマセン・・・



それでは、今日は、このへんで(^^)/~~~


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不思議な出来事 その3:「子供の頃に見たものの話」

2006-05-15 19:25:29 | 不思議な出来事
前回、うちの娘たちの話を書いたので、今日は私が小さい頃に見たものの話を書きます。
「子供の頃に見たものの話」

確か、幼稚園ぐらいか、小学校低学年のころのこと、

外から、祖母の部屋を見ている私。
縁側の引き戸は全部あいている。
外が明るいので、なんとなく薄暗く見える部屋の中。
手前の、畳のところだけが、日が差し込んで妙に明るく光っている。誰もいない。

部屋のすみ・・・右奥に、なんとなく暗いその場所に目をやると、

小さいお侍さんがいた。座っているのか?

お年寄りで無表情。

その頃やっていたテレビアニメ「宇宙戦隊ロビン」というのに、
ロビンの敵役としてロボットというか宇宙兵士みたいなのが出ていたのだけど、
その感じにそっくり。鉄鎖の兜や鎧ふうなものをまとっている。

私は驚いてじっと見ている。目が合っているのだけど、別に・・・

そして、だんだんとその影はうすく、消えてしまった。

特に怖いとも思わなかった。ただ、不思議な感じがしただけ。

ほんの一瞬のことだったけど、今でもはっきり覚えています。

ああいうのを、「まぼろし」というのだと思う。

・・・でも、「何だったんだろう?」と、今でも不思議に思います。


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不思議な出来事 その2;「赤い女の子の話」

2006-05-14 01:17:01 | 不思議な出来事
今住んでいる所は、一昨年の12月に越してきたのだけど、
引っ越してきてすぐの時の出来事です。

私と、娘たちとでお風呂に入って、娘たちを先に洗って、
もう1回あったまって、二人を先に出しました。
一人ずつバスタオルで拭いてから、「お布団のところでパジャマにお着替えしてね!」と、送り出します。
「はぁ~~い!」と元気よくはだかんぼで和室へ走っていく娘たち。

そのあと、私もあがって、体を拭いていたのだけど、
ばたばたばた!と走って戻ってくる二人。「どうしたの?」と聞くと、
真剣な顔をして、
「今ね、おふとんのおへやの、かべのところにね、赤い女の子がいたんだよ。」 ・・・・・・・・・
絶句。

ダンナさんもまだ帰ってきてないし・・・・こっ、コワ・・・・

でも!ここで私がびびってどうする・・・「えっ そんなことないでしょう。」
と言いつつ、バスタオル体に巻きつけたまま、和室へ行く・・・

一瞬、泥棒とか、そういうことを思ってしまって、それはそれで怖かったけど、
戸締りはしてあるし・・・赤い女の子って、何?  何?

結果、電気が煌々とつくお部屋、何も変わったところはなし。ほっとしました。本当に!

壁っていっても、普通のマンションなので、薄いベージュっぽい壁紙が張ってあるだけです。
見間違えそうな、シミや汚れなどもなし。赤いトレーナーなどが、鴨居にかけてある、などということもありません。

私が、「だれもいないよ。」というと、上の子が「・・・あのねー。うそっこだよ・・・」とぽつり、と。
私の心配げな表情を見て、とっさに「うそだ」と言ったのだ、と一瞬でわかった。

だって、さっき脱衣所へ走りこんできたときの顔といったら、ほんとに真っ白で、こわばっていたし、
だいいちそんな作り話をわざわざするとは思えない。4歳児が。

たぶん、ほんとに見えたんだと思う。
・・・でも、「赤い女の子」の話はこれ一度きりです。

このあと、「その1」でお話した、「よっちゃん」がよく出てくるようになりました。


もしかしたら、上の子がちょっと・・・
神経質なところがあるので、感じやすいのかも、などとも思ったりします。


でも、当時からその和室でみんなで寝てるんですけど。別に・・・何事もなく、
よく寝れてます(*^。^*)


では、今日はこのへんで。



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不思議な出来事 その1:「謎のよっちゃん」

2006-05-13 02:53:44 | 不思議な出来事
身の回りにおきた、「ちょっと不思議な出来事」を書き留めておこうと思います。

その1:「謎のよっちゃん」

5歳と4歳の娘が、おままごとをして仲良く遊んでいる時、
途中で、「よっちゃん」が、くることがある。

「はい、どーぞ。これは、くまちゃんのごはんですよ。」
「これは、りすと、ぞうさんのごはん。」などと、ぬいぐるみを並べて、二人で仲良く遊んでいると、突然、

「あ、よっちゃんがきた。」
「あ、ほんとだ。入れてあげようね。よっちゃんどうぞ。」
「はい、よっちゃんのごはんですよ。」

と、一人分つめて、「3人で」遊びはじめる。

「・・・あはは!やだー よっちゃんておもしろーい!」
「おもしろーい!」

と、笑ってる。

外で遊んでいても、楽しそうなので、「何してるのー」と声をかけると、
「いまねー、よっちゃんがきてるから。」
「これ、よっちゃんのぶんなんだよ。」
と、どろだんごが並んでいる。

・・・誰?

「よっちゃん」て、誰?

以前、「よっちゃんてだれなの?」と聞いてみたら

「おとこのこだよ。5さいなんだって。」・・・・・・

車に乗っていても、
「あ、よっちゃんがついてきた。」
えっ・・どこ・・・思わずミラーで確認。いないし。誰も。
「ほんとだー。まどのそとにいるね。」・・・こっコワイ。スピードあげてしまいました^^;


小さい子が、架空のお友達を作って遊ぶ、という話はよく聞くけれど、
あまり、何度もあるので、去年幼稚園の面談の時に、先生に聞いてみた。
すると、「・・・ほんとに見えるんだと思います。たぶん、ほんとに一緒にあそんでるんですよ。」とのこと。

私は、5歳の娘が女の子のお友達は多いけれど、男の子とあまり遊ばないので、
ほんとは誰か遊びたい男の子のお友達がいて、声をかけられないので、
変わりにうちで遊んでいるつもりになっている・・・などと、思っていたのです。
もしそうだとしたら、実在する「よっちゃん」のおかあさまにでもお話して、
一緒に遊んでもらおうかとも思っていたのです。
親心です・・・。

幼稚園に「よっちゃん」ているかどうか聞いたところ、そういうお友達はいない、とのこと。
「よしくん」はいるけど、よっちゃんと呼ばれている子はいないらしい。

「これくらいのときには、見えないお友達をつくることがあるので、
あまり心配しなくてもいいと思います。自然に、言わなくなると思います。」と先生。

ちょっと、ほっとしたけど、あまりに頻繁だとやはり心配になるし、
心の問題なのか?小児診療科へ?シックスセンスの世界?「ショコラ」に出てた小さいカンガルー的な存在?
などと、いろいろ考えてしまったのだけど。

この頃はもう、あまり気にならなくなりました。

私には見えないし、何にしてもよっちゃんがくると楽しいみたいなので、しばらく様子をみることにしました。


こどもには、「こどものせかい」があって、遊んでいるときには、ふっとその世界へ入ってしまうのだろうな、と思います。

きっと、よっちゃんは、そこにいるのです。

・・・仲良く遊んでくれて、ありがとう、よっちゃん。


今日のところは、これで。
また、次回。
(^^)/~~~











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これが私の生きる道

2006-05-10 13:09:22 | ひとりごと。

昨日、無事に講習会が終了して、ほっと一息したところ。

今まで、講師という仕事をしてきた中で、こういった「一方的に話す」という経験は、初めてだった。
いつもとは勝手が違うといっても、「伝えたいことがある」という熱意を胸に、大きく深呼吸して教団(オイオイ^^;)教壇に立った次第。

結果からすると、自分で思ってた以上に満足感の高いデキだったように思う。
イケメンの男子学生が多かったからというわけでは・・・
白状しますが、若干はあります^^;

授業のあとに反省点や改善点をノートにまとめて、何度も読む。
そして、次回に備える・・・本音をいえば「もう結構」という思いも強いのだが。
でも、また次ということがあれば、、回数を重ねるごとに充実した内容になっておきたいとも思う。

板書や、話の起承転結、時間配分はスムーズに行った。要所要所でアドリブも入れる余裕もあり。ウケると嬉しい。

今まで、自分の中に蓄積してきたものを、「一つの作品にまとめる」作業だったようにも思う。

でも、それを人前で話すことは想定外だったし、うまくできるのだろうか?と不安でもあった。

頭の中に浮かんだことを、文字にすることはできる。
それを言葉として表現することは、全く別のような気がしていたのだ。

これは、完全に思い込み、だったことがわかった。

文字にできるのなら、それをシナリオとして、書いて、「セリフ」として覚えて、
あとは言葉として表現すればよいだけだ。

要するに、「自作自演」の、一幕の舞台である。
自作自演だから、自分も楽しい。そうすると、聞いている側も、楽しめるのではないか、と思った。


受講後のアンケートには、内容が深くてためになった、楽しかった、これからの人生で役に立てそう、など、
嬉しい言葉がたくさんあり、感激ひとしお、である。

何かを得ようとして聴いている人たちの前で、自分の考えを発表するというのは、
どうしても「相手がどう受け止めてくれるか」「どのように批評されるのか」と、身構えてしまうところがある。

その結果、よりよく自分を見せよう、という意識が働いてしまって、「あがる」ということになってしまう。

うまく話せるだろうか?受けなかったらどうしよう?

テレビのコメンテーターなども、好感が持てるのはステレオタイプなコメントではなく、
その人の人柄や持ち味が表現されているものだ。

話し方が多少下手でも、その人だけが持っている「人としての魅力」が表現されているときには、
話し方など気にはならないものだ。

要するに、自分が「心から伝えたい」と思っていること、少なくとも人の役に立つと思われることがあるのなら、
それをきちんと、情熱をもって、話しをするということが何よりも大切なのだ。


発表できる舞台があるのは、ラッキーなことなのだ。
そう思ったら、とても嬉しくなり、ありがたい、とさえ思えた。

チャレンジとは、進化すること。

自分の生きる道=自分の仕事をとことんあきらめない事は、素晴らしいことだ。

今後も、自分の仕事に誇りをもって、職務を全うしようと思う。


---昨夜、「車を運転する夢」を見た。なぜだかブレーキの利きが悪く、ひやひやしながら走っている。結構あせって、目が覚めた。

ちょっと気にしてみる。夢占いのサイト、「運転する夢」の項目によると、

車を運転する夢を含め、乗り物を運転するのは夢主の運勢をあらわしています。
スムーズに運転できれば、良好に物事が運ぶことを暗示します。
運転できない乗り物を運転するのはテレパシックな場合もあり、実際にその乗り物を運転する機会が訪れたり、
車の場合なら、思わぬハプニングを暗示することもあります。
いままで不可能だとあきらめていたことが、思わぬきっかけで実現できそうです。

また、乗り物を止めようとしてもブレーキがきかなかったりする場合、気力の消耗や体力的に無理をしていることをあらわしています。


・・・なんだ、結局疲れてるんじゃないの、気力、体力の消耗。はいはい。
回復に努めます(^_^.)
・・・慣れないことで緊張したとはいえ、こんな程度で疲れてるんじゃ、私もまだまだだわ^^;

ではまた!

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もう、ぐったり^^;

2006-05-08 22:54:28 | ひとりごと。
連休明け、みなさまお元気でお過ごしでしょうか。

私、はっきりいってもうぐったりしてます。

昨日、連休を締めるべく、弟負債(負債って・・・夫妻、です。)
と、弟の後輩の方たちと、テニスをしました。

しましたというか、初めてすぐに雨降ってきちゃって。
根性だしてやっていたのですが、そんなところで根性出すべきではなかったです。

そもそも、風が強くて、サーブの時、トスアップしても空振りしてしまって、
そのあと頭上へボールが「こっつーん!」と当たって一同爆笑の渦です。
ええ、私です。わかってます。もともと、下手なんです。風のせいにしてます。

ロブあげても風で押し戻されてしまって、思いっきりスマッシュの餌食^^;

もう、そんなこんなでどうしようかやめようかととまどいつつも、
せっかくとれたコート!せっかく会えた仲間!あとちょっと~~~
と、粘っていましたが、いかんせん大粒の雨が落ちてきて、終了と相成りました。

娘たちも含めた小さい子チームも、スポンジボールを使って、楽しそうにやっていたのですが、風邪でもひかせたら、と思って中止です。

ひかせたら、と思ってやめたときには、遅かったんです。
5歳の娘が、思いっきり風邪引いて、夜になって熱出して、今日は幼稚園お休みです。

となれば、当然母としてはアサイチで、職場へ欠勤の電話です。
こういうときは、ほんとに「無念」です。

下の娘はなんともなかったので登園させて、急いで帰って、風邪引き娘を医者へ連れて行き、
薬局で薬をもらい、家帰って飲ませて、寝たところで保護者会があるのを思い出しました。

また園へ駆けつけて、顔だけ出してすぐ帰ってきて、お昼を食べさせて、
夫のコンタクトをメガネやへ取りに行き、銀行で振込みをし、お礼状を書き、アルバム整理して、アイロンかけて、
シンクを磨き、ハンバーグの種を作り、それを冷蔵庫へ入れて、炊飯器をセットしてから

下の娘のお迎えに行き、おやつを食べてシルバニアで遊んで、お風呂入ってごはん作って食べて、お皿洗ってお茶飲んで、
洗濯たたんで片付けて、気がつけば8時半回ってる、まだシルバニアで遊んでる娘たち!こら!
「かたづけなさ~~~いっ!」と怒りまくって歯磨きさせて、布団に入れて「モチモチの木」を読んで寝かしつけて、
はぁ~~・・・やっと寝たので、
新聞読んで「ニュース・キャスター」を見てコーヒー飲んで、生協の注文表書いて
明日は行けそうだからというか絶対休めないし(例の、人間性がどうとやら、でしゃべらないといけない。)
明日の準備して、えっもうこんな時間?


なんか・・・いそがしかった・・・・・・
今日は特別、時間がなかった感じ。
でも、会社行ってたらできなかったことができたと思って、いいことにする。



そうは言っても、とっても疲れました。娘はすっかりよくなったのだけど、(子供は回復も早いね、)
明日、休みたい。行きたくない。胃が痛い。
やだやだ~~~~~!!!!!!!!!!!!!!




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お誕生日は、さつき晴れ。

2006-05-06 12:15:47 | ひとりごと。
昨日、5月5日は末娘の誕生日、やっと4歳になりました。
やっと、というか、もう、というべきか。

一番下の子って、いつまでも赤ちゃん、なんです。
いつまでも、小さいままでいてほしい、と心のどこかで思っています。
だから、上の子たちに比べると、やはり甘やかしてしまうところがあるかも。
そのせいか、ちょっとわがままなところも出てきて、気をつけないといけいところです。

4年前の、5月5日深夜、「コレリ大尉のマンドリン」を夫と見ていました。
戦争のシーンなどあって、ちょっとドキドキしたりしたせいもあったのか、
見終わったら突然出血があり、陣痛がきて、急いでかかりつけの産院へ!
それが午前2時、そして・・・・

午前4時29分に、無事、産まれました。早かったです、ええ・・・
助産婦さんに、「安産すぎます。」と言われつつ出されたプリンを食べていた私。
でもね、やはり大変でした^^;

それはともかく、無事に出産が済み、
まだ分娩台の上でうつらうつらとしていた私の目に入ったもの・・・
だんだんと、明るくなっていく、窓の外。
ああ、朝になったんだ、いいお天気なんだな、と、それだけで胸がいっぱいになりました。

スズメの鳴く声、まぶしい光、5月の朝。なんて、きれいなんだろう。なんて、まぶしいんだろう。
「さつき晴れ」とは、このことだ、と思いました。

実は、出産予定日は4月30日だったのです。
3人目の出産でもあるから、回り中みんな「早くなるわよ。」と判を押したように言うので、
私もそのつもりで、1ヶ月ぐらい前から、パジャマや下着、洗面用具など必要な荷物をまとめて「その日」に備えていたのですが、
いっこうに生まれない。つめた下着をまた出したりして、使っていたり。
予定日になってもうん、ともすん、とも?いわない。
予定日にも検診へ行ったのだけど、お医者さんも「心配ありません。」と言うだけ。。

それで、受付のお姉さんに、「あの・・・産まれるんでしょうか。」と真剣に聞いてしまった、私。だって、心配なんだもの。

「大丈夫です。みなさん、産まれてますから」とにっこりするお姉さん。ま、そりゃそうでしょう・・・

そして、予定日を5日もすぎて、「こどもの日」にあわせたかのように、産まれてきてくれました。

この子は、一番オテンバで、活発で、男の子みたい。実家の母いわく「赤ちゃんの国にワスレモノしてきたんじゃないか」・・・・
まあ、とりに行くわけにもいかないし。いいです。女の子で。頑張れ、元気な女の子!

本当は、「ちひろ」ちゃん、にしよう、と考えていました。千尋、千博、千優・・・
でも、産まれた日の朝の、あまりに明るく、まぶしく、おだやかな明るいおひさまの光を見て、
「さつき」にしよう、と決めました。さつき晴れ、のさつきです。
この子の一生が、どうか、まぶしい光でいっぱいの、明るいものになりますように、と心をこめて。

今年の5日も、さつき晴れでした。
どの子の上にも、明るい太陽が輝いている。見上げれば、誰の頭の上にも、青空は広がっている。

こいのぼりが泳いでいる。
緑が芽吹いて、光っている。爽やかな風が通り抜けていく。
「白」を着たくなる。うっすらと汗をかく。
風薫る5月。いちばん、まぶしい季節に、あなたは産まれました。

ちゃっちゃん、おめでとう。

これからも、元気で、大きくなってね。

(おしっこは、ぱんつにでるまえに、ちゃんとおしえてね。)
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ブルーな連休?

2006-05-02 10:26:19 | ひとりごと。
ちょっとブルーな連休・・・なんて思ってはいけないんだけど、
来週の仕事のことで。

90分間、人前で話しをしなければなりません。

講師の先生方が持ち回りで、毎週一人ずつ、「人間発見」という授業で話しをするのです。
テーマは何でもかまわないというのだけど、
(ただし、学生のモチベーションをあげるような内容、という条件つき。
・・・全然、何でもかまわなくないじゃん・・・)
それが、来週、私の番なのです。

もう3名の先生がなさって、私も後ろのほうで聴講したのですが、
とてもご立派な内容で・・・「勉強させていただきました」という世界。

こうしてみると、私・・・人に話せるようなことって、何もないな、と。
ちょっと、情けないというか、淋しいような。ふと、そんなことを思ってしまったよ。

それで、考えてみたんだけど。何があるのかって。本もあれこれひっぱり出して来て、読み直したり。ナポレオン・ヒル&カーネギー。マーフィー博士にフランクリン自伝・・・だってモチベーション系なわけだから。自己啓発っていうか・・・
でも、所詮は人の言葉である。ぱくっておしまい、じゃ、何だか、いやだ。

何かを伝えたい、という漠然とした気持ちはある。では、何を伝えたいのか。
私には、何があるのか。

今までの先生方の講義は、男性ということもあり、とてもパワフルで、「男性的」なものだった。私は、「父性」を感じた、のです。

そのこともヒントになり、私は「母性」を語ろう、と思いついた。
「人間性」について。一人の人間の中にある、父性と母性を話してみよう、と。

一番伝えたいのは、「人生で一番苦しいこと・・・それはもう、どんな人でも経験ずみ」だということ。
それは、「産まれてくること」だと、いうこと。
お母さんも、苦しくて、痛くて辛くて、命がけだけど、同じように、
赤ちゃんも必死で、頭蓋骨ずらしてまで、産道を通って、まさに命がけで、
光あふれるこの世の中に、生まれ出てくる・・・
「死ぬか生きるか」の大変な経験を、もうすでにしているのだ。

それを、忘れてしまっているだけだ。

・・・今書いたことは、出産&育児経験のある女性なら、たぶん「そうだそうだ!」と思ってくれると思う。
男の人がこういう話をしても、説得力ないだろうな。たぶん。そこをつくのだ!(なんちゃって^^;)
そうだ、私には何もないわけじゃない。この世に命を生み出したこと、それを言葉にすればいいんだ。


結局、自分は自分のことしか知らないわけで、自己の体験を語ることしか、できないんだなと改めて、思いました。


命、のこと。生きている、といこと。もっとよく生きるには?
私は、人間を人間たらしめているのは「向上心」だと思っている。

「人間性」と「向上心」、このあたりでうまくまとめられたらOKかな。

ということで、連休、原稿をまとめないといけないんだけど、

今日、明日は娘たちつれて実家に行くし あさってはダンナの上司の家へ(鎌倉)ちょっとご挨拶へ行く予定があり
5日は末娘の誕生日だし 6日は親戚の家へ呼ばれてるし 7日は親友と会う予定。


・・・いつ、書くのよ?

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ちょっと厳しい?

2006-05-01 17:29:01 | ひとりごと。
字のかけない子がいる。
作文の授業で、原稿用紙2枚、一文字も書かないでじっとしている子がいる。書いてあるのは、名前だけ。
5行ほどで詰まってしまう子がいる。
1枚の半分程度までやっと書ける子が数名。

一度下書きをして、それを提出して、詳しく添削をして返却、
それをもとに清書をしてもらったのだが、
それでも書けない。

そうかと思うと、添削の余地もないほどに完成したものを提出する子が何名かいる。
これだったら、就職の時の作文審査で、模範解答にもなるだろうな、と思えてしまうレベル。

たった35名の教室で、この格差が生まれている。
全員、「高卒」で入って来ている生徒たちである。

「真ん中らへん」が、いないのだ。

こんなに、極端だとは思ってもみなかった。(他の学校では、どうなんだろう?)

格差社会だとかいろいろ言われているけど、完全な二極化にまず驚いた。

できる子はこのまま伸ばして行ければいいけど、問題なのは「書けない子」たちのこと。

小中高と、国語の授業、作文の時などはいったいどうしていたんだろう?
そのときの先生は、どういう指導をしたのだろうか。
その前に、この子たちの親御さんは、わが子の学力を知っているのだろうか?

書けない子の共通点:国語の辞書を持っていない。引き方を知らない。
簡単な漢字も書けない。句読点や改行がわからない。
筆圧が弱い。字を書きなれていない感じ。
5行は書けたとしても、トンチンカンでこどもっぽい。
「私の最も大切なもの」という題で、「ぼくが一番好きなのは上戸彩ちゃんです」って何、これ?
「CDなんかは全部もっているしコンサートも全部行きます。ずっとおうえんしたいです」・・・
ふざけているのではない。彼なりには真面目なのです。

でも、これぐらいでも書ければいいほうで、
本当に1文字も書かずにじっとしている子って、どうしたんだろう?
その生徒には、つきっきりで、少しずつ書かせたんだけど、
根本的に「字」を書く、ということができないようだ。

「あなたの最も大切なもの、は何ですか?」と聞いたら蚊の泣くような声で「・・ゲーム・・・」と言う。
「では、ゲームについてでもいいから、とにかく書いてみてください」と言った所、
次に巡回したら「パソコンのゲームがすきです」とだけ書いてある。あとは、何をどう言っても、だめでした・・・40分で、これだけ。

私、親の責任もあると思った。というより、親御さんに直接聞いてみたいと思った。
小さい頃に、一文字ずつ、ひらがな教えたりしませんでしたか?
一緒に鉛筆をもって、ゆっくりゆっくり、教えましたよね?
平仮名、カタカナ、読めるようにして、書けるようにして、漢字を習ったら家でも練習して、ドリルをやったり、宿題をやったりしていましたよね?

18歳で字が書けない、文章作成ができない・・・ずっと、ほったらかしにしていましたね。親御さん。どうですか・・・・

それから、当然、できないというのは本人に帰結するわけで、
「勉強する意志がない」まま、ここまで来てしまったのだと思う。
きっかけがなかったのか、能力がおいつかなかったのかはわからないけれど、
とにかく自分からいろいろ調べたり、学んだりということをあまりしてこなかったのだと思う。

それから、極端に宿題やテストを嫌がる。誰だって嫌だろう。でも、「ええ~~~~っ!!!そんなに宿題あったら死ぬ死ぬ!」
・・・たったA4判1枚の漢字のプリントだろう。やりなよ、これくらい・・・
「真面目」に「しんめんもく」とふりがなふって平気な顔してるんじゃだめだよ・・・
そんなんじゃ社会に出せないよ。
私は職務として宿題を出すよ。だって、一般的な漢字の読み書きぐらいは、できるようになってほしいもの。できなきゃ、だめだよ。

格差っていうけど、書けない子たちだって、本人の自覚と努力と、ちょっとの助けがあれば、きっとできるようになる、と信じてる。

要するに、学力うんぬんよりも、「意欲」なのだと思う。

下書きのとき、たったの1行だった子が、清書で、1枚と半分書いてきた。
こういうのを見ると、嬉しいです。

あとは、全部書けた、とにこにこして提出して行った子がいる。
内容はともかく、2枚しっかり埋められたというのは、嬉しかっただろうな。

小さいことだけど、本人にしてみれば、立派な「成功体験」である。
こういうことの積み重ねで、少しずつでも実力がついていくのだと思う。

みんな、今はできなくても、しっかり頑張ってよ!

さて5月。今月も宿題は出すわよ。イヤというほど。
(このクラスでの私のニックネーム:アイフル○○(○○は私の苗字)だそうです。
理由:取り立てが厳しい。)フン!何とでも言ってちょうだい。
提出期限守らなかったらプリント1枚追加です。わかったわね!





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